2011年11月19日

「なんとなく」を意識化する

個人的な好みとして、僕は「なんとなく」を言語化できるようにしたい傾向があります。

無意識を意識化するといっても良いかもしれません。

「別に、無意識にできてさえいれば、意識化できなくても構わない」
という考え方もあるとは思います。

しかし、無意識にやっていることというのは自覚がないわけなので
本当にできているかどうかに対しても気づきようがありません。

できているかどうかの判断は、その過程ではなくて結果のみで判断される。

結果は状況によっても変わりますし、偶然の要素に左右されることもあります。
だからこそ、結果だけを頼りに「できる」かどうかを判断して
プロセスを自覚せずにやっていくというのは危険を伴うと思うんです。

「できている」つもりのことの中にも、できていない部分があるかもしれません。
問題を含んでいる可能性や、さらに向上できる余地があっても
自覚せずに取り組んでいると、そこに気づきにくいでしょう。

その意味で、無意識にできている人というのは
好・不調の波が大きいと想像できます。

典型的な例は、メジャーリーグの野球選手たち。

イチロー選手いわく、彼らは天才だそうです。
本人も良く分かっていないけれどホームランが打てるから。

イチロー選手はヒットを打つために、どれだけ意識的に作業をしているか
ということを物語っているようです。

実際、メジャーの選手たちは波が大きいと感じます。
一時期は日本でも驚くほど取り上げられた選手が
いつの間にか調子を崩して、知らないうちに引退していたりする。

今年は残念な結果に終わりましたが、イチロー選手の10年連続200本安打は
自覚してヒットを打てることが、どれだけ成績を高く安定させるかを
示しているのではないでしょうか。

本人にとってどうでもいいことなら、わざわざ自覚しなくても良いでしょう。
ただ、その内容が大事なことなら、意識的にできるようになったほうが
そのクオリティは上がっていくと思うんです。


多くの人が無意識的にやっていることの1つがコミュニケーションだと思います。

自然に身につけて、自分なりのやり方で、何が正しいでもなく
生きてきた過程で気づかないうちに学んだものです。

また、そのやり方を自覚することもなく日々を過ごしていくことも多いでしょう。

そして、それは意識的にしていくことによって変えられる可能性を秘めています。
問題を自覚できれば、変えることができるわけです。
望ましい結果を出すために、方法を変えられるんです。

コミュニケーションの場合、気づいていないことも多いですが、
自分なりのやり方がある以上、他のやり方をしていないことが沢山あります。

同じ状況で、他の人は別の対応をしている。
そういうことがザラにある。

なので、自分がやったことのなかったコミュニケーション方法を
新しい技術として学ぶこともできるということです。

今までのやり方は十分に身についていますから、
一度それから離れて、新しい方法だけを意識的にやるようにする。

トレーニングの機会では、結果を出すことを求めて取り組むよりも
今までやったことのなかった方法を使うことを心がけたほうが
技術的な伸び幅を大きくできると言えます。

上手くやろうとすると、今までのやり方を使いたくなるものです。
上手くなりたいなら、新しいやり方だけに専念したほうがメリットが大きいでしょう。

まず別物として新しく取り入れる。
自分のものと組み合わせるのは、次の実践段階からで十分だと思います。


僕はコミュニケーションの方法を意識化することを心がけてきました。

今まで知らずにやって効果的だった部分も意識化するようにしましたし、
逆に、新しく学ぶ方法に関しても意識的に整理してきたつもりです。

しかし、その多くは、ある土台の上に積み重ねるタイプのものでした。

新しく何かをトレーニングするとしても、その人の得意な能力を利用して
できるだけ効率的に身に着くようにと考えてきたんです。

すでに持っている技術や能力で応用できるものは使っていく。
これが大人が何かを学ぶときのコツだと思います。

ところが、裏を返すと、応用できるものが少ない状態で
トレーニングをした経験というのは滅多になかったんです。

大人になってから身につけるものは、大抵、何かの技術や能力が利用できます。

例えば、スキーをやったことのない人が新しく始めたとしても
そこには歩いているときにバランスを取るといった自然に身につけた能力が
利用できているはずなんです。

歩くときに目線を一定にすることでバランスを取る人は、それを利用すれば良いし、
膝の柔軟性で体を安定させる人は、それを利用すれば良い。
体幹部を使ってバランスを取る人は、その意識が役に立つでしょう。

何かしら関連させられる能力があるケースが多いんです。

多分、今までに全くやったことのない経験というと
スカイダイビングとか、トランポリンや体操の宙返りとかでしょうか。

普通に地上で生活をしてきた人にとって、空中の姿勢をコントロールしたり
上下方向に激しく回転する感覚は身についていないと思います。

他は、パッと思いつきません。

つまり、自然に地上で、日本の社会で生活して身につけたことは
無意識のままで、色々なことに応用できる土台になっているということです。


だからこそ、新しい言語の習得というのは大変なんだと感じます。

少なくとも、自分が母国語でできることと同じところまで
外国語を使えるようになるのは、相当大変なことのはずです。

それは、母国語そのものが、ほとんど全ての生活の土台になっているからです。

日本語の土台を活かして外国語を学ぶ限り、母国語には追いつかないでしょう。

だからといって、もう一度、母国語を身につけたときと同じようにして
外国語を習得できるかというと、それも大変な気がします。

外国語学習の理論には色々なものがありますが、いずれも方法論であって、
「どうしてそれで身につくのか」を理由づけできるものではないように思います。

人によっては、母国語として身につけられる年齢には制限があると言いますし、
「言語から隔離された環境で大人になってしまうと言葉が使えるようにはならない」
といった話も聞いたことがあります。(オオカミに育てられたら…みたいな話とか)

条件によっては厳しいこともあるとは思いますが、
1つの言語を自然に獲得した人なら、可能性はあると信じています。

それが困難な大きな理由は、おそらく
「無意識なままで身につけてしまった複雑な技能を
 『どうやって身につけてきたか』として説明できる人がいない」
からじゃないでしょうか。

「どういう過程を経てきたか」ぐらいは言えるんです。
そこだけに注目すると、
 最初は聞くところだけから始まっているから
 とにかく沢山聞けば英語は身に着く!
といった過激な発想に繋がる。

小さな子供が沢山の言葉を聞いていたときと
大人になってから沢山の言葉を聞いたときと
同じ聞き方をしているんでしょうか?

そこが違ったら、同じことをしているとは言えません。
表面的に見て同じような行動をしても、処理されている中身が違えば
得られる結果は違うはずです。

むしろ明確にすべきなのは、言葉を話せない子供が
沢山の音を聞いているときに、頭の中でどんな作業をしているか、です。

まず最初に何に注目しているのか。
まず最初に、何ができるようになっているのか。

それから、そのできるようになった能力を使って
次に何ができるようになっていくのか。

幼稚園ぐらいで、言語を使って何ができるようになっていて
小学校ぐらいでどうなって、中学校でどうなって…。

そのあたりの詳しいプロセスを追いかけられれば
言語習得の方法論も変わってくると思います。

特に、大人の場合は既に母国語でできていることがあるわけなので
それを応用すべきところと、新しく別に身につけるべきところを
分けてトレーニングすることができると考えられます。


外国語を学ぼうとしていることで、
自分が日本語を無意識に身につけてきたことを再認識しました。
そして、どうやって日本語を使っているかにも無自覚だ、と。

このプロセスは、通常では大人になってから再体験できません。

ごく稀に、病気が理由で、大人になってから
今まで無意識にしていたことを、意識的に再び身につける人がいます。

思い浮かぶのは、ミルトン・エリクソンでしょう。

彼はポリオのために、一度全身が動かせなくなっています。
そこから、どうしたら体が動くのかを発見し、
どうやって歩くのかを学び、普通の生活まで回復した人です。

一般的には、どうやって歩くかというのも完全に無意識でしょう。
母国語を使いこなせているのと同様に、無意識の領域です。

エリクソンは、それを意識化した人なんです。
人がどうやって行動しているかを意識的にやり直したんです。

他の人にとって無意識のことが、彼にとっては意識的なんです。

エリクソンが良く言っていたという
 「無意識を信頼する」
という言葉も、
エリクソン自身が無意識を意識化していたことを考えれば
受け取る意味が変わってくるはずです。

意識してできるように努力してきていないことは
いくら無意識を信頼したところで出来るとは思えません。

頑張って取り組んできたものなら、無意識を信頼することで
その努力の過程を最大限に発揮できる可能性はあるでしょう。

エリクソンが誰よりも無意識を信頼できたのは
誰よりも無意識を意識化する努力をしたからではないでしょうか。


最近、僕は外国語習得を目指す過程で、それまで以上に、
無意識にやってきたことを意識化しようとしている気がします。

大人になってから意識的なプロセスで、新しく言語を身につける。
その過程を通して、無意識を意識化することを
より効果的にできるようになるという期待があるからかもしれません。

その目的に対しては、ネイティブの人からは多くが学べないようです。

トレーニングの相手として、ペーシングで感覚を分けてもらう相手として
ネイティブスピーカーには助けてもらえていますが、
どうしたら外国語を習得できるかという話に関しては
なかなか教えてもらえるところが少ないと感じます。

色々と聞いてみても、結局のところ得られる答えは
「沢山やっていれば慣れる」というもの。

この「慣れればできるようになる」という説明は
無意識なままで出来るようになった人たちの言葉でしょう。

多分、僕自身も「どうやったら日本語を話せるようになるか」
と聞かれたとき、現時点では的確に説明ができないと思います。

無意識のうちに身につけた能力は、
上手く出来ているかどうかの判断ができたとしても
「どうすれば出来るようになるか」を説明するのが困難なものだと実感しています。

そういう観点からすると、自然に身につけたバイリンガルも同等なんです。

母国語を身につけた人が、意識的に外国語を身につける。
このプロセスを通った人からこそ、学べるものが多いはずです。

そんな方から色々と話が聞けると得られるものがあると思います。

そして、新しいものを学ぶプロセスを意識化できるようにしたいんです。

それができれば、きっと、もっと多くのことを効果的に
身につけられるようになるんじゃないでしょうか。

言語やコミュニケーションは、人にとって避けられないものです。
同時に、当たり前に思えるものでもあり、それ自体が目的にはなりにくい。
人生で何かを成し遂げるための媒体になりやすいでしょう。

ただ、学習の方法というのは、言語やコミュニケーションよりも
さらに抽象的で、人生全般に活用できる範囲のものだと思います。

効果的な学習の方法を学べれば、
言語やコミュニケーションでさえ、より速やかに向上できる。

最近は、そのあたりに関心が移ってきている気がします。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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