2010年08月13日
真面目な本
最近、面白かった本です。

「生」と「死」の取り扱い説明書
クチコミを見る
例によって、論理で書かれていますから
「生」と「死」というテーマについて書かれていても
説得力を感じます。
いくつかの分野から情報を引っ張ってきて、
それを論理的に関連付けて理解を進めていくというスタイルは
知識としての学習にとって、スッキリとしていて楽しいものです。
しかし、この本に関しては単なる情報提供や技術の理論を説明するものではなく、
「生」と「死」のテーマに対する考え方を述べたものです。
論理構成の中には、僕個人としての考えと違った視点も入っていましたが、
その最終的な主張が、納得感の高いものでした。
「そうそう、そうなんだよなぁ…」と。
それは、僕が経験的に感じてきていた内容を言い表わすのにシックリくる言葉で、
本を読むことで新しく学んだとか、本の主張に説得されたとか、
そういう印象とは違います。
「よくぞ言い切ってくれた」という気分が近いかもしれません。
生きる目的は、生きることそのものにある。
『生きるために、生きる』という表現だったように思います。
僕は、あまり「目標を設定してバリバリ突き進む」という感じが好きでないので
『生きるために、生きる』の感じが表現として好みに合ったんでしょう。
もちろん、この言葉の意味は本を読んでもらわないと伝わりにくいと考えますが。
一言で言い表わされているだけに誤解も生みやすいでしょう。
一冊かけて展開してきた論理の終着点の言葉だと感じていますから、
それを納得しようと思ったら、一冊分は読む必要があると思います。
僕が強調したいのは、意識的に目標を設定する状態と
自然と目標が生まれてくる状態の違いです。
目標に込められた「欲求= want 」の質の違いとでも言いましょうか。
突き動かされる感じとでも言いましょうか。
「やりたいから、やる」、「好きなようにする」。
それが自然に感じられるようであったら、毎日は楽しいものの気がします。
ちなみに、「死ぬことへの恐怖」について書かれた部分では
論理的に、その恐怖を感じる必要がないことを説明してくれていたようですが、
残念ながら僕の理解力と想像力では恐怖はなくなりませんでした。
まぁ、それでも僕が死を恐れているのは、
まだまだ他にやりたいことが沢山あるからだと思っているので
気にしてはいないんですけど。

「生」と「死」の取り扱い説明書
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例によって、論理で書かれていますから
「生」と「死」というテーマについて書かれていても
説得力を感じます。
いくつかの分野から情報を引っ張ってきて、
それを論理的に関連付けて理解を進めていくというスタイルは
知識としての学習にとって、スッキリとしていて楽しいものです。
しかし、この本に関しては単なる情報提供や技術の理論を説明するものではなく、
「生」と「死」のテーマに対する考え方を述べたものです。
論理構成の中には、僕個人としての考えと違った視点も入っていましたが、
その最終的な主張が、納得感の高いものでした。
「そうそう、そうなんだよなぁ…」と。
それは、僕が経験的に感じてきていた内容を言い表わすのにシックリくる言葉で、
本を読むことで新しく学んだとか、本の主張に説得されたとか、
そういう印象とは違います。
「よくぞ言い切ってくれた」という気分が近いかもしれません。
生きる目的は、生きることそのものにある。
『生きるために、生きる』という表現だったように思います。
僕は、あまり「目標を設定してバリバリ突き進む」という感じが好きでないので
『生きるために、生きる』の感じが表現として好みに合ったんでしょう。
もちろん、この言葉の意味は本を読んでもらわないと伝わりにくいと考えますが。
一言で言い表わされているだけに誤解も生みやすいでしょう。
一冊かけて展開してきた論理の終着点の言葉だと感じていますから、
それを納得しようと思ったら、一冊分は読む必要があると思います。
僕が強調したいのは、意識的に目標を設定する状態と
自然と目標が生まれてくる状態の違いです。
目標に込められた「欲求= want 」の質の違いとでも言いましょうか。
突き動かされる感じとでも言いましょうか。
「やりたいから、やる」、「好きなようにする」。
それが自然に感じられるようであったら、毎日は楽しいものの気がします。
ちなみに、「死ぬことへの恐怖」について書かれた部分では
論理的に、その恐怖を感じる必要がないことを説明してくれていたようですが、
残念ながら僕の理解力と想像力では恐怖はなくなりませんでした。
まぁ、それでも僕が死を恐れているのは、
まだまだ他にやりたいことが沢山あるからだと思っているので
気にしてはいないんですけど。