2012年12月

2012年12月30日

好敵手

年末になるとテレビは特番ばかりになります。
そしてテレビに限らず、年末はランキングや対決が増えるみたいです。

一年間の評価をするかのような表彰が増えるからでしょうか。
それとも競い合う形式そのものが見ていて楽しいからなんでしょうか。
一対一でも、グループ対抗でも、対戦形式も増える印象を受けます。

スポーツであれ、ゲームであれ、音楽であれ…。
競い合う姿を目にすることが多いように感じるんです。
中には、一年間のハイライトとして取り上げられる名シーンもあるでしょう。


さらに、そこには『ライバル』と呼ばれるような関係もある。

お互いを強敵と認め、かつ絶対に負けたくないという間柄。
その中には、相手への尊敬や友情も混ざっているんだろうと思います。

相手がいることで自分の能力を高めようと努力できるという意味で
お互いに高めあえる刺激になっているようです。

対戦中は、意地と負けず嫌いで向かい合い、
ひとたび対戦を離れると、お互いを讃え合いながら語りあえる。
そんな関係性を目にすることが増える気がするんです。

それが何とも心温まる場面であって、
同時に少し羨ましい気分にもなります。

「いいよねぇ、ライバルって」という、しみじみとした味わいと
「いいよなぁ、ライバルがいて」という羨ましさの両方。

しばらく前から僕は、「ライバル」という相手を想定しなくなっていました。


大学生のころまでは対抗心を感じる相手がいましたし、
それも一人や二人のことではありませんでした。

研究室への配属が学部の成績によって決まるシステムでしたから
なるべく良い成績を取っていたかったというのもあります。

ただ、それ以上に、仲の良かったグループの中で
皆が他の人の成績を意識しながらテストに臨んでいたようでした。

そして研究室に入ってからは、より「ライバル」という意識が高まりました。
研究や知識の面だけでなく、色々な側面でライバル視する相手がいたものです。

ところが、会社に入ってからというもの、ライバル意識が激減しました。

会社の場合、勤続年数の違いが経験や知識の量の差を生み出します。
ですから、先輩を相手に対抗心を燃やすことは無かったんです。
尊敬や目標として見る気持ちはありましたが、ライバルとは思いませんでした。

研究職から離れ、心理やコミュニケーションと関わるようになってからは、
出会う人の範囲が大きく広がったために、
ただ「自分と相手の個性の違い」という見方しかしなくなっていきました。

何かで誰か競うような気持ち、あるいは「負けたくない」という対抗心などは
芽生えることがなくなっていったようなんです。

人それぞれの強みの違いとして自他を比較するのが自然になってから
相手の強みへの尊敬はあっても、「ジャンル違い」という認識が中心になりました。

野球選手がサッカー選手をライバルと見ないような感じでしょうか。

例えば、「セミナーをやる」といった仕事の一形態を取り上げてみても、
自分が目指すセミナーの形と、相手の目指す形が違っていれば
スポーツで言うと競技のゴールが違っているようなものと思えるわけです。

「良い」とする基準が自分の中にあるのかもしれません。

ですから、競っている気分がないんです。

もし、コンテストのような形態になって、評価の基準が決められていたら
その評価の枠組みの中で対戦相手が見えてくる可能性はあります。

それでも、そのような枠組みに入りたいと思うかどうかは定かではありません。

自分が受け入れたい枠組みと出会い、
その同じ枠組みで競い合える相手に出会えたら、
そのときはライバルとしてお互いに高めあえるような気がします。

環境と相手と、両方との出会いが求められるのですから、
ライバルがいること自体が貴重なことだと感じます。

僕には「ライバルがいること」への憧れがあるみたいです。

2012年12月28日

SF小説

この本は、とても面白かったです。

シュレ猫がいく! ブレーンワールドへの大冒険
シュレ猫がいく! ブレーンワールドへの大冒険


表紙の感じからすると、あまり真面目な感じには見えないかもしれませんが
内容は非常に刺激的です。

ジャンルとしてはSF小説なんでしょうか。
著者自身は謙遜して「サイエンス・ファンタジー」と呼んでいるようですけれど。
(SFは「サイエンス・フィクション」なので)

まず読み物としても面白いんです。
あまり小説を読まない僕がワクワクしながら読み進めました。

そして各章末についてくる素粒子物理や宇宙の話が好奇心をそそります。

サイエンス・ライターだからこそ、という感じの
難しい物理の話を分かりやすく説明してくれる部分が、
本文の小説と見事に対応しているんです。

「サイエンス・ファンタジー」ですから、現実には分かっていないことばかりで
空想上の話として物語が進みながらも、おそらく
そのような方向性が未来の科学として最も説得力があるんだろうと感じさせてくれる。

例えば、タイムマシンやワープなんかの話も
なんだか本当にあり得そうな雰囲気がしてきます。

タイムマシンについて良く言われる
 「タイムマシンが未来に開発されているとしたら
  誰かが未来からやって来ていても不思議ではない。
  でも誰も未来から来ていないのだから、
  それはこの先もずっとタイムマシンは生まれない、という意味だ」
といった話にも、矛盾なく物語が作られています。

もちろん、それは
 「タイムマシンで過去にやってきて誰かと接触すると
  未来が変わってしまう可能性がある。
  だから、未来から来ている人達は、コッソリと観察しているだけなんだ。」
というストーリーではありません。

この本では
 「タイムマシンは、タイムマシンが作られた時期までしか
  過去に戻ることができない」
という設定で進みます。


僕は物理に関して素人なので感心させられっぱなしでしたが
もしかしたら少しでも知識があれば当たり前のことなのかもしれません。

ですが、「あり得そうかどうか」を現在の物理の知識と照らし合わせて
その上で、もっともらしい空想の物語を作るのは、
専門知識のある人が素人に情報を伝える上で
とても有効なアプローチだと思います。

あくまでファンタジー(フィクション)だという体裁をとっていますから
「それは、現時点では言い過ぎじゃないか?」という専門家の指摘も受けにくい。

それでいて、正確さに固執するあまり面白みがないという事態も避けられます。

「もしかしたら、未来はこんな風になるのかも…」
と遊び心から興味を広げられるんだと思います。

分からないことは「分からない」としてファンタジーにする。
誠実な姿勢だと感じます。

何も信じる必要がないわけですから。

2012年12月26日

【セミナー】カウンセリング講座(1月)

ご案内: 『ホンネを引き出すカウンセリング』講座


日時のご案内だけ先に出していましたが、
1月13日(日)のカウンセリング講座・第二回のお知らせです。

本講座のコンセプトに関しては、こちらをご覧ください>>
(概要説明の回にも、補足説明をしてあります。補足説明はこちら>>


第二回のテーマは『焦点化』です。

ペーシングによって問題の中核部分へのサインを捉える。
それと同時に話の方向性全体をコントロールする必要があります。

実際には、ペーシングの技術が高まってくると
それだけでも十分にニーズを引き出すことができるようになります。

しかし、そこに『焦点化』のための質問の技術を組み込むと
ニーズを特定するまでの時間が短縮されます。

つまり必要最低限の話でニーズ把握のプロセスを終えて
実際のサービス(セラピーやコーチング、施術など)に移るわけです。

誤解して欲しくないのは
 ただ早ければ良いというものではない
ということ。

場合によっては、話を聴くこと自体がお手伝いになっていることもありますし、
心の痛みや疲労の度合いによって求められるスピードは変わります。

ですから、その可能な範囲のスピードにおいて
最短の時間でサービスに移れるようにニーズを把握するのが目標となります。

時間は有限なものですし、ニーズを把握した後のお手伝いにおいても
時間と集中力が必要になります。
そのためにニーズ把握のプロセスは、適切に短時間であるほうが望ましいでしょう。

また、話を聴くだけで問題が楽になっていくことは多々ありますが、
お手伝いの本質として期待されているものは、ニーズ把握の後の部分のはずです。

そのニーズに基づいて、プロから何かをしてもらうわけです。
それがセラピーなのか、コンサルティングなのか、コーチングなのか、施術なのか…
場合によっては何かの品物を販売することもあるでしょうが、
そうした実際のサービスの部分で、現状を変えることが求められています。

「現状に不満があって、それを変えたい」ということです。
「不満」が何かを特定するのがカウンセリングの役割で、
「変える」方法を提供するのが、その後のサービスの部分。

ここでは、クライアントは変化を求めてやってくることを前提として考えていますから
最終的なお手伝いは、変化に対するものになります。

求めているのは「変わりたい」という部分なんです。
苦しみが大きい場合ほど、「早く変わりたい」だろうと思われます。

だから無駄を省きたいんです。

もちろん、一回のお手伝いで、どれだけの変化が得られるかは分かりません。
ですが、まずは楽になってもらう。
少しでも早く楽になってもらいたい。

そういうお手伝いのスタンスとして、無駄を省きたいわけです。

ニーズを把握するのに欠かせない重要なメッセージは見逃さず、
それでいて、必要でない情報収集に時間をかけないようにする。

そのバランス感覚を養うトレーニングが、今回の中心テーマだといえます。

話の焦点を絞って、重要な部分だけを明確にする練習です。
ペーシングに加えて、質問の仕方をトレーニングすることになります。


ここで重要になるのが、
 『質問は命令である』
という発想です。

質問はプレッシャーを与えます。

質問された側には、
「その質問には答えたくありません」と返答することも可能ですが、
現実的に、そういう受け答えをする人は非常に少ないものです。

そして、もし「その質問には答えたくない」と『言わない』選択ができたとしても
その質問内容を『考えない』選択は、まず不可能でしょう。

質問されたら、答えるかどうかにかかわらず、答えを考えてしまうわけです。

そこに質問の強制力があります。
「答えを考えなさい」と命令する作業が質問なんです。

”質問攻め”という言葉あるように、繰り返される質問は
答える側にとって負担になるんです。

本講座のカウンセリングが想定しているクライアントは、
ガンガン目標に向かって進んでいくようなパワフルな人から
日常に押しつぶされそうなほど疲弊しきっている人まで、限界がありません。

この心の疲れが大きいクライアントほど、質問の負担が堪えるといえます。
頑張って答えてくれているんだと自覚しておくことが大切じゃないでしょうか。

だからこそ、質問によって負荷をかけるのと同時に
心の痛みに対するケアが求められます。

このケアのプロセスは、三回目に詳しく扱う予定ですが、
焦点化とは切り離せないものでもありますから、
今回もセットにして少しだけ練習します。

まとめると、
・ペーシングは土台として続けながら
・質問による会話の絞り込み(焦点化)と
・言葉がけによる心の負担のケア

をトレーニングする、となります。



技術が最短で向上するようにトレーニング法を工夫する
というのが、この講座のウリだと考えています。

ワークのやり方を説明して、ただやってもらうだけ…ではありません。
効果の高い実習になるように工夫して進めます。
しっかりと課題意識をもって取り組んでいきましょう。



◆今回の講座で得られるもの

●会話の流れを捉える能力

●非言語メッセージに対する観察力

●質問に対する細心の注意

●カウンセリングで避けるべき対応への自覚

●自分のコミュニケーションの癖に気づく

●言葉がけの表現力

●安全にカウンセリングを進める上での”型”



◆お持ちいただくと役立つもの

●ICレコーダー

必須ではありませんが、ICレコーダーのような録音機材をご持参いただくと
振り返りの作業が効果的になります。

ご自身の実習の模様を録音して、振り返るのが目的です。

ビデオをお持ちいただいても構いません。

現時点では、全体の中で収録した内容を使うことを目的としていませんが、
自分自身が何を言ったか、どのような展開だったかを思い出すためにも
利用価値の高いツールだと言えます。

もちろん、復習としても役立ちます。

★ご希望の方には、録音したファイルの内容に対して
 こちらからもフィードバックいたします。

 いくつか気づいた点を記録して、送付する程度ですから
 それほど詳細なものは期待しないで下さい。
 
 方法などは当日にご相談下さい。




日中の講座では個別の技術を磨くためのトレーニングと
それを実践に組み込むための練習を行います。

夜間では、一部トレーニングの復習と
実践練習を行います。

続けてご参加いただくと、きっと疲れますが、個人的な経験からすると
疲れて無駄な気負いが抜けてきた頃に得られるものもあるようです。

第一回へお越しでない方にもご参加頂けます。
取り組む際のポイントはこちらでお伝えします。

お時間が合いましたら是非、お越し下さい。

トレーニングすると、結果の違いが感じられるはずです。

ただ、その多くは「何かをしない優しさ」に捉えられるかもしれません。
クライアントには、その配慮に気づいてもらえないことも多いでしょう。

それでも、「なんとなく楽になっている」という結果は感じてもらえると思います。

「本当に大事なことは、クライアントが楽になることだ」
…そんな考えに賛同して下さる方には、是非
トレーニングして頂きたいと思っています。



講座の詳細は以下の通りです。



【セミナーの詳細】

≪『ホンネを引き出すカウンセリング』講座≫【第2回+実践練習◆

【日時】  1月13日(日)
     《日中:第2回》   10:00〜17:00
 
     《夜間:実践練習》 18:30〜21:30 

       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。
       ★申し込みフォームに、ご希望の時間帯(日中/夜間)をご記入ください。


【場所】 滝野川会館 304集会室
    (JR京浜東北線・上中里駅より徒歩7分)
    (JR山手線・駒込駅より徒歩10分)
    (東京メトロ南北線・西ヶ原駅より徒歩7分)

【参加費】 
      《日中:第2回》 ・・・15,000円 (フィードバック料を含む)
      《夜間:実践練習》 ・・・5,000円

       ★日中の講座にご参加の方は、無料で夜間の実践練習へご参加頂けます

       当日、会場にてお支払いください。


    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。




終了しました


カウンセリングのトレーニングが面白い理由の1つは
「何かを身につけると、他の何かがおろそかになる」
ということのように感じています。

使いこなすべき技術が、相反するような性質を持っているんです。

あっちを心がけると、こっちが難しくなる。
この間、これができるようになったと思ったら、
知らないうちに雑になっていた…。

…そんなことを繰り返しながら、
全てが染みついていくのを待つようなところがあります。


トレーニングを始める前は
「何をしていいか分からない」
という状態だった記憶があります。

そこで思いつくままに適当にやってみる。
それで結果オーライになるように我流で工夫しているうちに
なんとなくの流れが掴めてくるようになります。

この状態では選択肢がありませんでした。
思いつくことをする以外に、やり方が分からなかったんです。

そしてトレーニングをして技術を学ぶ。
すると「やるべきこと」が実感できます。
「これをやったら良いんだ」と思えて安心する。

ところが、別の技術も練習していくと、新しく学んだほうが中心になって
前の技術を使わなくなっていることに気づくことがありました。

そして、また前の技術も意識的に使おうと心がける。

ここで、ようやく迷いが生まれるんです。
「どっちを使ったら良いんだ?」

ここが重要な転換点だったと思います。

「”何を”していいか分からない」から
「”どれを”やったらいいか分からない」になったんです。

効果的だと思える選択肢、望ましい結果に結びつく実感のある選択肢が
複数になった瞬間です。

後は、技術を数多く身につけていくほどに、
選択肢の数が増えるだけになっていきます。

選択肢の数が多くても
「”どれを”やったら良いんだ?」
という疑問の本質は変わりません。

その後は、自分が後悔しないように選択するだけです。
これは迷うしかない。

ですが、効果的な迷い方ができるまでには
トレーニングが必要だということです。

『迷い』は『ランダム』ではありません。

駆け出しの頃に自分がやっていたカウンセリングは『ランダム』でした。
今は『迷い』だと感じています。

ですから、迷いは欠かせません。

安心して迷えるようにトレーニングをする
と言っても良いかもしれません。

選択肢のある自由には、迷いという不自由さが付きまといます。
選択肢が無ければ不自由でもないでしょうが、自由ではありません。

自由と迷いの両方が楽しめると
コミュニケーションの味わいも深まるのではないでしょうか。

興味のある方は是非、お申し込みください。

お会いできるのを楽しみにしています。

2012年12月24日

動物の気持ち

「犬や猫と話ができたら…」
そんな風に考える人は少なくないようです。

気持ちを理解したいのかもしれませんし、
もっと快適な関わり方を模索したいのかもしれません。

では、もし人間同士のように
言葉で会話ができたら、どうなるのでしょうか?

知らなければ良かったことを聞いてしまう可能性もあります。
お互いの主張が食い違って、言い合いになることもあるでしょう。

「どうして分かってくれないの!?」と感じるかもしれない。


一方、もしかすると、人間以外の動物が相手であれば
話ができるようになってもトラブルなく心を通わせることができる
という考えも想像できます。

人間同士だって外国語が理解できないと会話はできない。
それでも動物に対する気持ちとは別だ、と。

会話ができないパソコンが相手でも、イライラすることはある。
でも、動物なら思い通りにならなくても許せる。
そんな発想もありそうです。

だとすると、動物が相手だと、何が特別なんでしょうか?

人間を見て、「カワイイ霊長類だなぁ」と思っても良いはずなのに。

言葉が通じるかどうかではなさそうです。
思い通りになるかどうかでもなさそうです。

人間を特別視しているのか、
動物には人間相手ほどの関心がないから気にならないのか、
「動物は素直で裏切らない(=でも人間は違う)」からなのか、
人間は似た者同士だから嫌なところが目につくのか…。

色々と可能性は考えられそうですが
違いを探ってみるのも面白いような気がします。

大切にしたい気持ちが見つかるかもしれません。

2012年12月23日

骨と筋肉

いつの頃からか僕は、人を見るときに
その人の骨格や筋肉を想像するようになっていました。

積極的に「見てやろう」という感じではなく、
筋肉と骨格と2種類のレイヤーがかかっているイメージ。
そっちにピントを合わせると、鮮明さが上がるような捉え方です。

子供の頃を思い返してみると、
白骨を元にして複顔模型を作るような映像が楽しかったものですし、
学校の理科室にある人体模型なんかも好きでした。

もしかすると、マンガの『北斗の拳』とか『キン肉マン』とかが好きだったせいで
筋肉の動きに関するインプットが多かったのが影響しているかもしれません。
(逆に、筋肉に興味があったから、そのマンガが好きだったのかもしれませんけど)

絵を描くのが好きだった小学校の頃には、骨の絵を描いていた記憶もあります。

そして高校でゴルフ部に入って、自分でスイングについて考えるようになってから、
プロゴルファーを含め、他人のスイング中を見ていると
どこの筋肉にどういう方向に力が加わっているかを想像するようになりました。

体の位置関係と力の入り具合を掴み始め、
「どの場所の、どの角度を変えるには、どういう意識で力を入れるか」
なども理解を積み重ねていったんだと思います。


そういった経験が土台にあったからかもしれません。

コミュニケーションのセミナーをやるようになって
他の人の姿勢や動作を細かく見られるようになったのは。

モデリングのために体の使い方を真似するにせよ、
ミラーリングとして体を合わせるにせよ、緻密に扱うベースとして、
そもそもの筋肉や骨格への興味が関係している気がします。

大雑把に「腕を組む」などという単位では見ないわけです。

骨の角度がどうなっていて、どの筋肉で支えられていて
どういう力の入り方になっているかを合わせる。
その作業には、骨や筋肉がビジュアル的にイメージできるのが有効なようです。

特に、それぞれの筋肉の伸び縮みや、関節の可動域を
構造的に知っておくのが重要なように思えます。


ということで、最近のオススメ本がこちら。

体表から構造がわかる人体資料集
体表から構造がわかる人体資料集


マンガを描く人に向けたイラスト集ですが、
動作と筋肉の関係がイメージしやすい絵が沢山載っています。

ちょっとマンガ的な印象があって、重量のバランスが良過ぎるために
動画的な動作の移り変わりが思い浮かびにくい気もしますが、
多少強調されているぐらいでも全体像を掴むには良いかもしれません。

「筋繊維」という線の流れが掴めると観察力も上がるんじゃないでしょうか。

2012年12月21日

たで食う虫も好きずき

犬を見て、猫を見て、赤ちゃんを見て、…
思わず微笑む。

車を見て、オートバイを見て、電車を見て、…
ワクワクしたり引きこまれたりする。

洋服やカバンやアクセサリーに夢中になる。

家電製品や家具、文房具にだって心を奪われる。

ある人にとっては、
牛乳瓶のキャップだって、空き缶だって、切符だって、セミの抜け殻だって…
もう考えられる”どんなもの”でも大好きなんです。


そうしたものの一部は『条件付け』で「好き」な気持ちがアンカーされているのか、
あるいは、マスメディアの影響で「魅力的な」ものとして印象付けられているのか、
その辺の可能性もあるとは思います。

だとしても、全ての人が同じものを「好き」になっていたり
「魅力的」だと感じたりはしていない。

そこにはやっぱり、ある種の体験の仕方によって
「好き」や「魅力的」を引き出すプロセスがあるはずなんです。

実際に僕は、他の人がどうやって体験しているかを真似しようとすることで
音楽の好みの幅を広げましたし、絵画の楽しみ方も広げたものです。

理論的には、どんなものだって「好き」になれるんです。


何も”深海生物”や”バスの「次、降ります」ボタン”は
好きにならなくても良いかもしれません。

ですが、人のやることぐらいだったら
大抵のものは好きになれる可能性があります。

あとは、それをやりたいかどうか。

好きになる気持ちは理解できるけれど、好きになりたくない。

そうなったら、その部分に
自分が本当に好きなことがあるんでしょう。

それを吟味するために、一度全部を好きになってみるのも
良いものかもしれません。

2012年12月19日

日本が誇る文化遺産

世界中に「文化遺産」と呼ばれるものがあります。
観光地として有名な遺跡なんかも沢山あります。

たしかに、自然が作り出した神秘的な美しさがあったり、
昔の人の努力の結晶が保存されていたりしているのでしょう。

でも、「歴史の流れの中で、人々の知恵と努力が集まったもの」
という観点でいえば、もっと身近なところにも『文化遺産』があると思います。


日本が世界に誇る、至高の文化遺産。
それは『スーパーマーケット』です。

あれはスゴイ。

多くの人が何気なく通り過ぎているでしょうけれど、
”スーパー”に集約されている知恵と努力と想いは、とてつもないものを感じます。

現代の社会における最高峰の努力の結晶。
そのうちの1つだと言えるんじゃないでしょうか。


そもそも『スーパーマーケット』という概念が歴史的に価値があります。
流通が発展して、小売業の1形態として生まれた斬新な店舗でしょう。
何でも買える店なんですから。

記憶が確かなら、”スーパー”は、アメリカで生まれた形態だったと思います。
それが日本にやってきて、日本向けにアレンジされいる。
日本人の消費者の好みへ緻密に合わせるように、工夫が重ねられてきたはずです。

それが見て取れるんです。

商品のサイズには、消費者の中に様々な生活パターンの人がいることを想定して、
「一人暮らしの若い男性」、「老夫婦二人の生活」、「小さな子供がいる家庭」など
多くの人の好みに合わせたバリエーションがあるわけです。

そうした工夫は、アメリカ式の「なんでもデッカイお徳用」とは別物だと思えます。

商品の陳列の仕方だって、工夫があります。
カテゴリー別に置くだけでなく、何かの食事を提案するように
関連する食材を近くに置いたりする。

それも誰かが始めた工夫が広まったものと言えるでしょう。
タイムサービスだって、試食だって、誰かのアイデアが広まって
知恵として”スーパー”という形態の中に蓄積してきているんです。

品物の種類だって、消費者の好みの多様性を反映するように様々です。

大量生産の標準的で安心に安いもの、
有機栽培のコダワリ食材で高級なもの、
自社ブランドで知名度は低いけど徹底的に安さを追求したもの…。

加工食品になれば、さらに多くの人の努力が集まってきます。
商品の魅力を伝えつつ差別化できて、目につくようなパッケージデザイン、
新しさと美味しさへ工夫を続ける新商品開発、
その美味しさを可能にする新しい製法技術の開発…。

さらには広告を考える人もいます。
冷凍食材や生鮮食材には、在庫管理や配送のための工夫もあることでしょう。

工場で生産性や品質管理を工夫する人もいて、
原材料を作るところや、原料となる食材を輸入する人たちもいる。

電話が生まれ、インターネットが生まれ、
船や飛行機での輸送によって海外と取引できるようになって、
国内のインフラ整備と自動車業界の努力が重なって
安定した商品の配送が可能になっている。

1つの商品だけを見ても、その背後には大勢の努力と知恵と想いが見えます。
隣に並ぶ商品との競争さえも、関わる人たちの動機になっていることでしょう。

スーパーの建物そのものだって工夫がありますし、
使われている電気だって人類の知恵の賜物です。

もう、ありとあらゆる人間の知恵と想いが、
スーパーマーケットに集まっているように見えます。

一体、何人の力が関わっているのでしょうか?
数百万人ということはないかもしれません。
数千万人?
もしかしたら、世界まで視野に入れると数億人かもしれません。

そんな多くの人の想いが集まった場所に、
日々を生きている消費者が集まってくる。

そうした背後にある努力と想いには関心を向けることなく
多くの人が自分にとって意味のあるものだけを買っていきます。

それぞれの人が、売り場の滞在時間にバラつきを持っているはずです。
人によっては、ある売り場には絶対行かないということもあるでしょう。

それでも”スーパー”には、はかりしれない量の気持ちが集まっているんです。


もちろん、コンビニもスゴイです。

ですが、大型のスーパーのほうが迫力があります。
似たような種類の商品の多さが、それを感じさせてくれます。

大きな”スーパー”の中を、1つ1つの棚をじっくりと眺めながら
その背後にある全ての関わりを想像しつつ歩いてみると感慨深いものです。

オススメします。

一人ひとりの仕事は小さくても、それが沢山集まって
これだけの形を作っているんだと感じられるでしょう。

見事に調和したシステムがそこにあります。

現代までに積み重ねられてきた人類の英知が
スーパーマーケットに集約されているのが感じられると思います。

100年前には不可能だったことが、目の前に広がっているんです。
文字通り「文化の遺産」を引き継いできている証拠のような場所です。


別に、「だから、全ての人の努力と想いに感謝しましょう」
と言っているのではありません。

ただ、「スゴイんですよ!」と言いたいんです。

一人では絶対にできないことですし
今じゃなきゃ味わえない最先端の文化遺産だと思うんです。

それが崩れたときがあったじゃないですか。

震災の後、”スーパー”が空っぽになった。

徐々に復旧して、今や完全に元通りです。

どこかのダメージがシステム全体を機能させなくする。
そういう実例を体験していたんだと思います。

”スーパー”ってスゴイんだ。
そのことを思うほどに、僕は、あの空っぽの場面を思い出します。

空っぽになったスーパーマーケット。
これもまた忘れたくない震災の記憶かもしれません。

2012年12月18日

【セミナー】新春ワークショップ

ご案内: 『新春ワークショップ』


1月6日(日)の昼間にワークショップを開催します。

年初めに、充実した一年を迎えるためのワークをやります。

「正月休みのウォーミングアップ」というよりは、もう少し積極的です。
2013年、そしてそれ以降の社会の変動に対して
『自分自身が安定感を保っておくための拠り所』を手に入れる感じです。

楽になります。
ブレにくくなります。
受容的な安心感が得られると思います。
なんとなくの不安もスッキリするでしょう。

具体的な悩みがある人も、それに対して取り組めば
大きなヒントが得られるかもしれません。



残念ながら、あまり詳しい内容は書けません。

あまり今までにやってきていないタイプのワークショップです。
技術のトレーニングではなく、ホンの少しの発想をお伝えして
ワークで実感を高めていくような構成です。

言える範囲で説明すると、
 ・『パート』の発想
 ・『メタファー』の効果
 ・一部の占い師が使っている技術
 ・『催眠』的なイメージの活用
 ・『サブモダリティ』の使い分け

などを組み合わせ、発展させていくものです。


ですが、個人の範囲を超えた視点を使いますから
人によっては受け入れ難い印象を持つかもしれません。

また、スピリチュアル好きな方からすると
色々な疑問が沸く可能性がありますが、
そちらの方面は詳しくないので十分な説明はできないと思います。

以上の点については、ご注意ください。


個人的には役に立っている発想です。
だから紹介する気になったんですが。

なんとなく、今、紹介しておこうと思いました。

気になった方には、特にオススメです。

自分で役に立ったと思ったのは、例えば
他人の喜びが実感できたような気がしたことです。

友人に大衆食堂を経営している人がいて、彼が
「オレ、おっちゃんがガツガツ食べているのを見るのが好きなんだよね」
と言っていました。

以前は、おおよそ、そんな気持ちは分かりませんでした。
「何が良いんだろう?」と思っていました。

が、最近、他の人が食べる姿を見て、嬉しい気分になりました。
それが友人と同じかどうかは分かりません。
それでも、「良い」と思えたんです。

また、”陰ながら旦那を支える”人についても、
なんとなく、その中にある喜びが感じられた気がします。

価値観を想像して理解したり、モデリングを通じて感じ取るのとは異質な
体感覚を通じた味わいがありました。

あくまで一例ですが、得られるものは使い方次第で沢山あると思います。

久しぶりに「なかなか面白いな」と思った体験だったので
紹介することにしました。

「なんだか良く分からないけど面白そう」とか
「なんとなく気になった」とか
「まぁ、時間が合うから行ってもいいかな」とか、
そんな方は来てみて下さい。

自分の人生について向き合う機会としても有意義でしょう。

迷いがある方や、安定感が欲しい方にもオススメです。



講座の詳細は以下の通りです。



【ワークショップの詳細】

≪『新春ワークショップ』≫

【日時】  2013年1月6日(日) 
      10:00〜16:30
 

       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。

【場所】 滝野川会館 303集会室
    (JR京浜東北線・上中里駅北口より徒歩7分)
    (JR山手線・駒込駅より徒歩10分)
    (東京メトロ南北線・西ヶ原駅より徒歩7分)

【参加費】  10,000円

       当日、会場にてお支払いください。


    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。




終了しました

 もしかすると、飛躍を後押しするものになるかもしれません。

 ご自身へのお年玉としても是非。


cozyharada at 23:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!セミナー情報 | NLP

2012年12月15日

「いかに人を理解するか」

先日の勉強会では、それぞれが考える
「人を理解する」ということについて話し合いました。

セミナーとして知識を学ぶのも面白いものですが、
こうやって自分の意見を言葉にする体験も面白いものだった
と皆さんからの感想を聞けました。

セミナーに参加する方は、なぜか、その後の懇親会でも
かなり真面目な話をする場合があります。

セミナーの最中には相応しくないと判断して言わなかったことが
その後の飲み会では自由に語り合えるものになる。

単に情報交換という側面もある一方で、
根底にある自分の想いを溢れさせる場でもあるのかもしれません。

何かを自ら学ぼうとして思い立ち、外に出ていって勉強するわけです。
当然、その内側には、何かしらの動機があるはずです。

その動機を直接的に表現するか、間接的に表現するかには
個人差があるようですが、自ら語り始める機会を得たときには
奥底にあった動機が形を変えて溢れてくるように見えます。

そのプロセスを通じて、本人が大事なことに気づく場合もありますし、
想いそのものを実感することも深い意味を持っているのでしょう。

そういう語らいを気兼ねなくできるような学び方が
このゼミ形式の勉強会では可能なんじゃないかと思っているんです。


個人的には、「いかに人を理解するか」というテーマでの話し合いから
僕が勉強し始めたころに何を求めていたかを思い出せました。

それは
 『苦しんでいる人がいたとき、
  そっとしておくほうが良いのか?
  手を差し伸べるほうが良いのか?』
というものでした。

僕が勉強を始めたキッカケが、このことと関わっています。

大学生の頃、身近なある人が、とても苦しんでいるように見えました。
当時の僕は、「自分だったら、そっとしておいてもらいたい」という理由で
声をかけず、何もしないことを選びました。

何かあったら、言ってくれれば良いなぁと思いながら。

結果的には、その選択はハズレでした。

後に、本人から「あのとき、なんで何もしてくれなかったのか?」と言われました。
結果的には、あの時の選択が、その人を大きく傷つける引き金になっていました。

それで、自分なりに色々と勉強を始めて、とにかく本を沢山読みました。

また、
会社員の頃、これまた身近な同僚が、とても苦しんでいるように見えました。
今度は、「あのときのように、何もせずに後悔はしたくない」という理由で
自分から声をかけ、なんとか助けになれないかと頑張りました。

本で学んだ技を駆使して、1つの大きな気づきを引き出し、
その場は、そこそこの体裁で話を終えたと思います。

でも、そのときの僕の関わり方は、やってはいけないものでした。

放っておけなくて、自分のワガママで関わっていました。
これまた相手を深く傷つける結果に。

それから、付け焼刃の技ではダメだと思って
本格的に勉強を始めたんです。


セミナーに通い始めたころ、出会う講師に片っ端から
あの質問をしていました。

 苦しんでいる人がいたとき、
 そっとしておくほうが良いのか?
 手を差し伸べるほうが良いのか?

人によって好みがあるなら見分ける方法を知りたい、と
ダイレクトに方法を尋ねたこともありました。

ですが、誰からもピンとくる答えはありませんでした。
むしろ、真剣に質問している側の気持ちをないがしろにするような
プロとは思えない返答も何度か経験しました。

「もっと具体的に質問してもらわないと答えられません」とか
「どうして、その人が困っているって分かるんですか?
 好きで、そんな風な態度をしているかもしれないじゃないですか?」とか。


今にして思えば、当時の僕の質問の様子には
色々な非言語メッセージが加わっていたことでしょう。

それよりも、言葉上の質問内容に、誰もが答えようとしていた気がします。

今の僕が、当時の僕のような人から同じ質問をされたら
多分、違う受け答えをするんじゃないかと思います。

 「痛みを伴う切実なテーマは、大切な原動力になります。
  そのお話は誰かに質問して、気軽に答えを探していいものだとは思えません。
  その質問に、そこまで真剣になれる感性を大切にして
  今後も向き合っていって下さい」

2012年12月13日

意志の在り処

哲学的なテーマですが、
運命と自由意志についての議論は結構耳にします。

色々な意見があって当然だと思いますが、
なんとなく僕が考えるのは、こんな感じです。


 一般的に「意志」だと考えられているものが実際には幻想であって、
 「運命」だと考えられているものこそ、本当は自分の「意志」なのではないか。



cozyharada at 23:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!全般 | 心理学
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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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