2010年08月24日

達人の筆使い

書道を習い始めて、いつの間にか一年以上が経っていました。
始めた頃と比べると、随分と違うことができるようになっている気はします。

が、やればやるほど、先生との差の大きさに気づくようになっていきます。

見慣れてくることによって、美しいバランスのとり方や線質が
感じられるようになってきているのでしょう。

バランスに関しては、良くお手本を見ながら
細かい部分と全体の比率、形のまとまりなどを見ていくと
練習しているうちに、同じような構成に仕上げていくことは無理ではないようです。

実際、多くの生徒さんたちは、そうやって上達していくみたいです。

ただ、線質の美しさに関しては、そうではありません。
形を良く見て練習したとしても、それだけでは到達できない美しさがあるんです。

線の強弱、線のキレ、かすれの量などの線質は
筆使いが大きくモノを言います。

もちろん、そこには墨の濃さ、紙と筆の種類のような
道具の要因も含まれます。

しかし、それ以上に関係する筆の動き方があるんです。

ただ古典の名作を本で眺めて、それをお手本に練習をしても
なかなか分からないようなレベルの筆使いがあるようです。

いや、実際には、そうした古典を眺める中で
細かな筆使いを読み取ることは可能なんでしょうし、先生はそうしているわけですが、
そのレベルに達するには、様々なプロセスが必要になると考えられます。

つまり「どのように筆が動くと、どんな線になるか」という情報を
試行錯誤の中から抽出していって、自分の中にパターンを蓄積する必要があります。

そうした情報が多ければ多いほど、1つの名品を眺めても
細かい筆使いの違いまで読み取れるようになる。

僕が師事している先生は、その能力が非常に秀でているように思えます。

なので、先生の書く線と、そのときの筆使い、
そして筆を動かすときの手の動きと体の使い方やリズムなど、
様々な動作を焼き付け、そして模倣するのがトレーニングになります。

僕は細かく見ることも細かく模倣することも
どちらも自分の中の価値として高い重要性を感じていますから、
多分、ほかの生徒さんたちよりも真似しようと試みている量が多い気がします。

それだけ出来ない部分が沢山あって、先生の凄さを意識することにもなるんですが。


で、やはり見ているだけでは得られない情報というのもある。
最近、そのことを強く実感しました。

認知的にいえば当たり前の話なんですが、
自分が注目していない部分は見えていても意識に上がりにくいわけです。

動作として覚えていたとしても、それをどのような意識でコントロールするか
といった複合的な作業になると、模倣するのが難しい。

リズム、墨の量、墨の濃さ、紙の厚さ…多くの要因が、いつも違っているものです。
その細かな条件の組み合わせに対して、筆使いを微妙に変える。
だから美しい線が書けるんだと思います。

同じような線を書くときでも、全く同じではないからこそ
模倣をしていくのが難しいんだろうと感じます。

それらの細かな違いを感じ取りながら微調整をしている作業。
細かい技術同士を組み合わせてコントロールする作業といっても良いかもしれません。

それは意外と意識的に工夫している部分であることが多いようです。
「墨が少なくなってきたから、ゆっくり動かそう」とか
「全体のバランスを取るために、この線は太めにしよう」とか
「筆先がねじれてきているから、一度立ち上げて整えよう」とか。

何を意識して、何を意図して筆の使い方を選択しているか。

このレベルのことは、どんなに頑張って模倣しようとしても難しいことが多く、
逆に、本人に直接の言葉で聞くことができるとスムーズに理解できるときがあります。

僕の教わっている先生は、この意識的な作業の量が多いタイプの人です。
「なんとなく」じゃないんです。
多くのことを意識化して作業することができる。

同時に沢山のことを感じ取りながら書ける人です。

なので「書には心が出るというのはウソ」と良く言っています。
腕があれば、無駄話をしながらでも上手く書ける、と。

まぁ、そういう人が全身全霊を集中して一作品に取り組めば
それは圧倒的なレベルになることも想像できるんですが…。


最近、特に言葉で教わって、自分の技術に大きく影響したのが
『筆をねじって使う』
『筆の面を使い分ける』
ということです。

以前から、途中で筆を回すように持ちかえる時があるのは気づいていましたが、
それは筆先が整ったときの形をベースにしているものだと考察していました。

それもあるのは間違いないと思いますが、それ以外にもあったんです。

墨の含み方でした。

どのように筆先の毛を曲げると、どのように墨が動くかを考えているんだそうです。
本人いわく、考えるというよりも「分かっている」んだとか。

紙と筆先の毛が接したときに、毛は紙に押し付けられて曲がります。
接した部分には摩擦力がありますから、触れた状態で筆をねじると
筆先の毛も一緒にねじれる。

この「ねじり」によって、先ほどまで紙に触れていた部分とは違う面を
紙に接することができる、という話でした。

紙に触れた筆の面は、紙に墨を吸い取られますから、少し墨が減るわけです。
そこで、まだ紙に触れていない面を使うと、多くの墨を利用できる。

同じ面を使い続ければ墨が減って、文字に「かすれ」を作ることができて
違う面が紙に接するようにすれば、墨の多い状態で書き続けられるので
文字に「かすれ」は起きにくい、と。

また、細い線を書きたいときには、筆先に墨が多過ぎるのは使いにくい。

墨は筆の毛と毛の間の隙間に表面張力で吸い上げられていますから
一本一本の毛の隙間を開くようにすると、上のほうから墨が下りてくるわけです。

なので、細い線を引くときには、筆の根元に溜まっている墨が下りてこないように
筆先の振動を抑えるように筆を使い、
墨が減ってきたら筆先だけを押し付けて墨が落ちてくるまで待つ。

そういった筆の毛の動きをコントロールすることで
墨の状態や線質をコントロールしているんだそうです。

こういったことを意識的にやっている人は滅多にいないだろうという話でした。
自分で気づいた方法だ、と。

それは、とにかく色々な筆の使い方をして、
どのように筆を使うと、どのように毛が動いて、どんな線になるか、
のパターンを色々と試したからこそ得られた知見だと思います。

そういう工夫をしていて、かつ、それを言語化できる状態にしてある先生なんです。

僕のような細かい学び方を好むタイプにとっては
実にありがたい先生です。


もうひとつ僕の好みに合うのが、他人の評価に惑わされない部分。

徹底的に細かく筆の線の関係を体験して体系化したから分かることでしょうが、
古典の名作と呼ばれる作品であっても、平気で批判するときがあります。

判断の基準のレベルを高めていった結果だと思います。

それもひとえに、徹底的に古典の文字を細かく眺め、
どのように筆を使うと、どんな線が書けるのかを感じ取り、
両方を照らし合わせることで古典の筆使いを見につけたからだと考えられます。

素人目には分からないような高度な判断基準をも持っているんでしょう。

有名な誰かが書いた作品だから、というような理由では
判断基準が曇ることがないようです。

しっかりと言語化して説明できる理由をもって
違うものは違うと言えるところが、僕にとっての共感ポイントなんだろうと思います。


習い始める前は、先生の技術の凄さも分かっていませんでしたから
数多い先生の中の一人から適当に選んでいた、というのが実態でした。

その先生が、そんなに細かく古典の研究を重ねてきていることも知りませんでしたし、
試行錯誤の中で、他の人にはない発想の技術を発見してきたことも知りませんでした。

ましてや、自分のしていることを言語化して説明できるとは思いもよりませんでした。

適当に選んで通い始めたものの、その選択は大正解だったようです。


最近は、この「ねじる」筆使いと
毛の曲げ方による墨と線質のコントロールが面白くなりました。

「ねじる」という発想は全くなかったので、これは大きい。
今まで出来なかったことが少し出来るようになった気がします。

「ねじる」の発想をベースに先生の筆使いを見ることで、
今までに気づかなかったパターンが見えてきています。

自分の筆使いにも試行錯誤のねじりを入れて、
先生に近い線質の出し方が少しだけ掴めそうな気もしています。

あまりにも細か過ぎて見ていても分からない技術、
なのに、意識してやってみると違いが実感できる技術。
こういうレベルを言葉で教えてもらえると、上達が飛躍的に加速されるものです。

コミュニケーションの技術として僕が伝えようと工夫している部分も、これです。
高度で繊細な工夫が、僕は好きなんだと改めて実感しました。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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