2017年08月08日
だいぶ良くなってきました
捻挫もだいぶ良くなってきました。
施術をしてもらって大いに回復した感じです。
まだチョットあぐらをかくと痛いですが
そこまで大きく足首を伸ばさない限り、痛みは出ません。
むしろ過剰にかばってしまわないように
気をつけて動いておきたいものです。
施術を受けて驚いたのが、左右バランスの偏りの酷さでした。
ある程度は偏るだろうとは想像していましたし、
まっすぐに立てない度合いが大きくなって
歪んだ姿勢も自覚していました。
それでも実際に施術を受けてみると、
自覚しないままでも右足をかばうように動いていたらしく
左足側が相当に固まっていました。
ここまで大きな影響が出るのかと痛感した次第です。
たった3週間でこれですから、もしこのまま
こういった調整を受けないで過ごしていたら
一年もする頃には歪みも激しくなっていただろうと想像します。
自宅近所には高齢者が大勢いますが、
かなりの人が体の一部の痛みをかばうようにして
大きく歪んだ姿勢で歩いているのを見かけます。
どの部分の痛みがキッカケだったのかは定かではないですが
一部の痛みが歪みを引き起こし、かばう動作が歪みを強め
さらにあちこちに痛みを生み出している…
といった悪循環がありそうです。
プロスポーツ選手でも一度ケガをした後には
何度もケガをして苦労するケースが多いように見受けられますが、
ケガからくる体の歪みが新たなケガを生むのかもしれません。
同時に、心理的な影響も実感できました。
右足首をかばう動作が無自覚だっただけでなく
右足首に体重をかけるような動作に対して
小さな恐怖感があるのにも気づきました。
「恐れ」があったんです。
文字通り、おそるおそる動く感じ。
実際に起きる痛みの程度はもう大したことがないのに
痛みが出そうな体重のかけ方は避ける。
そういう癖がついてしまっていたようです。
このまま放置しておくと右足の動作だけ少し遠慮する感じの
微妙な動作が習慣化しそうな気がしました。
こういう小さな恐れの感覚も、きっと
繊細な運動調整を行うスポーツ選手であれば
大きな影響を及ぼす要因になるんだろうと感じます。
今までよりも関節を伸ばしきれないというか
縮こまった動作になりがちなんじゃないでしょうか。
ケガがキッカケでイップスになる、なんていう話も
捻挫をしてみて納得できるところです。
心理的に見て興味深かったのは、
全身の中から右足首だけが切り離されたような印象です。
かばっているんだから当然かもしれませんが、
気持ちのレベルでいうと仲間外れになっているような
ちょっとした寂しさもあるように感じられました。
全身の残りの部分でカバーしようとしていたわけですが
右足首だけが全身の連動から切り離される感じは、
「除け者」扱いにも近いところがあるのかもしれません。
皆からかばってもらう、特別扱いされる、腫物扱いされる…
そんな種類の体験は、優しさや遠慮から生まれるものだったとしても
孤立感・孤独感を生み出しやすいものなんでしょうか。
右足首に意識を集中したときに感じられた寂しさは
どことなく仲間外れになっているような気分に思えました。
過剰な恐れを取り除くための「恐怖症ケア」のワークや
全身から切り離された部分を全体に再統合するためのワークなど、
心理的な面からもアプローチをしておくと良さそうです。
一口にケガといっても、
外科的に治療するだけが全てではないのかもしれません。
身体のバランスや心理面の影響なども含めて
幅広くケアして初めて「回復」と呼べそうな気もしました。
施術をしてもらって大いに回復した感じです。
まだチョットあぐらをかくと痛いですが
そこまで大きく足首を伸ばさない限り、痛みは出ません。
むしろ過剰にかばってしまわないように
気をつけて動いておきたいものです。
施術を受けて驚いたのが、左右バランスの偏りの酷さでした。
ある程度は偏るだろうとは想像していましたし、
まっすぐに立てない度合いが大きくなって
歪んだ姿勢も自覚していました。
それでも実際に施術を受けてみると、
自覚しないままでも右足をかばうように動いていたらしく
左足側が相当に固まっていました。
ここまで大きな影響が出るのかと痛感した次第です。
たった3週間でこれですから、もしこのまま
こういった調整を受けないで過ごしていたら
一年もする頃には歪みも激しくなっていただろうと想像します。
自宅近所には高齢者が大勢いますが、
かなりの人が体の一部の痛みをかばうようにして
大きく歪んだ姿勢で歩いているのを見かけます。
どの部分の痛みがキッカケだったのかは定かではないですが
一部の痛みが歪みを引き起こし、かばう動作が歪みを強め
さらにあちこちに痛みを生み出している…
といった悪循環がありそうです。
プロスポーツ選手でも一度ケガをした後には
何度もケガをして苦労するケースが多いように見受けられますが、
ケガからくる体の歪みが新たなケガを生むのかもしれません。
同時に、心理的な影響も実感できました。
右足首をかばう動作が無自覚だっただけでなく
右足首に体重をかけるような動作に対して
小さな恐怖感があるのにも気づきました。
「恐れ」があったんです。
文字通り、おそるおそる動く感じ。
実際に起きる痛みの程度はもう大したことがないのに
痛みが出そうな体重のかけ方は避ける。
そういう癖がついてしまっていたようです。
このまま放置しておくと右足の動作だけ少し遠慮する感じの
微妙な動作が習慣化しそうな気がしました。
こういう小さな恐れの感覚も、きっと
繊細な運動調整を行うスポーツ選手であれば
大きな影響を及ぼす要因になるんだろうと感じます。
今までよりも関節を伸ばしきれないというか
縮こまった動作になりがちなんじゃないでしょうか。
ケガがキッカケでイップスになる、なんていう話も
捻挫をしてみて納得できるところです。
心理的に見て興味深かったのは、
全身の中から右足首だけが切り離されたような印象です。
かばっているんだから当然かもしれませんが、
気持ちのレベルでいうと仲間外れになっているような
ちょっとした寂しさもあるように感じられました。
全身の残りの部分でカバーしようとしていたわけですが
右足首だけが全身の連動から切り離される感じは、
「除け者」扱いにも近いところがあるのかもしれません。
皆からかばってもらう、特別扱いされる、腫物扱いされる…
そんな種類の体験は、優しさや遠慮から生まれるものだったとしても
孤立感・孤独感を生み出しやすいものなんでしょうか。
右足首に意識を集中したときに感じられた寂しさは
どことなく仲間外れになっているような気分に思えました。
過剰な恐れを取り除くための「恐怖症ケア」のワークや
全身から切り離された部分を全体に再統合するためのワークなど、
心理的な面からもアプローチをしておくと良さそうです。
一口にケガといっても、
外科的に治療するだけが全てではないのかもしれません。
身体のバランスや心理面の影響なども含めて
幅広くケアして初めて「回復」と呼べそうな気もしました。