2014年01月09日

弟子になるか

「〜の弟子」という肩書は、その師匠が有名なほど
世間一般では評判を得られやすいもののようです。

例えば、「ミルトン・エリクソンの弟子だった」といえば
その人自身ついての情報が全くないときでも
「ああ、あのエリクソンの弟子なのであれば…」
という想像を駆り立てるでしょう。

実際にどれだけの指導を得られたか、
どれだけのことを身につけたかは分かりませんが、
少なくとも、その師匠を間近で見てきたという体験談は得られますし、
何より、達人からは見よう見真似で影響を受ける部分もあるはずです。

ですから、専門的な技術を学ぶときに、弟子という立場は効果的だと思います。


その一方で、学問の世界でも有名な研究者の「弟子」という表現が使われます。

研究室の規模には差がありますから一概には言えませんが、
一般には学生の指導教官(研究のアドバイザー)という立場が「師匠」です。

大学で「〜の弟子」といえば、「博士論文の研究を指導してもらった」という意味。
最大でも数十人規模で研究室が運営されますから
それなりの近さで研究の指導をしてもらえると言って良いんじゃないでしょうか。

日本の場合は教授クラスになると一線で研究をせずに
学生に指示を出して取りまとめるスタイルになることもあるようですし、
海外でも教授の研究の一部を担当するだけという場合もあるそうなので、
そういうケースでは、まさに弟子としての下働きのような印象もあるかもしれません。

では何を指導してもらうかといえば、
研究の進め方であったり、論理展開であったり、実験的論証の方法であったり、
あるいは専門家としての豊富な知識からくるアイデアだったりするはずです。

このあたりは、とても重要だと感じます。
僕も研究職だった時期がありますが、成果そのものよりも
穴のない研究の進め方をできるかどうかは、研究者としての基盤でしょう。

しかし、こうした研究の基盤のトレーニングは
その指導教官が有名で、実績を出しているかどうかとは別問題です。

そうした基盤なしでは、どんなに斬新なアイデアでも
研究として形にすることができませんから、その部分の指導は欠かせない。

その一方で、『どういうアイデアを生み出すか』は指導できないと思われます。

つまり、その一流と評される研究者の弟子になったところで
同じように素晴らしい成果を出せるとは限らないわけです。

むしろ、その有名な研究者のアイデアを形にするための手足になったり、
その後継者として同じ方向の研究を続けていったりする可能性もある。

師匠のアイデアの延長線上でしか動けないかもしれないんです。


もちろん、研究にはお金がかかるものですから、
有名な研究者の弟子だと、潤沢な資金を使って研究ができるメリットはあります。
無名な研究室では、資金の面でやりたい研究ができないこともある。
この点は、有名な研究者の弟子になる意義の1つでしょう。

また、実験の側面が強い研究や、実社会への応用を意図した研究の場合、
研究者としての成果は、「実験が上手くいくか」によるところも大きいようです。

アイデアの斬新さよりも、それが実現できるかどうかが重要。
iPS細胞の最大の業績は、発想ではなく、「実際に作れた」ことだと考えられます。

役に立つ実験結果を沢山発表するほど、一流とされる研究分野もあるんです。
その場合には、有名な教授の研究室で業績を重ねるのはメリットになります。

多くの業績があるほど、どこかの研究所や大学で自分の研究をしやすくなる。
そのときには、自分自身が研究者として有名になるために
自分のアイデアで研究を始められることになります。

これは有名な教授の弟子になるメリットだと思いますが、
実際にそこまでの段階になったら「〜の弟子」という価値よりも
自分が研究者として残せた成果の価値のほうが高くなるわけです。

その意味では、「〜の弟子」を語る意味は薄れてしまうのではないでしょうか。


さらにこれが理論的な側面の強い分野、
…例えば、理論物理、理論化学、数学、あるいは心理学など文系寄りの分野
であれば、「弟子」の意味合いはもっと違ってきます。

ここでも研究の基礎は指導してもらうはずですが、
研究者として求められるのは、むしろ考えの打ちだし方のほうでしょう。

どういう風に理論を発展させるか、
今まで説明できなかったことをどのように実証していくか。

これは本人の思考として生まれてくる部分です。
技術ではありません。

可能性としては思考のやり方を指導できるかもしれませんが、
それを学問分野の研究者が「弟子」に対してやるとは考えにくいと思います。

つまり、「弟子」となる側の立場からすると期待しているのは
その有名な教授の理論に感銘を受けたので、それを詳しく勉強したい
という部分だろうと考えられます。

まず最初の動機は、知識レベルで「知りたい」というところにある。

もう少し進んだ場合には、
その理論を自分が発展させたい
という貢献の動機になるぐらい。

これがもし
「この理論は上手く説明できているが、ここに穴がある」
といった独自目線を持ち始めていたとしたら…。

これで「弟子」の立場を選んだとすると、
その有名な教授に研究を指導してもらいながら
その教授の理論に反論することになるわけです。

一般に、指導教授は学生の論文に自分の名前を連ねます。
言い換えれば、その研究内容に自分が賛同しているということです。

仮に学生が自分の理論の穴を指摘するような研究をやって発表するとしたら、
その指導教官は学生の考えを受けいれなければなりません。

不明瞭だった点を調べたぐらいであれば追加情報として発表できるでしょうが、
相反する内容だった場合には自ら過去の業績を否定しなくてはいけない。

教授の立場としてそれができるでしょうか?

既存の理論に反論したり、穴を指摘したり、新たな考えを提案したりするのなら、
その分野の有名な教授の「弟子」になるのは厳しいと思われます。

自分の考えを持ちながら、本当にその有名な研究者と関わりたいとしたら、
「弟子」になるのではなく、対等に議論し合える立場が必要でしょう。

学会で顔を合わせたり、論文を通して意見を交換したりする。
そういう切磋琢磨ができる「ライバル」になろうとするはずです。

理論的な側面の強い分野の研究者として
有名な人の弟子になるという選択には、
・よく知らないから、その分野の権威から知識を得たい、か
・尊敬する研究者の後を継いだり、その理論の発展に貢献したりしたい、か
のいずれかの動機が強い気がします。

どちらの場合も、研究者として自分の考えが生まれてきた場合には
「弟子」の立場を捨て、「ライバル」の立場に変わる必要がある。

弟子でいる限り、師匠に並ぶほどの画期的な成果は出せないかもしれません。


どのような分野であれ、学問の世界で「〜の弟子である」といったことは
あまり意味を持たないんじゃないかという話です。

学問の世界にいる限り、です。

一度その世界を離れ、世間一般に自分をアピールする必要が出てきたとき、
有名な教授の「弟子」だったという肩書が意味をなすんでしょう。

「きっとスゴイんだろう」という印象を与えるために。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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