2013年01月

2013年01月31日

オススメは何ですか

ラーメン屋に入る。

初めて来店したと思われるお客さんが
店主に話しかける。
「オススメは何ですか?」

店主は答えます。
「全部オススメです!」


…言語的には問題のない会話でしょうが、
コミュニケーションとして意図されていたものとなると
多少の疑問が残ります。

もしかすると、そのお客さんには不快感が残ったかもしれません。

それは店主に対して、別の期待をしていたからだと想像できます。
つまり「オススメが何か」という答えを知ることが目的ではなかった、と。

もし、「ただオススメを知りたいだけ」だったら
どんな答えが返ってきても、その後の振る舞いには違いが出ないはずです。
「へぇ、そうですか。」
「ここは、○○がオススメの店なんですね。」

そして、注文するものは、店主のオススメとは全く無関係に
自分が食べたいものを頼むことになるでしょう。

こんな感じ。
「オススメは何ですか?」
 ―「チャーシューメンですね」
「へぇ、チャーシューメンがオススメなんですね。
 じゃあ、タンメンを野菜多めで。」

この場合なら、店主が
 ―「特製つけめんです」
といっても
 ―「味噌ラーメンです」
といっても
 ―「全部オススメです」
といっても、
「じゃあ、タンメンを野菜多めで。」
と答えることになります。


しかし、現実の多くはそうではないようです。
「オススメは何ですか?」
 ―「チャーシューメンです」
「じゃあ、チャーシューメンで」
 
こういう流れのほうが一般的じゃないかと思われます。

つまり、初めてのお客さんの側からすると
『何を頼んだらいいか』の参考情報が欲しいわけです。

自分が頼むべき一品を選ぶにあたって
役に立つ情報が返ってくることを期待している。

その期待が外れると、「アレッ?」となって
場合によっては、意図が伝わらなかった不満が出ることもあるはずです。
「”全部”って言われたら、答えていないのと同じじゃないか!」と。

そうすると、本来、期待しているコミュニケーションは
 「初めてで、どれがどんな味かも分からなくて
  何を頼んだらいいか迷っているから、
  メニューのことを良く知っている店主の側から
  注文に関するアドバイスが欲しい」
という意図が伝わることだといえます。

だから返答として期待している内容は
 ―「初めての方でしたら、まず、チャーシューメンを食べて頂きたいです」
といったことになります。


さて、そうなると、このコミュニケーション、
お互いが「上手くいった」と思えるようになるには
どうしたら良いのでしょうか?

いわゆるコミュニケーション技術として扱われることが多いのは
カウンセリングにせよコーチングにせよ、聞き役の立場のようです。

ここでの聞き役は店主です。

ですから、店主の側がお客さんの意図を汲んで応対するわけです。

 お客さんの顔も見たことが無い。
 キョロキョロしている様子からも初めての来店を伺わせる。
 案の定、「オススメは何ですか?」と聞いてきた。

 ということは、何を注文した良いか、迷っているんだろう。
 本当は全部オススメだけど、初めてのお客さんに分かりやすいのは
 やっぱりチャーシューメンかな。
 よし。

―「そうですね、オススメはチャーシューメンです!」

…これなら、お客さんの意図に沿っていますから
 そのお客さんに不満が出ない可能性があります。

もっと全ての品物にコダワリがあるなら、
―「そうですね、初めての方にはチャーシューメンをオススメしています」
といえば、「とりあえず、最初は」というニュアンスが伝わるでしょう。

もちろん、もっと丁寧に話を聴いて
お客さんのニーズに合った一品をオススメする方法もあります。
ただ、それはラーメン屋には時間がかかり過ぎるでしょう。


そして、もう一方、お客さんの側にもコミュニケーションを工夫する余地があります。

そもそもの意図を伝えずに、「何がオススメですか?」と質問をしてしまっています。
これは、「この質問をすれば、何か1つ、参考にできる意見が得られるだろう」
という推測のもとで生まれている質問です。

相手がどう受け取る可能性があるかを考慮せずに、
「こう聞けば、こういう応対が返ってくるはず」という自分の推測で
言葉を発していることになります。

であれば、そもそもの意図をストレートに言ってしまったほうが確実です。
 「初めてで、どれがどんな味かも分からなくて
  何を頼んだらいいか迷っているから、
  メニューのことを良く知っている店主の側から
  注文に関するアドバイスが欲しいんです。」

これだと、店主がお客さんの好みを気にしたりするかもしれませんので
より確実にするなら…

 「初めてで、どれがどんな味かも分からなくて
  何を頼んだらいいか迷っています。
  メニューのことを良く知っている店主の側から
  注文に関するアドバイスが欲しいんです。
  私の好みは気にしないで下さい。
  今日は、私の好き嫌いよりも、初めて入ったこの店について
  味わってみたい気持ちを優先しています。
  お店の側から、”初めての人には、これを食べてもらいたい”とか
  ”このお店の味は、この一品を食べてもらえれば判断できる”とか
  ”店主として、これに最も力を入れている”とか
  ”これに一番思い入れがる”とか、
  そういう一品があれば教えて下さい。
  私は今日、初めてのお店なので、そういう一品を食べたいんです。」

という具合。

ここまでシッカリと自分の意図を伝えていれば、
期待外れの答えが返ってくることは滅多にないでしょう。

あとは、どこまで正確に自分の意図を伝えれば十分か、
それを判断しながら言葉にしていくことになります。


メッセージを発信する側(お客さん)が自分の意図を伝えながら発話して、
受信する側(店主)が、お客さんの意図を汲み取ろうとして受け答えすれば
お互いに誤解が少なく、言葉の量も少ないままで
円滑に目的とする会話が進んでいくでしょう。

しかし、どちらかに『意図を明確に伝え合う』という気持ちがないと
もう一方が、意図を明確にする作業を大幅に負担することになります。

伝える側、受け取る側、どちらにもできることがあるわけです。

コミュニケーションの技術という観点からしたら
両方とも重要な技術だと思います。

日本人は、ホンネとタテマエを使い分けるなんて言われますが、
ホンネを言えないのは、日本人に限ったことではありません。

誰もが、自分のホンネを上手く伝える練習をしていない気がします。

それが人間社会の伝統なのかもしれません。

2013年01月29日

痛みを味わう

少し前に、ある動画を見ました。

面白いからと勧められたんです。
「きっと男性なら誰でも反応するでしょう」ということで。

動画そのものはバカバカしくて面白かったです。
ただ、「反応するか」というと、僕には特にありませんでした。


多少、下品な話になりますが、
その動画はアメリカのバラエティ番組で
『痛みを我慢する』達人のようなパフォーマンス集団が
過激な痛みの我慢をする、というもの。

とはいっても、血が出るようなタイプではありません。
たたく、ぶつかる、落ちる、といったシーンが大半。

なので、バカバカしく見られるのでしょう。

テレビやyoutubeなどで人気になることの多い投稿動画で、
予想もつかない角度からサッカーボールが顔面に当たるとか
自転車で走っていてスゴイ勢いで転ぶとか、
そういった類のがありますが、
僕が見た動画の大部分は、そんな感じのドジな痛みを
意図的に作り出して我慢するといった内容だったんです。

高いところから木材で作った棒の上に飛び降りるとか、
走っていって何かに激突するとか、そんな感じ。


で、そのパフォーマーで主役(?、人気者?)なのが
最強の股間を持つ男として知られる人物でした。

プロレス中継の反則技として見受けられる「金的攻撃」よりも激しく
自らの股の間に打撃を加えて我慢するんです。

木の棒にまたがる形で飛び降りたり、
他のメンバーに股の下から棒で殴らせたり、
勢いよく飛んでくるテニスボールを股で受けたり。

もう、番組の出演者や観客も目を伏せたくなるようなシーンの連続でした。

血が出たり、ケガをしたりしたらアウトなんでしょうが
それを我慢して大丈夫な状態を保っているので
パフォーマンスとして成立しているんでしょう。


それは確かにバカバカしくて笑える内容でした。
ダチョウ倶楽部とか、電撃ネットワークとか、たけし軍団とか
日本のバラエティでも、「体を張った」笑いというのはありますし。

ただ、僕にとって考えさせられるところがあったのは、
その映像を見ていても、身体的な痛みを想像することがなかった、
ということなんです。

もちろん、一時期流行った「 K-1 」や「プライド」のような格闘技を見ていても
多くの人は、痛みを想像しながらは観戦していないでしょう。

そんなことをしたら楽しめません。
目を覆うばかりだろうと思います。

それでも、股間に打撃が加わるシーンというのは
もうちょっと違う意味を持つことが多いようです。

プロ野球のキャッチャーや審判の股間にボールが当たるシーンは
これまた気の毒だけど笑える状況としてテレビで取り上げられることがあります。

多分、自分でも10年前とか20年前とかだったら
テレビで流れるそういうシーンに『反応』していたと思うんです。

実際に痛いわけではないけれど、なんとく「ウワッ」と思って
体がすくむような『反応』。

でも先日、その股間に打撃が加わるシーンの連続を見ても
以前のような『反応』はありませんでした。


考えられる理由はシンプルでしょう。

そういった痛みを、もう長いこと体験していないから。

忘れているわけです。

高校生ぐらいまでであれば体育の授業や部活など
積極的に体を動かすことが多々あります。

大学生ぐらいでも、まぁ、それなりに体を動かしながら何かをする
ということがあったように記憶しています。

そういう活動の中で、アクシデントとして股間に衝撃が加わったことはあるはずです。
…多分。

でも、もうハッキリとした映像イメージでは思い出せないんです。
野球をやっていてボールが当たったことはあったように思いますが
そういった「良くある話」の記憶は、科学的には不正確だとも言われますし。

少なくとも、自分自身の経験として「どんな体感覚だったか」が
記憶の中から随分と薄れてしまっているようです。

頑張って記憶と体感覚に集中して思い出そうとすると
「あぁ、こんな感じになるんだったなぁ」というのが蘇りますから、
体験したこと自体はあるんだと思います。

それが、残念ながら、動画を見たぐらいでは思い出されなかった、と。


同じ「痛み」というものを取り上げても、肩コリであれば事情は違います。

肩コリのヒドイ人は、その肩に表れている緊張感を見ているだけで
僕まで肩に力が入って痛みがドンドン強くなっていきますから。

打撃の痛みを映像として見たときに想像するのは、
どうやら筋肉の硬直ぐあいから想像するのとは違っているのでしょう。

打撃の痛みを想像するには、同じような痛みの体験を思い出せるかどうかが
大部分の役割を担っているんじゃないかと思います。

僕には、思い出せる範囲の記憶がありませんでした。

それは、随分とそういった体を積極的に使う活動をしていない、という意味。

運悪く股間に打撃が加わるという体験は、
そのリスクを伴った活動をしていない限り
意外と起きないものなのかもしれません。

多分、僕はもう20年近く、それを経験していない気がします。
何年体験していないのかを把握できないぐらい、遠のいているんです。


もっといえば、子供のころに体験していたような身体的な痛みを
最近は全く体験していないんじゃないか、と思えます。

転んで擦り傷…なんて、最後はいつのことでしょうか。

最近の僕にとって最も良くある出血は、鼻血です。

子供の頃には、肩コリや関節の痛みなんてありませんでした。
痛みの大部分は、ぶつかる、ひねる、切れる、擦れる…とかだったはず。

何も子供のように生活をしたいわけではありません。

ただ、活動の幅が狭くなっているような気がして、
なんだか少し寂しいような気持ちになったんです。

チョットぐらいは、体を動かす量を増やしてみたい気分です。

cozyharada at 23:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!NLP | 心理学

2013年01月27日

3月10日、ゼミ形式勉強会 (2月より日程変更)

3月・ゼミ形式の勉強会のお知らせ

3月開催のゼミ形式勉強会のご案内です。

この形式では、発表者が、あるテーマに沿って内容をまとめ
それを元に参加者全員でディスカッションを進めていきます。

自由な場で学びを促進していこうという趣旨となっています。


今回のテーマは
 『スクールカウンセリングと燃え尽き症候群』。


発表者は過去3回と同じ方です。
いずれも評判が良いです。

どんな内容や構成になるのかは想像つきませんが
”スクールカウンセリング”も”燃え尽き症候群”も
多くの方が聞いたことのある単語ではないかと思います。

ただ知識をインプットするだけの勉強を超えた
考えさせられる内容になるんじゃないかと、予想をしているところです。

いずれも社会と密接な観点でしょうから。

楽しみです。


お時間が合えば、是非お気軽にご参加ください。

詳細は以下のとおりです。




【勉強会の詳細】

≪ゼミ形式≫

★日程が変更になりました!

【日時】 3月10日(日) 18:30〜21:30
       ※終了時間は前後する場合があります。

【場所】 北とぴあ808会議室
    (JR京浜東北線・王子駅 北口より徒歩2分)
    (東京メトロ南北線・王子駅5番出口直結)

【参加費】 ・・・2,000円程度(会場費+α)
       当日、会場にてお支払いください。
       参加費は後日あらためてお知らせします。

【テーマ】 『スクールカウンセリングと燃え尽き症候群』




 ※もし発表者をお知りになりたい場合には、
  申し込みフォームの「ご意見など」の欄にご記入ください。


終了しました


自由な学びの場というのは、とても心地の良いものだと感じます。

「自由」といっているのは、「好き勝手」ということではありません。
「自主的かつ自己責任」といった印象でしょうか。

カウンセリング講座においてもそうですが、
それぞれの参加者同士が様々な意図から自主的な行動をして下さいます。

トレーナーとして、場の流れをコントロールするのは簡単ですが
そういう縛りの下でなくても、物事は進んでいくようです。

皆さんが自主的に、好きに行動をして、
その場が上手く進んでいくということは、
個人的には学校教育の場で体験したものではありませんでした。

トイレに行きたいときに許可を取る人もいれば、
こっそり出ていく人も、休憩時間まで我慢する人もいます。

どれが正しいということはないと思うんです。

例えば、僕の場合、
大学の授業のような大人数の場であれば
黙って静かに部屋を出て、トイレに向かいます。

少人数のインタラクティブな形式で勉強をしているときだったら
会釈をするとか、何か一言伝えるとかしてから部屋を出ると思います。

もし、何かの面接のような場面であれば
ギリギリまで我慢するはずです。

どれも、僕の選択です。
それが正しいとか、そう教わったから…とかではありません。

その場にいる人たちへの想いと、
自分の気持ちとの間でのバランスから、選択が生まれます。

どれを優先するか、という話です。

自分の気持ちを優先してトイレに行くときもあれば
相手への礼儀を優先して我慢するときもある。
休憩時間が間近だと予測できていれば、
周囲との兼ね合いを優先して我慢するかもしれません。

お腹がすいたときに、何かを食べるか。
喉が渇いたときに、どうするか。

疲れていて眠いとか、色々あると思います。

そういうのも含めて自由で良いんじゃないか、と。

少なくとも、こちらで開催している勉強会や講座では
なるべく自由に過ごして頂きたいと考えています。


自分が受講生として勉強していたときにも
様々な形式の場を体験しました。

中でも、本当に「自由な場」だと思えるときは
そこで過ごしていることが楽しかったものです。

ビジネスに直結しそうな部分に詳しく質問する人もいましたし、
限られた時間の中で、幅広く知識をインプットしたい人もいました。
帰りの飛行機の時間を気にしている人もいました。

僕にとっては全体の内容が面白くないと感じたときは、
その場の議論の方向性を変えるように、違う視点からの質問をして
全員の考える内容に影響を与えるように意図したこともあります。

場合によっては、その場の他の人がついてこれないと判断しても
自分の知りたい気持ちを優先して質問をしたこともあります。

興味のあった部分の手前で議論が白熱していたときには
「こっちの内容についても説明して下さい」と発言したこともあります。

帰りの時間が決まっている人のことが気になって
直接その人にコソコソと話しかけるフリをしながらも
少し周りに聞こえるぐらいの声で
「○○さん、お時間は大丈夫ですか?」
なんて話しかけたりもしていました。

僕は個人的に、昼休みや休憩時間のことは気にしていませんでしたが
そういうのを優先して、「先生、そろそろ休憩にしませんか?」
と気軽に発言する人もいましたし、
堂々と横になって寝ている人もいたものです。

どういった振る舞い方でも、本人の意図が明確であれば
その場を進めていくための潤滑剤になるようです。

相手の意図を優先することを選ぶか、
自分の意図を優先することを選ぶか。
それも含めて、好きなようにして頂ければ良いと思うんです。


トレーナー側だからかもしれませんが、
色々な方の、色々な意図が見えるのは
なんだか素晴らしいものだと感じます。

その場を目一杯楽しむ方も、
誠実に目の前の取り組みを体験する方も、
全体の進み方を配慮して下さる方も、
場の調和を大切にして下さる方も、
他の人の意図を暖かく見守って下さる方も、
様々な交流が見て取れます。

それがあるから、自由に過ごしてもらいたいと思うのかもしれません。

カウンセリングの観点からすると、
そうした一人ひとりの振る舞い方と状況との相互作用こそが
カウンセリングの場で起きる人間関係と共通するものですし、
人を理解する上でも重要な着眼点になると言えるでしょう。

どんな過ごし方も大歓迎です。

それぞれの振る舞いが、他の方にとっての教材にもなる気がします。


まぁ、その反面、僕が手を抜いているように見えるかもしれませんし、
僕が配慮すべき範囲の判断を間違うと、
皆さんに迷惑をかけることになるので、こちらも注意が必要なんですが。

できる限り、自由に、かつ円滑な時間を楽しんでもらえたらと思っています。

2013年01月25日

身体意識の使い方

面白い本を紹介してもらいました。

図解トレーニング 身体意識を鍛える
図解トレーニング 身体意識を鍛える


身体意識の使い方について解説されている本。

用語はオリジナルのようですが、書いてある内容は
どれも納得のものばかり。

姿勢の使い方と意識状態の関係を示してあるような内容です。

とりわけ、その意識の使い方のパターンについて
得意な人物を、歴史上の偉人から取り上げて紹介しているところが見事。

写真や肖像画でありながら、その絵に描かれた姿勢は
まさにその身体意識とリンクしているようであって
その人物の性格を伺わせるものでもあります。

僕は多分、『裏転子』というのが弱い感じ。

かなり興味津津です。


ちなみに著者は『ゆる体操』で有名な人。

会社にいるときに隣の席の先輩が『ゆる体操』を教えてくれて
そのときにコンセプトだけは知っていましたが、
この身体意識シリーズのほうは知りませんでした。

というよりも、本を読んで納得できる可能性があったのは
ここ数年のことだとは思いますが。

体の使い方も、もっと練習したいものです。

2013年01月23日

専門性の壁

大学の時、僕の専攻は応用化学でした。

なので、基礎化学一般から、
工業化学、化学工学など実社会への応用を想定したものまで
化学に関することは幅広く授業で習ったものです。

化学と一言でいっても、非常に範囲が広いわけです。

当然、同じ化学のジャンルの中でも好みや得意・不得意が分かれます。
僕は計算を沢山使うようなところは得意でなかったので
物理化学や化学工学などは専門にするつもりがありませんでした。

有機化学や生化学なんかのほうが好きだったんです。

ある程度は、まだ苦手だった化学の分野の知識も覚えていますが
やっぱり、その記憶の程度は低いですし、理解が不十分なところもあると思います。

一方、有機化学は好きだったので今でも覚えているところがあります。
とはいえ、研究室で専門に扱った生化学と比べると記憶の量は少ない。

何より、勉強した量が違いますから、覚えている比率だけでなく
そもそもの専門性として知識量が違うんです。

なので、僕の専門は生化学だったと言えますし(正確には「応用生物科学」)、
分子生物学あたりも詳しく勉強した範囲です。

研究職として扱ったのは生化学の中でも「代謝」に関わるところですから
専門性は更に狭くなって、「微生物による発酵生産」が
多分、今でも一番詳しい分野だと言えるでしょう。

応用化学の専攻だったといっても、詳しいところには偏りがあって
化学の範囲でも毛色の全然違うところがあるわけです。

おそらく、かなりの化学を専門とする人たちが
同じ化学の中でも詳しくない(苦手な)部分を持っているはずです。


そして、今、心理学を色々と勉強してみると
心理学の中でも同様に細かく分野が分かれていることが見えてきます。

教科書を読んでいると、それぞれの分野で”独自”の路線が強調されます。

その分野特有の用語があって、その中に、さらに細かい専門家がいる。
なので、心理学でも同様に、専門以外の分野に関しては
あまり詳しくないということが自然に起きているようです。

講師に質問しても、「それは私の専門じゃないから」と答えてもらえないことが大半。

ただ、僕の目から見ると、心理学の専門性の違いによる
それぞれの内容の開きは、化学と比べると小さいように感じられます。

そのことを何より強く感じるのが、
 同じ”心のメカニズム”に対して、
 分野によって違う呼び名がついていて、
 違う理論で説明されている
というところ。

僕には、その裏にある統一的なメカニズムが思い浮かびますが、
そういう全ての理論をまとめ上げるような発想が少ないのかもしれません。

物理の人なんかは、「 Theory of everything (万物の理論)」などと
全てを説明可能な理論を作ろうと頑張るようなので、
そこには随分と態度の違いがあるように感じられます。

「もっと近接分野の知識を持っていれば、
 そんな無理な理由づけは思いつかないでしょう…」
といった印象を受けてしまうものも教科書で目にしますし。

精神病理学の教科書に、分子生物学的に明らかに間違っている説明が
堂々と記載されていたのも、専門性の偏りを意識させられました。


確かに、専門の範囲を出たところまで知識を広げるのは大変だと思います。

それでも、もうちょっと知識を広げる努力を追加するだけで
お互いの分野の知見が利用できるようになるとも思えるんです。

心理学は、それがやりやすい学問じゃないかと僕には思えるんですが…。

中にいる人には感じられないことなんでしょうか。

cozyharada at 23:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!心理学 | NLP

2013年01月20日

【セミナー】カウンセリング講座(2月)

ご案内: 『ホンネを引き出すカウンセリング』講座


2月10日(日)のカウンセリング講座・第三回のお知らせです。

本講座のコンセプトに関しては、こちらをご覧ください>>
(概要説明の回にも、補足説明をしてあります。補足説明はこちら>>


第三回のテーマは『明確化と力づけ』です。

もちろん、土台としての『ペーシング』
それから
会話のコントロールとしての『焦点化』
も一緒にトレーニングします。

焦点化のポイントになるのは、話の方向性を絞り込むこと。
クライアント自身が進みたい方向に、会話が沿っているかを
常にチェックすることになります。

原則的には、クライアントに聞けば良いわけです。
どのことについて話したいか?
今の話の進み方で大丈夫か?
話しているうちに、本当に話したい内容が変わってきていないか?
結局、一番困っていて、変えたい部分は何なのか?

そういうことを質問するわけです。

このスタンスはクライアントの自己決定と責任を前提としています。
本人が自分の問題について考えて、吟味して、自分で方向性を決める。

そのためのサポートとして、ペーシング目的のフィードバックと
焦点化の質問が使われます。

非言語の反応を元に、「これが重要そうですね」ということを指摘するのが
フィードバックを利用したペーシングです。
感情的な動きを元に、それを伝えておきます。

もう一方で、話の進み方に無駄が無いかどうかをチェックして
「こういう話で大丈夫ですか?」と確認を挟みながら、
「結局、何を変える手助けをしたら良いですか?」と
最終的なニーズに絞り込む作業を、質問で進めていく。
こっちが焦点化。

以上の2方向だけでも十分に「ニーズ把握」は可能です。
多くの場合は大丈夫です。

しかし、「常に」ではない。


なぜかというと、クライアントによっては
「解決したい部分(ニーズ)を、自分で見つけ出す」
という作業が困難なことがあるからです。

フィードバックをもらいながら、話の流れを無駄なくコントロールしてもらう。
…これは、無駄なく集中して、自分のゴールへの最適ルートを
自分の気持ちと向き合いながら探していくような作業だといえます。

それには、まず、「自分と向き合う力」が必要です。

内省することに慣れている。
自分の気持ちを判断することに慣れている。
自分の置かれている状況を整理することに慣れている。
どうしたら問題が解決できそうかを判断することに慣れている。

そういう力をクライアントが持っているかどうか、です。

クライアント本人が、問題について客観的に整理して、
「どうなりたいか」という方向性を決めることができて、
そのために解決すべき(変えるべき)ポイントを探し出せれば、
カウンセラーに『ペーシング』と『焦点化』の絞り込みをしてもらうだけで
クライアント自身の口からニーズを言語化することができる、ということです。

そして、もう1つ。
「痛み」の程度が関係します。

心の傷、痛み、落ち込み、元気、エネルギー、パワー…
呼び方は何でも構いませんが、クライアントの状態は一定ではありません。

ストレスがかかり、苦しい状態が続いてくると
どんな人でも元気を失います。
衝撃的な出来事があれば、心に傷が残ります。
ずっと抑えていた心の奥底の痛み、なんていうのもあるかもしれません。

そうした心のエネルギーが低い状態にあると、
「自分と向き合う」という作業自体が苦しくなるんです。

辛い、考えることさえ嫌だ、何も思い浮かばない、まとまらない…。
ただ「苦しい」から「何とかしたい」。
でも、「何もできない」。
そんな状態になることがあるものです。

クライアントが、そうたい状態になっていたとすると、
本人が問題を整理したり、どうなりたいかと内省したり、
何を変えたいかと考えたりするプロセス自体が、苦痛になります。

ペーシングと焦点化だけでは、「うーん…」となってしまう。
そのカウンセラー側の関わり方がプレッシャーになる場合さえあるでしょう。


そういうときに必要になるのが
 『力づけ』

 『明確化』
です。

『力づけ』の作業の中心は『ねぎらい』になります。
しかし、それだけではありません。

これはカウンセリング講座ですので、
『ねぎらい』以外の力づけの方法もトレーニングします。

力づけによって痛みのケアをする。
すると、クライアント本人が、自分と向き合う力を取り戻せるわけです。

この作業が適切にできれば、クライアント自身に
ニーズを言語化してもらう準備ができます。
シンプルな『ペーシング』と『焦点化』の作業だけで大丈夫になるでしょう。

言い換えると、ニーズを把握する作業が難しくなるとしたら
それは『力づけ』が不足していて、まだクライアント自身で
ニーズを言語化できる状態に無い可能性が高い、ということになります。

実際にカウンセリングに訪れるクライアントは
痛みを持っていたり、元気を失っていたりすることが多いものじゃないでしょうか。

ですから、結果を大きく左右するのが、この『力づけ』になるはずです。

また、力づけが重要なのは、
「質問そのものがクライアントに負荷を与える行為だ」
ということにも関係します。

質問攻めにされると、答えるほうが苦しいわけです。
その筋道が正論であれば、逃げ場のない質問はプレッシャーになり得ます。

だからこそ、質問による負担とバランスを取るように
『力づけ』の言葉がけを適宜はさんでいくのが大切なんです。

問題について話していくうちに辛い気持が蘇ってくることもあるものです。
そういうときも、力づけが求められる場面でしょう。

また、クライアントが自分で問題を整理しきれないほど複雑であったり、
何を変えたらいいかを決めかねているときには、
カウンセラー側が問題を整理する手助けをすると役に立つことがあります。

そこで『明確化』の技術が必要になります。

クライアント自身で問題を整理して、ニーズを言語化できれば
カウンセラーが詳しく問題を聴く必要はありません。

ですが、クライアントが自分で問題を整理できないような状況であれば
そのプロセスを手伝うこと自体がカウンセラーの役割になります。

そういうときの『明確化』です。

何でも明確に詳しく話を聴いて、クライアントの全てを把握することが
カウンセリングであるかのうようなイメージがあるかもしれません。

しかし、それは場合によります。
そういう関わり方が必要なクライアントかどうかが重要です。

詳しく話を聴くのが大切なクライアントも、
具体的な話を聴かなくても大丈夫なクライアントもいるんです。

力づけが必要な度合いも、クライアントによって違います。

今回のテーマでは、
『力づけ』と『明確化』をどういうときに使うか
が鍵になってくると言えるでしょう。

・『力づけ』と『明確化』、2つの技術そのものの練習
・クライアントに合わせた技術の使い分け

…この両方がトレーニングの柱になる予定です。

あとは、これを実践の流れに組み込んでいく。
その先は練習あるのみ、といったところでしょうか。

ここまでくれば、ニーズ把握は得意分野になっているはずです。



技術が最短で向上するようにトレーニング法を工夫する
というのが、この講座のウリだと考えています。

ワークのやり方を説明して、ただやってもらうだけ…ではありません。
効果の高い実習になるように工夫して進めます。
しっかりと課題意識をもって取り組んでいきましょう。



◆今回の講座で得られるもの

●非言語メッセージに対する観察力

●感情に対する言葉がけのバリエーション

●クライアントの取り組みを強化する言葉がけの技術

●状況把握と内容整理のための質問力

●内容整理の”型”

●クライアントに合わせたカウンセリング・スタイルの選び方



◆お持ちいただくと役立つもの

●ICレコーダー

必須ではありませんが、ICレコーダーのような録音機材をご持参いただくと
振り返りの作業が効果的になります。

ご自身の実習の模様を録音して、振り返るのが目的です。

ビデオをお持ちいただいても構いません。

現時点では、全体の中で収録した内容を使うことを目的としていませんが、
自分自身が何を言ったか、どのような展開だったかを思い出すためにも
利用価値の高いツールだと言えます。

もちろん、復習としても役立ちます。

★ご希望の方には、録音したファイルの内容に対して
 こちらからもフィードバックいたします。

 いくつか気づいた点を記録して、送付する程度ですから
 それほど詳細なものは期待しないで下さい。
 
 方法などは当日にご相談下さい。




日中の講座では個別の技術を磨くためのトレーニングと
それを実践に組み込むための練習を行います。

夜間では、一部トレーニングの復習と
実践練習を行います。

続けてご参加いただくと、きっと疲れますが、個人的な経験からすると
疲れて無駄な気負いが抜けてきた頃に得られるものもあるようです。

第一回、第二回へお越しでない方にもご参加頂けます。
取り組む際のポイントはこちらでお伝えします。

お時間が合いましたら是非、お越し下さい。

トレーニングすると、結果の違いが感じられるはずです。

ただ、その多くは「何かをしない優しさ」に捉えられるかもしれません。
クライアントには、その配慮に気づいてもらえないことも多いでしょう。

それでも、「なんとなく楽になっている」という結果は感じてもらえると思います。

「本当に大事なことは、クライアントが楽になることだ」
…そんな考えに賛同して下さる方には、是非
トレーニングして頂きたいと思っています。



講座の詳細は以下の通りです。



【セミナーの詳細】

≪『ホンネを引き出すカウンセリング』講座≫【第3回+実践練習 

【日時】  2月10日(日)
     《日中:第3回》   10:00〜17:00
 
     《夜間:実践練習》 18:30〜21:30 

       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。
       ★申し込みフォームに、ご希望の時間帯(日中/夜間)をご記入ください。


【場所】 滝野川会館 302集会室
    (JR京浜東北線・上中里駅より徒歩7分)
    (JR山手線・駒込駅より徒歩10分)
    (東京メトロ南北線・西ヶ原駅より徒歩7分)

【参加費】 
      《日中:第3回》 ・・・15,000円 (フィードバック料を含む)
      《夜間:実践練習》 ・・・5,000円

       ★日中の講座にご参加の方は、無料で夜間の実践練習へご参加頂けます

       当日、会場にてお支払いください。


    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。




終了しました

カウンセリングに限らず、日常のコミュニケーションにおいても
相手に対して「優しく」いようとする場面があるかと思います。

コミュニケーションは相互作用ですから、相手によっては
自分のした振る舞いや発言の奥にある「優しい気持ち」に
気づいてもらえるかもしれません。

一方で、自分としては「優しさ」を込めて、良かれと思ってやったことが
相手には全く理解してもらえず、ややこしい結果になったこともあるでしょう。

そのような誤解の少ない「優しさ」の伝え方として
『言葉がけ』を工夫する意義を捉えていただいても良いんじゃないでしょうか。

相手の気持ちをどこまで汲み取り、どの部分に対して
気の利いた言葉をかけるか、という話です。

それは技術なんです。

裏目に出てしまった優しさでも、その奥にある優しさそのものは
必ずどこかで伝わっていると信じたい気持ちはあります。

 いつか必ず気づいてくれる。
 今は分かってくれなくても…。

そういう想いで人と関われるのは素晴らしいことかもしれません。

しかし、コミュニケーションをプロとして行う場合には
時間が重要な要素になっているものです。

「生きている間に、いつか気づいてくれれば…」という優しさの伝え方だけでは
関わることのできる時間の範囲内で、役に立つコミュニケーションになれるかが
定かではなくなってしまいます。

相手に届かないメッセージもあれば、届くメッセージもある。
そのことを知った上で、届くように工夫をするのは
クライアントとの限られた時間の中で可能な努力のうちの1つじゃないかと思うんです。

「どういう言葉であれば、あの人に届くだろうか?」と予想を立て
そうした言葉がけを紡ぎだしていくのも、技術だということです。

いわば「優しさの技術」とも呼べるようなものをトレーニングする度合いが
この第三回の講座には含まれています。

もちろん、それらがカウンセリングの流れの中に当てはまるように
実践練習もしていくことになるわけですが。


世の中には様々な聞き方の技術があります。
ここで紹介しているのは、そのうちの1つに過ぎません。

しかし個人的には、とりわけ有意義なスタイルだと感じていますし
相手のために工夫する度合いが最も大きい部類じゃないかとも考えられます。

このやり方を好んでいる理由は、何よりも
 相手のために自分ができる最大限の努力をし続けている
という関わり方のスタンスにあるような気がします。

そういう優しさのスタンスに興味のある方は、是非お越しください。

緻密に技術を磨くための取り組みを予定していますので。

2013年01月18日

飛躍的に進むとき

以前に読んだSF小説に登場していた考え方で
僕が面白いと感じたのは「超進化」というプロセスです。

この小説の中では今よりも未来のことが舞台となっていて
そこではタイムマシンが開発されています。

映画やマンガなどで良く見かけるタイムマシンに関する設定の1つは
「過去に戻って出来事を変えても、元あった未来は変わらず
 新しい未来がもう1つ別に作られる」
というパラレルワールドのような話かと思います。

もう1つが
「過去を変えると、その瞬間に未来が変わる」
というもの。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は、こっちでしょうか。

で、僕が読んだ小説も後者の設定になっていて
「過去を変えると、その延長として未来が変わる」
という前提で話が進められています。

ただし、タイムマシンというのは乗り物ではなくて
電話やFAXのような転送装置という設定になっています。

ですから、送信機と受信機があって、タイムマシンが成立する。
時間を移動できる範囲は受信機があるところまでになるわけです。

なので、戦国時代はもちろん、2012年にさえ
さかのぼることはできない、という話なんです。

タイムマシンが発明されたその瞬間から、
その時間、その場所に対して
未来から何かが送信されてくる可能性が生まれる、と。

もちろん、タイムマシンが作られた後は
ずっと受信機が存在することになりますから
未来とのやり取りは可能だということになります。

まさに時間を超えてFAXを送るようなイメージでしょう。


しかし、タイムマシンが発明されてすぐの時点では
受信機の性能が未熟なので、やりとりできる情報に限度がある。
本当に些細な「情報」しか送れないだろう、というのが
小説の中で仮説として提案されていることなんです。

まさにインターネットが「インターネット」と呼ばれる前の時期、
パソコン同士を通信するシステムがやっと出来上がった頃に
少ない文字情報だけしか交換できなかったようなものでしょう。

そこからネットの技術が発達してきて
今では動画の配信なんかもリアルタイムでできるようになっている。

FAXでいえば、送信されてきた画像情報を受信機で蓄積して
それを画像データに変換してから印刷することで、
高画質のカラー印刷を普通紙でできるようになっています。

もし、三次元プリンターのようなものが身近になれば
立体の形を送り届けることだって可能なはずです。

同様に、タイムマシンが開発されてからは、
タイムマシンの受信機としての性能向上に技術が注がれるようになる。
そして、ある程度のデータを受け取れるようになるときが来る。

そこが転換点になる、というんです。

そのタイミングを狙って、未来からデータが送り込まれます。
当時の科学技術で理解できて、かつ、技術を大きく進歩させるような
そういう重要な未来の情報が送られてくる。

そうすると、物凄く短時間で科学技術が進歩することになります。
そして、その技術はタイムマシンの受信機の性能向上にも寄与する。

未来から送ってもらえるものの範囲が広がるわけです。

さらに、過去の科学技術が飛躍的に進歩することで、未来も変わる。
未来の科学技術は、また一層進歩することになるだろう、と。

未来の技術が過去に送られて、それを元にその時代の技術が大きく発展、
その結果として未来が変わって未来の技術も進歩する。
それがまた過去に送られてきて、また未来が変わって…。

映画で良く見るような物質の時間移動が可能になった頃には、
もう未来の技術の結晶ともいえる製品をバンバン送りこめてしまうわけです。

そうなれば、その時代の技術の進歩は一層スピードを上げる。

…このような
 「未来と過去の間での技術のやり取りを通して
  人類が短時間のうちに、飛躍的に知力と科学技術を向上させるプロセス」
を、その小説では
 『超進化』
と呼んでいるんです。
 
ちなみに小説では、その超進化を迎える直前の時期に
異星人から侵略を受けることになるわけですが…。


これは小説の話ですし、夢のような話だと思います。
実際にタイムマシンが作れたとしても、そういう展開になるかは想像もつきません。

しかし、コンセプトとしての『超進化』のようなものは、
一人の人間を見たとき、その成長の過程にも存在するような気がします。

何かの学びが気づきを促進し、次の学びを効果的にする。
コツを掴み、ポイントが分かることで、取り組み方そのものが変わって
より多くの学びを得られる学び方で体験するようになる、といった感じのものです。

「失敗から学ぶ」というのは大切な考えですし、
それを心がけるのは意味のあることだと思います。

が、失敗の仕方を学んでいないこともあるような印象を受けます。
同じ失敗の仕方を繰り返している。

もっと多くの学びを得られる失敗の仕方があることに気づいていないまま。

同様に、新しく何かを知ったり、気づいたり、身につけたりすることで
今まで思いもよらなかったものが見えてくることがあります。

そういう、短期間で飛躍的に伸びる時期というのがあるんじゃないか、と。

それはSF小説の超進化のように、「タイムマシンが開発された後」
という一瞬の、一回だけのことではない気がします。


別に、成長や学びや変化が必要だというつもりはありません。
色々な楽しみ方があって良いと思いますから。

ですが、もし「もっとこうなりたい」、「なんとかこれを打破したい」
などといった意欲があるのであれば、
そういう転換点になりそうな学びを探してみるのも良いかもしれません。

cozyharada at 23:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!NLP | 心理学

2013年01月16日

ファミレス

先日、めずらしくファミレスに行きました。

食事がてら、チョットだけ仕事をする目的。
テーブルの上に本やら雑誌やらを広げたかったんです。

で、ちょうど食事をしているあたりの時間に
隣の席に、少し変わった雰囲気の男女がやってきました。

一人は50歳ぐらいの女性。
一人は20代前半の男性。
親子ではありません。

営業マンとクライアントという感じが一番適切でしょう。
といっても、住宅営業の人にありがちな「できる男」っぽい見せ方はなく、
むしろ頼りなげな気配を出していました。

面白いのが座り方。

4人がけのテーブルに、二人が横並びで座ります。
しかも、ソファー側を空けて、椅子の側に二人並んで。

おそらく「上座を空けている」という感じなんでしょう。
誰かを待っているんだろうと思えました。

すると、しばらくして30代後半ぐらいの男性がやってきました。
ビジネスマンらしき風貌ですが、歩き方や威圧的な声のトーンは
かなり横柄な印象を与えます。

たまにああいうコンサルタントもいそうな気がしますが
まぁ、平均的な社会人の範囲からは外れているぐらい特徴的だったんです。

そして、その男性が店に入ってくるのを見た瞬間に
先に来て座っていた女性と男性はガバッと立ち上がりました。
体育会系のノリを思い出します。

遅れてやってきた男性は、せっかちに女性の前の位置のソファーに座ると
その女性に対して、何やら一方的に話を始めました。


もちろん、ここで内容を書くつもりはありませんし、
どういう関係性を作ろうとしていたかに触れるつもりもありません。

ですが、僕の印象は
 「女性をダマそうとしている」
というものでした(あくまで想像です)。

むしろ、すでに女性は騙されていて、それに気づいていない状態。

といっても、僕には無視することしかできません。

もし、銀行のATMの前で、お年寄りが「オレオレ詐欺」の電話を受けているようなら
場合によっては声をかけることもあるかもしれませんが、
この状況で見ていたのは事情が違います。

「オレオレ詐欺」は、瞬間的な隙をついた「ひっかける」行為です。
ですから、注意を喚起して、念のためチェックをするという冷静さを取り戻すだけで
「ひっかけられる」前に気づくことができる可能性があります。

一方、僕が目撃していたのは、
もう「取り入れられてしまった」後の状態の女性でした。

例えば、よく映画であるような
「実は結婚相手が某国のスパイでした」
といった場合、それを誰かに指摘されても
 「まさか!そんなはずはない。失礼な!あの人を侮辱しないで下さい!」
などという返答になることでしょう。

すでに関係性として出来上がっていると
何かに疑いを挟むことや、注意してみることさえ難しくなるわけです。

当然のことですが、僕の見立てが間違っていた可能性もあります。
でも、あんなに異様な光景は、生で初めて見ました。


僕は正義感とか倫理観が強くないほうだと思いますが
それでも、なんだか”いたたまれない”気分でした。

もしかすると、騙している側の男性二人も
別の誰かに騙されているのかもしれませんし、
あるいは、
遅れてきた男性が企んでいるとしたら
その人も自分を騙しているのかもしれません。

罪悪感が表れていなかったんです。

その一方で、振る舞いや会話の内容に関しては
意図的に作り上げられた不自然さが出ている。
操作しようとする感じの強さが見て取れました。

ですから、可能性としては、 
 別に騙しているわけではない
ということもあり得ます。

ただ、
 気持ち悪いぐらいに操作的で
にもかかわらず
 一切の罪悪感が表れず、自己陶酔しているようでもある
ということだけ。

それが僕にとって、強い拒否反応を引き起こしたわけです。

その一方で、その技術の稚拙さに腹が立ちました。

半分はプロ意識の低さに対して。
もう半分は、いつかその女性が気づいてしまう可能性があることに対して。

一生気づかなければ問題じゃないかもしれません。
死ぬまで騙されていれば本人は傷つきませんから。
(周りの人のことは置いておいて)

物事の善悪の話ではなく、
あくまで僕の価値観として、
「人を傷つける恐れのあることは嫌!」
というのが関係しているのでしょう。

極端な言い方をすれば、世の中には、騙されていることに気づかないで
皆が幸せに楽しんでいられるものも沢山ありそうですから。

もしかすると僕は、テレビのバラエティ番組で
「何が面白いか」について印象をコントロールされていて
テレビ側の思い通りに操られているのかもしれません。

でも僕は、テレビを見て笑っていられる。
それを楽しめているわけです。

「これが面白いんだよ」と騙されているかもしれないけれど、
それに気づかずにいられるので楽しいんです。

もし、そのやり方が中途半端で、
「あぁ、騙されていた!」と分かってしまったら
すごく残念な気持ちになるんじゃないか、と。


そんなことを色々と考えさせられる異様な光景でした。

2013年01月14日

本音のコミュニケーション

世の中には、コミュニケーション・スキルと称されるものが様々ありますが、
どうしても一面的になりやすい印象を受けます。

本質的には、
『本音を理解して、本音を伝える』
ということに集約されるでしょう。

お互いの本音を話し合って、
結果として折り合いがつくかどうかはコントロールできませんから。
できるのは、本音を伝え合うところまで。


ところが、ここまでシンプルにしてしまうと方法論として説明しにくい上に
名前のついた技術として紹介しにくくなります。
本質的過ぎるものは、当たり前に感じられてしまって、ウケが悪いんでしょう。

にもかかわらず、徹底的に『本音を伝え合う』ことを教育していたのが
家族療法家のヴァージニア・サティアです。

彼女は家族療法という心理療法の体裁を取っていましたが
セラピーの大部分は教育的だったような印象を受けます。

”おせっかい”とも言えますが、まぁ、信念に基づいてやっていたのだと思います。
何より、僕もその発想には同意しますし、
「最終的には、それしかないよなぁ」と感じます。

一人ひとりが自分の本音を伝えられるように練習する。
これを全ての人が身につければ、世の中の人間関係は激変する気がします。

全ての人が、自分の本音を伝えられれば、
聞き方の技術なんて不要になりますし、『本音を理解する』技術も要りません。

まぁ、現実的には一筋縄ではいかないと想像できますから、一部の人が
相手に分かりやすく本音を伝える練習をして、
相手の分かりにくいメッセージから本音を読みとる練習をすることになるわけです。


ここで注意する必要があるのは、
 『本音を伝え合う』というのは
 「本音で語り合う」とか「本音でぶつかりあう」などとは違う、
ということです。

本当に本音を伝えることができれば、その本音は互いにぶつかりません。
それは全てを”さらけ出す”ということでもありません。
しっかりとビジネスライクな関係を保ったままでも本音は伝えられます。

多くの場合、「本音で語り合う」とか「本音でぶつかり合う」などといったときには
「自分の考えや想いを遠慮なく言語化する」という意味だろうと思われます。

とにかく好き勝手に、全てをぶちまける。
不快な感情が沸いてきたら、当然それも表現する。
溜めこまない。
思っていることは全部言う。
分かってもらえるかどうかとは無関係に全部を伝える。
隠し事はしない。

…そんな感じでしょうか。

ここにあるのは
 気づかいや遠慮から生まれる誤解をなくし
 できるだけ多くの情報を共有する
といった発想かもしれません。

しかし、こうした「本音でぶつかり合う」コミュニケーションには
 「どのように伝えるか」
という工夫が欠けていることが多いようです。

何よりも、
 『自分の本音が何なのか?』
を理解せずに話していることが多い。

これが、ほとんどのミスコミュニケーションの原因と言っても良いんじゃないでしょうか。

自分の本当の気持ちに気づいていない。
その気持ちを正確に、丁寧に伝える練習をしてきていない。
だから間接的な表現になってしまう。

その”ねじ曲がった”発言内容が、言葉通りの意味に受け取られてしまったら
「分かってもらえない」という気分になります。

だからこそ、コミュニケーションの技術としてトレーニングすることの大部分が
受け取る側の技術になっているんです。

相手が本当の気持ちを正確に言葉にしてくれていないから、
その本音を理解するために、様々な技術を駆使する必要が出てくるわけです。

例えば、上司が
「どうしてお前は、いつも遅刻ばかりするんだ!?」
と言ったとしたら、
その本音は、理由を知りたいわけでも、不満をぶつけたいわけでもありません。

ところが、この言葉をそのまま受け取れば
「別に、いつも遅刻しているわけじゃない。昨日は時間通りだったじゃないか」
「こっちだって遅刻したくて遅刻しているんじゃない。悪いと思っているのに」
といった気持ちが生まれることでしょう。

おそらく、上司の本当に伝えたい気持ち(=本音)は…。

「君は他の人よりも遅刻の回数が多いので、それを無くしてもらいたい。
 君がいつも申し訳ない気持ちで出社してきているのは見ていれば想像がつくし、
 仕事の負担が多くて疲れているんじゃないかとも思っている。
 その一方で、何度も遅刻をされると私も戸惑ってしまう。
 もちろん、ルールだからと頭ごなしに押し付けるつもりもなければ、
 遅刻が大きな問題だと言うつもりもない。
 ただ、グループ全体の規律を保つのも、組織の運営に大切な要素なんだ。
 だから頑張って遅刻をやめるように努力してもらいたいと思っている。
 もし、今までのやり方で上手くいかなくて困っているようであれば、
 力になれることがあるかもしれないから、少し話してみてくれないか?」

…といった感じじゃないでしょうか。

他よりも遅刻の回数が多い、という結果。
「遅刻=ダメ」ではない、という考え方。
組織運営として規律は維持したい、という意図。
遅刻を反省しているのは見て取れる、という理解。
何度も遅刻されるのは困る、という個人的な心情。
遅刻をなくしてもらいたい、という依頼。
もし難しければ解決に協力する、という意志。

これらのことが奥底にあって、その全てがゴチャゴチャになったまま、
1つ1つのメッセージとして自覚できていないのが一般的なんだと思われます。

ゴチャゴチャなまま、戸惑いの生理状態に従って
単なる”状況に対する反応”として言葉を出してしまうと
「どうしてお前は、いつも遅刻ばかりするんだ!?」になる。

これは気持ちを吟味した上での言葉じゃないんです。
自分が学習してきた反応パターンに過ぎません。
誰かから怒られるときのパターンだったのか、誰かのを見て学んだのか。
いずれにせよ、自分で工夫して作ったものではありません。

多くの人は、コミュニケーションの大部分を
学習した反応パターンに従って無自覚なままで行っているものです。

その奥にある自分の本当の気持ちを吟味しないんです。
むしろ、本当の気持ちを自覚しようという発想が
世の中一般では浸透していない、といったほうが良いかもしれません。

しっかりと自分の中にある本当の気持ちと意図を理解して、
メッセージとして整理して全てを伝えられれば、
相手に伝わる意味合いが変わってくるのは当然のことでしょう。

それが『本音を伝える』という言い回しで表現したかったことです。


自分が『本音を伝える』練習をするだけでも
相手に与える影響は変わってきます。

それでも相手はまだ、本音を”ねじ曲げた”メッセージで返答することがある。

だから、相手の『本音を理解する』技術も必要になる。


世の中には、自分の気持ちを伝える必要のないコミュニケーションもあります。
プロとして相手のニーズを引き出して、適切なサービス提供をするだけであれば
自分の気持ちを伝える必要性はあまり高くないはずです。

なので、カウンセリングなど、受け取る技術を向上させれば
プロとしてのコミュニケーションでは望ましい結果を得やすくなるわけです。

カウンセリングに限らず、多くのコミュニケーション技法は
『相手が主体の関係性』を前提にしています。

そのため、『自分の本音を自覚して、適切に伝える』方法に関しては
ほとんど注目されていないようです。

そういうコミュニケーション技法だけでは、
個人的な気持ちが関わり合う関係性に対処するのが難しい可能性もある。

受け取る側の技術、相手を主体とする関わり方の技術では
『自分の本音を上手く伝える』方法が重視されないために、
パーソナルな関係になるほど難しくなりやすい、と。

実際、有名な心理療法家だって、家庭の問題を抱えていたりしたそうですし。

自分が発信するメッセージに対して注意を払ってみるのも
コミュニケーションを考える上では重要だという話です。

2013年01月12日

【セミナー】カウンセリング講座(1月・実践編)

ご案内: 『ホンネを引き出すカウンセリング』講座

 【1月の追加日程】 実践練習:1月27日(日・夜間)



1月13日(日)、カウンセリング講座・第二回:『”焦点化”編』の開催に続けて
同じテーマの実践練習のご案内です。

もちろん、13日にお越しで方にも、ご参加いただけます。


メインの内容は『焦点化』の効果的な進め方に集約しますが
合わせて、第一回で扱った『ペーシング』もキッチリと復習します。

ペーシングは、相手に合わせる行為だと言えます。
一方、焦点化は、相手をリードする行為です。

ペーシングだけでも、相手の話の流れに沿って本題に近づけます。
話しているうちに自然とクライアント自身が本題に近づけるようにサポートする。
そっちがペーシング。

焦点化は、本題に関係のない部分を最低限にとどめながら
最短距離で会話を本題へと絞り込んでいくためのもの。

そんな理解をして頂くと良いかもしれません。


山登りに喩えてみるとイメージしやすい気がします。

クライアントが好きな道を選び、好きなように景色を眺め、
好きなように時間を過ごしながら、山道を登っていく。

そのときにガイドとして
「そっちの行き先を見ているときが、充実しているようですね」
「その景色を眺めている時間は大事そうに見えますね」
というように
クライアントの傍にいるのが『ペーシング』のスタンスと言えるでしょう。

積極的に道を示すこともなければ、どっちが目的地かも気にしない。
行きたい方向に一緒に進んでいって、お伴をする感じです。

クライアント自身が自分の気持ちに従って行き先を決めやすいように
本心に気づくためのお手伝いをするわけです。

それに対して『焦点化』は、もう少し積極的です。

ガイドとして近くにいることは変わりませんが
「そっちの道で良いんですか?」
「さっきまで進んできた方向と違うほうへ行こうとしていますけど大丈夫ですか?」
「そこの景色を眺めていて良いんですか?」
「今、この瞬間に一番したいのは、それで合っていますか?」
「目的地は変更になりましたか?それとも以前と同じですか?」
「今そっちに行こうとしているのは、目的地に進むのに関係がありますか?」
という具合に質問するんです。

ガイドとして常に目的地へ短時間で辿り着くことを心がけ、
クライアントが道から逸れるようなことをしたときにチェックをするわけです。
その結果、できるだけ最短距離で進めるようにする、と。


ここで注意してほしいのは、『焦点化』のプロセスにおいても
 ・目的地が変わっていく
ことや
 ・進み方が変わっていく
 ・じっくりと景色を味わってから先に進む
といったことも
十分に起こりえるという部分です。

最初に聞いた目的地へ最短で行くために、
一切の余計なことをさせないというのではありません。

当初の想定と違うことが起きたときに
「これで合っていますか?」
と確認するだけのことです。

その確認をしないと、全く関係のない道へドンドン進んでしまうかもしれませんから。

世の中には、
 ガイドが勝手に目的地を設定して
 そっちに向けてクライアントの手を引っ張っていく
ようなタイプのカウンセリングもあるようです。

ですが、ここでやりたいのは、それではありません。

あくまで、目的地を決めるのはクライアント自身です。
ただ、
「さっきまでと進み方が変わったけど、それで大丈夫ですか?」
と早めの確認をするだけのことです。

というのは、クライアント自身も自覚しないままで
あらぬ方向に歩いていってしまう場合があるからです。

「あら?そっちでいいんですか?」と聞いて
「うん、今はこっちに行きたい気分」と答えが返ってくれば
「じゃあ、そうしましょう」となれば良いんです。


ですから、焦点化をしながらでもペーシングは保たれるとも言えます。

ただし、一言の声をかけるタイミングで
 「そっちの方向に気持ちが向いているようですね」
と『ペーシング』を元に言葉がけをするのか、
  それとも
 「そっちの方向に行って構わないんですか?」
と『焦点化』を元に質問するのか、
2通りの選択肢があるのがポイントです。

しばらく好きなように過ごしてもらうのか、
「ちょっと、それで大丈夫?」とチェックをするのか。

手綱を緩めるか
手綱を締めるか、
と言っても良いかもしれません。

この「程度のコントロール」こそ
カウンセリングのスタイルを決める部分であって、
これを自覚しながら選べるようになっておくことが大事なんです。

そこまでコントロールできるようになると
どんな相手でも、相手に合わせたカウンセリングを進められるはずです。

手綱を緩めて共に漂う立場。
目的地を常に自覚しながら、手綱を締めて方向性をチェックする立場。
そして、その二つの立場の程度をコントロールする立場。

合計すると3つの視点が求められます。


こういう複数の視点での技術をトレーニングするとなると
複雑そうな印象を持つ方もいるかもしれませんが、
練習すれば誰にでもできることなんです。

料理で、色々な作業工程を同時に進めるとか、
自転車に乗るとき、バランスを取りながらペダルをこいで左右を確認するとか、
歌を歌うときに、音程とリズムを合わせながら気持ちを込めるとか…。
慣れれば、誰でも自然に複数のことを同時にやるものです。

そのために効率的なのは、全ての細分化された技術や視点を
個別に練習して定着させていくことです。

そして、それから組み合わせた実践練習をする。

この実践練習の過程で、個々の技術の偏りや
混乱してしまうときの癖などが見えてきます。

整理してしまえば、それほど複雑なことではありません。
違いを生み出すのは、1つ1つの精度。

そのためには繰り返しの練習とチェックが必要です。

定期的に実践練習を開催するのは、そのためだといえます。
理解して終わりではないと思うんです。

時間の許す限り、練習をして頂きたいんです。
経験したことは、絶対に学習の材料になるものですから。




 ◆今回の講座で得られるもの

 ●会話の流れを捉える能力

 ●非言語メッセージに対する観察力
 
 ●質問に対する細心の注意

 ●カウンセリングで避けるべき対応への自覚

 ●自分のコミュニケーションの癖に気づく

 ●言葉がけの表現力

 ●安全にカウンセリングを進める上での”型”



◆お持ちいただくと役立つもの

 ●ICレコーダー
 
 必須ではありませんが、ICレコーダーのような録音機材をご持参いただくと
 振り返りの作業が効果的になります。

 ご自身の実習の模様を録音して、振り返るのが目的です。

 ビデオをお持ちいただいても構いません。

 現時点では、全体の中で収録した内容を使うことを目的としていませんが、
 自分自身が何を言ったか、どのような展開だったかを思い出すためにも
 利用価値の高いツールだと言えます。

 もちろん、復習としても役立ちます。





講座の詳細は以下の通りです。



【セミナーの詳細】

≪『ホンネを引き出すカウンセリング』講座≫【実践練習◆檻押

【日時】  1月27日(日) 
     《夜間:実践練習》 18:30〜21:30
 

       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。

【場所】 北とぴあ 803会議室
    (JR京浜東北線・王子駅北口より徒歩2分)
    (東京メトロ南北線・王子駅5番出口直結)

【参加費】 
      《夜間:実践練習》 ・・・5,000円

       当日、会場にてお支払いください。


    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。




終了しました


コミュニケーションの方法を知りたくて、色々と勉強を始めました。

ですが、ほとんど全ての技法は、ツールの紹介であったり、
特定の目的と場面に限定されたものだった気がします。

汎用的に、日々のコミュニケーションに活かせる方法論は僅かだった。

「こういうやり方がある」というのは学べますが、
それを「いつ、どこで、どのように使えば良いか」は学べなかったんです。
だから、試してみて、失敗して、自分で探るのが大半だったんです。

このカウンセリング講座で扱っている方法は
「ニーズを把握する」技術だといえます。

相手が本心から望んでいるものを
会話を通じて明確にしていく技術です。

それも、極めて慎重で安全。
同時に、無駄のない効率を目指すわけです。

相手を主体としたコミュニケーションの場面では、かなり役立ちます。

というよりも、自分が今、プロとして人と接するときにしていることの大部分は
この技術に則っていると思えます。

何気なくやっている自分の会話をビデオに撮ったとしても
カウンセリングの技法に当てはめながら解説できるかもしれません。

それぐらい寄り処になっているんだと気づきます。
「闇雲じゃなくなった」と感じられます。

そして、1つの安心な方法を手に入れたことで
「使うか、使わないか」の選択もできるようになりました。

「この場面では相応しくない」と思えば
使わないことも選べるんです。

結果として、コミュニケーションが楽になったと思います。

自分の気持ちが強く動く場面では使いませんが、
日常生活の大部分で利用価値があるんじゃないでしょうか。

いたってオーソドックスですし、華やかな技術ではありません。
慣れてくれば、当たり前のことをやっている気にさえなるでしょう。

でも、その当たり前を知ったのが、わりと最近のことなんです。

なかなか良い方法だと思いますよ。
オススメです。

おしらせ
 ◆ セミナー情報 

近日公表

《コミュニケーション講座》
〜セルフイメージの整え方〜


【日時】 2017年6月25日(日)
     10:00〜16:30


【場所】 滝野川会館
    304集会室

    JR上中里駅より7分
    JR駒込駅より10分
    南北線西ヶ原駅より7分


概要はこちら>>
次回開催は8月の予定


 ◆ 過去の講座 

《新カウンセリング講座》
 〜まとめと実践〜


当時の内容はこちら>>


《勉強会》 

【テーマ】 変化の流れを考える

当時の内容はこちら>>
次回は未定



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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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