2014年12月14日

怒りの感情

調べても出所がハッキリしないのですが、
コミュニケーションの話題の中で
「怒りは二次感情」
という説明があるようです。

少なくとも、メジャーな心理学の研究としては
普通に語られるものではないと思われます。

だいたいの話としては
「怒りを感じるときには、その奥に不安や心配、悲しみや絶望などがあり
 怒りを出したあとから振り返ってみると、これらの別の感情に気づける。
 だから怒りは二次的なものであって、怒りを通じて本当に表現したい感情
 つまり一次感情は、不安や心配、悲しみなどのほうだ。」
といった説明。

コンセプトとしては、「怒っているときには別の感情が奥にある」ということで、
 一次感情を自覚すればコミュニケーションの仕方が変わる
という部分が話のポイントになるのでしょう。

相手に怒りをぶつけるのではなく、本当に相手に対して伝えるべきは
「自分は不安だった」、「心配していた」、「本当は悲しかった」
などのほうだ、と。

確かにこの発想で自分のコミュニケーションを振り返ると
おそらく子育てが思うようにいかずイライラしている人や
部下の教育で悩んでいるような人には役に立つところもあると思われます。

例えば「なんでこんなこともできないんだ!」と怒り散らしたり、
「いったい何時だと思っているんだ!?」と怒鳴りつけたり、
「いい加減にしなさい!」と怒って伝えたりするのではなく、
落ち着いた声のトーンで
「できると思って頼んだのにやってもらえなくて残念だ」とか
「帰りが遅いから心配んしていたんだ。遅くなることを連絡して欲しかった」とか
「そうやっていうことを聞いてくれないと悲しい」とか
他の気持ちを伝えるようにする、といったやり方です。

こうすると、まず普段と違う様子に真剣さが伝わりやすくなります。
怒りの感情をぶつけられれば、お互いに感情を強くぶつけあいやすいため
怒り以外の形でメッセージを伝えるだけでも受け取りやすさが上がります。

ただ怒りを発散しているときと違って
言葉の内容にも注意が向きやすくなりますから、内容も理解されやすいでしょう。

またこれは「I(アイ)メッセージ」にもなっています。
相手を操作しようという度合いが減って、相手に自ら考える範囲を与えられ
押しつけられた感じがない状態で受け取ってもらいやすいと考えられます。


以上のようなメリットは、コミュニケーションの結果として期待されるところであって
「怒りは二次感情」という説明の仕方と合っているかどうかは無関係です。

観察可能な現象としては、
 「人は怒りを感じるとき、他にも表現していない感情や考えがある」
という部分までなんです。

そして実際のコミュニケーションの工夫として
 「怒り以外の形で他の感情や考えを伝えると上手くいきやすい
というところも実感しやすいでしょう。

ですが、この観察結果と、実際の工夫の効果とを考慮したとしても
それを説明する「理由づけ」の部分は定かではありません。

きっとどこかの誰かが
 「人は怒りを感じるとき、他に表現していないものがある」
 「その表現していないものを怒り以外の形で伝えると上手くいく」
という発見をして、
その発見を分かりやすく説明するための『理論』として
「怒りは二次感情」
という考えに至ったのでしょう。

日常のコミュニケーションでは役に立つ発想だとはいえますが、
その理論には根拠はないはずです。


心理学などの社会科学で『理論』といったときには
それはあくまで「仮定」に過ぎないというのが原則です。

物理で「超ひも理論」なんていったときの「理論」も仮定ですが、
物理の場合は、「その理論が正しいとすればこうなるはずだ」という予測を元に
実験をして予測通りの観測結果が得られるかどうかで理論が検証されていきます。

正確には、理論を元に仮説を立てて
仮説を検証することで理論の正しさをサポートする
といった流れです。

仮説は実験的に検証可能なものを言うのに対して
理論は検証のしようがないんです。

理論に基づく仮説の正しさが数多く示されるほど
その理論のもっともらしさが高まっていくに過ぎません。

日本語のイメージでいうと、理論( theory )と呼ばれるものほど
よっぽど「仮の説」だといってもいいかもしれません。

とにかく、あらゆる理論は仮定の話なんです。


そういう意味では、「怒りは二次感情」というのは1つの心の理論であって
それが役に立つかと、実際の現象を上手く説明できるかは別問題です。

また、1つの理論は、別の理論とは矛盾することが多いものです。
ですから複数の理論のイイトコどりなんてのは原則的に不可能なんです。

そのため、NLPの考え方と「怒りは二次感情」という理論は相容れません。

NLPでは感情的な反応が沸くのはプログラムによるものと考えます。

そしてプログラムには肯定的意図があると考えます。

プログラムの肯定的意図は、「本当に期待している結果」だといえますから
「こうあって欲しかった」、「少なくともこういう状態にだけはなれる」
などの期待や妥協を含んでいます。

例えば怒りの場合であれば、
「相手には、こういうことをして欲しいと期待していた」とか
「最終的には自分の心が穏やかでいられるのを期待していた」とか
「一刻も早くこの状態を抜け出して、楽な状態に戻りたかった」とか
そういう肯定的意図が潜んでいる、というわけです。

これは感情ではなく、認知(考え)の部分です。
1つの場面に対して無自覚なままでしてしまう予測や期待です。
無自覚なままで大切にしようとしていることがあるんです。

それが期待通りにならず、大切にできなかったとき
怒りの形で反応が沸いてくると考えられます。

ですから、NLPにおいては一次感情とか二次感情といった区別はなく
全ての感情は場面によってプログラムされた反応だと考えます。

そして怒りは(感情的な)反応に過ぎず、反応の奥には
(認知レベルで)肯定的意図があるとするんです。

この肯定的意図は、期待に近いものですから
ある意味では「一次感情」として扱われているものに近いかもしれません。

そしてNLPではプログラムは無数にあって、それぞれが別の存在と考えます。
ですから、怒りを生むプログラムと、悲しみを生むプログラム、
絶望を感じさせるプログラム、心配するプログラムは別の機能と捉えます。

心配していたとか、期待が外れてガッカリしたとかいう反応は
状況が思い通りにならなくて怒りが沸いてくる反応とは別のプログラムなんです。

つまり、
NLPでは「怒り」は様々な反応を生み出すプログラムのうちの1つと考え、
怒りが沸く場面でも他に複数のプログラムが同時に働いている
と解釈します。

怒るプログラムもあるし、悲しむプログラムもある。
ガッカリのプログラムもあるし、心配のプログラムもある。
どうしたらいいか分からず混乱するプログラムもあるし、
今後のやり方で不安になるプログラムもある。

全て別のプログラムが同時に働いているというわけです。

ですからNLPでは「怒りは二次感情」などというものではなく
1つのプログラムと反応と捉え、
「二次感情の理論」では「一次感情」と呼んでいるものは
他のプログラムによる別の感情的反応として並列に捉えます。

怒りの奥に別の感情があるのではなく、
怒りとは別に同時に表れる複数の感情がある、と。
怒りは一次感情を覆い隠す二次的なものとは考えないんです。

おそらく、多くの人は怒りの反応に対して振り回されやすいのでしょう。
怒りの状態は強く自覚されやすい。
だから、そのほかにも存在している別の複数の感情については
怒りよりも自覚しにくく、それが「奥底」にあるように思えるのかもしれません。

ですが、NLPではプログラムが同時並行で動いていると考えます。
別に心は1つのものだとはしていないんです。

むしろ心は複数のプログラムの集合体とします。
ですから、様々な感情が同時に表れたって当然のことなんです。

一次とか二次とか区別するのではなく、全ての感情を均等に
「自分の中には怒りと悲しみと不安とガッカリがある」
と捉えるようにするんです。

一方で、怒りのプログラムの奥にある肯定的意図は重視します。
ですが意図は期待のような認知的働きであって、感情的反応ではありません。
ですから、期待を一次感情とは呼ばない。


まとめると、
「怒りは二次感情」と捉える理論において「一次感情」とされるものは、NLPでは
・怒りの反応を生むプログラム以外が生み出した別の(感情的)反応
・怒りの反応のプログラムに伴った肯定的意図
の両方を含んでいる
ということになります。

NLPでは「一次感情」、「二次感情」とは呼ばずに、
「反応」と「肯定的意図」として区別をしているんです。
感情的反応においては、怒りだろうが他の感情だろうが、
プログラムが生み出す反応という意味において差はありません。

「怒りは二次感情」という理論は
NLPのプログラムの説明とは相容れません。

二次感情の理論では、
 怒りは表面的・二次的なもので、その奥に一次的な感情がある
という説明になるのに対して
NLPでは
 怒りとは別に他の感情を生み出すプログラムも同時に働いている
という説明になる。

二次感情の理論では、怒り以外の自覚されていなかったものを
ひっくるめて「一次感情」と呼んでいるようですが、
NLPではそれらを「別の感情反応のプログラム」なのか「肯定的意図」なのか
と区別をしています。


こうした違いは、心の反応として体験される現象を
どのような着眼点で説明しているかによって生まれるものです。

それが理論の違いです。

異なる理論は相容れないことが多いのも、
同じ現象を違う仕組みのものとして説明するからです。

繰り返しになりますが、この話は役に立つかどうかとは無関係です。
怒りを二次感情と呼んで、それ以外の気持ちを伝えるようにする
という方法そのものはコミュニケーションで有効なことも多いでしょう。

ただ、NLPでは
 自分の中にある複数のプログラムの反応を自覚して
 その肯定的意図に基づいて、どういう反応の仕方で相手と関わるかを選択する
というのが基本的な流れとなります。

結果的には「I(アイ)メッセージ」で肯定的意図を表現したり、
自分の感情を「悲しい」などと言語化して伝えたりすることで
同じようなコミュニケーションの仕方になるかもしれません。

なので、役に立つかどうか、正しいかどうかという話ではないわけです。

ただ理論の違いがあって、NLPには他の理論を混ぜられない
といった趣旨のことです。

その意味では、どの理論を信じたって構わないんですが、
それでも僕がNLPの考え方を使うことが多いのは
NLPの説明は、僕が知る限り、脳の研究成果と辻褄が合いやすいからです。

一次感情、二次感情という分け方は心の理論としては構わないでしょうが
自然科学と結びつけて理解するには筋が通らないことが多い気がします。

人の心は1つではない。
一次とか二次とかいった順番でシンプルにカタをつけるよりも
同時並行で色々なことが起きている複雑なものとして捉えたほうが
生物的な機能として上手く説明ができるようです。

日常生活に役立つかどうかの話ではなく、
心という仕組みを自然科学として説明するときの話としては
プログラムという発想は上手くいきやすいと思います。

cozyharada at 23:54│Comments(0)TrackBack(0)clip!NLP | 心理学

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
おしらせ
 ◆ セミナー情報 

New!

《コミュニケーション講座》
 〜人を育てる指導力〜

【日時】 
  2019年6月16日(日)
   10:00〜16:30


【場所】 
  北とぴあ 601会議室

   JR王子駅より2分
   南北線王子駅直結

詳細はこちら>>


《瞑想講座》

【日時】 
  2019年6月22日(土)

  午後の部 13:30〜16:30
  夜間の部 18:00〜21:00

【場所】 
  北とぴあ 第2和室

   JR王子駅より2分
   南北線王子駅直結

詳細は後日


《怒りの取り扱いマニュアル》
 〜期待の手放し方と
  ゆるしの技法〜


【日時】 
  2019年7月6日(土)
     7月7日(日)
   10:00〜18:30


【場所】 
  滝野川会館

   JR上中里駅より7分
   JR駒込駅より10分
   南北線西ヶ原駅より7分

詳細はこちら>>
次回未定


 ◆ 過去の講座 

《新カウンセリング講座》
 〜まとめと実践〜


当時の内容はこちら>>


《勉強会》 

【テーマ】 変化の流れを考える

当時の内容はこちら>>
次回は未定



 ◆ お問い合わせ 
  技術向上、
  コンサルティング、
  スーパーバイズ、
  執筆・講演…

  諸々のお問い合わせはこちらへ>>



ホームページ
バナー1


プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
Archives
最近のコメント
QRコード
QRコード