2009年09月14日

言語≠意識

心理系の勉強をしていると必ず出てくる「意識」という言葉。
「無意識」や「潜在意識」とセットにされることも多いようです。

自分の「意識」というものに関しては、特別に何かの勉強をしていなくても、
普通に「注意を向ける」という意味合いにおいての「意識する」という言葉や
「気を失う」という意味合いで「意識がない」と使われたり、
それほど特別な言葉ではないものとして耳にするものだと思います。

で、多くの心理系の説明や、自己啓発系の説明の仕方だと
「意識=言語」なんていう言われ方が多かったりするんです。

なるほど、確かに言葉は自分の意識で選んで話している気がしますし、
自分の心の中で考え事をするときも言葉を使ってやっているようです。
言葉にならないメッセージ(非言語メッセージ)が、
自分自身の無意識的なメッセージだと考えることもできそうです。

その意味では、確かに「意識=言語」のような感じがしないこともありません。

ただ、その説明の仕方をしていくと、言葉を覚える前の乳幼児や動物には
意識がないということになってしまいます。

じゃあ、赤ちゃんや動物は無意識で生きているのか、ということです。

もちろん、「意識」という言葉の定義がハッキリしないので難しさがあるわけですが、
一般的に使われる「意識」の意味から考えると、
動物であっても「意識を失った」状態になったりしますし、
赤ちゃんでも明らかに「特定の何かを意識している」ように見えることはあるはずです。

つまり、「意識=言語」ではなく、言語活動の大部分に意識が密接にかかわっている、
あるいは、意識を失うと言語活動も停止する、という関係だろうと考えられるわけです。

逆に、言語活動の中にも無意識の部分が沢山あるでしょう。

僕自身の考え方でいえば、「意識」とは、
今現在の時点で自分が認識している部分、といった感じでしょうか。

なので、「無意識」は意識していないところ全て、となります。
「無意識」のものも認識した瞬間に「意識」になるということです。

心理や自己啓発の分野で言われる「無意識」というのは
僕の考えでは「日常生活で、あまり意識されない部分」になります。


ここで強調したいのは、言語があるから意識があるわけではないということ。
我々は、言語で意味づけをしているから意識化できるわけではない。

言語活動を持たない動物だって、「危険なもの」という分類はできているわけです。
意味づけをしていると言えるでしょう。

このような「認識」や「意識」に関する議論は古くからなされてきているようですが、
その中で使い勝手が良かったのが、おそらく
 「事実を体験して、体験を言語で意味づけする」
という説明の仕方だったと思われます。

『一般意味論』のアルフレッド・コージブスキーは、そのことを
「一次体験」と「二次体験」という言葉で説明しています。

五感を通じて知覚した情報そのものには意味づけがなく、それを「一次体験」と呼び、
その体験内容を言語で意味づけしたものを「二次体験」と呼ぶ、と。

人間は、とかく意味づけをしたがる生き物で、
事実をそのままに認識せずに、何らかの意味づけをする傾向があると考えるんです。

NLPにも、この考え方は取り入れられています。
『NLPの前提』と呼ばれる考え方の中に「地図は領土ではない」というものがありますが、
これはまさにコージブスキーの考え方そのもの。

現実(→領土)を知覚した人は、それぞれの心(脳)の中に、
現実を元にして受け取った体験(二次体験、→地図)を作り上げる。

人それぞれ、同じ出来事であっても、違った受け取り方をするということです。
二次体験の内容は人によって違う。
その体験の違いを作り上げるのが、人それぞれの言語による意味づけの仕方。
そんな考え方です。

この考え方はNLPが作られた当時から、現在に至るまで大切にされていますし、
人がそれぞれ違った体験をしていることは、とても本質的なテーマでしょう。

ただ、NLPの前提に「地図は領土ではない」という言葉が使われているからといって、
コージブスキーの考えたモデルまで一緒に大切にする必要はないと僕は思います。

なぜなら、コージブスキーが生きていた時代よりも、
現在では多くの知見が得られていて、
何よりもNLPそのものが発展してきた中で得られてきた情報も沢山あるからです。

NLPの考え方、NLPで扱う内容を正確に表現して、理論として整理しようとしたとき、
 五感で受け取った「一次体験」を、言語で「二次体験」に意味づけする、
という説明の仕方には無理が出てくると思えるんです。

NLPのトレーナーの中には、この「一次体験」と「二次体験」の考え方を
大事にしている人がいるようですし、実際にそのことを書いた本もあります。

そのうちの有名な一人は、創始者、元になった考え方など、
そこに中心となって関わった人たちや伝統に対して敬意を持っているように見えます。
先達や偉人への尊敬を忘れない人物なのではないかと僕は考えています。

その姿勢は素晴らしいことだと感じますが、
僕のスタンスはサイエンスなので、誰が言ったかよりも、
矛盾がないかどうかのほうが遥かに大切なんです。

僕が理解してきたNLPの体系と、他分野の知見とを組み合わせても、
「一次体験」と「二次体験」という説明の仕方よりも
上手い説明の仕方が見つかってくるんです。


その点、脳科学の分野で有名なアントニオ・ダマシオは
NLPをやっていない(…と思います)にも関わらず、
NLPで扱う概念に近いものを敏感に感じ取り、
体験の意味づけの仕方と言語の関係を説明しています。

ダマシオは「体験」という言葉を使わずに「マップ」と呼んでいるようですが、
これは体を通じてインプットした情報を、脳内に描く作業を想定していると考えられ、
それを、パソコンがデータをモニターに映し出す作業と同様に
「マッピング」と呼ぶためだろうと推測されます。

つまり、五感を通じてインプットした色々な情報を一まとめにして
脳内に描きだす(マッピングする)ということです。

で、このマップが言語を使う前に行われていて、
その時点で、言葉に頼らずともマップだけで意味づけされている、というんです。

五感を通じてインプットされた情報をそのままマッピングし(一次マップ)、
それを組み合わせて二次マップを作り、二次マップを元にして
一次マップの中の特定の情報を強調する、と。

その作業で意味づけがなされると書いています。

そして、強調されたマップに対して言語を当てはめる、と

なので、言語化されていなくても意味づけは終わっていて、
言語化は言ってみれば「三次マップ」になるというんです。

その説明の仕方は、僕が理解しているNLPの概念と一致しています。
「五感による一次体験と、言語で意味づけされた二次体験」という説明よりも
ずっとNLPの説明のモデルに一致していると思います。

ただ、ダマシオの本の中の説明は、英語の訳本だということを差し引いても
具体的に理解するのが難しい書き方をされているので、
NLPをやっていない人には実感をしずらいのではないかとも感じます。

この辺は、NLPのサブモダリティの概念をしっかり理解すると納得できるでしょう。

僕なりに例を挙げて補足説明すれば、「凄い」という印象を持つとき
人は心(脳)の中のマップに「凄い」の感じを強調していく、ということになります。

例えば、
 イチローが9年連続200本安打の記録を達成した。
 イチローは「凄い」。
のケースであれば…。

そうなったとき、イチローがテレビに映っている場面を見ながら、
その場面を視覚と聴覚を通じて脳にインプットします。
インプットされた情報は、そのまま一次マップに描かれる。
脳内で、テレビを見ている場面のビデオが流れるような感じでしょう。

で、それに対して自分の中の反応パターンが呼び起されて、身体的な変化が起きる。
その変化を再び感じ取って、それを反映させた二次マップが脳内に作られます。
イチローのニュースを見る前の自分と、見た後の自分の身体的な変化が知覚されるんです。

そして、イチローのニュースが自分に身体的な変化を引き起こしたという流れを受けて、
元々のインプットであった一次マップのイチローのニュースを
強調した形でマッピングしなおす。

このときに脳の中には、イチローのニュースの映像や音声のある部分を
何らかの形で強調した、ビデオ映像のようなものが流れます。

人によっては、イチローの姿だけが鮮明で、背景がボヤけるようになったり、
イチローのニュース映像が物凄いアップに歪められたり、
イチローの姿に後光が差したようになっていたり、
色々な具合に強調されていくでしょう。

さらに、その強調のされ方に対して、新たな身体反応が生まれることがあります。

こうした全ての強調のされ方のパターンに対して、
それぞれの人が「凄い」という言葉を割り当てているわけです。

強調のされ方のパターンにごとに、
「凄い」とか「大したことない」とか「カッコいい」とか「尊敬」とか
色々な印象が分類されていて、我々はその分類に当てはまる強調のされ方を感じたとき、
それを言葉で説明することになります。

つまり、
 意味づけは脳内に作られるマップの強調のされ方で起きている
というわけです。

言語は、強調による意味づけのパターンに当てはめて区別されるものと言えます。


NLPは、サブモダリティによる印象づけということを発見して、
その考え方をベースに色々な手法を開発してきています。

それを発見したリチャード・バンドラーは、やはり天才の一人だと思います。

サブモダリティの発見は、人間の言語活動を理解していくうえで
非常に重要な内容だと思われますが、残念ながら
その知見は決して広がってはいないようです。

ダマシオもNLPのサブモダリティの概念を取り入れて説明をしていたら
もう少し具体的で納得しやすいモデルを提唱できたのではないでしょうか。

NLPの手法自体は、自己啓発や心理療法の方向性以外では、
多少、受け入れにくい特殊な内容を含んでいるように感じられます。

しかし、NLPの中のサブモダリティと内的表象の考え方は
ダマシオの意識の説明モデルとともに、
言語学の分野に大きな影響をもたらす可能性がある気がします。

これを広げていくためにも、NLPの「理論」の部分が役立つと思うんです。

…ただ、僕は論文を書くのが好きではないので、 言語学の人と対談をして、
 共著に名前を入れてもらえるぐらいが丁度良いんですが。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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