2011年03月08日

スライト・オブ・マウス

NLPには、その開発当初から活躍しているロバート・ディルツ氏が考案した
言語パターンとして「スライト・オブ・マウス」というものがあります。

英語には「 sleight of hand 」という表現があり
「手品、早業、巧妙なゴマカシ」などの意味を持ちます。

手品師が行う素早い手の動きを表現したもののようです。

辞書では、それに引き続き「 linguistic sleight of hand 」として
「言葉の上での巧みなゴマカシ」も紹介されますが、
スライト・オブ・マウスはディルツの造語なので、ニュアンスが違います。

手品師が巧妙に素早く、サッとトランプを変えてしまうように
言葉を使って相手の考えを素早く変える手法として
「 sleight of mouth 」(スライト・オブ・マウス)と名付けた、と。

その名前に反映されたコンセプトにあるように
技術の内容としては「ビリーフを変える」ことを主眼にしているようです。

「ビリーフ」に関しては、その考え方自体に僕は注意が必要だと思っていますが
その僕が気をつけている発想を含めつつ、ビリーフへのアプローチの方法として
スライト・オブ・マウスについて紹介してみます。

相手の思い込みを変える言葉がけの技術ということです。


「ビリーフ」とは一般に、ある人が思いこんでいる信念や固定観念のことを指し、
「〜とは…なものだ」とか「〜が…にさせる」とか
そういった思考パターンだと言っても良いかもしれません。

僕の説明では、「ある人が経験を通じて学んだ『人生の法則』を
言葉で表現しようとしたもの」という言い方になります。
経験を一般化して生まれているものです。

中には、「誰かからいわれた言葉を、そのままビリーフとして受け取る」形で
ビリーフが出来上がるケースを説明する人もいますが、
頭の中で起きていることは同じです。

言葉を聞いただけでは何も変わりません。
音の学習ぐらいのものです。

言葉の内容を理解しようとしたときに、頭の中で映像と音声を組み合わせて
言われている中身が思い浮かぶわけです。(自覚の程度には差があります)

そして頭の中に作られた仮想的な体験内容に対して身体反応も伴います。

この組み合わせが記憶され、一般化の材料となります。

その意味では、頭の中に作られた体験が仮想的なものか、
体と五感を通して感じたものかの差があるだけで、
実体験から作られる「人生の法則」と、言われた言葉から学ぶ「人生の法則」は
ほとんど差がありません。

「繰り返しかけられた言葉がビリーフになる」というのさえ思い込みでしょう。
そうなることもありますが、そうでないこともある。

むしろ親子関係などにおいては、親からかけられた言葉の内容よりも
非言語のメッセージや状況を含めて、どんな意味として
子供に解釈されたかのほうが重要でしょう。

繰り返し「良い子ね」と褒められたとして、それが
普段は無関心なのにお手伝いをしたときだけ褒められるのだとしたら
承認してもらうためにお手伝いを良くするようになるかもしれません。

そこで学んできたものを強いて言葉にすると
「人の役に立つことをすると、認めてもらえる」
というビリーフの形になる可能性があります。

「良い子ね」と繰り返し言葉をかけたことがビリーフになるとしたら
「私は良い子だ」になるはずですが、
かけた言葉以外の状況と非言語メッセージが
違った意味の内容を相手の届けることになるわけです。

そうして本人が主観的に体験し、実感した内容を
自分の人生の法則として一般化して学んでいく。

そうやって学習が進みます。

ビリーフとは言葉そのものの言い回しではなく、経験を通じて学習した
思考のパターン、行動のパターン、感情的反応のパターンなど、
パターン化された自動的な振る舞いが、その中身だと言えます。

ところが、

「私には、そうやって学習してきたパターンが沢山ある。
 今の振る舞いも、問題状況で繰り返してしまう振る舞いも
 悩んでいる自分の考え方の癖も、そうやって学習してきたものだ。

 私の中には、問題を生み出しやすいタイプのパターンも
 苦労して考えることなく物事に対処できるタイプのパターンも
 沢山のものが学習されて蓄積されている。

 私はそれを自覚できていないが、あらゆる場面で私は
 その学習されたパターンを使って自動的に振る舞っている。」

…そんな風には、普通あまり考えないでしょう。

誰かの悩み事を聞く側の人も、悩み事を話す側の人も
何かしら理由をつけようとしたがるようです。
「なぜ?」と。

問題が生み出されている理由、
問題が解決できない理由、
解決策の候補なのに、それはできないと考える理由…。

実際は、ただ、学習したパターンに沿っているだけかもしれません。

例えば、犬に噛まれたことで犬嫌いになった人は、「犬が恐い」と言います。
「なぜ?」
「だって、犬は噛むじゃないですか」

ここで「犬は噛むものである」というビリーフが表現されます。

犬が恐くない人だって「犬は噛むものである」ことは知っています。

ロープに繋がれていて、尻尾を振っていて、
おとなしく寄り添ってこようとする犬を見たとします。

犬が好きな人は、頭のどこかに
 「もしかすると噛まれるかもしれないけど」
と分かっていながらも
 「可愛いなぁ」
の気持ちが勝り、噛まれることを予想する度合いは非常に小さいでしょう。

犬嫌いの人が同じ犬を見たときも
 「もしかすると噛まれるかもしれない」
という考えは浮かぶでしょう。
噛まれるかもしれない確率として想定するのは、
犬好きの人より高い可能性は考えられます。

ですが、ロープに繋がれているのだから、
 「近づかなければ噛まれることはない」
と頭では理解できているはずです。

でも、犬が恐いことに変わりはありません。
犬に対する恐怖の反応が体に起きることは
 「犬は噛むものである」
というビリーフと、どれだけ関係しているのでしょうか?

犬にかまれたことのある人は、その経験を学習しているわけです。
犬を見ると、恐ろしい経験が戻ってくるのかもしれません。
その学習されたパターンは、本人が自覚できる理由なしに存在しています。

そうやって学習されてしまったんだから、そう感じるのは当然なんです。

ところが、そこで理由を考える。
「なぜ自分は犬が恐いんだろう?」
「なんで、あなたは犬が恐いと思うの?こんなにカワイイのに」

そうやって疑問を投げかけたときに
ビリーフが言葉として表現されます。

ビリーフとは、その人が学習したパターンとしての人生の法則を
本人の言葉で言い表したものと考えると良いと思います。


その意味でいうと、「ビリーフを変える」というのは
スパッと一瞬にして違うものに変わるのではないと考えるほうが妥当でしょう。

犬嫌いの人が、犬好きの人と仲良くなったとします。
犬好きの人は繰り返し言うでしょう、「犬ってカワイイよ」などと。

犬嫌いの人のビリーフが変わるとしたら、
それは「犬ってカワイイよ」という言葉を繰り返して聞いたからではなく
その関係性の中で気持ちが動き始めるからじゃないでしょうか。

細かくいえば、犬がいる状況で生まれる恐怖の身体反応が
大切な人と一緒にいるときの安心感と同時に生じるわけです。

大切な人を見たときに生まれる体感覚、
犬を見たときに生まれる体感覚、
その両者が同時に反応として体の中に起きます。

そこで、「安心感を少し伴いながら犬を見られた」という経験が学習される。
これを繰り返すうちに、その犬を見たときの恐怖の反応は
少しずつ弱まっていくと想像できます。

これには、大切な人と一緒にいるときの安心感の強さが大切です。
それが犬への恐怖を上回れるから変化が起きていくんです。

そしてあるとき、犬への恐怖の感じが減ってきて、
大切な人との関係性への意識が高まると
ついに犬への恐怖から逃げたい意識を上回ります。

犬は怖い。
けど、この人との時間を大切にしたいから
この人の好きな犬と接してみよう。

そんな風に、恐怖の反応を避けるモチベーションよりも
犬を取り巻く関係性を向上させたいモチベーションが上回る。

そして触ってみようと一歩を踏み出すわけです。

最初は、おそるおそるチョンと触るだけでしょう。
そこで「おー、触れたじゃん!カワイイでしょう?」「…うん、まぁ」
みたいなことを繰り返しながら、少しずつ犬と接することができるようになる。

こうした過程で、どんな風にビリーフが変わったのかは想像が難しいですが、
一瞬で切り替わったものではないとは思います。

「犬は噛むものである」というビリーフ自体は
そのまま残っている可能性も高いはずです。

重要なのは、「犬は噛むものである」というビリーフを変えることではなく
日常生活をおくる上で、犬に伴う不便な場面が減ることです。

その第一歩になったのは、「犬は噛むものである」というビリーフを持って
「犬に触ってみよう」という気持ちになれなかった人が
実際に犬に触ってみようと気持ちを変えたことです。

この小さな変化、気持ちの変化が、重要な一歩だと思います。

「犬は噛むものである」というビリーフが変わるかどうかではなく
犬嫌いだった人が「犬に触ってみよう」と気持ちを変えたこと。
ここが大切なんです。

ビリーフが変わることが目的ではなく
それに伴う振る舞いや行動が変わることが目的です。

今までの制限から少しだけ踏み出してみる気持ちになれないだろうか。

そういう関わり方をするための言葉がけの技術。
スライト・オブ・マウスを、そうやって捉えると使いやすいと思うんです。

凝り固まった状態から、フッと気持ちが楽になる。
そして、今まではしたくもなかったことを、
「チョットやってみても良いかな」ぐらいに思えるようになる。

そうやって今までよりも少し可能性を開く技術として
捉えてみてはどうでしょうか?

世の中には、そんな小さなことでは物足りない人もいるようです。
制限になっている思い込みは一気に変えて、
自信とヤル気に満ちた新しいビリーフを持ってもらったほうが良い、と。

そういう人は、この小さな変化の持つ大きな意味を
実感していないのではないかと思います。

止まっているものを動かし始めるのが大変なんです。

最初に「変わってみよう」という気持ちになってもらうこと。
これができる人こそ、コミュニケーションの達人じゃないでしょうか。


可能性を開くための言葉の使い方として、何回かに分けて
スライト・オブ・マウスの解説をしていこうと思います。

勉強会でやりたい内容ではないので、ブログで書いてしまいます。

ちなみに、この文章の中にも、何パターンか出ているはずです。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
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