2010年03月22日

心のスキマを埋めるもの

ニュース番組の情報によると、高齢者が増えるにしたがって
ゴミの問題が大きくなってきているのだとか。

一人暮らしであったりすると、ゴミ出しも大変になる。
何よりも、気力がわかなくなってくる、と。

どうやら、紹介されていた「ゴミ屋敷」と呼ばれるような住まいの主人の中には
強い喪失感を抱いたままのケースがあるようです。

もちろん一概には言えないと思いますが、
自分のところのゴミを捨てないだけでなく
外のゴミ捨て場から捨てられていたものを持ち帰ってくる場合では、
自分の心の中の喪失感を埋めようとする意図が読み取れるようです。


自分の持ち家ということになると、家の敷地の範囲が
自分の心の範囲のように感じられてくることは多いのでしょう。

自分の生まれ育った家に帰ったときを想像すれば
「自宅」の範囲をどこから設定しているか、というのが分かると思います。

人によっては「家」の前の道まで自宅の範囲に含めることもあるようですが、
まぁ、「自分の家」という範囲を心の中に設定しているのは一般的でしょう。

その範囲に他人を入れるときに、普段とは違う気持ちが沸いてくる。
パーソナルスペースのように、「自分」の範囲が拡大するわけです。

たまに自分の車に他人を乗せることを嫌がったり、
土足厳禁にしていたりする人がいるみたいですが、
これもパーソナルな「自分」の範囲を車に投影しているケースでしょう。

この「自分」を「家」に投影する度合いが高く、
そして喪失感や空虚感を強く持っている場合には、
まさに心の隙間を埋めるために、物で家の空間を埋めようとする。
そんなところがありそうです。


家族を失い、一人取り残されるようなことがあると
ガランとした家の中を何かで埋めようとして物を集めてきたり、
「二度と大切なものを失いたくない」と、使えそうなものを集めてきて
捨てられなくなってしまったりするのかもしれません。

自分の心の中にポッカリと失われてしまった部分が沢山ある。
それを埋めたい気持ちが起きるのは当然のことでしょう。

そのときに、心の空間を家の空間に投影するケースがあるようです。
それも「家」が家族という大切な存在との共有スペースだったことを考慮すれば、
大切な存在を失った心の隙間を家の空間と重ねるのも自然な流れの気もします。

きっと、ゴミを溜め始めた最初の頃は少し事情が違ったんじゃないでしょうか。
自分のものが捨てられないとか、家族の残したものが捨てられないとか。
普段の生活から出るゴミの中に、大切な存在を連想させるようなものがあると
それを捨てるのに抵抗が出てくるとか。

そうしたことを繰り返すうちに、捨てるという行動自体の意味づけが変わってきて
物があるということの意味づけも変わってきてしまった。
そんなことが想像されます。

本当に残しておきたい大事なものと、ただ隙間を埋めるための物と、
優先順位がつかなくなってきているのではないかと思います。


こういうケースは地域社会への迷惑という点で
個人の問題の範囲を超えてしまっているのが難しいところでしょう。

最悪なのは、強制的に全部捨てさせてしまうという対処だと考えられます。
その行為は、元々優先順位の高かったものまで捨ててしまいます。

後に残るのは、「完全に何もなくなった」という気持ち。
こうなると、もう「隙間を埋める」という以外の意図はなくなってしまいます。
放っておけば、またゴミを集めてくるでしょう。
今度は、本人にとって大切かは関係なく、物があれば良いということになりかねません。

行政や地域社会の立場から考えて、なんとかアプローチをしていきたいのであれば
先に本人の心の空虚感を満たしていくのが大切だと思います。

そのためには社会的なコミュニケーションでは不十分でしょう。
もっとパーソナルな関係性で、心の充足感を感じてもらうと良いと考えられます。

素直な子供たちと触れ合ってもらうのが良い気がします。
その過程で、ゴミの中からオモチャになりそうなものが見つけられれば
家の中にあるゴミの意味づけが変わっていくでしょう。

自分の心の中を、他人のゴミという本人にとってどうでも良いもので埋めているのは
本人にとっても決して望ましい状態ではないと思います。
そこを子供たちとの接点にするとか、上手く社会と関わっていくための場所にする。

自分の心の範囲に当てはめる「家」を、敷地全体ではなく
家の中の一室にまで狭めていって、残りの敷地は他者との接点に使う。
そんな工夫をしていければ事情は変わってくるかもしれません。

あとは、家の中から出てこないというのは状況を固定してしまうでしょうから、
なるべく家の外で他人、とくに子供や動物などと触れ合える場所を
用意していくのも役に立つと考えられます。

「家」の範囲が、自分の世界全体にならないように活動範囲を広げ
家の外で心の隙間を埋めていくように交流をしていく。

そんなサポートができると、家の中の物が、ゴミとして見られるように
少しずつ変わっていくのではないかと想像します。

高齢者が一人暮らしで家に籠ってしまうというのは苦しいことでしょうし、
社会として考えていくことが大切なテーマのような気がします。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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