2018年08月21日

私が感じたことを言ってもいいですか?

コーチングのある流派の人たちが使うのをよく耳にするフレーズで
「私が感じたことを言ってもよろしいでしょうか?」
といったものがあるようです。

もちろん微妙な言い回しの違いはあるとして
大体こんな感じの内容。

僕は個人的に、このフレーズを使うのはオススメしない立場です。

意図と効果が分かったうえで、あえて使うなら
それでも構わないと思いますが、
誰かが言っているのをむやみに採用するのはリスクを伴います。


一番大きな危険性は、ダブルバインドです。

エリクソニアン・ダブルバインド(治療的ダブルバインド)ではなく
ベイトソンの言っていたほうのダブルバインド。

2つの矛盾するメッセージを同時に伝えることで
相手に心理的ストレスをかけるというもの。

「私が感じたことを言ってもよろしいでしょうか?」は、一見すると
相手に許可を求め、合意をとっているようですが、
実態としては中身が分からないし予想もつかないので
許可の出しようもない質問になっています。

つまり
 本来は許可の出しようもないことについて
 無理やり許可を出さないといけない
という矛盾に押し込んでいる、と。

しかも、わざわざ許可を取るぐらいだから
何かしらの特別性を予感させます。
大事なことなのか、ショッキングなことなのか
ともかく心の準備をさせているわけです。

特別性を示しているから、その申し出を拒否するのはやりにくい。
半強制的にYesという状況を作っているといえます。

その一方で、相手に許可を求める質問形式をしているので
Yesと答える相手は「自分が許可をした」という
客観的な結果をつきつけられます。

ある種、Yesと答えたほうに責任が生まれるんです。

何を言われるか分からないけれど、
大事そうだから聴く以外の選択肢は思いつきずらく、そして
内容が分からないからこそNoと答える理由も見つからない。
だからYesと答えると、何を言われたとしても
「言っても構わない」と許可を出した方の責任になる。

許可を出す以外にない要求をされながら、
許可を出したらその責任を自分が取らされる、ともいえます。

言われた内容がショッキングだったり、聞きたくないことだったり
傷つくようなものだったとしても、
「言っても構いません」と許可を出してしまっている以上
そこに不平を示すことができなくなってしまう構造なんです。

この点で、大きな心理的負荷をかけます。


最近は減りましたが、一時期よくあった電話営業に似ています。
「今、少しお時間ありますでしょうか?」と、
何をするのかを示さないままに時間をとれる状況かどうかを尋ねる。

事実として時間が取れる状況だとすると
正直な人は「時間がある」という事情を返答してしまいます。

すると営業内容として執拗な説明と売り込みが始まる。

「英語が話せたら良いと思ったことはありませんか?」とかも
一度Yesと答えてしまったら、その点で責任がかかってくるのが
仕組みとして共通点のあるところです。

英語が話せたら良いと思っているのだから、
英語教材の説明を聞くのは当然な流れ…
そんな断りずらさを生み出している。

時間があると答えてしまったのだから
「電話営業につきあう時間はない」とは言いにくくなる。

僕も以前、その当時に仕事の連絡をもらっていた人から
「原田さん、〇月△日って空いてます?」
という質問のされ方をしていました。

最初の頃は、素直に空いているかどうかだけを答えていましたが
そこで「空いている」と返答してしまうと
決まって無理な仕事を追加されることになっていたものです。

どんなに他がタイトなスケジュールでも
その日が空いているので「空いている」と言ってしまっていたんです。

そうすると無茶苦茶なスケジュールができあがって
まったく身動きが取れなくなる。

でも「空いている」と言ってしまっているので
「すみません、その日は無理です」
とは言いにくかった記憶があります。

ですから、あまり理解できていなかった当時の精一杯の工夫として…
 ー「原田さん、〇月△日って空いてます?」
 「どうしたんですか?」
 ー「実は、急なんですけど、こういう仕事をしてもらえないか、と」
 「うーん、その日は厳しいですね」
といったやり取りで乗り切っていたのを覚えています。

いずれにしても、逃げ道を断たれる感じで質問されると
プレッシャーを感じるものだ、という話です。


つまり「私が感じたことを言ってもよろしいでしょうか?」は
逃げ場のない状況に追い込まれるような心理的負荷と、
矛盾した要求をつきつけられる心理的負荷とがかかる
厳しいフレーズだといえます。

さらに、その厳しさ、無理な要求を、
合意を取るような質問の形で表面上マイルドにしているのも
メッセージの中に不一致感を追加します。

このフレーズが効果を発揮するには、場面と相手を選びます。

精神的に元気な状態で、かつ
自ら答えを見つけ出せる力強さがあるクライアントに対して、
その人が目を背けている問題へ半強制的に直面化を図るときには
こうした前置きで負荷をかけること自体が効果を発揮します。

「内容によらず、自分の人生に関わることであれば
 自分ごととして責任を取りますよね!」という
逃げない姿勢、物事に直面する姿勢を準備させる流れとして、
あえて逃げ場のない状況を作るやり方はあります。

が、僕が受ける印象からすると、
このフレーズが独り歩きして、単純に
「あなたの話を聞いていて私の頭に浮かんだことを言いたい」
という個人的意見を発するための手段になっている場合が多そうです。

だったらそう言ったほうがメッセージの不一致感が少なくて
相手への心理的負荷は小さくなります。

「あなたの話を聞いていて私の頭に浮かんだことを言いたくなりました。
 私の個人的な意見ですが、言っても良いですか?」
という感じ。

それだったら人によっては
「あなたの意見は聞かなくていいです」
と答えるかもしれないし、
聞く方を選択したとしても、個人的意見という前置きがあるから
あくまで1つの参考意見として聞き流すこともしやすくなります。

何より、「私が言いたいから、言わせて欲しい」という
正直な気持ちを示すのは、オープンさのアピールになります。

デメリットは、プロのコーチやカウンセラーとして聞いている場合、
「私が個人的に言いたくなったから言う」というのは
子供っぽい要求で、プロっぽくない印象を与える可能性でしょうか。


また、僕がお世話になった先生の中にも
似たようなフレーズだけれど趣旨の違うものを使う人もいました。

それは
「率直に申し上げてもよろしいでしょうか?」
というものです。

ポイントは「率直に」が入っているところ。
そして「申し上げる」という謙譲語です。

「率直に」が含まれることで、次に来るメッセージの内容が
厳しいものであることを予感させます。
覚悟を問いかけています。

同時に「申し上げる」という丁寧な言葉遣いをすることで
相手を一人の成熟した大人として扱っています。

つまり、
 「これから厳しいことを言いますが、
  大人のあなたであれば大丈夫ですよね」
という趣旨が入っているわけです。

ここにはしっかりとした心の準備をさせるプロセスと
相手に対する信頼と尊重のメッセージが含まれます。

具体的に何を言われるかは分からないけれど
厳しいことを言われそうだという予感はさせています。

その点で矛盾は少ないといえます。
直面化を図るための逃げ道を減らす度合いは残しつつ、
心の準備をさせる配慮は含まれている。

そして厳しいことを言うと予感させることで
「自分が厳しいことを言うので、傷つくかもしれません」
という方向性のメッセージも含まれます。

そこには
「結果として傷つくかもしれないけれど、
 私はあなたを傷つけてでもこれを伝えます」
という覚悟も伝わりやすいでしょう。

傷ついたとしたら、言った方の責任でもあることを
ある程度は内包している趣旨があります。

裏を返すと、傷つく可能性があることを知りながら
それでも言うほど大事な内容だという意味もある。

だから次に続くメッセージには
相当な心の準備と、覚悟と、
しっかり受け取ろうとする態勢が作られやすい。

核心をつく直前にこそ使われる質問なんです。

当然、クライアントを選びます。
直面できるだけの元気と力強さが必要ですし、
このフレーズの背後に込められた意図を
汲み取れる人である必要があります。

関係性としても、
こうした厳しさがクライアントへの信頼の証として解釈されるだけの
カウンセラー・コーチに対する信頼関係と敬意が求められます。
立場として「先生」「メンター」だからこそ成立する質問だ、と。


そうした関係性が築かれていない場合、あるいは
「先生」や「メンター」ではなく「カウンセラー」のような場合、
クライアントが元気を失っていたり、
フレーズの背後に込められた意味を読み取らなかったりするする場合、
…そういうときには、意図をハッキリ言語化するのが効果的です。

例えば、
「〇〇さんであれば受け入れられるだろうと判断して
 厳しい言い方になりますが、あえて言ってしまおうかと思います。
 大事なポイントだと思いますので覚悟をして聞いてください。
 心の準備はよろしいですか?」
といった形。

許可を求めて、聞くか聞かないかと責任を相手に負わせず、
「あくまで自分の判断で」というところを言語化したやり方です。

この後にくるメッセージ内容の厳しさを事前に通知しながら、
大事なことだからと理由も示しているわけです。

もちろん、これも相手に厳しい言い方をするわけなので
それが受け入れられる相手かどうかの判断が求められます。

ただし、その判断をしているのがカウンセラー自身であって
傷つけたとしたらカウンセラーの責任になるようにしているのが
相手への負荷を減らす工夫となっています。

これさえも厳しい場合には、もっと趣旨を明確にしながら
合意を取るようにするのが堅実でしょう。

つまり、
「この問題について重要ではないかと思える点に気づきました。
 より本質的なところにスピーディーに切り込んで
 早く解決の方向へ進めるために、
 厳しいところもあるけれどストレートなやり方をするのも
 1つの手かと考えています。
 もしくは着実に時間をかけながら、負担を少なくして
 自然な気づきに任せて進めていくやり方もあります。
 どちらがよろしいでしょうか?」
のように質問するスタイルです。

これであれば趣旨が伝わりやすく、
クライアントがある程度の展開を予測しながら
自分の好みの関わり方を選ぶことができます。

こっちのほうが安全性が高く、
かつ合意を取ってもいる点でクライアント本人に責任を持ってもらい
取り組む姿勢の積極性を高めることも可能です。

もし、こうした選択すら難しいような相手だとしたら
そのときには相手の自主性をひたすら尊重して、
カウンセラー側の見解を伝えるかなどは考慮しなくてもいいでしょう。
ただ本人のペースに任せる。


まとめると…。

許可や合意を求めたり、覚悟を問いかけたりするような質問は
場面と相手を選んで使う必要があるということ。

そして、
ダブルバインドになったり、メッセージに不一致なところがないように
表現の仕方を工夫する必要があるということ。

安全性を高めるのであれば、趣旨を言葉にして伝えることで
前置きとしての意義を果たしやすく工夫するということ。

そのあたりが注意点だと考えられます。

この後に何を言われるかも分からない時点で
「言ってもいいかどうか」の許可を問うような質問は、
前置きとしての効果が薄いといえます。
相手に心理的負荷をかけることもありえます。

場合によっては、カウンセラー側が自分の意見を主張したいときに
それを正当化するための手段にさえなってしまいかねません。

慎重さが求められる種類の質問だと思います。

そもそも前置きの質問をするのは
次の展開を予告してクライアントに心の準備をしてもらうための
計画的で用意周到なやり方です。

だからこそ、前置きの質問をするのだとしたら
その質問のフレーズそのものも、慎重かつ周到に
言葉を選んで使える必要があるはずです。

見た目以上に、高度な技術なんです。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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