2008年07月09日
特別なお客様として
以前にもブログに書きましたが、近所の飲食店に非常に接客の素晴らしい方がいます。
僕の見立ては、接客業というよりも対人援助職向けの気配りを持つ人、という印象。
先日などは、その店員さんがいなかったときに、
わざわざ1人のお客さん(70〜80歳位)が他の店員さんに質問をするほどでした。
「今日は、あの娘はいないの?」
「ええ、今日は3時までの日なんです」
案の定、お年寄りにモテるんですね。
で、しばらくしたら、その店員さんが私服で店に入ってきました。
聞こえてきた会話の内容からすると、早く仕事を終えて休憩した後、
事務所で雑用をこなしに戻ってきていたのだとか。
それでもう一度、店に入ってくるというのが凄いと思いました。
わざわざ一人のお客さんのために、仕事時間外なのに
会話のためだけにやってきたわけです。
そうすることで、お得意様になるかとか、そんな算段はきっと無かったことでしょう。
単価の安い店です。
何より、そうやって会いたがっているお客さんは、
既にその店員さんのファンになっているわけですから。
ますますファンになったかもしれませんね。
そうやって、そのお客さんと話した後、店員さんは私服のままで
別のお客さんのところへ近寄って行きました。
今度はお婆さんです。
またまた聞こえてきた会話によると、そのお婆さんは、たまにしか来店しない方のよう。
でも、しっかりと覚えていて会話を始めるわけです。
私服のままメニューを持って行き、近くで話を続けていました。
お婆さんが注文を考えている間、その相談相手にもなっていたんです。
色々と事情を聴いた上で、2人で注文を決める。
そんな感じでした。
その作業はニーズの把握から自己決定までのプロセスを踏んでいたと言えます。
もちろん対人援助に求められるレベルの内容ではありませんが、
自然とその流れをやってのけるのはセンスの現れだろうと思います。
素晴らしいコミュニケーションは、見ていても心地いいものですね。
空いている時間だからこそ可能な場面だったのでしょうが、
それでもなかなか出来ることじゃないように感じます。
後日、僕の隣の席に、一人の初老の女性が座りました。
念のため言っておきますが、決してその店がお年寄りばかりということではありません。
色々な方がお客さんとして入っていますが、
お年寄りが1人で入れる店だということが重要なポイントだと思うんです。
で、僕の隣にその初老の女性が座ったところ、
いつもの店員さんが、他のどの店員さんよりも早くやってきました。
そしてメニューを差し出しながら、口を大きく動かしました。
普通は何かしら声をかける場面です。
「いらっしゃいませ」とか「お決まりになりましたらお呼びください」とか、
何らかのマニュアルがあるものでしょう。
その店員さんも普段なら言葉をかけます。
でも、その時は声を出しませんでした。
その代わり、大きく口を動かしていたんです。
たぶん、その形は「どうぞ」だったように見えました。
その表情には暖かい笑顔が溢れていました。
しばらくして、その店員さんが再び席に寄ってくると
隣の席の女性は手荷物から何かのカードのようなものを取り出し、
それを店員さんに見せました。
店員さんはニッコリとほほ笑みながら大きくうなずき、
メニューを下げて去って行きました。
後ほど食事が運ばれてきたわけですから、おそらくそのカードで注文したのでしょう。
推測ですが、その女性は耳の不自由な方だったのではないかと思います。
その方が何度、その店に来ているのかは分かりません。
頻繁に来る方だから、そういう暗黙の了解が出来ていたのかもしれません。
仮にそうだったとしても、その方への心配りは素晴らしいものでした。
1人の人として個別に見ているわけです。
かといって、過剰な特別視があるのでもないんです。
混雑時に相応しい、適格な対応だと感じました。
そして、そうした暗黙の了解ができるまでのプロセスにも関心がわいてきます。
当然のように、その女性の事情に合わせた対応をとっているんです。
その方も安心して食事をしていかれるのでしょう。
少なくとも数回は来店している方だからこそ、
可能なコミュニケーションだと考えられます。
その方が何度も店に来るに至るまでに、その店員さんが
どれだけ安心感をもたらしていたのかという部分が素晴らしいと思うんです。
その飲食店はチェーン店です。
特別なサービスが売りの店ではありません。
ただ、その店舗の個性を生み出しているのは、その店員さんじゃないかと僕は思います。
凄い人がいるものです。
ちなみに、最近その店が改装工事中で、僕は残念な思いをしています。
誰よりも僕自身が、その店員さんに引きつけられて店に行っているのかもしれませんね。
僕の見立ては、接客業というよりも対人援助職向けの気配りを持つ人、という印象。
先日などは、その店員さんがいなかったときに、
わざわざ1人のお客さん(70〜80歳位)が他の店員さんに質問をするほどでした。
「今日は、あの娘はいないの?」
「ええ、今日は3時までの日なんです」
案の定、お年寄りにモテるんですね。
で、しばらくしたら、その店員さんが私服で店に入ってきました。
聞こえてきた会話の内容からすると、早く仕事を終えて休憩した後、
事務所で雑用をこなしに戻ってきていたのだとか。
それでもう一度、店に入ってくるというのが凄いと思いました。
わざわざ一人のお客さんのために、仕事時間外なのに
会話のためだけにやってきたわけです。
そうすることで、お得意様になるかとか、そんな算段はきっと無かったことでしょう。
単価の安い店です。
何より、そうやって会いたがっているお客さんは、
既にその店員さんのファンになっているわけですから。
ますますファンになったかもしれませんね。
そうやって、そのお客さんと話した後、店員さんは私服のままで
別のお客さんのところへ近寄って行きました。
今度はお婆さんです。
またまた聞こえてきた会話によると、そのお婆さんは、たまにしか来店しない方のよう。
でも、しっかりと覚えていて会話を始めるわけです。
私服のままメニューを持って行き、近くで話を続けていました。
お婆さんが注文を考えている間、その相談相手にもなっていたんです。
色々と事情を聴いた上で、2人で注文を決める。
そんな感じでした。
その作業はニーズの把握から自己決定までのプロセスを踏んでいたと言えます。
もちろん対人援助に求められるレベルの内容ではありませんが、
自然とその流れをやってのけるのはセンスの現れだろうと思います。
素晴らしいコミュニケーションは、見ていても心地いいものですね。
空いている時間だからこそ可能な場面だったのでしょうが、
それでもなかなか出来ることじゃないように感じます。
後日、僕の隣の席に、一人の初老の女性が座りました。
念のため言っておきますが、決してその店がお年寄りばかりということではありません。
色々な方がお客さんとして入っていますが、
お年寄りが1人で入れる店だということが重要なポイントだと思うんです。
で、僕の隣にその初老の女性が座ったところ、
いつもの店員さんが、他のどの店員さんよりも早くやってきました。
そしてメニューを差し出しながら、口を大きく動かしました。
普通は何かしら声をかける場面です。
「いらっしゃいませ」とか「お決まりになりましたらお呼びください」とか、
何らかのマニュアルがあるものでしょう。
その店員さんも普段なら言葉をかけます。
でも、その時は声を出しませんでした。
その代わり、大きく口を動かしていたんです。
たぶん、その形は「どうぞ」だったように見えました。
その表情には暖かい笑顔が溢れていました。
しばらくして、その店員さんが再び席に寄ってくると
隣の席の女性は手荷物から何かのカードのようなものを取り出し、
それを店員さんに見せました。
店員さんはニッコリとほほ笑みながら大きくうなずき、
メニューを下げて去って行きました。
後ほど食事が運ばれてきたわけですから、おそらくそのカードで注文したのでしょう。
推測ですが、その女性は耳の不自由な方だったのではないかと思います。
その方が何度、その店に来ているのかは分かりません。
頻繁に来る方だから、そういう暗黙の了解が出来ていたのかもしれません。
仮にそうだったとしても、その方への心配りは素晴らしいものでした。
1人の人として個別に見ているわけです。
かといって、過剰な特別視があるのでもないんです。
混雑時に相応しい、適格な対応だと感じました。
そして、そうした暗黙の了解ができるまでのプロセスにも関心がわいてきます。
当然のように、その女性の事情に合わせた対応をとっているんです。
その方も安心して食事をしていかれるのでしょう。
少なくとも数回は来店している方だからこそ、
可能なコミュニケーションだと考えられます。
その方が何度も店に来るに至るまでに、その店員さんが
どれだけ安心感をもたらしていたのかという部分が素晴らしいと思うんです。
その飲食店はチェーン店です。
特別なサービスが売りの店ではありません。
ただ、その店舗の個性を生み出しているのは、その店員さんじゃないかと僕は思います。
凄い人がいるものです。
ちなみに、最近その店が改装工事中で、僕は残念な思いをしています。
誰よりも僕自身が、その店員さんに引きつけられて店に行っているのかもしれませんね。




