2009年02月14日

自分勝手に

人それぞれ、配慮の形というものがある。

相手に対する気遣いや、自分のスタイルに対する思い入れ。
対象も、その方法も、色々と違います。

それは生きてきた背景が違うのだから当然でしょう。
一番うまく乗り切れる方法を身につけてきただけのことです。

自分にとって最も適切な方法を自然に選びながら、
日々のコミュニケーションを行っているわけです。

ただ、相手の自然な方法と、自分の自然な方法が違うだけ。


それでも自分の中には、自分にとって自然な形に対しての期待があるものです。
相手はこういう対応をするだろう、と自分の形を期待するものです。

自分にとって自然な形で100%対応してくれる他人はいないのです。

相手の対応を勝手に自分なりに受け止めて、自分勝手に反応する。
相手の想いなど無視してしまって、自分勝手に不愉快になるわけです。

相手がどういう気持ちであったかとは無関係に、
相手の対応に対して自分がどのように感じたかが中心になります。

自分の今までの人生では、ネガティブなメッセージとして受け取ってきたもの。
相手の対応が、たまたまそのネガティブな癖に当てはまってしまっただけ。
自分の受け止め方の癖に、偶然にも当てはまってしまったんです。

出会い頭の接触事故のようなものです。
急に飛び出してきておいて、「ぶつけられた」と言って不愉快になる。

もちろん事故と同じように、ぶつけた側に悪意があることもあります。
多くの人にとって不快と受け取られるような対応もあるでしょう。

しかし、コミュニケーションの大半で起きているのは
自分の受け止め方の癖のせいで不満になるケースだと思います。


相手の気持ちはお構いなし。
自分勝手に受け止めて、自分勝手に傷ついて。
そして、復讐に転じる。

復習のメッセージにはネガティブな感情が込められていますから
大半の人に対して共通するネガティブなメッセージが伝えられます。

それを相手が受け取って、不快な感じになる。
そして逆襲。

そんなことを繰り返していたら、なかなか物事は良い方向に進まないでしょう。

キッカケは傷ついたところにあります。
相手の意図は別にして、自分が不愉快になったところがキッカケです。

他人は自分の思い通りの対応はしてくれません。
たまたま自分の期待した通りの対応をしてくれることがあっても、
それは自分にとって当たり前のことなので意識さえしない。

本当は相手が自分を理解しようと頑張って
自分に合わせた対応をしてくれているのかもしれないのに、
思い通りの対応の時には意識にさえ上がらないことが多いんです。
当たり前に感じているわけですから。

ところが、自分の癖の中で望んでいない対応方法を相手がしたときには
不満という形で意識に上がってきます。
傷つくんです。

そんなことは日常、ザラにあるはずです。
いちいち不満を表現していたらキリがないはずです。

重要なのは「その関係性に何を望むか」ということ。

新幹線の中でウルサイ人たちがいると、僕は不満になります。
その人たちと良い関係を作るつもりもなければ、
二度と出会いたいとも思わないので、僕の選択は不満を解消する方向へ進みます。

直接相手に伝えることもあります。
ですが、相手が勝手に「傷ついた」と復讐に転じてくることも
可能性として考えられますから、多くの場合、直接は言いません。

かと言って、ウルサイ状態で不満を抱えたまま長時間を過ごすのも嫌です。
なので、席の移動を選択するわけです。

一方、何度も顔を合わせる関係性であれば、今後の関係を考えて
相手の対応に対する不満を表現しないように我慢することもあります。

自分勝手に傷つく必要はないということです。

代わりに、相手が自分の望むものと近い対応になってくれるように
自分の意志の伝え方を工夫します。

勝手な推測で傷つくぐらいなら、言葉にして確認すればいいんです。
質問するなり、言い方を変えるなりすればいいんです。

その選択権があるのは、最初に傷つく自分のほう。
相手の対応に対して自分勝手に傷ついた時こそ、自分に選択権があるんです。

傷つけられたと復讐するか。
自分の受け取り方の癖に気づき、その場で対応を変えるか。

二度と相手が自分を傷つけないように、相手に注意を与えたり
対応を改善を期待しても、それは普通なかなか上手くいきません。

相手は相手で、無意識のうちに培ってきた方法を出しているに過ぎないんです。
自分が無意識に培ってきた方法で傷ついているのと同じように。

自分が不満に感じるパターンを相手に伝えておいて、
そうしないように気をつけてくれと頼むのも有効な手段ではありますが、
相手がそれを意識して対応できるかどうかは分かりません。

頑張っても失敗することだってあるでしょうし、
自分の期待していることを理解できない場合だってあるでしょう。
聞いたことを忘れる場合だってあります。

であれば、自分が傷ついたときにこそ、自分の受け取り方の癖に目を向け、
その場で自分の対応を変えるほうが賢明だと思います。

自分を傷つけた相手の対応。
それを相手がすることになった元の自分の発言を
別の形で表現できるように工夫するということです。

傷ついていない側は、ミス・コミュニケーションが起きたことに気づけていません。
傷ついた側しか気づけないんです。

傷ついた時こそ、自分が対応を工夫する権利を持っているんです。

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by atsuco   2009年02月18日 09:44
「その関係性に何を望むか」
まさにそうですね。とあるきっかけから、社内でマネジャー的な立場になってしまったのですが(^^;相当成長できる機械を得てしまったなぁと感じている近頃の私です。原田先生のブログは今拠り所ですよ・・・これからもよろしくお願いいたします。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
おしらせ
 ◆ セミナー情報 

New!

《コミュニケーション講座》
 〜人を育てる指導力〜

【日時】 
  2019年6月16日(日)
   10:00〜16:30


【場所】 
  北とぴあ 601会議室

   JR王子駅より2分
   南北線王子駅直結

詳細はこちら>>


《瞑想講座》

【日時】 
  2019年6月22日(土)

  午後の部 13:30〜16:30
  夜間の部 18:00〜21:00

【場所】 
  北とぴあ 第2和室

   JR王子駅より2分
   南北線王子駅直結

詳細はこちら>>


《怒りの取り扱いマニュアル》
 〜期待の手放し方と
  ゆるしの技法〜


【日時】 
  2019年7月6日(土)
     7月7日(日)
   10:00〜18:30


【場所】 
  滝野川会館

   JR上中里駅より7分
   JR駒込駅より10分
   南北線西ヶ原駅より7分

詳細はこちら>>
次回未定


 ◆ 過去の講座 

《新カウンセリング講座》
 〜まとめと実践〜


当時の内容はこちら>>


《勉強会》 

【テーマ】 変化の流れを考える

当時の内容はこちら>>
次回は未定



 ◆ お問い合わせ 
  技術向上、
  コンサルティング、
  スーパーバイズ、
  執筆・講演…

  諸々のお問い合わせはこちらへ>>



ホームページ
バナー1


プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
Archives
最近のコメント
QRコード
QRコード