2010年03月01日

暗示の効果

催眠やNLP、自己啓発などと関わっていると「暗示」という言葉をよく耳にします。

無意識や潜在意識と呼ばれる内面の部分に働きかける言葉のようなイメージでしょうか。

言葉によって人の行動や振る舞い、感じ方に影響を与える。
分かりやすい暗示としては催眠術で使われるものがあるでしょう。
レモンが桃になったり、ワサビが生クリームになったり、
言葉が話せなくなったり、椅子から立てなくなったり。

暗示は表面的に見ると、人の行動や体験の仕方をコントロールしているように見えますが、
重要なポイントは「言葉によってパターン記憶を作る」という部分です。

無意識と呼ばれることの多い人の記憶の中身の中で
体験が一般化されて作られた反応パターン。
そこには記憶の同時性が含まれます。

ほとんど同じタイミングで体験された内容同士に因果関係を生み出してしまう傾向が
五感の情報同士を関連付けた記憶のまとまり(ゲシュタルト)を作り、
特定の五感の刺激があると決まったゲシュタルトが引き出される。
本人にとって馴染みのある反応が呼び出されるんです。

つまり、「引き金→反応」の関係がパターンとして作られるということです。

犬嫌いの人は、過去の体験記憶から犬嫌いの反応パターンを持っているため
犬を見ると体が硬直するような恐怖反応が起きる。

僕は犬好きなので、犬を見ると顔がゆるんで、ほがらかな気持ちが沸き起こります。

言い換えれば、犬を見ることで犬に関わる標準的な体験を思い出している、
ということになります。

なので、我々は犬を見たときに、今この瞬間に目の前で見ている犬に対しての印象と、
過去の犬に関する体験の印象を同時に体験していると言えます。

で、重要なのは、目の前の現実に体験している内容か、
過去のパターン化された体験記憶を呼び起こして感じている内容か、
どちらにリアリティを持つかという部分です。


催眠術で「ワサビを生クリームの味に変える」場合には
「ワサビを食べると、甘い生クリームの味がします」という言葉で
暗示をかけるのが一般的な方法です。

ここのポイントは「ワサビが甘い」と言わずに
「ワサビを食べると、生クリームの味がする」と言うところ。

「ワサビを食べる」→「生クリームの味がする」という具合に
「引き金→反応」のパターンを言葉で伝えているわけです。

ワサビが甘いのは過去の経験にありません。
甘い生クリームの味は過去の経験にあることが多いでしょう。
なので、過去の記憶から生クリームの標準的な味を思い出せれば
生クリームの味を再体験することができる。

とはいえ、普通の状態であれば、生クリームの味を思い出しても
実際に口の中に生クリームの味を再現させるのは難しいでしょう。

そこで、催眠という特殊な状態を利用するんです。

普通の状態であれば、言葉で伝えられたものは、
少しの体験記憶と照らし合わせながら理解されていきます。
実際の外の世界に対する情報に意識を向けつつ、同時に言葉の内容を理解する。

そのため、通常では言葉の内容に対して強いリアリティを感じることは少ないわけです。

一方、催眠で意図される「トランス」という状態では
言葉の内容に対して強いリアリティを伴って体験ができるようになっています。

イメージ誘導であれば、そのイメージで語られる仮想世界の中に
リアリティが高まる状態になっていますし、
意識が発散するタイプのトランス(ボーっとした状態)であれば、
語りかけられた言葉に対応する記憶が引き出されやすくなります。

言葉で語られた内容に関する記憶が引き出されると
その中の映像イメージや体の感覚が呼び起こされる。
「リラックス」という単語を聞くだけで、過去のリラックスの経験を一般化した
リラックスの体の状態が、その瞬間の全身に現れてくるわけです。

ワサビを食べても生クリームの味を思い出し、
その生クリームの味にリアリティを感じながら体験できるのは
そのためだろうと考えられます。

また、エリクソニアン催眠で「ちりばめ」の技法が多用されるのは、
トランス状態では単語の内容に関する体験の記憶が
その瞬間の体の中に呼び起こされてくるからとも説明できます。
 (例えば、「リラックス」という言葉を話の中に沢山ちりばめる場合など)

トランスであっても体験した内容は再び一般化され記憶に定着していきますから
望ましい状態を催眠で体験した後には、「望ましい状態を体験できる自分」という
記憶が刻まれていくことになります。

仮に、いつでも緊張してしまう人が催眠でリラックスの経験をすれば
「リラックスすることもできる」と学習することができる、ということです。

催眠の1つの目的は、望ましい状態を引き出して、
その状態を本人の中の一般化した記憶として定着させていくことと言えるでしょう。
セルフイメージを変えるアプローチとも言えるかもしれません。


もう1つは、催眠術で使われるような「引き金→反応」のパターン記憶を
個人の中に定着させていく方法です。

「ワサビを食べると生クリームの味がする」というのは、そのパターン記憶です。

普通はいないと思いますが、もし「ワサビを食べたら生クリームの味がした」
という体験を数多く持っている人がいたとしたら、その人は
「ワサビを食べると生クリームの味がする」という
パターン化された記憶を持っていると考えられます。

そのパターン化された記憶のほうを先に言葉で提示してしまって、
その言葉の内容に合わせた体験記憶を、過去の記憶の情報を組み合わせて
再構成してもらうわけです。

「ワサビを食べる」という記憶はあるでしょうから、
ワサビが口の中に入るまでの場面が想起されるはずです。
そして、過去にも「生クリームの味」の記憶もあるでしょうから
その味の記憶を結びつけることになります。

すると、仮想的に「ワサビを食べると生クリームの味がする」
という体験記憶が1つ出来上がる。
現実に過去の体験ではないけれども、言葉から誘導される内容をもとにして
過去の記憶の情報を組み合わせれば、そうしたパターンも作れると考えられます。

 実際、催眠術というものが成立していますから、
 「考えられる」のではなくて、「できるようだ」と言ったほうが良いでしょうか。


で、その後で実際にワサビを口にすると、過去の生クリームの味が思い出され
「ワサビを食べると生クリームの味がする」という実体験が出来上がる。

そんな流れで催眠術が行われていると説明できます。
催眠術で行われる言葉かけは、決まって少し先の出来事を予測する内容のはずです。
それは言葉で「引き金→反応」のパターンを作ってやって、
その引き金を体験させるという手順になっているからです。

ここで催眠術のかかりやすさ、というポイントが出てきます。

これは過去の記憶を鮮明に思い出し、その記憶から出てきた情報に対して
リアリティを強くもって集中できるかどうか、でしょう。
集中しやすい人のほうが一般的に暗示の言葉への反応性が高いものです。

なので、トランスによって言葉からリアルな体験記憶を引き出せるのを前提に、
その引き出された記憶に集中できるかという個人的な特徴が加わると
催眠術で使われるような暗示の言葉が効果を持ってくる、ということになります。


なお、催眠が効果を発揮するための別の観点として、
催眠を使う側の人の発する言葉への信頼も重要なポイントとして挙げられます。

一般に、催眠の過程では、様々な準備段階を利用して
体験している本人にとって「正しい」と感じられる内容の言葉を
繰り返し話しかけていくことがなされます。

つまり、「この人の言うことは正しい」という体験を積み重ねていくんです。

すると、体験記憶が一般化されていき、
「この人の言っていることは正しい」というパターンが強まっていきます。

そのパターンの下で「〜すると…になる」(引き金→反応)の形の
暗示の言葉が語られるため、その言葉の内容に合った新しいパターンの記憶を
過去の情報を組み合わせて作ろうとする働きが生まれやすくなる。

しかし、「そんなことはないだろう」という例外の記憶が出てきてしまうと、
新しく言葉で提示されたパターンの体験のリアリティが下がってしまいます。

暗示の言葉で提示された内容に対して反論や例外を探しに行かないように
「この人の言うことは正しい」というパターンを作り上げるのも重要だという話です。

このことを考えると、人の言葉の内容に対して例外や反論を探す、
つまり疑いをはさむ傾向が強い人は暗示に反応しにくい、と言えるはずです。

逆に、人の言葉を信じやすい・受け入れやすい人は
暗示にも反応しやすいと言えるでしょう。


まとめると、
 暗示の言葉で語られるような仮想的な体験ができるだけのトランスに入り、
 その体験のリアリティを強く感じられるように集中し、
 暗示の言葉で語られた仮想体験の内容に疑いを持たない、
ことができると、暗示の言葉が人に影響を与えられる、となります。

別の角度で説明すると、
トランスに入りやすく、集中力があって、人を信じやすいタイプは
暗示を受け入れやすいとも言えます。

そうでない人には、トランスを深め、信頼性を高め、臨場感を高めるように
言葉の使い方を工夫していく必要があるわけです。

こんなことを考えていると、
暗示なんていうものは、普通の生活で気軽に影響するものではないんじゃないか?
という気がしてきます。

いくらミルトン・エリクソンが使っていた言葉のパターンだからといって
その言葉の使い方が全ての人の全ての状況で効果を発揮するとは限らないでしょう。

場面や状況に合わせて使い方を工夫する。
その言葉の使い方が役に立つような状況を作り出していく。
エリクソン自身は、そんなこともしていたと想像しています。

影響力の大きい言葉を使おうと努力するよりも、
言葉の影響力が大きくなるような状況を作れるように努力するほうが
ずっと重要じゃないでしょうか。

そういうことを思っているからこそ、
影響力のある立場の人が適当なことを言っていると、
僕は腹が立つんでしょうね。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
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