2015年07月16日

入門書の種類

ときどき Amazon の本のレビューを見たりしますが、
技術や知識を向上させていく種類の多くの分野で
「入門書に最適」、「初心者向けとして良書」といった表現を目にします。

こういうレビューを書けるということは、
書いた人自身は入門レベルや初心者ではなく
随分と経験を積んだ人なのだろうと伺えます。

僕自身もオススメの本などを聞かれて
「最初はこれが良いと思います」
なんて答えたりもしますし、
このブログでも本の感想を書いたりもしていますが、
その際にもやはり多少は知識・技術の習得段階を想定します。


このときに難しいのが、
 他人は必ずしも自分と同じルートで進まない
ということでしょう。

そこへさらに
 自分の通った進み方をオススメするわけではない
という事情も加わります。


もちろん人それぞれ本の読み方や理解の仕方に違いがありますし、
本を読んできた量にも違いがありますから、
「読みやすい」「分かりやすい」と感じる本の種類も異なるのが当然です。

字が少なく簡潔に書かれていることを「分かりやすい」と感じる人もいれば
丁寧に事例を解説しながら実体験と関連づけて納得するほうを
「分かりやすい」と感じる人もいる。

そういった個人差は当然のこととして存在するはずです。

ただ、それ以上に
書評として書かれる「分かりやすさ」「初心者向け」という言葉は
上に挙げたポイントを踏まえないと勘違いしやすいと思うんです。


「他人は自分と同じルートで進まない」というのについては
特に、本を読むタイミングの違いが重要でしょう。

言い換えると、「初心者」「入門」という単語をどの段階と取るか?です。

例えば、スペイン語会話の初心者向けの本では
アルファベットの読み方から始まって発音のルールに進む流れが多いですが、
日本で売られている初心者向けの英会話の本となると
アルファベットには触れないことのほうが多いのではないでしょうか。

それは中学校ぐらいで英語を勉強している前提があること、
そして世の中に英語が溢れていることが関係しているのでしょう。

入門といっても平均的な人が体験しているレベルによって
最初の段階として説明すべき内容が異なってくる、という話です。

これは仮に営業や接客の本を想定したときには
 すでに営業や接客の業務を体験している人に向けた本なのか
それとも
 これから営業や接客の仕事をやろうという人に向けた本なのか
といった違いとして表れます。

アルバイトとして考えている、就職先として検討している、
異動によって営業をすることになった…などの理由で
全くやったことのない接客や営業をやることになる人がいます。

その人たちが
 とりあえずやってみて、職場で教わりながら方法を身につけよう
と考えるのか、
 これから初めてのことをやるから、とりあえず準備として本で勉強しよう
と考えるのか、
その違いが同じ「初心者」であっても
0と1の差に繋がるわけです。

ちょっと経験したことのある初心者には分かりやすいことでも、
全く経験したことのない初心者には理解できないことはあるでしょう。

ここで、その入門書を読むタイミングの違いが大きな意味を持ちます。

レビューを書いた人が、その本をいつ読んだのか?

ちょっと経験したことのある段階で一冊目として読んだ入門書が、
初心者として困りながら取り組んでいる状況を解決してくれた
…という場合も「入門書に最適」といえます。

一方、全くやったことのない段階で「まずは知識から」と読んだ本が
「これからやることの全体像をイメージするのに役立った」とか、
「初めて経験する前の予習になっていて役に立った」とか、
「知識として概要を掴めるので、自分がやりたいものかどうかを
 事前に判断できて役に立った」とか
経験する前に読む「入門書として最適」となる場合もあるかもしれません。

経験する前、経験した後、…いずれの場合でも
「入門」と表現されることがあるため判断が難しい、という話です。


そのうえ
 自分の通った進み方をオススメするわけではない
のですから、
事情はさらに複雑になります。

つまり、
 自分は先に体験をしてから入門書を読んだのに
 他人に勧めるときには、経験をする前の相手であっても
 自分に役立った本をオススメする場合がある、
とか、
 自分は何冊も本を読んで勉強した後に出会った本なのに、
 他人に勧めるときには、一冊目として「入門に最適」だと紹介する
といったことです。

「自分はまず先に経験してみて、慣れながら学習を進めてきて、
 それから知識として整理するために入門書を読んでみた。
 そうしたら体験したことを上手く頭で整理できて『よく分かった』」
という人が、
「この本は分かりやすいよ。
 すごく整理してまとめてあるから、
 まずはどういうものかを知るのに読んでみると良いと思う。」
などと勧める。

あるいは、
少し難しい本を頑張って読んでみて
色々と自分なりの理解を進めて少しずつ納得していく過程で、
偶然、簡潔にまとまった本を購入して
「おお、これは良くまとまっていて分かりやすい!」
と感じる。
そして「これは入門書として最適だ」と、『初めて読むべき一冊』として紹介する。

そんなケースでは、自分が通った勉強のルートと違うものを
人に勧めていることになります。

たしかに本人の印象としては、その本が一番「分かりやすく」て
「良くまとまっている」と感じたわけですから、
他の人に勧める際にも「これが一番分かりやすい」と伝えたくもなるでしょう。

しかし、その分かりやすさもまた、事前の経験や勉強に基づいています。

経験したこともない段階で初めて読んだ本がそれだったら、はたして
同じように「分かりやすく」感じられたのでしょうか?

経験したことのある人が入門書を読んで納得するプロセスと
多くの本を読んでから簡潔な入門書を「分かりやすい」と感じるプロセスとは
詳しい情報がある中で、簡潔に情報を整理するという点で共通します。

簡潔にまとまっている「分かりやすさ」とは
詳しい情報や経験を持っているからこそ感じられるものかもしれないんです。

学校の教科書だってそうです。
まずは概要と、興味を引くための話から始め、
それから詳しい説明と例題を紹介します。
そして「この章のポイント」、「まとめ」という項目が来る。

いきなり「まとまった」ものを読んで
どれだけ理解ができるのかは、定かではありません。

ウィキペディアには比較的詳しい情報が出ている場合もありますが、
百科事典や「キーワード解説」ぐらいだと簡潔にまとまり過ぎていて
逆に、分かったような分からないような印象になることもあるものでしょう。

それでも、勉強した人が復習としてキーワード集を見れば
「あぁ、そうだった」と思いだせることもありますし、
詳しく情報をインプットした後に、簡潔にまとまったものを読むと
意味が整理されて納得感が得られることもあります。

喩えるなら、
誰かに連れられて行った初めての場所を案内してもらって
ホテルの部屋で地図を見直して「あぁ、ここがあれか」と位置関係を整理、
そして翌日からは一人で街を歩けるようになる、
といった感じでしょうか。


当然、逆もあるはずです。

全くやったことのない分野で一冊目となる入門書として
簡潔にまとまってはいないけれど、身近な例を出しながら
興味を引く形で少しずつ全体像を示してくれる本を読む。

「なるほど、そんな感じか」と、おぼろげなイメージだけは分かる状態です。

そこから少しずつ詳しい本に進んでいくと、
事前に全体の流れや枠組みの印象が残っているので
おぼろげなイメージがシャープな骨組みに変わっていく可能性があります。

「あぁ、そうだった」と思いだしながら納得しつつ勉強が進められるわけです。

僕のスペイン語の勉強は、まさにこの流れです。
まず、読み物として「スペイン語のしくみ」を説明した本を読みました。
それから一番カンタンなレベルの文法と会話の教科書に進んだのです。

堅苦しく文法を解説する一方で
徐々に慣れながら覚えていけるように会話例を組み立てている教科書でも、
先の展開が予想できている分、「この練習が何の役に立つか」を理解しつつ
一歩ずつ勉強していける実感がありました。

こちらの進め方も地図の喩えに合わせるとしたら、
地図を見てイメージをしておいてから現地を歩く感じでしょうか。
歩いているうちに、「あぁ、ここは地図で見たアレか。とすると、ここを曲がれば…」
なんて街の構造が掴めてくるような。


両方とも地図に喩えられますが、求められる地図の性質が違うといえます。

前者は実際に歩いたところを整理するための地図ですから
事実に基づいた簡潔な地図で構わないんです。
目印になるような分かりやすい建物や、大通りが示されていれば事足ります。
むしろ細かすぎたら見づらく感じられるかもしれません。

後者は現地に行く前にイメージを膨らませるための地図ですから、
旅行ガイドのように、詳しくて、実体験を想像させるもののほうが望ましいでしょう。
シミュレーションとして流れを準備しておくための地図です。

どちらも「その場所を初めて歩く『初心者』のための地図」ですが
目的が異なっているわけです。

「入門書として最適」という言葉は、
簡潔に描かれた地図のような内容に対しても
旅行のガイドブックに出てくる地図のような内容に対しても、
どちらでも使われるようなんです。

そして、その入門書を紹介する人は、多くの場合
「自分にとって役立った」という理由で、
それがどちらのタイプの入門書だったかを気にすることなく
「入門書として最適」などとオススメしやすいみたいです。

その結果、
 自分は経験や事前の勉強を整理する形で
 簡潔にまとまったタイプの入門書が役立った
にもかかわらず、
 経験もしたことのない人が一冊目に読む本としても
 「この本が一番分かりやすい」
などと紹介することになる。

読んだ人は、簡潔にまとまっているがゆえに説明が詳しくなく、
深い理解に繋がらないことで「難しい」とか、
「よく分からない」といった印象を抱きかねません。

あるいは逆に
 自分は旅行ガイドのようなイメージを膨らませてくれる入門書から入り、
 少しずつ詳しくなるような勉強を進めていった
のに、
 すでに経験している人への一冊目の本として
 自分が最初に読んだ概要予告のような入門書をオススメしたり、
 色々と本を読んでいる人から、オススメの本を尋ねられて
 自分が最初に読んだ入門書を紹介したりする
といったことも起きえます。

この場合、紹介された本を読んでも
「まぁ、それぐらいは知っていますよ」となるか、
「分かりやすいかもしれないけど、そこまで丁寧な必要はないな」となるなど、
情報の質のほうに不満が沸くかもしれません。


自分にとって、その入門書の「分かりやすさ」は
詳しい情報を簡潔にまとめて整理してくれたり
経験に基づく学びを助けてくれたりするような種類のものだったのか?

それとも、
知識も経験もない状態で概要をイメージさせてくれるようなものだったのか?

このあたりを自覚したうえで、
本を紹介する相手が
 すでに、ある程度の経験や情報を持っているのか?
 全く何も知らない状態での取っかかりとして本を読もうとしてるのか?
という違いを注意して、
それから「どんな入門書が役に立つか?」を考えても良いのではないでしょうか。

でないと、せっかくの本がイマイチ役に立たなくなってしまうと思うんです。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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