2011年07月

2011年07月30日

スライト・オブ・マウス

前回の勉強会で「スライト・オブ・マウス」をテーマとして扱ってみて
ややこしさや難しさやを感じるであろうポイントが見えてきました。

そのうちの1つは、14パターンの作り方でしょう。
1つの形式に当てはめてフレーズを作ってみようとしたときに、
それが「合っているのかどうか」が分かりにくいようです。

例えば、「 Apply to Self (それ自身への適用)」と呼ばれるパターンでは
非常にシンプルに考えて、
「相手の言った言葉に使われていた単語を引用する」
ことさえ含まれていれば、そのメッセージの方向性には無関係です。

例えば、「好きな仕事をすると、お金にならない」という考えには
「好き」という単語だけをピックアップして、
 「好きなことなのに、好きなようにできないのは辛いですね」
と言ったり、
「お金」という単語をピックアップして、少しアレンジを加えて
 「それは、なんだか貧しい考え方ですね」
と言ってみたり。

前者は共感的な方向性ですが、
後者は相手の発言内容を否定する方向性です。

発言の結果として導かれる方向が異なっているにもかかわらず、
文章の形としては、「 Apply to Self 」に当てはまるんです。

これは14パターンのうちの1例ですが、同様に考えて
各パターンが満たすべき条件を明確にしておくと
フレーズを作りやすくなるだろうと考えられます。

沢山の例を見ると、共通点として満たすべき条件が見えてきますが、
それが分かるまでは複雑に感じてしまいやすい。
その理由が、パターンに当てはまるための必要最低限の条件が
明確に示されていない、という部分だろうと思いました。


ややこしい理由のもう1つは、目的や効果が分かりにくいことでしょう。

どのパターンが、どのような効果を持つかが実感できていないと
どれを使えばいいのかを選びようがない。

実際に相手に対して言葉をかけるときには、
自分自身が意図を持って言葉を選ぶはずです。

例えば、質問をするなら、自分が知りたいことを聞くとか、
リフレーミングをするなら、相手の視野が広がるようにするとか、
同意をするなら、相手に安心してもらうためにするとか。

スライト・オブ・マウスの目的が「ビリーフを変える」とされているために、
14パターン全てが「ビリーフを変える」ためのもの、と
捉える人もいるのかもしれませんが、
これだけ数が多いと使い分けを意識したくなるのも自然なことでしょう。

それに、14パターンのニュアンスに気持ちを向けたとき、
同じ効果があるようには感じない人のほうが当然のように思います。

先程の例「好きなことをすると、お金にならない」に対して、
「 Intent (意図)」で考えれば
 「生活のためには、お金は大切ですよね」
となりますし、「 Consequences (結末)」では逆に
 「その考えを続けていたら、今後仕事をする数十年がずっと退屈ですよ」
となります。

「意図」は、相手の発言を肯定的に受け止める方向なのに対して
「結末」は、相手の発言を否定しているわけです。
真逆の効果が予想されます。

つまり、実際に言われる側の気持ちになれば、
スライト・オブ・マウスの14パターンには、違った効果があるということです。

ですから、14パターンを学ぶときに、それぞれのパターンに対して
期待される効果を整理しておくと、使うときの目的が分かりますから、
意図を持った練習ができるようになると考えられます。

ただ、やみくもに14パターンを知るだけではなく、
それぞれの使い道が分かっているほうが役に立つでしょうし、
トレーニングとしても身につきやすいと思います。


ということで、今度の実践トレーニングの中では、
以上の2点を整理して練習に組み込んでみようと考えています。

興味があれば、ご参加ください。

2011年07月28日

8月の勉強会

次回の勉強会のお知らせ

8月は、『実践トレーニング』と、通常の『勉強会』を一回ずつ開催します。

実践トレーニングが8月14日(日)、
勉強会が8月27日(土)


いずれも午前中から夕方にかけての時間帯になります。

今回の告知は、ややコンパクトに。
実践トレーニングと、勉強会と、両方を一度にご案内します。
お申込みは、フォームに日付を書き込んで下さい。


さて私事ですが、
この一年ちょっと、他者のために頑張ってきました。

個人的な傾向は「目の前の一人」を大切にしますから、
顔と名前が分からない不特定多数への想いは小さくなります。

それでも、不特定多数からなる「世の中」を視野に入れて
会ったこともない大勢の誰かのためにと思って
色々なものを断ち切って頑張ってみました。

が、それだとブレます。

自分にとって大事なのは、やっぱり、一人ひとりの心なんです。

一人の人が、自らの人生をどう生きていくか。
それに伴う心の痛みと苦しみに、どう対応していくか。


毎日明るく、ラブリー、ハッピーに…でもなく、
ヤル気満々!目標達成!成功の秘訣!…でもなく。

生きる苦しみと、時折の喜びを感じながら
人生そのものに真剣に向き合っている人にとって、
小さな心の支えになるようなものをトレーニングしたい。


誰かのために悩み、誰かのために苦しむことのできる人に
何かチョットでも役立つものがあればと思います。


なので、自分が取り組んできた中で大切だと断言できることを
改めて、堂々と扱っていくことにします。

重要だと思う部分が強調されますから、
何度もご参加の方には繰り返しになる可能性があります。


本音を言えば、同じことをやるのは好みではありません。
ですが、自分自身が、何度も繰り返しトレーニングしたことで
少しずつ身につき、その重要性を実感してきた内容です。

それが大事だと思いますし、良いと思いますから、
繰り返しになってもやります。

まぁ、プロスポーツ選手の走り込みや
筋トレのようなものだと思って、どうぞご了承ください。


【トレーニングで何を重要視するか】
一言でいえば
「個性を理解し、感情を捉え、必要な言葉をかける」
ということです。

相手がどういう人柄で、どんな個性の持ち主かを把握した上で、
その時点の感情の中から重要なものを感じ取り、
相手が求めている一言をかけるんです。

 愆兒 
◆悒據璽轡鵐亜
『言葉選び』

だけです。

だけですが、そのクオリティがコミュニケーションの本質だと思います。
順番は使う時系列に沿っているだけで、重要度ではありません。

勉強会の中では、トレーニングの実用的な方向性を決めて、
その目標に役立つ形式で、3つの要素を磨いていきます。


【8月のテーマ】
実践トレーニングにおいては、
7月に扱った『スライト・オブ・マウス』を練習しながら、
『一歩を踏み出すための力づけ』をする技術としてトレーニングします。

具体的には、スライト・オブ・マウス以前の問題として
『ねぎらい』を練習します。

スライト・オブ・マウスやリフレーミング、アドバイスをしても
なかなか言葉が届かない印象を受けるときというのは、
その前に相手が必要としていることがあると考えられます。

それを『ねぎらい』で対処しようというわけです。

『ねぎらい』、『スライト・オブ・マウス』ともに詳しい解説は省きますが、
過去にテーマとして扱った回に参加されていない場合でも
トレーニングを進められるように工夫します。
(簡単な概要は解説します)


また、通常の勉強会のほうでは、
日常生活やビジネスシーンで役立つ具体的な技術として
『フィードバック』をトレーニングします。

ここでいう『フィードバック』とは、
相手のしていることに対して、「今、こうなっていますよ」と
伝え返す行為のことです。

客観的に、鏡のように、相手に現状を伝えるわけです。
また、評価を入れながら行うこともありますので、
「褒める」や「注意する」に通じる技術とも言えます。

指導する立場にある方には、実生活ですぐ役立てて頂けると思います。


お盆や、月末の土曜日と重なりますから
お忙しい方もいらっしゃると想像しています。

ご都合が合いましたら、是非、お越しください。

今から開催が楽しみです。



<ご参加に際しての注意事項>

※NLPの専門用語の説明などは省略するつもりですので、
 NLPなどに対する知識と経験のある方、もしくは
 過去に勉強会でトレーニングを積まれた方
のご参加をお薦めします。

 ☆気がかりがありましたら、お問い合わせください。

※諸事情により資料作成にかけられる時間が限られていますので
 ご用意できる資料が不十分になってしまう可能性があります。

 その点をご理解いただいた上で、ご参加ください。



  定員を超える場合には先着順での受付とさせて頂きますのでご了承下さい。

  ※勉強会の趣旨に関しましては、こちら(勉強会070725)をご覧下さい。


詳細は以下のとおりです。




【勉強会の詳細】

※お申込みには、フォームの「参加日」の欄で、日にちをお選び下さい。

≪実践トレーニング≫
【日時】 8月14日(日) 10:00〜16:30
         ★今回は終日でのご参加となります。

【場所】 北とぴあ 801会議室
    (JR京浜東北線・王子駅北口より徒歩2分)
    (東京メトロ南北線・王子駅5番出口直結)

【参加費】 ・・・7,000円
       当日、会場にてお支払いください。

【テーマ】  『一歩を踏み出すための力づけ』の技術

      終了しました


≪定期勉強会≫
【日時】 8月27日(土) 10:00〜16:30
         ★今回は終日でのご参加となります。

【場所】 滝野川会館 304集会室
    (JR京浜東北線・上中里駅 東口より徒歩7分)
    (JR山手線・駒込駅 北口より徒歩10分)
    (東京メトロ南北線・西ヶ原駅より徒歩7分)


【参加費】 ・・・7,000円
       当日、会場にてお支払いください。

【テーマ】  『フィードバック』の技術


 *多くの方にご興味を抱いて頂けるようになってきましたので、
  学びの密度を考えて、一定数で募集を打ち切らせていただくことがあります。
  ご了承ください。




科学技術の発展の結果、人々の生活は著しく向上してきました。

特に、近年の技術開発のスピードは飛躍的なものとなり、
世界各国に、急速な発展を遂げる例が多数見られます。

その一方で、速過ぎた技術成長は、どこかに落とし穴を作ることがある。
様々なニュースを通じて、そのことを感じている方は少なくないと想像します。

もちろん科学技術は万能ではなく、分からないことばかりですが、
利用可能な技術だけで言えば、人類ができることは沢山あります。

技術的には可能。
ただ、それをやって良いのか?

技術の発展には、実用化の段階で、
技術開発にかけるのと同等か、それ以上の考えを巡らせて
取り組んでいくべき課題が生まれてくるのでしょう。

そこをおろそかにして技術を利用することだけを進めると
どんな結末がやってくるのか?
そこが問われる出来事が多いような気がします。


これは科学技術に限ったことではないはずです。

コミュニケーションに関しても数多くの技術や流派が存在します。
コーチングやカウンセリングでも様々な種類があり、
心理療法ともなると、その数は飛躍的に大きくなります。

よりビジネス寄りの技術でもファシリテーションや
部下育成、営業、接客、マナー…などなど、
細分化された技術が伝えられています。

どれも大切で、効果的な技術だと思います。

その一方で、同じように技術を使っても、
効果の出る人と、そうでない人がいるのが現実。

それどころが、技術ばかりに偏ると、
とんでもない結果に繋がることがあります。

相手を傷つけることがあるんです。

実体験を通じて言えます。
2回やったことがあります。

それを自覚したときに流した涙は忘れません。

コミュニケーションの技術にも、土台が大切なんです。
技術だけを先行させていくのは危険なんです。

もちろん、その土台も伝えられてはいると思います。
が、多くは、そのコミュニケーション技術の土台が
「心構え」や「気持ち」などで表現されるようです。

言葉で語られる「心構え」や「想い」を聞いて身につく人は
そういう感動的な講演を聞きに行くと良いと思います。

「心構え」と「想い」が詰まった行動を見て学べる人は
そうした人の近くで時間を共にすると良いと思います。
見本を見せてくれるセミナーに参加するのも良いでしょう。

しかし、自分がコミュニケーションを学び、実践してきたことは、
まさにその土台をトレーニングする方法論です。

それが一番大事だと信じています。

見て、聞いて、分かるよりも、
土台をトレーニングしたい方をお待ちしています。

「優しさ」と「共感」のトレーニングをしましょう。
この勉強会の中心は、そこにあると思っています。

終了しました

トレーニングには色々あります。
無意識にアプローチする手法であれば、一度の取り組みで効果が出る場合も多々あります。
一方、話術や聞く技術のように、地道なトレーニングによって効果を発揮するものもあります。
この勉強会では地道なトレーニングが主体と考えていただいて良いかもしれません。


是非、お互いの頭を上手く利用し合いましょう。

今後、参加者のご様子を伺いながら、徐々にクローズドな会合にしていく方針です。
ご興味がおありの方は、お早めに一度ご参加下さいますことをお勧めいたします。


また、お気軽にお友達やお知り合いをお誘いいただけると喜ばしいです。
学びの幅が広がるとともに、勉強会が新たな学びの機会となっていただけることを
心から願っているためです。


【その他のご連絡事項】
ご自分の学びのアウトプットとして、勉強会で発表したいことがある方は
申し込みフォームの「ご意見など」の欄にご記入ください。
お時間などの相談をさせていただきます。


勉強会の最中には、質問をお気軽にドンドンして下さい。
話題を遮っていただいて構いません。

その時によって、どんな情報が関連して出てくるかは分かりません。
質問に答える側としても、その時間は非常に有意義なものです。

また、テーマに関して事前にご関心の強い点がありましたら
申し込みフォームの「ご意見など」の欄にご記入ください。

調査して勉強会にあたります。



それでは当日お会いできることを楽しみにしています

2011年07月27日

運が悪い

世の中には、運の良い人と運の悪い人がいる。
恵まれている人と、そうでない人がいる。

それが運命だという考え方の人もいれば、
運や夢は引き寄せられるという考え方の人もいます。


先日、「運の良い人は、こういう考え方をする」
という相関を説明している雑誌の記事を読みました。

だから、運を良くするには、この考え方をしましょう、と。
そうすれば、運は切り開けるんです、という。

全くナンセンスだと思います。

運の良い人たちに考え方を聞いてみたら、
共通して、ある考え方をしていたとします。

「だから、その考え方をすれば、同じように運が良くなる」
…この考え方は理にかなっているでしょうか?

これは、
「バレーボールのオリンピック選手は、全員、背が高い」
「だから、バレーボールをすれば、背が高くなる」
と、言っているのと同様です。

背が高くなりたくてバレーボールをやって
身長が伸びなかった人なんて、沢山いることでしょう。

逆に、身長が足りなくて、バレーボールを諦めた、
という人だって沢山いるはずなんです。

運の良い人が、皆、ある考え方をしていたからといって、
同じ考え方の人が全員、運が良いわけではありません。

同じように考えていたのに、運が悪かった人も沢山いるはずです。

しかし、運が良い人にインタビューするから、
同じ考え方をしていたのに運がなかった人が視野に入らない。


運が良い人として注目されるぐらいですから、
きっと、その人たちは世間で活躍して、名声も得た人たちでしょう。

その人たちと同じような考えで、同じように頑張っていたのに
同じような活躍には辿りつけなかった人もいた。
そっちのほうが、遥かに『運が悪い』と思います。

活躍した人たちと同じようにやったのに、上手くいかなかった人です。
どれだけ運の悪いことか。

それどころか
活躍した人と同じように頑張ったのに上手くいかなった人と、
同じぐらいの結果を出す人たちは他にもいるんです。

頑張ったのに上手くいかなかった人と、
あまり頑張っていない人とが、同じぐらいの結果だとしたら、
ますます『運が悪い』でしょう。

運の良い人たちと同じ考え方で同じように頑張った人が
運の良い人ほどの結果に結びつかず、
そんな風には頑張っていない平均的な人と同程度の結果だとしたら、
平均よりも運が悪いことになります。

運が良い人と同じような活躍を期待して頑張り
期待したような結果に結び付かなかったとしたら、
頑張りが報われなかった苦悩を味わう分、さらに不運です。

そんな活躍を思い描かなければ味わうことのなかった苦悩ですから、
活躍を考えなかった平均的な人よりも不運だと言えます。

そして、活躍した人よりも、結果に結び付く運が足りなかった分、
やっぱり運が悪いわけです。

その記事を読んで、「運が良くなる」と信じて取り組んだのに
結局、上手くいかなかった…という人も出てくるでしょう。

その人は、余計に運の悪さを実感することになるはずです。
運が良くなる考え方に取り組んで、結果的に
自分の運の悪さを再確認するのだとしたら、皮肉な話だと思います。

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2011年07月26日

Tシャツ一枚で

実家の犬が皮膚病だそうです。

いたるところが赤くただれ、カサカサになっていました。
いつも掻いてしまうので、毛が抜けているような部分もありました。

今までと違う病院に行ったら、丁寧にケアをしてくれたようで、
飲み薬の効果も手伝って、かなり回復しているもようです。

ただ、患部近辺の毛をバリカンで刈ってしまったので
部分的にヘアレスドッグみたいになっています。

一番ひどかった腹部は、触れないように
Tシャツで覆われていました。

なんだか、普通に服を着ているみたい。
父親のお下がりのTシャツがピッタリなのも妙な感じ。

毛を刈ってしまったからか、お腹のあたりが涼しいらしく
床に寝そべっているのが気にいっているように見えました。

Tシャツを気にしているそぶりもなく、すでに馴染んでいる模様。

犬は「今を生きる」という話を聞いたことがありますが、
現状を受け入れて快適そうです。

T-shirt1


T-shirt2


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2011年07月24日

知りたい願望

原因が分かると安心する、ということがあるようです。

何が起きているんだか良く分からない状態は不安なんでしょう。
原因が分かったからといって、何も状況が変わらないとしても
ただ分かっていることに安心できる。

まぁ、不安が解消されて気が楽になるのであれば
原因を知ろうとすることも悪くないとは思います。

ただし、そこで原因が分かって安心してしまっては
不安という行動を引き起こすエネルギーも低下してしまいます。

不安や焦りは行動に繋がるモチベーションでもあります。

「何かをしなければいけない」気持ちと
「何をしたら良いか分からない」状態が混ざったものが
不安だと考えても良いと思います。

学生時代の期末試験の前に、勉強への不安が高まってきて
良く分からないけど掃除をしてしまった…
なんていう経験のある人もいるかもしれません。

これは、「何かやらないとマズイ、でも…」という不安が
いてもたってもいられない状態を生み出し、
とりあえずの目先の行動を起こすことで、
その行動を突き動かすエネルギーそのものを解消している
と考えることができます。

不安は行動で解消できるわけです。

しかも、その行動の種類は選ばない。
不安の対象と無関係でも行動で不安は減るんです。

ですから、本当に何をしていいか分からず不安だけがあるとき、
また、どのようにも自分では対処できない他者任せの状況で
未来に対して不安だけがあるとき、などは
あえて無関係なことでも行動してみると不安が解消できます。

「何が起きているんだかわからず、
この先に起こることが不安」という状態から、
原因を知って安心しようとする『行動』も、
行動そのもので不安を解消するという効果も持っていますから
不安解消効果は高いと考えられます。

その分、原因を知ってしまうと、他の行動への動機は下がるでしょう。


何か困ったことが起きているなら、
原因を知って安心するのも1つの手段ではありますが、
解決のための行動に移るのも有効な手段ではないでしょうか。

原因を知っても困っている状況は変わりません。
困っているけれど、不安ではなくなるだけです。
それだけでも十分な場合には、知ることも役立ちます。

しかし、多くの場合、困っていることを解決したいものだと思います。
であれば、原因を知ることで不安という「行動に繋がるエネルギー」を
下げてしまうのではなく、解決のための行動に結びつけたほうが
結果的に早く楽になれることが多いと考えられます。

原因が分かると、進んだ気になるんです。
「あの時の、あれが原因だったんだ」と思うと、
気持ちが楽になるのと同時に、
何も分かっていなかったときより前に進んだ気分になれます。

もし本当に困っていることそのものを解決したいのであれば
原因が分からなくても、できることは沢山あるはずです。
解決の手段に色々と行動を移すほうが上手くいきやすいと思います。

そもそも、原因というのは1つに限定されるものではありません。
複雑な要因が絡み合って生まれていることが殆どでしょう。

例えば、身近なところで、風邪を引いたとします。

風邪を引いた原因が何かといえば、その特定は難しいはずです。

ウイルス感染が原因とも言えます。
免疫力が低下していたとも言えます。
電車の中で咳をしている人にうつされたかもしれません。
そもそも仕事が続いて疲労が溜まっていた可能性もあります。
日頃の不摂生が原因だったかもしれません。

その中で、自分にとって最も納得できる理由を探しても
そのときの風邪の回復には何の効果も期待できないでしょう。

次回から風邪を引かなくするための学びにはなりますが、
その振り返りは、風邪が治ってからでも遅くない気がします。

風邪を引いたら、とにかく休む。
多くの人が、風邪という問題を解決する手段をとると思います。

日常的な問題や、内面的な問題でも同様じゃないでしょうか。
原因は1つに特定できません。

まして、過去を振り返って原因を思い出そうとしても
当時の状況を正確に知ることはできないんです。
間違った原因を考え出してしまう危険性さえあります。

それよりは、ただ解決のためにできることを探して
そのための一歩を踏み出すほうが役立つことが多いと思うんです。


まぁ、問題があって、そのことに目を向け続けていることが
その人の支えになっている場合もありますから、
やたらと解決だけを目指すだけでも良くないんでしょうけど。

cozyharada at 23:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!NLP | 全般

2011年07月22日

不満が原動力

満足したときにはモチベーションが下がります。
満たされたところで落ち着くような状態になりやすい。

日々に幸せを感じながら満足しているのも素晴らしいことでしょうが、
新たな何かを始める原動力は生まれにくいものでしょう。

そう考えると、世の中を変えた人というのは
幸せではなかったのかもしれません。


不満があると、怒りのエネルギーが沸いてきます。
怒りは行動に繋がりやすい。
不満があるほうが、不満を解消するための行動をしやすいわけです。

さらに、この不満が
 自分に向いているか
 他者へ向いているか
で、行動への動機づけも変わってくると考えられます。

不満の根底が満たされていない自分にあるとき、
その不満を解消しようとする行為は手軽なものになりやすいようです。
文句を言ったり、誰かを責めたり。

不満の対象が世の中や他者に向いているとき、
一歩を踏み出す大きな力となるのでしょう。
世の中を変えた人たちを行動へ突き動かしたのは
他人のための不満だったんじゃないかと思います。

「こういう風になったら良いな」という目標設定から起きた行動よりも
「こんなのは耐えられない!」という不満から起きた行動のほうが
強い力を発揮できるんじゃないでしょうか。

平和や平等、人権に貢献した人たちこそ、
身近な他者への不満が大きかったんじゃないかと思うんです。


目標設定において、目標が達成している状態が
自分にとって心地よく、当然のこととなるように
意識を向けるような手法があります。

自分にとっては、未来のその状態こそ当たり前だ、と。
自然な状態を維持しようとする働きを利用して
目標の状態へ無意識的に進んでいこう、という話です。

このような説明において詳しく語られない内容として、
「現状の気持ちはどうなのか?」という部分があります。

世間には様々な成功法則がありますし、
好きな人であれば知識も多いことでしょう。

すると、「目標をありありとイメージすると叶う」とか
「心に強く描いた未来が引き寄せられる」とかいった内容の
目標達成の方法も聞いたことがあると推測されます。

そのような印象を持っていると、
この「目標の状態が当たり前になるように設定する」方法も、
それができると自然に目標とする未来がやってくる…
といった解釈をしがちだと思われます。

詳しい説明は読んだ記憶がありませんが、総合的に判断すれば、
「目標の状態が当たり前」になると、むしろ、
現状は不満と焦りで溢れてくるはずです。

目標とする状態でいることが当然なんですから。
今の状態では、いてもたってもいられないでしょう。

普段の学校の成績がトップクラスの生徒が
あるとき、テストで良くない点数を取ったとしたら
とても残念な気持ちを味わい、不安と焦りを強く感じ、
その結果として、次のテストで挽回できるように勉強をするはずです。

「このままじゃヤバイ!」と感じるはずなんです。
だから、そこから抜け出そうとして必死で行動する。
結果として、当たり前の状態まで戻っていくことになります。

目標とする状態が当たり前になると、
目標から離れている現状は不快で耐えがたいものになる。
つまり、とても嫌な気持ちになると考えられます。

そして行動をするようになります。

目標が当たり前と思えるように意識を調正する成功法則は、
現状への不満を高めて、ひたすら行動に突き動かし、
「やらずにはいられない」ような自然な努力によって
結果を手に入れようという発想だと言えます。

大変だと思います。
でも、本当に目標とする状態が当然のことになれば、
そうでない現状は耐えがたい不満となって、
強烈なモチベーションで突き進めることでしょう。

それを続けていれば、目標は達成できると思います。

ただ、その過程で幸せを感じられるかといえば
そうじゃない気がするんです。

だから僕は、そういう人たちを応援したくなるんでしょう。

2011年07月19日

名言にまつわる名言

心理系の専門寄りの本や、成功法則などの本では
洋書が翻訳されて、日本で出版されているものが多々あります。

その多くの中に、名言の引用がある。

これはチョット面白い傾向だと思いますが、
僕がTOEFLのライティングを習っていたときも、
英文のライティングでは名言や格言などの引用を使うと
評価が高くなると聞きました。

どうやら英語文化においては、引用できる表現があることが
教養を示す1つのアピールになるのかもしれません。


名言を引用するときには、自分の意見に合ったものが選ばれます。

おそらく、名言や格言、諺のようなものの中には
真逆の意味を持ったものもあると思われますが、
両方を引用することは普通あり得ないわけです。

例えば、
「二度あることは三度ある」と「三度目の正直」とでは
意味合いが真逆になっていますし、
「急いては事をし損じる」と「鉄は熱いうちに打て」では
真逆ではないにせよ、逆方向のニュアンスを受けます。

ですが、自分の意見とは真逆の意味の名言や格言があっても、
しかも、それがあることを知っていたとしても、
わざわざ反対意見の名言には言及しないものです。

誰かが名言を引用しているのを聞いたとしても、
有名人や偉人の言葉だからというだけの理由で
過度に感心して話を聞いてしまうのは注意したほうが良い気もします。

名言の引用は、論理的な説明だけでは説得しきれないときに、
主張をサポートするために使われるテクニックの側面もあるんです。


むしろ、自分自身で誰かの名言や格言を知ったときに
「何か心に響くものがないか」を吟味するほうが有効だと思います。

何かの名言が自分に響いたとき、
その言葉の奥に、自分の経験から得ていた知恵が
実感として感じられているはずです。

自分が言葉にはしないまでも、人生経験から学び、感じていたこと。
それを一言に上手くまとめて表現してくれているメッセージ。
…それが名言だと捉える事ができます。

例えば僕は、ゲーテの残した名言
『涙とともにパンを食べたものでなければ人生の味はわからない』
が心に響きますが、
それは僕の経験に照らし合わせて納得する部分が大きいからです。

自分の想いを違う言葉で言い表してくれていた感じです。

なので、僕は自分の気持ちを語るときに
ゲーテの言葉を引用したくなる可能性があります。

が、それはあくまで自分の気持ち。
そのような想いを持っていない人にとっては無関係なメッセージでしょう。

「僕は、そのように考えているんです。
 あなたが、どう考えているかは分かりませんけど。」
というスタンスであれば、ゲーテの名言を引用する必要はないはずです。

名言を引用する気持ちの奥には、もしかすると
「僕は、こう考えています。
 そして、それは正しいと思います。
 だって、あのゲーテさえ同じような言葉を残しているんですから。」
という説得力を高めたい気持ちがあるんじゃないでしょうか?


その意味でいうと、こんなフレーズが思い浮かびます。

 『名言は引用している本人にとって最も有意義である』

これが僕の考えた格言です。
あまり説得力を持たせられるネームバリューではありませんが。

2011年07月18日

便利さを感じるとき

連休中の新宿駅には、沢山の人が集まっていたようです。

そんな中、駅構内で、久しぶりに
人の呼び出しのアナウンスを聞きました。

 「〜からお越しの○○様。…で●●様がお待ちです」

待ち合わせだったのか、はぐれてしまったのか。
どういう事情だったのかは分かりませんが、
最近、こういうアナウンスを聞いていなかったなぁ、と
なんだか少し懐かしい気分になりました。

携帯電話を誰でも持っている現在、
おそらく小学生ぐらいでも持ち歩いているのでしょう。
迷子の呼び出しさえ聞かなくなったような気がします。

まして、それが大人同士となると、その普及率は「当然」のレベル。
相手が見つからなければ、携帯で電話してしまえば良い。

便利になったものだ、と
アナウンスを聞いて改めて実感しました。

駅の改札口にも伝言板がなくなってきたようですし。

そういえば、マンガ『シティハンター』で仕事の依頼に使われていた
「XYZ」と書くための伝言板も、今は存在しないみたいです。


僕は結構、丁寧に待ち合わせ場所を決めるほうでした。
特に、待ち合わせ場所が初めての所だったりすると、
余計に会えないことが心配になって、慎重に話し合ったものです。

それが今では、駅ぐらいまで決めてあれば
あとは駅に着いてから連絡をして、落ち合う場所を決める、
なんていうことが当たり前になってきています。

初めての場所だって、インターネットで詳しく調べれば
現地の状況を十分に予測してから行くこともできます。

待ち合わせの時間だって、携帯やメールで連絡が取れるので
随分と気楽なものになったように感じます。

以前は、待ち合わせ時刻の10分前には指定場所について
「この集団にいるんじゃないか…?」、「次の集団にいるかも…」
などと気を張りながら待っていたものです。

10代の人達だと、友達同士の連絡に携帯を使えるのが
当たり前になってきているのではないかと思います。

待ち合わせのときの、あの落ち着かない気持ちや
予定時刻を過ぎて、何の情報もないままに待ち続ける心配も
感じたことがないのかもしれません。

そうすると、当然、不安や心配の後で感じられる
会えたときの安堵感や喜びも、あまり味わっていないのでしょう。


なんでも、最近の小学校では「緊急電話連絡網」も無いそうです。

僕の頃は、クラス全員の住所と電話番号が配られていました。
それを見て友達に電話したり、年賀状を送ったものです。

それが今は、連絡は全て先生からメール一斉送信。

友達と電話で話すためには、家にかけなければいけなかったのが
今はその辺りの事情も変わってきているのでしょうね。

家族の誰かが長電話をしていると電話が使えない…
ということも滅多にないんだろうと思います。

当時の僕にとっては、電話をかけること自体、
チョット大きなストレスになっていました。

友達本人が電話に出ることは想定していませんから、
知らない大人に電話をかける気分だったんです。

幼少期から携帯やメールが当然になって育った人たちは
相手本人に直接連絡が取れることが当然になっているはずです。

社会人になっての電話の利用などでは
ハードルが高くなっていくこともあるかもしれません。


テクノロジーとして便利になっていることは沢山あります。

同時に、便利じゃなかったからこそ感じていた「もどかしさ」と、
不満を超えた先にある「喜び」の両方が減っている気もします。

個人的には、科学技術の発展は人類の財産の一部だと思いますから、
利便性を手離して昔の状況に戻る必要はないと考えます。

重要なのは、その便利さが当たり前ではないことを自覚しながら、
便利さの奥にあった喜びにも目を向けることじゃないかと思うんです。

当たり前に便利なことの素晴らしさ。
不便だったときには感じられていた喜び。

少なくとも、自分が経験的に知っている範囲のその気持ちは
便利な状況にあっても覚えていたいものです。

もしかすると、今後は、
不便な状態を通して、日常では感じられない喜びを味わうための体験に
お金を払うようなことも出来てくるかもしれません。

cozyharada at 23:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!全般 | NLP

2011年07月16日

動かない階段

自宅近所に、色々な店舗が入ったビルがあります。
1,2階は書店、3階はTSUTAYA。
その上にはスポーツ店や整体、エステ、居酒屋などなど。

そのビルの下りエスカレーターが節電のために停止していました。

ビルの構造上、エスカレーターを封鎖するわけにはいかないようで、
下りは運転停止状態で、階段になっています。


これが、ものすごく違和感があるんです。

エスカレーターに乗るときの体感覚が視覚情報と連動して記憶され、
足を乗せるタイミングで起きる動きに対しての筋反射が
長年の経験から染みついているのでしょう。

僕の住んでいる土地は、やや高齢者人口が高いためか
西友のエスカレーターは、いつも運転速度が遅くなっています。

それだって、十分に違和感があります。

それが止まっているとなると、その不思議な感覚には馴染めません。

意識でいくら分かっていても、自然と予測してしまっているようです。
予測と違った力の入り方になるので、奇妙な感じがすると考えられます。

我々が日々、いかに意識しないままに、
学習したものを利用して行動しているかを実感できる場面でした。


目をつぶって降りてみたらどうなるんでしょう?
興味はありますが、階段を下りるときに目を閉じているのも
多少心配があります。

気が向いたら、手すりにつかまりながら試してみます。

cozyharada at 03:13|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!NLP | 全般

2011年07月14日

マネ過ぎない

NHKに『ディープピープル [ DEEP PEOPLE ] 』という番組があります。
同じジャンルのプロが3人登場して語り合うスタイル。

何度か見たことがありますが、深夜にテレビをつけたら
再放送がやっていて、モノマネタレントの回でした。

やはり一流の人というのは、具体的に技術を磨くための努力か、
生き残るための考え方の工夫のどちらかをしているようです。

ものまねタレント「ミラクルひかる」の努力の仕方には
久しぶりに深く感動しました。

観察力と分析力の組み合わせ方に対して
僕が個人的な好みとして共感する部分を見出したんでしょう。


特に印象に残っているのは、ものまねの大御所「コロッケ」の
「どこまで似せるか」に対する考え方の話。

いわく、ものまねには大きく2通りのスタイルがある、と。
1つは完全なコピーを目指すスタンス。
もう1つは、パロディにするスタンス。

言うまでもなく、「コロッケ」はパロディ側の人です。

どちらにも固有のリスクがあるんだとか。

完全なコピーを目指すほうでは技術の向上が求められますが
自分の声がある以上、できる範囲には限度があるようです。

なので、ポイントは「自分の声を消す」ことにあると語っていました。

一方、パロディのほうは、それっぽく見せるかが重要なので
印象に残りやすい特徴をピックアップして強調するそうです。

両者の違いは、肖像画と似顔絵の違いに似ている気がします。
コピーを目指すのが肖像画で、パロディが似顔絵。


僕の好みは完全コピーのほうにあります。
細かい部分まで同じになっているほどスゴイと感じます。

そこまで完璧だったら本人でも良いはずなんですが、
なぜか完全にコピーできる人に敬意を抱くんです。

同時に、パロディには、「そこまでじゃないだろう…」という
違和感というか、やり過ぎのパフォーマンスに抵抗も感じます。

何かバカにしたような印象や、失礼なイメージを持っていました。

しかし、パロディ派の代表「コロッケ」によると
「常に申し訳ない気持ちを持って」いて
「ものまねが成立するのは本人がいるおかげ」という感謝も
いつも感じているという話でした。

そして、ここに、ものまねタレント特有の感動的な配慮がありました。

それは、ものまねされる側の気持ちへの気遣いです。

完全コピーで徹底的に同じようにされてしまうと
ものまねされた側は、何も言えなくなってしまうんだそうです。
リアクションにさえ困ることもある、と。

確かに、自分の全てに納得がいっているわけでもないでしょうから
完璧なものまねを見ることは反省させられる場面でもあるでしょう。
自分の気にいっていない部分も見させられるのかもしれません。

だから、ワザと隙を作る。
「そんなんじゃない!」と言いやすい部分を用意しておく。
非難しやすくなっていることで、本人の気持ちが収まりやすいんでしょう。

「コロッケ」の場合には、それがあの
やり過ぎなパフォーマンスになっているようです。

あえて怒られたり、嫌われたりする部分を作っておくことで
ものまねされる本人の気持ちをケアしようという配慮があったわけです。

自分が不満をぶつけられる側に回ってでも相手のことを気遣う姿勢。

ものまねタレントという立場を本気で考えているからこそ生まれる
本人への感謝を込めた、見せかけの悪意なんだと感じました。


日常生活でも似たような場面はあると思います。

正論は人を傷つけることが多い、というのは似ているでしょう。

言われるとグウの音も出ないような指摘は正しかったとしても
言われた側の心には穏やかではありません。

受け取る側の立場を想像してメッセージを発する。
それは、日常的な会話の言葉であっても
ものまねのパフォーマンスであっても、共通するのかもしれません。

おしらせ
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日程更新

《コミュニケーション講座》
〜内容は後日〜


【日時】 2017年8月20日(日)
     10:00〜16:30


【場所】 滝野川会館
    304集会室

    JR上中里駅より7分
    JR駒込駅より10分
    南北線西ヶ原駅より7分


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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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