2014年11月13日

別視点からの同情

一般的な捉え方からすると
 誰かほかの人が苦しんでいたり、痛がっていたりするのを見て
 「気の毒だ」、「可哀想だ」と感じて何かをしてあげたくなる
ことを『同情』と呼ぶようです。

それは、自分と他者という同じ立場の存在(人間と人間)を想定して
他者だけれども自分と同じように痛みや苦しみを感じる
という状態だといえそうです。

ですが、これは細かく見ていくと
「もし自分があの状態だったら痛い・苦しいだろう」
という想像に基づいていて、
そのためには過去の自分の経験を参照していることになります。

つまり、自分の痛み・苦しみを引っぱり出してきて
その感じを元に「気の毒だ」、「可哀想だ」という気持ちを感じる、と。

ですから、自分には想像しようもない話を聞いたときには
その苦しみが理解できませんから、同情は生まれにくいんです。

自分が似たような体験をして、その苦しさを引きずっているときほど
相手の体験や話の内容に対して強く同情しやすくなるものです。

これは映画や歌、小説などのストーリーに対して
自分と重なる部分を見つけたときに心を動かされるのと同様です。

いわば『感情移入』なんです。

たまにカウンセラーで、クライアントの話を聞きながら
クライアント以上に泣いてしまう人がいますが、
それは典型的な感情移入ではないでしょうか。

本人にも似たような辛さが過去にあって
その記憶を引っぱり出しながら感情を強く味わっているのかもしれません。

こうしたことは人間と人間など、一個体同士の関係性で起きやすく
人間同士以外でも、犬や猫などの動物、場合によっては植物などでも
感情移入する場合が見受けられます。

いずれにせよ、一個体として区別できる単位になることが大半です。

なかなか複数の個体をまとめた集団に対して感情移入することはありませんし、
逆に、個体の中の一部分だけを取り上げて感情移入することも多くありません。

「営業部が可哀想」といっても、営業部にいる人たちのそれぞれを想定しながら
そこにいる人たちに感情移入するのであって、
営業部という単位全体に感情移入することは簡単ではない気がします。

あってもせいぜい「森が可哀想」というぐらいかと思います。

また、個体の一部分として、「犬の尻尾が可哀想」と感じることもないでしょう。
犬が尻尾を踏まれたとしたら、それは「尻尾を踏まれた犬」という個体を想定して
「その犬が可哀想」と感じるに過ぎません。
尻尾だけに感情移入することは簡単ではないのかもしれません。

ですから感情移入の対象は、一個体として区別される範囲になりがちなんです。


一方、NLPでは自分自身のプログラムの1つを「パート」という単位で捉えます。
やはりここでも擬人化して、一個体のような扱い方をしますが、
「それでも自分の一部である」という認識は残るようです。

この場合、「自分が自分のパートに感情移入する」という程度は低くなって
全体としての自分が自分の一部に『思いやり』を向ける感じが高まります。

似た感じの体験としては、
足の小指をタンスにぶつけたとき、その場所をさすりたくなるとか
腰が痛いときにトントンと叩きたくなるとか、
そんなものが挙げられそうです。

全体としての自分が、部分としての足の小指や腰に痛みを感じ
それを何とかしたくて、さすったり叩いたりする。

全体が部分を感じながら、部分に対して働きかけをするんです。
それは全体としては当たり前のことであって、
あくまで自分の内側で起きていることですから
他者への感情移入ではなく自分のこととして対処しているはずです。

足の小指をさすったり、腰をトントンしたりする右手は
足の小指や腰という単位と同じレベルだといえます。

足の小指や腰を一個体として切り離して捉えれば
右手も同様の一個体だということになりますから、
仮に足の小指、右手に意志のようなものがあったとすれば、
「足の小指がタンスにぶつかったとき、
 右手が自分がタンスとぶつかったときを思い出して、足の小指へ感情移入して
 それで右手は足の小指をさすることにした」
といった話になるところです。

ですが実際には、右手はそういう感情移入で足の小指をさするのではありません。

どちらかというと、全体としての自分が感じる痛みに伴って
右手は自然とさする行動をしているのでしょう。

全体としての自分が足の小指の痛みを感じて、痛みを和らげるための何かをする。
全体としての自分が右手に痛みを感じれば、同じように痛みを和らげようとする。

全体から見ると、右手の痛みも足の小指の痛みも同じようなものなんです。
どちらも自分が痛いんです。

それと同じような痛みの感じ方と、自然と痛みを和らげようと何かをする状態で
他人の痛みや苦しみに対して関わろうとするタイプの「思いやり」があります。

「他人」として見ないんです。
全体からすれば全ての人は同等な部分に過ぎません。

右手が足の薬指をさするように、痛み苦しむ他者へ何かをする。
そんな感じの関わり方があります。

感情移入ではない種類の『同情』といったところでしょうか。

ただそれだけのことで自然と何かをすることがあるようです。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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