2016年02月09日

エッセンスと不純物

続きの内容、3回目です。

効率化するために中身を凝縮して取り出すプロセスは
物を作るだけでなく、学習においても含まれていて
大きく分けると
 ・本質的(重要)な成分だけを分析して抜き出す 【エッセンス】
 ・微細な成分まで含めて全てを抽出する 【エキス】
と2つがある。

学習においては達人のやり方を分析して
そのエッセンスを抜き出す『モデリング』という方法がよく使われて、これは
 ・個人がコツを掴んで自分の上達に役立てる
 ・使いやすくて便利な手法を作り、学習しやすいものとして他人に広める
うえで効果的。

これが前回までの概要です。


モデルとなる達人のやり方を誰かが分析して、エッセンスとして抜き出したものは
部分的なもので達人そのものを再現しているわけではない、というのが注意点。

分析者が気づけないものはエッセンスの中に含まれてこないんです。

注目した部分のみを断片的に切り出すからこそ効率化される反面、
本当に大事な部分が捨てられてしまう可能性も否定できない。

例えば、カール・ロジャースのパーソン・センタード・アプローチなどは
その技法的な側面としての傾聴が方法論として抜き出された結果、
無条件の肯定的配慮や共感的理解といった部分が
薄まってしまっているような印象を受けます。

概念として言葉の上では「無条件の肯定的配慮」とか「共感的理解」などが
それなりに分かりやすそうな言葉で説明されているので
学習者が自分なりの認識で分かったつもりになれてしまいます。

一方、ロジャースが要求している水準は高すぎて、なかなか辿りつけない。

もしロジャース自身が生徒のカウンセリングをスーパーバイズしていて
「それはまだ無条件ではありません。
 今、自分が何をしたらいいかと考えましたね?
 考えをした段階で、相手に対して無条件に関心を向けているとはいえません。
 自分の内側に関心が移ったからです。
 もっと相手を感じようとしてください。
 …
 …そう、それが無条件の肯定的配慮ということです。
 無条件という意味が分かりましたか?」
などとやってくれれば、
その生徒は本当に大事なものを掴めたかもしれません。

このレベルの学習は、学習者自身が知らなくて
気づくための基準さえ持たないことに取り組んでいるので、
学習者自身がロジャースを分析してエッセンスを取りだそうとしても
一向に見つかることのないものを身につける段階です。

それには分かっている本人が、生徒に直接指導するのが効果的でしょう。
もし指導することができるのであれば。

ロジャースがどうだったのかを僕は知りませんが、もしかすると直系では
分かっている人が生徒を指導して、分かった生徒が次の先生になり…
といった直接的な伝授を繰り返していたのかもしれません。

ただ、それではあまりにも広がらない。
文字に記録することも難しいし、伝わるまでにも時間がかかるでしょう。

もっと効率的に身につけたいと考え始める人がいても自然だと思います。
ロジャースのエッセンスを分析したり、あるいはロジャースの教えのうち
分かりやすいところだけを断片的に「初級の技術」として広めたり。

ロジャースは無条件の肯定的配慮を
「必要3条件」の1つとしていたんです。

「必要」ということは、「できていなくてはいけない」ということです。
部分的にできるようになったとしても、それでは必要条件を満たしていません。

初級だけとか、ロジャースの技法をたくさん見につけたとか、
そういうレベルの差は「必要条件」にとっては無関係なんです。

「満たしているか、満たしていないか」。

ロジャースのいう『無条件の肯定的配慮』とは何かを理解していて
それをできるようになっていたら「必要条件を満たしている」ことになって、
 「まだ分かっていない」
と判断されたのなら、それは基準に達していないということです。

一度「分かる」状態になったら
「できているかどうか」も本人が判断できますから、
無条件の肯定的配慮を「分かった」かどうかがポイントだといえます。

ここには「分かっているか、分かっていないか」のどちらかしかない、と。

どれだけの技法をロジャースのエッセンスとして学習しても、
必要条件としての無条件の肯定的配慮を分かっていなければ
それはロジャースの言っていたアプローチとは別物だということになります。

繰り返しになりますが、もちろんエッセンスとして抜き出された技法そのものは
何かしらの形でコミュニケーションで役立つものでしょう。

技法を学ぶのは役立ちますし、それを広めるのも有意義だと思います。

ただ
 ロジャースの主張していたアプローチになっているか?
 ロジャースが考えていた援助の核心に辿りついているか?
という観点からすると、
エッセンスとして部分的に抜き出された技法とは関連が薄いんです。

エッセンス的な技法を中心に学習していくスタイルでは
ロジャースの主張していた核心に辿りつくのは難しいんじゃないでしょうか。

だからこそ、エッセンス的な学習ではない別の学習スタイルが求められるわけです。


そこでよく使われるのが、1つの修行の型です。
技法の型ではありません。

目標とするところに到達するための要素を濃縮したトレーニング。
指示通りに丁寧に、ひたすら根気強く続けていると
いつか「できた」と分かる瞬間がやってくるとされます。

座禅とか瞑想とかには、この種類のものがあるようです。

語学でいうと、名演説を丸暗記してコピーする方法が当てはまりそうです。

ポイントは作業を広げないことといえます。
決まったことを繰り返して、徹底的にその作業の習熟度を上げていくんです。

例えば、英語のスピーチを学習の初期段階で覚えるとしたら
かなりハードルの高い行為だといえます。

それでも少しずつでいいから丸暗記をしていく。
そして暗唱できるようにする。

ただの暗記ではなく、リズムとは発音とかも含めてコピーする方法です。

英語の力がつくほど覚えやすくもなりますし、
覚えたものに意味を感じやすくなって、気持ちも込められるようになります。

表現のバリエーションは増えないかもしれないけれど、
英語の核になる部分を先に作ってしまおうという方針のようです。

もちろん、語学であれば並行して会話の練習をしたり
英文を読んだりもするでしょう。
そのときに暗唱できるレベルにした中核があると
なんとなくの「英語感覚」のようなものが作られているので
吸収が早くなるとされています。

僕自身はそれほど丸覚えをしたことはありませんが、
何度も繰り返しシャドーイングした教材は
表現の幅を広げていく際の中心になっていた気はします。

中核はパターン認識から作られていくものです。

やみくもに広げた実例からパターン認識をしようとすると
共通するパターンを見つけるのに時間がかかるわけです。
数が多いとランダムに見えて、共通点が見えにくい、と。

だからパターン認識がスムーズになされるように
共通点が見つかりやすい程度の数に留めたほうが効率がいい。

しかも1つ1つの事例(語学の場合は文章)にも理解度がありますから、
サラッと流してしまいかねないほど数が多いのも困りものです。

そして理解度を高めて学習の効果を上げるには
1つの事例から得られる情報量も多いほうが良い。
簡単なものの繰り返しだったら身につくパターンが少なくなってしまいます。

名演説を丸覚えするというトレーニングは、その意味で
限られた文章量でありながら高度な表現と分かりやすさを両立させているため
多くのパターンを抽出できると期待されます。

簡単な文章をたくさん覚えても得られるパターンのバリエーションは小さいし、
難しい文章をたくさん読み流しても理解度が下がってパターンが見つかってこない。

適度な高度さが限られた量に凝縮されているのが名演説だということです。

この「高度で、多くのパターンが含まれ、かつ量が多すぎない」特徴が
まさに濃縮された教材になっているわけです。

部分的な要素だけを取りだすエッセンスとは違って
その濃縮されたものを丸々吸収するスタイルが、
エキスのタイプの学習だといえます。

カウンセリングのトレーニングをするときに最初の2分を徹底的にやるのも
そこに大事な要素が濃縮されているからです。

カウンセリングのエキスが最初の2分にある。
1時間のカウンセリングセッションの数をこなして経験を積むよりも
しっかりと吟味しながら最初の2分を徹底的に練習するほうが
早く多くのものを吸収できますし、大事なことに気づきやすいんです。


エキスともいえる濃縮されたトレーニングの型を続けていくと
地道ですが自然と到達できるところがあります。

逆にいうと、狙ったところまで自然と到達できるように
工夫されたトレーニングの型を作れるかが肝になるんでしょう。

もちろん、トレーニングのサポート役として
そのトレーニングに必要なやり方で取り組んでいるか
(効果が薄まってしまうような取り組み方になっていないか)
をチェックする人がいるのも重要です。

また狙ったところに到達したときの状態が
指標として言葉で説明されているのも参考になるようです。

いずれにしても、目標とされるところに到達しようとする場合
学習者が認識できないレベルの内容も漏らしてしまうことがないように、
大事なものが全て詰まったエキスのようなトレーニングを
ひたすら地道に続けるというのが効果的だと考えられます。

分かっていないことが分かるようになるためのトレーニングですから
実感は得られにくいかもしれませんし
変わり映えもなくて退屈にも感じられるかもしれません。

かといって「いつになったら分かるときが来るんだ?」と焦れば
トレーニングを続けるのも苦しくなりそうです。

トレーニングそのものの習熟度を上げることに目安を置いて続けるか、
副次的に上がっていく技術に目を向けてトレーニングし続けるか。
そのあたりが地道に続けるコツでしょうか。


まとめると、
エキスとエッセンス、凝縮して学習を効率化する2通りの方向性があって
それぞれに違った効果が期待されるわけです。

エキスを学習するのは、分かっていないことを分かるようにするため。
エッセンスを学習するのは、分かっている技術を早く上達させるため。

そのあたりのトレーニングの趣旨を意識すると
自分が何に取り組むほうが良いのかも見えてくるような気がします。

cozyharada at 23:07│Comments(0)TrackBack(0)clip!NLP | NLPの基本情報

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
おしらせ
 ◆ セミナー情報 

New!

《コミュニケーション講座》
 〜人を育てる指導力〜

【日時】 
  2019年6月16日(日)
   10:00〜16:30


【場所】 
  北とぴあ 601会議室

   JR王子駅より2分
   南北線王子駅直結

詳細はこちら>>


《瞑想講座》

【日時】 
  2019年6月22日(土)

  午後の部 13:30〜16:30
  夜間の部 18:00〜21:00

【場所】 
  北とぴあ 第2和室

   JR王子駅より2分
   南北線王子駅直結

詳細はこちら>>


《怒りの取り扱いマニュアル》
 〜期待の手放し方と
  ゆるしの技法〜


【日時】 
  2019年7月6日(土)
     7月7日(日)
   10:00〜18:30


【場所】 
  滝野川会館

   JR上中里駅より7分
   JR駒込駅より10分
   南北線西ヶ原駅より7分

詳細はこちら>>
次回未定


 ◆ 過去の講座 

《新カウンセリング講座》
 〜まとめと実践〜


当時の内容はこちら>>


《勉強会》 

【テーマ】 変化の流れを考える

当時の内容はこちら>>
次回は未定



 ◆ お問い合わせ 
  技術向上、
  コンサルティング、
  スーパーバイズ、
  執筆・講演…

  諸々のお問い合わせはこちらへ>>



ホームページ
バナー1


プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
Archives
最近のコメント
QRコード
QRコード