2012年02月

2012年02月07日

「これは人格」だから変わらない

「人格」という考え方がありますね。
「パーソナリティー」というヤツです。

性格や個性よりも、もっと一般化されている印象はありますが、
どうも明確な定義はないみたいです。

ただ、重要になるのは
 状況に依存せず、一貫して表れる特徴
ということのようです。

まぁ、僕からすると「状況に依存せず一貫している」という発想が
全くもって受け入れられないわけなんですが。

「状況に依存しにくい」ものはあっても
「依存しない」ものはあり得ないと思ってしまうんです。


それはさておき、この人格という考え方は、そもそも
 人間の心の中で一貫しているものを探そう
という前提から生まれているんだろうと考えられます。

こういうときに前提となっている考え方は強力なようです。
その後の行動を支配しますから。

つまり、「一貫しているものがある」という前提で人を見ますから
あらゆる説明の仕方をしていったところで
「実は一貫していないのかも…」という結論には辿り着けません。

前提を疑うことをしなくなってしまうんでしょう。

そして「人格は一貫している」という前提で
・じゃあ、人格はいつ形成されるのか?
・人格は一生のうちに変わるのか?
・人格は何によって決定されるのか?
なんて調べていくわけです。

それをやって、結論めいた考えを確実にしていくほど
前提はますます疑われないものになっていきます。

それで、色々と”統計的な方法”(とやら)で調べてみると
・どうやら人格は、わりと幼いころに決まるらしい
・人格には遺伝子レベル、つまり生まれつきの影響が大きいらしい
・人格は、あまり変わらないらしい
・基本的な人格は文化の差を受けないらしい
なんていうデータも出てくるわけです。

もちろん、これらは何らかの調査をした結果のデータを
実験者が解釈したものですから、
当然のこととして前提の上になりたつ解釈になっています。

前提を疑った場合に、その実験が意味をなすのかは定かではないでしょう。


僕は個人的に、遺伝子レベルの影響は、生理反応の特徴に表れて
それが、その人のナチュラルもしくはニュートラルな状態を決め、
同時に、変化しやすい状態の方向性も決めていると考えています。

例えば、心臓の機能が強い人と弱い人では、
ニュートラルな状態の血流に違いがあるかもしれません。

臓器の違いがホルモンの生産量を決める可能性もありますし
免疫系なんて遺伝子の影響を非常に強くうける部分だったりもします。

特定の生理活性物質を作る遺伝子の違いで、
何かの生体内濃度が高めになっていたり、
代謝の流れに影響が出る可能性もあるでしょう。

知られているレベルでも、神経伝達物資のレセプター遺伝子の違いによって
ある神経伝達物資に対する反応性が違うと結論付けられています。
ちょっとしたことで満足を得られる人と、頑張らないと満足できない人とは
遺伝子レベルの影響が強い、という話です。

しかし、それはあくまで、ベースラインとしての状態。

この上に、学習を通じて反応パターンが決まっていくと、僕は考えています。

なので、生理的な特徴から、ある反応をしやすい傾向が強くなることがあって、
それと同時に、その反応をどう表に出していくかのレベルは
学習によって決まる、という考え方。

表面的に、目に見える行動のレベルであれば、
学習の仕方でコントロールされる度合いが高いと思います。

例えば、よく「外向的な人柄」と呼ばれるものがありますが、
これは「初対面の人に自分から話しかけに行く度合い」を評価しているようです。

しかし、実際に本人の中で、どんなプロセスを経て話しかけているのかは
心理学者が”統計的な方法”で調査している範囲では見えてきません。

自分が話すのが好きだから話し相手を求めて初対面の人に話しかけるのか、
何もすることが無くて退屈だから、同じく暇そうな人話しかけるのか、
本当は話しかけるのは緊張するけど社会人のマナーとして話しかけるのか、
黙っている状態の居心地の悪さを解消しようとして話しかけるのか…。

中で起きているプロセスを考えればキリがありません。

生理状態としての内面は別物でも、表面的な行動で見れば
同じように「初対面の相手に、自分から話しかける」ことをしているわけです。

基本になる生理状態の特徴は、生れつきで決まっていたとしても
あとから学習をすることで、その場での行動の仕方は変わっていく、と。

なので、僕はこの対応の仕方に関しては、学習の影響が大きいと思うんです。

ちなみに学習の仕方にも2通りあると考えていますが、それは置いておいて
重要なのは、人はそういう構造をしているんじゃないか、ということ。

つまり、土台として生理的な傾向が生まれつきの身体のレベルであって、
その上に、学習された行動や反応のパターンが乗っかっている、と。

そこに人格なんてものは、僕には関係がないんです。


人格を調べたい人たちは、人格の存在を仮定したあとに
人格を調べるための調査方法を考え出します。

その多くは、「質問に答える」というやり方です。
その人の行動パターンや、感情的な反応の傾向を、アンケートで調べる、と。

それで「この質問に高い点数で答えた人は、○○の人格要素が強い」
なんていう結論を出す、と。

そもそも人格として仮定しているものが、行動や反応のパターンなんです。
結果だけを見て、分析をしているんです。

決して、「こういう人格だから、そんな行動パターンをしている」わけではなく、
「そんな行動パターンをしている人を、こういう人格と呼びましょう」
とやっているだけなんです。

勝手に分類して、名前をつけているだけ。

まぁ、タイプ分けの一種です。

「〜の傾向が強い人」と、観察者が評価しているだけで、
本人の中に、そういう人格が存在しているわけではないはずです。

外から見ているだけなんです。

アンケートに答える本人ですら、自分の過去の記憶を振り返り、
どんなときに、どんな行動をしていたかと、客観的に見直すわけです。
本人ですら、客観的に評価しているんです。

そうやって他人を理解したいんなら、それでも構わないと思います。

例えば、飛びこみで影響をするような人材として
「初対面の人でも話しかけられる」人を探しているんだとしたら、
そういう『人格』として評価される行動パターンをしているか、調べたら良いでしょう。

もちろん、それが実際に効果的かどうかは二の次ですが。

アメリカは、こういう調査をビジネスに適用することが多いみたいです。
犯罪者のプロファイリングなんかも近いかもしれません。

そこには、文化や風土の影響があるような気がします。

国土が広く、人口が多い。
そして、就職の形は、業務内容に対しての契約が多い。

となると、特定の業務を効率的に行える『人格』をもった人を
幅広い人の中から選べると便利なんじゃないでしょうか。

人数が多ければ、いちいち全員の履歴書を読んだり、
志望動機を読んだりするのは大変だと思います。

国土が広ければ、遠くに住んでいる人と面接するのは大変です。

そういう事務的な観点からすると、人格を調べるテストの類は有効なのかもしれません。


きっと、それはカウンセリングやセラピー、精神科などの分野でも
近い事情があるような印象も受けます。

日本と比べると、「困ったらプロに相談」の傾向が非常に強いそうですから、
仕事として見たときに、相手にする人数も多くなるわけです。

時間にも制限があるし、セラピストやカウンセラー、精神科医の側にも
どんなトレーニングを受けられるかという部分で限界があるでしょう。

そうすると、どんな相談員であっても、均一のクオリティで対処ができて
スピーディーかつ効率的に問題解決の”サービス”を提供できるよう
心理テストを使った診断をしておくのが便利なんだろうと思われます。

誰がやっても同じように診断結果が出て、
この診断結果の人は、こういう”人格”だから
こうやって対処しましょう…、そんなマニュアルが作れるようです。

「うーん、この診断マニュアルによると、検査結果の項目が40点以上だと
 ○○症ということになるんですが…、あなたは38点ですから、大丈夫ですね」

「ああ、あなたの場合は、こちらの検査で高得点ですから△△症ですね。
 では、このワークをやっておきましょう」

マクドナルドのように、どの店でも安心して同じ味が食べられる感じでしょう。

おそらく現実的なニーズが生み出した習慣があって、
その発想に無自覚なままで影響されてテストを考えたり、
心の理論を作ろうとしたりしていたんじゃないでしょうか。


人を外から分析して、統計的に上手くいく方法で対処する。

僕はやりたくありませんけど、求められる分野でもあるのかもしれません。

そう理解しようとしたところで、僕には受け入れがたい所がもう1つあります。

それは「人格は変わりにくい」という前提で対処している部分です。

その人の個性の部分を変える必要はないと僕も思います。
ですが、困っている部分は、人格そのものじゃないわけです。

人格がどうだから、問題があるっていうことではないはずです。

遺伝的な影響の大きい部分に関しては、それを受け入れて、
それが役に立つように工夫していくのが効果的だろうと思いますが、
ここで問題視されている「人格」は行動パターンを外から分析したものに過ぎません。

行動パターンだったら、問題になっている状況の行動だけを
上手くいく形に変えられれば、問題が解決する可能性があるんです。

なのに、「人格が問題を生み出していて、その人格は一定だ」と考えたら
何も手の打ちようが無くなってしまいます。

傾向が楽になるためのマニュアル化された方法で
程度を減らしていくぐらいの発想になっても当然かもしれません。

変わるものという前提で捉えていれば、
変えるための方法を編み出す方向へ発想が向かっていくはずなのに。

人格という捉え方をすることで、
人の変化を妨げるのは、なんだか、もったいない感じがするんです。

2012年02月05日

2月の勉強会

2月の勉強会のお知らせ

2月は夜間での開催になります。
19日(日)の18:30から。

今回も、個別にトレーニング課題を設定しながら実習を進める予定です。

ご自身が集中して取り組みたいテーマを聞いた上で
その効果を最大限に発揮できるようにトレーニング内容を考えます。

また、時には、こちらから何かしらの提案をする場合もあります。

そうした前提で、1つの実習の中で、全員が違った課題を意識しながら
トレーニングを進めていくという形になります。

ご要望を事前に、申込みフォームの『ご意見など』の欄でお知らせ頂けますと
少なからず準備がなされたトレーニングになるものと考えています。
ご希望はご自由にご記入ください。


さて、個別のトレーニングと言いながらも、実際には
コミュニケーションに関する内容が中心になると見込まれます。

このスタイルにおいては、個人的なパフォーマンスに関することであれば、
運動や動作、意識の使い方、状態のコントロールなど
様々な能力に関して扱う場合もあります。
(さすがに、器具や広い場所を必要とするスポーツは難しいかもしれませんが)

ただ、今回は夜間の開催ということもありますので、
内容を少し絞り込む形で、一応のテーマを設定します。

今回のテーマは『細やかな言葉の使い方』です。

実習では、自分自身が使っている言葉に注意を向けていきます。

どういった言葉を使うと、どんな答えが返ってくるのか。
自分の意図した内容を、もっとも的確に伝える言葉は何なのか。
…そのあたりを意識することになります。

そもそも言語活動においては、予測ということが欠かせません。

「こういう状況だから…」、「こういう話の流れだから…」、
それを踏まえたうえで、出てきそうな言葉を予測しているんです。

だから正確に、一字一句逃さずに話を聞かなくても
ある程度の話が掴めますし、聞き取りにくい音も推測して理解できるわけです。

同時に、会話の流れというのも予測しているはずです。

どんな言い方をしたら、相手がどんな反応を返すだろうか?
その傾向が掴めているから、スムーズなやり取りが可能になります。

簡単な例としては、「いつ頃、出発する予定ですか?」と聞けば
「○月○日には出発するつもりです」などと『日時』が聞けると知っているんです。

ですが、これが相手のスケジュールとして、日付けぐらいまで知っていたとしたら
知りたい内容は『何時に出発するのか』になるでしょう。

その場合にも、意味合いとしては「いつ頃、出発する予定ですか?」と聞けますが、
知りたい内容である『時刻』を把握できる可能性を高めるため
「何時頃に出発する予定ですか?」と聞くことになると考えられます。

こういった使い分けができるのは、
「いつ頃?」と聞くと、日時に関して幅広い範囲の情報が返ってきて、
「何時頃?」と聞くと、日付けは分からないけれど、時刻の情報が得られる、
ということを知っているからです。

この「何を言うと、どんな反応が返ってくるか」という情報の積み重ねがあるから
答えを予測したうえで、知りたい情報を得るための言葉が選べるわけです。

カウンセリングでも、セラピーでも、コーチングでも、コンサルティングでも
的確に進められる人は、経験を通じて、「何を聞くと、どんな答えが返ってくるか」の
ストックを沢山持っているんです。

会話を進めたい方向が質問する側にあって、
その方向に進むための質問が分かっているから、
適切な質問を選んで、スムーズな流れを生み出せる、ということです。

だからこそ、
 自分の言葉が相手に及ぼす影響を把握しておく
ためのトレーニングが重要なんです。

日常のコミュニケーションであれば、意図したことと違う答えが返ってきても
そのまま流して会話を進めていくほうが自然かもしれません。

ですが、それを常に流したままにしておくと、
どんな理由で意図と違う伝わり方をしたのかが不明瞭なままです。

予測に必要な「こうやって言うと、こんな答えが返ってくる」というパターンが
作られなくなってしまいます。

そこで、しっかりとトレーニングをしようじゃないか、という趣旨になります。


ちなみに、言葉に込める意図が明確になっていくと、
他人の発言に対しても、意図を敏感に察知しやすくなります。

たまに「あれ、この人、なんで今の発言を、そっちの方向に解釈したんだ?」
と疑問が沸くようなコミュニケーションに遭遇したことがあるかもしれません。

そういうズレにも、敏感になると予測されます。
言い換えると、自分が聞き役になったときに、相手の言葉の使い方から
細かな意図の違いを察知できる可能性が上がる、ということです。

自分の言葉遣いをトレーニングすることで、聞く技術にも効果があるわけです。


そして、もう1つ。

今回は、新しい内容もお伝えするつもりです。

言語パターンを少し紹介します。

おそらく、日本では有名ではないものです。
開発者は、「非常に強力で、よく使っている」と言っていました。

1つの技術のバリエーションとして、知っていても損はないかと思います。

何より、言葉に対して意識を向けるキッカケとして利用できるでしょうから。


日曜日の夜の開催になりますが
ご興味がありましたら、是非、お越しください。

翌日から役立てて頂けたら、何よりです。



<ご参加に際しての注意事項>

※NLPの専門用語の説明などは省略するつもりですので、
 NLPなどに対する知識と経験のある方、もしくは
 過去に勉強会でトレーニングを積まれた方
のご参加をお薦めします。

 ☆気がかりがありましたら、お問い合わせください。

※内容が広範囲にわたりますので、資料での補足が難しい可能性があります。
 ご希望の内容がある場合には、お申込みの際に「ご意見など」の欄にご記入ください。




  定員を超える場合には先着順での受付とさせて頂きますのでご了承下さい。

  ※勉強会全般の趣旨に関しましては、こちら(勉強会070725)をご覧下さい。


詳細は以下のとおりです。




【勉強会の詳細】

≪定期勉強会≫
【日時】 2月19日(日) 18:30〜21:30
         ★今回は夜間の開催となります。

【場所】 北とぴあ 803会議室
    (JR京浜東北線・王子駅 北口より徒歩2分)
    (東京メトロ南北線・王子駅5番出口直結)

【参加費】 ・・・5,000円
       当日、会場にてお支払いください。

【テーマ】 『細やかな言葉遣い』に磨きをかける
       〜言語パターンの紹介とともに〜


 *多くの方にご興味を抱いて頂けるようになってきましたので、
  学びの密度を考えて、一定数で募集を打ち切らせていただくことがあります。
  ご了承ください。




言葉の使い方に関しては、「○○モデル」のような発想が多い気がします。

パターンを学ぼうということなんでしょう。

場合によっては、「相手が〜と言ったら、このパターンを使います」
といった内容のものもあります。

この発想では、言葉を発する側に意図が生まれません。
相手の発言に、ただ反応するだけ。

むしろ、トレーニングすべきは逆のように思うんです。
「こういうことを知りたいときには、このパターンを使います」
「こういう影響を与えたいときには、このパターンを使います」
…結果を予測して、意図を持った関わりをする、ということです。

少なくとも、そのモデルの元になった人たちは
そんな意図を持って言葉を発していたはずです。

「こういう情報を得たい」、「こういう影響を及ぼしたい」
…その意図を伝えるために、
言葉遣いに工夫をしていったんじゃないでしょうか。

コミュニケーションにおいて、その場で意図を設定して、
その意図に相応しい言葉を自分なりに編み出していく。
そういうトレーニングを重ねると、自分だけの「○○モデル」を生み出せると思います。

そこには、自分の意図にピッタリ合った、
効果的で洗練されたフレーズがストックされているでしょう。

自分らしくて自然な言葉遣いだからこそ、
相手にも届きやすいことがあるかもしれません。

少なくとも、「何か変なテクニックを使おうとしているでしょう」と、
相手に警戒されるようなことは減っていくと思います。

自然に使えるようになればなるほど、相手には違和感がなくなるはずです。

ということは、いかに自分が気を配っていても
相手には、その気配りの量すらも分からないわけです。

そこに至るまでの努力の影すら、相手には気づいてもらえません。

それでも、そこに意識を注いでいく。
その姿勢こそ、言葉で言い表せない
「相手を大切にする」気持ちを反映している気がします。

繊細なトレーニングになるかもしれませんが、
その価値は、なかなかのものじゃないかと思っています。

終了しました

トレーニングには色々あります。
無意識にアプローチする手法であれば、一度の取り組みで効果が出る場合も多々あります。
一方、話術や聞く技術のように、地道なトレーニングによって効果を発揮するものもあります。
この勉強会では地道なトレーニングが主体と考えていただいて良いかもしれません。


是非、お互いの頭を上手く利用し合いましょう。

今後、参加者のご様子を伺いながら、徐々にクローズドな会合にしていく方針です。
ご興味がおありの方は、お早めに一度ご参加下さいますことをお勧めいたします。


また、お気軽にお友達やお知り合いをお誘いいただけると喜ばしいです。
学びの幅が広がるとともに、勉強会が新たな学びの機会となっていただけることを
心から願っているためです。


【その他のご連絡事項】
ご自分の学びのアウトプットとして、勉強会で発表したいことがある方は
申し込みフォームの「ご意見など」の欄にご記入ください。
お時間などの相談をさせていただきます。


勉強会の最中には、質問をお気軽にドンドンして下さい。
話題を遮っていただいて構いません。

その時によって、どんな情報が関連して出てくるかは分かりません。
質問に答える側としても、その時間は非常に有意義なものです。

また、テーマに関して事前にご関心の強い点がありましたら
申し込みフォームの「ご意見など」の欄にご記入ください。

調査して勉強会にあたります。



それでは当日お会いできることを楽しみにしています。

2012年02月03日

RPGのように

もう充分にボスを倒せるぐらいのはずなのに、
まだまだ武器を集めようとする。

「さっさとクリアしちゃえばいいのに…」
そういう意見もあるかもしれないし、
一分でも短い時間でクリアしようと競う人たちもいる。

一番強いはずのボスを余裕でやっつけてしまったら
面白くないじゃないか…という考え方もあるかもしれないけれど…。

それでも武器を沢山集めてみたい。

…そういう趣向の人もいるんだと思います。


まぁ、同じゲームでも、色々な遊び方があるわけですね。

僕は「ファミコン」までしかゲームをやっていないので
高度に複雑化された最近のゲームについては知りませんが、
そのときは、そこまではやっていなかったかもしれません。

地道にコツコツと…っていうのが嫌いだったんでしょう。

そこは今も変わっていない気がします。
ゲームに限った話ではなく。

最短で結果を出そうとする傾向があるかもしれません。

時間をかけてレベルを上げてからやれば簡単なのに、
ギリギリで洞窟に出発する感じです。

早く、早くと先に進むくせに、
クリアだけは先延ばしにして武器集めに奔走する。

なんでしょう、このアンバランスは。


テレビゲームと大きく違うのは、
実際には時間制限があるということでしょうか。

大体のゲームでは年を取らないみたいですから。

だから急いで武器を集めようとするのかもしれません。


ボスを倒したら倒したで、
「実は、もう一人、本当のボスがいましたー!」
みたいになるんでしょうか…。

ただ、1つ言えるのは、僕にとって
「ボスを倒して世界平和」
よりも、
優先したい楽しみ方があるようだ、ということでしょう。

cozyharada at 23:51|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!全般 | NLP

2012年02月01日

心理学と心理療法と化学

心理学を改めて勉強しようとして、見えてきたことがあります。

キッカケは、二人の別の講師から講義を聞いた時でした。

一人は、いわゆる研究者としての心理学者で博士号を持っていて…という人。
なので心理学一般を勉強しているし、心理学っぽい実験で論文も書いています。

「人って一般に、こんな感じかも…」と印象を受けたことから仮説を立て、
その仮説を証明するように、統計を中心とした実験をするわけです。

もう一方は、スクール・カウンセラーの人。
バックグラウンドは「サイコ・ダイナミクス(精神力動)」と言っていましたから
フロイト以降の流れをベースにはしているようでした。

実際、講義の中でもスライドに色々な写真を出して、
そこから自由連想法でディスカッションをさせたりしていましたし。

まぁ、僕の場合は、全く自由連想にならないんだと実感しましたが。

一枚、トラの顔写真を見せられて、どんな気持ちだと思うか?と聞かれたときは
もう単純に観察として、表情を読みとり、心情を察しようとしていました。

見せられた絵に対して、自分の思いを投影して話を作る、という作業を
排除する訓練をしてきた結果なのかもしれません。

それはさておき、そうしたバックグラウンドで、
実際にカウンセリングをしてきた人ですから、着眼点は「心理学者」とは違います。

一人ひとりに目が行くわけです。

話を聞いていると、それほど精神分析を徹底的に使っているわけではなさそうで、
実際には、ごく一般に想像されるような「話を聞く」タイプのカウンセリングのようです。
ただ、その理解の仕方の理論的背景が精神力動的になっている、と。

その発想は、古くから語られてきた説ではありますが、
反面、「どこにその根拠があるんだ?エビデンスはあるのか?と
矢面に立たされてきたものでもあります。

実際、よく言われたそうです。

しかし、そんなデータやエビデンスなど、
目の前の人の問題が解決するのには関係ない。
…そういうスタンスで、目の前の人の人生と向き合っている人でした。

ですから、同じ心理系であっても、スタンスは
心理学者と心理臨床家では間逆にさえ思えるわけです。


で、言うまでもなく、僕は「目の前の一人ひとり」に意識がいくほうです。
(二人の講師の説明の比率を振り返っても、それを示唆しているようです)

なので、心意気とか、話し方とか、着眼点とか、価値観とか、
そういった様々な部分で、カウンセラーの人の話のほうが入ってきやすいんです。

同時に、僕が今まで受けてきた心理系のセミナーやワークショップの講師は
ほぼ全員が、臨床寄りであって、心理学者ではなかったんだと実感しました。

バックグラウンドの違いが、こんなにも話の違いに表れるのかと、驚くほどです。


であれば、僕も目の前のクライアントが良くなりさえすれば
その理論に根拠があろうがなかろうが関係ないのか…というと
必ずしもそうではないんです。

目の前の人を理解するのが大事。

だからこそ、
『一人ひとりの違いに合わせて、全員を別々に説明できる』統一した理論
が僕にとっては重要なんです。

それは言い換えると、全ての人の振る舞いの根底にあるもの、でもあります。

全てに共通する要素があって、それの組み合わせで個人を説明する。
その組み合わせの作られ方は、生まれ持っている要素の量の違いと、
育ってきた過程で受けてきた影響の違いによって、変わってくる。

なので、個人の違いは前提にしながらも、その違いを生み出しているベースとして
「この要素の組み合わせが違うから」と説明できるようにしたいんです。

この発想は、多分、僕が化学を好きだったことと共通していると思います。

物理や数学ではないんです。
生物でもない。

厳密に分けるのは難しいぐらいオーバーラップするところがありますし、
逆に言えば、そうやって重なる部分があるからこそ
科学は全ての情報を同じ土台で評価できるとも言えます。

数学的に処理をするというのは、まさにその代表でしょう。

数学のルールで記述できることは、科学の中では「正しい」ことになるんです。

数学や物理は、全般的に仮説が先にあって、
それを証明する方向のように僕には思えます。

実際にやっている人からすると違う印象かもしれませんが、
少なくとも僕が化学を選んだときの理由には、その印象が含まれていましたし、
僕が化学をやった後から、自分の知っている物理や数学を見ると
化学と比べると「先に仮説があって、それを証明する」方向性が感じられます。

ただ、数学では、その証明を数学の言葉を使って論理的に説明するのに対して、
物理は、そこに観測や実験が加わってくる感じでしょうか。
現象を数式で記述して理論を作り、結果を予測して、その通りになるかを実験する、と。

記述できることと、結果を予測できることは現実的には違うようですが、
それでも数学を使って記述できれば理論としては成立するわけです。

ところが、心理学になると事情が違います。

心理学も同じように、先に仮説があります。
多分、こういう傾向があるだろう、と。
だから実際に、人がそうやっているかを調べてみましょう、とやるわけです。

ところが、この実験のプロセスが非常に曖昧。
その実験では、その仮説には結びつかないだろう…というのが沢山あります。
他の要素も関わっているはずなのに、そこは無視している。

まぁ、物理でも化学でも一部を無視することはやります。
「ただし、摩擦は無視することにします」
「ただし、完全弾性とします」
「ただし、気体は理想状態とします」
そんな風に、考え方のステップとして、理想的な状態で考え始める。
現実との違いを踏まえたうえで、理想を考えます。

ただ、物理や化学では、その先に進んで
現実との違いを数式に込めるように努力をしていくんです。

でも心理学はやりません。
無視してオシマイ。

やっている実態は、傾向を見て、それを統計的に調べるだけ。
「なんか世の中を見ていると、こんな傾向がある気がする。
 多分、こういう理由なんだろうな。
 実際に条件を整えて、データを取ってみよう。
 … 
 うーん、微妙な数字だけど、統計的には違いがあると言っていいようだ。
 ということは、仮説は正しかったんだ」

その仮説がピッタリ収まることはないはずなんです。
人を全体的に調べていったら個人差が含まれてきますから。

なので、その個人差を仮説に含められたら良いんですが、
そこまで踏み込んでいくことは滅多になく、実際は統計的に処理をすることになる。

大袈裟に言ってしまえば
「なんかさぁ、北海道って東京より寒くない?
 実際に気温を測ってみようか。
 やっぱり一年の気温の推移を比べると、北海道のほうが寒いね。
 北極は氷に包まれているんだから、北に行くほうが寒いんだろう。
 北海道は北にあるから、それで東京より寒いんだ!」
ぐらいのことにも感じてしまうんです。


その点、化学はモノの構成要素に目を向けます。
原子があって、分子があって…。
これと、それがくっつくと、こういう性質になる。

物理のほうが、モノとモノの関係を扱う傾向がありますが、
化学は、モノをそのものに目を向け、モノがどう成り立っているかを考えるんです。

元素と呼ばれる要素があって、元素はもっと小さな粒の組み合わせでできていて、
もっと小さな粒の集まり方で、それぞれの元素の性質の違いが生まれている。

その性質の違う粒がどう集まるかで、できあがるモノの性質も違うし、
その元素の性質の違いによって、どういった変化が起きるかも決まる。

小さな要素が色々あって、それが組み合わさったらどうなるか?
そこを予測できるようにしている理論が化学とも言えそうです。

で、僕は、この発想で人の心の仕組みも説明できると思っていて、
その鍵になるのがNLPのサブモダリティなんです。

サブモダリティという小さな要素がどうやって組み合わさると
どういう性質のプログラムが生まれるのか。

それが理解できれば、反応も予測できるし、違う要素を混ぜて
”化学反応”を起こせば、違った”モノ”に変えることもできる。

そうやって、一人ひとりを別々の存在として、
共通する要素を使って説明しておきたいんです。

僕の中には、人の心を理解しようとしてきたプロセスでも
化学の発想と似たようなものをベースとしているところがあるようです。

逆にいえば、そういう発想が好きだったから、
化学に興味を持ったし、心もそうやって理解しようとしているのかもしれません。


僕がこのように、要素の組み合わせで物事を理解したい理由の1つは
応用がしやすい、というところにあります。

物質を化学式で説明できると、化学反応の予想ができて
必要な物質を作り出すことができるのと同じように、
目の前の人を要素の組み合わせで説明できれば
必要な変化を作り出すための手順も予想できるようになる。
そして、その作業をすれば、変化を起こすこともできる。

そういった応用の視点が僕の中に存在していることに気づきました。

実際、僕は「化学科」ではなくて「応用化学科」を選んだわけですが、
そこにも、ただ現象を理解して説明して終わり…ではなくて、
「だったら、こうしたら、こういう風に役に立つんじゃないか?」
という実社会への応用の視点がセットになっていたんです。

ここでもやっぱり、心を理解して、役に立てたい気持ちと繋がります。

僕が「心理学者」よりも「心理臨床家」に共鳴しやすいのは
その応用に対する視点じゃないかと思ったわけです。

「心理学者」は応用を考えているように僕には思えませんでした。
「へー、そういうことが分かったんだ。それで?」
僕の気持ちの中には、「何の役に立つの?」というツッコミが飛び交っています。

だから、臨床に向いている人が、一人ひとりの人生に役立てようと
目の前の一人のために一生懸命になる姿に惹かれるんだと思います。

ですが、ここでも、「役に立ちさえすれば理論や根拠はどうでもいい」
というスタンスには、僕は同意するつもりになれません。

精神分析でアプローチをしようが、行動療法でアプローチをしようが
結果的にクライアントの問題が解決すれば、それで良い…
その目標設定自体は素晴らしいと思いますが、
僕はもう1つ、効率も一緒に考えたいようなんです。

仮に、「過去のトラウマがあって、それが問題を引き起こしているから
そのトラウマを解消するワークをすれば問題が解決する」
という発想でクライアントと接したとします。

その理論の正しさとか、それ以外にも理由があるんじゃないかとか、
そういったことは抜きにして、とりあえずワークをしてみたら上手くいったとします。

そのセラピストからすると、
「トラウマがあったから、トラウマ解消のワークをしたことで、問題が解決した」
という説明になるんだと思います。

しかし、同時に他の理論的立場をとる人たちは
別の説明の仕方をして問題を説明し、別の解決のアプローチを使おうとするでしょう。
もしかすると、
「トラウマ解消と言っているが、そのワークをした影響で
 日常の行動が、こういう風に変わったから、そっちの効果で変化したんだ」
と別の理論的説明をする人もいるかもしれません。

結果が出ればそれで良いし、色々な説明の仕方があってもそれで良い、と
そう考える人も沢山いるんだろうと思います。

ですが僕のスタンスでは、色々な理論を人の心の要素の組み合わせとして説明して、
1つの台の上に並べて同様に扱えるようにしたいんです。

原則的には、最少の要素の組み合わせで目の前の人の現状を理解して、
そのためにアプローチできる色々な手法を選択できるようにしたいわけです。

つまり、それぞれの理論、それぞれのアプローチが
何に対して効果を発揮しているのかを理解できていれば、
同じように結果を出すための方法として沢山の選択肢を持っておける、ということです。

そうなったら、その相手にとって一番合う方法を選べます。
自分の好みとか、自分の得意・不得意ではなく、相手に合う方法を選べる。

それが一人ひとりにとって、最も効率的に結果を生み出せると思うんです。

なんでもかんでも1つの理論で説明して、1つのアプローチをしようとしても
上手くいかない事態が出てくる可能性があります。

逆に、「理論はいらない、上手くいきさえすれば良い」と対応しても
思考錯誤で時間がかかってしまう可能性もあります。

だからこそ、そうではなくて、
『最も効果的な可能性が高い方法を選べるようになる説明の仕方』
ができるようになっておきたいわけです。


化学の中にも「化学工学」という分野があります。
実際に工業化するにあたって、いかに数値化して、いかに効率を上げるか
ということを扱っていきます。

工業化には、不確定で予測もつかないような現象が混ざりあってきますから、
全部を説明できなくても、とにかく効率を一番高める方法を調べる
というアプローチも重要なんです。

中身の分からない箱、ブラックボックスを、分からないままで
上手く使いこなすように調査をしていく学問だと僕は捉えています。

でも、これも僕の性分には合いませんでした。
僕はブラックボックスの中身を全部解き明かしたいほうです。

なので、人の心も説明できる状態でアプローチしたいんでしょう。

「ブラックボックスのままでもいいじゃないか、
 理論なんてどうだっていいじゃないか、
 結果さえ出せれば」
そういう発想で臨床に当たるのも、僕には少し寂しいんです。

一方、ブラックボックスの中身をコツコツと解き明かして
それを工業に応用しようというスタンスが「工業化学」と呼ばれる場合があります。

解き明かすまでにはコツコツと時間がかかるけれど
一度、調べがつけば、その情報は幅広く応用が利く。
そういった関わり方だと言えそうです。

人の心を見ていても、僕のスタンスはそっちに近い気がします。
「心の工業化学」が、僕の基本的な立場になりそうです。


その裏側には、理解したい気持ちがあるのも事実ですが、
それよりも、少しでも無駄を減らしたいんです。

人生は限られていますから。
僕は、少しでも早く解決に近づいたほうが良いと思っています。

長く悩んだことも、後から振り返れば良かったと思えるものだとは考えていますが、
それでも僕にとっては有限の時間を大切に使えるほうが重要です。

だから、紆余曲折があったけど結果を出せて良かったですね、
とは言いたくないんです。

問題を解決した本人が言うんなら良いですが、
援助する側の人間が言うことじゃないと思います。

その人自身がやりたいことのために使える時間を長くできるように、
多くのことを説明できる方法が必要なんです。

そして、それはどうやら
心理学と心理療法の間ぐらいにありそうな気がしています。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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