2018年08月11日

原因と責任と可能性のはなし

先日、フェイスブックのコメントで
我ながら上手くまとまった内容があったので
切り出して加筆しながら転載しておこうと思います。


苦しみには自分の歪み、自分の心の癖が関わっています。
その意味で、全ての苦しみには自分の責任がある。

ここで「責任」とか「原因」という言葉を使うと
0か100かで考えられることがあるようなんですが、
責任や原因は、1つのことに100%集まるわけではありません。

「自分に責任がある」「本人に原因がある」というのは、
他に主要な責任の所在があったり、他人が大きな原因だったりしても
一部は少なくとも自分の範囲が含まれている、という意味です。

特に、出来事として「厄介なことが起きる」場合については
そのことが起きることの責任や原因は
限りなくゼロに近いこともありえます。

(ゼロと言わないのは、自分について向き合っていくと、最終的には
 自分と世の中との区別がなくなって、あらゆることに対して
 他人事として切り離して判断することができなくなるからです)

厄介な出来事が起こることには自分の責任や原因がほぼゼロだとしても
それをどれぐらい、どのように苦しむのかには
自分の心の癖が関与する度合いが大きくなってきます。

明らかにゼロよりも大きくなる。

例えば、悲惨なニュースを見ていて犯罪者に対して怒る人もいれば
犯罪に走るまでに至ったその人の境遇を悲しむ人も、あるいは
自分とは関係ないということでそれほど心を痛めない人もいますから、
どれぐらいの大きさで、どんな苦しみを体験するかには
かなりの個人差があるわけです。

そして体験の仕方に個人差があるということは、
そこに本人ならではの要因、つまり本人の責任の範囲が
少なからず含まれている、といえます。


また、自分にとって厄介な出来事が起きているときは
必ずと言っていいほど、どちらか一方だけに責任があることはなく
何か1つだけのことが原因になっていることはありません。

ニュートラルに、客観的に、網羅的に状況を捉えて
何にどれぐらいの責任と原因があるかを列挙するのが
悩まないためのコツの1つでしょう。

全部を自分のせいにして苦しむ必要はありません。
客観的に見たら、自分が原因、自分の責任という部分は
実際にはそれほど大きくない場合もあります。
困るべき人が別にいるケースです。

また、全部を他人のせいにしてしまっては
苦しみを減らせる可能性から逃げてしまうことになります。
これは苦しんでいる自分を楽にしてあげるチャンスから目を背ける点で
自分が自分を苦しめていることとも捉えられます。

何かに取り組むのは、それ自体がエネルギーを要求しますから
苦しみが大きすぎて何一つ元気がないときには
まず気持ちを楽にすることが最優先にはなりますが、
自分が取り組める課題を見つけられれば気力が高まる効果もあり得ます。


「原因」という言葉は、それが「根本原因」だと言っているのではない。
「責任」という言葉は、「その人のせいだ」と言っているのでもない。

あくまで
 沢山の要因が絡み合って物事は起こっていることを認め、
 その中で様々な原因と責任の所在を適切に分配して判断する
ということです。

複数の要因の中から「主要な原因」を特定することはできるかもしれません。
だからといって、主要な原因に対処するだけが解決方法でもありません。

様々な要因が絡んでいるのであれば、原因として小さなことでも
そこを変えることで全体が変わっていく可能性はありえます。

主要な原因が他人や、何か他の環境要因にあったとしても
自分が関わっている部分があるのだとしたら、
原因となっていることの小さな1つを自分に見つけられるかもしれない。

そしてそれが見つかれば、その「自分が原因」の部分は、
自分の責任の範囲として、自分がコントロールできる範囲として
主体的に取り組んでみることが可能になります。

このとき、自分の態度が変わるんです。
能動的、主体的になる。

そして実際に、自分が原因となっている部分に取り組めば
「自分のできる範囲の全てに対して、自分の責任を果たした」
と自然に思えるようになります。

最善を尽くしたと感じられてくるんです。

結果として望ましい方向には変わらなかったとしても
「できることは全部やった」と確信して言えるようになる。

残念な気持ちや悲しい感じは出てくるかもしれません。
しかし苦しみの種類が、以前とは別物になっています。
ずっと受け入れやすい形になっています。

これが自分の責任の範囲を明確にする効果です。


ある出来事に対して苦しむとしても、
その責任の全てが自分にあるわけではない。
もしかしたら相手に99%の責任があるかもしれません。

ただし、残りの1%の自分の責任が自分の側にあるのだとしたら、
その残りの1%に取り組む自由は、自分に100%あります。

とりわけ苦しみについては
自分の歪み、自分の心の癖が関わる度合いも大きいものです。

そこには結構な割合で、自分が取り組める範囲があるんです。

自分の問題の度合いが1%しかなくて、
客観的には99%相手のせいだとしても、
その問題で苦しむことには自分の範囲がもう少し大きく関わります。

苦しまないための取り組みには自分が取り組める余地が結構あるんです。
かなりの可能性が残されているんです。
その可能性に対して自分が100%扱うことができるんです。

苦しいのは自分のせいではなくても、
苦しまないのは自分の範囲で取り組む「ことができる」。

『全ては本人の受け取り方の問題』と言って、
不幸が本人のせいだとか、本人が不幸を引き寄せているとか、
そのように考える人もいるようですが、そうではないと思います。

どんな不幸に苛まれても、
その中で自分の責任の範囲については
自分で何とかできる「余地」が残されている。

そこに希望があるんです。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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