2013年11月06日

木簡

年に一度の書道の展覧会への出品。
もちろん、様々な書道展の募集がありますが、
僕は教室で勧められる団体のものにしか出していません。

新年に六本木の国立新美術館で開催される展覧会だけが
僕にとって唯一の発表の場のようなものです。

同じ教室には年に何回も出品する人もいますし、
複数の団体に登録して色々と作品制作に取り組んでいる人もいます。

賞を取りたい人なんかも、やっぱりいるようですし。


ただ、僕の目的はそこに無いんです。

そもそも書道を始めたのも、モデリングしたかったからでした。
達人のやり方を間近で観察できる機会は、さほど多くありません。

有名な人になると教わりに行くこと自体が大変です。

その点、書道は割とオープンなようで、
有名な書家でも普通に生徒をとってくれることがあります。

まぁ、テレビにばっかり出ている人の中には
有名であるという理由だけで教室を満席にしている人もいるようですが。

その上、偶然にも、僕の教わっている先生は
それぞれの生徒の前でお手本を書いて渡してくれるんです。

これが良い。
生で一流の技を見られる。

リズムや指先の力の入れ方、関節の動かし方、体全体の運び方…
紙の上に書かれたものだけからは分かりようのないものを
実際に見ることができるんです。

そして、自分でも真似をしてみる。
練習は模倣です。

多分、僕は教室の中でも、徹底的に真似をしようというスタンスをとっている
数少ない生徒の一人だろうと思います。

皆さんの目的は上手くなることや、良い賞を取ることのようですから
書かれた美しいお手本をベースに、素敵な文字を書く練習をするんでしょう。

僕は書き上がった文字という結果よりも、
その結果が生まれるまでのプロセスに興味があります。
「どういうことを内的に体験していると、このような結果になるのか?」つまり、
「何を感じながら、何を心がけて筆を動かすと、こういう書になるか?」と。

それを学んでいくのが書道を続けている大きな理由です。

その意味では、「習字」じゃないんです。
字を習っているわけではない。

また書の芸術をやろうというわけでもありません。
別に表現したいものがあるのではないですから。

書家のやっていることを習得するという目的。
それを「書道」と呼んで良いのか分かりませんが、
その他の「〜道」でも、師匠からプロセスを盗む段階が重視されるみたいですから
ある意味で僕のやっているのは、まさに「書道」なのかもしれません。
「習字」でも「書芸術」でも、ましては「筆文字アート」でもなく、「書道」という。


で、書道においては”臨書”という作業が大切にされます。
古典の名作を模倣する作業のことです。

この場合、紙に書かれたものだけを頼りに
昔の達人が「どういう筆使いをしていたか」を読みとり、
それを再現するように練習することになります。
(臨書にも色々な種類がありますが、僕にとってはこの解釈が重要なんです)

先生の筆使いと書き上がる線質を学びつつ、
自分の身体でも「どういう風に筆を動かすと、どんな線になるか」
をパターンとして認識していく。

すると、昔の人の文字を見ても、
「多分、こういう筆の動きをしていたのだろう。
 すると、こうやって体を動かす必要がありそうだ。」
という推理が浮かぶようになります。

それを元にして、古典の臨書をするんです。

そして、僕の場合、年に一回の書道展にはこの臨書から作品にします。

普段の半紙での練習ではなく、2m近い長さの大きな紙で
普段よりも大きな字を、普段よりも沢山書くんです。

半紙での臨書が線質や文字のバランスを習得するものだとしたら
臨書作品制作には、もっと全体感や雰囲気、白黒のバランスなど
芸術的要素が加わってくるようです。

ですから、作品のほうが「書芸術」の度合いが高いんでしょう。
良い賞を取る人は、この芸術としての美しさが求められるみたいに思えます。

ですが、僕は依然として模倣に重きを置いています。
書芸術への関心は低めなんだと思います。

この場合、先生の書いたお手本から学ぶのがメイン。
全体のバランスの取り方や芸術性の出し方を学ぶ。
普段の半紙での臨書では学べない部分を模倣したい。
…そんなつもりで作業を続けます。


その中でも、やはり個人的な好みというのがあるんです。

特に古典の臨書は、歴史上の有名な作品を模倣しますから
僕の中に自然と、敬意のようなものが芽生えてきます。

中国の唐の時代に書聖や大家と呼ばれた人たち、
日本で三筆と呼ばれた人たち…。

有名どころの凄さは、きっと上手くなるほどに実感されるのでしょう。

そういう予想もあるからこそ、迂闊なことをしたくないんです。

作品制作ですから、全体としての芸術性が求められます。
ただの模倣では良いとされません。

紙のサイズが違い、使っている道具が違い、
全体の文字数も配置のバランスも違います。

その中で、古典の雰囲気を感じさせながら
1作品としての完成度も求められてくる。

この古典への忠実さと作品としての完成度のバランスの取り方が
臨書作品の良し悪しを判断するときの基準になっているんだと思われます。

繰り返しますが、それでも僕の関心は模倣のほうに重きがある。

ある程度は、先生がアレンジしてくれたお手本を”模倣”する形で
作品としての芸術性にも歩み寄ることができるとしても、
それを妨げるものとして「古典への敬意」が僕の中に沸いてきます。

去年は空海の臨書だったので、その敬意たるや最大限に近いものでした。
なので、先生のお手本よりも空海の原本に目が行ってしまう。

できるだけ空海に近づけたい、と。

それは本来、半紙の臨書ですることであって
作品制作の趣旨とはズレてしまうのかもしれません。

空海は一枚の手紙全体としてバランスを取っていたでしょうから、
一部を切り出したものを作品にしたときには、
ただその部分だけを真似したところで違った雰囲気になってしまうのも当然。

でも、できるだけ真似したかったんです。
だから近づける努力ばかりをしていました。

そして、それが楽しかった。
歴史上の人物と交流しているような気分が味わえました。


一方、今年の臨書作品は木簡の予定です。
”木簡”というのは、紙が発明される前の記録媒体。
木の板を薄く、小さく加工したもの。

誰が書いたものかも良く分からないんです。

歴史上は古いものとして価値があるんでしょうが、
内容や作者に価値があるタイプのものではないはずです。
時代に意味がある。

しかも、僕が今回書いている文章は、何やら
漢方薬の効能の説明書きのようなもの。

「胸の痛みや寒気がするときには、人参と菖蒲と…をそれぞれ…」
といった感じの内容です。

僕からすると、全く敬意を感じません。

短歌や詩にでもなっていれば意味を感じようとするでしょうし、
歴史上の偉人が書いたものであれば、その人への敬意が生まれます。

が、今回のは
どこのだれが書いたんだかも分からない
ただの薬(健康法?)の覚書のようなもの。

「忠実に模倣したい」なんて気持ちは全然ありません。
失礼ですけど。

なので、今回は全体のバランスや雰囲気の練習ができそうです。
先生を模倣しながら、半紙の臨書ではできないトレーニングができる。

その辺が今までにない面白さの部分です。

好き勝手に遊べるような”書”も、気楽で良いものだと感じています。

人参





















(ちなみに↑が「人参」の部分)

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この記事へのコメント

1. Posted by ちあ   2013年11月07日 10:27
こんにちは。ここ数日、ブログを楽しませていただいています。

書のお話しも面白かったです。
私は鍼灸師として、師の動きをまじかでみており、それが最も大事な学びだと思っています。

木簡のお話ですが、そのものを見ていないので空想ですけども、私は、東洋医学を学んでいますので、その木簡を書いた人にとても興味を持ちます。

その処方が渡来人からわたって来たものなのか、その時代の方が編み出したものなのか、それとも教わったものをアレンジしたのか。それを書きとっておこうと思ったのはなぜなのか。その処方によって苦しみから解放された人はいたのだろうか。
詩や短歌同様に、ロマンを感じます。
でも書いた人は、医術を担当していた人とは別の人かもしれませんね。

これからもブログ楽しみにしています。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
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