全般

2017年03月20日

甘く見ていました

札幌のホテルでまんまと風邪を引きました。


文化的なものかと思いますが、札幌のホテルは全館空調が強く
低い温度で部屋の個別エアコンを入れても、かなり暖かくなります。

というよりも僕には暑い。

無理やり部屋の空気の温度を上げますから
自動的に湿度は大きく下がります。

この暑くて湿度のない状態が苦しくて、宿泊するホテルによっては
僕は部屋のエアコンを寒くてもつけないでいることがあります。

先日泊まったホテルはまさにそのタイプ。
非常に全館空調が強い。

ということで部屋のエアコンは切ったままで眠りにつきました。


そうしたら寝相が悪かったのか、目が覚めたときには
掛け布団をかけていない状態になっていました。
あるいは暑くて、寝たまま取ってしまったのかもしれません。

だいたいホテルの掛け布団は薄いので
ちょっとしたことで剥がれてしまいやすい気もします。
かといってピッチリと覆われた掛け布団に締めつけられて寝るのも苦しい。

その日は掛け布団を緩め過ぎてしまっていたようにも思えます。

いずれにせよ、途中で目が覚めた段階では掛け布団なし。
目が覚めたのは寒くてだったのでしょうか。
夜の北海道の冷え込みは全館空調を上回ったみたいでした。

最初に気づいたのは右側の喉の腫れです。
扁桃腺が腫れているときの感じでした。

これはやってしまった、というところ。


そこからウガイをしたり、シャワーで湿度を上げたり
多少は暖かくしながら残りの睡眠時間を取ったり、
アレルギー対策として持ち歩いていた小青龍湯を飲んだり、
いろいろとケアをしてみました。

何が良かったのか分かりませんが、多少は改善されて
とりあえずその日のセミナーは無事に終われました。

それでもやはり帰りの飛行機の乾燥など、
その後の環境も悪く、風邪が残ってしまっているようです。

スケジュール的な詰め込みに、書道の作品制作など
体力的にも無理がかかっていたのでしょう。

そこで布団をかけずに眠ってしまった事態が重なった。

原因は1つではないと思われますが、
ホテルの環境も、気候の寒さも、自分の体調も、日々の気温の変動も
どれもが原因として挙げられそうです。

一方、完全回復する方法としては休息しか思いつきません。

もうチョットの間、立て込んだスケジュールが続くので
上手く維持しながら乗り切っていくことになりそうです。

ホテルでの過ごし方については、少し工夫をしてみようと思います。

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2017年02月02日

4/23(日)講座の内容

次回の講座は 4月23日(日) を予定しています。

内容は『セルフ・イメージ』について。
セルフイメージを調整する方法を扱います。

とはいえ、
 理想の自分のセルフイメージを作り上げて
 そこに向かって環境を望ましく変えていく
という種類のものではないつもりです。

また
 理想のセルフイメージを目標として設定して
 それに相応しい行動を続けることで理想に近づく
といった行動変容的なアプローチでもありません。

むしろ、
 今の自分には適切ではない昔のセルフイメージの名残りに気づき
 それを現状にマッチした形に調整する
というスタンス。


セルフイメージは意外と後を引くようなんです。

例えば、僕の知り合いでも
小学校低学年の頃にダントツで背が高かったから
「自分は背が高い」というセルフイメージを持っている人がいます。

ところが今、その人の身長は平均ぐらい。
もっと背の高い人なんていくらでもいます。

自分よりも背が高い人と並ぶと、今でもビックリすると言っていました。

能力的なこと、性格的なこと、身体的特徴について…
随分と昔に「自分ってこういうものだ」と捉えたイメージが
今になっても残り続けていることが結構あるわけです。

「セルフイメージ」という単語の定義が不明確ですから何とも言えませんが
ここで扱うのは「自分についての思い込み(ビリーフ)」といった感じでしょうか。

「私は〜である」という認識。

これが現状とマッチしていないと思いのほか
自分を制限してしまう場合があります。

例えば僕の場合、小学校の頃から背が低く、走るのが遅かったため
「運動が苦手」というセルフイメージを持っていた記憶があります。

実際には、逆立ちとかバランス系の運動はクラスでも上手いほうだったり
野球でもゴルフでもスイングのフォームが綺麗だと言われたり
運動全般としていえばポジティブな評価を受けることもありましたが、
幼少期の「運動が苦手」のイメージは今も少し残っている気がします。

色々と内面を見たり、いくらかはスポーツを遊びとしてやった経験から
「運動が苦手」というセルフイメージは薄れ、今はどちらかというと
「走るのが苦手」というセルフイメージだけが強く残る感じかもしれません。

子供の頃でいえば背が低ければ足も短く、
身体の発育が他の子供よりも遅いわけなので筋力も低くなる。
走るのが遅かったり、持久力が無かったりするのは、ある程度
自然な範囲だったとも思われます。

しかしそこで生まれたセルフイメージはずっと後を引き
走ることに関しては嫌な印象ばかりが続きました。

今、健康のために少し身体を動かそうかと思っても
走る方面ではヤル気が出ないことに気づきます。

もしかしたら、今の体力でいえば、同年代なら同じぐらいかもしれない。
コツコツ続けたら走る楽しさに気づける可能性もあります。

でもやらない。
ヤル気にならない。
苦手意識があるから。

当然、走ることが含まれるスポーツには手を出しません。

それどころか、どんなスポーツをやるにしても心肺能力を高めるために
有酸素運動を続けるトレーニングが含まれるかと思うと、
それに対しても拒否感が出てきてしまいます。

そういう制限ができているケースが多いんです。


ポイントは
 必ずしもそれが問題になっていない
ということ。

これが仮に、何らかの事情でマラソン大会に強制出場させられるとかになれば
僕は「走るのが苦手なのに、走らなければならない」という思いから
悩みを持ち始めるでしょう。

それと比べると現状の僕は困ってはいません。
走るのが苦手でも日常生活には何ら支障がない。
今のところは。

一般的には悩みが出てから修正しようとするんです。
自分の思い込みや心の癖が、現状と合わなくなってきた。
環境を変えるか、自分を変えるかして適応する必要がある。
それが悩み・問題ができるときです。

ですが現状で支障がなければ悩みは出ませんし、
自分に不自由な部分があるとも気づきません。

その一方で、支障をきたしてはいないものの
自分の人生に制約をかけている可能性は否定できないわけです。

もしかしたら、もっと好きになれること、もっと楽しめること、
もっと喜びを感じられることがあるかもしれない。

そういう制約をかけているのが「古いセルフイメージ」なんです。

もうそんな自分ではなくなっているのに
まだ古い自分のままだと思いこんでいる。

それを解消しておこうという発想です。
そのための作業をやるような講座を考えています。

イメージワークをやるような種類の内容です。
コミュニケーション技術というよりは
自分の内面を扱うような、セラピー的な内容といえます。

詳細は日程が近づいたらご案内します。

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2017年01月21日

フェーズ

流れというか、全体的な傾向というか、僕の中で
色々と取り組んでいることが次のフェーズに進んだような印象を受けます。

ここ2年ほどやってきたフランス語も
この1月末で一区切りを迎えます。

上智大学の公開講座で受講してきた語学コース、
設定されているレベルが一通り終了する予定。
これ以上のコースはないため、他を検討する必要が出てきました。

多くの大学で語学の公開講座は開催されているもので、
英語に限らず様々な言語を安価に勉強できます。

しかし、英語の「上級」と、ほかの言語の「上級」では
実態が大きく違うようです。

日本人にとっての英語は学校で習っていることが前提ですから
「上級」が本当に上級です。
世界的なレベル設定と合わせても「上級」と対応する感じ。

高校卒業レベルで「中級」ぐらいにはなっていますから
そこからスタートするか、その前の復習からスタートするか
そんな傾向のようです。

一方、他の言語の場合、出発点がゼロからになるため
英語よりもレベル設定が低いようなんです。

ただクラスの進行と各クラスで期待できる上達度からすると
それほど各レベルの間を開けることもできないのでしょう。
そしてレベルの呼び名は英語と合わせることになる。

結果として英語で「上級」と呼ばれるクラスと
他の言語の「上級」には大きな差があって、
フランス語の「上級」は英語でいう「中級」ぐらいのものになるようです。

なので英語の上級クラスは沢山用意されているんですが
他の言語の「上級」というレベルは実際には殆どない。

僕は上級のクラスを受けるレベルではありませんが
中級よりも上をトレーニングしたい段階のため
今までの延長では勉強が進まなくなってきたところなんです。

ということでフランス語を勉強する場を探索中です。


また書道に関しても7,8年続けてきて
ちょっとした停滞期のような印象を感じています。

で先生に相談したところ、今までとは違った練習方法を提案してもらいました。

お手本をもらって、それを見て書くだけでは今までと同じですから
お手本は見ないで練習してみる、と。

先に自分で書いてみて、それを手直ししてもらって、
そこからお手本をもらって、再度練習をしてみる。

すると自分の癖と先生のパターンとの違いが浮き彫りになるかもしれません。

練習のハードルは上がりますが、漫然と続けるよりは良さそうに感じます。


行き詰まりをベースに取り組み方を変える必要が出てくる。

それは趣味の世界の話だけではなく、
多くの局面においても共通するように感じます。

今までのやり方が通用しなくなってきたときに
何かを工夫する必要性が「問題」や「行き詰まり」の形で表れる。

そんなものなのかもしれないと改めて思っています。

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2017年01月05日

今年は…

2016年の末に、数年間レッスンを受け続けてきた英会話の先生が
退職することになりました。

まぁ、何かを習うというよりは、スピーキングのトレーニングとして
とにかく発話に慣れるのが事実上の目的だったと思います。

自分が考えとして持っている頭の中の情報の繋がりを
英語という言語と結びつけていく作業が中心でした。

ボキャブラリーや表現の範囲を含めて、
自分に親しみのある分野のほうがスムーズに話せる。
これは外国語でも母国語でも同じようです。

ですから外国語学習において、話し慣れた分野を作っておくのが
会話をスムーズにしてくれる効果的な手段だと考えられます。

その意味で、その先生のレッスンは会話のトピックが幅広く、
しかも僕の興味に合った範囲で話を弾ませることができたので
とても有意義な時間だったんです。

科学的な観点でも、芸術的な観点でも、哲学的なところまで
かなり深く考えをアウトプットさせてもらえました。

年齢のこともあり、余生を考えて辞めることにしたそうです。


とはいえ、僕が英会話をやめるわけではありません。
英語を使う時間は欲しい。

マンツーマンの英会話スクールなので他にも先生はいます。

同じような会話ができる先生は滅多にいないでしょうから
今後レッスンを受ける先生を選ぶ基準は別のところになると思います。

テスト対策なんかも興味はありますが、テストを受けるタイミングが合いません。
(だいたいのテストは週末に行われているのでセミナーと重なってしまう)

文法を復習したり、スピーキングの際の正確さを意識したりも良さそうですが、
この辺の基準を満たす英会話講師となると、そちらも限られるはずです。

今のところ、無難な範囲としてイギリス発音に慣れる目的で
イギリス人の先生を選ぼうかと考えています。

今までの先生はアメリカ人で、ペーシングをしながら話していると
ついアメリカ発音とイギリス発音が混ぜこぜになってしまうことがありました。

だいぶイギリス発音に慣れてきたところなので
定着させるにはイギリス人講師だけを選ぶのも良いような気がしています。

英語のトレーニングは続けていくことになると思いますが
特定の目標があるわけではないですし、
一生懸命にボキャブラリーを増やそうというつもりもありません。

その時その場で興味があることと、活用できる環境とを加味して
流れに任せるような形になるんでしょう。


思い返してみると、いつの頃からかこうやって
ハッキリした目標を立てなくなってきたようです。

英会話に行けば1月頃だと、たいてい「新年の誓い」について質問されます。
年の初めに一年の目標を立てるのは、欧米文化の1つみたいです。

そういうときに改めて意識させられます。
あまり方向性を設定していないんだ、と。

予定として設定しているものはあります。
もちろん予定が変更になることもありますから
あくまで「やるつもりのこと」です。

「やりたいこと」という意味での目標と
実情はそれほど変わらないような気もします。

予定が変更になるのと、目標を達成できないのも
中身としては似たようなものでしょう。

捉え方が違うだけかもしれません。

長期的な目標に関しても、「こうなりたい」と方向性を設定するよりは
「なんか、こっちのほうに進んでいきそうだな」と予想している感じです。

例えば英語についてなら、イギリス発音への興味が続いていますし
トレーニングをする環境が限られていることから、
「海外のコーチにスカイプレッスンを受けてみようかな」
という気持ちが湧き始めていることを自覚しています。

これが大きくなっていきそうな予想をしているので、
今年はどこかで、そんなスカイプレッスンを始めるかもしれません。

ただ、そのスカイプレッスンは「やりたいこと」というほど強くもないし
頑張ってチャレンジするような「新年の誓い」や「目標」でもないんです。

ヤル気が大きくなったら、そのときにやる。
現状は、そのヤル気が大きくなりそうな予感を持っているけれど、
今は始めるタイミングでもなさそうに感じている。
だからやっていない。

そんな風に、流れに身をゆだねるような雰囲気が高まっているみたいです。


なので、長くレッスンをとってきた英会話の先生が退職したのは残念でしたが
方向性の変化という意味で受けるショックはありませんでした。

単純に寂しいだけ。
深い話をする相手がいなくなって寂しいだけ。

友人に会えなくなるのは寂しいけれど、そういうものでしょう。
避けられないものについては事前に覚悟をしています。

何が起きるか分からないことについては
気楽に流れへ委ねるスタイルになっていました。

かといって何もヤル気がないわけではないんです。
目の前に楽しみなことがやってくればヤル気は高まります。
方向性を決めて、そっちに向かって頑張ることが減ったという話です。

目標に向けてガムシャラに頑張るのも懐かしいですが、
先に何が起こるのかを楽しみにしておくのも悪くないと感じています。

ということで、ここに今年の目標を書くことはできませんが、少なくとも
年末に一年を振り返って感想を書くことにはなるでしょう。

それが多分、一番確実性の高い予想だと思います。

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2017年01月02日

年始のご挨拶

あけましておめでとうございます。

今年もNLP関連のセミナーが多くなりそうだと予想していますが
機会を見て、こちらでも独自の講座をやってみようと思っています。


年末から年始にかけて、ゆっくりと湯船につかりながら
内面を統合するワークを一人で何度もやっていました。

環境が変わり、接する相手が変わり、経験するものが変わってくると
知らないうちに自分の中に変化が生まれてくるものです。

それが上手く機能していれば気にしなくてもいいのでしょうが
いつのまにか少しずつ不調和を生み出してくることもあるようです。

その意味でも、定期的に自分の内側を見つめる時間をとるのは、
気づかないうちに心のバランスを崩していく可能性を減らせますし、
普段は意識しないレベルでの心の癖を調えて楽に過ごしやすくする上でも
なかなか意味のある時間だと感じます。

そういう系統のワークを中心にした講座なども
どこかのタイミングでやってみようかと考えています。

まずは2月5日の講座について、近日中にご案内を出す予定です。


今年一年何をするかは、あまり決めていませんが
何か展開が広がっていくと良いなぁとは思っています。

本年もよろしくお願いします。


2017年賀1




























2017年賀2

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2016年12月08日

技術で味を追加する

最近の食品加工技術はスゴイと思います。

長期保存を可能にするための加工でありながら
食べる状態での味を想定していることがあるようです。

レトルトや冷凍食品であれば、食べる直前の加温で
調理の全てが完成するように調整してある。

単純に出来あがった料理を保存して、温め直して食べるわけではないんです。
一見するとただの温め直しに見える加熱工程を調理の一部として想定している。
美味しく食べることを第一に考えて作られているんでしょう。


家庭用の調理家電でも、いかに美味しくできるかが計算されているそうです。
もはや家電は、伝統的で正当な調理方法の代替ではないんでしょう。

出来立てを食べ損ねたときに、それを補うように
「せめて簡単に温め直して食べる」というのが
元々の調理家電の大部分だった気がします。

揚げ物を電子レンジで温めれば、べチャッとなって味は落ちる。
でも、冷たいままよりはマシ。
そういう発想があった気がします。

最近の家電は、そういった味の低下を防ぐ工夫に満ちています。
それどころか、「揚げる」という工程そのものを代替することさえできるそうです。

トースターにしても、焼きたてパンのように加熱できるものまであるんだとか。

こうなってくると調理家電は、従来の伝統的な調理方法を補うための手段ではなく
新たな美味しさを生み出すための新たな調理方法の1つにも感じられます。


長期保存のための手法だった密閉や乾燥にしても
ただの保存が目的なのではなく、
その工程で生まれる味の変化を料理方法として活かしてさえもいるようです。

レトルトや缶詰は密閉状態にしてから加温調理することで
内部を滅菌して、腐らないようにしているわけですが、
この密閉状態での加温という方法そのものが1つの調理方法になっている、と。

煮汁からの味の染み込み度合いでいったら、おそらく
密閉状態での加熱のほうが効果的でしょう。

乾燥にしたって、乾燥させることで味が濃縮されます。

常温あるいは高温での乾燥は味の成分が変わりやすいのが特徴です。
この辺は伝統的な乾物の特徴でもあって、加温乾燥の過程で
タンパク質が分解されて旨味成分のアミノ酸が増えるメリットがあります。

しかし同時に干物特有の匂いが出てきたり、
元の素材そのものとは違った味に変化したりするデメリットも含まれます。

ドライフルーツには独特の味わいがあって
それはそれで生の果物とは違った美味しさがあると思われますが、
元の果物とは違った食べ物になるぐらいに差が生まれるのも実情。

その点、最近のフリーズドライ技術は、かなり多くの食品を
味の成分を変えないままに水分だけ飛ばして乾燥させることが可能です。

純粋に味が濃縮される方向になるわけです。

イチゴやトマトなど、酸味がフレッシュさを感じさせる果物であっても
フリーズドライなら甘酸っぱさの全てと香り成分をまとめて濃縮できます。

新たな食感で、かつ濃密な味わいのドライフルーツになる。

これは、干物(常温乾燥)や燻製(高温乾燥)につぐ
新たな乾燥調理法の1つともいえるんじゃないでしょうか。


伝統的な調理方法で作られたものには本格的な魅力があると思います。

その一方で、科学技術を利用した最近の調理方法にも
これまでにはない新たな魅力が出ていると感じます。

そもそも伝統的な調理方法の中にも、当時の科学的な知見を使った
保存のための調理技術が含まれています。
発酵、干物、燻製などはその代表です。

そこに加工のための機械が使われているかどうかは違いますが
美味しさの追加と長期保存を両立させるための工夫があるのは共通しています。

そんな観点で見ていくと、スーパーやコンビニに並ぶ加工食品に
新たな魅力が見つかってくるような気がします。


ちなみに、こちらは最近コンビニで売られている
フリーズドライのイカの塩辛。

塩辛をそのままに濃縮した感じで、
イカのワタの味わいは更に強くなっています。

そして手でつまんで食べられる。

イカの塩辛がご飯のお供に、というイメージだとしたら
こちらのほうが、酒のつまみに向いているのかもしれません。
…僕はお酒を飲みませんが。

美味しさを追加する食品加工技術の一例のような気がします。

塩辛

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2016年12月06日

都会のヤモリ

先日の出張帰り、最寄駅から雨の中を歩いていたところ
地面にヤモリがいました。

指がプックリしていて、なかなか可愛らしかったです。

セミナーで人の内面にばかり注意を向けて
色々な匂いが入り混じった新幹線でグッタリした後だったので、
人間以外の動物がなんとも穏やかに見えたものです。

都会のアスファルトの上を歩くのは、一般的なヤモリの生態からすれば
あまり望ましい環境とはいえないのかもしれません。

それでも不平不満とは無関係に、ただ偶然めぐりあったその環境で
ただ生きているヤモリの姿には、世間一般の人間とは違った魅力を感じます。

目標や夢を抱いたり、問題を解決したり、自己成長したり…と
置かれた状況を打破しようとするスタンスが多い世の中だからこそ、
その場所で生きるだけのヤモリに、多少の憧れも抱いてしまうのかもしれません。

ヤモリ

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2016年11月21日

寝心地と夢

最近気付いたんですが、
どうもホテルに泊まると悪夢を見る確率が高いんです。

覚えている夢の多くが、日中に意識へ上がった内容から
連想されるようなものだなのに対して、
なぜかホテルだと変な夢が多いようです。

僕にとっての「悪夢」は、だいたいが虫の類い。

ウジャウジャした感じ。

…今こうして「ウジャウジャ」という文字を書いても
不快な気分になるぐらいなので、
夢に見た後の目覚めは良くありません。

まあ、そもそもホテルでは熟睡できていない気がしますし、
途中で起きるとこが多いのも関係するかもしれません。

ふと思ったのは、
隣の部屋からの騒音の影響もあるかもしれない
ということ。

イビキや水回りの男が漏れ聞こえてくると
そこから不快なイメージが連想されるんじゃないか?と。

寝返りも打ちにくかったり、
乾燥も酷かったり、
寝起きで身体が痛いことも多いですから、
悪夢が加わると体力が回復しない感じがします。

近頃はホテルの予約も取りづらいようなので
あまり贅沢は言えませんが、
疲れを溜める要因は避けたいものです。

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2016年11月12日

期間限定だから

今年の書道作品制作シーズンも残りわずかとなりました。

幅80cm、長さ180cmぐらいの紙に書くので
部屋中に大きく広げられるスペースが必要になります。

下敷きも大きいものを用意しますし、墨も多く使います。
準備がそれなりにかかる印象があるんです。
場所も取るので、常に出しっぱなしという余裕もありません。

なので作品の期間中は、書道用の物が部屋の端っこに置かれ続けます。
それなりに場所をとって、目につきやすいんです。

そして作品として提出した段階で、一通りの物を片づける。

スッキリもしますが、反面、なんだか寂しい印象にもなるものです。


普段の生活をしていると季節の移り変わりは急激に感じられず
気がついたら季節が変わっていたような印象を受けがちです。

夏と冬は2,3か月の間ずっと暑かったり寒かったりして変化を意識しませんが
春と秋は特に、知らない間に通り過ぎていたように感じているようです。

春や秋が暑い時期と寒い時期の通り道になっているイメージでしょうか。

春の入り口は寒くて冬と繋がっていて、春の終わりは暑くなって夏と変わらない。
秋も同様です。

いかにも春らしい・秋らしい時期というのは短いものなのかもしれませんし、
逆に常に移ろいでいくのが春や秋の特徴なのかもしれません。

その意味でいうと、僕の書道作品の制作シーズンは
まさに秋の期間に当てはまっているようで、
季節の移り変わりをしみじみと感じさせてくれるんです。

大体9月中旬から作品の準備に入る。

9月下旬あたりから書き始め、先生の指導を受けながら書き直し
仕上がるのが11月の中頃から下旬にかけて。

始まったあたりは、まだ夏の名残があって暑いぐらいなんです。
冷房をつけながら書いていて、少し汗ばんでいたのを覚えています。

ところが締め切りが近づいてくるあたりになると
もうすっかり寒さを感じるようになっていて、
暖房が必要になってきています。

墨の乾き方さえ違いを感じるほどです。


セミナーの仕事をしていると、いつも通りの終了時間が
明るかったり暗かったりして日照時間の変化を教えてくれます。

ここでも季節の移り変わりを感じますが
通年の変化でコンスタントに移り変わっていくため、
春や秋の印象は決して強くないみたいです。

「日が長くなった」、「日が短くなった」の二択といった感じ。

その点、秋の気温の変化を追いかけられるのが
僕にとっては、毎年の書道作品のシーズンとなっているんです。

秋の期間とピッタリ重なっているからこそ
移り変わりの大きい秋の時期を実感できるのかもしれません。

仕事の場合、一年中、似たような生活が続きますから
比較対象として際立って記憶に残ることが少ないのでしょう。

一年のうち、2か月程度。
それも秋という気温変化の大きい時期。

始まりと終わりのハッキリしていることが
違いを際立たせてくれると思われます。

意外と、僕が季節を実感する一番の要因が
書道の作品制作とかかわっているような気がしています。

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2016年10月08日

練習と実践

毎年恒例の書道作品制作の時期になりました。

毎日筆を握るわけではないですが
頻度はかなり上がります。

元々、趣味として毎日やるほどではないので
週一回だったのが、三回ぐらい増える程度でしょうか。

それでも計算してみれば、
三ヶ月程度の間、三倍の頻度で練習するのは
残り九ヶ月分に相当する量ということ。

考え方によっては、約半分は作品制作に当てているようです。

本来なら、普段の練習で身につけたものを
作品制作で発揮するのが望ましいでしょうから
練習量が足りないんだろうと思います。

実際、長く続けている高齢のベテラン書家ほど
普段の練習量も多いようです。

本当に身につけようと思ったら、地道な練習が大事なんでしょう。


その一方で、実践的な機会である作品制作だからこそ
身につけられる要素も感じます。

この時期に上達しやすいのは、決して
集中して取り組むという時間の要因だけではない気がします。

練習とは違うスタンスで取り組める実践にこそ
ただの練習にはない効果がある。

この辺はスポーツでもコミュニケーションでも語学でも同じかもしれません。

一方、学生時代の勉強を振り返ると
実践という機会が何に当たるか思い出せません。

テスト勉強として集中的に取り組むことはありましたが、
テストそのものに大きな成果があった気もしない…。

できる・できないのチェックそのものは
2つの勉強と同じですから。

もしかしたら、いわゆる勉強に関しても
実践の機会を工夫することで
学習効率が上がったりするのかもしれません。

そんなことを思うほど、
学習は大人のほうがスムーズなようにも感じます。

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おしらせ
 ◆ セミナー情報 

New!

《カウンセリング講座》
〜セルフイメージの整え方〜


【日時】 2017年4月23日(日)
     10:00〜16:30


【場所】 滝野川会館
    303集会室

    JR上中里駅より7分
    JR駒込駅より10分
    南北線西ヶ原駅より7分


詳細はこちら>>
次回開催は6月の予定


《新カウンセリング講座》
 〜まとめと実践〜

終了しました

【日時】 9月15日(月・祝)
     10:00〜16:30


【場所】 滝野川会館
    304集会室

    JR上中里駅より7分
    JR駒込駅より10分
    南北線西ヶ原駅より7分


詳細はこちら>>


《勉強会》 
終了しました
    
【日時】 3月16日(日)
  夜間 18:30〜21:30


【場所】 滝野川会館
     304集会室

     JR上中里駅より7分
     JR駒込駅より10分
     南北線西ヶ原駅より7分

【テーマ】 変化の流れを考える

>詳細はこちら>>
次回は未定



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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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