2015年09月16日

分かりやすさゆえの危険

物事を細かく分けて考えるのは面倒臭いものなんでしょう。
全てを1つのことで片づけられたほうが便利ですし、効率的です。

しかし、細かく分けて別の名前で呼んでいるのは
そこに違いがあるからです。

そしてその違いに合わせて対処の仕方を変えるからこそ
より高い効果を発揮できるものもあります。

例えば、大腸菌とカビでは生物学上の分類が違います。
大腸菌は原核生物で、カビは真核生物です。

細胞のしくみが違います。
だからこそ、細菌を殺すための抗生物質と
カビを殺すための抗真菌剤とでは成分が違うんです。

細菌を生きられなくする薬は、細菌の細胞の仕組みに働くのであって
カビの細胞の仕組みには働きませんから、
カビにはカビの細胞の仕組みを阻害する薬が必要になります。

「どっちもバイ菌でしょ」と扱ってしまったら
対処しきれない可能性だってあるわけです。

さらに、違いを利用するからこそ
人間にとって都合の良い結果を生み出すこともできます。

抗生物質はまさに、人間と細菌の性質の違いを利用しています。
細菌にあって人間にない仕組みを阻害するため
人間には無害で、かつ細菌だけを退治できるんです。

専門技術には原則もありますが、同時に細かな違いに注目するからこそ
対処できる問題が沢山あるということです。


ところが違いを知らない状態だと、共通点のほうに目が行きやすくなります。
同じようなものだろうという前提で考える。

その結果
 「○○でこうだったのだから、同じような△△でもこうなるだろう」
という議論を展開しがちになるようです。

先日、インターネット上の記事に感受性が鋭すぎる人の話がありました。
近くにいる人の怒りや悲しみを吸い取って、
知らず知らずのうちに共感してしまっている人がいる、と。

自覚がないから、人のいるところに行くと、なぜかイライラするようになって
本人が体験する必要のない苦しさまで感じてしまっている、といった話でした。

そのときに著者は、「感受性が高い人は周りの感情を吸い取ってしまう」
という現象に説得力を持たせようとしたのか、
”科学風”のデータを引用していました。

どこかの大学が
「植物細胞が周りにあるセルロース分子を吸収する」
という発見を科学論文に投稿していたというんです。

確かに植物細胞(実際には藻類ですが)が環境中のセルロースを分解して
糖分として利用するという報告は今までになかったらしく、画期的だそうです。

セルロースは植物細胞が作り出す食物繊維のようなもので、
環境中のセルロースを利用するということは、他の植物細胞が出したものを
別の植物細胞が吸収する可能性がある、という論旨のようでした。

この
 「他の植物細胞が出したものを別の植物細胞が吸収する可能性がある」
という部分だけを、そのネット記事の著者は参考にします。

「他の細胞が出したものを、別の細胞が吸収する。
 だったら人間だって、他人が出した感情を吸収してしまうのも当然だ。」
そういう説明でした。

細胞レベルと個体レベルで、どれだけの違いがあるのか?
植物と人間でどれだけの違いがあるのか?
液体中のセルロースと、空間を伝わる感情と、どれだけ違うのか?
…そういう発想には至らないようです。

植物細胞も人間も同じ生き物だ。
セルロースも感情も同じ「出たもの」だ。
このような共通点を土台にして、
 同じようなものだろう
という発想で根拠に使おうとしているわけです。

違いに目を向ければ、もう、とんでもなく別次元の話です。

以前、人工甘味料の危険性を主張するのに
「砂糖にはアリが寄りつくのに、人工甘味料には寄りつかない。
 アリも食べないようなものは人間に有害なんだ。」
といった実験結果を見せている記事も目にしました。

アリを寄せつけないものが人間に有害なら
虫除けスプレーなんかを使ったら人間はどうなってしまうんでしょう?

人工甘味料に危険なものがあるかもしれないこととは関係なく、
主張の仕方として、根拠にならないデータを使う人が多い印象を受けます。

違いを知らないことで共通点だけに目を向けて
 「○○でこうだったのだから、同じような△△でもこうなるだろう」
と主張するのは論理的ではありません。

日本の学校教育では論理についてハッキリとは学ばない気がしますから
「そうとは限らない」という反論の仕方をトレーニングする機会も少ないようです。

別に論理的でなくたって構わないかもしれません。
説明をしたり意見を述べるときに論理的である必要は
日本文化では小さいようにも見受けられます。

論理的でないから意見を言ってはいけないということではありません。

ただ、世の中への影響として危険性を感じることもあるんです。


とくに医療関係の情報などは、その信憑性を評価することが大変な分だけ、
どの話を信じればいいのかが難しいところかと思います。

例えばワクチン製剤には、
安全性に疑いのある成分が含まれているという話を目にします。
ワクチンのせいで被害が出たという話もあるようです。

確かに、インフルエンザのワクチンのように、
性質から考えて効果が低そうなものもあると思います。

インフルエンザ・ウイルスには型が数多くあって、遺伝子の変異も入りやすい。

一方、インフルエンザのワクチンは全ての型に対応できるわけではない。
その年にどの型が流行るかによっても意味が違うし、
流行った型のワクチンを投与したからといって予防できるとも限らない。

そこで、「効果があるかも分からないのだから使いません」というのは
個人の見解として好きにすればいいところだといえます。

しかし、インフルエンザのワクチンの効果に疑問があることを引用して
「ワクチンは良くない」という主張の根拠に使うのは危険な気がします。

ワクチンで害があったというデータがあるのなら、
それはワクチンを反対する根拠になりますが、その話の流れに
インフルエンザ・ワクチンの効果を疑う内容を追加するのは無関係でしょう。

インフルエンザのワクチンに効果が薄いからといって
他のウイルスへのワクチンの効果がないわけではありません。

ポリオの生ワクチンが危険だというデータは
ポリオの生ワクチンへの反対には根拠になりますが、
全てのワクチンへ反対することとは無関係です。

違いが分かれば、全てを反対するだけでなく、
危険な部分を改善するように対処することだってできるわけです。

一部を取り上げて、全てに反対するスタンスは
問題解決法の1つではあると思いますが、
より望ましい解決策を見つけるうえでは邪魔になるときもあると思われます。

特にウイルスの感染症は、皆でワクチンを接種することで
一気にリスクを下げられるという特徴があります。

ウイルスは人間などの宿主がいなければ、自分だけでは増殖できません。
全ての人間がウイルスをやっつけられる状態になっていれば
ウイルスはその地域から減っていくわけです。

実際、そういう過程を経て、ほぼ撲滅に近い状態まで進んだウイルスもあります。

しかしウイルスがどこかに潜んでいる可能性はあります。
もし、大規模な人数でワクチンを使うのをやめたとしたら
その集団がキッカケでウイルスがまた増え始めないとも限りません。

ウイルスが街中に充満して、大量のウイルスを吸収しやすくなったら
昔にワクチンを打ったけれども免疫が弱っているような状態の人は
体内でウイルスの増殖を食い止められずに発症してしまう…
なんていう可能性さえ思いつけてしまいます、分かりませんが。

感染症を予防する観点からすれば、
ワクチンは全員で投与することにも意義があるんです。

しかし、です。

ワクチンの効果が薄い一部のケースの話と
ワクチンの危険性の話とだけを繋げたら、
「ワクチンはやめましょう」という大袈裟な結論も導けてしまいます。

違いを知って内容を吟味すれば、
「社会的にも、個人的にも本当に必要なワクチンを
 危険の少ない形で使うにはどうしたらいいか」
という話でも理解できるでしょう。

一方、危険性の話だけを元にして大袈裟な結論を信じたら
逆に危険な事態へと進んでしまう可能性もゼロではないと思います。


インターネットの普及で、誰でもがメッセージを発信できる時代です。

細かい違いを知って、賛成・反対の意見を戦わせる人たちもいますが、
そういう細かい話を知りたい人ばかりではありません。

細かい違いには目をつぶって、分かりやすい結論の部分だけを
伝聞で広げていくこともできる世の中のようです。

その結論だけが広まって、ある程度の規模の行動に繋がったとき
社会全体に影響が出るような危険もあるような気がしています。

「個人の責任の範囲」で終わらないリスクを生みかねないのも
誰でも気軽に情報発信ができるようになった現状の特徴ではないでしょうか。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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