2008年08月15日

自由が全て

NLPの創始者リチャード・バンドラーが
NLPのマスタートレーナーのオーウェン・フィッツパトリックと共著で書いた本に
「Conversation」というタイトルのものがあります。

この副題が
「Freedom is everything and Love is all the rest」。
日本語に訳すと
「自由が全てであり、愛が残りの全てである」
というところでしょうか。

バンドラーのコメントには決めゼリフのように、この副題の言葉が出てきますが
実に深い言葉だろうと感じます。

ところが、これをバンドラー以外の誰かが言ったとしたら
「カッコイイ言葉ですね」ぐらいの印象にしかならないのかもしれません。

まして愛だの自由だのを声高に掲げるほど
何かの歌の歌詞だとか、ありがたい御言葉のような印象になってしまうこともあります。

イイ言葉というのは、誰が言うかが非常に重要なわけです。


ただ、この言葉に関して言うと、その独特の言い回しが深みを感じさせてもくれます。
これが実にバンドラーらしい部分だろうと思うわけです。

例えば、同じような内容であっても「自由と愛が全てである」であったら
随分と陳腐な印象が出てきてしまいます。
ありきたりなわけです。

愛とか自由とかいう言葉は非常に抽象的で、
人それぞれ意味の受け取り方も違うものでしょう。
それでいて人の心に訴えかける力をも持っている。

便利な単語なんです。

愛とか自由とか、そういう便利なキーワードで文章を作ると
なんだか良いことを言っているように感じられてしまうわけです。
読んだ人が勝手に解釈をしながら、素晴らしい意味を作り上げるんです。

だから、愛や自由が含まれた短い文章であれば、
ある程度の説得力やイイ話のような印象は自然と出てくるものなんです。
しかし、同時に誰でも言える言葉にもなってしまう。

そこでバンドラーの言葉に目をやると、ヒネリが利いていることに気付きます。

まず「自由が全て」だと言ってしまっている。
全てだって言ってしまった後に、「残りの全ては愛だ」と言う。
じゃあ、自由は全てじゃないじゃないか!と考えてしまいそうにもなるわけです。

この辺のストレート過ぎない言い回しがバンドラーらしいなぁと思えます。


リチャード・バンドラーはゲシュタルト療法の創始者フレデリック・パールズのやり方を
見事なまでに独習し、大学のゲシュタルト療法のクラスをパールズの代わりにするほどに
ゲシュタルト療法を身につけたそうです。

ゲシュタルト療法では人が他人との関わりの中でしてしまいがちな
望ましくないコミュニケーションをパターンとして分類していますが、
いずれも自分の本当の気持ちを自分でコントロールできていない状態と言えます。

自分の気持ちを他人にコントロールされている。
他人の振る舞いによって自分の気持ちが変わってしまうということです。
それは自由ではありません。
自分の気持ちを自分の自由にできていないんです。

その意味においてはNLPは確かに自由になるための方法だろうと考えられます。
バンドラーが「自由が全て」というのは実に納得できる部分です。

ここでいう自由はワガママとは全く違うものです。

自由とワガママを勘違いするケースはよくあるようですが、
ワガママは非常に不自由な状態です。

誰しも自分なりの欲求を持っているわけです。
一般的にワガママだと言われる人は、その欲求を素直に表現する、
つまり我慢をしない人だと考えられがちですが、それは正確ではありません。

欲求を素直に表現するのは自分の気持ちに正直なことです。

欲求を表現した後に、他人がその欲求を満たしてくれなかったとき
不満を感じるのが厄介なワガママなんです。

それはとても不自由なことです。
自分の気持ちが自分の自由になっていません。
相手の振る舞いによって自分の気持ちが決められてしまう、
つまり他人によって自分の気持ちをコントロールされているわけです。

例えば他人の言動が気に入らなかったとします。
冗談のつもりで言ったような内容が受け入れがたかった。
それは他人の行動が自分の価値観に合わなかったわけです。

そこで、「なんで、そんな言い方するんだ!」と言って怒ってしまったら
自分の感情が自分の自由になっていません。不自由です。

一方、カーッとなって怒ることもできるけど、冷静さを保ち
「そういう言い方は私には受け入れられません。やめて下さい」
と言うことを選択したら、それは自分の自由になっています。

もちろん、冷静に言うこともできるけど、ここは怒りを表現しようと思って
「なんで、そんな言い方するんだ!」と怒鳴ることを選択することもできます。

重要なのは、自分の行動に選択肢の幅があり、それを自分の意思で選択することです。
そして選択した結果に責任を取れることです。

怒鳴ることを選択するにせよ、冷静に言うことを選択するにせよ、
相手の対応は自分にはコントロールできません。

その結果、相手の対応が、逆ギレして帰ってしまうことだったとしましょう。
相手が選択をせずに逆ギレしていたら、それも不自由なことです。
不自由な逆ギレをされようが、誠意を持って謝ってくれようが、
相手の対応を受け入れられることが、その前の自分の行動に責任を持つということです。

逆ギレされて不愉快になったり、謝ってもらって良い気持ちになったりしたら、
それもまた自由ではないわけです。
相手の振る舞いによって自分の気持ちがコントロールされているわけですから。


自分が何かをすることで相手に与える影響を考え、
その結果として起きてくる全てのことを受け入れる。
何が起きても自分の気持ちをコントロールされない。

自分の気持ちを手放さないことが、
自分の行動に責任をとる、ということではないでしょうか。

であれば、そもそもの自分の行動を我慢するというのも1つの選択なわけです。
もちろん、我慢して不満が沸いてきたら、それも不自由です。

自由であるためには自分の行動に責任をとる必要があるということです。
これは並大抵のことではありません。

自分の意志で選択をし、自分で責任を取れれば、自由になれるんです。
考えてみれば当然です。
他人に依存しないわけですから。

ただ、当然だけれども大変なわけです。

多くの場合、人は他人からの承認を求めています。
「自分の存在を認めてもらうことなしに生きられない」という見方もあるほどです。
愛を求めているんです。

他人からの愛を求めている限り、それは自由ではありません。
他人との関わりを通じて安心を得ようとしていては、自由ではないんです。

つまり、選択に責任をとって自由になろうとした場合、
他人からの愛や他人を通じた安心を求めることが、一切できなくなるわけです。
他人に期待をすることができないわけです。

愛を求めずに自由に生きるのは大変なはずです。


自由に生きられない部分が出てくるのも当然なんです。
自由に生きようともしない人がいるのも当然なんです。

ましてや、「自由に生きなければならない」と言ってしまったら、
その考え方自体が凝り固まっていて自由ではないわけです。

「自由になれない部分もある、自由になれない人もいる。
 でも、それだっていいじゃないか」
そのように許すスタンスこそ、自分から他人への愛だと思うんです。


人は自由になることを目的に生きているのかもしれません。
他者からの愛を求めたくなることが、それを妨げるように感じます。
自由になるには、愛を求めることを手放す必要があるということです。

バンドラーの言う「自由が全て」を僕はそのように受け取ります。
「愛こそ全て」ではなく、「自由こそ全て」だろうと思います。

本当は「自由が全て」だけど、それはとても難しい。
だから自由になれない部分は「残り全て、愛」で受け止めましょう。

 自由になれない人もいる、でも、それだっていいじゃないか。
 そういう風に受け入れる愛。

 自由に生きたくても自由になれない部分がある。
 でも、それはそれで受け入れる愛。

「自由が全てであり、愛が残りの全てである」、
そこからは、そんな意味を感じます。

cozyharada at 23:57│Comments(0)TrackBack(0)clip!NLP | 全般

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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