2015年07月04日

どっちでもいい

生まれたときから考えると、最初
人には何もプログラムがないわけです。

そこから学習して色々な対応のパターンを身につけていく。
こういう場合には、こう反応する、という具合に。

その過程で重要なのが
 ルールを作る
ことです。

それによってパターンが決めやすく
シンプルに少ない方法で効率的に対処ができるようになります。

幼少期ほど多くのパターンを身につける必要があって
初めて出会うような場面も多く、また技術や知識としても
とにかく沢山のことを学習していく時期だといえます。

そう考えると、複雑に細分化しながら学習していくよりは
 シンプルに一般化したルールを作ってしまって、
 だいたいの場合をそのルールに基づいたパターンで対処して済ませ、
 新たに学習しないといけないことに集中したほうが効率的
ということになります。

次々に新しいことを学習していく時期には、
一般化されたパターンを一度身につけたら
それを状況別に細分化して場面ごとに使い分けるのではなく、
とりあえず1つのパターンを使い続けて
他の学習に労力を注ぎ、様々なタイプの学習を手広く進める
というスタンスが取られているんです。

それは幼少期に、それだけ多くのことを学ぶ必要があるということであって
逆にいえば、
1つ1つのことを注意深く考えながら対応を工夫するのは
知識的にも、経験の量としても、状況判断する力としても
まだ難しいということでもあります。

その意味では、幼い頃の教育が1つルールを教える形で行われているのは
効率的だともいえますし、状況にはマッチしていると考えられます。

社会的に標準とされる行動パターンを「正しい」ものと設定して
その基準が満たされるようにフィードバックがなされる。

本人が自分で考えて、状況にあった判断をして
うまく社会とマッチした行動をとっていけるのであれば構わないのでしょうが、
それでは負担が大きすぎます。

なかなか本人も自ら判断を工夫しようとはしないものですし、
自分で考えるためのトレーニングもなされません。
むしろ1つの「正しい」やり方が教えられる。

そうやって「正しさ」の基準を身につけながら
シンプルな対応のパターンを作り上げていくわけです。

例えば、
「赤信号だったら青に変わるまで待たなければいけない」
といった感じです。

実際の交通状況とか、本人の急いでいる度合いとか
そういった複雑な要因を考慮し始めると大変ですし、
判断を間違って危険な目にあって欲しくはないでしょうから、
幼少期の教育は1つのルールを教える方向になりやすいんです。


そうした学習の傾向は効率的ですし、
ゼロからプログラムを作っていく段階では
まず1つのパターンを確実にするのは有効でもあります。

実際、大人になってからのトレーニングでも、
 一度に沢山の技術を練習するよりも
 まずは基本の型を身につけて、それから応用に移っていく
といったスタイルはよく使われています。

大人になってからの学習は、
 パターンが多いほうが、さまざまな場面で柔軟に対応できて望ましい
ということを知っているからか、
1つの基本を身につけた後は、パターンを増やす方向で
トレーニングが行われることは多々あるものです。

ところが幼少期に身につけたパターンは、意外と1つに固定されやすい。
それが「正しい」という発想が残りやすいんです。

子供の頃に教えられた「正しさ」から柔軟に外れていく数少ない例は
「信号を守る」というものでしょう。

大人になると状況によっては赤信号を無視する人は多いようです。

これは本人が自分の責任で安全を管理できるようになっていることや、
適切な状況判断をするための知恵と経験を身につけていることなどが
関係していると考えられます。

自分の渡ろうとしている歩行者側の信号は赤。
車道の見通しは良く、視野に入る範囲には車が来ていない。
その道の車のスピードは平均的に速くない。
道幅も広くないため、車が見えていないタイミングで渡り始めれば
車に轢かれることも、気づいた車に迷惑をかけることもなさそうだ。
…そんな判断をして渡ることができる、と。

この場合、
 ルールを守る正しさを求めることもできるし、
 自分の責任で安全と時間とを求めることもできる
という状態にあるといえます。

どちらにもメリットがあって、どちらも良いことだと受け入れているため
好きなほうをやることができるんです。

まさに「どっちでも良い」ということです。


このように「どちらを選んでも望ましい」という意味で
「どっちでも良い」のであれば気分は楽なものですが、
言葉として「どっちでもいい」と言われる場合には
意外と「良くない」ことが多いようなんです。

つまり、「どっちでもいい」と言いながら投げやりになっている感じ。

「好きにしたらいい」と言いながら放置する感じです。
責任を取りたくないから距離を置いたり、
諦めたり見捨てたりする雰囲気がある状態です。

本当に「どっちでも『良い』」とは思っていないのかもしれません。
どっちを選んでも望ましいことになるとは思っていない。

場合によっては、どっちを選んでも望ましくないと思っているのか、
片側を望ましいと思っているけれど、そっちになる可能性が低く思えて
「望ましい結果にならないんだったら、もう、どっちでも『同じ』だ」
と考えているのか、とにかく投げやりな感じです。

「どっちでも良い」のではなくて
「(それだったら)どっちだって同じ」という気持ち。

そんなときにも
「どっちでもいい」
という言葉が使われるようです。

自分に対しても、他人に対しても、です。

ですがこれは「どっちでも良い」わけではありません。
「両方とも良い」とは思っていない状態でしょう。

この状態だと気持ちは楽ではないんです。
諦めや恐れを伴います。

気持ちが楽になるのは
 Aになっても、Bになっても、どっちでも望ましい
と実感できている状態から出てくる
「どっちでも良い」
の言葉です。

カレーも好き、ハンバーグも好き。
そんな子供が
「夕飯はカレーがいい?それともハンバーグがいい?」
と聞かれたとき、
両方とも好きだから選びきれない。

そんな雰囲気から出てくる「どっちでも良い」は苦しくないんです。

多くの人は幼少期から学んできた1つのパターンの「正しさ」を使い続け、
「どっちでも良い」と思うことなく、1つのやり方を続けがちです。

そして、その「正しさ」からズレるときに苦しさを感じる。

ときには「正しい」ほうに進めないなら諦めて
「じゃあ、もう、どっちでもいいよ(同じだ)」と考えることもあるようです。

正しさの基準に当てはまらなくても
別の選択肢にだって何かしらのメリットはあるものです。

ちょうど赤信号を守るのと、無視して渡るときの違いのように。

行動パターンを増やして、それぞれの対応のメリットが実感できてくると
「どっちでも良い」状態も増えてくると思われます。

それだけで楽になれることが多いんです。

「どっちも良い」と思えるように、
それぞれのメリットを考えてみるのも役に立つのではないでしょうか。

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
おしらせ
 ◆ セミナー情報 

New!

《コミュニケーション講座》
 〜人を育てる指導力〜

【日時】 
  2019年6月16日(日)
   10:00〜16:30


【場所】 
  北とぴあ 601会議室

   JR王子駅より2分
   南北線王子駅直結

詳細はこちら>>


《瞑想講座》

【日時】 
  2019年6月22日(土)

  午後の部 13:30〜16:30
  夜間の部 18:00〜21:00

【場所】 
  北とぴあ 第2和室

   JR王子駅より2分
   南北線王子駅直結

詳細はこちら>>


《怒りの取り扱いマニュアル》
 〜期待の手放し方と
  ゆるしの技法〜


【日時】 
  2019年7月6日(土)
     7月7日(日)
   10:00〜18:30


【場所】 
  滝野川会館

   JR上中里駅より7分
   JR駒込駅より10分
   南北線西ヶ原駅より7分

詳細はこちら>>
次回未定


 ◆ 過去の講座 

《新カウンセリング講座》
 〜まとめと実践〜


当時の内容はこちら>>


《勉強会》 

【テーマ】 変化の流れを考える

当時の内容はこちら>>
次回は未定



 ◆ お問い合わせ 
  技術向上、
  コンサルティング、
  スーパーバイズ、
  執筆・講演…

  諸々のお問い合わせはこちらへ>>



ホームページ
バナー1


プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
Archives
最近のコメント
QRコード
QRコード