2010年02月12日

有名人の言葉

ダライ・ラマは
 「科学的発見が仏教の教義と対立したときには、教義が譲らなければならない」
と言っているそうです。


心理学で説明されているものを認知科学で説明すると別の表現になるように、
同じ事柄であっても説明する理論体系が変わると表現の仕方が違ってくることは
様々な分野で起きることでしょう。

重要なのは、その理論体系の中で矛盾が無いということだと思います。

長く続いてきた宗教の持つ論理は見事なものでしょうから
現在の科学では説明しきれない部分に関しても、
仏教の理論体系では説明できているところもあるかもしれません。

一方、科学は原則として、ほとんど全ての理論を仮説として利用し、
いつでも変更できる準備を含んでいるはずです。
矛盾が見つかったら理論を修正することがザラなわけです。

科学で大切なのは、全ての分野において関連しあいながら、矛盾を含むことなく、
論理的に最も上手く説明できる方法を用いるところだと考えられます。

その意味で、科学は常に発展途上にあるものだと思うんです。

そもそも、「科学的発見が仏教の教義と対立する」ためには
お互いの理論体系を照らし合わせて、相互に対応させられる必要があるはずです。

それをすると、より抽象度の低い説明を含む科学の分野が
情報量的に多くの説明を必要とするようになると考えられます。

そのときには、おそらく科学の表現では説明しきれない部分も出てくるでしょう。

ですから、仮に「対立する」状況が起きるためには、まず
教義のほとんど全てを理論的証明と実験的説明で表現しきれるようになる必要がある。
そして、その説明の中に矛盾や不一致が見つかれば、
「対立した」状況と言えるようになる。

それは簡単に起きることではないと思います。

にもかかわらず、そのことについて考えを寄せ、
対立する場合には譲る準備もしているという姿勢には、
科学に対する真摯な評価と、世の中を正確に捉えようとする誠意を感じます。

仏教と科学とを分けて考えることなく、
ただ、人や世の中のほうを向いている。
そんな印象を受けるんです。


…と、ここまで、ダライ・ラマの言葉について
僕が感じた印象を書いてきました。

そこには、明らかに僕が大切だと考えている意見が反映されています。
僕が考えていることと結びつけながら、ダライ・ラマの言葉を引用しているわけです。

もし、同じ言葉を科学をこよなく尊重する人が引用していたとすれば
「仏教のトップだって科学のほうが正しいと認めている」と
極端に解釈することだってあるかもしれません。

一方、受け入れる心の大切さを意識する人が引用したとすると
「対極にある科学に対しても受け入れようとする広い心の持ち方こそが
 受容の精神を何よりも顕著に表わしている」というように解釈するかもしれません。

僕の場合は、日本語に訳された冒頭の言葉を本で見ただけなんです。
ダライ・ラマが、その言葉をどういう流れの中で、
どんな意図で言ったのかは、サッパリわかりません。

もしかすると別の場面では、僕が期待しているのとは真逆のような言葉だって
発言として残っているかもしれないんです。

一文の言葉として残るものは、本人の内面をどの程度あらわしているのでしょうか。

僕が今回のブログ記事で主題として意識している部分は、
冒頭のダライ・ラマの言葉そのものではありません。

「誰かの言葉を引用する」という行為に関してなんです。


ダライ・ラマの言葉を引用して何かを語るとき、
そこにある意味は、語っている本人のものです。

もし引用をするとしたら、単純なダライ・ラマ語録として
一切の余計な情報を追加することなく、元の言葉だけを(せいぜい和訳まで)
列挙するのが、本来の意図に近いメッセージを伝える方法になるでしょう。

引用して何かを追加して説明するのだとしたら、
それは元のメッセージとは違ってくる可能性を秘めています。

特定の言葉を選び出した時点で、選んだ本人の意図に沿ったものを見ているわけですし、
それに選んだ本人の意見を追加でもしようものなら、
元の言葉は単なる題材になってしまいます。

別に引用なんてしなくなって、同じ考えを主張することもできるはずです。
ともすると、権威づけのための引用になってしまう可能性だってあると思います。

確かに、誰かの言葉を引用すると、聞き手(読み手)へのインパクトは高まるでしょう。
心に残りやすくなるものです。

ただ、その目的のためだけに引用するのだとしたら、
それは言葉を残した本人を利用するような行為に感じられてしまいます。

自分の表現したい内容が決まっていて、それのサポートとして引用をするのか。
誰かの言葉を読んで、自分の中に気づきや想いの強まりが生まれたために、
その発見を書くキッカケとして元の言葉も引用しておくのか。

自分が引用することで起きる影響と、
自分が引用したい裏側にある気持ちとを自覚した上で、
元の人物への敬意を持ってするように心がけたいものです。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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