2015年05月30日

熟練するほど難しいもの

最近、スペイン語を始めたんですが
つくづく思うことがあります。

『自分が自然にやっていることを他人に指導するのは難しい』。

普段、自分がどうやっているか、全く意識にあげることなくしている作業の
最たるものといえるのが「母国語を話す」ことでしょう。

それを人に教えるのは難しいことなんだろうと思います。

講師は中南米出身の人で、スペイン語を母国語とします。
もちろん教科書は市販のものを使いますが、説明をする際の前提として
全くの初心者がどういう状態なのかを想像さえできないようです。

自分の母国語であるスペイン語を全く知らないというのは
一体どんな感じなのか?
ゼロの状態に戻って想像するのが大変なんだと思います。

どこかしら自分の学習過程を参考にしてしまうというか、
学校で母国語としてスペイン語を習ってきたときの経験が混ざる印象です。

現地の子供に国語としてのスペイン語を教えるような流れが
いろいろなところに見えてきてしまいます。

例えば、最初の段階ということで発音の原則からスタートするわけですが、
そこでもある程度の発話経験が想定されているように思えるんです。

スペイン語の単語のアクセントの位置には3種類あって、
非常に規則的なようです。
といっても、その規則は教科書と本で説明されていたものです。

その先生は、母国語学習者にとって分かりやすい形で整理しなおした様子。

3種類のアクセントの位置によって呼び名があり
(そんなのは初心者にはどうでもいい内容)、
単語の終わりのアルファベットと、アクセントの記号によって決まります。

例えば、最後のアルファベットが母音の場合には
原則的に最後から二番目の母音にアクセントがくる。
(例: flamenco (フラメンコ)、「me :メ」の音にアクセント)

その原則から外れる場合は、記号がついている位置にアクセントが来る。
(例: America (アメリカ)、最後から二番目ではなく「me :メ」の音にアクセント)

それだけのことなんです。
それが分かっていれば「単語が読める」。

大人になってから初学者にとって重要なのは、単語を読めることです。
なぜなら本を使って勉強するから。
文字とセットです。

一方、母国語として身につけるときには、
先に音で単語を知っていることが多いはずです。

「この単語は聞いたことがある。
 でも文字に書くと、こういう形になる。
 最後の文字が母音なんだから、アクセントは後ろから二番目のはずなのに。
 後ろから三番目にアクセントをつけて発音している。
 ということは、その位置にアクセント記号をつけて書かないといけないんだ。」
…といった形の理解になります。

音が先に頭の中にあるから、「書き方」のルールが役に立つわけです。

ここに母国語学習者と、外国語学習者の進み方の違いがあります。

母国語学習者は音が先にあるから「書き方」を知りたい。
外国語学習者は何も知らない中で本から学ぶから「読み方」を知りたい。

そのスタンスの違いは、無自覚に言葉を身につけてきた母国語話者には
想像しにくいところなのかもしれません。
(その講師がそういう人、という可能性もありますが…)


無自覚にできてしまっていることを自覚して
それをやったことのない人に伝え、
しくみを理解してもらい、
できるようにトレーニングをする。
…この流れを丁寧に進めるのは工夫が必要なようです。

きっと、日本人が急に日本語の先生になろうとしても大変なはずです。
何から始めていいかも分からないと思います。

適当に分かったつもりになってもらうとか、
少しずつ便利な表現を覚えてもらうだけにするとか、
自己紹介ができる程度を目標に文章を覚えてもらうとか、
中学校の英語でやったのを逆にして「これはペンです」から始めるとか、
そんな感じじゃないでしょうか。

そして結局は日本語を勉強したい外国人向けの教科書や
日本語講師になるための学校に通って教え方を勉強することになる。

伝統的に積み重ねられてきた「教え方」の研究結果を利用でもしないと
プランさえ立てられないぐらいに、日本語に対して無自覚なんです。

しかも、ただ無自覚にできているだけでなく、
「できている」内容が非常に高度なんです。
トレーニング量がとてつもなく多い。

日本人にとっての日本語は、毎日何時間も使うものですから当然です。
仮に一人で家にいて他人と話していない日であっても、
インターネットや本などの文字を通じて日本語が入ってきますし、
テレビをつければ日本語の音が聞こえてきます。
それらを遮断しても考えごとをする頭の中の声は日本語です。

生きている年数分、ずっと日本語のトレーニングを受けているようなものです。

それだけの経験によって高度なことが無自覚にできるようになった人が
経験ゼロの初学者に教えるというのは、差が非常に大きいわけです。

ここにも難しさがあるようです。

経験ゼロの状態を想像するのが難しくなってしまいます。
指導する側からすると、はるか昔の話ですから、思い出すのも大変。

何がどのようにできなかったのかを思い出すのが難しく、
「こうすればいい」という答えはすぐに見つかっても、
その答えが出てくるまでのプロセスは自動的ですから自覚しずらい。

「ああ、そういうときは○○っていうんです」
「その場合は、こうなります」
などと答えが浮かぶ。

それが『自然』だからです。

自然・一般的だと判断されるのは、経験している量が多いから。
経験に基づいて、ただ答えだけが浮かんでくるんです。

どういう仕組みで、どういう考え方のプロセスを通って
その答えに辿り着いたか?なんていう説明はないんです。

言い換えれば、「どうしたらできるようになるか?」の知識は持っていない。

だから膨大なトレーニング量で身につけた高度な技術(=日本語)を
初学者が身につけられるように指導する手段が分からないんだといえます。


日本では伝統的に「技術は見て盗む」なんていう話も耳にします。

師匠は懇切丁寧には教えず、弟子は師匠のやり方を自ら学ぶ。
盗み取るように学ぶしかない、と。

もちろん、それが伝統だったといえば、そういうことなのかもしれませんが
ここには「技術が高度過ぎて、初心者には教えにくい」
という側面も関わっていたのではないかと想像します。

つまり、日本の伝統技能で弟子を取るようになるタイミングが
かなり熟練してきた達人クラスになってからだった、という可能性です。

3年目とか5年目ぐらいの人に教わるわけではないんです。
その道何十年という人を師と仰ぎ、弟子入りする。
全くの素人として、です。

何十年の修行経験を持つ師匠、
経験は全くのゼロという弟子。
ギャップが大きい。

仮に
「自分は師匠に教えてもらえず、身につけるのに苦労した。
 そんな必要はない。
 もっと効率的に上達してもらったほうがいい。」
と感じて、教えようと思った人がいたとしても
師匠に教わっていないことも加わって、その経験量の差の大きさから
どうやって教えたらいいかが思いつかなかったのではないでしょうか。

教える側と教わる側の技術・経験の差が
効果的に指導できるかどうかにも影響する、という話です。


まとめるなら
・経験だけで自然にできるようになってしまったことを教えるのは難しい
・経験量が豊富で高度なことができるようになってしまった後では
 経験量の差が大きい初学者に指導するのは難しい
ということがありそうだ、と。

そう考えると、例えば家庭教師や塾講師であれば、
一切の苦労なく、ろくに勉強もせずに東大に入り、
 大学院で数学の研究をしている助手よりも
勉強の方法を工夫しながら膨大な受験勉強をして
 苦労の末に志望校に合格した後、今も在学中の大学2年生のほうが
高校生には勉強を教えやすいだろうと思われます。

英語であれば、全くの初心者はアメリカ人に教わるよりも
苦労して英語を身につけた日本人に教わったほうが効果的かもしれません。

セミナーだとか、養成講座だとか、○○学校だとか、
世の中には教えてくれるとこが沢山あります。

目指すところと自分の現状とに合わせて
場所を選ぶのが効果的なのでしょう。

逆に捉えると、もし世間で大人気になることを目指すのだとしたら
必要なのは自らの技術の追求ではなく、
最も人口の多い初学者向けの内容を工夫するために
自分ができるようになったことを振り返って自覚できるようにし、
初学者にとって効果的な学習法を作り上げるほうだ、といえそうです。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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