2016年03月24日

みそっかす

地域によって呼び方に違いがあるかもしれませんが、
僕の育ったあたりでは「おみそ」と呼ばれる待遇がありました。

「みそっかす」とか言うのも聞いたことがあります。

いずれにしても、ある種の特別待遇です。
ルールを決めて遊ぶ中で、例外的にルールが適用されない人。


僕には姉がいて、近所に姉と同い年の子供も大勢いたので
自分よりも2、3歳年上の人たちと一緒に遊ぶことが多かったんです。

小学校に上がる前とか、小学校低学年とか、
もしかしたら幼稚園に通う前ぐらいにもあったかもしれません。

それぐらいの年齢での2、3歳の差は体力に大きな違いがあります。

当然、鬼ごっこでも何でも、子供のやる遊びには
走る速さをメインとして体力の優劣が影響します。

2、3歳も年が上の子供たちと一緒に遊ぶとなれば
どうやったって不利なわけです。

対等のルールでやったら、まず真っ先に負けます。
鬼ごっこだとしたら、すぐに捕まって鬼になって、
その後は誰も捕まえられずにずっと鬼のままになってしまう。

外で遊ぶときには、一人だけ幼いという理由で
圧倒的なハンデを負ってしまうわけです。

しかし、その体力差があることは子供たちも知っています。
毎回負けるヤツが決まっていては面白くもない。
だから、特別なルールが設定されるんです。

それが「おみそ」、「みそっかす」でした。


大人の視点からすると、
 適切なハンデの量を調整すればいい
と考えられますが、
子供同士ではそこまでの考えは及びません。

体力差を埋める妥当なハンデではなく、
過剰な特別待遇が設定されていました。

鬼ごっこであれば、「捕まっても鬼にならない」とか。

ほぼ無敵です。

今にして思えば、ゲームに参加しているとは言えない状態でしょう。

それでも完全に仲間外れにされるわけでもなく、
とりあえずは皆の輪の中で一緒に走り回ることができました。

当時の僕は、必ずと言っていいほど「おみそ」だったので
それが当たり前だと疑っていなかったようですから、
一緒にワイワイやれることが「楽しい」と感じていたんだと思います。

ゲームに参加して、対等なルールの元で競い合う…
そんな楽しさをそもそも知りませんでした。

ですから「おみそ」の扱いを不満に感じたこともありませんでしたし、
何やら皆よりも特別に大事な扱いを受けているようで
チョット気分が良かったりもしたものです。

それはもしかすると、ただの甘やかしであったり、
腫れものを触るような扱いだったのかもしれません。

少なくとも「対等な立場の一人の人」として見る扱いではないでしょう。

疎外しようとはしない気遣いがある一方で、
自分たちが楽しむことを優先していて、
年下の子も一緒に楽しもうというスタンスではない気がします。

しかしながら、当時の僕はそれが当たり前で
その特別待遇に良い気分を感じ、
『対等に関わる』交流の喜びを知らないままに育っていきました。


僕は今も背が低いですが、小学校、中学校と
背の順に並べば常に最前列にいる子供でした。

背の高い子と比べたら、頭一つ分以上の差があることもザラ。
逆立ちなどのバランス系の運動は苦手ではなくても、
走るのが遅いという理由だけでもスポーツへの苦手意識が強かったんです。

そこに「おみそ」の経験が追加されますから、
僕は同級生と一緒のときでも、積極的に遊ぶほうではありませんでした。

サッカーはゴールの前に立っている。
ドッジボールは逃げてばかり。

基本的に
 輪の中に入って堂々と対等に振る舞う
というのが苦手だったようです。
(それに気づいたのは20歳を超えてからですが…)

そんな中、小学校の高学年の頃だったでしょうか、
友達の家に遊びに行って、その近くの公園に行ったんです。

その公園は学童保育の施設が併設していて、学校が終わった後
小学校の1年生から6年生まで、一通りの児童が集まる場所でもありました。

そこには監督をする先生のような大人が2,3人。
子供を遊ばせるのが主な仕事のようでした。

で、たまたま友達と公園に行ったその日、
そこでは学童保育の子供たち全員が公園全域を使って
何か独特のゲームをやっていたんです。
鬼ごっこと何かを組み合わせたようなもの。

僕と友達は、公園の隅で様子を見ていました。

ちょうど1ラウンドが終わったのでしょうか、
もう一度ゼロからゲームがスタートして
鬼役の先生が僕を捕まえました。

僕は見ていただけのつもりだったんです。

輪に入るのには慣れていないし、
ルールだって知らないし、
学童保育のメンバーでもない部外者だと思っていたし、
いつも自分は「おみそ」で特別待遇だから捕まったこともなかったし。

ですが、その保育の先生には、そんなことは関係ありませんでした。

メンバーの顔を認識できていたのかどうかは分かりません。
もしかしたら学童保育の児童だと勘違いしたのかもしれません。

でもそれ以上に、そもそも子供を区別していなかったんだと思われます。

「おみそ」なんていう特別待遇で甘やかさない。
年齢が離れていても対等に楽しもうとする。

捕まったとき、僕は確か「見ていただけだ」と言いました。

ところが先生はそんなのは無視。
「いいから、いいから!」と僕をゲームに強制参加させたんです。

ちょっと複雑なルールがあって戸惑ったところまでは覚えています。

その後どうなったのかの記憶はありません。

ただ、ずっと鬼をやって不愉快だった記憶もないですから
きっと無難に同じように遊びきれたのでしょう。

おそらく、ややこしいルールの中に
年齢差があっても対等に楽しめるような工夫があったんだと思います。

そのときが多分、僕が対等に扱われた初めての経験だったはずです。


それが嬉しかったのか?

いえ、そうではありません。

僕にとってはショックなだけでした。
初めての出来事でしたから。

特別待遇を外された不満のほうが大きかったかもしれません。

ですから、そんな一度の体験だけでは
 輪の中に入って対等に振る舞おうとしないで
 無難に迫害されずに過ごそうとする
というパターンは無くなりませんでした。

中学で野球を始めますが、僕は相変わらずの「おみそ」でした。

チームのほとんどは小学校から野球をやっていた子でしたから
僕が技術的に追いついていないのも関係していたんでしょう。

スポーツそのものへの苦手意識が足を引っ張っていたところもあった気がします。
バッティングセンターに行けばそれなりのレベルだったのに、
たまに試合に出させてもらっても、自信がないから何もできないまま終わるばかり。

勉強が得意だったこともあって、チームの監督は僕にスコアをつけさせました。
ベンチにいて暇じゃあないようにという配慮だったのか、理由は分かりませんが。

いずれにしても中学校の野球も、腫れものを触るような特別待遇だったわけです。

高校では個人競技としてゴルフ部を選びました。
そもそも輪の中で何かするものではありませんでしたから
まぁまぁ、それなりに楽しんでやれたようです。

何より、ゴルフ部の同級生には僕のように
輪の中に入らないタイプの生徒が結構いたんです。
だから安心感があったのかもしれません。

とはいえ、運動への自信の無さは解消される方向にいった印象でも
輪の中で対等に振る舞うには程遠い状態だったんです。


そして大学。
学部4年から研究室に配属になります。

たまたまその研究室では野球が流行っていたんです。

土日に野球を少しやったり、
休憩時間に校舎の屋上でキャッチボールをしたり。

当然、僕には輪の中に入るスタンスがありません。
誘われて皆についていっても、外から見ているばかりでした。

そんなとき、ちょうど僕の実験の指導をしてくれていた2つ上の先輩が
僕にもキャッチボールをやらないかと声をかけてくれたんです。

運動には自信がありませんでしたし、
いつも「おみそ」でしたし、
野球には良い思い出がありませんでしたし、
輪の中に溶け込むのも苦手でした。

だから「僕はいいです」と返事をしました。

そのとき先輩が
 「こんなことで遠慮するもんじゃないぜ」
と言ってくれたんです。

普段は皆からイジられてばかりで、ちょっとオッチョコチョイで、
先生からも厳しく評価されやすいところのある人でしたが、
ときどき凄くカッコイイ人でした。

なぜか言葉尻が男前だったのを覚えています。

それで僕は輪の中に入れてもらったんです。

中学校のときだけとはいえ、野球をやっていたのは事実ですから
久しぶりのキャッチボールだって決して下手なほうではありませんでした。

もっと上手ではないのに楽しそうにしている人たちも見ました。

上手い下手とは関係なく、年齢がどうとか関係なく、
ただ一緒に楽しむだけの交流があることを初めて知りました。

そこから僕の人間関係は少しずつ変わっていった気がします。

研究室のあの先輩は、その意味で
僕の人生で最初の師匠だったんです。


小学校のときの学童保育の先生がやろうとしてくれたことは
当時の僕にはまだまだ理解ができなかったのでしょう。

そのことの意味がわかったのは、
大学で先輩から対等に扱ってもらって、さらに時間が経った後でした。

もしかしたら、小学校のときの体験が種になっていて
研究室の先輩はその芽を開かせてくれたのかもしれません。

どちらも懐かしい話です。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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