2017年01月21日

フェーズ

流れというか、全体的な傾向というか、僕の中で
色々と取り組んでいることが次のフェーズに進んだような印象を受けます。

ここ2年ほどやってきたフランス語も
この1月末で一区切りを迎えます。

上智大学の公開講座で受講してきた語学コース、
設定されているレベルが一通り終了する予定。
これ以上のコースはないため、他を検討する必要が出てきました。

多くの大学で語学の公開講座は開催されているもので、
英語に限らず様々な言語を安価に勉強できます。

しかし、英語の「上級」と、ほかの言語の「上級」では
実態が大きく違うようです。

日本人にとっての英語は学校で習っていることが前提ですから
「上級」が本当に上級です。
世界的なレベル設定と合わせても「上級」と対応する感じ。

高校卒業レベルで「中級」ぐらいにはなっていますから
そこからスタートするか、その前の復習からスタートするか
そんな傾向のようです。

一方、他の言語の場合、出発点がゼロからになるため
英語よりもレベル設定が低いようなんです。

ただクラスの進行と各クラスで期待できる上達度からすると
それほど各レベルの間を開けることもできないのでしょう。
そしてレベルの呼び名は英語と合わせることになる。

結果として英語で「上級」と呼ばれるクラスと
他の言語の「上級」には大きな差があって、
フランス語の「上級」は英語でいう「中級」ぐらいのものになるようです。

なので英語の上級クラスは沢山用意されているんですが
他の言語の「上級」というレベルは実際には殆どない。

僕は上級のクラスを受けるレベルではありませんが
中級よりも上をトレーニングしたい段階のため
今までの延長では勉強が進まなくなってきたところなんです。

ということでフランス語を勉強する場を探索中です。


また書道に関しても7,8年続けてきて
ちょっとした停滞期のような印象を感じています。

で先生に相談したところ、今までとは違った練習方法を提案してもらいました。

お手本をもらって、それを見て書くだけでは今までと同じですから
お手本は見ないで練習してみる、と。

先に自分で書いてみて、それを手直ししてもらって、
そこからお手本をもらって、再度練習をしてみる。

すると自分の癖と先生のパターンとの違いが浮き彫りになるかもしれません。

練習のハードルは上がりますが、漫然と続けるよりは良さそうに感じます。


行き詰まりをベースに取り組み方を変える必要が出てくる。

それは趣味の世界の話だけではなく、
多くの局面においても共通するように感じます。

今までのやり方が通用しなくなってきたときに
何かを工夫する必要性が「問題」や「行き詰まり」の形で表れる。

そんなものなのかもしれないと改めて思っています。

cozyharada at 23:46|Permalinkclip!コミュニケーション | 全般

2017年01月18日

足の指のそりかえり

大した話ではないんですが、
もうすっかり足の指が地面に着くようになりました。

以前は立っていてもイスに座っていても、
地面につけた足の指が少し浮いていたんです。

足の指の付け根あたりに重心をかけて
足の裏全体が接地しないようにしていた感じ。


書いていて思い出しましたが、そういえば
小さい頃、親から「偏平足だ」と言われ
それでは良くないという思い込みを持っていた記憶があります。

足の指の付け根あたりと踵だけを地面につける感じにすると
足に緊張感が生まれてアーチが強くなります。
足裏全体がベタっと地面に着くような偏平足ではなくなるだろう、と。

小さいながらにそんな工夫をしていたのかもしれません。


それからもう1つ。

幼稚園とか、もっと小さい頃、どういう理由か分かりませんが
僕は足を泥まみれ、砂まみれにして家に帰ってきていた記憶があります。

砂場で遊んだのか、公園を裸足で駆け回っていたのか…
ともかく家に帰ってきたときに足が汚れていた日がありました。

そうすると母は、家の中が汚れるといって嫌がり
玄関先の水道で足を洗うか、雑巾で拭くか、風呂場に直行するか、
とにかく足を綺麗にする必要がありました。

決して嫌々やっていたわけではなく、何も疑わず
むしろ母を喜ばせようというぐらいの童心から
無邪気に足を洗っていたのを覚えています。

で、冬になると流石に外の水で足を洗うのは嫌。
お湯で足を洗うために、風呂場に直行するときも多かった気がします。

雑巾が毎日用意されているわけではなかったですから
汚れた足で廊下を通って風呂場に行くときが多々あったんです。

このとき、廊下を汚さない精一杯の努力として
足の接地面を減らすようにして歩いていたのを思い出します。
(結局あとから雑巾がけをしていたんですけれど)

踵しかつかないように爪先を上げるとか、
爪先立ちで背伸びをするようにしながら、かつ足の指先も上げるとか。

まさに足の指の付け根部分だけで地面に接していた状態です。


偏平足対策や汚れた足を地面につかない対策が
どれだけ癖になっていたのかは分かりませんが、
少なくとも僕の以前の足は、そのときの状態と似ていました。

別に怒られてやっていたことではないんです。
むしろ善意からやっていたつもりでした。

「幼少期のトラウマ体験が身体に残っていた」なんていう
大それた話ではないかもしれません。

しかし僕の中にあった他者(とくに幼少期は親がメイン)への気遣いは
迷惑をかけないようにする形で色々と身体を緊張させていたように感じます。

自分が力を入れて踏ん張ることで他人に負担をかけない。
そういう発想がベースにあった気がします。

足の指の緊張感は、その一部だったのでしょうけれど
1つの象徴的な部分でしょう。


心身の色々な取り組みを通じて
徐々にそういった緊張感が取れてきたようです。

足の指で地面を掴む感じ、
足全体で地面を押している感触、
足に体重がかかっている印象…、
いずれも以前はなかった体験です。

なんとなく、以前は地球にさえ遠慮をしていたような気もします。
自分の重さを地球に預けることさえ控えて
足を地面につけないように、重心位置を上げるようにしていたような。

そんな子供心の無邪気で無知な心身の癖が
大人になっても沢山残ってるものなのかもしれません。

別に問題でなければ気にしなくてもいいとはいえ、
必要のないことをしている側面もある。

僕はそういうのを整えていく方向性みたいです。

cozyharada at 23:43|Permalinkclip!NLP | 心理学

2017年01月15日

2017作品

今年も展覧会に出品しています。

筆遣いのスムーズさや線質については
長く続けるうちに上達してきている実感はあります。

が、展覧会場に並ぶ2000点ほどの作品の中で
僕の書いたものと同じような傾向の作品は見当たりません。

良くいえば目立つということでしょうが、実態はむしろ
その分野が求めるものと方向性が違う、という意味のような気がします。

しかしながら求められる方向性の基準を見つけるのは大変です。

芸術家なら自分がやりたい表現だけをしていれば良いのでしょうが
僕のやっている程度の書道は芸術にはなっていません。
技術を磨くのが主目的。


その意味で今回の展覧会では大きな収穫がありました。

それは団体の創始者本人(もう亡くなっています)の作品を
一度に10点近く見られたこと。

団体のどの重鎮も辿り着けていない(らしい)最終形ともいえる書家が
どんな作品を書いていたのか?
そこから共通点として見出せる特徴こそが、
この分野で「美」とされる基準だろうと考えられます。

僕は今まで、自分が習っている先生の書きぶりだけを参考にしてきました。
さらに抽象度の高い、書芸術としての基準を知るには
最高峰とされるものを見ておくのが重要だろうと感じます。

そして技術的な観点でも役に立ちそうだったのが
その創始者が実際に書いている様子のDVDが放送されていたこと。

どうやって書いているのかを見られたわけです。

ここにも技術として、筆遣いとして、線質としてのポイントが
集約されているだろうと思われます。


心理業界でいうと、ミルトン・エリクソンの記録を読み、
催眠の動画を見られたような体験です。

ポイントを抽出する作業はこれから長くかかるのでしょうが
必要なポイントが含まれているはずのものを見られたのは
インプットとして重要な意味を持っていると思われます。

2017独立展12017独立展1

cozyharada at 23:13|Permalinkclip!NLP | NLPの基本情報

2017年01月12日

語学とペーシング

つくづくペーシングはコミュニケーションに大きな影響を及ぼすものだと感じます。

技術として身体を同調させるのが癖になってきたり、
もともと他者の影響を受けやすい傾向があったりすると、
自然と相手に巻き込まれる形で相手のコミュニケーションに感化されがちです。

知らないうちに相手の表情や姿勢を真似してしまっていたり、
相手の言葉遣いの癖や、話し方のリズム、方言やイントネーションが
移ってしまっている…なんていうのは感化される例でしょう。

メリットは相手との信頼関係とか一体感を生み出すとかだけでなく、
相手の感情に共感して気持ちを察することがしやすい、あるいは
相手の持ち味を自分に反映させることができる、などもあります。

科学的な説明はできませんが、経験的にいって
例えば視覚的にイメージを浮かべるのが得意な人にペーシングすると
会話の最中に普段よりも自分の意識に映像のイメージが浮かびやすくなるとか、
陽気な人と会話をしていると自分まで気分が楽しくなるとか、
そういったことは起きるようです。

逆にデメリットとしては、相手の不快な感情や身体の緊張や硬直につられて
自分の身体の中にも感情や身体の強張りが生まれたりする、などがありそうです。


このペーシング(同調)のメリットは、技術習得に大きく役立ちます。
上手い人のやっていることを真似しやすいわけですし、
頭の中の状態も近づくのだとしたら心構えや注意点、意図的な工夫なども
感じとりやすくなるだろうと考えられます。

語学なんかでは、かなり効果的に働くと感じています。

ネイティブスピーカーにペーシングをしていれば
日本語で考える癖が抑えられますし、
言葉遣い、文章の組み立て方、リズムや発音なども
自然と感化される形で身につきやすいでしょう。

小さい子供が母国語を習得するときと近い形を利用できそうです。

実際、僕が英語を勉強してきたときも、今フランス語をやっているときも
発話のスムーズさはネイティブ相手のときのほうが上がるようです。

日本人の講師を相手にしたり、日本人の受講生同士で話したりするときは
逆にスムーズには言葉が出てきません。
なんとなく考え過ぎてしまう感じになります。


ただしデメリットでもあるのが、相手の持ち味を利用しているという部分。
自分のスピーキング力が相手に依存するわけです。

一人でプレゼンをしたり、語学のスピーキング試験とかになると
ペースを合わせるのが難しくなるため、発話がスムーズでなくなります。

これを「普段よりスムーズでない」と捉えるのか、
「一人で話せるときが本当の実力であって、
ペーシングしたときのスピーキング力は実力以上に上乗せがある」
と捉えるのか、そこは一概には言えないかもしれません。

ともあれ、ペーシングする相手がいなくなると流暢さが落ちるのは実情。
とするとやはり、スピーキングのトレーニングとしては
会話に慣れてきた段階から、独り語りのような形を取るのが望ましそうです。

おそらく僕の日本語力に関しても、プレゼンや人前で話す作業を重ねるうちに
自然と向上してきた部分もあるんではないかと思います。


また相手の持ち味を利用するということは、
相手によっても自分の発話能力が変わるということでもあります。

僕の英語は基本的に学術寄りでトレーニングしてきたものです。
土台作りは化学の論文や教科書を読むところでしたし、
英語を本格的に勉強し始めたのもTOEFLという留学向けの英語試験でした。

その後も英語で大学の授業を取ったり、
普段の英会話でも割と専門性の高い議論を好んでやっていました。

僕自身が英語を鍛えてきた分野が学術寄りだということは
ボキャブラリーについても文章構造についても、
そっちの方面に偏っているという意味でしょう。

しかもペーシングをしながらですから、会話の相手になっていた人達も
学術寄りの論理的な人や、少なくとも論理的なモードで会話をしていたはずです。

そういう意味では、日常会話というか、気軽な会話のほうが慣れていないんです。

気軽な会話を好む人とか、論理的な話や学術的な話題を好まない人、
そもそも論理的な話し方をしない傾向の人が相手になると、
僕がトレーニングしてきていない領域が求められてしまいます。

そこでペーシングまでしようものなら、今度は
今までトレーニングしてきた領域の発話力が使えなくなります。

論理的に話すのが難しくなるのが実感されますし、
ペースに合わせるのが精一杯で、タイミングに合わせながら発話するのが大変。

よほどプレゼンのように自分のペースで話せるほうがスムーズな気がします。


では、そういう人とどうやって会話していくのか?

1つの発想はペーシングせずに、自分のペースで話す練習をする。
相手の持ち味を使わずに自分を保つ方向で頑張るという方向性です。

もう1つは、あえてそっちにペースを合わせ、
日常会話や気軽な会話の能力を上げていく方向性。

どちらかに絞る必要はないでしょうから、ときおり変えながら
・ペースを合わせないで自分主体にして話す能力
・日常のフランクな会話におけるスピーキング力
の両方を鍛えるのが良さそうに感じます。

どちらも今までに本腰を入れなかった分野ですから
これから心がけることになる気がします。

cozyharada at 23:41|Permalinkclip!NLP | NLPの基本情報

2017年01月09日

【セミナー】心の動きを捉えるコミュニケーション

ご案内: 2月5日(日)開催

   コミュニケーション講座 〜心の動きを捉えるコミュニケーション〜



2月の講座のご案内です。
内容はコミュニケーション。
テーマは『心の動き』とします。

拙著「心を読み解く技術」の内容の一部を
コミュニケーションで実践的に練習するような形ともいえそうです。

NLPでいうと「パート」の概念に対応しますが、
一般的なNLPのセミナーで扱うやり方とは異なります。

悩みを解消する”スキル”の1つとしてイメージワークをするのではなく、
「パート」という概念を用いた会話的なアプローチを行います。

会話の中で相手の『心の動き』を捉える。
そのときに「パート」という概念を採用する。
もっと日常的な場面で、普段から頻繁に活用できるようにする狙いです。

NLPでも、セラピーでも、カウンセリングでも、心理療法でも、催眠でも、
様々な手法・スキルが扱われますが、その大部分は実際のところ
セラピーやカウンセリングという専門的な場面で使われるのが大半です。
言い換えると、オフィスや喫茶店で使うには不自然なものも多い、と。

その点、パートの考え方を元に相手の心の動きを理解する方法は
日常のコミュニケーションで気軽に使える種類ものです。

NLPを知らない人でも説明を聞けば直感的に納得しやすく、
技術としてトレーニングするにも取りかかりやすいでしょう。

そういう意味でもオススメの内容です。
以下に講座内容のポイントを解説しておきます。



どなたにも実感はあると思いますが、
心は一定の固定されたものではありません。

むしろコロコロとそのときどきで移り変わります。
考えとして浮かぶものも火によって時間によって違いますし、
感情が移ろいでいくことも多いでしょう。

他人を理解するのが難しい理由の1つが
この「心の動き」にあるのではないでしょうか。

実際のところ、「自分」という認識は非常に柔軟です。
自分の中に起きて意識されるものを一通りまとめて「自分」と捉える。
ですから考えや感情に変化があっても、そこまで含めて「自分」となります。

一方、他人は人のことを見えている範囲でしか理解しません。
しかも見えているところを、本人の経験と照らし合わせて評価する。
その人自身の捉え方と、外から見ている他人の捉え方とでは
大きく異なってしまうのが一般的です。

だから他人からすると「誰かのことを誤解」していたり
予想外の対応を受けて「裏切られた」と感じたり、
「なんで急にそんなことをするのか分からない」と思ったりするのでしょう。

その人自身の中では、ごく普通の「自分の心の動き」でしかないものが
他人からすると一貫性の無いものに見えて理解ができない。
「こんな人だとは思わなかった」という事態になるわけです。

他者と関わるときにも、その人の『心の動き』を把握しようとすると
このあたりの理解の幅が広がります。
その人の中の色々な側面が移り変わっていることに気づけます。
その人を一部から捉えるのではなく、全体として把握できるようになります。

まずはここがポイントです。


その次のポイントが「分かってはいるけれど…」という心の状態。

頭では分かっているつもりなのに気持ちが乗らない、
行動に移せない、気が引けてしまう、何か引っかかる…、など。

こうなってくると、その人自身でさえ「自分」に一貫性がないと感じます。

他人からしたら「それなら、こうすればいいじゃないか」と言いたくなりがちですが
その人自身の中だって、何が起きているのか分かっていないのです。
心の中に整理がついていない状態です。

こうした場合も、『心の動き』として捉えていくと理解がスムーズになります。

悩み相談の多くには、このような複雑な心の動きが含まれているものです。
ですから相手の話を聞きながら、その心の動きを捉えられると
相手に共感的な理解をしやすいだけでなく、
悩みを話しているほうも「分かってもらえた」と感じやすいはずです。

悩みの中でモヤモヤと霞がかかったような心の中を
まずはスッキリと見やすくする。
すると話している本人にも、何をしたいのかが気づきやすくなります。

対人コミュニケーションの技術として、このように
相手の心の複雑な動きを言語化し、共感的なメッセージにするわけです。

このとき、複雑な心の動きを許容的に伝えるのが重要です。
「〜な気持ちもあるし、…な気持ちもある」といった感じ。

心の中には、常識的には相容れないような気持ち・考えが
同時に共存していることが当たり前にあるものなんです。

この点を納得できるようにトレーニングしていきます。

それによって相手の話を聞きながら、相手の複雑な気持ちを
どれか1つの考えに偏ったりすることなく均等に受け止められるようになります。
相手を全面的に許容しやすくなるということです。

例えば、「苦しさを分かってもらいたい」気持ちがあるのと同時に
「簡単にこの苦しさを分かったつもりになってもらいたくはない」
という気持ちも共存していたりする。

「自分を変えて、もっと良くなりたい」気持ちがあるのと同時に
「今のままの自分を受け入れたい」気持ちがある。

そういう複雑な心の動きを受容できるように、
・相手の心の動きを捉える練習
・複雑な心の動きを効果的な形で伝え返す練習
とを行います。


さらに、実際の心の動きを「流れ」や「変化」として捉えるトレーニングもします。

どのタイミングで、どんな気持ちが動いたのか?
何をキッカケに気持ちが入れ替わったのか?

ちょうど舞台演劇を見ているように、
心という舞台で役をやっている登場人物たちのやりとりを捉えるイメージです。

誰がこんなことを言うと、次にこのタイミングで別の人が舞台に出てきて
するとさっきまで黙っていた誰かが話しだして…といった感じ。

そんな風に心の中の動きを、「様々な気持ち同士のやりとり」として捉える。
このときに順序やタイミングが重要になってくるんです。

タイミングや順序を捉えられると、それぞれの気持ちを分けて見られます。
区別して捉えることができるわけです。

前述の「〜な気持ちもあるし、…な気持ちもあるし」といったような場合も、
折り合いのついていない2つとして区別しながらピックアップできれば、
それぞれの気持ちごとに考えを深めていくこともできます。

「〜な気持ち」について集中的に事情を聞き、考えの根拠を探れます。
最初に気持ちの種類を区別しておくから、
そちらの気持ちについてのみで話を進められるということです。

一般的な会話のように区別しないままだと
「〜な気持ちもあるし、でも…だし。
 ○○かなぁとも思うけど、そうすると△△になってしまうから、
 やっぱり●●のほう良いかとも思う。
 なのに▲▲を気にすると、イマイチ気持ちが乗らなくて。」
のように、話が行ったり来たりするものです。

複雑な心の動きがあるときには、話があちこち飛びやすい、と。
聞いている側としても、相手の言いたいことがハッキリせず混乱しやすい。

そこで最初から気持ちの種類を区別しておいて、
1つの気持ちごとに聞いていけば、聞いていて理解しやすいだけでなく、
話しているほうとしても集中的に自分の気持ちを探れますから
普段よりも深いレベルの気づきが起きやすくなるんです。


ということで、
 心の中で起きていることを
 「さまざまな気持ちが共存している」という発想のもとで的確に区別し、
 それぞれの気持ちごとに理解を深めていく…

のが講座の中心となります。

そのうえで、複雑な気持ち、相容れない気持ち同士で
どうやって折り合いをつけていくのかもトレーニングします。


一度この観点のコツを掴んでおけば、
他の人が何かの作業をしていたり、会話をしていたりする場面は全て
トレーニングの題材として活用できるようになります。

クレームを言っている人を見かければ、
何が火に油を注ぐポイントだったのかも見えてくるでしょう。

よく言われる「地雷」(逆鱗に触れるところ、怒らせてしまうキッカケ)も、
格段に予想をつけやすくなるはずです。
他の人からすると「地雷がよく分からない」ような人物に対しても
パターンが掴めてくると期待されます。

もしかしたら認知症のようなケースでも
一見すると脈絡のない行動が、心の動きとして理解できるかもしれません。

慣れてくると、揉め事の仲裁などには、かなりの効果を発揮すると思います。

コミュニケーションの技術として活用する上でも、
人の「心」というものの性質を理解するうえでも、
実用的なテーマではないでしょうか。

座学は少なく、少人数制の参加型・体験型ワークショップとなります。
グループで意見交換や、コミュニケーション技術の練習をしたりします。


気軽なスタンスで積極的に取り組んで頂ければ幸いです。



◆録音/録画、再生機材に関しまして
講座全体の内容は、ICレコーダーやビデオなどで
記録いただいても構いませんが、あくまで
個人的なご利用の範囲でお願いいたします。

※ただし、プライベートな内容の扱いに関しましては
 十分にご配慮ください。



※内容の密度の関係で定員を設けています。
もしかすると逆に、最少決行人数へ届かない場合もあるかもしれません。
いずれの際も改めてお知らせいたしますので、なにとぞ御了承ください。





【セミナーの詳細】

≪コミュニケーション講座 〜心の動きを捉える〜≫

【日時】  2017年 2月5日(日)
       10:00〜16:30


       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。


【場所】 滝野川会館 303集会室
    (JR京浜東北線・上中里駅 東口より徒歩7分)
    (東京メトロ南北線・西ヶ原駅より徒歩7分)
    (JR山手線・駒込駅 北口より徒歩10分)


【参加費】 ・・・15,000円

       当日、会場にてお支払いください。


    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。







心理学の歴史の中では、もっとも初期の段階で
構造主義と機能主義という2つの立場がありました。

構造主義は、心を構成する要素を調べようとする立場。
喩えるなら、化学が物質を構成する成分として元素を見つけたように
心にも構成成分があるだろうという発想でしょうか。

もう一方の機能主義は、意識の流れを理解しようとする立場です。
心というのは1つの決まった「もの」ではない。
意識の中に様々なものが表れてくる。
その「流れ」を捉えたい、と。

機能主義のほうは、化学に喩えると化学反応に注目する感じかもしれません。
反応速度とか物質移動とか、定量的な方向性に思えます。

実際のところ、初期の心理学ではどちらも上手くいかなかったようです。
客観的に説明できる手法が見つからなかったのでしょう。
少なくとも共通認識としてお互いに理解し合えるような着眼点がなく、
主観的な話で終始してしまっていた。

心理学そのものは、そこから客観的に測定可能なものを重視するようになり
科学としての側面を強めていくことになります。


それから時を隔て、NLPが再び構造主義的なアプローチをとります。
心の構成要素を調べ始めたんです。

主観的な体験を説明しようとする行為ですから
客観的なデータとはいえません。
その意味でNLPは科学としての心理学にはなりえません。

それでも初期の心理学で構造主義がやろうとしていたことを
かなり詳しいレベルでできるようにしたとは言えそうです。
そして共通認識として複数の人が、主観的な体験をシェアできるようになった。
それによってモデリングができるようになったわけです。

心の構成要素がどのような組み合わせになっていると
どのような体験が生まれるのか?
そこを調べるのがNLPの重要な側面だということです。

NLPの言葉でいうと、サブモダリティとかがこちらです。


さらにNLPはパートの概念を使い始めます。
心を部分化して、普段意識していないところに気づいていくやり方です。

この着眼点で丁寧に心の中を眺めていくと
「意識の流れ」が見えてきます。

こちらも客観的なデータにはできませんし、数式化することも難しいですが
それでも、ある人の心の動きを共通認識としてシェアすることは可能です。

心を1つのものとして見ている限り説明できない心の動き(意識の流れ)が、
パートという「心の機能1つ分」に注目して
どんなパート(機能)が移り変わっていっているのかを記述することで
言葉として説明できるようになるわけです。


実際のNLPの資格取得コースでは、
心の構成要素を細かく見ていくアプローチも
心の機能のプロセスを追いかけていくアプローチも、
いずれも丁寧にやられることはありません。

盛りだくさんの講座の中で、そこまでかける時間がないのでしょう。

NLPをスキルや手法の寄せ集めとして捉え
自分が使えそうなものを利用していくという方針であれば、
確かにそこまで心の「しくみ」を気にする必要はないのかもしれません。

一方で、心やコミュニケーションに興味を持つ人の多くには
「相手を理解したい」、「人の気持ちを分かりたい」
といった率直な願望もあるのではないかと思います。

方法や手順ではなく、目の前のその人に関心があるからこそ
湧きあがってくる願望ではないでしょうか。

N偶然なのか意図的なのか、
NLPは心理学の初期に議論されていた「心を理解する着眼点」の両方を
それなりに上手く扱えるようにしてくれます。

データとして扱えなかったとしても、
相手の心の内側を共有するところまではできそうです。

心の仕組みを説明し、それに沿って相手の気持ちを理解する。
そういうことを可能にしてくれました。

昔の人がやろうとしてできなかったことに近づいたとも言えそうです。
その意味でも有意義なアプローチのような気がします。

ご興味がありましたらお越しください。

2017年01月05日

今年は…

2016年の末に、数年間レッスンを受け続けてきた英会話の先生が
退職することになりました。

まぁ、何かを習うというよりは、スピーキングのトレーニングとして
とにかく発話に慣れるのが事実上の目的だったと思います。

自分が考えとして持っている頭の中の情報の繋がりを
英語という言語と結びつけていく作業が中心でした。

ボキャブラリーや表現の範囲を含めて、
自分に親しみのある分野のほうがスムーズに話せる。
これは外国語でも母国語でも同じようです。

ですから外国語学習において、話し慣れた分野を作っておくのが
会話をスムーズにしてくれる効果的な手段だと考えられます。

その意味で、その先生のレッスンは会話のトピックが幅広く、
しかも僕の興味に合った範囲で話を弾ませることができたので
とても有意義な時間だったんです。

科学的な観点でも、芸術的な観点でも、哲学的なところまで
かなり深く考えをアウトプットさせてもらえました。

年齢のこともあり、余生を考えて辞めることにしたそうです。


とはいえ、僕が英会話をやめるわけではありません。
英語を使う時間は欲しい。

マンツーマンの英会話スクールなので他にも先生はいます。

同じような会話ができる先生は滅多にいないでしょうから
今後レッスンを受ける先生を選ぶ基準は別のところになると思います。

テスト対策なんかも興味はありますが、テストを受けるタイミングが合いません。
(だいたいのテストは週末に行われているのでセミナーと重なってしまう)

文法を復習したり、スピーキングの際の正確さを意識したりも良さそうですが、
この辺の基準を満たす英会話講師となると、そちらも限られるはずです。

今のところ、無難な範囲としてイギリス発音に慣れる目的で
イギリス人の先生を選ぼうかと考えています。

今までの先生はアメリカ人で、ペーシングをしながら話していると
ついアメリカ発音とイギリス発音が混ぜこぜになってしまうことがありました。

だいぶイギリス発音に慣れてきたところなので
定着させるにはイギリス人講師だけを選ぶのも良いような気がしています。

英語のトレーニングは続けていくことになると思いますが
特定の目標があるわけではないですし、
一生懸命にボキャブラリーを増やそうというつもりもありません。

その時その場で興味があることと、活用できる環境とを加味して
流れに任せるような形になるんでしょう。


思い返してみると、いつの頃からかこうやって
ハッキリした目標を立てなくなってきたようです。

英会話に行けば1月頃だと、たいてい「新年の誓い」について質問されます。
年の初めに一年の目標を立てるのは、欧米文化の1つみたいです。

そういうときに改めて意識させられます。
あまり方向性を設定していないんだ、と。

予定として設定しているものはあります。
もちろん予定が変更になることもありますから
あくまで「やるつもりのこと」です。

「やりたいこと」という意味での目標と
実情はそれほど変わらないような気もします。

予定が変更になるのと、目標を達成できないのも
中身としては似たようなものでしょう。

捉え方が違うだけかもしれません。

長期的な目標に関しても、「こうなりたい」と方向性を設定するよりは
「なんか、こっちのほうに進んでいきそうだな」と予想している感じです。

例えば英語についてなら、イギリス発音への興味が続いていますし
トレーニングをする環境が限られていることから、
「海外のコーチにスカイプレッスンを受けてみようかな」
という気持ちが湧き始めていることを自覚しています。

これが大きくなっていきそうな予想をしているので、
今年はどこかで、そんなスカイプレッスンを始めるかもしれません。

ただ、そのスカイプレッスンは「やりたいこと」というほど強くもないし
頑張ってチャレンジするような「新年の誓い」や「目標」でもないんです。

ヤル気が大きくなったら、そのときにやる。
現状は、そのヤル気が大きくなりそうな予感を持っているけれど、
今は始めるタイミングでもなさそうに感じている。
だからやっていない。

そんな風に、流れに身をゆだねるような雰囲気が高まっているみたいです。


なので、長くレッスンをとってきた英会話の先生が退職したのは残念でしたが
方向性の変化という意味で受けるショックはありませんでした。

単純に寂しいだけ。
深い話をする相手がいなくなって寂しいだけ。

友人に会えなくなるのは寂しいけれど、そういうものでしょう。
避けられないものについては事前に覚悟をしています。

何が起きるか分からないことについては
気楽に流れへ委ねるスタイルになっていました。

かといって何もヤル気がないわけではないんです。
目の前に楽しみなことがやってくればヤル気は高まります。
方向性を決めて、そっちに向かって頑張ることが減ったという話です。

目標に向けてガムシャラに頑張るのも懐かしいですが、
先に何が起こるのかを楽しみにしておくのも悪くないと感じています。

ということで、ここに今年の目標を書くことはできませんが、少なくとも
年末に一年を振り返って感想を書くことにはなるでしょう。

それが多分、一番確実性の高い予想だと思います。

cozyharada at 23:00|Permalinkclip!全般 | 心理学

2017年01月02日

年始のご挨拶

あけましておめでとうございます。

今年もNLP関連のセミナーが多くなりそうだと予想していますが
機会を見て、こちらでも独自の講座をやってみようと思っています。


年末から年始にかけて、ゆっくりと湯船につかりながら
内面を統合するワークを一人で何度もやっていました。

環境が変わり、接する相手が変わり、経験するものが変わってくると
知らないうちに自分の中に変化が生まれてくるものです。

それが上手く機能していれば気にしなくてもいいのでしょうが
いつのまにか少しずつ不調和を生み出してくることもあるようです。

その意味でも、定期的に自分の内側を見つめる時間をとるのは、
気づかないうちに心のバランスを崩していく可能性を減らせますし、
普段は意識しないレベルでの心の癖を調えて楽に過ごしやすくする上でも
なかなか意味のある時間だと感じます。

そういう系統のワークを中心にした講座なども
どこかのタイミングでやってみようかと考えています。

まずは2月5日の講座について、近日中にご案内を出す予定です。


今年一年何をするかは、あまり決めていませんが
何か展開が広がっていくと良いなぁとは思っています。

本年もよろしくお願いします。


2017年賀1




























2017年賀2

cozyharada at 23:24|Permalinkclip!全般 | セミナー情報

2016年12月29日

基準が見えてこない

1月上旬に開催される書道展の審査結果が届きました。

今年も秀作。
何%かは忘れましたが、中の上ぐらいの評価といった印象でしょうか。

7回目の出品で、佳作1回、秀作5回、準特選1回となっています。
ここ3年は連続して秀作。

選抜展というのも一度出品しましたが、
こちらは全員分が展示されるのではなく選ばれた半数ぐらいが陳列される仕組み。
陳列された時点で秀作と同等の評価とされているらしいです。

なので計8回、平均するとピッタリ秀作となります。
ずっと中の上ぐらいということ。


別に、良い賞が欲しいわけではありません。
客観的な評価基準を自分の中に取り入れていくために
審査をしてもらってポイントを知りたいんです。

初めて出品したときからほぼ毎回秀作ということは
上手くなっていないんじゃないか?という気がしなくもありません。

厳密に言うと、自分としては上手くなっているつもりでも
自分が理解している「上手さ」、「上達」は
書道の基準からズレているという可能性はあり得ます。

評価のポイントと違うところで頑張っているんじゃないだろうか?と。

そこが気になりますし、もどかしくもあります。

芸術家として表現のために書をやるのであれば
他者からの評価は二の次かもしれません。

しかし書道の場合、大半は歴史的に積み上げられてきた美の基準があって
そこを土台として表現の幅を出していくことになるようです。

好き勝手にやっていいわけではない。
そこが他のアートと毛色が違うと感じます。

だからこそ基準となるポイントを身につけたいんです。


もちろん、賞としての評価が変わらなくても
少しずつ上達している可能性はあります。

大部分の人は継続的に出品していますから
全員が上達していて相対的な評価としての賞は同じぐらいに落ち着く。
そういうことかもしれません。

1つの賞でも受賞人数はそれなりにいます(数十人から数百人)。
仮に100人だとして、その中で変動があるのかもしれません。
例えば、中の中から、中の上ぐらいにはなっている、とか。

そんな実情までは分かりませんし、ある程度の偶然性もあるものでしょう。

一方で、二年連続で特選(一番上の賞)を取るような人もいます。

と考えると、やっぱり基準に合っているかどうかの影響は大きいはず。

おそらく僕の書きぶりは何かしらの癖があって
書芸術としての美の基準と沿わないところがあると思われます。

なかなかそこが掴めません。

練習の仕方、取り組み方を工夫する必要がありそうです。

cozyharada at 23:37|Permalinkclip!NLP | NLPの基本情報

2016年12月27日

今年はセミナーが多かった印象があります

2016年も最後のセミナーが終わりました。

今年は出張が多く、セミナーの内容もNLPが中心となった一年でした。

数年前は、同じ内容を繰り返し行うことがあまり好きではなく
NLPのセミナーは内容が決まり過ぎていて物足りなく感じていた記憶があります。

特に例えば「講座の3日目」が複数会場で続いたりすると
何度も同じことをしている退屈さが気になってもいたんです。

もちろん、セミナーが始まってしまえば意識には上がらなくなりますが
セミナー会場に向かうまでの間、「また同じか…」という気がしていたのは
正直なところです。

なので勉強会とか自分の講座で、何か新鮮なことをやりたい気持ちがありました。

最近はもう、そういう気も起きません。

NLP以外の講座が減っているのはスケジュールの兼ね合いがメインとはいえ、
いざ開催するとなると、内容を選ぶのには時間がかかるのも実情。

自分の中から湧いてくる関心やアイデアを形にする意味で
セミナーのテーマが決まってくるということは少なくなってしまいました。

興味を失ったと言われれば否定はできません。
より正確には、「自分の中で理解がまとまったから欲がなくなった」
というほうが近いでしょう。

その分、目の前の受講生・クライアントに意識が向きやすくなり
講座の内容が「(トレーナーとしての)自分にとって」繰り返されているかではなく、
その内容で交流するのが初めての「相手(受講生)にとって」を中心に
取り組めるようになったような気もしています。

なので同じテキストを使った同じ内容の講座をやっても
繰り返しの印象を感じることもなくなったみたいです。

それを成長と捉えるのか、進歩がなくなって停滞していると捉えるのか、
判断は分かれるところかもしれません。

個人的には、成長に対するポジティブな意味づけも薄れたようで
現状を肯定的にも否定的にも捉えていないようなんですが。


それから今年は、珍しく自分がセミナーを受ける立場としても
NLP関連のワークショップに参加しました。

たまには受講生も良いものだなぁと感じました。
そしてそれ以降、自分で内面と向き合うワークなんかにも取り組んでいます。

自分の身体に気づきながら講座を進められるようになってきたようで
疲労感が少し減ってきた気もします。

その分、五感の感受性は上がってしまったようで
移動の際の電車や新幹線、飛行機など、滞在先のホテルや自宅で
音や臭い、揺れなどにストレスを感じやすくなってしまったみたいです。

変化は必ずしも良いものではないのかもしれませんが
なんとなく移り変わり続けてはいるのでしょう。

来年も色々と何かしらの変化が起こっていくんだろうと想像しています。
充実したものであると良いなぁと思います。

cozyharada at 23:42|Permalinkclip!NLP | コミュニケーション

2016年12月24日

体の具合の変化

そういえば、ずっと忘れていたんですが
気づいたら、首がコキコキ(ポキポキ?)鳴らなくなっていました。

以前は首をひねると、整体でよくあるようなイメージ通りの
ポキポキッといった音が鳴っていたんです。

首が凝ってくると、ほぐすつもりでやっていたのか
首を鳴らすことが頻繁にありました。

今は鳴りません。
というよりも鳴るかどうかを気にしていませんでした。
そうやって首をほぐすようなことがなくなっていたからでしょう。

先日、首のストレッチをしているときに、そのことをふと思い出しました。
「あれ、前は首をポキポキ鳴らしていたよなぁ…」と。

それで前のような感じで動かしてみたんですが、鳴らなかった。

いつの間にか、首の状態だけでなく
行動パターンも変わっていたようです。


定期的に施術を受け入ていた影響だと思われます。

姿勢が変わってきているのも自覚していますし、
身体の使い方も変わってきているはずです。

ですが、自分で頑張って心がけて変えた感じではないんです。

良い姿勢にするのは重要でしょう。
何度も指摘されたことがあります。

それでも何年もかけて染みつけてきた体の使い方の癖を直すのは
それほど簡単なことではなかったようです。

よほど真剣に、いつも心がけるぐらいのつもりでないと
意図的に姿勢を整えていくのは難しい気がします。

ちょうど、ダイエットのために食習慣を変えようとしても
ついつい間食をしてしまうようなものかもしれません。


このあたりは習慣や癖を変えるという点で
多くのことに共通しているところでしょう。

病気になって医者や栄養士から食事の指導を受ける。
必要性は分かっているけれど、なかなかやれない。

健康のために運動したほうがいいと言われ、重要性は自分でも分かっている。
それなのに運動をする機会を作っていない。

勉強しなきゃと思うのに、なかなかヤル気にならない。
やっても継続しない。

本人が問題意識をもって、変えることに対して真剣になって
変える方法を自ら学びに行ったり、トレーニングしに行ったりすれば
そこから先はそれほど難しいことではないようです。

コミュニケーション技術の講座をやっていても、受けに来る時点で
問題意識を持っていて、変えようという意欲がありますから
それなりに効果は出やすいと思われます。

これを例えば会社の研修でやったりすると
問題意識を持っていない人も「参加させられる」ことになるので
それほどの効果は期待しずらくなるでしょう。

「運動したほうが良いよ」
「ストレッチするといいですよ」
「その食事では問題です」
「その座り方だと肩コリになりますよ」
…などと指摘されているのと同じようなものです。

日々の中で繰り返される習慣や行動パターン、
言動、身体の使い方や考え方などは
毎日自然と使ってしまうからこそ、よほど意図的に取り組まないと
変えていくことは大変だと考えられます。

効果的な方法を知っているかどうかや
そのやり方を上手くできるかどうかよりも、
「その方法を続けられるかどうか」が重要になる、と。

このヤル気がある人であれば変化はスムーズでしょう。

その意味では、
「習慣を変えるために続けよう」という気持ちになってもらうのが
最も高いハードルなのかもしれません。

実際、例えば語学を勉強しようとするときでも、
自分からスクールを探して、必要性を感じて、ヤル気になって始めたのに
毎日コツコツと課題をこなす人と、そうでない人とには分かれます。

毎日やったほうが身につくと分かっていても
どれぐらい心がけて取り組めるかは別問題だということです。


僕は姿勢を直す必要性を知っていたつもりですし、
身体をケアしたほうが良いのも頭では分かっていました。

それでも毎日それを気にするほどのヤル気は無かったんです。

ストレッチを教わっても、ヨガをやってみても、続けるほどのヤル気になれず
常日頃から体の使い方を心がけるほどでもありませんでした。

それが施術を受けていくうちに自然とバランスが変わってきたようです。
身体が良い状態になっていくと、不快な状態を避けたくなってきます。
結果としてストレッチをしたい気分になる。
姿勢を整えようとする。

もちろん意図的に心がけて姿勢や体の使い方を整えたり
運動やストレッチをしたほうが、もっと効果も出るんでしょう。

とはいえ、それを心がけられるかどうかは
日々の優先度の中で変わってくる気もします。

コミュニケーションの技法を勉強して、講座中に練習したとしても
日々の忙しさの中で心がけて使えるかどうかとなると、それは
どれだけ心がけることに注意を向けられるかという優先度の話になります。

だからこそ、僕の姿勢や首を鳴らす習慣が自然と変わっていったように、
コミュニケーションのトレーニングにおいても
日々の生活で頑張って心がけなくても効果が出るように
内面のバランスを整えるような部分が重要じゃないかと感じます。

身体が良い状態になったことで、自然と姿勢や身体の使い方が変わる。
内面のバランスが整うことで、自然と言葉遣いや考え方、
相手への関心の向け方が変わる。

自ら心がける必要のあるところだけでなく
自然と変わっていくような側面へのアプローチも効果的だろうという話です。

自分の身体を振り返って、そのことを改めて実感します。

cozyharada at 23:46|Permalinkclip!NLP | コミュニケーション
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《コミュニケーション講座》
〜心の動きを捉える〜


【日時】 2017年2月5日(日)
     10:00〜16:30


【場所】 滝野川会館
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    南北線西ヶ原駅より7分


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次回開催は4月の予定


《新カウンセリング講座》
 〜まとめと実践〜

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【日時】 9月15日(月・祝)
     10:00〜16:30


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    JR駒込駅より10分
    南北線西ヶ原駅より7分


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《勉強会》 
終了しました
    
【日時】 3月16日(日)
  夜間 18:30〜21:30


【場所】 滝野川会館
     304集会室

     JR上中里駅より7分
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     南北線西ヶ原駅より7分

【テーマ】 変化の流れを考える

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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