2018年06月

2018年06月29日

体験レッスン

フランス人とマンツーマンで会話ができるところへ
体験レッスンに行ってみました。

どうやら多くの受講生は初心者に近い状態で来るようで、
担当してくれた先生は、かなりゆっくり話して
フレーズの理解の確認も丁寧に進めてくれました。

もっと早い会話でも問題はなさそうでしたが、
早くなってしまうと理解度が下がっていても
全体の流れで補ってしまうところがあります。

その点、ゆっくり進めてもらうことで
ほぼ100%の理解を保ちながら会話が進む印象でした。

こちらの発話についても丁寧にチェックしてもらえたので
「会話」という内容重視の時間ではなく
トレーニングという形態として有効だったと感じます。

ゆっくりやる分、記憶に残りやすいといったところでしょうか。


話の内容は決して難しいものではありませんでしたが
内容について考える負荷をかけずに、
とにかく言葉をつなげていくことに集中できます。

こういうトレーニングは、ある時期に必要な気がしました。

あとは自分にとって馴染みのある分野から
発話のトレーニングを始めるのが有効そうです。

自分がよく使うボキャブラリーを把握して、
それをまず覚えて使えるようにしておく。

骨組みを作ってしまうイメージです。

詳しい分野、好きなトピックで自分の考えを述べられるように
前もって文章を書いておいたりするのも良さそうです。

1つの方法は、自分の好きな分野で
「こうするのが良い」「こうするのが大事」
といった意見をまとめてみること。

もう1つは、身の回りの印象的な出来事をエピソードにする。

まずは日本語で書いてみて、それから外国語にするのでも、
最初から外国語で書いてみるのでも構いませんが、
とにかく詳しく意見を書こうとするプロセスが重要なはずです。

そうすると言いたいことの中に、自分が言えない部分が見つかります。
そこを丁寧に調べながら取り組めるのが
書くトレーニングのメリットだと思います。

そして書いてまとめたものを覚える。

実際、こういう英語のトレーニングをするスクールもあります。
多くの場合は、自己紹介とか仕事の話とかを文章にして
それを丸覚えするような形のようですが。

個人的には丸覚えの必要はないと思うんです。
むしろ似たような話で数をこなすほうが役に立つと思います。

似たような作業を繰り返すと、一般化された部分が記憶に残り
応用できる形で「自分の発話パターン」が作られるはずですから。


今回僕が体験にいってきたスクールでは教科書もありましたが、
フリートークでやらせてもらえると安価になる仕組みがありました。

教科書を使わずにやるには、トピックを用意してきて
それについて話し合うという感じになるようです。

そのためには自分で事前に題材を決めておく必要があります。

ネット上からニュース記事なんかを探してもいいとのことでしたが
むしろ自分で意見やエピソードなどを書いて、それを持参して
会話をしてからライティングのチェックをしてもらう
なんていうのも良さそうに感じます。

まずは書いた内容を覚えている範囲で、読まずに話してみて、
それから話を広げて、で書いたものを最後にチェックしてもらう。

そんな流れでやってみようかと考え中です。

ちょっと大変ですが、それぐらい負荷をかけた方が
むしろトレーニング効果が出る時期ではないかと思っていますので
一定期間だけでも、まずは試してみるつもりです。


いずれは「効率的な外国語習得の方法」という形に
まとめられたらいいんですが。

cozyharada at 23:09|Permalinkclip!コミュニケーション | NLP

2018年06月25日

中級の壁

先日、ふと思い立ってフランス語のスクールを探しました。

別に今のところに不満があるわけではありませんし、
今通っているところでもトレーニング効果は実感できています。

が、もっと自発的な発話の練習をしたい気がしてきたんです。

とりあえず他は置いておいて、まず
現状の僕の中にあるボキャブラリーをアクティブにしたい。

「アクティブ」というのは「すぐアウトプットに使える」
という意味です。

一方、「受動的(パッシブ)なボキャブラリー」というと
「聴いて分かる、読んで意味が分かる」種類のもので
インプットのときに問題なく使えることを言います。

語学をやっていれば、インプットのときには分かるけれど、
自分が発話したり書こうとしたりしたときには出てこない、
つまりパッシブなだけでアクティブになっていないボキャブラリーが
ある程度多いのは自然なようです。

特に日本人が外国語を勉強するときは文法から学びがちですし、
文章を解読するようなインプット主体の勉強になりやすいようです。

最近、僕は実感として聞いているときには分かるのに
自分からは出てこない単語が多いことを強く自覚し始めました。

だからアウトプットのトレーニングをすべき時期だろう、と。

それでスピーキング中心のトレーニングをしたくなったと思われます。


とりわけ僕の場合、フランス語を書くときには出てくるのに
会話の中では出てこない単語や表現などもあったりします。

あるいは頭の中でフランス語で考えたりするときには思いつくのに
発話の段階になると詰まってしまうこともあるようです。

ですから、頭の中で自動的に組みあがったフランス語の表現を
口から出して話す段階に、まず大きな障壁があると考えられます。

ここは単純に反復トレーニングというか、量の問題でしょう。
発話の量を増やして、自然と口から言葉が出やすい状態を作れば
このステップで起きる問題は解消されると想像しています。

そのためには、ある程度の時期を集中的に
発話の練習だけに充てた方がいいだろうと考えたんです。

ですが今通っているスクールは、そういうスタンスではない。
もっと全体的にバランスよく練習するスタイルになっています。

話せる言葉は聴き取りも理解もスムーズになるものですから
会話のトレーニングを集中的にやってしまった方が
全体の底上げにもなるはずだと考えています。

なので、あまりカリキュラムがはっきりしておらず、
ただフリートークのような形で発話の量を増やしてもらえる形で、
しかもマンツーマンでやれるところを探しました。

できれば、その日に話した内容についてのライティングを宿題にして
正確さとボキャブラリーの充実を図れれば、
効果はより高まるだろうと思います。


あとはスピーキングとライティングの両面から
頭の中にある知識や理解、考えなどを
フランス語の単語や言い回しと結びつけるのも目的です。

一度、土台となるフランス語ネットワークを頭の中に作りたい。

今の段階では語彙力も不足していますが、
とりあえず現時点でもベースを作っておければ
その上に新たな語彙や表現を乗せていけると思うんです。

英語を勉強していたときのことを思い出すと、
集中的にトレーニングし始めた当初は
圧倒的にインプット用の勉強をしたものです。

単語もひたすら覚えました。

知っている単語は聴き取りもスムーズになりますし、
読解の際にも単語の意味で詰まることなく、
全体の理解に情報処理能力を使えるようになります。

なので最初に一気に単語を覚えるのは役立った記憶があります。

今の僕のフランス語の語彙量は、そのころの英語ほどはありません。

それでも文法事項への慣れや、文章構造への慣れという意味で
それなりの段階には来ている実感はあります。

当時の英語の感じと近いぐらいか、あるいは
英語で身につけたベースがある分だけ
フランス語の文章構造への馴染みは先に行っているかもしれません。

聴き取りに関しても音への慣れは、それなりになっていそうです。
少なくとも英語を勉強した当時と同程度にはなっている印象。

実際、英語を勉強していたとき、僕はこれぐらいのタイミングで
(語彙力だけは先に強化していましたが)
スピーキングに集中したトレーニングを始めていたんです。

とにかく自分の考えを英語に置き換えて
頭の中にある情報のネットワークを英語の表現と結びつける。
英語ネットワークを作るトレーニングをしていました。

ここは少し負荷をかけて短期集中でやったんです。

ある程度スムーズに発話できる感じが出てきたあたりからは
地味に英語を使い続けているうちにスムーズさが上がった気がします。


会話そのものの練習というよりも、あくまで
アウトプット用に文章を組み立てるトレーニングが必要で、
それによって頭の中に「フランス語ネットワーク」の基礎を作りたい
ということなんです。

言い換えると、
フランス語についての知識や理解がバラバラな状態なのを
一気に結びつけてしまいたいわけです。

単語の意味を知っている、
文法のルールを覚えている、
フランス語の音声を認識できる、
フランス語特有のリズムを掴んでいる、
典型的な表現や言い回しのパターンを把握している…、
など、勉強して覚えてきたものを、
もっと積極的に繋げる作業をしよう、と。

それをやれる時期が来たような印象を受け始めたんです。

ここを過ぎると、それなりに実用的なレベルになると予想します。

あとは高度な表現や使えるようにしたかったり、
正確性を上げたかったりしたときに、
本腰を入れた勉強をする必要は出てくるかもしれません。

それでも土台ができてしまえば、
沢山のフランス語に触れるだけでも
徐々に進歩はしていくと思うんですが。

語学の中でも重要な壁の一つがやってきたようです。

cozyharada at 23:33|Permalinkclip!NLP | コミュニケーション

2018年06月22日

感情表出のパターン

心理学の用語で「Display Rules」というのがあります。
感情の表し方について文化的に共有されているルールのことです。

日本の心理学では「表示規則」とかと訳されるようですが、
直観的にイメージしやすい訳ではなさそうに感じます。

「感情表出ルール」ぐらいに捉えると良いんじゃないでしょうか。


心理学の分野でも、感情表出のパターンが
文化によって異なるということを認めているわけです。

とはいえ、大雑把に「西洋と東洋では違う」といった感じですが。

もしかすると個別の詳細な研究として、同じ西洋文化圏や
東洋文化圏の中でも違いを見ている研究もあるかもしれません。

それでも心理学の中心はアメリカといえるでしょうから
アメリカ人から見た観点に寄ってしまうのは仕方がないんでしょう。

日本人からすると、日本と韓国と中国は全く別物に思えたとしても
西洋の人からすると区別がつかないことが多いらしいです。

フランス人もそう言っていました。
日本に来る前は区別がつかなかった、と。
見慣れてきたら見た目で判別できるようになったとのことです。

さらにアジアには東南アジア、南アジアなど多くの国が含まれます。
そちらにもやはり違いはあるでしょう。

もちろん「西洋」という範囲でも、違いはあるはずです。

アメリカとイギリスを同じ範疇に入れるのは僕には違和感がありますし、
ヨーロッパの中でも地中海系の暖かい地域と
東欧寄りの寒い地域でも、コミュニケーションのパターンには
大きな違いが見てとれるように思います。

アメリカの大学が中心となって論文を発表している状況では
東洋、西洋の内側にある細かな違いまでは
それほど重視されなくなってしまうのかもしれません。

ざっくり言ってしまえば、
 アメリカ人からすると、高頻度で出会う東アジア系の人たちは
 感情の表し方が、アメリカのものとは違って見える
という話です。


具体的には、その違いを一言で表すなら
「アジア人は感情を抑えてコントロールする傾向がある」
といった感じです。

アメリカ人のほうが抑え込まずに、ストレートに表現する、と。

表現するといえば聞こえが良いですが、
コントロールせずに「そのまま出てしまう」
とも言い換えられそうです。

僕は日本以外のアジア文化を詳しく知らないので、
街中で見かける中国人観光客や日本在住のアジア人しか
判断材料となるものがありません。

その範囲からすると、中国人は日本人よりもずっと
感情が大きく表れたコミュニケーションをしているように見えます。
声のトーンにも、表情にも、しぐさにも、大きく感情が反映されます。

が、心理学の知見として言われている「Display Rules」は
文化的に決まっている感情表現のルールのことなので、
ポイントは「どんな状況で、どのように表すべきか」になります。

なので「感情が出たときに大きく表れるかどうか」よりも
「いつ、どこで、感情を出してもいいのか」
「どういう場面では感情を出さないようにコントロールするのか」
が重視されると考えられます。

その意味で観察すると、確かに街中の移動中や買い物の最中に
家族や友人と感情を大きく表しながら過ごしている中国人も、
コンビニの店員をやっているときは無表情に近くは見えます。

僕の目からすると声のトーンや動作、些細な表情の変化に
面倒臭そうな気持ちや、楽しくない感情が見てとれますが、
それらの表し方は決してストレートではありません。

一応、職業人として我慢してコントロールしようとはしています。

あくまで日本人よりも非言語メッセージに感情が出やすいだけで
出ないように心がけている様子そのものはあるといえます。

まぁ、心理学で感情を捉えるときには、
微妙な非言語メッセージの「変化量」ではなく、
大きく変わった典型的な特徴をもとにしていますから、
日本人店員よりもヤル気がなさそうに見える中国人店員も
心理学の範疇ではあまり区別しないのかもしれません。

とにかく感情を「大きく」出さないように心掛けること、
そのコントロールがなされるかどうかが重要な違いだ、ということです。

日本人が感情をコントロールする場面と
他のアジア各国の人たちがコントロールする場面では、
おそらく文化的に違いがあるんでしょう。

そのため日本文化しか知らない僕からすると
「(日本では)こういう場面では感情をコントロールするのが標準」
と判断する状況でも、他のアジア人は
感情をコントロールしているように見えないんだと思われます。

裏を返すと、僕が気づいていない状況で
感情をコントロールしている場面がある可能性もある、と。

「いつ、どこで、どのぐらいコントロールすべき」とされているかは
各文化によって決まった『ルール』だと言えるでしょうが、
アジア圏にはそれぞれのルールで「コントロールすべき状況」が
かなり多く見てとれる、という話なんでしょう。

その点、西洋文化のほうが、東洋文化にありがちな
「皆と同じように感情を抑えるべき場面」というルールが少ない。

ゼロではないはずですが、西洋には少ない。
東洋よりも少ない。

そんな結論なんだろうと思います。


感情表出のルールがハッキリしない場面は
日本文化の中でもあると考えられます。

例えば、家族の中。
あるいは恋愛関係。
赤の他人でも揉め事が起こったとき。

こういうときは感情が強く生まれがちです。

感情を駆り立てられる出来事があったとき、
それをどうやって扱うかが人それぞれ違います。

大声で怒りを出す人もいれば、
泣いて場を収めようとする人も、
すねながら相手を攻撃する人も、
グッと我慢して耐える人も、
八つ当たりして不満を撒き散らす人もいます。

言い換えると、ハッキリしたルールがないわけです。

逆に、例えばデパートの店員だったりすると(日本では)
理不尽なクレームを言われたとしても
冷静で丁寧な対応をする必要があります。

内心ではハラワタが煮えくり返っていたり、
クレーマーに対して軽蔑心が生まれていたり、
恐怖心に激しく取り乱していたりしたとしても、
表面上は冷静を繕って、丁寧な対応をすることが求められる。

こういう場面はルールがハッキリしているといえます。

電車の中で隣の人のイヤホンの音が気になっても、
ガムをかむ音が気になっても、匂いが嫌だったとしても、
あまり思いっきり不満を表現することはないでしょう。

我慢するほうが基本で、精一杯の抵抗として
不満を少し態度に表すぐらいなものだと思われます。

公共の場でもやはり、感情を抑えるルールがあるわけです。

感情表出についてのルールも、
暗黙のルールとして共有されている以上は
自覚されやすい、気づきやすいものです。

一方、ルールがない場面のほうでは
ルールが存在していないことには気づきにくい。

自分の文化ではルールがない状況に遭遇したとき、
ルールを意識しようとする発想そのものが出てきにくいんです。

だから知らないルールがあったとしても見つけることが難しい。

外国からの観光客が日本のルールに気づけないとしても
それはある程度、当然のことだと言えるのかもしれません。
本人たちの文化ではルールが存在しない状況だったとしたら
ルールを探そうとさえできないわけですから。

同じことは僕にも起きている可能性があります。

外国で知らないうちにやってはいけないことをしているかも…。

知らないルールを教えてもらえれば手っ取り早いですが、
そうでないとしたら
「今、何かルールは存在していないだろうか?
 あるとしたら、どんなルールだろうか?」
と気をつけるぐらいしかできないような気がします。

他者を尊重するのだとしたら、その人の文化のルールを
知らないうちに踏みにじらないように心掛けたいものだと感じています。

2018年06月20日

心身両面でリフレッシュする

混雑したジムを避けるために2時半ごろに行ってみました。

到着した時点では他の利用者は一人だけ。

しばらくしてその人も帰宅して、それでも30分ぐらいでしょうか、
すぐにまた別の人がやってきました。

僕のジムの使用目的は、主に
固まった部分を動かすためのマシントレーニングと
全身の血行を高めるための有酸素運動です。

トレーニングマシンは各1台ずつしかないですが、
他の人が一人、二人であれば、それなりに気楽に使えます。

ですが、有酸素運動としてやっているエアロバイクは
二台しかありません。
トレッドミルは5台ぐらいあるのに。

なので同じ時間帯に来ている人がもう一人エアロバイクをやると
自動的に隣同士にならないといけないんです。

それなりの敷地内ですぐ隣で過ごす。
それもチョット変な感じ。

そしてそれ以上に、隣の人の運動のリズムや
呼吸音、心拍数、発熱などを横から感じながら過ごすのは
自分が運動するにあたって違和感を生みます。

自分の身体とは違うものがノイズに感じられるというか、
ホテルで隣の部屋からイビキが聞こえてくるのに似ています。

あるいは出先のトイレで隣同士になる感じ。

気が張ってしまうような、気になってしまうような、
とにかくリラックスできない状態になります。


また、街中で歩いている人たちを見てもらえれば分かると思いますが、
赤の他人でも近くを歩いている人同士は
歩行のリズムが一致してくることが多いんです。

むしろ隣の人と別のリズムで歩く方が難しいぐらいでしょう。
よほど頑張って崩そうとしない限り、足並みは近づいてきます。

ある程度、動物の性質として、あるいは物体の性質として
近くのものの振動に同期してくるところがあるのかもしれません。

同様に、ジムでエアロバイクを隣同士でこいでいれば
ペダルを回すスピードも似通ってくるようです。

そういう状況だと、僕はマシンのスピード計を頼りに
自分のペースを維持しようと心がけます。

すると隣の人が僕と同じようなスピードになってきます。
漕ぎ始めよりもスピードが上がっているのが見て取れるんです。
デジタルのスピードメーターで。

その人がどれぐらい自覚して普段より早く漕いでいるのか分かりませんが
随分と息を切らしているところを見ると、
「今日はいつもより頑張った」みたいな印象で
トレーニングを終えるのではないかと想像します。

で、僕の側からすると、自分のペースを保っているとはいえ
隣の人が僕と同じリズムになってきているのが妙に気持ち悪いんです。

赤の他人なのに、という認識があるからでしょうか。
仲がいいわけでもないのに、同じリズムで隣同士で運動している。
そのことが奇妙な不一致感を作り出すようです。

あるいは、運動のリズムは同じでも、呼吸音や発熱などは
僕のものとは違うのが届いてきますから、運動のリズムが合っている分、
そちらの違和感が際立つということもあるかもしれません。


そういうわけで、エアロバイクを隣同士でやるのは
僕にとって好ましくないみたいなんです。

先日はせっかく深夜に行ったのに、
3時ごろにやってきた人がエアロバイク目的の人だったようで、
しばらく隣同士で過ごさなくてはならくなりました。

途中までやっていたので我慢して予定時間分やりましたが
やはり一人でやっているときとは終わった後の状態が違いました。

リフレッシュされる感じがずっと小さかったんです。

もしその人が定期的に同じ時間にエアロバイク目的で来るなら
僕が時間を調整する必要がありそうです。


実際、帰宅した後も、今一つスッキリした感じがなかったので
心の面からリセットしたくなってきました。

そういうときは瞑想や、イメージワークをするようにしています。

とりわけ瞑想をして内側に意識を戻していくと
先ほどまで気になってしまっていた隣の人のことが
頻繁に頭に浮かんでくるのが分かりました。

物凄く意識の前面で気にかけていたわけではなくても
心の一部として引っかかり続けていたようです。

自覚としては忘れているつもりでも、心の中に少し引っかかっていて
心の一部を特定の記憶が占拠し続けることがあるんでしょう。

こういうのはむしろ運動では取り除けないみたいです。
まして僕の場合、運動中に引っかかってしまった内容ですから。

静かに瞑想をして過ごし、その感じが自然と消えるまで待ちました。
しばらくすると意識に上がってこなくなります。

おそらくそうなったら余計なイメージとして
心の中を占拠することはなくなるんじゃないかと感じられます。

誰か他人に意識を向けて、その人に関しての記憶やイメージが
ずっと心の中に残り続けているような状態は、
十分にリラックスして「元に戻った」とは言えないのでしょう。

心身の両面からリセットするような心がけをしていきたいと思います。


…ジムの混雑を避けられない場合には、それが欠かせない気がします。

cozyharada at 23:58|Permalinkclip!NLP | 心理学

2018年06月17日

混雑が苦手です

いまだ体調管理に戸惑っていますが、その理由の1つに
ジムへ行きにくくなっていることもありそうです。

僕の通っているジムはトレーニングマシンだけを置いてある
24時間営業のところです。

なるべく人がいない時間帯が良いのと、
運動した後はすぐに入浴して寝てしまいたいのとで、
だいたい深夜1時ごろに行くようにしてきました。

この時間帯でしたらセミナーから帰ってきた日も
頑張ればジムに行くことができますので。


ところが最近、この時間帯が混んでいるんです。

混んでいるといっても10人はいませんが、
元々が狭いジムなので5人もいたら大混雑の印象になります。

トレッドミルが5台、エアロバイクが2台、
あとのマシンは各1台しかありませんから。

以前はその時間帯だと、他にいても1人か、多くても2人ぐらい。
長時間滞在することも少なかったので
僕が帰る頃には誰もいないのが当たり前の状況でした。

近頃は、僕以外に最低でも2人は確実にいますし、
3,4人いることもザラになってきています。

そうなると使いたいタイミングでマシンが使えませんし、
この時期は室内の温度や湿度も上がってしまいます。

何より、深夜の時間帯にジムに来る人は
あまり健康的な感じの人ではありません。

やっている様子を見ても、子供の頃から運動が苦手だった印象。
体型的にもスポーツとは離れている様子が見てとれます。

もちろん運動不足の解消のために来ているのですから
そういう人こそ価値があるとはいえるでしょうが、
僕の目からすると、その人たちは運動そのものに対しても
随分とルーズな態度でやっているように見えます。

普段の生活習慣も、日頃の身体の使い方も、
自分の動作や感覚への意識の度合いも、ルーズな雰囲気なんです。

ですから当然、ジムで運動をしても1つ1つの動作がいい加減で、
マシンに座ったままスマホをいじっている時間が長い。
それで長時間の滞在になっているようです。

そうやって使ってもいないマシンの上に居座られると
僕が使いたいときにも遠慮してしまいます。

まったく使う気がないんなら声をかけることもできますが
しばらくスマホを触っていたかと思うと、
ときどきチョットだけ運動します。
だから使っていないわけではない。

動作に対しての意識が低く、運動のフォームとかを気にしないとなると
トレッドミルで走るときには、ドタドタと騒音と振動を生み出します。

ビルの作りからしても元々スポーツジム用の想定ではないでしょうから
フロア全体に大きな揺れが起こります。
この不規則なリズムと振動が僕のリズムに合いません。

人数が増えてくるほど、このドタドタうるさくてルーズで
ノソノソとむさくるしい雰囲気が強まります。


完全に僕の好みに合わないだけで、僕がワガママなんですが、
こちらの目的は、体に溜まったストレスを吐き出すところにあるので
その目的には完全にそぐわなくなってきてしまったわけです。

むしろジムに行くと別のストレスがかかる。
僕は何も筋トレをしたいわけじゃないんです。

先日はついに、ジムに入って、人の多さと雰囲気に耐え切れず
何もせずに立ち去ってきてしまいました。

もっと空いている時間帯を探すことになりそうです。

まずは3時ぐらいに行ってみようかと思います。

cozyharada at 23:12|Permalinkclip!NLP | コミュニケーション

2018年06月14日

社会のプレッシャーが違う

少しでも日本を離れてみると気づくのが
 日本人は我慢をする傾向がある
ということです。

文化的に共有されていることだろうと考えられますが、
社会に適応するために求められる重要な要素なんでしょう。

裏を返すと、アメリカ人なんかは我慢の程度が小さく見えます。

我慢が小さいから体がリラックスしている。
筋肉に力を込めて堪えることをしていないようなんです。

日本人から見たらルーズだとも言えるかもしれません。


サービス業の人のコミュニケーションにおいても
気さくで自然体に近いことをするように見えますし、
顧客の側もサービスの質に対して大きな期待をしていないようです。

日本のサービスや商品は基本的に、常に完璧に近いことが求められ
少しでも不具合や不快なことがあれば問題として対処されます。

アメリカではサービス業の人に対しても寛容なようで、
鼻歌交じりで働いている人がいても誰も文句を言っていませんでした。

公共の場所でゴミが散らかっていても許容範囲があるみたいですし、
客の荷物を足で扱っても当然のように過ぎていきます。

商品のパッケージも薄っぺらくて破れそうだったり、
逆にビニールのものは固くて千切れなかったり。

いかに日本の製品やサービスが、細かいところまで配慮して
快適に使いやすく、そして礼儀正しくしているかがうかがえます。

どんな形であれ日本で働いていたら、最終的に
商品やサービスが完璧に近いものとして求められるわけなので
仕事の質としても量としてもハードなものとなって、
組織内の人間関係も高い要求水準を満たすようにピリピリしがちでしょう。

働く側、商品・サービスの提供者の立場としては
過度に求められることに応えるのに必死で
常に無理を強いられた状態になっている。


私人に戻ったときにも、公共の場では
ルールやマナーを守ることが重視されます。

人に迷惑をかけないためのルールやマナーがあり、
守っていない人は目の敵にされたり、白い目で見られたりします。

他人から疎外されることを気にしなければ
そんなルールやマナーに過敏になることなく過ごせるのでしょうが、
多くの人は小さいころから集団の中に溶け込むことを教育されていて
コミュニティから拒絶されることに恐れを感じます。

その意味で周囲のプレッシャーに対しては従う傾向が強いはずです。

もちろんアメリカを中心とした西洋の心理学の研究においても、
集団の暗黙のルールに従おうとする傾向は知られています。

が、ルールそのものの要求の強さや、ルールの量の多さ、
ルールに従わないことへの罰則的なプレッシャーの強さなど、
集団の圧力は日本のほうが高そうに思えます。

つまり、仕事をするうえでも過剰な期待に応えなければならず、
私人として公共の場に身を置くときにも
社会のルールや暗黙の常識やマナーなどに従わないといけない、と。

同時に、それが裏を返すと
私人としてサービス利用者・顧客側になって
サービスや商品の質に対して高い要求をすることになり、
また公の一部としてルールに目を光らせる側になって
非常識な人を罰するように他人の行動に対して厳しくもなる。

そこには「自分ばかり他人の要求に応えて、
正しいことをしているのは不公平だ」といった
不満の感情もあるのかもしれません。


アメリカ人と話したところ、アメリカでもやはり
「アメリカ人になる」必要はあると言っていました。
そういうプレッシャーはある、と。

内向的な人は、明るく社交的な振る舞いをするのは苦痛だといいます。

しかし日本人として、他者の期待に応え、ルールを守り
集団から疎外されないように頑張って社会生活を成立させるのと同様に、
アメリカ人は、明るい社交性で社会を成立させています。

日本ほど高くない商品・サービスへの期待は
質が高くなくても文句を言わない態度に表れますし、
自分が仕事をするうえでも
過度な完璧さを求められない気楽さに繋がります。

お互いに「まぁ、これぐらいで」といって許容している範囲がある。

公共の場においても、他人に迷惑をかけないためのルールはさほど多くなく
人それぞれが自分の快適なやり方でいられるように干渉しない。

当然、好みの違いで受け入れがたい事態が起こる関係性もあるでしょう。

だからこそ明るく社交的なコミュニケーションをしておくことで
先に親しい間柄という前提を作り、敵意が起こりにくくしているといえます。

個人の自由を尊重しながら、かつ衝突しないための工夫が
「仲良くなってしまう」ということだろうと考えられます。
親しいからこそ許容できることが増える、と。

そういう意味で、フレンドリーな関わり方をするのは
アメリカ社会を成立させるうえで文化的に重要な要素であって、
それは文化から自動的に要求されている
 身につけなければいけないアメリカ人らしさ
の1つだと捉えられます。

日本とは違ったやり方ですが、
社会から求められて身につけなければいけないことは
アメリカにだってあるわけです。

ただ、そのプレッシャーの強さが違う。
そのプレッシャーに耐えている度合いも違うはずです。

フレンドリーにさえしておけば、あとは自由に気楽に過ごせるアメリカと
常に高い要求と周囲の圧力を気にしながら
自分も他人に対して厳しい目を光らせる日本とでは、
日々の生活の中で力を抜いていられる度合いは別物でしょう。

これは日本国内で海外から来た人と接していても感じます。
日本に住むために日本文化に合わせてはいても、
身に着けてきた土台のリラックス感は残っているようです。

同じアメリカでも、そのリラックスの度合いには地域差もあると思います。

ニューヨークのほうが日本に近いプレッシャーがあるかもしれません。
カリフォルニアとかハワイとかは、もっとリラックスしていそうです。

あれだけ気を抜いていて、人の目も気にせず、体に力を入れないで
自分の要求に従っていたら、アメリカの食文化の中では
肥満が多くなったって当然だと感じました。

日本はその点、社会としてのプレッシャーが強く
それに我慢しながら生きていないといけない。

ストレスが体に表れる度合いが大きくても当然なのかもしれません。

cozyharada at 23:45|Permalinkclip!NLP | 心理学

2018年06月11日

驚きの体調不良

この週末に出張で札幌に行ってきました。

東京も気温は下がったようでしたが、
札幌はそれ以上に冷えていて、最高気温で15度ぐらい。

それでも「寒い」といった印象はなく
快適に過ごしていたつもりだったんです。


が、東京に戻ってきたら日が変わる頃から身体が痛みだして、
朝方には発熱が始まりました。

インフルエンザかと思うような高熱が出て
熱と全身の痛みにうなされて眠ることもできない状態。

解熱剤を飲んでも38度を下回らないという経験は
いったいいつ以来だったでしょう。

しかも寒気がするとか、咳とか、喉の痛みとか、
そういったものは全くなく、ただ熱だけが出ていたんです。


身体の痛みに関しては、筋肉の強張り方として
セミナー後には良くあるタイプのものだと思っていました。

見ることや聴くことに意識を傾けすぎると
目や耳の周りの筋肉が披露することが多々ありますので。

特に最近は人の感情が目につきやすくなっているようで
人の多いところに苦手意識が出てきていましたから、
そういう意味でもセミナーは少し心配だったんです。

実際、先日のセミナーは平日の一日だけだったにもかかわらず
今までにないぐらいの疲労感が出てしまっていました。


ですが札幌の人たちは東京の電車で見かける人と比べると
のんびりしていてイライラ度合いが低いようで
滞在中はそこそこ楽な気分でいられたように感じています。

先週末はちょうど「よさこい」のイベントと重なったらしく
街中の人のテンションがお祭り気分だったのもあるかもしれません。

おかげでホテル予約がギリギリまでできなかったものの、運よく
古くからある大型のホテルに予算内で泊まることができました。

新しいホテルのような奇麗さや広さはなくても
防音はしっかりしていたので静かな部屋で過ごせたのも助かりました。

瞑想をして落ち着きを取り戻すことがしやすかったです。
飛行機移動のストレスも解消できたつもりでいました。


そして今回のセミナーはNLPのマスタープラクティショナーコース。

最初の段階の資格取得コース「プラクティショナー」で
すでに顔なじみになっていますし、
多くのワークを体験してNLPそのものの効果も実感している皆さん。

特に今回は、僕が担当した回数の多い方々がお揃いだったので
最初からリラックスした状態で過ごしてもらえました。

そのおかげか、心配していたセミナー終わりの疲労感は小さく
それほどのストレスはないつもりでいたんです。

たしかに2日目のほうは頑張る場面もありました。
東京に帰ってきてからの電車の中もシンドかった。

でも、そこまで酷くないだろうと想像していたんです。

そこでの急激な体調悪化。
これにはビックリです。

ウイルス感染とかの印象ではありませんでしから、
やはり疲労によるものが大きそうな感じがします。


なかなか熱が引かず、少し落ち着いてきたと思ったら
今度は激しい偏頭痛が始まりました。

このレベルの偏頭痛も久しぶり。
身体のケアを受けるようになってから
あまり酷い偏頭痛は起こらなくなってきたんですが。

結局、この日は何もすることができず、
全ての予定をキャンセルしてもらって
ひたすら暗闇の中で呻いていた感じです。

やっと偏頭痛が収まって、
それから一晩かかって熱も引いてきました。

こんなに短時間で激しい体調不良が一気にやってきて
収まっていった体験は初めてのような気がします。

一通りの痛みが引いた後は、背中や肩の固まりも楽になりましたし
随分と落ち着いた状態にまで回復しました。

これが一体どういう症状なのか?

毎回セミナーのあとには、こんな感じになるのか?
それともただの風邪なのか?

痛みそのものはすぐに忘れてしまいますから問題とは感じませんが
安静にすることも大事を取ることも、対処の仕様が分からないので
戸惑いは隠せないのが正直なところです。

cozyharada at 23:16|Permalinkclip!NLP | 全般

2018年06月06日

落差が大きい

瞑想づけの日々から戻ってきて、最初のセミナーを担当しました。

たった一日でこんなに体力的なキツさが出るとは…。

身体の痛みに対しての感度が上がっているために
講座をしている最中から負荷を自覚していたのも
シンドさを感じた理由の1つだとは考えられます。

今までは講座が終わってから肉体的な負荷を意識することが多く
やっている最中は周りに集中していて
自分の身体の具合に気づいていないフシがありましたから。


ですが、それ以上に
人の影響を受けやすくなっているのが大きいように感じます。

昼休みぐらいの段階で体中の痛みと重たさが大きくなっていて、
これまででいうと、土日2日間を終えた次の日ぐらいの印象。

呼吸もおぼつかなくなってきていた自覚があったので
昼休みの間にストレッチを少しして、トイレで一人になって瞑想をし、
呼吸と体の強張りを緩めたりもしてみました。

それでも正直なところ、一日もたなかった。
終盤には文字通りの息切れがして、
力を振り絞りながら乗り切った感じ。


セミナーが終わって一人になって、最寄りのコンビニに行って
今までだったら買わなかったような飲食物…
なんとなく体が求めていそうなものを少し購入して、
小雨に打たれながらそれを口に入れて。

そのころから徐々に重苦しさが減ってきて呼吸が楽になり
段々と回復が始まっていったようでした。

自分のための時間を取るのが回復に効果的だと感じます。

雨水も負荷を洗い流してくれるようで好印象でした。
シャワーで気分転換になるのも納得ですし、もしかしたら
滝に打たれるなんてのも同じ方向性だったのかもしれません。

とはいえ、帰宅のために電車に乗ったら、再び苦しさが逆戻り。

駅を出て自宅に近づき、人が減ってくるあたりから楽になってきて
自分の部屋に戻ったら一気に落ち着きました。

よほど一人でいることが大事みたいです。


シンドくなるのも早かったですが、楽になるのも早いのが
今までとは違った傾向に感じられます。

早めに気づくようになっただけだったら良いなぁと思いますが…。

しかし体の強張りは、一人になっても残っていました。
何かしらの対処が必要なのは痛感します。

一日のセミナーでこの状態だと、連続してきたときに
どうやって乗り越えたらいいのか、チョット先が思いやられます。

とりあえず、軽く運動をして強張った部分を動かし、
その部分の血流を上げて酸欠を回復させることにしました。

それからストレッチをして強張りを緩めて。

雨水が良い気分だったのを思い出して
シャワーを長めに浴びてみました。

湯船で温まるのとは違った意味で、少し楽になる感じがしました。

そして睡魔に抗うこともできずに仮眠をとって
目が覚めたら体中がカチコチな状態。

もう一度ストレッチをして、それから瞑想をして
心身をリラックスさせることにしました。

これでようやく次の日に動けるようになったというところです。


少し前までは、ここまで回復のための取り組みはしていなかったんですが。

体調的には万全に近い状態から、一気に限界まできてしまうのは
どうやって対処したらいいものか、まだ分かっていません。

試行錯誤を繰り返しながら良い方法を見つけたいものです。

cozyharada at 23:26|Permalinkclip!NLP | コミュニケーション

2018年06月03日

サンディエゴ動物園

今回のアメリカでは、予定を少し延長して
サンディエゴまで訪れてきました。

きっかけは昨年にお手伝いした催眠の講座。

その先生がサンディエゴ近郊に住んでいて、
以前にサンディエゴ動物園のサファリパークで働いていた
ということで「来る機会があったら訪れてみては?」と
なんとなく勧められていたんです。

なんでも象の飼育員をトレーニングする必要があって、
全飼育員の中に一人だけいる達人をモデリングして
皆が同じくクオリティで世話ができるようにしてほしい、
という依頼だったそうです。

動物は見て学べることが多いですし、
その先生も再来日を検討しているとのことなので
話のネタ作りという意味でも行ってみることにしたわけです。


僕が瞑想のために滞在していた街からは
ロスアンゼルス経由で行くことになってしまいましたが、
同じ西海岸ですし、ロスからも近いところのようです。

カリフォルニア州の中でも最南端に近い場所で
メキシコまですぐといった土地。

サンディエゴも国際空港ながら、ずっと小さな空港で
全体的に落ち着いて、のんびりした雰囲気がありました。

セキュリティチェックの人なんかも、温厚で親切。
ロスアンゼルス空港の職員の傍若無人っぷりと比べると
同じ国とは思えないぐらいでした。

人の動きもゆっくりしていて、
地元の人は話し方も少しルーズな感じがありました。

気候や生活リズムなどが関係しているのかもしれません。

空港の建物からそうでしたが、街並みも美しく
古い建物と最先端の高層ビルが入り混じっていて、
観光地と行政・ビジネス地域が組み合わさったような印象。

乾燥していて空気もキレイなようで、空は真っ青。
ゴミゴミしていない街並みと合わさって、
気分もゆったりしてくる感じがしました。

日差しの強さと感想で肌がやられることを除けば
住むのにも快適なんじゃないかという考えが浮かびます。

一方、その次の瞬間には
「こんなのんびりしたところにいたら
 仕事をする気にもならないかもしれない」
という考えも浮かんできました。

色々な人から「美しい街だ」と聞いていた理由が
行ってみて強く実感できた気がします。


空港からホテルのある市街地までもタクシーで10分弱ぐらい。
色々なものがコンパクトにまとまった感じでした。

やはりサンディエゴは動物園を推しているのか
ホテルの部屋にもバスタオルで作った象がお出迎え。

SD2


























僕はそれほど観光好きではないので、目的地だった動物園へ直行しました。

交通手段は初めて使ってみたUberという民間タクシーのようなシステム。
日本でもUberの食べ物配送サービスがあるようですが、
アメリカはいわゆる「白タク」が違法ではないのか
かなり幅広く使われているようです。

スマホアプリでGPSの現在地情報を利用しながら
近くにいる車を回してくれて、支払いもアプリ上でカード決済。
数分待てば車も来ますし、価格も日本のタクシー以下じゃないでしょうか。

サンディエゴ動物園は市街地の外れに位置した
バルボアパークという公園のようなものの中にあります。

公園とか博物館とか動物園とかが集合しているということから
上野動物園がある「上野恩賜公園」と似た感じかもしれません。

動物園は歩いて回れるサイズで、僕は3時間弱で全部を見て回りました。
それでも敷地面積は上野動物園の3倍ぐらいあるようです。

空が高いせいか、都心にないせいか、あるいは気候のせいか、
とにかく飼育されている動物がリラックスした雰囲気でした。

1つの檻が大きいのとか、地面が土で舗装されいないのとかも
動物にとっては影響しているのかもしれません。

様々な動物の体の使い方を勉強させてもらえました。


そして翌日はサンディエゴ動物園の経営母体が運営している
サファリパークのほうに行きました。

こっちが本当の目的地。
象の飼育がなされているところです。

サンディエゴから車で45分ぐらいだったので今回もUberを利用。

こちらも途中までは歩いて回れるサイズで、
動物園と同じような作りになっています。

で、一番奥のあたりから路面電車やカートが走っていて
奥にある広大な敷地で放し飼いにされている草食動物のゾーンを
見学できるようになっている仕組みでした。

動物の種類に合わせて、生息地に似たような環境を作りながら
かつ見学者から見やすいところに動物が集まってくる工夫があったりして
動物にも人間にも多くの配慮がなされている印象をうけました。

カートに乗って見学したゾーンは、
写真で見たアフリカのサバンナのような感じ。
そこに牛とかヤギとか馬とかが群れで生活していました。

こういう広大な土地を活かしたものは、
いかにもアメリカならではかもしれません。

お目当ての象のエリアは、放し飼いゾーンほどは広くなく、
普通に動物園的な一区画になっていました。

とはいえ、12頭の象にしてみたら十分な広さには見えましたが。

SD1


























なんでもアフリカから繁殖のために連れてきたり、
繁殖した象を世界中の動物園へ出したりと、
ちょっとした保護地域になっているそうです。

先生が話していた飼育システムなんかも見ることができて
十分に話のネタは確保できた気がします。

そしてそれ以上に、象の雰囲気が記憶に残りました。

ゆったりと大きく、遊び心があって、頭がいい。
それぞれの性格にも個体差があるようにも見えます。

親子はすぐに分かって、ケアする母親側と
甘える子供側とが、なんとも穏やかな関係を見せてくれました。

かなりの時間、象を眺めて過ごしてきました。


野生とは言えないとは思いますが、
自然に近いものに触れるのは気分が休まる感じがします。

十分に堪能させてもらいました。

…ちなみに、アメリカの動物園、博物館は高いです。

動物園、サファリパーク共に入場料で6000円ぐらい。
サファリパークはそれに加えて、中でカートに乗って
広い放し飼いゾーンを見に行くと、また6000円かかりました。

あの敷地で動物の管理をしようとすれば安くないのは当然でしょうが、
おそらく税金の支援が出ていないんではないかと想像しています。

博物館も小さなものなのに、1つごとに2000〜3000円かかるようでしたし。
海辺にあった古い船の展示物も、それ単体で見学料が数千円。

文化・教育的なものに対するお金の価値が違うのかもしれません。
ディズニーランドとかと同じような捉え方なんでしょうか。

日本が安いという見方もあるでしょうけれど。

税金の使い道も含めて、文化の違いが表れているのを感じます。

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《コミュニケーション講座》
瞑想のモデリング


【日時】 
  2018年10月21日(日)
  10:00〜16:30


【場所】 
  滝野川会館
  304集会室

   JR上中里駅より7分
   JR駒込駅より10分
   南北線西ヶ原駅より7分

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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