2016年07月

2016年07月31日

「良くなる」とは何か(勉強会内容・仮)

ここ数カ月は土日の予定が埋まってしまっていて
勉強会の開催が難しくなってしまっています。

一番近いところだと
 10月16日(日)
が空いているので、
そのあたりで何かをやるかもしれません。

内容はまだ決まっていませんが。


セラピーとかカウンセリングとか、そういう系統じゃないかと思います。

コミュニケーションの技術としてだけでなく
「良くなる」とはどういうことかを吟味するところから始めて
どんな援助が可能なのかを考えるような方向でしょうか。

考えが固まってきたら案内を出すつもりです。

2016年07月28日

英語学習のスタイル

ブリティッシュ・カウンシルというイギリスの公的な国際交流機関が
英語の資格試験や英会話スクールをやっています。

先日、そこの単発の講座を受けに行ってみました。

わざわざイギリスの機関に受けにくるわけですから
受講生の大部分はイギリスに思い入れや関係のある人が多かったようです。

中にはイギリスの帰国子女とか留学生で
日本に帰ってからアメリカ人に囲まれて仕事をすることが増えたため
イギリス英語を取り戻したくて受講したなんて人もいましたし、
夫がイギリス人で息子がイギリスの学校に通っているから
父兄の集まりが大変で講座に参加したなんて人もいました。

わざわざイギリスの英語スクールにやってくる以上、
なんとなく英語が話せるように…といった動機の人は少ないみたいです。


イギリスの公的機関ということもあって、先生は当然イギリス人。
それも、RPという、いわゆる標準的な発音を身につけた人が講師になれるのでしょう。
訛りのある人は見当たらない印象でした。

じゃあ、レッスン内容もイギリス特有の何かがあるのか?というと、
そちらはそれほどでもない印象だったんです。

おそらく単語のスペルとか、一部の言葉やフレーズは
イギリス英語特有のものを紹介することになるでしょうが、
英語を学習する日本人からすると、そこにそれほどの差は感じないと思われます。

高度なライティングを習うと、文化の差として
アメリカのスタイルとは違ったものが出てくると想像できますが、
僕が取った講座では、そこには触れていませんでした。

むしろアメリカ英語に触れる機会の多い日本人に対して
アメリカ英語として慣れてしまっている発音やリズム、イントネーションがあっても
そこは聞き流していたように思います。

アメリカ英語との対比としてイギリス英語を学ぶというスタンスは、
アメリカ英語中心の日本の英語教育を受けた日本人受講生には重要でも、
イギリス英語こそ英語だと考えるイギリス人講師には関係ないのかもしれません。

日本人がアメリカ英語に慣れた発音をしていても
「それはアメリカ英語の場合で、イギリス英語ではこうです」
などと指摘することは少ないようでした。

それどころか日本語なまりの発音が含まれても
あまり厳しくは指摘していませんでしたから、もしかすると
アメリカ英語なのか日本人英語なのかさえ重視せず
許容範囲かどうかだけで判断していた可能性も想像できます。

イギリス国内だけでも強い訛りのバリエーションがありますから
「これが正しい発音だ」と強く指導するスタイルにはなりにくいのでしょうか。

そういう意味では、
 先生が見本を見せて、生徒は自分で真似して練習する
という、よく見かけるスタイルの指導法だったと感じます。

先生がイギリス人というだけで、レッスンの風景は
他の英会話スクールと大きくは変わらないのかもしれません。


実際、講座中に体験したレッスン内容は
他のところで受けた同様の講座と共通するものでした。
やったことのあるトレーニングだった、と。

言い換えると、標準的な英語指導の方法なんでしょう。

教科書にしても英語の教材として売られているものには、
文法、読解、発音、聞き取り、会話練習などを
まんべんなく散りばめたようなスタイルが多い印象を受けます。

レベルが変われば使われる表現の種類や文章の内容が高度になるものの
基本的な進み方は変わらない気がします。
ビジネス英語であっても、表現やトレーニングの設定がビジネス用になるだけで
やはり全体的な構成は似ているように思うんです。

もっといえば、フランス語のテキストでもスペイン語のテキストでも
そのスタイルはよく似ています。
レッスンの進み方も似ていると感じます。

少なくとも日本人英語教師が工夫して色々な講座内容を組み立てるほどには、
ネイティブが進める語学では講座内容に大きな差がなさそうです。

大きな理由は、きっとヨーロッパ言語が似ているところにあるのでしょう。
文法的にも単語的にも共通点が多い。

英語が母国語の人がフランス語を勉強するとか
フランス語が母国語の人がスペイン語を勉強するとか、そういう学び方だと
言語同士の類似性が学習の効率を上げてくれるんだと思われます。

実際、ヨーロッパにはCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)という
語学の基準があって、それで習熟度と判定のための試験を決めているそうです。

その基準に沿って学習カリキュラムを設定すれば
レッスンのスタイルが似てくるのも自然なことかもしれません。

イギリスの公的な機関が作るカリキュラムであれば
それほど日本人に向けて特化した内容ではないと想像しますから、
世界中で広く使われる英語学習法(外国語学習法)を採用していて
際立った個性はむしろ少ないとも解釈できるでしょう。

アメリカ英語であってもイギリス英語であっても
さらにはフランス語やスペイン語でもあっても、
ネイティブが教えるほど一般的な内容になるものかと感じた次第です。


特に発音に関していえば、英語の発音が悪いのは
日本人に限った事ではありません。

中国人からは強烈な中国語訛りの英語も聞いたことがありますし、
韓国語訛りの英語もあるという話です。

フランス語訛りの英語は、抑揚がなく早口でボソボソとした感じでしたし、
ドイツ語訛りの英語は、スタッカートがキツくて、スムーズさに欠けます。
アラブ系の英語なんかもニュースでは耳にしますが、かなり特徴的です。

日本人がLとRの音の区別をできないのと同様に、
母国語で存在しない音や、区別していない音は
英語を習得しようとしたときには発音し分けるのが難しいみたいです。

日本語は英語との差が大きい分、大変さも大きいでしょうが
外国語習得において発音の壁は世界共通のように思えます。

だからこそネイティブからして許容範囲であれば
それほど発音をネイティブ並みに指導しようとはしないのかと感じます。

母国語の訛りがあっても英語として話せていれば問題がないし、
実際に世界中の英語話者はそんなものでもあるのでしょう。

結果としてアメリカ英語とイギリス英語の発音の違いぐらいであれば
わざわざ細かくは指導しないことになるのではないか、と。


発音に関しては、そもそも寛大。
英語のレッスンスタイルは世界的に標準化されている。

イギリス人が講師をしてレッスンを進めるといっても
なかなかイギリス英語に特化した印象にならないのは
そのあたりが関係しそうな気がしています。

cozyharada at 23:05|Permalinkclip!コミュニケーション | NLP

2016年07月25日

よく噛んで食べるには…

「よく噛んで食べなさい」という話を聞くことがあります。
「30回噛むと体にいい」とか。

実際に見ていると、よく噛む人もいますし、ほとんど噛まない人もいます。

あまり噛まないと消化に良くないとか、
噛まないと早食いになって太るとか、
色々な説明も付随するようです。

噛んだほうが消化に良さそうなのは想像しやすいですが、
消化しやすければ吸収もされやすくなって太りやすそうにも思いますから、
早食いが太るのは満腹感との関係のほうが大きいのかもしれません。

あまり噛まずに飲んでしまうと、満腹を感じる前に沢山食べて
量を食べ過ぎてしまうという話なんでしょう。

健康志向の説明には、「よく噛んで食べましょう」という話は多いみたいです。


しかしながら、この「よく噛んで食べましょう」という教え、
指導の仕方としては効果的とは言い難い気がします。

なぜなら、あまり噛まない人の特徴の実態は
「噛む回数」にあるのではなく、
「飲み込みの上手さ」のほうにあると思えるからです。

あまり噛まない人は、噛む回数を減らしているわけではないように見えます。
噛まないでも飲み込めてしまうんです。

嚥下が上手いんです。

飲み込み(嚥下)は、実のところ、なかなか複雑な動作です。
幼いころや高齢になってからだと、飲み込むのも大変なようですし。

舌の運動で食べ物を喉の奥のほうへ送り
鼻の奥と口との境目を閉じて空気を遮断する。

舌根が下がって喉の奥に入った食べ物を密閉したら
喉の奥では気管に食べ物が入らないように蓋をして
食道が広がる動きによって内部が陰圧になって吸引されるように
食道の奥へと食べ物が輸送される。

…そんな感じだったと記憶しています。

特に動作として学習する必要があるのは
舌の運動と喉の奥(舌根部)の動作でしょう。

この動作に個人差が見受けられます。


噛む回数が多い人と、少ない人では
飲み込む作業をするときに、舌や喉の奥の動きに違いがある
ということです。

噛む回数が多い人は、噛んでいる最中に
舌の真ん中からやや奥にかけての部位が盛り上がって
口の中の食べ物が喉の奥へと移動しにくい形を作っている傾向にあります。

歯の周りから舌の先端部の上側にかけては繋がった空間がありますが、
舌の奥のほうが盛り上がっているため、喉の奥の空間には繋がっていない。

だから噛んでいる間はずっと食べ物が、歯の周りから舌先の上あたりにあって
喉の奥へと送りこまれていかないんです。

結果として、いつまでも噛み続けることができる。
柔らかい食べ物であっても、口の中に残り続けるんです。

一方、噛む回数が少ない人は、噛んでいる最中から
食べ物が喉の奥へと送りこまれていきます。

下の中央部分が盛り上がらずフラットになっているか、
あるいは積極的に舌を運動させているようです。

舌を平らにしたまま噛むと、口を開けたときには食べ物が舌の上に乗り
口を閉じるとき(噛むとき)には、舌の上にあった食べ物が
口の奥側(喉のほう)へと送りこまれます。

このとき喉の奥に送り込まれた食べ物は
舌根部の運動によって飲み込み(嚥下)のプロセスに進んでいます。

つまり、噛みながら飲んでいるわけです。


噛む回数が多い人は、舌の中央を盛り上げて
喉へと続く空間を閉じる感じになるため、
食事中に感じられる口の中のスペースは前側(前歯に近いほう)となります。
口の前のほうで食べる感じ。

一方、あまり噛まない人は、舌を平らに下げたまま噛みますから
喉の奥に続く空間が空いていて、口の奥全体にスペースが生まれます。
口の奥のほうで食べる感じになるといえます。

そうすると噛む回数が多い人は、ある程度の回数を噛み終わってから
ようやく舌の奥の空間を広げて食べ物を喉の奥への輸送し、
今まで口にあったものを飲み込むことになります。

「噛む→飲む」のように、作業を分割しているわけです。
いわば回分式です。

それに対して噛む回数が少ない(あまり噛まない)人は
噛んでいる最中から常に食べ物は喉の奥へと輸送され、
アゴの動きとしては噛む作業をしながらも
喉の奥では飲み込む作業を同時に行うことになります。

そして徐々に減っていった食べ物を最終的に全て飲み込んで
それから次の一口を口へと運ぶことになる。

「噛みながら飲む」がしばらく続き、それから「飲み込み」を完了させる。
「噛む+飲む→飲み込み完了」といった感じ。
こちらは連続式の感じです。


噛む回数が多い人は、口の中のスペースが前側に限定されていますし、
口の中のものを全て一度に飲むことになりますから
飲み込める量にも限度が出てきます。

そのため、あまり沢山の食べ物を一度に口へと運べないんです。
多すぎると口の中のスペースが足りないし、飲み込むのも大変です。

ところが噛む回数が少ない人は口の奥の広いスペースに食べ物を入れるので
一口の量を多くすることが可能です。

そして噛んでいる最中から喉の奥へと食べ物は送られ
数回噛んだ頃には口に入れた食べ物のうち大部分は
もう飲み込まれていっています。

だから、あまり噛まない人ほど大口に食べ物を運ぶ傾向があるのでしょう。
しかも飲み込むのも早いのですから、必然的に食べるスピードも速い、と。

大食いでテレビに出るような人(ギャル曽根など)も一般的には
噛む回数が少ない種類の食べ方をするように見受けられます。

喉の奥を開いて、舌を下げたまま一気に沢山の食べ物を運び込む。
そして噛んでいる最中からドンドン飲んでいく。

マツコ・デラックスなどは、舌の中央部と上顎とで
食べ物を押しつぶすような作業も入れています。
歯で噛むというよりも、舌で押しつぶすような食べ方です。

舌で食べ物を押しつぶそうとすれば、舌の奥のほうの食べ物は
一気に喉のほうへと送られることになりますから、
自動的に飲み込むタイミングも速くなるでしょう。

早食いになるのも頷けるところです。


※なお、ごく稀にですが、大食い競技に出る人でも
 噛む回数が多いタイプの食べ方をする人がいます。

 こまめに前歯で食べ物を噛みちぎって口の中に入れ
 速く顎を上下させて食べ物を噛み砕き、
 それから飲み物と一緒に一気に流し込むような食べ方です。

 おそらくこの食べ方の人たちは、飲み込むのが上手くないんでしょう。
 だから水と一緒に飲まないといけない。

 放っておいたら、いつまででも噛んでいられるほうの食べ方だと考えられます。

 こちらは例外的です。


こうした食べ方の違いは、「たくさん噛もうとしているか」どうかではなく、
むしろ噛むときの口の使い方に依存しているといえます。

それによって生じる飲み込み(嚥下)の作業の違いが
どれだけ噛み続けていられるかを決めている、ということです。

言い換えると、噛む回数が少ない人に
「もっとよく噛んで食べましょう」と言ったところで、
どんなに噛もうとしても、噛んでいるそばから食べ物は飲まれてしまうのだから
頑張って噛んだつもりでも数回増やすのがやっとになってしまうと想像できます。

噛む回数を増やしたければ、舌の中央を盛り上げて
口の前のほうで食べるようなつもりで、
食べ物が喉の奥へと行かないように心がける必要があるでしょう。

これは技術的な練習なんです。

よく噛むことを心がけるのではなく、
噛みながら飲み込まないように、食べ物を喉の奥へと送るのを止める。

そういう心がけをすれば自然と食べ方が変わってくると思われます。

一口の量も減るし、食べるスピードも落ちてくるのではないでしょうか。

cozyharada at 23:53|Permalinkclip!NLP | 全般

2016年07月22日

機会が足りないと…

フランス語を勉強し始めてから一年と少し。

なんとなく英語力が落ちてきている気がします。

フランス語が頭の中で混ざってきて厄介なときも多少ありますが、
本質的には英語に触れる時間が減っているのが原因でしょう。

週一回の英会話には通っていても、それで維持できるのは
発話のトレーニングぐらいなものです。

リスニングは変わらないか、あるいは慣れによって
多少は向上しているところもあるかもしれません。

問題は単語力です。

自分がアウトプットするボキャブラリーは限定されやすいのか、
意図的に使わないと、せっかく一度覚えたものも
「あれ、この単語なんだっけ?」といった思い出しずらさを感じます。

地道に覚えた単語を使う習慣をつけるとしても
よほど意識していないと普段の英会話教室では使えません。
慣れに頼ってしまいやすいようです。

何より、英語を運用する量が減っています。
これが主な原因でしょう。

フランス語の勉強を始める前は、英語を使う機会を増やすために
英語で受けられる受講を取ったりしていました。

だいたい教科書を読んでくる課題がありましたから
必然的に英語に触れる時間が多かったわけです。

読み物だと、受動的なアウトプットではあっても
バリエーションの豊富な単語に触れられます。

繰り返し目にするうちに覚えていく単語もあったでしょうし、
一度覚えた単語も忘れる前に目にすれば、定着しやすかったでしょう。

フランス語の勉強に時間を取るようになってから、
宿題として英語の文章を読む頻度が大きく減ってしまいました。

かといって現状で、英語を使った講座を追加するのは
スケジュール的に大変です。


となると、フランス語の量を減らして英語の比率を上げるか、
講座を取るまではいかなくても英語を自習するか、でしょうか。

ただ、今のフランス語の力からすると、むしろフランス語のほうを
集中的にトレーニングしたいような気持ちもあります。

そうするとやはり、英語を自習するのが賢明な気がしています。

では、どうするか?

課題は英単語のところにありますから
インプット量とアウトプット量を増やす工夫が求められそうです。

BBCで英語のラジオを聞くのは無理なくできそうですから
こちらは頻繁にやってみようかと思います。

あとは聞き流さずに、耳慣れない単語を調べる。

それからアウトプットとして英語を書く頻度は増やしてみたいところです。
覚えておきたい単語を混ぜ込むように意識する感じでしょうか。

何より、読む量を増やしたい。
ここが悩ましいです。

なにせ日本語での読書量も減っていますから、
いったい英語で何を読むんだという話になります。

パッと浮かぶのは英語の論文や科学記事ですが、
これらは意外とボキャブラリーが限られています。

多少読みにくいぐらいのほうがトレーニングになると考えれば
英語の週刊誌などを読むのが良さそうです。
…しかしながら、僕は社会情勢に興味が薄い。

ちょっと科学よりの雑誌を読むとかが気軽に始められるところかもしれません。

あとは英語で仏教を勉強する。
これなら興味が持てそうです。

あぁ、書いていたら、なんとなく英語の仏教書は良さそうな気がしてきました。

ちょっと探してみようかと思います。

cozyharada at 23:31|Permalinkclip!NLP | 心理学

2016年07月20日

実践心理学という呼び方

中身の分からないものを紹介するのに
なんとなくの雰囲気が想像できるキャッチフレーズをつけるのは
よく行われる効果的なやり方なんでしょう。

NLPについては「実践心理学」というフレーズが使われることがあるようです。

実際に心理学として扱われる分野にNLPが含まれるわけではありませんし、
NLPのスタンスはむしろ心理学とは真逆といっていいぐらいに違います。

心理学が人間全般に共通する心の性質(傾向)を知ろうとするのに対して
NLPでは、一人一人が異なった心の性質(傾向)を示す『仕組み』を理解したい。

心理学は統計を利用して、客観的に計測可能なデータで心を調べますが
NLPは個人の主観的な体験の中身を調べるのがメインです。

たしかに心理学においても応用的とされる分野があるものの
それが「実践心理学」などと呼ばれることはありません。

「実践心理学」という言葉は、「社会心理学」のような
心理学の一派を示す単語とは全く性質が違うわけです。

NLPのスタンスが心理学とは違うことからしても「実践心理学」は
「実践的な心理学」という意味にもなりません。

世間一般の人が「心理学」に対してイメージする
「心についての知識」という印象を利用して、さらに
「日常生活の中で使う」という意味での「実践」を付け加えることで
「日常生活で使えるような心についての知識」といった趣旨の造語としたのでしょう。


もっと言ってしまえば、心理学は「学問」です。
学問と実践は違います。

「研究」は学問でも実践の分野でもなされます。

企業で製品化を目指しながら研究をする人は大勢います。
企業の研究者は実践のための研究をしているといえますし、
もちろん、その人たちが研究成果の一部を学問の世界に発表することもあります。
学問の世界にも応用を意識した研究もあります。

とはいえ、企業で実践として研究をする趣旨と
学問として研究をする趣旨との間には違いが見えます。

学問は理解を深めるほうが主目的で
実践は役に立つほうが主目的だといえると思います。

学問分野の応用研究は、役に立つことを視野に入れながらも理解が重要。
企業などの実践から生まれる学術的成果は、
理解を深める成果であっても、そもそもは役に立つことが重要。
(企業の基礎研究部門では学問をすることもあるかもしれません)

つまり学問と実践は、そもそも真逆といえるぐらい
目指す方向性が違っているのではないか、ということです。

その意味では「実践心理学」という単語は、「中華和食」という言葉ぐらい
性質の違ったものを組み合わせた造語だと思われるんです。

ですから「実践心理学 NLP」といった表現は
「中華和食 ラーメン」ぐらいの感じでしょう。


強調しておきたいのですが、僕はこの「実践心理学」という言葉について
問題視しているわけではありません。

造語として見た場合には「中華和食」ぐらいの奇妙な取り合わせですが、
「中華和食」という造語がラーメンの性質を想像させる上で
ラーメンの性質を知らない人にそれなりの分かりやすさを提供するように、
「実践心理学」も奇妙な単語の組み合わせながら
知らない人が雰囲気を想像するには都合が良いようです。

「中華和食」という単語の組み合わせが奇妙に思えたとしても
セットで1つの造語として捉えれば、問題もなさそうです。

そして何度も繰り返し言っていると、「中華和食」にも馴染みが出てくるように
「実践心理学」にも違和感はなくなってくるとも思います。


その一方、NLPを紹介するキャッチフレーズとして
たまに目にすることがあるのが「NLP心理学」という言葉です。

この言い方をする人が、実際にNLPを紹介しようとしているのか
それともNLPをアレンジした何か別物を伝えようとしているのか
そのあたりは分かりませんが、
この表現には注意が必要な気がします。

「NLP心理学」は見ての通り、「NLP」と「心理学」とを組み合わせた言葉です。

「○○心理学」といった場合、学問としての心理学の一派として知られたものか、
あるいは「実践心理学」のように誰かが「心理学」という言葉の印象を利用して
作り出した独自の名称であるか、そのどちらかでしょう。

先ほども書きましたが、NLPは心理学の一派ではありませんから
「NLP心理学」という分野は心理学には含まれていないはずです。

となると「NLP心理学」というのは独自の名称だろうと考えられます。

また、「中華和食」が中華料理や和食そのものとは違うのと同様、
わざわざ2つの単語を組み合わせて作った言葉は
「元々の言葉の持つイメージを反映しながらも新しい別物」
という意味合いがあるでしょうから、
「NLP心理学」もNLPや心理学そのものではないことになってしまいます。

「実践心理学 NLP」が「中華和食 ラーメン」に対応するとしたら
「NLP心理学」は「ラーメン中華料理」みたいな言葉に相当するでしょう。

「ラーメン中華料理」と言われたら、
普通の中華料理ではなさそうに感じるのではないでしょうか。
いわゆるラーメン屋でもなさそうだし、一般的な中華料理でもなさそう。

そういう意味で、「NLP心理学」と言われると、僕の印象では
NLPでも心理学でもない独自のものに感じられてしまうんです。

「NLP心理学」として何かを伝えている人が
NLPそのものではない独自色の加わったものを扱っているなら
そういう呼び方もあるのかもしれません。

それが本人の扱っている内容を最も適切に説明しているとしたら
上手くタイトルをつけたとも言えるんでしょう。

実際、「NLPコーチング」のように
NLPそのものから派生した技法を紹介している人もいますから。

しかし、もしNLPを一般の人に伝える上で
「”NLP”という単語だけでは伝わりにくい」と判断して
「NLP心理学」という呼び名に換えていたのだとすると、
これはチョット、名称が実態を表しているとは言えないように感じます。

「NLP心理学」という心理学があると勘違いする人もゼロではないでしょうし、
逆に「NLPから派生した別物」と捉えて勉強してみたら
実情はNLPそのものだったというのも、宣伝として誤解が多そうです。

「実践心理学 NLP」のように、NLPの頭にキャッチフレーズをつけるのと
「NLP心理学」のように、NLPを含んだ別単語を作るのは、
どんな内容を説明する言葉になるかという点で
大きな違いがあるという話です。

知らない人に短い言葉で分かってもらう工夫は難しいものですが、
なんとなく似たようなものをイメージしてもらうのと
誤解を与えないようにするのとを両立するとなると、
さらに難しいことになるのかもしれません。

cozyharada at 22:44|Permalinkclip!NLP | NLPの基本情報

2016年07月16日

街の雰囲気

セミナーの関係で大阪から名古屋に移動しました。

こういうスケジュールは何年ぶりでしょうか。
最後の記憶は食中毒で苦しんだ日で、あれは6,7年前の気がします。

大阪へ泊りがけで行くことは多いですし、名古屋もそうです。
大体の場合、大阪なら大阪、名古屋なら名古屋だけで週末を過ごします。

大阪で一泊、名古屋で一泊、そんな形は珍しかったんです。

普段は一箇所での宿泊のみですから、
その土地柄を意識するのは、普段住んでいる東京との比較になります。

東京と比べて大阪、東京と比べて名古屋。
そういう基準で大阪や名古屋を特徴付けていたんでしょう。

ところが今回は大阪から名古屋への移動ですから
大阪と名古屋という比較ができたみたいです。

今までにない印象の違いを感じました。

大阪も名古屋も大都会ですが、名古屋のほうがコンパクトというか静かな感じ。

人が動くスピードや人の数、話し方の違いなどでしょうか
大阪のほうが色々と目まぐるしく感じられます。

たぶん、エレベーターのドアが閉まるスピードも大阪は早いと思います。

なかなかこうした違いを感じるのは面白いものです。


エスカレーターには慣れてきましたから
左側を空けて立つのか、右側を空けて立つのかには
比較的すぐに対応できるようになりました。

新幹線の駅も、JR東海としてなんとなくの共通点があるからか
とくに戸惑うことなく利用できています。

ところが大阪で地下鉄や在来線を利用したりすると
途端に馴染みのなさに戸惑いが出てきます。

出張のたび同じ地下鉄を使っているのに
どういうわけか慣れていないみたいです。

目に入る景色や人の動き、ホームの形や色合いなど
いまだに「知らない土地にいる」ような感じが無くなりません。

観光で初めての土地にいるのとは印象が違います。
観光の場合には、そもそも慣れようとしていないのか
初めての土地の新鮮さを楽しむようなところがある気がします。

それに対して大阪の電車については
何度も来ているからこそ馴染もうとする動機があって
にもかかわらず馴染めないところに戸惑いがあるんでしょう。

もしかすると大阪にでも住めば慣れるのかもしれませんが…。


でもそれ以上に、街のリズムと自分の行動リズムとのギャップは
なかなか埋まらないところのようにも感じます。

自分が落ち着きやすい街のリズムがあるのかもしれません。

大阪と名古屋とを比較してみると、まさにリズムが違う感じがします。

そのあたりからも、人によって住みやすい街が変わってくるのでしょうか。

意外と知らないうちに、自分が住むことにした街には
自分好みのリズムがあったりするのかもしれません。

cozyharada at 23:39|Permalinkclip!NLP | 全般

2016年07月13日

英語の講座に行ってみます

ブリティッシュ・カウンシルというイギリスの公的な国際交流機関が
日本で英語に関するスクールもやっています。

値段が安いわけではないようですが、イギリスの英語を
イギリス人が考える教育システムで学べるところは多くないので
なかなか有意義なところなのではないでしょうか。

試験対策講座や、単発のセミナーなんかもあって
英会話教室というよりも英語総合のスクールという印象。

中にはイギリス文化や文学に特化したようなものもあって
イギリスに留学したい人や、イギリス文化の好きな人が集まるみたいです。


僕は一度だけ見学というか、レベルチェックに行ったことがあるだけですが
今度、平日に発音講座があるようなので参加してみることにしました。

土日は仕事でスケジュールが合わないことが多いため
平日でタイミングが合うのは助かります。

まぁ、それほどしっかりとトレーニングする内容ではなく
コツやトレーニング方法を紹介して、あとは自分でやることになるのでしょう。

それでもイギリス人から教えてもらえるのは興味深いところです。

彼らが自然にやっていることを、どういう風な表現で伝えるのか?

そしてイギリス人の耳からして自然な音になるようにチェックをしてもらい
修正してもらえるのではないかと期待しています。


最終的には練習の環境が一番のネックになるかもしれません。

なかなか一般的な英会話教室では、
標準的な発音のイギリス人講師がいないようですから。

やはり必要に迫られる環境に身を置くのが
トレーニング方法としては効率的なのでしょう。

そう考えると、適切な練習の場を作るという努力もまた
勉強しに行くのと同じか、それ以上に重要なことのように思います。

cozyharada at 23:50|Permalinkclip!コミュニケーション | NLP

2016年07月10日

新商品開発の裏

最近のコンビニやスーパーはスゴイと、つくづく感じます。

スーパーでは、その品ぞろえの豊かさから
流通システムがどうなっているのかを想像すると感動さえ覚えます。

コンビニでは商品の品質にも驚きます。

生鮮食品ではスーパーに及ばない分、
加工食品の開発に力を入れているのでしょうか。

手軽で美味しいものが沢山あるみたいです。


僕は個人的に弁当の類を買うことが極めて少ないんですが
その分、小分けの食べ物を買うことはあります。

近頃のお気に入りは、笹かまぼこ。

ファミリーマートのよりもセブンイレブンのほうが
ふっくらとして塩分も控えめな感じで好みに合います。

小腹が空いたときには丁度いいですし、
腹もちもいい感じがします。

また、ダイエットに評判の良かったサラダチキンも各コンビニで広がり、
味付けのバリエーションも増えてきているようです。

セブンイレブンで扱っているカレー風味や
ファミリーマートの柚子胡椒味なんかは
味の染み込みにくい鶏胸肉に、きっちりと味付けされています。

他にも密閉された包装の食品で、バリエーションが増えている印象です。

こういった加工食品は、弁当に近い形式のお惣菜よりも
日持ちがするように作られているのでしょう。

それと同時に味にも配慮しながら製造されている。

チルドに代表される密閉した包装の食品は
密閉状態で加熱することで包装内部を殺菌して
保存可能期間を延ばしていると考えられますから、
一般的なプラスチック皿に乗ったお惣菜とは調理法が違うはずです。

となると、ただの料理としてではなく
密閉包装しながら火を通す形で、味を整える必要があると思われます。

製造ラインのことも考慮しながら、特殊な調理法を開発する人たちがいて
努力と思考錯誤の末に生まれてきたものなのではないでしょうか。


いつの間にか豊かに、かつ便利になっていくコンビニの食品。

それは、「美味しいものを作って、早く輸送する」という商品提供とは
また違ったスタイルで品質を上げる工夫に裏づけされている気がします。

実際に僕が買うものは限られていますが、
いったいどんな人たちが、どんな工夫をして、どれだけの努力をして
店頭に並ぶことになっているのか?と想像しながら棚を眺めていると、
しみじみと心を動かされます。

電化製品の進歩ほど、実用的な実感は得にくいかもしれませんが、
身近で何気なく見えがちなコンビニの食品もまた
相当な技術開発が起きている分野なんじゃないかと感じています。

ちょっとした観光気分や博物館めぐりのような楽しさがあります。

cozyharada at 23:30|Permalinkclip!コミュニケーション | 全般

2016年07月07日

慣れが求められる時期

先日、フランス語の先生から
「原田さんだったら、3か月ぐらいフランスに行ってくると
 一気にペラペラになると思いますよ」
と言われました。

外国語習得において、その言語だけの環境に身を置くと
学習が大幅に速くなるというのはあると思います。

ただしそれには時期があって
ある程度の土台を築いてからでないと効果が薄いと考えられます。

特に、実際に外国語だけの環境で過ごしたときには
頻繁に使うことになる部分で『慣れ』が起きるのが大きなポイントでしょうから、
聞きとりや発話については上達が期待されます。

話せることは聞きとりやすいし、
聞いて覚えたことを発話するようにしていけば
話せることも増えていくはずです。

しかしそれは、あくまで『慣れ』の問題で、
持っている基礎を運用していく能力のトレーニングだといえそうです。

文法や単語、発音のルールなど、運用する元になるものが無ければ
なんとなくのままで終わってしまいかねません。

仮に語学の土台として使えるものを30持っている状態で、その言語圏に行ったとして
現状が30のうち5しか使えていなかったら、慣れによって30近くまで向上させられる。
そういうのが期待される効果でしょう。

100持っているのに10しか使えていない状態だとしたら
慣れだけで一気に100近くまで上がるのですから
その効果が大きいという話になります。

もちろん、ある程度は慣れで上がる運用力の他にも基礎の部分が増えて
30が35ぐらいになることもあるかもしれませんが、
そこはただ漫然と会話をしているだけで上がりやすい部分ではなく
積極的に単語を覚えるとか”勉強”の要素が必要になるところだと思います。

ですから外国語環境に身を置く前の時点で
ある程度の文法や単語力、発音、読解力を身につけておくほうが
環境から慣れによって吸収できるものが増えるだろう、と。

ほとんど知らない状態で留学して、現地の語学学校に入って
初級コースから勉強していくような方法は、学習の効率からすると
それほど高いほうではないという話です。

むしろ基礎は母国での勉強で身につけて
現地ではその言葉を使って何か別のことを勉強する
ぐらいのほうが、現地に行くメリットが大きい。

そういう共通認識のもとで、フランス語の先生は
僕に「そろそろ留学の効果が出る状態だ」と指摘してくれたみたいです。

僕自身としては、英語を勉強していたときと比較すると
もっと基礎が必要な印象を受けていますが、
少なくとも慣れが重要になってきたのだろうとは感じます。

フランスに行くかどうかは別にして、
フランス人とマンツーマンで会話形式のレッスンを受けるようなことは
もうじき始めてもいいのかもしれません。


なにより僕の場合、どうも他人からの影響を受けやすいようで
発音とかリズムとかイントネーションとかは、
その言語に触れているうちに感化されてしまうところがある気がします。

最近は、会話中に少し考えごとをするときのリアクションとかに
フランス人のやるものが混ざってきてしまっているのに気づきます。

英語のイントネーションにしても、せっかくイギリス英語のトレーニングをしたのに
少しハリウッド映画や、アメリカのドラマを続けて見たりするだけで
アメリカ英語の感じが強まるのを実感します。

東京生まれの僕には方言を使い分ける経験がありませんが、
もしかしたらこんな風にして自然と話し方も変わっていくものなのかもしれません。

その一方、3年間、山口県防府市にいたときには、防府弁が周りに溢れていたのに
それには全く影響されるところがありませんでした。

コミュニケーションのトレーニングをし始めたのは
山口から東京に戻ってきて以降ですから、
ペーシングのトレーニングの結果として、自然と他人に合わせる癖がついて
言葉のレベルでも周りからの影響を受けやすくなったとも想像できます。

ともあれ、影響を受けるには、それだけの経験の量と
慣れで使いこなせるようになるだけの基礎とが必要でしょうから、
地道に基礎を身につける努力も大事だと感じます。

基礎のトレーニングを積み、慣れるだけの環境に身を置く。
両方をやっていくことで、自然に必要なものを使い分けられるところまで
上達していけるのでしょう。

そこまでの途中段階では、色々とやっているものが混ざってしまって
グチャグチャな感じがするのも、必要なプロセスのようです。

cozyharada at 23:32|Permalinkclip!NLP | コミュニケーション

2016年07月04日

まるで映画のようなゲーム

以前にも少し書きましたが、ときどきYoutubeで
懐かしいゲームの動画を見ることがあります。

子供の頃に全然できなかったゲームを見事にクリアする様子には、どこか
昔に置いてきたものを取り戻すような喜びがあるみたいです。


そういう風にYoutubeの動画を見ていると、
関連する動画やオススメ動画などが勝手に紹介されてきます。

その中には最近のゲームの動画なんかもあるようです。

ゲームは詳しくありませんから、それほど気にしていなかったんですが
なんとなく1つ惹かれるものがありました。

こちらです↓。



『Life is strange 』というゲームで、2015年に発売されたものらしいです。
最新のゲーム機に対応しているようで、画像は非常に綺麗なCG。

普通に映画を見ている感じです。

こちらの公式ホームページに行くと、予告編動画のようなものが見られますが
まさに映画の予告編を見ているような気分。

その綺麗な画像と、アメリカの少し田舎の街を舞台にした雰囲気が気に入って
試しにということで動画を見始めてみました。


最初のところはゲームらしく、やり方の説明なんかが混ざっています。

どうやらテーマは、「時間を巻き戻す能力」を主人公が使いながら
どのように物語を展開させていくか、というあたりにありそうだと分かりました。

ふとしたキッカケで自分の「時間を巻き戻す能力」に気づく過程が
上手いことゲームの序盤の進行と合っている印象です。

能力に目覚めたばかりの主人公の状態と、
その能力を使ってゲームを操作するプレイヤーの状態とが
うまく連動しているのではないでしょうか。

主人公が能力に慣れていくあたりで、プレイヤーも操作になれていく。
そんな工夫なのかもしれません。

もちろん僕はゲームをやっているわけではなく見ているだけなので
操作に慣れる必要はありませんが、それでも
世界観に入り込んでいく流れとしては、上手いこと誘導してもらった気分でした。

結果、まんまと僕は引き込まれました。

ここに載せた動画自体は、おそらく達人のような人がやったものだと思いますから
すごくスムーズに進行していきます。
そのおかげもあって、自然なストーリー展開となり
映画を見るような単純なスタンスで動画を見られたんだと思われます。


ストーリーは一言でいうと「バタフライ・エフェクト」についてのものです。
少しのことが出来事に大きな影響を及ぼす、という話。

とくに時間を巻き戻す設定の中では、過去にしたことの小さな違いが
未来の大きな違いとなって表れるところがポイントでしょう。

主人公は過去に戻って出来事をやり直しながら
悲惨な未来を避けるために色々と工夫をします。

1つの選択が引き起こす未来の結末。
そこを見ながら時間を行ったり来たりする話です。

まさに映画で『バタフライ・エフェクト』というのがありましたが
それを違った舞台で描きつつ、選択肢の多さという点でゲーム性を持たせ、
かつサスペンス的な謎解きの要素が入っているのが特徴でしょう。

ただ主人公がワガママで人生を思い通りにしようという話ではなく、
事件に巻き込まれながら災難を避けるために
その事件の真相に迫っていくところに物語としての面白さがあります。

推理小説とか刑事モノのドラマのような感じ
プラス
時間を巻き戻すことのバタフライ・エフェクト。

なかなか興味を引き続る工夫があると考えられます。


舞台はアメリカ・オレゴン州。
海辺の田舎町といったところでしょうか。

そこの高校に通う主人公の女の子が
高校とその周りで起きている事件に関わっていくストーリーです。

アメリカの高校生の様子とか、学校や寮の様子とか、町の様子とか
まるで海外ドラマを見ているような雰囲気です。

ゲームですが、ジェスチャーなどの非言語メッセージは
それなりに内面を読みとれるだけのリアリティがあります。

「内気なカメラオタクの18歳の少女」という主人公も
見た目の様子や仕草でよく表現されていると感じます。

紹介した動画は日本語吹き替え版のほうで
英語のバージョンもあるようですが、
個人的には吹き替えのほうが上手くできていると思います。

英語のほうは声優の声質が比較的堂々としていて
内気なカメラオタクというよりも、むしろ
物静かで知的な学生といった印象さえ受けてしまいます。

まぁ、設定なんか気にせずに、見たままの印象で
人物像を認識していけばいいのかもしれませんが、
仕草やジェスチャー、姿勢、歩き方が内気さを表していることを考慮すると
どうしても声の雰囲気にはギャップを感じてしまうんです。

大人しさは声にも出ているのに、
人づきあいにおける緊張感が姿勢にだけ出ていて声には表れていない。
そこが違和感を覚えるポイントかもしれません。

その点、日本語吹き替えは無難です。

普通の日本人がしないオーバーな表現は日本の声優にありがちですが、
そこはアメリカ映画の吹き替えや、アニメ映画、
場合によっては日本の俳優にも見てとれるところですから
あまり違和感なく見ていられます。

ということで、ここに載せたYoutubeの動画は
非言語メッセージが声としても姿勢やジェスチャーとしても
内面を表せている感じがして好印象です。


そのあたりのリアルな表現、世界観、ストーリー展開と謎解きの感じ…
色々と組み合わさった結果、僕は動画を見続けてしまったのでしょう。

結構な時間がかかった気がします。
睡眠時間を削ることになりました。

話の長さから言っても、続きが気になる感じからしても
海外ドラマ1シーズン分ぐらいの感じはあるはずです。

忙しい人は見ないほうが良いと思います。

いくらかの部分は純粋なゲーム目的で
見ていても退屈なところがあるかもしれません。
僕はその辺を飛ばしながら見ましたが、それでも結構な時間です。

心にグッとくるシーンも沢山。
なんでも泣けるゲームなんだとか。

海外ドラマのDVDボックスを買うか
1シーズンまとめてレンタルするぐらいのつもりで
見てみるのは良いかもしれません。

僕は睡眠時間を削った甲斐があったと感じました。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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