2018年06月17日

混雑が苦手です

いまだ体調管理に戸惑っていますが、その理由の1つに
ジムへ行きにくくなっていることもありそうです。

僕の通っているジムはトレーニングマシンだけを置いてある
24時間営業のところです。

なるべく人がいない時間帯が良いのと、
運動した後はすぐに入浴して寝てしまいたいのとで、
だいたい深夜1時ごろに行くようにしてきました。

この時間帯でしたらセミナーから帰ってきた日も
頑張ればジムに行くことができますので。


ところが最近、この時間帯が混んでいるんです。

混んでいるといっても10人はいませんが、
元々が狭いジムなので5人もいたら大混雑の印象になります。

トレッドミルが5台、エアロバイクが2台、
あとのマシンは各1台しかありませんから。

以前はその時間帯だと、他にいても1人か、多くても2人ぐらい。
長時間滞在することも少なかったので
僕が帰る頃には誰もいないのが当たり前の状況でした。

近頃は、僕以外に最低でも2人は確実にいますし、
3,4人いることもザラになってきています。

そうなると使いたいタイミングでマシンが使えませんし、
この時期は室内の温度や湿度も上がってしまいます。

何より、深夜の時間帯にジムに来る人は
あまり健康的な感じの人ではありません。

やっている様子を見ても、子供の頃から運動が苦手だった印象。
体型的にもスポーツとは離れている様子が見てとれます。

もちろん運動不足の解消のために来ているのですから
そういう人こそ価値があるとはいえるでしょうが、
僕の目からすると、その人たちは運動そのものに対しても
随分とルーズな態度でやっているように見えます。

普段の生活習慣も、日頃の身体の使い方も、
自分の動作や感覚への意識の度合いも、ルーズな雰囲気なんです。

ですから当然、ジムで運動をしても1つ1つの動作がいい加減で、
マシンに座ったままスマホをいじっている時間が長い。
それで長時間の滞在になっているようです。

そうやって使ってもいないマシンの上に居座られると
僕が使いたいときにも遠慮してしまいます。

まったく使う気がないんなら声をかけることもできますが
しばらくスマホを触っていたかと思うと、
ときどきチョットだけ運動します。
だから使っていないわけではない。

動作に対しての意識が低く、運動のフォームとかを気にしないとなると
トレッドミルで走るときには、ドタドタと騒音と振動を生み出します。

ビルの作りからしても元々スポーツジム用の想定ではないでしょうから
フロア全体に大きな揺れが起こります。
この不規則なリズムと振動が僕のリズムに合いません。

人数が増えてくるほど、このドタドタうるさくてルーズで
ノソノソとむさくるしい雰囲気が強まります。


完全に僕の好みに合わないだけで、僕がワガママなんですが、
こちらの目的は、体に溜まったストレスを吐き出すところにあるので
その目的には完全にそぐわなくなってきてしまったわけです。

むしろジムに行くと別のストレスがかかる。
僕は何も筋トレをしたいわけじゃないんです。

先日はついに、ジムに入って、人の多さと雰囲気に耐え切れず
何もせずに立ち去ってきてしまいました。

もっと空いている時間帯を探すことになりそうです。

まずは3時ぐらいに行ってみようかと思います。

cozyharada at 23:12|Permalinkclip!NLP | コミュニケーション

2018年06月14日

社会のプレッシャーが違う

少しでも日本を離れてみると気づくのが
 日本人は我慢をする傾向がある
ということです。

文化的に共有されていることだろうと考えられますが、
社会に適応するために求められる重要な要素なんでしょう。

裏を返すと、アメリカ人なんかは我慢の程度が小さく見えます。

我慢が小さいから体がリラックスしている。
筋肉に力を込めて堪えることをしていないようなんです。

日本人から見たらルーズだとも言えるかもしれません。


サービス業の人のコミュニケーションにおいても
気さくで自然体に近いことをするように見えますし、
顧客の側もサービスの質に対して大きな期待をしていないようです。

日本のサービスや商品は基本的に、常に完璧に近いことが求められ
少しでも不具合や不快なことがあれば問題として対処されます。

アメリカではサービス業の人に対しても寛容なようで、
鼻歌交じりで働いている人がいても誰も文句を言っていませんでした。

公共の場所でゴミが散らかっていても許容範囲があるみたいですし、
客の荷物を足で扱っても当然のように過ぎていきます。

商品のパッケージも薄っぺらくて破れそうだったり、
逆にビニールのものは固くて千切れなかったり。

いかに日本の製品やサービスが、細かいところまで配慮して
快適に使いやすく、そして礼儀正しくしているかがうかがえます。

どんな形であれ日本で働いていたら、最終的に
商品やサービスが完璧に近いものとして求められるわけなので
仕事の質としても量としてもハードなものとなって、
組織内の人間関係も高い要求水準を満たすようにピリピリしがちでしょう。

働く側、商品・サービスの提供者の立場としては
過度に求められることに応えるのに必死で
常に無理を強いられた状態になっている。


私人に戻ったときにも、公共の場では
ルールやマナーを守ることが重視されます。

人に迷惑をかけないためのルールやマナーがあり、
守っていない人は目の敵にされたり、白い目で見られたりします。

他人から疎外されることを気にしなければ
そんなルールやマナーに過敏になることなく過ごせるのでしょうが、
多くの人は小さいころから集団の中に溶け込むことを教育されていて
コミュニティから拒絶されることに恐れを感じます。

その意味で周囲のプレッシャーに対しては従う傾向が強いはずです。

もちろんアメリカを中心とした西洋の心理学の研究においても、
集団の暗黙のルールに従おうとする傾向は知られています。

が、ルールそのものの要求の強さや、ルールの量の多さ、
ルールに従わないことへの罰則的なプレッシャーの強さなど、
集団の圧力は日本のほうが高そうに思えます。

つまり、仕事をするうえでも過剰な期待に応えなければならず、
私人として公共の場に身を置くときにも
社会のルールや暗黙の常識やマナーなどに従わないといけない、と。

同時に、それが裏を返すと
私人としてサービス利用者・顧客側になって
サービスや商品の質に対して高い要求をすることになり、
また公の一部としてルールに目を光らせる側になって
非常識な人を罰するように他人の行動に対して厳しくもなる。

そこには「自分ばかり他人の要求に応えて、
正しいことをしているのは不公平だ」といった
不満の感情もあるのかもしれません。


アメリカ人と話したところ、アメリカでもやはり
「アメリカ人になる」必要はあると言っていました。
そういうプレッシャーはある、と。

内向的な人は、明るく社交的な振る舞いをするのは苦痛だといいます。

しかし日本人として、他者の期待に応え、ルールを守り
集団から疎外されないように頑張って社会生活を成立させるのと同様に、
アメリカ人は、明るい社交性で社会を成立させています。

日本ほど高くない商品・サービスへの期待は
質が高くなくても文句を言わない態度に表れますし、
自分が仕事をするうえでも
過度な完璧さを求められない気楽さに繋がります。

お互いに「まぁ、これぐらいで」といって許容している範囲がある。

公共の場においても、他人に迷惑をかけないためのルールはさほど多くなく
人それぞれが自分の快適なやり方でいられるように干渉しない。

当然、好みの違いで受け入れがたい事態が起こる関係性もあるでしょう。

だからこそ明るく社交的なコミュニケーションをしておくことで
先に親しい間柄という前提を作り、敵意が起こりにくくしているといえます。

個人の自由を尊重しながら、かつ衝突しないための工夫が
「仲良くなってしまう」ということだろうと考えられます。
親しいからこそ許容できることが増える、と。

そういう意味で、フレンドリーな関わり方をするのは
アメリカ社会を成立させるうえで文化的に重要な要素であって、
それは文化から自動的に要求されている
 身につけなければいけないアメリカ人らしさ
の1つだと捉えられます。

日本とは違ったやり方ですが、
社会から求められて身につけなければいけないことは
アメリカにだってあるわけです。

ただ、そのプレッシャーの強さが違う。
そのプレッシャーに耐えている度合いも違うはずです。

フレンドリーにさえしておけば、あとは自由に気楽に過ごせるアメリカと
常に高い要求と周囲の圧力を気にしながら
自分も他人に対して厳しい目を光らせる日本とでは、
日々の生活の中で力を抜いていられる度合いは別物でしょう。

これは日本国内で海外から来た人と接していても感じます。
日本に住むために日本文化に合わせてはいても、
身に着けてきた土台のリラックス感は残っているようです。

同じアメリカでも、そのリラックスの度合いには地域差もあると思います。

ニューヨークのほうが日本に近いプレッシャーがあるかもしれません。
カリフォルニアとかハワイとかは、もっとリラックスしていそうです。

あれだけ気を抜いていて、人の目も気にせず、体に力を入れないで
自分の要求に従っていたら、アメリカの食文化の中では
肥満が多くなったって当然だと感じました。

日本はその点、社会としてのプレッシャーが強く
それに我慢しながら生きていないといけない。

ストレスが体に表れる度合いが大きくても当然なのかもしれません。

cozyharada at 23:45|Permalinkclip!NLP | 心理学

2018年06月11日

驚きの体調不良

この週末に出張で札幌に行ってきました。

東京も気温は下がったようでしたが、
札幌はそれ以上に冷えていて、最高気温で15度ぐらい。

それでも「寒い」といった印象はなく
快適に過ごしていたつもりだったんです。


が、東京に戻ってきたら日が変わる頃から身体が痛みだして、
朝方には発熱が始まりました。

インフルエンザかと思うような高熱が出て
熱と全身の痛みにうなされて眠ることもできない状態。

解熱剤を飲んでも38度を下回らないという経験は
いったいいつ以来だったでしょう。

しかも寒気がするとか、咳とか、喉の痛みとか、
そういったものは全くなく、ただ熱だけが出ていたんです。


身体の痛みに関しては、筋肉の強張り方として
セミナー後には良くあるタイプのものだと思っていました。

見ることや聴くことに意識を傾けすぎると
目や耳の周りの筋肉が披露することが多々ありますので。

特に最近は人の感情が目につきやすくなっているようで
人の多いところに苦手意識が出てきていましたから、
そういう意味でもセミナーは少し心配だったんです。

実際、先日のセミナーは平日の一日だけだったにもかかわらず
今までにないぐらいの疲労感が出てしまっていました。


ですが札幌の人たちは東京の電車で見かける人と比べると
のんびりしていてイライラ度合いが低いようで
滞在中はそこそこ楽な気分でいられたように感じています。

先週末はちょうど「よさこい」のイベントと重なったらしく
街中の人のテンションがお祭り気分だったのもあるかもしれません。

おかげでホテル予約がギリギリまでできなかったものの、運よく
古くからある大型のホテルに予算内で泊まることができました。

新しいホテルのような奇麗さや広さはなくても
防音はしっかりしていたので静かな部屋で過ごせたのも助かりました。

瞑想をして落ち着きを取り戻すことがしやすかったです。
飛行機移動のストレスも解消できたつもりでいました。


そして今回のセミナーはNLPのマスタープラクティショナーコース。

最初の段階の資格取得コース「プラクティショナー」で
すでに顔なじみになっていますし、
多くのワークを体験してNLPそのものの効果も実感している皆さん。

特に今回は、僕が担当した回数の多い方々がお揃いだったので
最初からリラックスした状態で過ごしてもらえました。

そのおかげか、心配していたセミナー終わりの疲労感は小さく
それほどのストレスはないつもりでいたんです。

たしかに2日目のほうは頑張る場面もありました。
東京に帰ってきてからの電車の中もシンドかった。

でも、そこまで酷くないだろうと想像していたんです。

そこでの急激な体調悪化。
これにはビックリです。

ウイルス感染とかの印象ではありませんでしから、
やはり疲労によるものが大きそうな感じがします。


なかなか熱が引かず、少し落ち着いてきたと思ったら
今度は激しい偏頭痛が始まりました。

このレベルの偏頭痛も久しぶり。
身体のケアを受けるようになってから
あまり酷い偏頭痛は起こらなくなってきたんですが。

結局、この日は何もすることができず、
全ての予定をキャンセルしてもらって
ひたすら暗闇の中で呻いていた感じです。

やっと偏頭痛が収まって、
それから一晩かかって熱も引いてきました。

こんなに短時間で激しい体調不良が一気にやってきて
収まっていった体験は初めてのような気がします。

一通りの痛みが引いた後は、背中や肩の固まりも楽になりましたし
随分と落ち着いた状態にまで回復しました。

これが一体どういう症状なのか?

毎回セミナーのあとには、こんな感じになるのか?
それともただの風邪なのか?

痛みそのものはすぐに忘れてしまいますから問題とは感じませんが
安静にすることも大事を取ることも、対処の仕様が分からないので
戸惑いは隠せないのが正直なところです。

cozyharada at 23:16|Permalinkclip!NLP | 全般

2018年06月06日

落差が大きい

瞑想づけの日々から戻ってきて、最初のセミナーを担当しました。

たった一日でこんなに体力的なキツさが出るとは…。

身体の痛みに対しての感度が上がっているために
講座をしている最中から負荷を自覚していたのも
シンドさを感じた理由の1つだとは考えられます。

今までは講座が終わってから肉体的な負荷を意識することが多く
やっている最中は周りに集中していて
自分の身体の具合に気づいていないフシがありましたから。


ですが、それ以上に
人の影響を受けやすくなっているのが大きいように感じます。

昼休みぐらいの段階で体中の痛みと重たさが大きくなっていて、
これまででいうと、土日2日間を終えた次の日ぐらいの印象。

呼吸もおぼつかなくなってきていた自覚があったので
昼休みの間にストレッチを少しして、トイレで一人になって瞑想をし、
呼吸と体の強張りを緩めたりもしてみました。

それでも正直なところ、一日もたなかった。
終盤には文字通りの息切れがして、
力を振り絞りながら乗り切った感じ。


セミナーが終わって一人になって、最寄りのコンビニに行って
今までだったら買わなかったような飲食物…
なんとなく体が求めていそうなものを少し購入して、
小雨に打たれながらそれを口に入れて。

そのころから徐々に重苦しさが減ってきて呼吸が楽になり
段々と回復が始まっていったようでした。

自分のための時間を取るのが回復に効果的だと感じます。

雨水も負荷を洗い流してくれるようで好印象でした。
シャワーで気分転換になるのも納得ですし、もしかしたら
滝に打たれるなんてのも同じ方向性だったのかもしれません。

とはいえ、帰宅のために電車に乗ったら、再び苦しさが逆戻り。

駅を出て自宅に近づき、人が減ってくるあたりから楽になってきて
自分の部屋に戻ったら一気に落ち着きました。

よほど一人でいることが大事みたいです。


シンドくなるのも早かったですが、楽になるのも早いのが
今までとは違った傾向に感じられます。

早めに気づくようになっただけだったら良いなぁと思いますが…。

しかし体の強張りは、一人になっても残っていました。
何かしらの対処が必要なのは痛感します。

一日のセミナーでこの状態だと、連続してきたときに
どうやって乗り越えたらいいのか、チョット先が思いやられます。

とりあえず、軽く運動をして強張った部分を動かし、
その部分の血流を上げて酸欠を回復させることにしました。

それからストレッチをして強張りを緩めて。

雨水が良い気分だったのを思い出して
シャワーを長めに浴びてみました。

湯船で温まるのとは違った意味で、少し楽になる感じがしました。

そして睡魔に抗うこともできずに仮眠をとって
目が覚めたら体中がカチコチな状態。

もう一度ストレッチをして、それから瞑想をして
心身をリラックスさせることにしました。

これでようやく次の日に動けるようになったというところです。


少し前までは、ここまで回復のための取り組みはしていなかったんですが。

体調的には万全に近い状態から、一気に限界まできてしまうのは
どうやって対処したらいいものか、まだ分かっていません。

試行錯誤を繰り返しながら良い方法を見つけたいものです。

cozyharada at 23:26|Permalinkclip!NLP | コミュニケーション

2018年06月03日

サンディエゴ動物園

今回のアメリカでは、予定を少し延長して
サンディエゴまで訪れてきました。

きっかけは昨年にお手伝いした催眠の講座。

その先生がサンディエゴ近郊に住んでいて、
以前にサンディエゴ動物園のサファリパークで働いていた
ということで「来る機会があったら訪れてみては?」と
なんとなく勧められていたんです。

なんでも象の飼育員をトレーニングする必要があって、
全飼育員の中に一人だけいる達人をモデリングして
皆が同じくクオリティで世話ができるようにしてほしい、
という依頼だったそうです。

動物は見て学べることが多いですし、
その先生も再来日を検討しているとのことなので
話のネタ作りという意味でも行ってみることにしたわけです。


僕が瞑想のために滞在していた街からは
ロスアンゼルス経由で行くことになってしまいましたが、
同じ西海岸ですし、ロスからも近いところのようです。

カリフォルニア州の中でも最南端に近い場所で
メキシコまですぐといった土地。

サンディエゴも国際空港ながら、ずっと小さな空港で
全体的に落ち着いて、のんびりした雰囲気がありました。

セキュリティチェックの人なんかも、温厚で親切。
ロスアンゼルス空港の職員の傍若無人っぷりと比べると
同じ国とは思えないぐらいでした。

人の動きもゆっくりしていて、
地元の人は話し方も少しルーズな感じがありました。

気候や生活リズムなどが関係しているのかもしれません。

空港の建物からそうでしたが、街並みも美しく
古い建物と最先端の高層ビルが入り混じっていて、
観光地と行政・ビジネス地域が組み合わさったような印象。

乾燥していて空気もキレイなようで、空は真っ青。
ゴミゴミしていない街並みと合わさって、
気分もゆったりしてくる感じがしました。

日差しの強さと感想で肌がやられることを除けば
住むのにも快適なんじゃないかという考えが浮かびます。

一方、その次の瞬間には
「こんなのんびりしたところにいたら
 仕事をする気にもならないかもしれない」
という考えも浮かんできました。

色々な人から「美しい街だ」と聞いていた理由が
行ってみて強く実感できた気がします。


空港からホテルのある市街地までもタクシーで10分弱ぐらい。
色々なものがコンパクトにまとまった感じでした。

やはりサンディエゴは動物園を推しているのか
ホテルの部屋にもバスタオルで作った象がお出迎え。

SD2


























僕はそれほど観光好きではないので、目的地だった動物園へ直行しました。

交通手段は初めて使ってみたUberという民間タクシーのようなシステム。
日本でもUberの食べ物配送サービスがあるようですが、
アメリカはいわゆる「白タク」が違法ではないのか
かなり幅広く使われているようです。

スマホアプリでGPSの現在地情報を利用しながら
近くにいる車を回してくれて、支払いもアプリ上でカード決済。
数分待てば車も来ますし、価格も日本のタクシー以下じゃないでしょうか。

サンディエゴ動物園は市街地の外れに位置した
バルボアパークという公園のようなものの中にあります。

公園とか博物館とか動物園とかが集合しているということから
上野動物園がある「上野恩賜公園」と似た感じかもしれません。

動物園は歩いて回れるサイズで、僕は3時間弱で全部を見て回りました。
それでも敷地面積は上野動物園の3倍ぐらいあるようです。

空が高いせいか、都心にないせいか、あるいは気候のせいか、
とにかく飼育されている動物がリラックスした雰囲気でした。

1つの檻が大きいのとか、地面が土で舗装されいないのとかも
動物にとっては影響しているのかもしれません。

様々な動物の体の使い方を勉強させてもらえました。


そして翌日はサンディエゴ動物園の経営母体が運営している
サファリパークのほうに行きました。

こっちが本当の目的地。
象の飼育がなされているところです。

サンディエゴから車で45分ぐらいだったので今回もUberを利用。

こちらも途中までは歩いて回れるサイズで、
動物園と同じような作りになっています。

で、一番奥のあたりから路面電車やカートが走っていて
奥にある広大な敷地で放し飼いにされている草食動物のゾーンを
見学できるようになっている仕組みでした。

動物の種類に合わせて、生息地に似たような環境を作りながら
かつ見学者から見やすいところに動物が集まってくる工夫があったりして
動物にも人間にも多くの配慮がなされている印象をうけました。

カートに乗って見学したゾーンは、
写真で見たアフリカのサバンナのような感じ。
そこに牛とかヤギとか馬とかが群れで生活していました。

こういう広大な土地を活かしたものは、
いかにもアメリカならではかもしれません。

お目当ての象のエリアは、放し飼いゾーンほどは広くなく、
普通に動物園的な一区画になっていました。

とはいえ、12頭の象にしてみたら十分な広さには見えましたが。

SD1


























なんでもアフリカから繁殖のために連れてきたり、
繁殖した象を世界中の動物園へ出したりと、
ちょっとした保護地域になっているそうです。

先生が話していた飼育システムなんかも見ることができて
十分に話のネタは確保できた気がします。

そしてそれ以上に、象の雰囲気が記憶に残りました。

ゆったりと大きく、遊び心があって、頭がいい。
それぞれの性格にも個体差があるようにも見えます。

親子はすぐに分かって、ケアする母親側と
甘える子供側とが、なんとも穏やかな関係を見せてくれました。

かなりの時間、象を眺めて過ごしてきました。


野生とは言えないとは思いますが、
自然に近いものに触れるのは気分が休まる感じがします。

十分に堪能させてもらいました。

…ちなみに、アメリカの動物園、博物館は高いです。

動物園、サファリパーク共に入場料で6000円ぐらい。
サファリパークはそれに加えて、中でカートに乗って
広い放し飼いゾーンを見に行くと、また6000円かかりました。

あの敷地で動物の管理をしようとすれば安くないのは当然でしょうが、
おそらく税金の支援が出ていないんではないかと想像しています。

博物館も小さなものなのに、1つごとに2000〜3000円かかるようでしたし。
海辺にあった古い船の展示物も、それ単体で見学料が数千円。

文化・教育的なものに対するお金の価値が違うのかもしれません。
ディズニーランドとかと同じような捉え方なんでしょうか。

日本が安いという見方もあるでしょうけれど。

税金の使い道も含めて、文化の違いが表れているのを感じます。

cozyharada at 23:25|Permalinkclip!コミュニケーション | NLP

2018年05月31日

帰ってきました

この間の火曜日、日本に到着しました。

メインの目的は瞑想の修行で、そちらは丸一週間だったんですが
そのあとでサンディエゴまで足を延ばしてきたので
比較的長めの滞在となりました。


瞑想をしてきた場所は大きな湖まで歩いて30分ぐらいのところで、
山奥ではないですが、山の中にあるとは言えそうな場所です。

標高は1900mほど。
スキーでは有名な場所なんだとか。

気温は当然、標高が高い分だけ下がりますが
今年は思ったほど寒くはありませんでした。
建物の中にいる分には不自由はありません。

周りを針葉樹林に囲まれています。
木の高さに歴史と山奥の雰囲気を感じます。

基本的には杉と松が入り混ざっているようでした。

杉は日本の印象と大差ないものの、松は種類が違うのか
ビックリするほど真っすぐに高く育っています。

遠目だと杉と松の区別がつかないぐらいの生え方。
枝が下向きなのが杉で、枝が上向きだと松…そんな区別でしょうか。
もちろん葉っぱの形も違いますが。

当然かもしれませんが、松が大きくなれば
松ぼっくりも大きくなるようです。

Tahoe2

























比較のためにペットボトルと並べてみました。
ペットボトルより大きな松ぼっくりが大量に落っこちていました。

アメリカ大陸の自然の雄大さを感じるところです。


到着初日はチェックインとガイダンスぐらいだったんですが、
今年は早めに現地入りしたので、チェックインまでの間
近所を歩いてみることにしました。

といっても林の間の道を歩くだけのことです。

RNO


























日差しは暖かめではあっても気温は20度ないぐらいでしたから
気楽に散歩をしてしまったんですが、これが少し失敗。

よもやあんなに紫外線が強かったとは。

1時間半ほど歩いただけにもかかわらず、
3日目の朝ぐらいからオデコの皮膚が剥け始めました。

明らかに日焼けによる皮のはがれ方です。

こんな露骨な日焼けは子供の頃以来じゃないかと思います。

オデコの皮膚が入れ替わる頃には頭頂部の皮も剥けてきて
数日間は頭から皮がポロポロと剥がれ落ちる状態になっていました。

その状態だとチョットした日差しも頭にヒリヒリとした刺激になり
宿舎からホールまでの徒歩移動の間、頭を抱えないといけないほど。

まぁ、瞑想の期間中は口を聞いてはいけないルールなので
誰からもそのことを指摘されはしませんでしたが。

日本とは違うんですね。

同じぐらいの太陽の明るさでも、
空気の質が違うと紫外線の届く量が異なってくるようです。

乾燥していると大気中に紫外線を散乱させる水分が少ないので
おそらく、そのために紫外線が地面まで届きやすくなるんでしょう。

また空気がキレイなのも紫外線の散逸を減らすはずです。

標高が高いのも太陽に近づく分、日差しを強くしているかもしれません。

澄んで乾いた清々しい空気だからこそ、
紫外線も強くなるということでしょうか。

それでもアメリカ人は日光浴が好きなので
テラスのようなところでサングラスをかけながら
日に当たっている姿をよく見かけました。

メラニンの少ない人たちですが、
火傷みたいにはならないのか気になります。

「日光浴は体にいい」というシンプルなビリーフがあるみたいです。

「朝のフルーツは体にいい」とか
「フレッシュジュースを飲んでおけば野菜の代わりになる」とか
健康に関しての考え方は随分と単純化されている印象は受けます。

ともかく、環境も考え方も含めて
色々な違いを感じられるのも面白いものです。

ヨーロッパとも違うようですし。

自分の常識を見直すにも、普段と違う環境に行ってみるのは良さそうです。

cozyharada at 23:35|Permalinkclip!NLP | 心理学

2018年05月16日

不在のお知らせ

5/17から5/29までアメリカに行ってきます。

帰国は29の夕方です。
その間、連絡がつきにくくなるかと思いますが、
御用のある方は、なにとぞご了承ください。

とくに18日-25の間は通信ができない状態になります。

メールやお問い合わせをいただいても
お返事までお時間を要するかと思います。

25以降は時折メール確認も可能になる見込みです。

通常あまり急なお問い合わせを受けることはありませんが
念のためご連絡まで。

cozyharada at 23:59|Permalinkclip!全般 | 心理学

2018年05月15日

一年ぶりの渡米

去年参加した坐禅(瞑想?)の集まりに
今年も行ってきます。

何かが得られるわけではないでしょうし
何かをまなぶわけでもありません。

ただのプラクティス。
修証一等ということで。


昨年は初めての参加でしたし
アメリカ自体が10年以上ぶりだったので
なんとなく特別な感じもありましたが、
今回は淡々としています。

これがレギュラーのイベントになるかは分かりませんが
なんとなく昔を思い出します。

毎年、夏に箱根のワークショップに参加して
温泉で宿泊しながら、ひたすら個人ワークをやるもの。

年に一度ぐらい、しっかりと自分に向き合うというのも
味わい深いものだなぁと感じます。


ちなみに今年のアメリカ西海岸は涼しいみたいで
20度台前半みたいです。

去年は5月でも30度以上ありましたから
寒さ対策が必要そうです。

ちなみに山の上は、夜に0度ぐらいまで下がるとか。

そこまで含めて非日常の時間になるのかもしれません。

2018年05月12日

ほうじ茶の匂い

茶香炉というのを買いました。
お茶っ葉に熱を加えて、お茶を焙煎する匂いを出すものです。

まぁ、普通にフライパンで炙っても良いんでしょうが、
もう少しジワジワとゆっくり加熱できるので
軽めの匂いで長続きしやすいらしいんです。


住まいが集合住宅で、以前から
タバコの臭いが入ってくるのが耐えられず、
いろいろな臭い対策をしてきました。

脱臭機を使ったり、芳香剤を大量購入したり、
消臭スプレーを使ったり。

タバコはそれでも、比較的短い時間で臭いがなくなります。
近隣住民もずっと吸い続けるわけではありませんから。
その人が吸っていない時間なら臭いも入ってこない。

ですが、夏になると蚊取り線香を焚く人がいるんです。

僕は蚊取り線香の焦げ臭いのが苦手で、おそらく
ヤニの粘っこい感じが鼻にへばりつく感じが嫌なようです。

この臭いが手ごわい。
蚊取り線香ですから一晩中ずっと臭いがし続けます。

脱臭機でも芳香剤でも対応しきれません。
消臭スプレーは短時間なら効きますが、すぐに効果が失われます。
次から次に臭いが来るんですから当然です。


それで対策として考えたのが茶香炉、と。

アロマも考えたことはありましたが、
焦げ臭さが含まれるタバコや蚊取り線香には
アロマでは種類が違いすぎてカバーできなそうだったんです。

その点、茶香炉は、お茶を煎るときの匂いがしますから
香ばしさがあって、質的な共通点もありそうなんです。

系統が似ているから、匂いの上書きができるんじゃないか。
そのような発想で茶香炉に至りました。

使ってみると、さほど香りが強いわけでもなく
10分ぐらいしか持続しないんですが、
茶葉の量を工夫したら改善の余地はありそうに思っています。

お茶屋さんの前を通ると、焙じ茶を作るのに
大きな釜で茶葉を煎っていることがありますが、
あの匂いのソフトなやつがするんです。

なかなか僕の好みに合うようです。

もしかしたらコーヒー豆を煎っても良いかもしれません。


果たして、夏の蚊取り線香に対抗できるのか?

効果があると良いんですが。

cozyharada at 23:05|Permalinkclip!NLP | 全般

2018年05月09日

とっさに口をつく言語

語学をやっていると言語のしくみや
言語を使う頭の中の整理のされ方などにも
色々と気づくことがあります。

ロシア語とスペイン語を始めてみて発見したのは
 授業中とか休憩時間に先生からロシア語・スペイン語で質問されると
 とっさにフランス語が口から出てきてしまう
ということでした。

文章を組み立てる練習として取り組んでいるときも
まず先に、フランス語の単語が浮かんできてしまったりします。

ところがフランス語で話しかけられたとき
とっさに英語が出てしまうということは滅多にありません。


もちろんフランス語でも、言いたいことが全て
すぐに自然と口から出てくるレベルではありませんから、
単語を探すのに時間がかかってしまったり、
探しても見つからなかったりすることはあります。

そういう場合、英語の単語のほうが先に浮かんできて
その英単語に相当するフランス語を思い出そうとする状態になります。

こうなる理由の大きなものとして、僕がフランス語を勉強するとき
単語の意味を仏英辞典で調べることがありそうです。

もう1つの理由は、英語とフランス語のほうが近いから。
記憶の中から探索しようとしたとき、近い情報として整理されている
英語のボキャブラリーが引っ張り出されやすいんでしょう。

あとは、英語が僕にとって外国語であることも関係する気がします。
フランス語の単語を探索しているときも、同じ「外国語」という分類で
記憶の検索が行われているんだろうと思われます。


ですが、フランス語で話しかけられたときに
混乱して英語が出てしまうということはなくなりました。

最初の頃は、つい「Yes」と返事してしまった記憶もありますが
もうそれはなくなったようです。

外国語モードとして、英語とフランス語が分かれたんでしょう。

フランス語を話しているときに、英語モードの記憶は
ある程度、抑え込まれるのかもしれません。

だから混ざってしまうことがない、と。

おそらく英語を話しているときにも
日本語モードは抑え込まれているように感じられます。

一方、言いたいことにマッチした単語を探す作業に入ると
これらの”言語モード”の壁は減ってしまうみたいです。

英語を話している最中に適切な単語を記憶の中から探していると、
日本語の単語が先に浮かぶこともありますし、
フランス語の単語が浮かぶこともあります。
もちろん、英語で見つかることもあります。

逆に日本語で適切な言葉を探しているときに
最初に英語が浮かんでくることもあります。

言葉を記憶の中から探す作業は、
自然と言葉を口から出しながら会話をするのとは
違った作業をやっているんだろうと思える部分です。


また、ロシア語やスペイン語を勉強している最中に
ついフランス語が口をついてしまったり
フランス語の単語が先に思い出されてしまったりするのは、
 僕の中でフランス語もロシア語もスペイン語も
 「外国語」というカテゴリーの中で同類に扱われている
ということの表れかもしれません。

このときに英語は浮かんでこないわけですから
英語を「外国語」と捉えている度合いは弱いのでしょう。

日本語は完全に母国語として独立していて、
英語は1つの別の言語として整理されている。

その他に、フランス語、スペイン語、ロシア語が
「外国語」という1つのカテゴリーになっていて
しっかりと区別されないままに記憶されているような気がします。

その外国語カテゴリーの中で一番進んでいるのがフランス語なので
とっさに「外国語」の中のどれかで話しかけられたりすると
真っ先にフランス語が口をついてしまう、
といった事態になっているんじゃないか、と。

きっとこの先、それぞれの言語の習得が進んでいくと
区別がつくようになってきて、混乱が減っていくだろうと想像しています。

そうなって「外国語」カテゴリーから外れた言語の数が
僕の中で「身につけた」外国語と呼べるものになるのかもしれません。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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