2011年10月21日

墨の匂い

秋というよりも冬に近いような肌寒い気候が続きます。

去年に引き続き、僕にとってのこの時期は「芸術の秋」です。
芸術というほど表現したいものがあるわけではないですが書道の作品を制作中。

昨年、同じように作品を書いていたときには、
もっと気温が高かった記憶があります。

書いていている中身は違いますが、同じ場所で、同じような姿勢で
同じような作業をしようとすると、一年前の記憶が蘇ってくるのを感じます。

色々な刺激がアンカーになっているんでしょうね。
共通するアンカーが多いほど、アクセスできる記憶も正確になるような気がします。

去年と同じように床に下敷きを置き、去年と同じように紙を置く。
去年と同じ場所に硯を置いて、去年と同じシリーズの墨汁を使う。

今年の作品は、昨年のよりも一文字を大きくして、太い字を書いているので
一枚を書くのに使う墨の量が多いようです。
減りが早い。

それ以上に、墨が乾きにくいんです。

なので、書き上がったものはハンガーに洗濯バサミで引っかけて
それを扉の縁や、窓枠などに吊るして乾かします。

すっかり部屋の中は墨の匂いで充満している今日この頃です。


墨の匂いには好き嫌いがあると思いますが、
僕の実家では母が書道をやっていた関係で、
小さいころから墨の匂いが普通にありました。

あまりにも普通に感じ過ぎていると、
こちらは特にアンカーにはならないみたいです。

特定の記憶と結びついていないわけです。
様々な記憶と関連しているので、ピンポイントで呼び起こすものはない、と。

もし僕が、小学校の頃だけ墨の匂いに親しんでいたとかであれば
きっと墨の匂いで懐かしい記憶もよみがえったことでしょうが、
あまりにも日常的すぎると特に懐かしくも感じません。

むしろ、去年とは違った、ある匂いが僕から記憶を呼び起こしました。


墨汁は一般的に防腐剤を含んでいるので、腐るものではありません。
しかし、固形墨をすった場合には、防腐剤が無いので腐りやすい。

「腐る」と一言でいっていますが、雑菌が繁殖するということです。
カビが生えるまでは滅多にいかないでしょう。

墨は、ススを集めて作ります。
が、ススだけでは固まらないので、ニカワを混ぜてあります。
ススとニカワを混ぜたものを練って、型に入れて乾燥したのが「墨」です。

ちなみに、このニカワが動物臭いので一般的に香料が加えられます。
いわゆる墨の匂いというのは、こっちの香料の匂いが中心だそうです。

ニカワは英語でいうとコラーゲンなので、タンパク質です。
水に溶かすと粘度が高くなります。

この粘度の高さが筆に含ませたときの弾力を生みます。
どれぐらい墨を濃くして、どれぐらいドロドロにするかで書き味が違うんです。
墨汁の場合は、ニカワではなく合成糊なので、さらに書き味が違います。

墨汁でも合成糊を入れる必要があるのは、紙と結合させるためです。

そして、このニカワや糊の成分が、墨汚れを落ちにくくしています。
元々非常に粒子が細かいススは、繊維の隙間に入り込み、
そこにノリの成分が作用してしまうので非常に取れにくい、とのこと。

実は、洗って落とせる墨汁というのも販売されていますが、
これは糊の成分が入っていないらしいんです。
なので紙に書くと、紙の上に乗っかりはしますが、水をかけると滲んでしまう。

表装するときには、霧吹きで湿らせてシワを伸ばす作業があるので
ニカワや糊を含んでいないと綺麗に保存できないわけです。

なので、ニカワが重要なんです。

そして、話は「腐る」ところに戻っていきますが、
すりおろした墨が腐るのは、主にこのニカワの成分のせいだと考えられます。
これが栄養分となって微生物が繁殖するんです。

固形墨は水分が無いので、微生物は増えません。
が、一度すりおろすと格好の培養液になってしまうわけです。

だから墨汁には、腐らないための工夫がしてあります。


で、僕は作品の時には前述した書き味を高めるために
固形墨に近いタイプの墨汁に、墨をすり足して濃さを調整しています。

墨の濃さで「にじみ」や「かすれ」が違ってきますから、
濃さを調整するというのも作品の雰囲気を出すためには重要な気がします。

硯は大きめのものを使います。
一枚を書いている途中に墨を足したりすると濃さが変わってしまいますし、
一枚を仕上げるのに数十分かかりますから、蒸発も考えて
硯の中には墨液を多めに用意しておきたいんです。

すると案の定ですが、書き上がった頃には余ってしまう。

せっかく濃さを調整した墨液ですから、捨てるには勿体ない…。

ということで、今年は余った墨を硯から空き容器に移して保存してみました。
元々が墨汁ですから、防腐剤もあるし大丈夫だろう、と。

ちなみに冷蔵庫には入れられません。
ニカワはコラーゲンですから低温にするとゼリーみたいに固まってしまいます。

そして、2回分の余りがまとまった時点で、2日ほど放置していました。
一回目から数えると一週間近かったかもしれません。

それを硯に出してみました。
見た目は一緒。
ちゃんと良い感じの濃さです。

「少し粘りが減っているかなぁ」という気はしたんです。

が、それを気にせず書き始めようとしたときに気づきました。

ちょっと臭い。

いつもと違う匂いがします。
いつもの匂いに、何かの匂いが加わっています。

僕の嗅覚のアンカーが、その種類を教えてくれました。

それは、枯草菌に特有の匂いでした。

大学時代に実験で使っていた菌の1つですから、覚えています。

同時に、研究室の景色や実験台の模様、
滅菌装置から出したときの湯気と匂いなども思い出されました。

良い匂いではありませんが、懐かしい気分になりました。


ちなみに納豆菌は枯草菌の一種です。
自然界に普通に存在しているメジャーなタイプの菌で、
胞子をつくって乾燥や高温に耐えられるので、かなり色々な場所にいます。

納豆は、茹で上がって高温になった大豆に、納豆菌を吹きかけて作られますが、
この高温条件で他の菌の多くは死んでしまう。
納豆菌だけは高温に耐えられるので、他の菌がいないところで繁殖ができる。
だから他の菌で腐ることなく、納豆として発酵ができるわけです。

余談ですが、乳酸菌は酸性条件を好みます。
こちらも色々な場所にいる菌なので、雑菌として混ざりやすいんです。
家庭でヨーグルトを作ろうとして失敗するときは、ヨーグルト用の乳酸菌に
その辺にいる乳酸菌が混ざってしまった場合です。

逆に、ぬか漬けが美味しくなるのは、その辺にいる乳酸菌のおかげです。
どんな乳酸菌が混ざって繁殖するかが違うので、家によって味が違うわけです。

大学の時には酵母も少し触っていました。
いわゆるイースト菌です。
この培養液を滅菌するとパンの匂いがしたものです。
食パンの匂いは、ほとんどが酵母の匂いなんです。

そして、会社で研究職をしていたときに扱っていた微生物の匂いも
色々と思いだされてきました。

雑菌の混入や培養の状態を匂いで嗅ぎ分けていたぐらいですから
色々な匂いを正確に覚えていられたみたいです。

おそらく、僕の場合、嗅覚が重要な感覚器官になっているのでしょう。
一般に嗅覚は、間脳にある視床を経由しないので原始的な感覚と呼ばれて
アンカーの作用は強い部類にあるようです。

しかし、僕の場合、嗅覚が様々な情報の判断基準になっているところがあり、
いわゆる優位表象システムとして「味覚/嗅覚」を使っていそうなんです。

なので今回、偶然に起こった枯草菌の匂いをキッカケに
様々な微生物の匂いが思い出されたのでしょう。

ここでは、僕の中で、嗅覚情報がカテゴリー分けされていることが伺えます。
あきらかに「微生物の匂い」というカテゴリーが、
アンカーの関連付けのレベルで存在しているようです。

記憶のカテゴリー分けや関連性の強さが、連想のしやすさと関係する
…ということを身を持って体験できました。


面白さと懐かしさの伴う出来事でしたが、
あまり良い匂いではないので、墨液の保存は止めることにします。

cozyharada at 23:05│Comments(2)clip!NLP | 全般

この記事へのコメント

1. Posted by 鈴木ゆう子   2017年09月20日 08:38
5 なぜすりおろした墨をそのままにしておくと臭うのか、謎が溶けてスッキリするばかりでなく、美しい文章に触れて心まで清々しい思いになりました。
2. Posted by 原田   2017年09月20日 11:08
鈴木さん

ありがとうございます。そういって頂けて嬉しいです。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
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