2014年04月23日

混ぜるな、キケン

最近、アドラー関係の本が流行っているようです。

「アドラー心理学」という呼ばれ方をするものの
フロイトの精神分析などと並んで、サイエンスとしての心理学が確立する前に
アドラー個人が考えた”思想”のようなものと言えると思います。

アドラーの唱えた「人の心」の捉え方と「良い生き方」の指針、
つまり「教え」をまとめ上げたものという点で、学問として議論されたというより
実際に社会生活で役に立つものとして広められたように見受けられます。

その意味で、まさに昨今の自己啓発の走りのように位置づけられるのでしょう。
アドラーの教え、アドラーの思想といった感じ。
今でいう自己啓発系のセミナーみたいなものとして人気があったんじゃないでしょうか。


このように「教え」や「思想」といえるものは、
全体像としてのまとまりを持っているのが一般的です。

理論があると言っても良いでしょう。

そして、その教えは全体の統一感の中で機能を発揮するものです。
1つの教えとして全体で取り組んでこそ効果が出るように作られる。

特に、長きにわたって語り継がれてくる教えだとすると
その中に論理的な矛盾が含まれないような統一感があって、
ある考え方をベースにしなければ成立しない考え方も存在するはずなんです。

これはアドラーに限らず、様々な自己啓発や「○○先生の教え」でも同様です。
その流派の教えは、その流派の中で完結しているんです。

つまり、一部分だけを取り出して、別のものと混ぜたりすると
上手く機能しないこともありえるということ。

もちろん、実践的に使うことだけを目的にして
1つの考え方だけを取り入れて日々を過ごしてみる…
というのであれば役に立つこともあるでしょう。

そうやって色々な考え方、色々な行動習慣を自分の中に取り入れて
自分にとって上手くいく考え方を見出していくのは実用的だと思います。

「○○先生の〜をやってみたら良かった。
 △△さんの…も良かった。
 最近、なんか良い感じです。」
といった具合に、本人が満足するのが目的であれば、
とにかく色々と試してみるのも1つの方法。

しかし、「この考え方を土台にして、こっちの発想が機能する」という場合には
一部分だけをピックアップして試してみようと思っても、
土台が足りないために役に立たない可能性もあるわけです。

この点は注意が必要なところじゃないでしょうか。

「教え」全体として取り入れたときに初めて納得できることがある。
つまみ食いでは理解できないところもあるだろう、という話です。


さらに教える側の立場の人が、アドラーのような思想の一部だけを切り取って
それを何かと組み合わせて伝えたりすると、全体の統一感も失われがちです。

組み合わせた部品同士が相反するものになることもあるんです。

例えば、NLPには『肯定的意図』という考え方があります。
これはNLPの『前提』に含まれている発想ですから、
「全ての振る舞いには肯定的意図がある」という考えを取り入れないと
NLPは機能しないことになります。

『前提』とは、そういう意味です。
「これを受け入れないと、NLPは使えませんよ」と。

で、NLPにおける『肯定的意図』とは
その人の中の一部分(パート、1つのプログラム)が
「良かれと思ってやっている」という意図、期待していることを言います。

「この反応をすることで、〜になってくれるだろう」という期待をしている。
学習されたパターンに基づく予測だといえます。

ここで重要なのは、この期待はあくまで期待であって、
それが実際に達成されているかどうかは無関係だということ。

「だって、こういう良いことがあるだろうと思ったから…」といった感じです。
これが『意図』と呼ばれる所以。

この部分で、肯定的意図は二次利得とは別物なんです。

例えば、小学生ぐらいの頃、泣いている子供を慰めようとして声をかけたら
逆にもっと泣いてしまった…といった経験はないでしょうか?

ここで慰めようとした行動には『肯定的意図』として
「悲しいだろうから気持ちを楽にしてあげたい」といった想いがある。
『意図』です。

しかし、その意図に反し、実際の結果として「余計に泣いてしまった」。
意図が裏目に出たケースです。

そして余計に泣かせてしまったことで自分がオロオロしていたら
先生が「あらあら、仕方ないわね。○○ちゃんは悪くないのよ。優しいのね。」
と声を掛けてくれたとしましょう。

こういう流れが何度も続いたとき、
「泣いている友達を慰めようとして泣かせてしまう」行動には
そうすることで先生に褒められるというメリットが結びつきます。

この「泣かせてしまう」という望ましくない行動に付随したメリット
(先生に褒められる)が、二次利得といえます。

二次利得の考え方では、
 望ましくない行動を起こした結果、副次的に得られるメリットがあり、
 そのメリットが動機づけとなって同じ行動を繰り返す
と捉えます。

ですから、
「泣いている友達を慰めようとして泣かせるパターンを繰り返すのは
 後から先生に褒めてもらえるからだ」
と考えるわけです。

一方、肯定的意図の発想では、前述の通り
 望ましくない行動の奥には、「良かれと思って」という意図がある
と考えます。

つまり、同じ例でも
「泣いている友達を慰めようとして泣かせるパターンを繰り返す奥には
 『悲しいだろうから気持ちを楽にしてあげたい』、
 『気持ちを楽にしてもらって、その場の関係を暖かいものにしたい』
 といった期待(願い)がある」
と捉えるんです。

2つの考え方では注目する部分が違います。
二次利得は行動を起こした結果、
肯定的意図は行動を起こす前の期待(予測)。

どちらも1つの考え方ですが、注目の方針が違うんです。
NLPでは肯定的意図を前提とする。
二次利得ではなく。
それがNLPのスタンスなんです。

こればっかりは、どうしようもありません。
作った人がそういう風に設定したんです。

確かに、人間関係のシステムとして見たときには二次利得も重要です。
二次利得によって維持され続ける”問題行動”もあります。
その場合、二次利得の部分を変えることで”問題”が解消されることがある。

しかし、それは本人の問題解決ではないんです。
同じパターンを繰り返してしまうという本人の問題を解決するには
「良かれと思って」の意図を把握するほうが役に立つ…
というのがNLPの方針なんです。

「なるほど、心の底では、そういう結果を自分は期待していたのか。
 だったら、もっと上手くいく別のやり方で対応したほうが良さそうだ。
 よし、じゃあ今度はこっちでやってみよう。」
といった具合に本人が自ら問題解決に踏み出せるわけです。

本人が個人として変わることに注目しているNLPでは
二次利得よりも肯定的意図を重視している。
それだけの話です。

これはNLPでは”システムを扱えない”という意味ではありません。
”システムを扱わない”というポリシーです。

システムを扱いたい人は家族療法の視点を取り入れればいいでしょう。

おそらくNLPは本人を重視しているんだと考えられます。

本人が自分の心の奥底のねがいを自覚し、
人間関係のシステムに対して自分の望む形で自ら働きかける。
…この「望むようにやってみる」ことができる状態を作り出すのが
 NLPの好みなんだと思います。

結果として上手くいかないかもしれない。
でも、そうしたらまた方法を変えればいい。
ただし、方法を変えられなければそうもいかないし、
何を望んでいるのかを自覚できなければ、どう変えていいかも分からない。
だから肯定的意図を把握して、自分で方法を変える自由を手に入れよう。

そんな感じのスタンスがありそうです。
趣旨の違いなんです。

ですから、『二次利得』という発想をNLPと組み合わせると
『肯定的意図』の考え方と不一致を引き起こすと考えられます。


同様に、アドラーの教えの中には『目的論』という考え方があります。

指し示すものは『二次利得』と『肯定的意図』の中間のように感じられますが、
「今、この人が〜の行動をしたのは、○○という目的を達成するためだ」
と判断する考え方です。

「目的を達成するために」ですから意図よりも、結果に注目しているようです。
ときに目的は二次利得のようにもなります。
一方で、必ずしも目的が達成されていないケースもあるようなので、
ここでは中間的だと書きました。

しかしもっと重要なのは、目的論の考え方は『理解』にあるところです。
客観的な視点なんです。
分析的だともいえます。

それも自然なことじゃないでしょうか。
アドラーが精神分析の流れから作った考え方なんですから。

ただし、この第三者的に分析して「こういう目的だったんだろう」と理解するのは
NLPの肯定的意図とは全く別物だといえます。

肯定的意図は、主観的に実感するものなんです。
本人が自分の奥底にあった気持ち、「良かれと思って」という意図を探り、
それに気づいて「あぁ、そうだったのか…。本当は、○○を期待していたんだ。」
と納得するためのものです。

『目的論』は自分の振る舞いに対しても分析的です。
「こういう目的を達成しようとしていたのだろう」と考える。
”考える”んです。

でも、ここがポイント。

アドラーの全体的な方針は、意志で行動をコントロールするもの。
意識や無意識といった分け方はせずに、本人がコントロールする。

NLPの用語で解説すると、
 反応を制御するパートに主導権を与え、
 様々な反応を引き起こすパートに対しては、制御のパートの視点から客観視して
 制御するパートにとって(=社会にとって)望ましい形になるように
 反応のパートをコントロールする能力を高めていく
となります。

NLPでは、制御のパートも、反応を引き起こすパートも対等に扱うのに対して
アドラー流では制御のパートを中心とした全体を想定する、といえます。

制御の視点が中心になるのだとしたら、自分の無自覚な反応に対して
「これにはどういう目的があるのだろう」と分析的に理解すると、
その反応を客観的に制御するのに役立てられる、というメリットが見えてきます。

自分という存在をアドラー流の観点で理解していって
それを社会の中で上手く機能する形で制御できるように整えていく。

このような全体的な趣旨の中に、『目的論』は成り立っているのでしょう。

このような発想で取り組むとしたら、『肯定的意図』は不一致になるはずです。
『肯定的意図』は、『パート』として心を部分の集合体と捉えるNLPにおいて役立つ。

NLPでは全体を『パート』の集合体とするのですから、
部分同士が対立しないように意見のすり合わせをする方針をとります。
そのためには、全てのパート(部分)の意見を聞く必要があります。

この「パートの意見」が『肯定的意図』なんです。
それは分析的に理解しても意味がない。
意見を聞いたことになりませんから。
ですから、主観的に納得する観点として『肯定的意図』が求められます。


このように方針の違いによって、前提とする考え方が異なるわけです。

アドラーの思想に沿っている『目的論』という考え方は
アドラーの教えに従って自己変革に取り組む場合に有効なのであって、
NLPの前提とする『肯定的意図』と組み合わせられるものではないと思います。

全体としての思想の中で機能する1つの考え方だけを取り上げて
それを別のものと組み合わせようとするのは不一致を引き起こしやすいでしょう。

どっちが良いとかの話ではありません。
何を意図して取り組むか、です。

方針の違い、目指すものの違いを把握したうえで、
どの考え方を取り入れるかの判断をするのが大事じゃないでしょうか。

気軽な”つまみ食い”も、食べ合わせによっては消化不良を起こしかねません。

cozyharada at 23:18│Comments(2)clip!NLP | 心理学

この記事へのコメント

1. Posted by くま   2017年07月10日 22:46
興味深い論点ですね。非常に関心を持ちました。

実は私も、最近このような二次利得の例に悩んでおりまして・・・

その人は、喫煙習慣に悩んでいる女性(37歳、独身、無職/被扶養者)なのですが、喫煙に伴う出費により将来への不安(統合失調症の患者さんです)が増大する、しかし、「タバコは決して止められない!」と禁煙を断固拒否、という例でして。

彼女の場合、ニコチン中毒への依存度が高いのと同時に、精神疾病から来る 極度の不安が、盲目的な現状維持志向につながっていると思われ、変化への強固な拒否感・不信があると感じます。

なにぶん自分のことであれば、(たぶん)自分で意思をコントロールできるところなのですが・・・

いかが思われますでしょうか?

どうぞ宜しくお願い致します。
2. Posted by 原田   2017年07月14日 15:11
くまさん

コメントありがとうございます。
繊細で難しいお話ですね。

本人の意思に反してやめられないのでしたら、無自覚な二次利得や肯定的意図を探る方向性もありそうですが、
「断固拒否」となりますと「禁煙したくない」意思もあるように感じます。
となると、禁煙を求めてくる周囲への反発や怒り、世間から安全に離れられる手段としての喫煙を否定されたような孤独感などがあるかもしれないと想像しました。

本人にとってのタバコの重要性を承認すると、「将来への不安」という別の方向性の動機の部分が表に出やすくなったりはしないでしょうか?もしそうであれば、禁煙に取り組むという最初の一歩には繋がるのではないかと期待したのですが。

いずれにしても、前に進むだけの自信を失っている場合には、一筋縄ではいかないところがおありだろうと思います。

ですが何よりも、その方のために悩んでいる人がいるという事実こそが、その方にとって大きな支えとなっている気がします。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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