2012年05月06日

言葉のない世界

以前にNHKの番組でも紹介されていましたが
脳科学者、ジル・ボルト・テイラーのプレゼンが興味深いです。

彼女は、脳卒中の影響で脳の左半球の機能に障害が起こります。
このプレゼンは、その障害が進行していく過程を覚えていて
後からその体験がどのようなものであったかを教えてくれる内容となっています。

実際には左側頭葉あたりで、血管が破裂したそうです。

なので、右半身の運動機能がなくなり、言語活動も停止した、と。

「言語活動」と言っていますが、その中心となるのは
認識に使われる記憶そのものとも言えます。

ただ話せなくなるだけではなく、あらゆる意味記憶(概念を把握する記憶)がなくなります。

つまり、何を見ても、ただ光があることしか分からなくなり、まぶしさだけを感じる。
何を聞いても、ただ音があることしかわからなくなり、音の洪水を感じる。
温度も、触覚も、体性感覚も、全ての感覚も、感じていることが分かるだけ。

彼女いわく、「ただエネルギーだけを感じる」体験になったそうです。

頭の中に沸いてくる思考としての言葉もなくなりますから
その意味では内的に静かな状態だったようですが、
代わりに、五感から入ってくる刺激だけを、そのまま感じることになったんだとか。


赤色を見て「赤」だと認識できるのも、「赤」がどのような範囲かを知っているからです。
「形」を認識できるのも、光の濃淡から「輪郭」を認識する基準を作り上げて、
その「輪郭」が生み出す全体像を「形」と捉える仕組みを学習したからです。

そして、色々な「形」に対して、それぞれの意味を結びつけ
”丸”だとか、”四角”だとか、”A”だ”B”だと形の種類を分類しています。

さらに、こうやって形が組み合わさったものは”机”だと、「物」を認識します。
”A”やら”B”やらが合わされば「単語」が認識され、そこから「言語」に発展する。

そうやって、色々な区別の基準が学習によって作られ、
その基準が左側頭葉に意味記憶として保存されているからこそ、
人間は一瞬のうちに、物事を識別できるわけです。

そこに障害が起これば、そうした識別のための基準が働かなくなる。
結果として、「見えているけれど、なんだかよく分からない」
「どこから、どこまでが何なのかの境目すら分からない」といった状態になったんでしょう。

この基準は、視覚や聴覚など、体の外側の情報を識別するためだけのものではありません。
体の内側、体の表面なども感じ分けるために基準が使われます。

ですから、彼女は
「どこから、どこまでが自分なのかの境目も分からない」
ようになったと言います。

感じられるのは、ただ全体にエネルギーが溢れていること。
そして、自分の身体の範囲も分からず、ただエネルギーだけを感じている。
世の中に溢れるエネルギーと一体となったような感じだったようです。

そして、その体験は「桃源郷」のようだった、と。


もちろん、完全に左半球の機能が損失してしまっては
その体験だって覚えていないはずです。

症状の進行状況によって、一時的に機能が停止したり、一時的に戻ったり…
というのを繰り返していたからこそ、その奇跡的な体験を覚えていられたのでしょう。

そうして考えてみると、人間が生まれた瞬間(もっと言えば、生まれる直前)というのは
限りなくその体験に近いんじゃないかと想像できます。

音だけは胎内にいるときから聞いていると言われますから、
音の区別は生まれた瞬間から既にできている可能性はあります。

しかし光は違うでしょう。
急に明るい世界に飛び出してきたのですから、
ただ光のエネルギーだけを視神経で捉えている状態だと考えられます。

皮膚感覚や温度も違うと思います。
自分と同じ程度の体温の羊水の中に浸っているのが”当たり前”だった。
そこが一定ですから、”違い”として識別されるものが無かったはずです。
外に出て初めて、低い温度を知り、空気の流れを知り、体表面を感じるかもしれません。

それでも、その体験が何なのかを識別するための基準が学習されていないので
ただひたすら、色々な刺激を感じているだけの状態じゃないでしょうか。

どこまでが自分なのかも分からない、と。

 安心感や一体感の程度でいえば、お腹の中にいる状態のほうが
 温度の面でも区別できなくなっているので、高いだろうとは思いますが。

このような状態を表現したものは複数あるようですが、
NLPでいえば、それが「コア・ステート」と考えて良いでしょう。

ゆらめいているエネルギーの潮流の中に自分自身が浸りながら、
そのエネルギーを感じつつも、どこまでが自分かという境目が分からないことで
一体感や繋がりも感じられる。

左半球の脳卒中を通じて、そうした特殊な体験を100%感じられたケースのようです。


彼女は、その「桃源郷」のような、左半球が停止した状態(意味記憶がゼロの状態)こそ
人が全て繋がっていて、一体であることを実感できる素晴らしいものだったとして、
我々が現代社会で求めていく方向じゃないかとプレゼンで語っていました。

左半球の言語を中心とした思考の活動の中に、『自我』も存在すると言えます。
ですから、人間が私利私欲で紛争を起こしたりするのも、
こうした一体感そのものの中にいられれば、無くなるんじゃないかという発想のようです。

彼女のプレゼンは実感がこもっていて感動的ですし、
人間を理解する上で重要な情報を語ってくれているとも思います。

しかし、「一体感や繋がりそのもののような方向を求めていけば世界が素晴らしくなる」
という考え方に対しては、僕は個人的に反対です。

なぜなら、彼女自身も症状を体験している場面で語っているように、
脳の左半球が停止した(意味記憶ゼロの)状態では、
この世の中で自分自身を生かしておくことすらできないからです。

彼女が脳卒中から復活できたのは、左半球の機能が戻っている瞬間に
「これはヤバイ!」と”考えて”、色々と”工夫をして”、助けを呼んだからです。

仮に、病気ではなくて、そういう脳の状態になったとしたら、
その人は、その瞬間の体験そのものを「桃源郷」のように素晴らしく感じますし、
食べ物を求めて行動することさえしないで、生命活動を衰えさせると考えられます。

もし最低限の生命活動をしながら、そうした「素晴らしい体験」を続けたら、
その人は社会の中で生きていかないことになります。
山奥で仙人のような生活をするんなら、それでも構わないでしょうが…。

左半球で学習をしていけるから、人は生活をして、体を生かすことができ、
”自分”を意識できるから、”他人”との間で社会生活をすることができるんです。
単なる道端の石コロではなく、社会の一員として機能するわけです。

左半球の活動は、人間らしさにとって物凄く重要なはずだと思います。


じゃあ、両方のバランスが大事なのか?
どちらに偏るのでもなく、両方の真ん中にいるのが良いのか?

僕は、「真ん中」を目指すよりも、両極を両方とも実感できるのが大事な気がします。

「”今ここ”を、あるがままに体験する」一体感だけの状態(左半球ストップ)と
「自他の区別をつけ、時間の流れと社会システムを意識する」状態と、
その両方を2つとも全力で大事にしていく感じ。

50%ずつで真ん中じゃなくて、両方を全力で実感する感じです。

「繋がりや一体感そのもの」という体験の素晴らしさを実感しているからこそ
社会の中で他社と関わりながら生きていこうと思える。

そんなところがあると、日々が良いものに感じられてくるんじゃないでしょうか。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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