2017年11月

2017年11月30日

【ワークショップ】心を調える実践会:12/23/2017

ご案内: 12月23日

   心を調える実践ワークショップ


日程のお知らせはブログの片隅にあげていましたが
 12月は、23日(土)
修行の場としての実践ワークショップを行います。

趣旨は「繰り返しと発展を重ねながら継続する」
ところにありますので、
基本的なご案内内容は過去のものと同じです。

これまでにご参加の方は、下の方にスクロールしていって
そのまま申し込みフォームをご利用ください。
 (もちろん大事なコンセプト説明ですので
  読み直して頂くのもありがたいですが)

継続の重要性を説明したものは、こちらもご参考にしてください。
 >>リンク【補足:修行・実践の継続性について】

具体的に何をするかというと…。
◆心についての理解を深める
 ・説明
 ・ディスカッション
◆学習されてきた心の癖を変える《再学習》
 ・NLP、心理療法的なワーク(ニーズに合わせて)
 ・自分でできるワークの紹介と実践
◆学習されてきた心の癖から離れることで心を調える《脱学習》
 ・瞑想
 ・気づいている度合いを高めるトレーニング
◆新しい技術や振る舞いを身につける《(新規)学習》
 ・効率的な学習法の説明
 ・新しい技術、方法のトレーニング
◆心の本質に触れる


なお、新規の学習や再学習のときに何を対象とするか、
…つまり何の技術を向上させたいかというテーマは自由です。

コミュニケーションや人間関係に関わるものが中心でしょうが
ご自身で専門性が高い分野であれば、スポーツや芸術など
対人技術でないものもトレーニングが可能です。

※注意事項
 こちらが詳しくない分野でも、ご本人の知識・経験が豊富であれば
 その材料を活用して技術向上を効率化することができる、
 という意味です。
 
 逆に、こちらも詳しくない、ご本人も始めたばかり
 というケースだと、扱えないこともあります。


また、ワークショップ中に、上記の項目のうち
何をどれぐらい行うかは、そのときによって異なります。

こちらの判断でアレンジしていくのと同時に
ご要望にお応えする形ともなります。

関心のあるものがあれば、申し込みフォームへご記入いただくか
当日にお話しください。


以下は過去の内容の繰り返しになりますが
ワークショップのご案内と申し込みフォームです。
上記項目の補足説明とご理解ください。


----------【以下、本文】----------

具体的に何をするかは毎回、ご参加の方に応じて
柔軟に変わっていくはずですが、
原則とする部分は常に共通しています。

とにかく『心を調える』をテーマとして実践する

人は生きてくる過程で社会に合わせることを求められ
効率的な振る舞いのパターンを学習してきます。

そして学習されたものがワンパターンになり自動化される。

このパターンが、置かれている状況で上手く働いてくれれば
何も問題を感じることはないでしょう。
スムーズに進んでいるように感じられると思います。

一方、今までのパターンが通用しなくなったとき、
とりわけ今まで上手くいっていたもの、
自分の強みだったものが空回りしだしたときには、
大きな行き詰まりが感じられるようです。

無理もありません。
今まで強みとして使えて望ましい結果も出ていたのですから
それ以外の方法を模索しようともしてきていないでしょう。
ワンパターンになっている度合いが強く、
柔軟性が小さくもあるからです。

しかも強みだと自認していたということは、
それが自分らしさの支えにもなっていたわけでもありますし、
能力面の自信の源にもなっていたはずです。

そこに空回りが出て上手くいかない環境に身を置いている…。
となると、上手くいかない不満だけでなく、
自分の強みへの自信を失っていく体験にもなります。

ショックの度合いが強いんです。

かといって変わろうと思っても、
「でも、これが自分らしさだから…」と
その強みとは真逆のことなんてやりたくも思えない。

例として良くあるのが、
 何でも自力で切り開いてきた行動力のある人が
 管理職や経営者として他人に仕事を委ねる必要性が出てきたときに
 部下へ仕事を任せられず自分で仕事を抱えてしまう
といった話です。

自力で頑張る行動力という強みが、
管理職・経営者という状況に合わなくなってきている。
その状況に適応するために変化を求められている、ともいえます。

もちろん今までのパターンを使い続けるのも1つです。
上手くいく環境に身を置くようにするのも1つでしょう。
(例:自力で頑張りすぎて人に任せられない → 一人で仕事をする)

その一方で、
 状況に適応するように自分が変化する
という向き合い方もあります。

このワークショップにおける『修行・実践』の形態としては、基本的に
 自分が変化して状況に適応できるような「しなやかさ」を育む
方向性で進んでいきます。

中には改善しようのない状況もあるかもしれません。
その場合には「変えられないことを無理に変えようとする」心の癖を
調えるように取り組むことになるでしょう。
これも「自分が変化して適応する」1つの形です。

とにかく自分が変化する。

ただし無理やりにというのではなく、
より自然体で柔軟に、です。

今まで身につけてきたものを捨てるのでもありません。
新しいやり方も身につけて、選択肢を増やして柔軟性を高めます。
ワンパターンから離れて、クリエイティブな自由度を高めます。

そういうスタンスです。


そのために技術トレーニング、心理療法的なイメージワーク、瞑想、
質疑応答やディスカッションを行います。

新しいやり方を「知る」だけで解決されるケースもありますから
その場合は質疑応答やディスカッションが機能します。

今までやったことのないやり方を身につけるには
技術トレーニングが有効です。

心の癖になってしまったワンパターンの振る舞いを変えるには
イメージワークや瞑想が効果的でしょう。

哲学的な問い、実存的な問いなども出てくるかもしれません。
そのあたりはディスカッションや瞑想で取り組むことになりそうです。

 ※実際には、質疑応答やディスカッションなど
  ワークショップ中の様々な体験が心の癖を調える刺激になります。

変化の種類は、
 ・今までのパターンとは違ったパターンを学習し直す(再学習)
 ・今までのパターンを手放す(脱学習)
の2通りだとも説明できます。

以上のことを前述のとおり、ご参加の方のニーズに合わせて
いろいろな技法を組み合わせながら進めていきます。
(もちろんご要望があれば技法そのものへの質問も解説します)


「心を調える」という趣旨でいうと、
再学習と脱学習は両方とも実践することになるはずです。

実践の効果は悩みが減って楽になること。

身体が調うと痛みがなくなったり、日々が快適に過ごせたりするように
心も調うと、それだけで楽になっていくものです。

日々のストレスが蓄積した心の”しこり”、”こわばり”を緩め、
必死にしがみついている”昔の癖”を手放したり、学び直したりする。

それはちょうどマッサージや施術を受けて身体が調うのと、
自分で姿勢や歩き方を変えたりストレッチで柔軟性を高めたりして
だんだんと昔の身体の癖を修正していくのとに対応しそうです。

そうして心が楽になっていくと、自然と持ち味も発揮されてきます。

スポーツ選手がマッサージやストレッチで体のケアをするのは
身体に疲労が溜まっていると運動のパフォーマンスが落ちるからです。

心も同じようなものです。
心に苦悩が溜まっていると、その人の持ち味が発揮しにくい。

その人が持って生まれた素養や、
もしかすると、この世に求められている姿なんかも、
スムーズに表しにくくなってしまうのかもしれません。

多くの人は「自分らしさ」や「本来の自分」、「自分の使命」などを
何か定まった1つのことのように捉えて、それを探そうとしがちです。

しかし厳密には、「これだ」と定められるものは
過去の体験の延長でしかありません。
これまでに作られた心の癖をもとに判断した「自分らしさ」なんです。

自分はそれほど限定されたものではありません。
あなたはそんなに制約されていません。
はるかに大きな可能性が、変化を受け入れるスペースがあります。

もっとも自分らしい、本来の自分の姿は
あらゆる心の歪み、心の癖から解放されたときに見えてきます。

ワンパターンから離れ、そのときどきで最善の対応ができる。
そのときに内側から自然と表れているものが「自分らしさ」です。

どうやらこれは、心の癖から完全に離れたとしても
個人個人で違った表れ方をするようなんです。
経験によって学習されたものから離れてもなお
人間にはそれぞれ違った素養が備わっているのかもしれません。

心の歪みを取り除き、自然な状態に調えるのは、
自分を自分らしく生きる実践でもあるわけです。

自分らしさの修行をして、ひたすら自分を実践するんです。

だから修行はいつまでも続きます。
自分が自分でいる限り、それは修行なんです。

そういうワークショップです。
それを一緒にやりませんかというお誘いです。

心に響くものがあり、時間の都合があうようでしたら
お気軽に足をお運びください。



◆録音に関しまして
ワークショップ中の内容は、ICレコーダーや
スマートフォンなどで記録いただいても構いませんが、
あくまで個人的なご利用の範囲でお願いいたします。

※ただし、プライベートな内容の扱いに関しましては
 十分にご配慮ください。



※内容の密度の関係で定員を設けています。
もしかすると逆に、最少決行人数へ届かない場合もあるかもしれません。
いずれの際も改めてお知らせいたしますので、なにとぞ御了承ください。





【ワークショップの詳細】

≪心を調える実践会≫

【日時】  2017年 12月23日(土)
       10:00〜16:30


       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。


【場所】 滝野川会館 304集会室
    (JR京浜東北線・上中里駅 東口より徒歩7分)
    (東京メトロ南北線・西ヶ原駅より徒歩7分)
    (JR山手線・駒込駅 北口より徒歩10分)


【参加費】 ・・・15,000円

       当日、会場にてお支払いください。

    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。




終了しました

修行に終わりはないそうですから、このワークショップも
継続的に開催していきたいと考えています。

コミュニケーションの技術的なこと、知識レベルのこと、
哲学的な問いについてのこと、心の苦しみについてのこと…。
心と関することであれば取り組めます。

そのときどきで、ご参加の方に応じて、内容は変わるはずです。

同じ内容を何度もやる場合もあれば、
毎回違ったことをやる場合もありえます。

人によって体験することも違うでしょう。

体系化されたプログラムではなく
そのときどきの実践を重ねていきます。

禅の大事な側面に「修行を分かち合う」ことがあるらしいです。

ワークショップという形で同じ場、同じ時間を過ごすのは
それだけでも何かの意義があるのかもしれません。

お越しをお待ちしています。

【追記】修行・実践における継続について

(こちらは以前に書いた内容の転載です)

最近、勉強の仕方というのは難しいものだと、つくづく感じます。

勉強熱心な人を見かけるにつけ、その勉強のやり方の個人差が
大きな違いを生み出しているように思われるからです。

ある人は徹底的に原点から学ぼうとします。
手に入るのであれば中古でも原著を手に入れ
できるだけ大元に近い、歪みの少ない情報に触れようとする。

伝言ゲームとまでは言いませんが、
世間に広まる情報は、媒介する伝達者が増える
(≒伝言ゲームの人数が増える、ステップが増える)
ほど、伝えられる内容に含まれる変化が大きくなりがちです。

だからこそオリジナルに近いところから学び直し、
細かな違いさえも誤解とならないように正確さを心がけるようです。

これは大変な労力と時間を要します。
後から情報源を検索できるように、引用文と書籍名、ページ数などを
記録しているのも見たことがあります。

要領が良い学び方ではないようで、
本質的な特徴を掴み、一通りを整理できるようになるまでに
時間がかかりやすいところはあるみたいです。

その分、整理が進むにつれて情報量の多さと
理解の深さは増していきます。

時間はかかるけれど到達点は高いのかもしれません。


別の人は、関連することを幅広く勉強します。
その分野で評判のいい本、話題の本を手に入れ
その本を何度も読み返してノートにまとめ、情報を整理する。

主な話の展開を押さえつつ、
重要なところ、役に立つところを抽出します。
要点をまとめるわけです。

まとめの作業の時に、正確な引用をするかどうかよりも
自分にとって使える内容になっているかの方が重視され、
自分なりの勉強ノート集のようなものが増えていきます。

こういう勉強のスタイルは学校教育で効果的だといえます。

大学の後半に専門分野を学ぶようになるまでは、
幅広い分野の要点を押さえておくのが求められます。

そこでは教科書の正確な引用は重要ではありません。
むしろ同じような内容であれば「分かっている」とみなされます。

厳密な情報ではなくても、ポイントを押さえ
「これって、こういうこと」という大まかな理解を増やす、と。

このスタイルは要領がよく、短い期間で幅広い内容を捉えられます。
その反面、情報の正確さは減り、複雑で細かい区別はなくなります。


世の中としては、後のタイプの勉強法のほうが人気があるようです。

新しいことが分かるし、早くポイントも掴める。
面倒なことが少なく、分かりやすく、好奇心の範囲も広がります。

一方、本質に近づこうとしたときには
前のタイプの勉強法のほうが目的には合っているように見えます。

狭い範囲ではありますが、深く学べます。
正確な情報を細かく区別して、場合分けをしながら整理する。

膨大な情報量に繰り返されるパターンを自然と掴めるまで
時間はかかるものの、膨大な情報から抽出される共通点は
法則の重要性として揺るぎないものとなるわけです。

そして興味深いことに、
どんな分野でも本質に近づくと似てくる部分がある。

だからこそ「本質」なのかもしれませんが、
どのルートでも到達点は同じところに向かっているのかもしれません。


目的として「到達点」を重視するのだとしたら、
1つのことで深堀りするほうが効果的だと思われます。

ポイントを押さえたら新しいことに進むのは
知識の範囲を広げ、好奇心を満たす楽しい行為ですし、
それによって自分の経験則が整理されるときもあるでしょう。

言葉で納得できる喜びは大きいと思います。
その一方、自分が大事だと思うこと、好きなことが
ポイントとして抽出されてしまう可能性もあるんです。

厳しく言うと、自分が分かっていることの再確認であって
到達点として先に進んでいるわけではないかもしれない、と。

到達点のほうを重視するのであれば
目先の楽しさがなくても地味な取り組みを続ける。

その限られた骨組みの中で、知識と体験を重ねて情報を増やし、
骨組みに肉付けを続けていくスタイルです。

そして骨に肉がついてきたころ、本当の姿が見えてくる。

いろいろな骨格に共通する特徴を知りたいのであれば
いろいろな動物の骨組みだけを見たらいいでしょう。

自分が解体しなくても、他の人が残してくれた骨格標本があります。

しかし1つの骨格をもとに肉付けをして
その本体の全体が掴めるようになると、
骨とは違った生の実体が見えてきます。

そして、どんな骨格を基にした生の実体にも共通点がある。
こちらは肉付けが終わったものを理解して初めて見える特徴のようです。

ここでいう到達点とは肉付けが終わったあとの全体像のほうです。
本当はどんな姿をしているのか?
それは骨格だけではありません。

しかし一度、骨格に肉付けをしていれば
骨格だけを見ても元の姿が想像しやすくはなります。

こっちが分かってくるのを「到達点」、「本質」と呼んでいるんです。


このワークショップでやっているのも本質を目指す方向です。

広く浅く、新しい知識を次々に仕入れていくのではなく、
1つの原則を基にして、そこを骨格として
ディスカッションやワークを通じて理解と経験を増やし
情報の肉付けをしていこう、と。

厳密には毎回カスタマイズされながら異なった内容になるわけなので
同じことの繰り返しではないですが、
「1つの骨組みにまつわることを続けていく」点では
繰り返しの修行が効果的だということです。

そこで本質を掴んでいくほどに、苦悩が減り、楽になり、
同時に他人の苦しみへの共感性が高まることで思いやりが増える。
そして自由になります。

そんな感じの時間を取りましょうという話なんです。

2017年11月27日

疲労の種類

ここ数日、小忙しい状態が続いていました。

セミナーのようにまとまった予定ではなく、
頭脳労働や移動が多い感じで、こまごまと時間を気にしながら
電車のなかでも作業を続けるような種類の慌ただしさ。

僕はどうも、頭脳労働そのものは嫌いではないようで
忙しくなっても、それなりにスムーズに進めることはできる感じです。

が、時間的な制約が多くなることと、
空いた時間は睡眠に充てないとパフォーマンスが落ちることから、
ブログを書くとかメールの返信をするとか
本来は腰が重くないはずの作業に取り掛かれない感じでした。

逆に、セミナーが重なって忙しいような時期だと
空き時間にパソコンに向かうのは、むしろ気分転換になるというか
うまく時間を使える印象になるんですけれど。

頭脳労働の合間に別の頭脳労働を挟むのは
なんだか内面的な負担が重なるようです。


また肉体的にもセミナーとは違った負担がかかるみたいです。

1つは姿勢。
人と会う頻度が多くなると、ペーシングが癖づいているせいか
普段の自分とは違う姿勢を取っている時間が長くなるようです。

首の位置や腰の状態など、負荷が大きくかかった実感があります。

これがペーシングのせいだろうと判断できるのは、なんのことはなく、
自宅に帰ってくるとすぐに体が楽になるからです。

一人の状態になると姿勢が元に戻るんでしょう。

とはいえ、無理をかけた姿勢を長時間続けた後は
肉体疲労として負荷が蓄積しているようなので
そこをほぐすための時間も必要になりました。

頭脳労働が重なったときの肉体的負担のもう1つは
自分ひとりで作業しているときにも起こるものですが、
パソコン作業の時間が続くことによる不調です。

画面を見続けるために目が疲れたり、
キーボード入力が続いて腕、肩、首が固まったり。

そして考えるスピードを上げた状態が長引くために
睡眠と覚醒のサイクルが狂いがちになります。

寝ようと思っても眠れなかったり、眠っても睡眠が浅かったり、
逆に強烈な睡魔に襲われて短時間だけ眠ってしまったり。

運悪く、住宅の解体工事が近所で行われているので
睡眠事情は随分と無理がかかった感じがします。


こういう状態と比べると、
セミナーのスケジュールがタイトなときの肉体疲労とは
随分異なっていることを実感します。

頭脳労働が慌ただしい感じは嫌いではありませんし、
セミナーの日程が詰まっているのも悪い気分ではありませんが、
いずれにしても、どれか一方だけがずっと続くのは
かなり無理なことなんだろうと思います。

ほどよく交互に違った種類の忙しさがあったり、
その間に忙しくない時期があったり、
ランダムにメリハリが効いているぐらいが
心身のバランスにとっては望ましいのかもしれません。

そう考えると、研究職時代の単調な繰り返しは
負担の大きいものだったんだろうと思われます。

より正確には、無理のかかった状態を続けることで
常にパフォーマンスの低い状態を保っていただけ
ということなんでしょう。

毎日長時間、研究所で過ごしてはいたけれど
今と比べたら効率の悪いものだったんだろうと感じます。

僕の生活スタイルは社会一般でいえば平均的ではないでしょうが
不規則さゆえに短期間のパフォーマンスを上げやすい
といった性質もあるような気がしてきました。

その分、体が資本という度合いも大きそうなので
身体のケアは怠らないようにしたいものです。

2017年11月23日

街並みの変化

また近所で家の建て替え工事が始まりました。
同時に二軒です。

1つは以前に古い家を壊して空き地になっていたところに
基礎工事が始まったところ。

もう1つは、古い家を建て替えるらしく
現在、解体作業中です。

解体の騒音と振動はスゴイですね。
朝から夕方までずっと続きます。

特に午前中にデスクワークをすることが多い僕にとって
朝の早い時間から始まる解体作業は厄介です。

最近、鼻炎気味なのも解体に伴う化学物質やホコリへの
アレルギー反応なんじゃないか?という気もします。


江戸時代の宿場町だった地域の名残があるらしく
狭い路地で隔たられただけで家が密集していますし、
古い区画のままで昭和の時代の家が残っているあたりですから
時期が来れば改修が行われるのは当然ともいえそうです。

これまでに近所で何度も建て替えや取り壊しがあって
ここ3年ぐらいは平均で年3回ぐらいは建築工事をしています。

時期が重なるものなんでしょうか。

いずれも立て直しのたびに家のサイズが縮小するばかりか
前の道路から離れるように建設されているので
古い法律の時点か、あるいは規制の弱い時期に建てたものなんでしょう。

そういう家が同時期に作られていたとすると
耐久年数とかを考慮しても、再び同時期に建て替えになるのも
やはり自然な流れなのかもしれません。

おそらく住民の高齢化に伴う転居や、
家族構成で世代交代が起こることでも
建て替えが起きやすいのだろうと想像しています。

裏を返すと、それだけ似たような年代の人たちが
近い時期に一気に移り住み、長く家を保ちながら
同じようなサイクルを続けてきたとも考えられそうです。


実家のあたりでは、こんなにも頻繁に建て替えを目にしませんから
地域ごとの差は大きそうです。

実家の近所は元々、いくつもの分家がある大地主が3つぐらいあって
そこが持っていた農地を切り売りしながら住宅地として
開発が進んでいった地域だそうです。

農地が減って家が建ち、分譲住宅に若い家族が移り住んでくる。
そんなことが繰り返されていたようで、
住民の年齢構成は結構バラバラだった記憶があります。

土地の歴史が、その地域の様子にも反映されるんでしょうね。

引越し当初は、古い家が残るけれど静かで良さそうだ、
と思っていたんですが…。

賑やかさとは別の騒音が頻繁にするところでした。
見立てが甘かったようです。

とはいえ、話し声が騒音になるのは思考を邪魔されるので
それと比べれば家を取り壊す騒音ぐらい問題ではありませんが。

cozyharada at 23:03|Permalinkclip!NLP | 心理学

2017年11月20日

どっちつかずを絞り込む

ここ数か月、なにやら色々と立て込んでいたこともあって
英会話スクールに行けていませんでした。

実際にはスクールそのものの事情も重なり、
僕が通っていた校舎が閉鎖、他校に吸収合併されることとなって
少し面倒臭いところがあったのも1つの要因です。

幸い、英語そのものは週一回のビジネス英語クラスを別途とっていたり
アメリカ人講師のワークショップの手伝いをしたり、
何かしらの形で触れることはできていました。

で、海外講師の件も一段落しましたし、
ビジネス英語のクラスも全日程が終了しましたから、
できるだけ英語を使う機会をキープする目的でも
今まで通っていた英会話スクールを再開することにしたんです。

とはいえ、今までの先生は別校舎に移動してしまって、
そちらは少し通うのが面倒なところにあるため
以前と同じイギリス人の先生を選ぶのは難しそうな状況です。


僕がそのスクールを利用していた目的の一つは
イギリス人の英語に接する機会を増やしたかったところにもあります。

イギリス人講師が二人いたんです。

しかし、一人は病気で無期休職(ほぼ退職のような形だとか)。
もう一人は前述のとおり、校舎併合に伴ってレッスンを取りにくい。

どうやらイギリス人講師を探してレッスンを受けるのは
現状だと大変な感じなようです。

イギリス英語の発音をトレーニングする観点と
イギリス人の発音の聴き取りに慣れる観点で役に立っていたんですが
しばらくは自分で心がけながら練習することになる気がします。

コミュニケーションのトレーニングを積んできたせいもあって
語学においても会話の相手の影響を受けやすい傾向を自覚しています。

アメリカ人と接すると、アメリカ発音に引っ張られることも多いんです。

だからこそトレーニングの機会として
イギリス人と話す時間が欲しかったんですが…。

発音を重視したトレーニング機会を探してみることにします。


一方、英語に触れる機会を増やす目的では
英会話スクールに通うのを再開しようと思っていますから、
そうなってくると先生選びをやり直すことになります。

レッスンスタイルや予約の取りやすさ、相性など
様々な条件を加味して決めることになると思われます。

とりあえず今のところの計画は、
オーストラリア人を中心に何人か試してみる、というもの。

オーストラリアの発音は
出身地によってかなり差があるようで、
僕には馴染みのないものです。

イギリス発音に近い人もいますし、
アメリカ英語寄りの人もいます。
オーストラリア独特のもあるみたいです。

イギリス発音に近い先生が見つかれば
こちらとしても大きく巻き込まれなくて済みそうですし、
同時にオーストラリア発音の聴き取りも練習できそうです。

おそらくアメリカ人相手に話すよりも、
イギリス発音を強めに出して大丈夫なんじゃないかと予想しています。

アメリカ人相手だと、発音の種類の違いから
単語を理解してもらえないことも経験したことがありますから。

その点、イギリス英語寄りのオーストラリア人だったら
よりスムーズに取り組めそうにも思われます。


もしかしたら、相手の発音の癖が移らないように心がけるのも
自分の発話のトレーニングとしては役立つのかもしれません。

自分の発音に対する自覚の度合いが上がるでしょうから、
注意深く発話を扱えるようになる可能性も期待できます。

実際、僕が日本語を話すときにも
大阪や名古屋に行ったときのほうが
自分の発音を気にする度合いが高い傾向もありますし。

相手との違いを意識することで、自分の基準をハッキリさせる。
これは発音に限らず、自分の特徴を捉える上で有効な手段でしょう。

ペーシングを土台に、相手の流れに乗るようにして
英語をトレーニングしてきましたが、もしかすると
そろそろ自分の基準を確立しても良い時期なのかもしれません。

骨格をシャープに形作るようなイメージでしょうか。

そんな目的意識を想定したら
数か月ぶりの英会話スクールの再開も
少し楽しみになってきました。

cozyharada at 23:13|Permalinkclip!NLP | コミュニケーション

2017年11月17日

久しぶりに催眠

催眠のトレーニングの機会が久しぶりにありました。

僕自身はそれほど催眠を積極的につかう機会はありませんが、
過去には集中的に学んだこともある分野です。

催眠の効果への理解が深まるにつれ
催眠でなければならないところが減ってきた分
使う頻度が下がったようにも思われますが、
一方でその効果を上手く活用すると
より効果的にできるものも多いようには思います。

今回のトレーニングで、そういう補助的な活躍の仕方も
工夫しても良いのかもしれないと感じました。


しかし、それ以上に僕が今回発見した大きなポイントは
自分が思いの外、英語で催眠ができそうだ 、ということ。

外国からの参加者がいた関係で、
僕も英語で催眠セッションをする機会があったんです。

催眠の型式だと普段よりゆっくり話せること、
考え過ぎずに自然な流れで口から言葉を出すこと、
内容の論理性が重要ではないこと、
ボキャブラリーとしても馴染みのある分野だということ、
…そのあたりの影響でスムーズな感じを体験できたんでしょう。


全体構成としても、与えられた課題としても
クライアントの個性への合わせ方としても
日本語でやるのと大きな違いがなかったのではないかと思われます。

裏を返すと、日本語で催眠をやるときも
言葉そのものよりも重要な要素が多い
という話でもあるのかもしれませんが。

あとはペーシングによる同調でしょうね。

相手が英語話者だからこそスムーズにできた、と。

そこは自分の力ではなさそうなので、
一人だけでやるのとは事情が違いそうです。

とはいえ、ネイティブ相手だったら
それなりにやれそうな気もしたのはチョットした発見でした。


cozyharada at 23:07|Permalinkclip!NLP | 心理学

2017年11月14日

おもてなしの言葉

外国人講師の接待で和食に行く機会がありました。

料亭と呼ぶほどのものかは分かりませんが
外国人向けに設定されているフシは多々見受けられました。

部屋の内装は、ただ和室というだけでなく
茶室としても使えそうな作りになっていて、
床の間には掛け軸なんかもあったりしました。

トイレの草履を含めて、全体的に日本文化を強調した感じ。
それでも和室の中央は掘りごたつのようになっていて
座椅子と合わせ、外国人の人が和室を楽しめるような
工夫を色々と重ねていたんだろうと思います。

実際、外国人のお客さんを連れてきている人が多い様子で
少し強調された日本の伝統が見せ場なのかもしれません。


当然、接客担当の人(仲居さん?)も和服です。

しかしながら今どきの若い日本人女性を教育するのは大変なんでしょう。
畳の部屋そのものに慣れていない人も多いと思われますし
家族旅行で旅館に行ったことだってない人もいる可能性さえありそうです。

若い仲居さんたちの所作が期待に追いついていないだけでなく、
仲居頭の人がやってもらいたいクオリティのサービスは
十分に得られていないようでした。

教育上のお叱りの声なんかもあったりしましたし。

それでも、10年も勤めてくると仕事の安定感は増すみたいです。
なかには自信と安定感を携えた人もいました。


また、外国人のお客さんが多いということで
英語の教育も多少はしているように見えました。

その中に一人、かなり流暢に英語を使える仲居さんがいたんです。
前述の10年勤務の人。
英語が話せることも自信の一因かもしれません。

実感したのは、サービス業における言葉というのは
 「業務として何をするか」以上にトレーニングしにくいのだろう
ということです。

ときどき妙な言い回しが聞こえてきてしまいました。

例えば
「当店の料理長はフランス料理あがりなもので…」
とか。

「あがり」は、あまりフォーマルでない気がしますが
そんなことはないんでしょうか?

僕は、あまりポジティブなニュアンスで使われない印象を持っています。
(僕の理解が届いていないかもしれませんけれど)

また英語についても流暢ではあるものの
フォーマルさが一切出ていない種類のものでした。

アメリカの接客業ならフレンドリーで済むところでしょうけれど
和風の「おもてなし」をしている様子とはミスマッチです。

声のトーンにしてもアメリカの女子高生ぐらいの雰囲気。

発音は奇麗だったんです。
だからこそ余計にネイティブからすると
相応の年代を思い起こさせてしまいそうな気がします。

きっと高校生のときにホームステイや留学をしていたとか
大学の時に交換留学で行ったとか、そんな感じじゃないかと思われます。

小学校や中学校ぐらいの時期の帰国子女の可能性もありそうです。

しかし確実性が高いのは、海外で生まれ育ったわけではないこと、
そしてある程度若い時期だけで日本に帰ってきていること、でしょう。

ネイティブ感覚があるわけではなく、また
大人の英語に接していない可能性も高そうです。

そうなると流暢だけれどもフォーマルさが一切ない子供っぽい雰囲気が
接客としてしていることと不一致感を生み出します。

ちょうど日本語でも、丁寧な言葉遣いができているのに、
その中に「フランス料理あがり」という言葉があると
異質に感じられるようなもの。

むしろ、おぼつかない日本人英語だけれど
一生懸命に話そうとしている方が好印象を与えられるかもしれません。

話の内容そのものではなく、言葉の選び方とか
声のトーンとかにも、メッセージ性が出てしまうんだろうと思われます。

自分でも気をつけたいものです。

2017年11月10日

スピーキングのトレーニング

外国語をやっていて、おそらく一番もどかしいのは
言いたいことが言葉にできない瞬間ではないでしょうか?

文章を読んでいて構造がややこしいのは
頑張って時間をかけて解読すれば、まだ対処できそうです。
何より、自分一人で読んでいるわけですから時間がタップリあります。

単語を知らなければ、それはもう調べるしかないですし、
逆にいえば知らないだけなので、気持ちを引きずらず、潔く次に進めます。

外国語である以上、聴き取りは常に大変なものだと思いますが、
こちらは聞けなかったときに意外と諦めがついてしまいがちです。
「あぁ、無理だ。分からない。」と。

聴くのは『必要性』があるから聴き取ろうとするのであって
「聞きたい」という自発的な『欲求』があるわけではありません。

その点、言いたいことが上手く言葉に言い表せない状況は
「言いたい」考えが頭に浮かんではいて、
「伝えたい」気持ちが起こっているときです。

話すときには「言いたい」欲求がある、と。

会話の流れの中だと尚更でしょう。
付け加えたい考えが浮かんだり、質問に答えようとしたり。
まず、言いたいことが浮かんでくる。

にもかかわらず、それを的確な言葉に変換できない。
…そういう”もどかしさ”です。


実体としては母国語でも同じようなことは起きていて、
ややこしい文章は理解が大変なものですし、
意味の分からない単語は調べるしかないですし、
滑舌によっては母国語でも聞き取れないこともあります。

母国語の会話でも、聴くのは多くの場合、必要性からであって
話すほうには、浮かんだ考えを口に出したい欲求が伴います。

そして母国語でも考えを的確に言葉に変換できなくて
「うーん、なんていったら良いか…。えーっと…。」
なんていうことはあるものです。

これもやはり、もどかしくはあると思われます。
とりわけ会話のテンポが速いときや、
質問されて「答えないといけない」プレッシャーを感じるときは
上手く言えない”もどかしさ”は大きくなるでしょう。

ただ外国語の場合、さらに
言いたい内容が母国語(別の話せる言語)で浮かんでしまって
「日本語だったらこう言うのに…。英語だと何て言うんだ?」
という感じの考えも同時に浮かんできます。

ただでさえ考えを言葉に変換できないのは”もどかしい”のに
母国語の場合との比較が加わってしまって
「言えるはずのことが言えない」という意味で
”もどかしさ”や悔しさが大きくなってしまうと考えられます。

これは学習の過程で避けられないところなのかもしれません。


ここで1つのやり方は、
浮かんだ考えを母国語の言葉そのものとして
対応する外国語に変換(翻訳)しようとせず、
むしろ
 一端その内容を、同じような意味で簡単な日本語に置き換えて
 それを簡単で自分の分かる外国語に変換する
というものです。

これだと知らない単語があっても何とか対応できますし、
最低限、自分の伝えたいことを言葉にすることができます。

例えば絵を見ていて「奥行きが上手く表現されている」と言いたいとき
「奥行き」に当たる単語が思いつかなかったとします。

そうしたら「近い」「遠い」といった単語を使って
「このものが遠くにあるように見える。リアルだ。」
などと言うようにする。

そういうやり方です。

これは現実的な対応力をつける上で重要な訓練だといえます。

全ての単語を覚えられるわけはありませんから
こういう表現方法を身につけられたら
少ないボキャブラリーでスムーズな会話ができるようになるでしょう。

別の言語を身につけようとした場合にも
ボキャブラリーは最低限のままで流暢に話せる可能性があります。


しかし、これだと自分の言いたい考えを
いつまでも的確に言葉にすることができません。

母国語に追いつかない、という”もどかしさ”が消えないわけです。

だったら、言いたいことが言えなかった瞬間に
その内容を、なんとかしてでも外国語に置き換えて
それを覚えて練習してしまえば効率的でしょう。

「奥行き」にあたる単語が分からなかったとき、
それをその場で調べるなり、教えてもらうなりして、
「奥行きが上手く表現されている」という日本語の内容を
もっとも的確に置き換えた表現を言えるようにしてしまう。

そういう作業を繰り返していくと、
自分が普段使っている母国語をそのまま外国語にできます。

個人の使う母国語には偏りがありますから
自分の母国語のパターンを外国語に置き換えようにするのは
かなり手っ取り早く、しかも”もどかしさ”を早く解消できる方法でしょう。

この作業を会話のレッスンの最中にできたら良いんですが、
なかなかそのトレーニングをさせてくれる講師はいません。

浮かんでしまった母国語の内容をそのまま言葉にして伝えても
それを外国語に変換できるバイリンガル講師でなくてはいけませんから。

しかも、母国語モードで考えるのではなく
極力、外国語で会話している状態を維持しつつ、
どうしても対応させられなくて”もどかしい”ときだけ
その言葉を母国語で言って、変換してもらう。

そしてその場で何度か言い直して使えるように記憶させる。

そういう臨機応変な対応が不可欠でしょう。

会話の流れをキープしたまま、語学トレーニングのモードと
自由に行ったり来たりできる柔軟性も必要だと思われますし。

何より、そういうトレーニング法を理解してくれたり
協力してくれたりする先生が少ないはずです。


なので比較的よく行われるのが
 自己紹介や自分にまつわる話を一度、母国語で書いたり、
 あるいは話したものを書き起こしたりして、
 その内容を外国語に訳してもらって、それを練習する
という方法です。

これだと自分の言いたいことをそのまま外国語に置き換えられます。

慣れてきたら、会話のトピックごとに自分の意見をまとめてみて
それを外国語に置き換えて覚えることを続けたらいいんでしょう。

様々な会話の内容について、自分が母国語で言いがちなことを
そのまま外国語で覚えられるようになります。

この作業のメリットは、会話のようにリアルタイムではないところ。

一人でやるなら、ライティングを中心にやっても良いのかもしれません。

まず日本語で書いてみて、それを英語にする、とか。

第二外国語をやるのであれば
英語で書いたものをフランス語やロシア語に置き換える、
といった感じでしょうか。


複数の言語を習得しようという場合にも良さそうな気がします。

ありがちな会話のトピックごとに母国語で自分の意見を書き、
それを常にストックしておいて、
全ての言語でその文章を言えるようにするトレーニングを行う。

自分の考えを、自分の言葉で表現するパターンを把握しておいて
それを言語化していくという内容です。

この勉強法(スピーキングのトレーニング法)、
勉強会のような形でやってみても良いかもしれません。

cozyharada at 23:29|Permalinkclip!NLP | 心理学

2017年11月07日

集中的にトレーニングをしたい

例年、秋は忙しい印象があります。

その理由の1つは、きっと書道でしょう。
作品制作のために費やす時間が、普段よりも多めです。

とはいえ、今年の作品製作期間ももう少しで終わり。
納得のいく形になるかどうかは別にして
締め切りが迫っているところなんです。


それが終わったら少し時間的に余裕が生まれそうなので
そのあたりからフランス語を自分でトレーニングするのと
ロシア語の復習をキッチリするのとに力を入れたい気分。

ロシア語は文法中心で進んでいるため、
圧倒的に練習量が少ない。

単語や文法項目は覚えるだけですし、
それほど覚えるのにも時間はかからなそうな気はしていますが、
それでもまとまった時間が必要ではあります。

もう少ししたら、そこを追いつけそうだ、と。

フランス語については集中的にトレーニングをしたいところです。
一通りの文法は抑えられていると思いますから
運用力を高める目的で、とにかく練習が重要だろう、と。

スムーズにアウトプットできるようにするためのトレーニングと
地道な聴き取り力の土台作りが必要だと感じています。

教材は買い込んであるので、あとはコツコツやるだけ。
そのぐらいの時間はできるはずなので。


おそらくロシア語のほうは、本当に基礎ということで
今までの復習分を頑張って一通り覚えてしまえば
そのあとの理解も一気にスムーズになるのではないかと想像しています。

つまり効果が実感しやすいだろう、と。

その点、フランス語の方は効果の実感が微妙です。

地道なトレーニングが成果として感じられるのには
まとまった期間が必要だと思われます。

幸い、英語を勉強していたときに
振り返って「随分と分かるようになったなぁ」と
感じる経験はありましたから、
その意味で見込みをもって取り組めるとは思いますが。

それでも自分の技能の向上を感じられるかどうかで
ヤル気や楽しさが変わってくるのも実情で、
 どれだけ効果を実感するタイミングがあるか
も考慮する必要があるでしょう。

たまにではあっても、効果を感じるための場として
テストとか、実用的な会話の機会とか、
そういったものを取り入れられたら良いのかもしれません。

英語だとそういう機会も多く用意されているんですが…。
フランス語だと探すところから苦労しそうです。

2017年11月04日

癖を直すには

ジムに通い始めて半年が過ぎました。

だいたい週二回ぐらいの頻度でしょうか。

東京を離れていたり
夜遅く帰って次の日の朝が早かったり、
というのが4日以上続くと間隔が空いてしまいますが、
そういう特殊な事情がない限り
意外とコンスタントに続いています。

効果が実感できるのが地味なヤル気を出してくれる気がします。

僕の場合、セミナーの後は体が固まりやすいんです。
特に目からくる疲れが首や肩に溜まります。

少し別の観点からいうと、意識の配分が
自分の身体の中よりもセミナールームにいる受講生のほうに
大きく偏ることになりますから、
その意味でも自分の身体を酷使するところがあるんでしょう。

普段は意識に上がっている体感覚が薄れます。

その点、ジムに行って体を動かすと
筋肉の運動や血行を通じて身体の感覚に意識が戻りやすく、
しかも固まった筋肉もほぐれていきます。

固まった肉体を緩める目的にも
偏った姿勢で酸欠になった部分の血行を回復する目的にも
意識が離れていた身体へ注意を戻す目的にも
ジムでの運動が役立っているようです。


そして体を動かす効果としてもう1つ実感できるのが
自分の身体の使い方の癖です。

普段の動作では気づくことのできないアンバランスさ、歪みが
体に負荷をかける動作をすることで自覚できるんです。

エアロバイクを漕いでいれば重心の偏りや姿勢の歪みに気づき、
重りを動かすタイプのマシントレーニングをすると
力の入り具合が左右で違っていることに気づきます。

肉体的にいうと、僕は左腕、左足に力を込めやすいようです。

ですが、普段の生活で筋力のバランスを気にすることはないですし、
歩いている間の全ての時間を、自分の歩行姿勢や動作のバランスに
注意を向けることに使っているわけでもありません。

他に目的や事情があれば、関心の度合いが下がってしまいます。


普段の生活では、その場面において優先度の高いことがあって
そっちを気にするあまり、自分が何をしているかへの関心が下がる。

言い換えると、自分が作業として求めている『結果』に注意が向いて
その最中に「どのようにやっているか」という『プロセス』へ
関心が向きにくくなってしまう、ということです。

そのプロセスの中に癖があって、場合によっては
その癖が結果にさえ影響を与えているかもしれないのに、です。

癖があることにさえ気づかないで過ごしてしまうのが
多くの人にとっての日常なんだろうと思われます。

そこで自覚を高めるためには、
強制的に自覚の度合いが上がるようなことをするのが効率的。

僕の身体の使い方に関して言えば、それがジムでの運動であったり
整体で身体を緩めてもらうことだったり、
瞑想の類であったりするようです。


もちろん、他者からのフィードバックによって
自覚の度合いが高まることもあります。

自分が知らず知らずのうちにやってしまっている癖を指摘してもらい
それを自覚できるようにすることで、
普段のプロセスの最中から心がけて修正する、と。

最近僕にとって役立ったのは英語の発音です。

日本人にありがちな話なんですが、
僕は子音をルーズに発音することがあります。

まぁ、日本語だってアナウンサーのように滑舌よく発声してはいませんし
ネイティブの英語話者にだって発音がルーズな人は大勢います。

誤解を招くほどではないけれど不正確。
そんな音を出すことがあるみたいです。

日本語の癖で「ン(n)」の音を、鼻母音の「ん」にしてしまうとか。

それから口の動きが弱めでルーズになりがちなので
ワ行(「w」[w])、ヤ行(「y」[j])、ラ行(「r」[r])が
曖昧になりやすいようです。

母音を出す前に子音の音をしっかり出す必要がある、と。

同じく有声音の「th」(the, then, thereなど)についても
「d」[d]の音に近づきやすい傾向があるみたいです。

確かに言われてみると、そうだと実感できます。

有声音のときの呼気の量が少ないのもありそうですし、
摩擦音が弱いとも説明できそうです。

とにかく指摘されると気づけるけれど
会話のほうに一生懸命になっていると気づけなかったわけです。

しかしながら、一度指摘してもらって
それを「修正しよう」という意欲が生まれると
あとは色々な場面で気づきに上がりやすくなります。

自分でも他人でも、とにかくそのことが気になるようになる。

そうやって少しずつ正確さの感度が上がって
癖を修正していくことができるのかもしれません。


他人からフィードバックをもらうにせよ、
普段と違う動作で負荷をかけるにせよ、
いつもと大きく違うインプットで強めに意識を向けない限り
自分が自然とやってしまっている癖には気づきにくいのでしょう。

地道な作業ですが、そこに妥協をしないで続けられるかが
どこまで辿り着けるのかを決めるような気もします。

せっかくやるからには、やってみたいものです。

cozyharada at 23:33|Permalinkclip!NLP | コミュニケーション
おしらせ
 ◆ セミナー情報 

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《コミュニケーション講座》
育むコミュニケーション


【日時】 
  2018年12月23日(日)
  10:00〜16:30


【場所】 
  滝野川会館
  304集会室

   JR上中里駅より7分
   JR駒込駅より10分
   南北線西ヶ原駅より7分

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次回は1月〜2月の予定


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《新カウンセリング講座》
 〜まとめと実践〜


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《勉強会》 

【テーマ】 変化の流れを考える

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次回は未定



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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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