2018年10月25日

英語学習の思い出

思い返してみると、僕が小学校に上がる前だった頃か
自宅には英語の音声教材がありました。

当時はまだSONYのウォークマンも発売されていない時期ですから
ラジカセのようなテープレコーダーも主流ではなかったのでしょうか。
レコードがメインだった時期だと思います。

なので、その教材もカセットテープなどではなく、
磁気テープが貼り付けられた紙のカードをリーダーに通す仕組みで
1枚のカードに1センテンスだけ英語音声が収録されていたはずです。

カードには相応の絵柄なんかもついていたかもしれません。
それをリーダーに通すと、ネイティブの録音で音声が流れる、と。

基本的には1枚のカードで一単語を説明する感じで
「Zoo. The zoo opens.」みたいな程度だった記憶があります。

確か、カードリーダーに通す作業のほうが楽しくて
それで遊んだような思い出が残っています。


それから小学校に入って、近所の幼児英語教室みたいのに
いくつか通ったのも覚えています。

「いくつか」というのは、積極的な意味での話ではなく、
地元の主婦が自宅の一部で、習い事の教室をやっている程度なので
長続きしないことが多かったからだろうと思われます。

教室がなくなったら、次のところを探して行く。
そんな感じで3か所ぐらいに通ったんじゃないでしょうか。

どれも基本的には嫌々通っていたように思います。

内容なんて理解していないし、やらされるお遊戯が不愉快だったし、
なんだかヘンテコな呼び名をつけられるのも嫌いでした。

覚えているのは、友達が先生から「じゃあ、カエルは何ていうの?」
って聞かれたときに「フロッグ(frog)」を言おうとして
「ケロッグ」って答えて面白かったぐらいです。

カエルの鳴き声の感じと、フロッグの音の感じと
耳馴染みのあった「ケロッグ・コーンフレーク」なんかがセットになって
自然と「ケロッグ」が浮かんでしまったんでしょう。

それぐらいしか記憶にありませんし、
もしかすると英単語のいくつかは覚えていて
中学一年生で英語の授業が始まったときに役立った可能性はあります。

しかし文章レベルで何かができたわけではありませんし、
英語で何かを言う、なんてこともしていた記憶はありません。

遊びの延長ぐらいなものです。


それから中学校に入って、学校教育としての英語が始まりました。

ここからが一応の本格的な英語”学習”のスタート。
勉強し始めた段階です。

いくらかの単語を覚えていたのと、アルファベットには慣れているのとで
なんとなく最初の頃の英語の授業は気楽だったのが思い出されます。

中学に入ってから塾にも通い始めました。
高校受験対策の塾です。

そんなに高度なことをやらせる塾ではありませんでしたが
入試に出るような形式の問題をひたすら解かされるタイプの勉強でした。

毎回宿題が出て、とにかく量は義務的にやったように思います。

それに加えて、近所に帰国子女の大学生が住んでいて
その人から少人数の家庭教師的に、英語だけを週一回やっていました。
友達4人ぐらいで集まって教わっていた感じです。

こちらも結局は塾でやるような文法の練習が中心だったんですが
帰国子女だけあって、発音をしっかりしてくれるのは良かったんでしょう。

振り返ってみると、いわゆるフォニックスのようなこともやっていました。
音のルールの勉強です。

そのおかげで初出の単語でも発音の予想がつくというか
ある程度、英単語を英語の音として捉えられていたんだと思います。


ですから中学校までの段階で、僕は英語の文法ルールを
学校教育をベースにした塾と家庭教師の勉強で地道に練習して、
それと並行する形で、英語の音にも触れる機会が多かったと言えそうです。

文法のトレーニングは日本の英語教育として標準的でしょうが、
そこに発音や音への慣れが追加されていたのはメリットだった気がします。

幼稚園やら小学校の頃に触れていた英語は
具体的なレッスンのレベルとしては役に立っていませんでしたし、
会話の練習になんて全くなっていなかったですが、
「英語の音に触れ続けた」という点では有効だったと思われます。

つまり僕は英語のトレーニングの初期段階で
音からのインプットの経験量が多く、
同時に文法的な練習問題を数多くやった、ということのようです。

文法の練習問題は、それそのものが基本的なルールの学習として
英語の文章のパターンを捉える訓練にもなっていましたし、
文法的な正確さへの心がけを高める土台にもなったと思います。

それから文字情報からのインプット量を増やせたのも大きいはずです。

音からのトレーニングだけでは曖昧だった部分が
文章と照らし合わせることで整理されやすくなる感じ。

まとめると、音からのレベルでも、文字からのレベルでも
シンプルな内容のものに数多く触れた、ということです。

しかも音と文字とを対応させながら。

このことが、僕の英語習得の土台として
後々に大きなメリットとなってくれたんだと今にして思えます。


実際には、その後、高校と大学で
膨大な量の英文のリーディングをすることになります。

とにかく長文だけを読解するのが高校の英語の授業の9割で、
それをベースにして大学では有機化学とか化学工学とか
一部の専門授業の教科書を英語でやらされることになりました。

研究室に配属される頃には英語で書かれた学術論文を読む必要が出てくる。

この頃にはもう英語の音に触れる機会は滅多にありませんでした。
それでもおそらく、英語の文章を読むときに
自分の頭の中で読み上げる英文が、それなりの発音だったんでしょう。
極端なカタカナ英語ではなかった。

なので音と文字の結びつきを維持したまま
インプット量を増やせていたんだろうと思われます。

きっとそのおかげで、僕が会社に入ってすぐの新入社員研修中に
全員で受けさせられた初めてのTOEICのテストでも、
特別な勉強をすることなくそれなりのスコアが取れたんだと思われます。

当然、まったく話すことはできない段階でしたし、
聴き取りのトレーニングもロクにしたことがありませんでしたが
適当に答えた選択肢が当たっていたのか740点ぐらいになりました。

TOEICのリーディングセクションは確か
文法問題的なものと、長文読解みたいなものが多かったはずで、こちらは
中学時代の地道な練習問題で身につけた文法の正確さと
高校・大学とひたすら英語の長文を読まされ続けたことでの慣れとで
それなりに点数が取れたんだろうとは思われます。

リスニングセクションに関しては、TOEIC対策の勉強もしていませんし
音声教材を聞くようなトレーニングもしてきていません。
ネイティブの英語を聞く機会もほとんどありませんでした。

大学一年のとき、英語ネイティブの先生が1コマ担当していた気はしますが…
せいぜいそのぐらい。

なので、英語を聞くことには慣れていなかったはずです。
少なくとも、文法や読解をトレーニングした量と比べると
圧倒的な差があったのは確実。

それでもなぜか音が取れていたんです。
単語が捉えられたり、フレーズ単位で捉えられたり。
捉えたフレーズを日本語に翻訳することなく意味を把握したり。

そのあたりのことが自然と起きていたのは、もしかすると
中学に入る前から英語の音へ触れ続けていたことや
中学の時に家庭教師の先生からフォニックスを教わったことで
英語の音への感度がそこそこ身についていたからかもしれません。

そして比較的正確な音の認識を保ったまま
文字情報からのインプットを大量におこなって、
そのときに自分の頭の中で、文章と音と意味の結びつけを作った。

それなりに正確な英語音声と文字情報とをセットにできたのかもしれない。
このベースとなったのも、幼少期からの英語音声のインプットだったのかも。

そんな風に考えていくと、語学の初期には
・とにかく音に触れる量を増やして、言語特有の音への感度を上げる
・簡単な文章に繰り返し触れて、単語の形や並べ方に慣れる
というのが役に立つように思えてきます。

正確なことが理解できていないとしても、
高度なことができないとしても、
実際のコミュニケーションには程遠いとしても、
とにかく耳と目からのインプットを増やして慣れる。

その過程で、発音のルールだとか文法的なルールだとかを
なんとなくのパターンとして経験的に掴んでいくようにする、と。

それから文法のルールを勉強して法則を知的に整理するような流れが
スムーズなんじゃないかと思われます。

で、ある程度のルールが定着して
すぐにそのルールが使いこなせるようになったあたりから、
内容のある文章(長文読解とかリスニング教材とか)をインプットして
考えることなく意味を捉えられるようにトレーニングしていく。

この過程で、ボキャブラリーも増やすことになる形でしょう。

僕の場合、この「内容のある文章のインプット」を読解でやりましたが
ここは逆に耳からやっても良いのかもしれません。

読むか聞くか、重視する側面を中心にやれば
相互作用的に、もう一方にも効果が出ると思われます。


少なくとも、音に触れる量をとらずに、いきなり文章から入っていくと
聴き取りを心がけ始めるタイミングで苦労する可能性がありそうです。

また、文法のルールばかりを一気にやって
実際に触れる文章の数が少ない場合にも、
パターンを掴むだけの経験量がないので
運用可能な文法ルールとして定着しにくいことも考えられます。

文法を勉強するときは、難しい単語などが含まれない簡単な文章で
練習問題を通じて、とにかくパターン学習だけの数をこなす。
そういう必要性を強く感じます。

まして動詞の活用表みたいのを暗記しても
それを運用するのは文章の中になりますから、
表やらルールやらだけを教える語学の授業は
習得までを考えると効果的かどうかは定かではないでしょう。

大人になるとルールだけでも理解できる能力はついてきますが、
理解できることと使えることは違います。

使うことを前提とするのであれば定着を図るトレーニングが欠かせません。

そのためには勉強の初期ほど、とにかくインプット量を増やす。
分からなくてもいいから触れるのも1つ。
もう1つは確実に分かる簡単な内容で数をこなす。

その意味で、初期ほどゆっくり進める必要がある気がします。

新しい言語を学ぶときには、最初の段階をゆっくりやるほうが
着実な成果を期待できるような印象を持っています。

逆に英語のように、既に勉強したことのある言語を
これから本格的に身につけていこうと考えるとしたら、
これまでに身についているものの内容によって
集中的にトレーニングする部分も異なってくるはずです。

こういった「言語習得に必要な要件」みたいなものを
ブラッシュアップできたら面白そうに感じています。

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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