2015年05月20日

学習プロセスの狙いを区別する

世の中には『学習』に関して色々な説明があります。

学習を専門に研究をする人もいますし、
学習の仕方についての勉強会などもあるようです。

ただ、その大部分は客観的なように感じられます。
第三者的に学習のプロセスを色々と自分たちで試しながら探究したり
自分の提案する学習方法を他の人たちに試してみたり。

どちらかというと『教育』的な観点から学習を研究している印象でしょうか。

「こういう工夫をすると、学習者の学習効果が上がります」
といったスタンスのように見受けられ、
学習のしくみの工夫や伝え方、トレーニングの仕方の工夫に
主眼が置かれているように思えるんです。

もちろん、それは学習を考える上で重要だと思いますし、
その探究によって得られるメリットも大きいことでしょう。

その一方で、学習者自身の工夫についても
色々と考えられる部分があるような気がします。

中には記憶法の工夫など、学習者側が意図して行うものもありますが
学習者が「どういうことに注意を向けながら取り組むか?」という部分にも
かなり余地があるように思うんです。

例えば、小学生にどのように勉強させるかという一般論だけではなく、
その子供が内面で何をやっているのかによって
努力の仕方にも差があって自然なことではないでしょうか。


とりわけ僕が重要だと思うのは、子供か大人かにかかわらず
「今、自分が学習しているものは、何を狙ったものなのか?」
という自覚です。

今のこの作業、この取り組みは、どういう効果を意図したもので
そのためには何を心がければいいのか?

…このあたりのことを区別できると作業の効率が上がります。

例えば、本来は、繰り返しの練習で少しずつ技術を上達させる狙いのところを
知識として記憶するようなスタンスで取り組んでしまうと、
「そのケースはできるけれども応用力はない」という事態になりかねません。

数学の問題の解法と答えを丸暗記してしまって、
少し数字が変わったり、形が変わったりするだけで分からなくなってしまう、とか。

練習と知識定着は違うんです。

そういった観点で分けてみると、
 ・技術習得や自己変革のためのトレーニング(練習・行動)
 ・一般化された知識の暗記
 ・知識同士の関係性やしくみの理解
あたりの区別は重要でしょう。

これらは、もちろん、さらに細分化されます。

例えば1つ目の項目(トレーニング)については、とにかく練習ということですが
実践形式で経験を積むスタイルもあれば、
技術の一部分を切り出して反復練習を行うドリルのようなもの、
多くの場面に共通して求められる能力を上げるための基礎トレーニング、
…など色々です。

いずれにせよ、自分の中に新たな行動パターン、思考パターンを作るとか、
今までのパターンを変えるとか、そういった趣旨がトレーニングには含まれます。

2つ目の項目(知識の暗記)が、いわゆる「勉強」のイメージに近いかもしれません。
知識には理解も伴いますから、理解と完全に切り分けるのは難しいですが
文法や公式、用語やボキャブラリー、出来事など
とにかく先に丸覚えしてしまったほうが効率的なものもあります。

最後の項目(関係性やしくみの理解)は、学習者本人が納得する部分です。
「そうか」、「なるほど」という感じを伴う。
繋がりがあるほうが覚えやすくもなるものの、作業としては暗記と切り分け
あくまで「納得できるかどうか」を基準とします。

数学的に説明するものもあれば、言葉で説明されるもの、図示されるもの、
経験と結びつけて説明するものなど、納得のプロセスは様々です。

色々と研究されている効果的な学習法も、
この「なるほど」という納得感を高める工夫を含むことが多いようです。

体験学習やディスカッションなどを交えた実習は、
そのプロセスを通じて気づきをもたらし、
それによって体験と知識・理論を結びつけやすくなり
納得感を伴った理解を促すわけです。

知識や理解を提供されないままに体験型の実習だけをして
その後で自ら体験に意味づけをするという種類の理解もありますし、
メタファーによって理解を深める種類の学び方もあります。

知識同士の関係であれ、知識と体験の関係であれ、
体験から導かれる個人的な経験則であれ、
とにかく関連づけを効果的にするのを意図したものだといえます。


これら
・トレーニング
・知識
・理解
の区別を
学習する側が気にしておくと、効果的に学習しやすくなると思われます。

この区別を指導者のほうが自覚していて、
どれを意図した指導内容なのかを言葉にして教えてくれていれば
当然、学習する側も心がけやすくなりますが、
区別してから指導してくれる人は多くないような印象があります。

ただし、純粋に切り分けられないこともありますし、
色々な効果を同時に狙った指導というのもありますから
指導側が明確にするのは難しい場合もあるでしょう。

特に、複数を同時に相手とする場合、
ある人に対しては気づきを通じて理解を深めるようなアプローチをして
ある人には知識だけを提供し、ある人にはその場でトレーニングをする…
なんていう状況も考えられます。

その意味で、学習する側が自ら、その指導内容を区別して
意図をハッキリさせながら学んでいくのも求められるはずです。


例えば、ヨガ教室に行ったとしたら…。

ポーズの種類、形を教わるのは「知識」としてです。

そのポーズを型通りになるよう修正してもらったり、
実際にポーズから得られる状態を実感するのが「トレーニング」。

それぞれのポーズが持つ意味とか、効果とか、理論的な背景を説明してもらい
納得感を持って取り組めるようになるのが「理解」、といったところでしょうか。

実際のヨガのポーズをとっている間にも「トレーニング」効果がありますが、
このヨガ教室が週に一回だとしたら、家に帰って実践することもあるでしょう。
とすると、教室でポーズを習うのは「知識」であって
「トレーニング」は家でする形になるともいえます。

つまり、ヨガ教室でポーズをとって上手くできなくても、
理想の型を知識(頭と体の感覚との両方で)として持って帰れれば、
日々の実践という「トレーニング」を通じて上達したり、
健康度を高めていったりすることは可能なわけです。

必ずしもヨガ教室にいるときに理想的なポーズを取れなくても問題はなく、
教室で上手くできないことにガッカリするとか、
上級者と比較して未熟さにヤル気を失うとか、
そんな必要は全くないんだと気持ちを整理しやすくなるかもしれません。

むしろ、上手くやろうと必死になって、一通りのポーズを覚えきれないよりは
とりあえず知識として一通り持ち帰って、トレーニングは自宅で行うよう
徹底するぐらいのほうが効果は早く実感できることもあるでしょう。


一方、ジムに通って体を鍛える場合であれば
「トレーニング」そのものはジムにいる間が中心になると思われます。

器具の細かい使い方とか、器具の名前とか、筋肉の名前とか
そういった知識はトレーナーに頼れば良いわけですから
知識の比率は低いのではないでしょうか。

逆に、
トレーニングの最中に何を心がけたら効果が上がるのかを「理解」するのは
限られた環境でしかトレーニングできないのですから重要なはずです。

このトレーニング中の心がけを理解したあと
それを「知識」として暗記するのは、メインの意図ではないかもしれません。

理解しながら繰り返しトレーニングをしていれば知識として定着するでしょうが、
それは自然な結果であって、その場でのトレーニング効果を上げるほうが
意図としての優先度は高いだろうと考えられます。


同様に、学校の勉強だって区別が役立ちます。

主に学校の授業中は「理解」が優先されます。

「理解」は、事例や背景、他の知識との関係性で説明されますが
その説明の全てを「知識」として覚えるまでは求められません。

学習には進行度があるので、
その時点で押さえておきたい「知識」が想定されるんです。

ですから理解を元にして重要な部分が「知識」として覚えるポイントになります。
公式であったり、話の要点であったり、名称であったり、手順であったり…。

しかしながら、この「知識」は暗記する必要がありますから
通常は一回の授業を聞いただけでは覚えきるのが困難でしょう。

だから自宅で復習をしたり、予習をしておいて授業を復習代わりに使ったり、
あるいはテスト前に暗記のための時間をとったり、
重要項目の記憶どあいをチェックするための練習問題をやったりして、
反復によって「知識」を定着させていく必要があります。

授業中には、さらに「理解」を深めるための工夫として
重要な「知識」を理解してもらった後に、練習問題や応用問題をやります。
実験や社会見学、調査レポート、実習なども、そのための方法といえます。

知識と経験を結びつけて「理解」を深める。
結果的に知識としての定着も促進されると期待されます。

自分で調べてレポートを書いてくるとか
実験をした後でレポートにまとめるとか、そういった宿題は
「理解」を深める意図を含んでいるということです。

同時に、全ての宿題は「トレーニング」の意図も持ちます。

算数・数学などの問題を解くタイプは典型的なトレーニングです。
これは技術として習得するために、量のトレーニングが求めらます。

解き方を「理解」した時点で、同じような問題を何度もやるのは退屈でしたが
実際のところ、この繰り返し作業によって、問題を解く力が磨かれます。
一問やって解法を理解しただけでは不十分なんです。
算数・数学や、物理・化学の計算問題は、トレーニングが必要なんです。

レポートを書く作業も、文章力、論理力、考察力、情報を整理してまとめる力…
などを身につけるための効果的なトレーニングになっています。

宿題によって「理解」が深まり、重要な「知識」が定着しやすくなるのと同時に、
基礎的な力をつけるためのトレーニングも行っている、と。

ですから、授業中にせよ、家での勉強時間にせよ
様々な狙いの作業が混在していることになります。

これらの意図に優先度を設定しながら取り組むと、
学習効果は高まりやすいと考えられます。

同じ宿題でも、
「理解」を中心に取り組むのか、
「記憶」を促進するためのものなのか、
力をつけるための「トレーニング」なのか、
区別しながら取り組むのが効果的でしょう。


こうした区別が特に重要になるのは、
指導内容が受け継がれていく場合です。

つまり、指導を受けた人が、次に別の誰かに指導する側になるケースです。

このとき、指導を受けた人が指導内容の意図を区別していないと
自分が指導する立場になったときに
元とは違った意図で伝えることになってしまいかねません。

「理解」を目的に指導したメタファーが「知識」として受け取られ、
いつの間にか「知識」として引き継がれていってしまったり。

いつか役に立つかもしれない「知識」として伝えておいたものが
日々心がけるべき重要な行動指針として「トレーニング」に使われたり。

伝統的な教えほど、
そうした意図の混乱が含まれている可能性も高まると想像できます。

例えば…、

体験として「理解」されるはずだった『一体感(ワンネス)』が
「知識」として広まった、とか

ある大事なことを「理解」するための伝達手段だった『瞑想』が
修行や心がけのための「トレーニング」手段になった、とか

同じ道を進む者への道案内や予告として語られた「知識」としての『今ここ』が
望ましい生き方をするための心構えという「トレーニング」に使われだした、とか

そんなこともあったかもしれません。

今となっては最初の教えに触れることもできませんから分かりようもないですが、
意図を自覚しないままに情報だけを引き継いだ時点が含まれていたとしたら
元々の指導内容とは狙いが変わってしまいかねないんです。

学習する側が自ら指導内容の意図を汲み取りなおす。
そして区別しながら役立てていく。

意図を質問することもできない場合には
学習者自身が気にかける必要のある部分のような気がします。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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