2016年03月

2016年03月05日

ヤル気の問題

学習という観点からすると、いわゆる『ヤル気』は重要なようです。

ヤル気があるから続けられるといったことだけでなく、
記憶の定着に差を生むはずです。

記憶に関する心理学的な実験においても色々と当てはまりそうですが
何より、実感として「気持ちがのっているか」の影響が体感できます。


もちろん『ヤル気』の定義も難しいところだとは思います。

言葉の意味としての『ヤル気=モチベーション』は
「動機づけられている」ということで、
ゴールに向かって進もうとする意欲のようなイメージが近い気がします。

ゴールに向かって進む意欲には、当然
ゴールに対して感じている魅力の高さも含まれるでしょうし、
「ただの憧れ」ではなく実際に一歩を踏み出す行動力も含まれるでしょう。

行動についても、ただ行動を続けることに限らず
取り組むことへの積極的な姿勢も、『ヤル気』のイメージには関係しそうです。

自ら工夫をしつつ、自主的に取り組もうという感じ。
そして取り組むことに楽しみがある感じ。

だからこそ目の前の課題に対して集中力が生まれ、
関心が高まり、1つ1つの体験が「濃厚」になる。

1つの体験から得られる情報量が増えて、色々と関連づけながら記憶すると
覚える過程においても効果的なうえに、思い出す引き金の数も増えて
必要なタイミングで覚えた情報を使いやすくなると考えられます。

そういう意味では、単純に「行動を起こす」動機づけだけでなく
 目の前の課題に興味が沸いて、取り組み方として積極的になれる
ことが、ここでいう『ヤル気』のポイントかもしれません。


実際、僕は英語でその効果を感じました。

当初は必要性から取り組み始めた英語学習でしたが、ある時期からは
「英語を使って何かを勉強する」というスタンスに変わりました。

その過程でも会話の機会を増やすために英会話教室には通っていて
週に一度ぐらいは「話す」練習をしていたんです。

現実的には、英語で心理学を勉強するぐらいだと
教科書を読む、授業を聞くのが英語を使う大半で、
それに加えて、英語で宿題を書くあたりまででした。
話す量は意外と少なかったものです。

ですから会話の機会としては、やはり週に一度の英会話が中心だったんです。

そのぐらいの頻度だとトレーニングの効果としては
決して分かりやすく実感できる範囲ではありませんでした。

仮に、英語を使う機会そのものが週に一度の1時間だったとしたら
トレーニングというよりも、忘れないための練習ぐらいだったかもしれませんが、
読む・聞く・書くを使うことがあった分、それでも多少の効果は続いたんでしょう。

振り返れば、少しずつではあっても、話すことにも慣れてきていたようです。


その後、英語で勉強することが減ってからも
 少しは読む、聞く、話すを取り入れ、週に一度の英会話を続ける
というのが続いていました。

もしかしたら量が足りなかったのでしょうか。
最近は、特に英語力が伸びる感じを味わうことは減っていました。

そんなとき、なんとなくのキッカケでイギリス英語の発音に興味をもったんです。

英語というものに対して、発音の角度から興味・関心が生まれた。
取り組んでみようという『ヤル気』が出てきたわけです。

だからといって、英語に触れる量が劇的に増えたわけではありません。
多分、トレーニングの量には大きな違いはないと思います。
むしろ英語で心理学を勉強していた時期よりは少ないぐらいです。

ところが発音という、英語学習全体からすると一部分のものに興味が出ると
自然と英語のトレーニングをするとき全般の集中力が上がるようでした。
つまり英語に対する『ヤル気』が上がる感じです。


とりわけ、僕からすると発音は比較的、放ったらかしの分野だったんです。

真似を通じて身につけるというモデリングのコンセプトに親しみがあったり
細かいところに注意が向く傾向があったりするためか、
ことさら心がけることなく発音は悪くなかったようなんです。

英語を集中的にトレーニングしていた段階でも
 「テストを受けたらスピーキングでは発音で加点される」
と言われていたのを思い出します。

そのため、あえて意図的にトレーニングをしようという対象にはなりませんでした。

一度だけ「発音とリスニングを強化する」趣旨の講座に出たことはありますが
その目的も主にリスニングを向上させるほうだったんです。
それほど発音の修正があった印象はありません。

英会話のときにも「発音については特に問題がない」と言われていたので
「まぁ、そんなものか」と気にせずに流していたんだと思います。

実際、英語を学習する過程では他の部分で問題を感じるものが多いですから。
聞きとれないとか、単語が分からないとか、話そうとしても言葉が出ないとか。

僕に限らず、世間一般の英語学習者を見ても
発音が後回しになるケースは多いように思えます。
日頃から英語を使って何の不自由もなく英語を話す人でも
発音はおろそかなままになっていることは多々あります。

音の質を真似することができていたとしても、僕の場合
日本語でありがちな単調なイントネーションは残っていたと思います。

一つ一つの単語の音に「問題がない」としても
英語らしい豊かな抑揚を含んでいたかといえば、そうではない。

ネイティブからしたら、大人しくて淡々としていて表現に乏しい感じでしょう。

単語の発音1つ1つにしても、それほど正確性にこだわってはいなかったので
きっと勘違いしているものなんかも混ざっているはずです。


そこでようやく発音に興味をもったんです。

それも日本人が英語を学習するときに普通に耳にするアメリカ英語ではなく
イギリス英語の発音のほうに。

日本語に喩えると、標準語(関東弁)を話していた人が
関西弁(京都弁)を身につけるようなものです。

それぞれの単語だけではなく、母音の違いやイントネーションの違いがあります。
発音記号だけを見て、正確な発音をするだけでは
イギリス英語っぽくはなりません。

自然と単語1つ1つの発音にも注意が向きますし、
母音も子音も「らしさ」を求めるからこそ、より細かく練習をしやすくなります。
アメリカ発音と対比できるのも、音を意識しやすいポイントかもしれません。

イントネーションについては今まで心がけていなかった部分
(自然に真似をするようにしていただけのこと)なので
かなり意図的な努力が求められる印象があります。

だから余計に注意が向いて、集中力が上がる。

集中力が増す分、音に対しても敏感になって、リスニングもよくなりそうです。
表現の幅も「イギリス英語らしい」ものに興味が沸きますから
新しい単語やフレーズを増やそうという意欲も上がります。

これまで発音を放っておいたからこそ、そこを入り口に興味を増やしたとき
今まで関心が向いていなかった多くのことが意識に上がるようになったようです。

久しぶりに英語に対してヤル気が上がっているような印象ですし、
真剣に取り組める分、英会話の充実度も高いと感じます。


学習の際にヤル気を高めることの重要性を実感するとともに
興味を持てることが見つかるかどうかがカギだというのも感じるところです。

興味を持てないものに興味を持つようにするという努力は難しいでしょうから
そう考えると、興味が持てるものに出会えることこそ
何よりのチャンスなのかもしれません。

2016年03月02日

中2日

初対面のとき、仕事について説明をすることは多いと思います。
無難な会話の入り口だという共通認識があるんでしょう。

ただ、僕の場合は面倒くさいところもあります。
一言で説明しにくいんです。

無難に終わらせるために
「フリーランスのセミナー講師兼コンサルタント」
みたいに説明することもありますが、それでも
もうちょっと突っ込んで聞かれる場合もあります。

どういうことをするのか?
どれぐらい忙しいのか?
どこでやっているのか?
などと。

僕の場合、週に5日出勤するような形ではありませんし、
セミナーの日数だけに注目すれば自由なものだといえそうです。

それ以上説明するのはもっと面倒くさいですから
突っ込んだ質問をされても適当に流して終わることが多いですが、
やはり知らない仕事については想像するのも難しいものなんでしょう。


例えば、プロ野球のピッチャーなら
試合に登板するという意味での「実働」は、一年間で数十試合です。

プロ野球選手の活動が放送されるのは3月頃から10月頃までが中心で
全試合に出場する野手でも140試合ぐらい。

先発ピッチャーともなれば、試合に出るのは
春先から秋にかけての半年強の間のうち
中6日、つまり週に一回です。

一年で30試合以下。

これを「実働」と捉えたら、プロ野球の先発ピッチャーは
一年のうち30日も働いていないことになってしまいます。

ですが実際には、練習だとかトレーニングだとか体調管理とか
さまざまなことで試合以外の日を野球のために費やしているはずです。

爪切り1つさえも仕事の一部といえるかもしれません。

あるいはファッションモデルの仕事だったら
モデルとして写真を撮られたり、ショーに出ているときだけが
仕事ということではないんでしょう。

普段の食事や体の管理も仕事として捉えているのではないでしょうか。


また、僕が研究職をしていたときは「実働時間」でいえば
職場のほとんどの研究員がずっと会社にいるような感じでした。

休日に会社に来るのも当たり前で、早朝から日付が変わるぐらいまで
ずっと実験やら何やらの作業をしている人ばかり。

「会社にいる」という観点では1日18時間ぐらいの人もいたものです。

研究という職業のうち、どの部分が仕事に当たるんでしょうか?

目に見える形で「納品」できるのは、報告書を書いたときぐらいかもしれません。

研究発表なんかは仕事の進捗報告会議のようなものでしょうし、
実験は営業のような感じに当たりそうにも思えます。

逆に研究員同士でやっていた勉強会は勤務時間外に設定されていて
それでも義務として誰もが取り組んでいました。

業務時間外に行われるものであっても、学術論文を興味深くまとめるのが
研究員の能力の1つとして評価される可能性がありましたから
ある意味では仕事の一部といって良かったようにも感じます。

それとは別に、研究に役立つ知識として本や論文を読んだりもしていましたが
こちらは自分のための勉強だった分、仕事の意識は無かったものです。


そんな風に考えていくと、何をもって「仕事」と呼ぶのかは難しい気がします。

直接的に商品・サービスを提供している間だけが「仕事」だとしたら
プロ野球のピッチャーは一年に30日も仕事をしていないことになります。

飲食店だとしたら、営業時間外の準備も仕事に含む印象がありますから、
プロ野球のピッチャーが一年かけて体の管理や練習をしているのも
準備という意味では仕事に含まれるのかもしれません。

このあたりの部分は、塾講師のアルバイトなどでも話題になったようです。

担当した講義のコマ数で給料が発生する形だと、授業前の準備や
事務手続き、生徒への個別対応などには給料が支払われない。
これはタダ働きだ、と。

逆に、作業内容にかかわらず、時間に対して給料が発生する場合もあります。
ときには、待つことそのものが仕事になることも。

また、個人でビジネスをしている人の場合、集客のプロセスとして
さまざまな工夫を日頃からしているものでしょう。

その過程そのものでは売上は出ませんから、あくまで準備段階のはずです。
これを「仕事」と捉えている人がどれぐらいいるのか、少し興味があります。

ところが、同じことを専門にしているプロの集客コンサルタントや広告業者なら
全く同じ内容のことをしたとしても、それが利益に直結する「仕事」になる。

「仕事」の定義は人によって随分と違うものなんでしょう。

自分にとっての「仕事」の捉え方で、他の人の仕事を見ると
見えない部分が多いような気がします。


僕は個人的に、あまり「仕事」という認識を強く持っていませんから
ある意味では芸術家とかに近い発想なのかもしれません。

とりあえずやる。
それに値段がつくかどうかは後の話、と。

バイヤーがいてくれると楽なんでしょうね。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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