2013年11月14日

変えなくても変わる

端的にいってしまえば、
「変化」は最終目標ではありません。

もちろん、変化は起こります。
そもそも時間とは、変化の度合いを測る基準です。
人間が時間を感じる以上、そこには変化が伴います。

その変化を成長と捉えたければ、それも良いでしょう。

ただ、何もしなくても変化は起きるものなんです。
どのような視点で見るかの違いだけのこと。

自分が物凄く頑張って変化したと感じられることもあれば、
とりたてて気にしていなかったのに、自然と変わっていることもあります。

NLP的に「プログラム」という観点で見たって、
経験を重ねていることで自然とプログラムの変化は続いています。
変わらないことはあり得ないんです。

色々と変わるのが普通。


だからこそ、「変えよう」という”意識”が薄れるほうが
より楽な状態になれるんじゃないかと考えられます。

つまり、
 「変える」という作業は
 「変えなくてもいい」状態までの一時的なプロセス
だろう、と。

「変える」ことそのものが目的ではありません。
「変える」作業によって意識が広がるほうが大切でしょう。

別に「変えよう」と”意識”しなくても、変わります。

重要なポイントは、
 「変えよう」という”意識”が、まさに
 心の中で意識に上がっている一部分に過ぎない
ということです。

「変えよう」、「変えたい」、「変わりたい」と思っているのは
心全体の中の一部分なんです。
一部のプログラムの働きです。

その一部のプログラムが他のプログラムを好ましく捉えていない。
だから「変えたい」という気持ちが沸き上がってくる。
そういう反応を生みだすプログラムとして作動するんです。

あくまで一部のプログラムに過ぎません。

しかし、多くの人は、その一部のプログラムを意識するのに慣れている。
そのプログラムばかりを常日頃から意識に上げているんです。

心の中には様々なプログラムがあるのに、
一部だけを意識に上げている。
そのように普段から意識に上がっているプログラムの範囲が
いわゆる”意識の心”ということになります。

そして、普段あまり意識に上がらない部分が”無意識”と呼ばれます。
(正確には”無意識の心”です)

”意識”とか”無意識”とかいう表現は、
心の中のどの部分を常日頃から意識に上げているかだけの話であって、
どれも結局、「自分の心」の一部なんです。

にもかかわらず、多くの人は常日頃から意識に上がっている
”意識の心”と「自我」を強く結びつけて捉える傾向があります。

”意識の心”が”自分の心”だと思い込んでいるわけです。

だからその反対として、”無意識(の心)”を自分とは別物の
何やら深淵で手に負えないもののように考える。

ただ意識に上がっていないというだけであるにもかかわらず。


結局のところ大事なのは、『意識に上げる』ことなんです。

”意図的に”コントロールできるかどうかは関係ありません。
ただ『意識に上げる』だけで良い。

結果的には、意識に上げられるようになると
コントロールできる感じがしてくるものです。

元々そうだったんです。

今、自然と指を曲げる”コントロール”したりできるのも、
指の形の視覚情報と、筋肉の触運動感覚情報とを意識に上げて
両方の感覚情報のバランスを見つけてきたからです。
「こういう感覚のときに、こうやって動く」っていうのを把握してきたからです。

大人になってからでも、例えば、足の指を開けるようになります。
練習すれば、グー・チョキ・パーを足でもできるようになるでしょう。
耳を動かせたり、頭皮を動かせたりする人がいるのと一緒です。

バイオ・フィードバックを使って脳波をコントロールできるのだって同様です。

意識に上げれば、それはもう”自分の手に負えない無意識”ではなくなります。


そして、それぞれの意識していないプログラムにも意図があります。
より正確にいえば、普段から意識しているプログラムにも意図があって、
自分の行動を意識できても、その意図を意識していないことも多いものです。

意図もまたプログラムの一部。
単なる結果の予測のようなものですから。
このプログラムも普段はあまり意識に上がらない種類のものだということです。

ですから、振る舞い(行動、思考、感情)についても、その意図についても
両方を意識に上げられるようになれば、
それだけで”コントロール”感が出てくるはずです。

なぜなら、意識に上げたものは、もはや”無意識”ではないからです。

今まで”無意識”というラベルを貼って、
自分の手に負えないものとして捉えていた部分が、
”意識(の心)”という自我の一部に編入されるわけです。

それも「自分の心」になります。

それまでは「変えたい」と捉えていたターゲットとしての”無意識”のプログラムが、
今度は、捉える主体の側の”意識”的な自我に入ってくるんです。

「変えたい」と思われていた側が、
「変えたい」と思う側に組み込まれる、ということです。

当然、多くのプログラムを意識できるほど、
「変えたい」ターゲットとしての”無意識”のプログラムは減っていきます。
減るというか、範囲がズレてくる。

喩えるなら、領地を広げていくようなイメージでしょうか。
しかも相手は敵ですらない。
ただ領地を広げたら、その場所は自分のものになってくれる。
そんな感じ。

「自分」の範囲が、心の中で大きくなっていくんです。

最初に気づいた瞬間に、一気に自分の一部となる感じはしないかもしれません。
もう少しジワジワと組み込まれていきます。
慣れると、いつの間にか自分の一部になっているみたいです。

常に意識に上がっているという状態は自然に感じられるものです。
だから、その範囲を「自分」だと捉えるわけです。

慣れてしまうと常に意識に上がった状態になって、
そのプログラムはもはや”無意識”ではなくなり、
当たり前に意識される「自分」の中に含まれて、
以前は”無意識”として「変えたい」対象だったことさえ忘れてしまう。

そのようなプロセスが起きていくようです。


「変えたい」という気持ちを体験するのは大切です。
それによって、向き合うキッカケが生まれます。

そして、その「変えたい」プログラムに注目する。

変える方法は色々ありますし、方法自体の効果も様々でしょうが、
変える作業を通じて「意識に上げる」効果がかなり大きいといえます。

プログラムを変える方法に馴染みがでてくると、
今度はプログラムを意識に上げることにも慣れてきます。

そうしているうちに、自然と多くのプログラムが意識されるようになる。
つまり”無意識”の領域が減っていくんです。
「変えたい」ターゲットが減っていくわけです。

これが「変える」ことそのものが目標ではない、という意味です。

ポイントは意識に上げること。
プログラムの存在に気づき、その意図を自覚すること。

別に対立はしていないんです。

「〜したいけど、…してしまう(できない)」というのは、
「〜したい」の側に肩入れしていることの表れかもしれません。

「〜したい」のプログラムが常日頃から意識に上がっていて
そちらが自我と強く結びついている。

もう一方の「…してしまう」のほうは、意識に上がっていない。
当然、意図の部分も意識できていない。
手に負えない”無意識”の側に分類してしまっているのでしょう。

ところが、そのプログラムの存在と意図を意識できると
「〜したいけど、…してしまう(できない)」は
「〜したいし、…もしたい」に変わります。

色々と並行して、全てのプログラムはやりたいようにやりたいんです。

「トイレに行きたいけど、ご飯を食べてしまう」
といって悩む人は少ないんじゃないかと思います。

どちらも意識に上がっているからです。

トイレに行きたければ行けばいい。
ご飯を食べたければ食べればいい。
両方の程度に合わせて自然と調節しているはずです。

意識に上がれば、そういう調和の取れ方が生まれてきます。

その過程で、もっとトイレを我慢する必要が出てきたら、
自然と我慢する能力が上がるようにトレーニングが進んでいくでしょう。

学習は環境への必要性に応じて自然と起きていますから。

意識に上げられるようになれば、格段に楽になります。


ちなみに、僕が”無意識”という言葉を使わないようにする理由の1つが、
自分とは別物の”無意識”を深遠な働きをもったもののように捉えると
意識に上げる作業を妨げる可能性があるからです。

「自分には心の中に、まだ意識に上がっていない部分がある」
ぐらいの捉え方のほうがスムーズじゃないかと思います。

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この記事へのコメント

1. Posted by 渡辺 由紀子   2013年11月16日 21:35
あの人変わらなくちゃ・・が職場とか子育ての場面で出るとその傲慢さを自覚できるのですが、セッションの場だと逆に難しかったりします。
良かれ、の裏の操作感をどこまで手放せるのか、もっと言えば、手放す覚悟ができているのか。

狭間がお金のやりとり(プロとして期待するか)だったりする所が面白かったりもします。
気遣って、それを受け止めてもらう事に自分の存在意義を見出している自分の素人ぽさに、自分へかの愛おしさを感じたり・・・

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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