2013年09月19日

何と比べて?

いつの頃からか分かりませんが、
僕は物事を相対的に捉える傾向がかなり強くなったようです。

理系の教育も関係しているかもしれません。

何かを測定するのは、必ず相対的なものだ
という経験を積み重ねてきましたから。

「単位」そのものが、まさに相対化のための基準であって
単位を変換していくと、相互に規定し合っているのが見えてきます。

「メートル」や「グラム」だって、人が勝手に作った長さの単位に過ぎません。

化学の実験で電極を使ってpHを測定するときなどは
参照電極という基準になるものを使って相対化の度合いを揃えるものです。

物理になると相対的な話はもっと増えてくるようで
エネルギーとかポテンシャルとかは相対的なものだったと記憶しています。
基準点というのを設けないと話にならない感じ。

日常で目にする電池の「1.5V」とかの「ボルト」、
これだって電位の単位ですが、1.5Vは本来、「電位差」を表していて
「2つを比べてどっちの電位がどれだけ高いか」という
相対的な数値のことなんです。

電池の場合は、
「回路を作ったときに陽極側が1.5V高くなりますよ」
という話。

”流しそうめん”の片側を1.5メートル高くしておいたら
低いほうに向かって流れていくのと似たようなものでしょう。

でも、その”高さ”そのものは絶対的なものではないんです。

川辺のキャンプ場でやる”流しそうめん”と
山小屋でやる”流しそうめん”では、標高が違います。
川辺の流しそうめん台の高い側は、
山小屋の流しそうめん台の低い側よりも
標高でいえば、ずっと低い位置にあります。

それは基準の違いの問題。
流しそうめん台の両端の高さ同士を比べるか、
海水面からの高さで比べるか、という違いです。

そういった発想に多く触れてきたからか、
僕の中には「何と比べて?」という相対化の発想が
染みついているみたいなんです。


細かくいえば、
「相対化の発想が染みついている」
という表現をしているときにも
僕の中では相対化の尺度が動いているのを自覚します。

この場合は「誰と比べて、より”しっかりと”染みついているのか?」
といった感じの相対化です。

こういう明確な基準を持たないものを相対化する場合、
僕の頭の中には、統計的な分布図が浮かびます。
正規分布みたいな絵。

偏差値までは気にしませんが、「平均と比べて」という相対化は起きます。


そんな感じで相対化の癖を持っていると、
”形容詞”を使うときにも、自然と相対化のための比較をすることになります。

「大きい」とか「小さい」とか、「固い」とか「柔らかい」とか
”形容詞”を使うときには、常に基準との比較が含まれるんです。

ですから、英語で使われる「比較級」という発想が
僕にはピンときません。

「そもそも形容詞って比較級しかないんじゃないの?」
という印象ですから。

文法上、「AとBとを比較すると」という対象化がハッキリしたときに
「比較級+than 」を使うのは知っていますが、
僕の頭の中に浮かぶイメージは、そうしたルールとは無関係に
相対化のプロセスを取っているようなんです。

NLPでメタモデルと呼ばれる質問パターンの中には
”言語化されずに削除されている”情報を回復するためのものがありますが
その中に「比較対象の削除」を回復する質問というのがあります。

元々アメリカで生まれたNLPですから、英語の質問パターンです。
クライアントが比較級の表現をしたにもかかわらず、
比較対象を「 than 」で示さなかったときに
「何と比べてですか?」と質問するやり方です。

シンプルな情報回復の手法だといえます。

ですが、形容詞の持つ相対的な性質を考えると
別に比較級じゃなくたって「何と比べてですか?」と聞くことができます。

「あの人は背が高いんです」
―「誰と比べてですか?」

この場合、
「私と比べて、です」という答えもあり得れば
「日本人の平均と比べて、です」という答えも
「地球上の現代人の平均と比べて、です」という答えもあるでしょう。
「私が期待している最低基準の身長よりも、です」
という人もいるかもしれません。

形容詞や副詞など、程度を表す修飾語を使うとき、
そこには相対化するための基準があるはずだ、という話です。


そして、ここに注意点が生まれます。

相対的なものを求めると、なかなか達成できない。

何を基準にするかによって程度が変わってしまいますから。

多くの人は「幸せになりたい」と思っているようですが、
この”幸せ”さえ相対的な状態を表す言葉です。

他の誰かと比較してなのか、過去の自分と比較してなのか、
何かの基準を元に、幸せか不幸かを判断する。

その意味では、相対化しない傾向の人のほうが
気楽に幸せを味わえる可能性もあります。
(当然、逆の可能性もありますが)

幸せに関しては、相対化しない。
それも1つの方法でしょう。

もう1つは、幸せだろうが何だろうが、
相対的なことは気にしない
という方法。

その場合、相対化されないものを知っておくのが役立つ気がします。
「光速度一定」のように、相対化されないものを。

cozyharada at 23:49│Comments(0)TrackBack(0)clip!NLP | 心理学

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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