2009年02月18日

おの

喩え話(メタファー)は聞き手・読み手に気づきをもたらします。

そこには暗黙に語られるバックグラウンドがあり、
それを前提としたプロセスが読み取られる。
その結果、読みとったプロセスを自分の人生の一部と照らし合わせ、
1つの結論が生まれるわけです。

それは、あらゆるストーリーに対して起きることです。
そして同じストーリーに対しても受け取り方は人それぞれ違う。
ここも重要なところ。

メタファーを多用していたことでも有名なミルトン・エリクソンですが、
エリクソンの上手さは相手の個性に合わせて、
意図した通りのメッセージを相手が受け取るように話を選べたところにもあるでしょう。

僕の推測ですが、エリクソンは話好きだったんだと思います。
かなり教育者的な雰囲気を感じます。
エリクソンの積極的介入という姿勢は教育的スタンスとも言えると思うんです。

エリクソンの語るメタファーは、相手の無意識に対する教育だったんじゃないでしょうか。
無意識に分かりやすく話して教えていたということです。

夜尿症の子供に対するキャッチボールの話などが有名ですが、これもそうでしょう。

キャッチボールの話を「ボールが順番に渡され、受け取られていく」という
メッセージと捉え、「尿意が正しく伝達される」ことのメタファーと考える説もあります。

ですが、僕としてはもっとストレートに
「キャッチボールするときには微妙な筋肉のコントロールを上手にできる」
ということを無意識に教えているんだ、という説のほうに信頼性を感じます。

「飛んでくるボールという視覚の入力情報に合わせて
 絶妙に全身の筋肉をコントロールできる能力があれば、
 尿をコントロールする筋肉も上手に使えるはずですよ」
というメッセージを伝えているんだということです。

『あなたに必要な能力は、別の場面で、あなたの無意識が自然と使っているんです。
 その能力を問題の場面で使えば良いだけですよ』
そういうことを無意識に分かりやすく説明していたと考えるわけです。

その意味では、エリクソンは伝えたい主張に対する実例を
『無意識には』分かりやすい形で伝えていたのではないかと考えられます。

ただ、一般人の『意識には』何の説明か分かりにくかった。
だから意味深いメタファーだったと解釈されたケースもあったと思うんです。


世間一般にメタファーと呼ばれるものには、より気づきを重視するスタンスを感じます。
関係ないエピソードから聞き手が勝手に自分なりの意味を解釈して
意識的に気づきを得ることを期待している印象があります。

直接的に伝えると反発されることもあるから、
間接的に伝えて気づいてもらうのを期待するという形。

そこでは何に気づき、何を受け取るかが、完全に
聞き手に依存しているという特徴があります。

気づく人は気づくし、気づかない人は気づかない。
気づく内容も、気づける内容だけ。
気づきを得られるだけの経験がベースに無ければ、違う方向へ行ってしまう。

時には、聞き手にとって当たり前に分かり切ってしまっている主張しか
受け取りようのないメタファーとなってしまい、反感を買うことさえあります。
「そんなこと分かってるよ。回りくどく言うなよ」と。

個人的には、何かを「気づかせよう」としてメタファーを使うのは好きではありません。
何かのエピソードが勝手にメタファーとして機能して気づくのに役立った、
というケースのほうが好きなようです。

そういう意味で言うと、世の中はメタファーに溢れていると思います。
気づく人から見れば、道端に落ちているゴミさえメタファーになるわけです。


ただ、話をする側からすると日常的な話よりも、
日常を離れた昔話や有名人のエピソードなどのほうが面白そうな気がするものです。
興味を引かれやすい。

そんな昔話が沢山載っている本があります。
メタファーを気づかせる形で使っている逸話が沢山盛り込まれている本です。
寓話セラピー―目からウロコの51話
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少年が、あるセラピストのところに通うストーリー。
いつもセラピストはメタファーとして物語を話しますが、
大抵の場合、少年はそれに納得できないという展開が興味深い。

作者がどの程度まで意図して書いているのかは分かりませんが、
気づかせようとして反発する少年が、徐々に変わっていく様子が描かれます。

まぁ、正直なところ僕にはピンとこない物語が多いですが、
象徴的なエピソードを知りたい方には丁度いい本なのかもしれません。


その中に「頑張る木こり」という話が載っています。
少し要約すると、こんな話。

 昔々、一人の木こりが材木屋に就職した。

 初日、親方は斧を一本手渡して、森の一角を彼に担当させた。
 男はヤル気満々で出かけ、一日で18本の木を切り倒した。

 翌日はもっと頑張ろうと朝早くに出発した。
 しかし、その日は努力の甲斐もなく、15本しか切れなかった。

 次の日は夜明けとともに、18本の記録越えを目指して出発したが
 結局その半分の木も切れなかった。

 次の日は7本、その次の日は5本、最後には2本も切れなくなっていた。

 木こりは正直に親方へ報告した。
 すると親方は尋ねた。

 「最後に斧を研いだのはいつだ?」

 「斧を研ぐ?研いでいる時間はありませんでした。木を切るのに精一杯です。」

この話から受け取れるメッセージは、どのようなことでしょうか。
斧とは一体何を示すのでしょうか。

道具は常に使えるようにブラッシュアップする必要がある、という見方もあるでしょう。
道具をメンテナンスする必要がある、という見方もあるでしょう。

受け取り方は人それぞれだということです。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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