2013年02月

2013年02月28日

気持ちを汲み取る

個人的にカウンセリングの練習をやっています。

といっても、これまでに自分の身につけてきた方法ではなく、
いわゆる「カウンセリング心理学」の分野のやり方で
ロジャース派をベースに精神力動的な視点が加わっているというもの。

インストラクターはアメリカで学んできた人ですから
日本で一般的に知られているロジャース派のカウンセリングとは
随分と印象が違います。

ただし、原則は
 クライアントと共にいて
 クライアントの進みたいように任せる
というところなので、
カウンセラー側から何かの働きかけをすることは滅多にありません。

クライアントの世界をカウンセラーが理解するために質問するのは
この手法においては構わないようですが、そこも最終目的は
クライアントに対して「あなたのことを、これだけ理解していますよ」と
伝えるところにあるようです。

カウンセラーが「知りたい」から聞くのでもなければ、
好奇心を持って関わるわけでもなく、
その情報を使って援助内容を決めるわけでもない。

沢山聞いて、状況をまとめて伝え返すんです。
「なるほど、こういうことなんですね」って。

ですから、クライアントが「そう、そうなんです!」となるのが目指す所となります。

徹底的にクライアントが心をオープンにしていくプロセスが重視されています。
それは、その結果としてカウンセラーとクライアントの間に強い結びつきが生まれ
深い絆が作られていくという『関係性』そのものが、
カウンセリングの目的とされているからです。

その『関係性』が作られて、その中に浸っていることによって
クライアントは自然と力を取り戻し、自ら前へ進み始めるという考え方なんです。

気づきを促す必要もありません。
問題を整理する必要も、ゴールを設定する必要もない。

「何も解決しないことが、解決に向かう方法だ」
といった感じでしょうか。


現実的には、そういう関わり方を必要としているクライアントもいるでしょうが、
その割合は、アメリカほど日本では高くないような気がします。

何より、僕個人の想いとして、そういった深い絆の関係性は
カウンセラーと結ぶもべきものではなく、
もっと身近な人との間であって欲しいと思っているところがありますから、
好みとして家族療法のスタンスに気持ちが向きやすいんでしょう。

カウンセラーが、クライアントの一生の思い出と呼べるような相手になるのか、
一生の間に出会う無数の職業人・専門家の中の一人になるのか。

クライアントとの関係性の作り方によって、
そのあたりの印象が変わってくるはずです。

どうやら、僕が今トレーニングに参加しているところ、
つまりアメリカで行われているカウンセリング心理学では、
前者の方向性になっているようだ、と。

僕は、そんな覚えられ方をするのがカウンセラーの理想だとは考えておらず、
むしろクライアントが「自分で自分の人生を切り拓いた」
という印象をもって進めるようになることのほうが、
その人自身の人生を生きている感じがするので好きなんです。

その意味で、今受けているトレーニングは
自分の好みとは別物として切り分けながら練習しているところがあるわけです。

なので、僕にとってメインの課題は、英語でカウンセリングをするところだといえます。


で、「これだけ分かっていますよ」というのを示すために
要約や復唱が求められます。

と同時に、感情に対しても理解の様子を示していく必要があります。

共感的なメッセージを伝えたいんです。

しかし、これがやってみると難しい。

僕自身の英語のボキャブラリーとして感情を説明する単語が足りないのもありますが、
日本語の感情の説明とは言葉の使い方が違っているところがあって
なかなかシックリと対応する単語が見つかりません。

後から気になって辞書で調べても、やっぱりニュアンスが違う。

日本語なら突き詰めていくと、擬態語とか身体感覚的な表現を使って
ダイレクトに状態を言葉にすることができますが、
そのあたりも英語だと難しく感じます。

ネイティブの人に聞いても、インターナショナルスクール育ちや帰国子女に聞いても
「そもそも、気持ちをそういう風に言葉にしようとしない」
と言われてしまいます。

日本語なら、話を聞いて
「それは切ないですね…」
と言えるところも、
英語では一言で表しにくいようです。

気持ちを正確に表現しようとするほど詳しい状況説明が増えて、
複雑な気持ちとなると
「〜に対して、○○な気持ち」
「…に対しては、△△な気持ち」
という具合に、組み合わせが使われる場合も。

と考えると、ロジャース派が相手の言ったことを丁寧に繰り返したりするのも
そこに伴う感情を取りこぼさないためには重要なのかもしれません。

でも、ただ繰り返すというのは野暮な感じがしてしまいます。
情緒的ではない。

もしかすると、抒情的なメタファーなんかを使うと効果的なのかもしれません。
今度やってみます。

…まぁ、情緒的なものを目指したい時点で、日本人の発想のような気もしますが。

2013年02月26日

本当は、逆なのでは?

NLPには、『スライト・オブ・マウス』という言語パターンがあります。
相手の思い込みを”緩める”効果が期待できる言い回しです。

一般には14種類として紹介されますが、
実際に「気の利いた言い回し」として思いつくものの中には
14種類に分類されないものもあるものです。

14種類以外に追加した人たちもいます。

ただ、日本ではオリジナルの人が尊重される傾向が強いようで
その効果ウンヌンに関わらず、他のパターンが紹介されることは少ないみたいです。


例えば、その有名じゃないものの中には、『因果の反転』というのがあります。

因果、つまり「A→B(AがBを引き起こす)」という発想に対して
 「本当は、B→A(BがAを引き起こす)のではないですか?」
と伝えるやり方です。

具体例としては
「明確にならないと始められない」(=明確になれば、始められる)
という内容に対して、
 「始めることで、明確になっていくものじゃないですか?」
と伝えることになります。

同様に、これは等価に対しても使えます。
等価とは「A=B(AとはBである、AはBだという意味だ)」というもの。

これに対して
 「B=A(BがAだという意味)なんじゃないですか?」
と伝える。

こうやって等式で書いてしまうと意味がないように思うかもしれませんが、
言語的な理解においては意味が異なってきます。

特に、「A=B」の関係が、定義を含んでいるときは重要です。

例えば、
「優しい人は、傷つきやすい」
ということに対して、
 「本当は、傷つきやすい人のことを”優しい”と言うんじゃないでしょうか?」
と伝える、と。

もう少しひねると、因果の文章から初めて、等価で答えることもできます。
「A→B」に対して、
 「本当は、A=Bじゃないですか」、「本当は、B=Aじゃないですか」
と返す形です。

「人は悲しみが多いほど、他人(ひと)には優しくできるのだから」(『贈る言葉』より)
であれば、
「悲しみが多い人のことを、優しいと呼ぶのではないですか?」。

「優しい人にばかり、悲しみが降りかかる」(『スタートライン』より)
に対しても、
「降りかかる悲しみを受け取れる人のことを、優しい人というんじゃないでしょうか」
という感じ。


専門的に言うと、等価「A=B」は、AとBが同じ抽象度ではないわけです。

構造上は因果「A→B」に見えるものでも、両者の抽象度が違っていることがあります。
だから、等価の形に変えてしまっても成立するんです。

少し受け止め方が変わってくる言い回しだと思います。

2013年02月24日

非言語メッセージへの感受性

質問を受けました。

 他の人の感情とか、色々なことが見えるようになってくると
 見たくないものまで見えてきて苦しくないですか?

…といった感じだった気がします。


以前、テレビを見ていたとき、
スピリチュアル女子大生なる人物が出演していて
芸能人から質問されていました。

 それだけ人のことが色々分かると、面白いでしょう?

…といったニュアンスだったと思います。

それに対する答えは、
 「嫌ですよ!
  他の人の苦しい気持ちが入ってきちゃって、電車なんて乗れません。」
とかいった内容だったでしょうか。

正確なことはともかく、分かり過ぎるとツライという話でした。


この2つの質問の仕方には、大きな違いがあります。

「色々と分かるほうがツライでしょう」というスタンスか、
「色々と分かると楽しいでしょう」というスタンスか。

この違いを生むのは、質問者側の経験だと思います。

楽しさを前提に質問していた芸能人は、
おそらく、分からないで不満を感じているか、
「分かったら良いことがあるだろう」と期待をしているか、
いずれにせよ、”分かるようになった経験”をしたことがないと想像されます。

苦しさを前提に質問してくださった方は、
自分自身も分かるようになって苦しい思いを経験しているから
「分かるようになったら楽しいだろう」という幻想から離れ、
むしろ「苦しいものだ」という想定をするようになったのでしょう。

もちろん、「分かる」といっているのは、「100%分かる」という意味ではなく
「今まで見えていなかった相手の感情が、
 以前よりも高い確率で推測できるようになってきた」
ということです。

前は気づいていなかったことに気づくようになってくる、という話です。

そうすると、気づかないほうが楽だったことにも気づいてくる。
だから苦しくなっていく。
そういう流れです。

冒頭の質問は、
質問者自身も気づく苦しさを知っていないと出てこない
ということになります。


気づく量が増えると負担が大きくなる、というのには個人的に同意します。
単純に疲れます。

それは「気を張っている」状態に近いからかもしれません。
色々な物を見て、聞いて、感じて…とやっていると、処理する情報量が増えてくる。
やることが多いので疲れる。
それだけの話です。

街中に出て、周りの人が気になってしまえば、
考え過ぎて疲れてしまうような感じでしょうか。

この部分に関しては、実感としてあると思います。
風邪をひいて数日寝込んだりすると、しばらくぶりに外出した時に
街中の情報量の多さに驚くことがありますから。

そういう意味では、沢山の情報を処理していて
そこに労力を使って疲れてしまう、ということはあるでしょう。

まぁ、僕の場合は、考え続けることにストレスを感じないので
その情報処理量の多さを「嫌なもの」とは捉えていませんが。

ソムリエがワインの味の違いを繊細に感じ分けることを楽しんでいるのと同様に、
都バス好きな人がエンジン音の違いを聞き分けて楽しんでいるのと同様に、
プロ野球選手の日常生活が全て野球のトレーニングとして意識されるのと同様に、
日常で見かける全ての人の発するメッセージは、僕にとって興味の対象なんでしょう。

一方で、パティシエがコンビニのお菓子を食べたり、
料理人がファストフードを食べたりするような感じで、
気休めになる時間も大切です。

そこで疲れのケアをしている限り、僕は意外と苦しさは小さいみたいです。


まぁ、以前は見たくない感情に気づいて嫌な気分になったり、
非言語メッセージの奥に隠れたものに不快になったりしていましたし、
今でも好みに反するコミュニケーションはあります。

最近は、そういった様々なメッセージを見たときに
「皆、楽しそうだなぁ」と感じるようになってきたような気もします。

ただ、それは「気づくか、気づかないか」とは別の話ですが。

2013年02月22日

誰が書いているのか

ブログでも、その他の記事でも、
僕の場合、書く作業をしている間に
考えがまとまっていくことが良くあります。

というよりも、予想もしていなかったようなものが出てくる感じ。
書きながら、「あぁ、そういうことだよね」と納得させられるような。

ですから、何を書くかとか、どういう構成にするかというのは
書いてみないと意外と分からないことが多いんです。

自覚しない範囲で、頭の片隅において
内容の整理が始まっていたものを意識化するだけの作業
とも言えそうです。

これは、なぜか手書きだと起きにくいみたいです。

もしかすると手書きでも原稿用紙を使ってのめりこんで書けば
事情は変わってくるのかもしれませんが、
手書きの場合は、指の疲労度や書くスピードの遅さが大変です。

となると、どうしても手書きはメモ程度になって
自分の考えを意識化する作業は、
パソコンを使って書き物をするときが中心になる。

ともすると、「これは本当に自分が書いているんだろうか?」と
変な気分になってくることもしばしば。

相当に、「切り離された感じ」があるんです。


この切り離され具合は、文字にしたときが非常に強くて
ビデオや音声で自分の作業を振り返っても、
そこまでの切り離され感はありません。

むしろ、ビデオや音声で自分のやっていたことを確認しても
記憶の中にある内容と大差がない印象さえあります。

もうすっかり忘れていたつもりの録音していたものを聴いても
次に何をいうかが思い出されることが多いんです。

次に何をいうか忘れているときでも、
「この流れだったら、次はこれを言うのが良いだろう」
と考えついたフレーズが、実際の音声から聞こえてきたりします。
同じことを2回、思いついている感じです。

ですから、よほど詳しく振り返る作業をするか
”自分が気になっていたところ”を確認したりするか、
見逃していた非言語メッセージを見つけるようにするか、
会話のターニングポイントになる可能性のあった部分を再探索するか、
…そういう意図的な努力を追加する必要がありそうです。

おそらく、ここでも書き起こして文章として見直すと
僕の場合は効果が高いんじゃないかと感じます。

もちろん、このあたりの「振り返り」作業の影響に関しては
個人差があるところですから、今の話はあくまで僕個人の事情に過ぎません。

僕の場合は、文字情報としてアウトプットしたときに
自分を客観化する他の方法とは違った印象がある、ということです。


その書いた内容が、少し前のものとなってくると
さらに切り離された感じが高まります。

「なるほど」と思いながら読んだりすることも良くあります。

とりわけ、書いている最中に「これは良いフレーズだなぁ」と感じたところになると
そんな気の利いた言い回しは忘れてしまいますから、
時間がたってから読み返したときに、「こんなの書いたっけ?」と思ったりもするんです。

そして、時には、自分の心の中のモヤモヤが
以前に自分の書いた文章を読んでいてスッキリすることも。

「あぁ、そうか。そうだよなぁ…。」と、しみじみ感じて。

それぐらいに忘れてしまう、という話です。
ただ忘れているだけでもなく、切り離されている感じなんです。

先日も、一年近く前に書いていた自分の文章に
ハッとさせられることがありました。

思えば、こうやってブログを書いていたおかげで
色々な考えが整理されていたものです。

僕の日本語力の礎も、学生時代の膨大な量のレポートと
会社に入ってからの報告書作成とで訓練された気がします。

僕にとって、文章にする作業は
他のアウトプット方法とは違う意味があるのかもしれません。

外国語も書くところからトレーニングしていくと上手くいったりして…。

2013年02月19日

【セミナー】カウンセリング講座(3月)

ご案内: 『ホンネを引き出すカウンセリング』講座


告知ばかり続いて恐縮ですが、期日が迫っていますのでご了承ください。
3月3日(日)のカウンセリング講座・第四回のお知らせです。


本講座のコンセプトに関しては、こちらをご覧ください>>
(概要説明の回にも、補足説明をしてあります。補足説明はこちら>>


第四回のテーマは『”まとめ”と変化の技術』です。

ニーズ把握としてのカウンセリングの技術は
これまでの三回で、ほぼ完了だと思っています。

あとは細かいテクニックや、技術としての精度の問題でしょう。
場面に応じて、何を発信するかを吟味していくわけです。

つまり、

 ・土台としての『ペーシング』
 ・会話の方向性のコントロールとしての『焦点化』
 ・クライアントの痛みに応じた『力づけ』
 ・クライアントの作業の習熟度に合わせた『明確化』

…以上を的確に使いこなしていくことがカウンセリングの作業といえます。

もちろん、それぞれの技法自体に精度が求められますし、
どれだけクライアントに合ったメッセージに変えられるかが重要ですから
そこは練習あるのみ、といったところでしょうか。

とりわけ、会話の無駄を省きつつ、
本質的な痛みに対して『力づけ』を行い、
ニーズと結びついた感情を逃さない、
といったポイントは、
カウンセリングの結果を分けるところでもあります。

そこは、数多くの実践トレーニングを通じて
着実に身につけていくところのような気がします。


ということで、今回の主要なテーマは
『まとめ』です。
一通りの技術を同時に使い分けていく、という内容。

特に、意図をもって技術を選ぶのは心がけていただきたいところです。

そのため、今回はビデオを使ったフィードバックを取り入れます。
フィードバックの作業には、振り返りを効果的にするだけでなく、
「どこをポイントとして振り返っていくか」を見つける効果もあります。

つまり、振り返って反省するときのポイントも見つけられるようにするわけです。

これが重要なんです。
カウンセリングには流れがあります。
「この一瞬!」というところがあるんです。

そこを逃さないことが結果と関係します。
そのポイントの掴み方を身につけるには、
数多くの事例を見ることが役立つと考えられます。

そのためのビデオフィードバックです。
自分のカウンセリングだけが学びではない、ということです。

まるで自分がスーパーバイザーになったかのように
全てのトレーニングを振り返っていくと効果的ではないでしょうか。


さらに今回は、『変化の技術』も少し取り扱います。

カウンセリングでニーズを把握するところまでが講座の中心テーマですが
ニーズを把握した後の部分も知っておくと実際の援助に役立つでしょうから。

何より、「自分なら、どういう援助が可能か?」という予測が
「ニーズをどの程度、具体的に把握する必要があるか」と関係します。

つまり、使える『変化の技術』を自覚しておくと
ニーズ把握の段階から先読みができるようになる、ということです。

現実的には、こちらのメリットが大きいかもしれません。

実際に変化の作業まで練習で行わないとしても、
「どの作業に繋げるか」を意識しているとカウンセリングを進めやすくなる。
そういう効果です。

そのために、いくつか『変化の技術』を紹介します。


ということで、今回は
 『まとめ』と『変化の技術』
の両方を扱います。

ご自身が特に磨きたい部分を心がけることで
実習の効果も高まるだろうと期待されます。

カウンセリング中になされる全てのコミュニケーションを
トレーニングの題材として活用して下さい。

箇条書きにすると項目は少ないですが、
実際にやることは、結構多いものです。

『ペーシング』1つとっても、「何をするか」でバリエーションがあります。
『力づけ』の言葉がけも、沢山の方向に可能性があります。

その上で、どういう確認や質問をするかという選択もあります。

究極的に言えば、
 自分が発する1つのメッセージに対して数多くの選択肢があって
 それを毎回、意図的に選びながら会話が進んでいく
ということです。

正解はありません。
ただただ数多くの選択肢からベストだと思うものを選び続けるだけ。

全てのやり取りを意図的にやっていたら、物凄い労力になるわけです。

ですが、その労力をかけられるかどうかが、
クライアントへの影響を決定します。

そこに使われている労力は、時間と反比例するのかもしれません。

あまり考えずに、沢山の時間をかけて根気よく関わる場合もあるでしょう。
その一方で、短い時間に、最適な関わりで効果を高める場合もあるんです。

どの方向で最善を尽くすかの違いです。
好みの問題です。

一瞬一瞬に最善を尽くしたいだけのことです。
いつ何があるか分かりませんから。
後悔しないように、その瞬間のベストの選択を心がけたい。

そのためだから、それだけの労力をかけられるんじゃないでしょうか。

そんな想いを味わいながら人と関わってみるのも
なかなか味わい深いものだと思っています。



技術が最短で向上するようにトレーニング法を工夫する
というのが、この講座のウリだと考えています。

ワークのやり方を説明して、ただやってもらうだけ…ではありません。
効果の高い実習になるように工夫して進めます。
しっかりと課題意識をもって取り組んでいきましょう。




◆今回の講座で得られるもの

●非言語メッセージに対する観察力

●感情に対する言葉がけのバリエーション

●会話の方向性をコントロールする技術

●クライアントの取り組みを強化する言葉がけ

●状況把握と内容整理のための質問力

●内容整理の”型”

●クライアントに合わせたカウンセリング・スタイルの選び方

●カウンセリングの流れにおいてポイントを捉える着眼点



◆お持ちいただくと役立つもの

●ICレコーダー

必須ではありませんが、ICレコーダーのような録音機材をご持参いただくと
振り返りの作業が効果的になります。

ご自身の実習の模様を録音して、振り返るのが目的です。

ビデオをお持ちいただいても構いません。

現時点では、全体の中で収録した内容を使うことを目的としていませんが、
自分自身が何を言ったか、どのような展開だったかを思い出すためにも
利用価値の高いツールだと言えます。

もちろん、復習としても役立ちます。

★ご希望の方には、録音したファイルの内容に対して
 こちらからもフィードバックいたします。

 いくつか気づいた点を記録して、送付する程度ですから
 それほど詳細なものは期待しないで下さい。
 
 方法などは当日にご相談下さい。




日中の講座では個別の技術を磨くためのトレーニングと
それを実践に組み込むための練習を行います。

夜間では、一部トレーニングの復習と
実践練習を行います。

続けてご参加いただくと、きっと疲れますが、個人的な経験からすると
疲れて無駄な気負いが抜けてきた頃に得られるものもあるようです。

第一回、第二回、第三回へお越しでない方にもご参加頂けます。
取り組む際のポイントはこちらでお伝えします。

お時間が合いましたら是非、お越し下さい。

トレーニングすると、結果の違いが感じられるはずです。

ただ、その多くは「何かをしない優しさ」に捉えられるかもしれません。
クライアントには、その配慮に気づいてもらえないことも多いでしょう。

「究極のサービスとは、相手がサービスされたと気づかないサービスだ」
そういう発想に近いかもしれません。

「本当に大事なことは、クライアントが楽になることだ」
…そんな考えに賛同して下さる方には、是非
トレーニングして頂きたいと思っています。



講座の詳細は以下の通りです。



【セミナーの詳細】

≪『ホンネを引き出すカウンセリング』講座≫【第4回+実践練習 

【日時】  3月3日(日)
     《日中:第4回》   10:00〜17:00
 
     《夜間:実践練習》 18:30〜21:30 

       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。
       ★申し込みフォームに、ご希望の時間帯(日中/夜間)をご記入ください。


【場所】 滝野川会館 304集会室
    (JR京浜東北線・上中里駅より徒歩7分)
    (JR山手線・駒込駅より徒歩10分)
    (東京メトロ南北線・西ヶ原駅より徒歩7分)

【参加費】 
      《日中:第4回》 ・・・15,000円 (フィードバック料を含む)
      《夜間:実践練習》 ・・・5,000円

       ★日中の講座にご参加の方は、無料で夜間の実践練習へご参加頂けます

       当日、会場にてお支払いください。


    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。




終了しました

こうしたトレーニングをしばらく続けていると、あるとき
ニーズ把握の流れが染みついていることに気づくはずです。

すると、日常生活のコミュニケーションにも沢山のヒントが見つかります。

買い物に行ったときにも、店員とのやり取りで
自分がクライアント役を体験するわけですから。

「もっとこういう風にやってくれたら…」という不満を感じる場面も、
逆に自分から「いえ、私が期待しているのは〜です」などと焦点を絞りたい場面も、
色々な形で、ニーズを知るための作業が思い浮かぶと思われます。

喫茶店やレストランで、隣の席の会話からも
感情的なメッセージが窺えるようになってくるかもしれません。

「この話し手は、こういうメッセージを期待しているんだな…」
「ここで、この一言を伝えれば、この会話は一気に深まるだろう…」
「あらら…。そこにコメントしちゃったら、話し手は不満を感じるでしょう…。ほら…」
…なんていうことを思うときもあるんじゃないでしょうか

それぐらい「ニーズ把握」というものが経済活動に溢れているとも言えますし、
人は自分の気持ちを受け取ってもらいたいものだとも言えます。

技術として見た場合には、個別の手法を学ぶチャンスは
日々の生活の中から無数に見つけられるはずです。

裏を返せば、カウンセリングの技術として学んだことは
意図を持って小分けにして使っていけば、日常のあらゆる場面で使えるんです。


ただし、1つのことに気をつける必要があります。

『ニーズを把握する』というところまで進めると、
そこには『問題を解決する』という前提が含まれます。

仕事として関わるときには、それで構いません。
サービス提供を想定してお客さんがやってくるのですから。

ですが、友人や家族となると
「困っていることを解決したいから」
会話をするわけではない場面が多々あります。

いわく、75%のビジネスは不満を解消するものだとか。
その意味では、仕事では不満からニーズを明確にして
それを解消する形でサービス提供するのが自然なことなんです。

一方、友人や家族とのコミュニケーションは
相手に不満を解消するサービスを期待しているのではありません。
目的が違うんです。

その『目的』を自覚しながら関わることが必要不可欠です。

場合によっては『ペーシング』だけで良いかもしれません。
『力づけ』だけで会話が望ましい形で終わることは多々あります。

つまり、
・仕事であれば、不満解消のためのニーズ把握が前提
・友人や家族の関係であれば、何が目的なのかが不明
ということです。

ですから、少しひねった説明をすると、
 友人や家族の関係では、
 ・ニーズを把握して、不満解消の段階まで進みたいのか
 ・ただ不満があることを分かってもらいたい(解消したくない)のか
 ・不満を解消したいけれど、自分をその相手として期待しているのか
 ・不満を話題にする必要すらなく、会話をすること自体が目的なのか
 ・言葉を通じた会話すら目的ではなく、ただ何かしら心を通わせたいのか
 ・その関係性そのものを変えるための手段として会話が選ばれているのか
などと、
様々な目的があると考えられます。

ニーズ把握の作業を進める前に、
『何を目的としたコミュニケーションなのか』を把握することが求められます。

もちろん、このレベルの関わりにも
カウンセリングで使われる個別の技法が役に立つ部分はあります。
でも、『カウンセリングの流れ』は状況を選びます。

そのことは気にとめておいてもらえると良いと思います。


まずは、プロとして関わる上での方法論として
カウンセリングを整理することをオススメします。

そのプロとしての技術を磨くチャンスが、日常に溢れているんです。

それは「日常でカウンセリングをする」のとは違います。
「日常から、カウンセリングの”技術”を磨くためのトレーニングを探す」んです。


そして、おそらく
「カウンセリングという流れをともったプロセス」と
「カウンセリングを通じて身につけた相手を理解するための個別の技術」とを
区別できるようになってきたころ、

不思議なことに
日常生活にもトレーニングの成果が感じられるようです。

つきつめれば上限のない技術かもしれません。
ですが役に立つものだと思います。

そして何より、”やりがい”があります。

もしかすると、その奥には
「他人のために努力をすること」そのものが持つ
喜びのようなものがあるのかもしれません。


ご参加をお待ちしています。

2013年02月17日

【お知らせ(再)】3月ゼミ形式勉強会

前にもお知らせしましたが、
3月10日にゼミ形式の勉強会を開催します。

お申し込みは、こちらのページのメールフォームからお願いします。
直接メールを下さっても大丈夫です。

詳細はこちら ↓ 。




【日時】 3月10日(日) 18:30〜21:30
       ※終了時間は前後する場合があります。

【場所】 北とぴあ808会議室
    (JR京浜東北線・王子駅 北口より徒歩2分)
    (東京メトロ南北線・王子駅5番出口直結)

【参加費】 ・・・2,000円程度(会場費+α)
       当日、会場にてお支払いください。
       参加費は後日あらためてお知らせします。

【テーマ】 『スクールカウンセリングと燃え尽き症候群』




詳しい内容は知りませんが、
きっと想いの詰まった話を体験できると思います。

資料の準備があるかもしれませんので
事前にお申し込み頂けると助かります。

2013年02月15日

【セミナー】カウンセリング講座(2月・実践編)

ご案内: 『ホンネを引き出すカウンセリング』講座

 【2月の追加日程】 実践練習:2月24日(日・夜間)



2月24日(日)、カウンセリング講座・第三回:『”明確化と力づけ”編』の開催に続けて
同じテーマの実践練習のご案内です。

もちろん、24日にお越しでない方にも、ご参加いただけます。


中心となる内容は、『明確化』と『力づけ』です。
そちらを意識しながら練習します。

ですが、骨格になるのは、『ペーシング』と『焦点化』。
こちらが必要最低限の部分なんです。

クライアントによっては、『ペーシング』と『焦点化』だけで大丈夫。
ただし、そうでないクライアントも、カウンセリングにはやってきます。

むしろ、『ペーシング』と『焦点化』だけで大丈夫なクライアントのほうが少ないでしょう。
だから『明確化』と『力づけ』でクライアントをサポートするわけです。

どこまでサポートすれば良いかはクライアントによって違います。
必要に応じて、『ペーシング』と『焦点化』という骨格の周りに
『明確化』と『力づけ』という”肉”をつけていきましょう、という発想だといえます。

ということで、トレーニング内容として心がけるメインは『明確化』と『力づけ』ですが、
常に、『ペーシング』と『焦点化』は気をつけておきたいわけです。

新しい技術に取り組んで、ややこしい感じになってきたときには
もう一度、『ペーシング』と『焦点化』に立ち返ると良いはずです。

その意味では、これまでの全てを同時に練習しながら、
ご自分で特に意識して練習したい部分にフォーカスできるということです。

特に『力づけ』に関しては、会話の中で実際に使えるように練習することが
今回の重要なテーマの1つになると思われます。

こちらは、良いタイミングで、気の利いた一言をかけられるかが腕の見せ所ですから。

そのためにも、数稽古が効果的です。
そして、他の人との関わりを通じて、バリエーションを増やしていく。
ちょっと無理して時間をかけてでも、より気の利いた言い回しを生み出すように練習する。

こうした地道な積み重ねが技量に繋がると考えられます。

実践的な形式として、カウンセリングの流れの中で
『明確化』と『力づけ』を練習しましょう。

個人的には、とても”やりがい”のある技術だと思います。
この技量によって、カウンセリングの進み方が変わります。

最終的に、最も違いを生み出しているのは『力づけ』じゃないでしょうか。

ですから、一生懸命に練習したいんです。
チャンスのある限り。

お時間の都合が合えば、是非、何度も練習してみて下さい。



 ◆今回の講座で得られるもの

●非言語メッセージに対する観察力

●感情に対する言葉がけのバリエーション

●クライアントの取り組みを強化する言葉がけの技術

●状況把握と内容整理のための質問力

●内容整理の”型”

●クライアントに合わせたカウンセリング・スタイルの選び方


●継続的なカウンセリングにおける『力づけ』の使い分け



◆お持ちいただくと役立つもの

 ●ICレコーダー
 
 必須ではありませんが、ICレコーダーのような録音機材をご持参いただくと
 振り返りの作業が効果的になります。

 ご自身の実習の模様を録音して、振り返るのが目的です。

 ビデオをお持ちいただいても構いません。

 現時点では、全体の中で収録した内容を使うことを目的としていませんが、
 自分自身が何を言ったか、どのような展開だったかを思い出すためにも
 利用価値の高いツールだと言えます。

 もちろん、復習としても役立ちます。





講座の詳細は以下の通りです。



【セミナーの詳細】

≪『ホンネを引き出すカウンセリング』講座≫【実践練習−2】

【日時】  2月24日(日) 
     《夜間:実践練習》 18:30〜21:30
 

       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。

【場所】 北とぴあ 801会議室
    (JR京浜東北線・王子駅北口より徒歩2分)
    (東京メトロ南北線・王子駅5番出口直結)

【参加費】 
      《夜間:実践練習》 ・・・5,000円

       当日、会場にてお支払いください。


    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。




終了しました


少し追加情報をお伝えしておくと、
『力づけ』には何種類かの目的があります。

そのうちの1つは、「クライアントの自立をサポートする」という部分です。

つまり、クライアントをトレーニングする、という発想が前提となって
クライアント自身がいずれは自分で問題を解決できるように
支援をしていくことを意図するときに『力づけ』が重要になる、ということです。

別に、クライアントの自立を求めないのであれば
『焦点化』や『力づけ』は不要です。

ですが、クライアント自身が、自分の力で問題を焦点化できるようになれば
残りの必要な作業は、ただ「変化のための作業に取り組む」ことだけになります。

その作業を、クライアント本人が意図的に頑張ってできるのであれば
カウンセラーやコーチ、コンサルタントは不要です。

専門的なサービスを利用して、問題解決を進めたい場合には、
そうした専門家に具体的なサービスだけを求めれれば良いわけです。

ですから、クライアントに力がついてきた場合、
クライアントは自分で事前に問題を焦点化しておいてから
サービス内容だけを求めて専門家のところに行けるようになるんです。

例として、新しいパソコンを買う、ということを考えれば、
クライアントとしての力が高まってきた場合には、家電量販店で必要なのは
販売員の専門知識だけということになります。

自分が欲しいのはパソコンだという確信があって、
パソコンをどのように使うかということも明確に自覚していて、
そのために求める機能も自分で気づいていて、
それを達成するために出せる予算も分かっている。

分からないのは、その条件に見合う”商品”に対する知識だけ。

ここまで来たら、家電量販店の販売員という専門家のサービスとしては
その知識を教えてもらうだけで良くなるわけです。

ところが、自分が何故パソコンを欲しがっているのか、
どういう使い方をして、何をしないつもりなのか、
自分にはどんな好みがあるのか、
そもそも、パソコンを欲しいと思った動機として、何を期待していたのか…、
そういったことを自覚できていなければ、そこを絞り込む必要がある。

ここがカウンセリングのプロセスです。

そして、カウンセラーが自立を促すということは、
クライアントが次回以降、パソコンを買い替える時に
もう一度同じような絞り込みの作業を、売り場で相談しながらやらなくて済むように
本人だけで絞り込めるようにトレーニングするという意味になります。


このカウンセリング講座に繰り返しご参加なさってきた方の中には、
カウンセリングの進め方をカウンセラー側として理解してきたことで
逆にクライアントとして何をすれば良いかが分かってきた方もいると思います。

つまり、クライアント側が、自分でカウンセリングを進められるような感じ。
「次は、きっとこういうことを質問されるだろう」
「最終的には、こういうことを自分でいう必要があるんだな」
という先読みができる。

その状態で、自分の気持ちと丁寧に向き合っていけば
自分一人で焦点化を済ませて、ニーズを明確にすることができます。

そうすると、専門家に求めるサービスは、その専門性だけになるわけです。

継続的なカウンセリングのプロセスを通じて、クライアントに
それぐらいまで自分の問題を整理する方法を身につけてもらう。

それがカウンセラーとして、「自立を促す」ということです。

そこまでくれば、
 クライアントは自分で問題を解決する方法を身につけた
と言えますから。

「パソコンが欲しいけど、どうしたらいいか全然分からない」
というのが問題なのであって、
その問題が解決すれば、あとはパソコンを買うだけです。
パソコンを作れないことは問題ではありません。

専門家のサービスを利用してニーズを解消することは社会生活の一部です。

『問題』は、
 自分にどういうニーズがあるかが分かっておらず、
 どういうサービスを利用したら良いかも分かっていない、
という部分なんです。

これが自分で整理できるようになれば、
 自分で問題を解決できるようになった
と言っていいでしょう。

ということで、そのような段階までクライアントをサポートしていくと
クライアントの自立を促したと判断できると考えられます。


そして、そこまでの過程で、『力づけ』が必要になるんです。
上手く『力づけ』の技術を使うことで、自然と自立を促していく。


これが、1つの方向性です。

今回の実践練習では、その辺りのことも、少し触れておこうと思います。

あとは練習。
意図を持って取り組んで下さい。

自分の発する一言が生み出す結果を予測したうえで、
どの技術を使うかを選んで下さい。

工夫することは沢山ありますが、その工夫に妥協をしないことこそ
クライアントに対するカウンセラーの姿勢のような気がします。

是非、お越しください。

2013年02月13日

コンテクストのフレームとコンテンツのフレーム

NLPでは『プログラム』という考え方をします。
人の振る舞いは、プログラムされている、と。

感情的な反応も、行動も、思考も、プログラムされているという考え方。

プログラムというからには、プログラムが作動する条件があります。
いつでもずっと動きっぱなしではないんです。

特定の『状況』によって、決まったプログラムが作動すると考えます。

飛行機恐怖症は、飛行機に乗ろうとするまで作動しません。
怒鳴られると、委縮するというプログラムも、怒鳴られるまで作動しません。

何かのキッカケがあって、プログラムが作動するわけです。


で、NLPにおいて、このプログラムが作動する条件が
かなり曖昧なままで解説されています。

特に日本語に翻訳された時点で、
重要な情報が抜け落ちることがあります。

「プログラムが作動する条件」ということに関していえば
『状況』という言葉がクセモノでしょう。

「 situation 」も「 context 」も、どちらも「状況」と訳される場合があります。
「 context 」を「文脈」と訳すと、ピンとこないこともあるからでしょうか。

本来、プログラムが作動する条件としては
コンテンツ(内容)とコンテクスト(場面)の2つがあると考えられます。
「シチュエーション」は「コンテンツ」と「コンテクスト」に分けられる。

これを区別する理由は、1つの場面において
「前景」と「背景」の両方が関係するところにあります。

プログラムによっては、「前景」と「背景」が両方揃って
初めて作動することもあるんです。

例えば、
「外出先で奥さんに話しかけられると真剣に話を聴く」
のに
「自宅で奥さんに話しかけられると、ボーっとして気が抜けた聞き方になる」
といった感じ。

どちらも『状況』における「前景」(内容)は、「奥さんに話しかけられる」ですが
「背景」(コンテクスト・場面)は「外出先」と「自宅」で異なります。

この違いが、プログラムが作動するかどうかを決めているといえます。

また、「犬が恐い」といったプログラムであれば
「犬が出てきそうな街角」という「背景」において、作動しやすくなります。
実際には犬じゃなくても、ゴミ捨て場の「犬の置き物」ぐらいでも
「犬」だという風に認知されてしまえば、恐怖のプログラムが作動する。

逆に、全く「背景」(コンテクスト)に依存しないプログラムもありますが、
こちらは比較的、稀だと考えられます。(例:自分の名前を認識するフレーム)

原則的には、プログラムが作動しやすくなるための「背景」(コンテクスト)がある、
と考えると良いはずです。


これは「認知のフレーム」として分類したときには、
「”背景”を捉えるフレーム」と
「”内容”を捉えるフレーム」と
2種類に大別すると分かりやすいと思います。

厳密には「フレーム」という意味で同じものですが、
フレームに当てはまった結果として起こる作用が異なっているので区別できます。

「”内容”を捉えるフレーム」が働くと、『状況』の中から
「そこに何があるか」という内容(前景)が判断されることになります。

例えば、「犬」とか「奥さんに話しかけられる」とかです。

「犬」の置き物であっても「犬」のフレームに当てはまってしまえば
「犬を見ると恐怖がわく」というプログラムは作動してしまいます。

「ヘビ」が恐い人であれば、本当はロープであったとしても
「ヘビ」のフレームに当てはまってしまって、
ロープを見たときにヘビを見たときと同じような反応をすることになるわけです。

あとから考えれば「勘違い」といわれますが、
フレームに当てはまってしまえば、プログラムは引き出されるんです。

これが「”内容”を捉えるフレーム」の機能です。

一方、
 「”内容”を捉えるフレーム」の中から、どれを使いやすい状態にしておくか
が、
「”背景”(コンテクスト)を捉えるフレーム」によって決められます。

「ヘビ」のフレームは、渋谷の交差点では使われにくいでしょうが、
森の中では使われやすいと想像できます。

同じロープが地面に落ちていたとしても、
渋谷の交差点であれば「ロープ」のフレームに当てはまって恐怖は沸かず、
森の中だと「ヘビ」のフレームに当てはまって恐怖が沸く、ということです。

また、「犬」のフレームも、会議室の中では使われにくいでしょうが、
住宅地の中だったら使われやすいかもしれません。


こうした「背景」(コンテクスト)のフレームは、
映像的に見て、文字通り背景になっている部分で、それは
 「視野の周辺部分にあって、時間がたっても変わりにくい」
という特徴で捉えられているはずです。

そして、この
 「視野の周辺部分にあって、時間がたっても変わりにくい」
という特徴は、
会話においても維持されます。

つまり、話の内容を視覚的にイメージしたときに
映像の周辺部分にあって、時間経過に関わらず変化しないで保たれている
ところがあるわけです。

例えば、昨日の夕飯の話をしていたとしたら、
その話題の中で登場してくる人物や、会話の内容は
昨日の夕飯の場面の中に描かれるでしょう。

同じ背景をイメージしながら話を続けて不自然ではない状態が
「話が飛んでいない」という風にも言えると思います。

さっきまで昨日の夕飯の話をしていたのに、
急に「後ろから来た車が、すごいスピードで追い抜いていった」と言われたら
意味が分かりません。

むしろ、「あれ?急に、話題が高速道路での出来事に変わったのか?」
と疑問を持つかもしれません。

こうしたことが起こるのが、会話の最中であっても
話題の中から「背景」を捉えていて、それを「変化しにくいもの」として
頭の中のイメージに維持しているからだということです。

そして、こういう話題における「背景」を、
「話の流れ」とか「文脈」と呼ぶんです。

それを英語でいったのが「 context (コンテクスト)」。

つまり、コンテクストの認識は、
実世界における「背景」としても、
会話における「背景(話の流れ=文脈)」としても、
どちらでも使われている、ということになります。

英語の場合は、おそらく「コンテクスト」の一言で、
そういう理解がしやすいんでしょう。

日本語ですと、「背景」と「文脈」では印象が少し違うかもしれません。
「背景」のほうが映像っぽい実体験のことになって、
「文脈」のほうが、会話や文章の流れといったものになる気がします。

ただし、どちらもサブモダリティとして整理したときには
 「周辺部分にあって、時間がたっても変化しにくいもの」
として認識されているんです。

ということで、
「背景(コンテクスト)を捉えるフレーム」があって、
それは実体験として外的世界の「背景」を認識するのにも
話の内容を内的世界として処理するときに「文脈」として認識するのにも
どちらにも使われているわけです。

そして、繰り返しますが、
その「背景(コンテクスト)を捉えるフレーム」が、
 「”内容”を捉えるフレーム」の中から、どれを使いやすくしておくか
をコントロールしているんです。

上位のプログラム設定とでもいうか、モード設定とでもいうか、そんな感じ。

同じように右クリックしても、ワードとエクセルでは反応が違う。
その”ワード”か”エクセル”かを判断するフレームもある。
パソコンに喩えるなら、そういうことです。


なお、この「”背景”(コンテクスト)を捉えるフレーム」は
いわゆる『リフレーミング』のターゲットにはなりにくい傾向があります。

通常、『リフレーミング』は「”内容”をと耐えるフレーム」を変えることで
それに引き続いて起こる反応を変えるところに意味があるからです。

「背景を捉えるフレーム」を変えたとしても、
「内容を捉えるフレーム」の使われやすさが変わるだけで、
問題となる反応を直接的に変えるのは難しいでしょう。

逆に、「”背景”(コンテクスト)を捉えるフレーム」は、
会話の文脈という意味合いにおいて重要な役割をしていますから、
ここで技術的な扱われ方がなされるんです。

それが、ビジネス系のコミュニケーションなどで紹介される
「プリフレーム」や「フレーミング」というテクニックになります。

これらは、話の文脈(=コンテクスト)をコントロールする技術です。

話題の中に、コンテクストを限定するような言い回しを入れていくわけです。
その結果、相手が使う「”内容”を捉えるフレーム」をコントロールして
自分にとって望ましい反応を相手から引き出そう、ということです。

その言い回しによって、イメージの中に望ましい背景を作ってしまうわけです。

例えば、
「この先、会社で活躍していくことを考えたとき、
 このチャンレンジに取り組むことは、たとえどんな結果になったとしても
 きっと重要な経験になるはずだ」
というように伝えると、
まず「会社での自分のキャリア」という長期的な道筋がイメージされます。

その「長期的な道筋」が”背景”となって、その上に
直近の一点として「チャレンジ」が描かれて、その先の結果が描かれます。

最初から、「長期的な道筋」という長い時間のラインを設定し、
かつ、その行き先の部分に「活躍」という望ましいものを乗せたイメージを作っている。
そこに「チャレンジ」や「チャレンジの結果」を追加する。

そういうイメージを作るように語りかけることで、
「チャレンジ」も「チャレンジの結果」も、長いスパンの一点となって
大袈裟なものではないように捉えられるようになります。

そして、その「結果」が、「活躍」という未来に繋がるものとして描かれますから、
「チャレンジして結果が出る」→「将来に活躍する」
という『因果』が作られるわけです。

そうすると、実際にチャレンジして、上手くいっても、いかなくても、
その結果を
 「チャレンジした結果を経験すると、将来の活躍を予感できる」
というプログラムに当てはめて解釈できるようになると考えられます。

「この先、会社で活躍していくことを考えたとき」という『プリフレーム』が、
どんな結果に対しても「チャレンジした結果」というフレームを使うように
誘導していると言えるでしょう。

ですから、『プリフレーム』という技術は、
 会話において「”背景”(コンテクスト)を捉えるフレーム」を設定することで、
 望ましい反応が引き出されるようなプログラムを使われやすくするもの
と説明できるんです。


『プリフレーム』が扱っている「フレーム」は
「”背景”(コンテクスト)を捉えるフレーム」のほうであって、
「”内容”(コンテンツ)を捉えるフレーム」ではない。

逆に、『リフレーミング』が扱っている「フレーム」は
「”内容”(コンテンツ)を捉えるフレーム」のほう。

プログラムの機能の仕方として見ると、
同じ「フレーム」という単語が含まれていて紛らわしいですが、
やっている内容は別物だということです。

「認知の枠組み」なんていう都合のいい単語も、
きちんとプログラムの中身として見ていけば
別の作用として区別できるようになります。

そして、「背景」に注目して『プリフレーム』を使うのか、
「内容」に注目して『リフレーミング』を使うのか、
…その区別ができるようになれば、
明確な意図を持って効果を予測できるようになるはずです。

『状況』という言葉も、「内容」と「背景」に分ける。
『フレーム』という言葉も、「内容のフレーム」と「背景のフレーム」とで区別する。

その前提で説明を読んでいくと、今までとは違った理解ができるかもしれません。

cozyharada at 23:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!NLP | 心理学

2013年02月11日

ミラーリングの話

心理学の分野では、心理療法に限らず、
『ミラーリング』の効果を検証している研究者が結構います。

「どういう状況になると、ミラーリングが起こるか?」という
ミラーリングを人間の自然な反応として捉えた視点からの研究もあります。

信頼関係が築けてくると、無自覚なままでミラーリングをするようになる、
とか、そんな感じの話。

逆に「ミラーリングを意図的に行うと、どういう効果が期待できるか?」という
ミラーリングが引き起こす結果についての研究もあります。

ミラーリングを行った相手に対しては好意を抱きやすいとか、
信頼関係が生まれやすいとか、説得が上手くいきやすいとか。
被験者の主観的な評価を調べたものから、
家電量販店の販売成績への影響を調べたものまで、多岐にわたります。

まぁ、そうやって同じ効果を示すために、実験の条件を少し変えたり、
どれぐらいまで実社会で応用可能なのかを調べたりするのも、
1つの論文として発表されるところが心理学の特徴のようで、
そのプロセスでは何一つ新しいことを示していない印象も僕は感じてしまうんですが。


ちなみに、その分野の実験における『ミラーリング』の定義は非常に曖昧で
「同じような動作を2秒以内でする」などの指標で判断されることが多いようです。

どこからどこまでがミラーリングで、どれがニュートラルで、
どれが相手の全く違うことをしているのか…という基準が明確にできないんでしょう。

3秒たってから同じ動作をしたらどうなのか?
10秒だったら?
逆に0.5秒だったら、気づかれてしまうのか?

相手と全く同じ動作をする必要があるのか?
なんとなく似たような形になっていれば良いのか?
動作の大きさは、小さくても良いのか?

そんな定義ができないわけです。

なかには、そういうミラーリングそのものの定義にこだわろうとして
やたらと小さな指の動作1つで検証している人もいるようですが、
すると今度は、「そんな小さな動き1つが与える影響は、どの程度なのか?」
という新たな疑問が出てきてしまいます。

一方、「 Interactional Synchrony 」と呼ばれる、いわゆる『同調』の研究もあって
こちらはミラーリングよりも厳密なものとして区別しているようです。

全く同じタイミングで、全く同じような動作を行う。
それを『同調』と捉える、と。
こっちには、時差が無いんです。

反面、実験として条件をコントロールすることができません。
「同調させたときと、同調させなかったときでは、どう違うか?」
なんていっても、意図的に同調させることができないからです。

ですから、どうしても
「どういう状況だと同調が起きやすいか」という実験か、
「同調が起きているときには、どんな気分になるか」という調査か、
そのぐらいになってしまうのでしょう。

そのように調査方法に限界を感じてしまう分野ではありますが、
ミラーリングや同調といった振る舞いも、研究対象として認められている
ということそのものは、多少ホッとするところではあります。


そんな感じの分野のようですが、
中には僕の興味を引いてくれる研究もありました。

 「ミラーリングをされたとき」と、
 「ミラーリングをされなかったとき」とでは、
 ストレスのレベルがどのぐらい違うか?

ということを調べるために、
唾液中のコルチゾールの量を測定した実験です。

急性のストレスがかかるとコルチゾールが分泌されることは知られていますから
その量を測ることで、コミュニケーションにおけるストレスレベルを調べよう、と。

結果は、
 ミラーリングをされなかったグループでは
 コルチゾールのレベルが上がっていて
 ストレスを受けていたことが窺える
といったものでした。

ミラーリングの一切ない会話は、ストレスになる。
そんなことを調べたというわけです。

当然、ここでも「ミラーリング」の定義は曖昧ですし、
実験の状況に関しても微妙なところはあります。

ただ僕としては、
主観的な体験を別の現象のレベルで説明しようとした
という試み自体に好意を感じました。

「どうやって測定するか」ということを工夫するのも
何かを調べる上では重要な要素だと思いますから。

cozyharada at 23:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!心理学 | NLP

2013年02月08日

応援


【告知】

《カウンセリング講座・補講 〜焦点化編〜 》

  【日時】 2月24日(日) 9:30〜16:30
  【場所】 五反田駅周辺 (お申し込みの方にお知らせします)
  【参加費】 15,000円  (★再受講の方は、10,000円となります)

  →お申し込みはこちら>>

《ゼミ形式・勉強会 〜『スクールカウンセリングと燃え尽き症候群』〜 》
 ※開催が延期になりました。ご注意ください。

  3月10日(日) 18:30〜21:30

  →詳細はこちら>>
 



応援というと、学校の応援団や、チアリーダー、
Jリーグやプロ野球の応援のようなものが思い浮かぶかもしれません。

エネルギッシュでパワフルで、賑やかで「一致団結」といった感じ。
迫力のある音の渦を作り出して、場面を包み込むようなイメージです。

しかし、そうした応援の渦の中にあっても、ごく僅かな人たちが
声をあげずに手を握り締め、ときには手を合わせ、あるいは目をつぶってさえ、
その「応援」の気持ちを静かに放っています。

選手の家族が中心なのでしょうか。

その人たちは、「祈っている」んです。

エネルギーを発して、力強く奮い立たせる「応援」もあれば、
静かに、でも一心不乱に想いを届けようとする「祈り」もある。

喩えるなら、
 応援=太陽
 祈り=月
といった雰囲気でしょうか。


どちらが良い悪いではないでしょうし、
どちらが本人たちに、より力を与えるかでもないでしょう。
好みの問題や、個性の違いだろうと思います。

ただ、こと人数に関していえば、「祈っている」人のほうが少ない気がするんです。

例えば、オリンピックで金メダル候補の選手のことを想定したとき、
きっと日本中の多くの人が「応援」しているはずです。
開催地にいって会場までかけつけて「応援」している人もいます。

しかし、その選手の活躍を「祈っている」人が会場にどれくらいいるでしょうか。
多分、応援している人数ほどはいないんじゃないかと想像します。


「祈っている」人たちは目立ちません。

でも、祈れるのも素晴らしいことだと思うんです。

パワフルに応援してくれる人のほうが目立つかもしれませんが、
静かに真っ直ぐ祈っている人の存在にも、気持ちを向けていたいと感じます。

太陽よりも、月のほうが地球の近くを回っているわけですから。

…それとは少し違いますかね?

cozyharada at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!NLP | 全般
おしらせ
 ◆ セミナー情報 

New!

《カウンセリング講座》
〜セルフイメージの整え方〜


【日時】 2017年4月23日(日)
     10:00〜16:30


【場所】 滝野川会館
    303集会室

    JR上中里駅より7分
    JR駒込駅より10分
    南北線西ヶ原駅より7分


詳細はこちら>>
次回開催は6月の予定


 ◆ 過去の講座 

《新カウンセリング講座》
 〜まとめと実践〜


当時の内容はこちら>>


《勉強会》 

【テーマ】 変化の流れを考える

当時の内容はこちら>>
次回は未定



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  技術向上、
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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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