2012年02月21日

均一な固さ

精神科で使われる診断マニュアルとして「DSM−検廚箸いΔ里あります。

「 Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorder 」、
日本語では「精神障害の診断と統計の手引き」だそうです。

これの第4版なので「DSM−検廚函

アメリカ精神医学会のまとめたもので、
「精神病」とは呼ばずに「精神障害」と呼ぶようです。

「病気」というと移りそうだとか、悪い先入観を持たれやすいからでしょうか。
場合によっては、「病気」だと、薬で治療しようとするものだとか、
生理的な機能によるものだとかいった方向に視点が向きやすいのかもしれません。

いずれにせよ、「障害」という言い方をしているわけです。


ただ、この「障害」という用語。

日本語に訳されたときに「障害」になっていますが、
英語の「 disorder 」そのものは「混乱、騒動」の意味合いなので
「心に混乱をきたして不調になっていますよ」ぐらいのニュアンスがあると思います。

一方、日本語で「障害」というと、もう少し違った印象になる気がします。
「障害」は避けるものか、取り除くものか、乗り越えるものか…
人それぞれ捉え方は違うでしょうが、少なくとも「混乱」とはイメージが違います。

「障害」のほうが、「固い」感じがあるんじゃないでしょうか?

「混乱」であれば整えれば、「混乱」自体が落ち着いていきそうな印象がありますが、
「障害」だと、そのものは変わりにくく、より厄介なものに感じやすい気がします。

例えば、「人格障害」と言ってしまったら、
それは能力や振る舞い方や方法論のことではなく、
人格の中に何か動かしがたいものがあるように捉えやすいと思われます。

「〜という考え方をしやすい人」とか
「〜のように振る舞いやすい人」ぐらいなら
その考え方や振る舞い方にアプローチをすれば良さそうな印象が出ますが、
「人格の障害」と言ってしまったら、そもそも
「どうすれば変わるか」という発想が出にくくなると思うんです。

言葉に込められた意味合いが、それを使う人に前提となったイメージを与え、
結果的に対処の仕方に制約を与える場合があるはずです。


まして、このマニュアルは診断までのためのもので、
それに対して何をしていくかは別の話だそうです。

つまり、マニュアルに照らし合わせて診断が終了してから
対処方法を考えるステップに進んでいくということ。

「○○障害には、以下のような複数の要因が絡み合っていると考えられます」
なんて言っておきながら、診断をし終わった段階では
全ての個人差を一般化して、1種類の障害に分類してしまうわけです。

そして、ある特定の障害だと判断してから、
「その障害だったら、これか、これか、それとも、あの方法でやってみよう」
などと考え始めることになりやすい。

その人に何が起きているかではなく、一般論で考えやすくなると思うんです。

障害として分類した診断をするために情報を集め、
診断が終了した時点で個別の情報からは離れて
その障害に適するとされた方法を試していく。

せっかく教えてもらった、その人ならではの情報を無視するのは勿体ないし、
対処を考え始めるのも遅いような気がします。

たしかに、一般的に有効だとされている方法を順次試していって
効果が出るものを探していけば、いつかは楽になっていくかもしれません。

安全でもあるでしょう。
間違ったことをしにくいというか、マニュアル通りであれば
結果に対して責められる理由がなくなります。

そこそこ確実に、そこそこの成果が出る。
そういう方法をマニュアル通りにやっていけば、
誰がやっても問題になるようなことは少ないし
全体の平均として見れば望ましい方向に進んでいくのかもしれません。

この辺りも、アメリカ文化なんでしょうか。
マクドナルド的な価値が重視されるのかもしれませんし、
訴訟社会に置いてリスクマネジメントの観点からも重要なのかもしれません。

でも、そのやり方は、目の前の人を見ていない気がして
僕は好きになれません。

日本人だからかどうか分かりませんが、僕は
「おまかせ」でやってくれる寿司屋や天ぷら屋に評価が向きやすいみたいです。


必要なのは「分類をして名前をつける」ことではなくて、
「その人の中で何が起こっているか」を知ることじゃないでしょうか。

「中で何が起こっているか」に関する情報と
「外から見て何が起きているか」に関する情報は別物です。
そこも混在しているように感じます。

「中で何が起きているか」を知り、
そこで起こっているものを変えるのに効果のある方法を使う。

この発想だと、余計な分類のステップが入りません。
より直接的だと思います。


何より、「診断」という発想自体が、人を見るための手段ではなく
症状だとか障害だとかいった問題を見るための手段だと思うんです。

問題を見て、人を見ない。

そのほうが上手くいく可能性が高かったとしても、
僕がクライアントだったら、その人とは話したくもありません。

マニュアルに沿って診断することが役に立っている現実も大切でしょう。
ですが、それが全てではないはずです。

マニュアルはルールではないわけですから、
使いたい人が使って、使いたくない人は使わなければ良いのかもしれません。

その専門家を選ぶ側としては、
その人がマニュアルに沿って均一なクオリティでやっているのか、
一人ひとりに合わせてやっているのかは
あらかじめ分かっていたいところでしょうが。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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