2015年02月06日

目標・問題と快・不快

人間に限らず、全ての生物はニュートラルな状態を目指します。

完全に安全で、その個体にとってリスクから最も遠い状態。
そこが常に戻ってくるべきニュートラルであって、
同時にベストでもあるわけです。

例えば、生体の機能として最も効率的に働ける温度がありますが
そこから温度が上がってしまったら、体温を下げるような仕組みが動き、
温度が下がった場合には体温を上げるような仕組みが働く。

哺乳類はそれを発汗や筋肉の震えで調節し、
ハチュウ類は、冬眠したり、環境を変えたりして調節します。

ちょうど暖房が、設定温度よりも寒いときにパワーを上げて
設定温度を上回ったらパワーを落とすような感じです。

そうやって基準値付近を維持するように働きます。
いわゆるホメオスタシス。


そしてこの基準値から大きく外れた状態は
その生物にとって危機だといえます。

だからそれを回避する仕組みが必要です。

つまり、苦しみが起きたら、それを回避しようとする、と。

この働きに通じるのが、「問題を解決しようとする」ことでしょう。


大腸菌などのシンプルな生物には、
こちらの問題解決型の制御しかありません。

しかし、動物のような高等生物には
「事前にリスクを管理しようとする」機能があります。

例えば、エネルギーが低下して危険な状態になる前に
前もってエネルギー源を確保しておこう、という仕組みなどです。

お腹がすいて動けなくなってから餌を探しに行ったのでは遅いんです。
だから前もって餌を取りに行く必要がある。

ここで使われるのが動機・ヤル気です。

問題にならないで済むようにするための行動に対して
動機づけがなされるんです。

その事前問題回避行動が達成されたときに喜びが得られる。
報酬を体験するわけです。

ドーパミン系によって作り出される「快」の状態が報酬となり、
報酬を求めて、その行動を繰り返すように学習がなされます。
報酬が得られるはずの行動が動機づけられる、と。

例えば、エネルギーが低下した状態を事前に回避できるよう
まだエネルギーがあるうちに「餌を取りに行く」という行動を取れるようになり、
餌が手に入ったときに達成感としての「快」の状態が体験される、などです。

こうして、複雑な機能を手に入れた高等生物は
報酬系によって危機を事前に回避できるようになり、
そのときに報酬として使われる「快」の体験をするようになったと考えられます。


ここで重要なのは、
 報酬系で生み出される「快」の状態は、必ずしも
 生物にとって最も安全なニュートラル(基準値)ではない
ということでしょう。

ニュートラルに近づける可能性の高い行動に報酬が与えられて
ニュートラルを維持しやすくする行動が学習される、とはいえますが
しかしながら、それがニュートラルと直結するわけではありません。

餌を取るケースで考えた場合、仮に餌を取ることができたとして
それによって報酬が得られるはずですが、
その餌の種類で必要な栄養が全て補えるとは限りません。

報酬のために捕まえやすい餌を取ってばかりいたら
何かの栄養が欠乏して、身体に不具合が起きます。

もちろんそのときには、より基本的な機能としてのホメオスタシスが
不具合を解消させようとして別の行動を促すと考えられます。
つまり体調の悪さや、体の症状を通して「痛み」や「不快」を生み出し、
その状態を回避させることでニュートラルへ戻そうとする。

ところが、ドーパミンに代表させる報酬系は
「脳内麻薬」という言葉で表現されるように
「痛み」や「不快」の状態を上書きして感じさせなくなる効果も持ちます。

モルヒネが強力な鎮痛剤として使われることからも想像できますし、
サルの脳内のドーパミン系に電極を刺して
ボタンを押すとドーパミンが出て報酬を体験できるようにすると、
そのサルは餌を食べるのも忘れてボタンを押し続け
やがて飢え死にしてしまう…なんていう話からも報酬の効果が伺えます。

報酬系は、生体維持としてのホメオスタシスの効果を上回り、
生物にとって最も望ましいはずのニュートラルから外れたとしても
それを麻痺させて報酬に繋がる行動を続けさせてしまうんです。

ちょっとぐらい危険があっても、ちょっとぐらい身体の不具合があっても
餌を取るとか、子孫を残すといった行動をできたほうが
種として生き残りやすかったのかもしれません。
それで「不快」を上回る「快」の強さを報酬系が持つようになったのかも…。

いずれにせよ報酬として得られる「快」は
生体のニュートラル維持のための「不快」よりも強い
というのがポイントでしょう。

本来は事前に危険を回避するための仕組みだった報酬系が
結果として、単なる事前の危機回避以上の効果を持った、ということです。


ここで強調しておく必要があるのは、
 「快」を生み出して事前の行動を動機づける報酬系と
 「不快」を生み出して危機からニュートラルへ戻そうとするホメオスタシスとは
 別の仕組みによって動いている
という部分。

よく自己啓発や心理読み物などでは
「人は快を求め、不快を避ける」
といった原則が紹介されますが、
この両者は独立した機能なわけです。

ともすると
「不快を避ければ快に辿り着き、快を逃せば不快になる」
と勘違いしやすいところですが、そうではありません。

「快」の対極が「不快」なのではないんです。

「不快」がなくなるとニュートラルになって、安全で心地いい状態になります。
生物の機能の土台として、「危機から安全まで」がホメオスタシスの範囲。

一方、報酬系の「快」は達成されたときに生まれて、
「快」が強いほど「危機から安全まで」の状態を、別の「快」で麻痺させます。
生体として危機状態でも安全な状態でも、報酬系が強く働けば
「快」の状態に上書きしてしまって、土台としての機能が知覚されなくなる、と。

言い換えるなら、心地良い状態は2つある、ということです。
「不快」がない究極的にニュートラルな安全の状態が1つのとても心地良い状態。
もう1つは、報酬系によって得られる「快」の心地良い状態。


これが人間の日常生活のレベルに反映されると、
困った状態や悩み、問題は、生物的・精神的な存在の危機にあたりますから
この危機を回避したいという欲求が生まれると解釈されます。
悩みや問題を解決したいのは、こっちだといえます。

一方、報酬系は達成感を反映し、目標達成の欲求を生み出すと考えられます。

ですから、カウンセリングの扱う対象は「危機から安全まで」のほうで、
一切の不満がない究極のニュートラル(つまり完全な満足)に近づくように
問題解決のお手伝いをすることになるわけです。

それがコーチングとなると、一般的には目標達成を扱うことが多く
報酬系による「快」の状態に近づくようなサポートが中心になる。

普通に日常生活を送っていれば、完全に安全だという
究極的なニュートラルの状態はありえません。
どこかしら不満があるものです。

ときおり不満が大きくなったり、不満が減ってニュートラルに近づいたり。
このニュートラルに近づいた状態が「満足」と呼ばれるものですから
不満と満足の間を行ったり来たりしながら日々を過ごします。

そして許容範囲の不満(そこそこ満足)にいられれば
大きな悩みも無く、日々を送っていけることになります。

さらにそこへ報酬系の働きが加わって状況は少し複雑になる。

報酬を得る機会や量が多く、「快」の度合いが不満を上書きできれば
問題があってもあまり気にせずにいられるようになります。

報酬が十分であれば、不満が大きくても耐えられるようになる。
報酬が少ないと、不満の許容範囲が小さくなる。
そういう関係です。

目標に向かって進むモチベーションが高く、日々の報酬も得られていれば
日常生活の中で問題や悩みがあっても、ある程度は耐えられてしまうんです。

ただし、本人の自覚として「問題から目を背けている」という実感はないでしょう。
それが報酬系による「痛み」や「不快」を麻痺させる効果ですから。

このあたりの麻痺の感じが
家庭や人間関係、プライベートを省みずに収入をひたすら追い続ける人に
見て取れるケースがあります。

報酬系による「快」の力は、それだけ強いということです。

ともすると、
満足というニュートラルを求めなくなり、
達成感という報酬によって不満を麻痺させ続ける
なんていう事態も起きかねません。


どうも「幸せ」という単語が曖昧すぎるような気がします。

「達成感」も幸せ。
「満足(不満のないニュートラル)」も幸せ。

「達成感」と「満足」は別の状態だという認識が
世間には浸透していないのではないでしょうか。

不満と目標は別の性質のものです。

現状と目標とのギャップを問題と呼ぶ…?
違います。

まぁ、そう呼びたければ呼んでも構わないでしょうが、
問題から生まれる「どうなりたいか?」と
目標として設定される「どうなりたいか?」が別物なんです。

問題から自覚される「どうなりたいか?」は満足を求めたものです。
ニュートラルから外れた危機状態を回避して、
元のニュートラルで安全な状態に戻って、「満たされたい」んです。

それは「達成感」という報酬を得るための目標とは違います。


ただし、達成感がダメだというのではありません。
そっちを求めたいのは好みの話です。

ニュートラルで満たされた状態と
何かを成し遂げた快の状態と
どっちを求めたいか、と。

ただの生命維持でいえば「ニュートラルで満たされた」状態のほうが
より本質的なものだと考えられるところです。
根源的な欲求と呼んでもいいかもしれません。

しかし、人間はもう少しだけ複雑なようです。

根源的な欲求を満たすのが生きる意味ではない。
どんな喜びだって、その人が好きなものを味わっても良いのでしょう。

何より、究極的なニュートラルを体験したところで
その人はその先も生活を続けるんです。
日々の体験が待っているんです。

「何かをする」ことには違いがありません。
様々な喜びの体験は続く。

そのうちのいくつかは、目標設定から生じる達成感と関係するかもしれません。
であれば、最初から達成感を優先して日々を過ごすのは直接的だといえます。

どんなやり方だって好みの違いだけでしょうから構わないと思います。

しかし、それでも
 不満・問題の対極は満足であって
 達成感ではない
という部分は重要ではないでしょうか。

ニュートラルという満足の状態を目指す方向性なのか
報酬による快という達成感の状態を目指す方向性なのか。

この差は生物的に大きいんです。

カウンセリングとかコーチングとかいった呼び名が
この違いとシンプルに対応してくれていれば分かりやすいんですが
現実はそうでもないようです。

だからこそ、
 満足のためのサポートをするのか (安全への回帰)
 達成感のためのサポートをするのか (報酬の獲得)
を明確にしておくことが
関わり方のスタンスを自覚するのに役立つと思うんです。


問題は満足へ繋がり
目標は達成感へ繋がる。

問題と目標の辿りつく先は、生物的に全く別の状態だということ。

そういう話です。

cozyharada at 03:43│Comments(0)TrackBack(0)clip!NLP | 心理学

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
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