NLP

2017年08月18日

ロシア語の勉強

このお盆の期間、ロシア語の入門講座に通っていました。

合計約10時間。
本当に初歩の初歩だけですが、
本を読むだけでは得られないものがありました。

ロシア語はキリル文字というギリシャ語由来の文字を使い
一部は英語などヨーロッパ言語のアルファベットと共通します。

AとかKとかMとかOとかTとかは、
アルファベットの名前は違いますが単語中の音は同じ。

ただし K の音は少し空気が多めに入るので音色が英語と違います。
これは例えば、「R」の音がスペイン語だと巻き舌になって
フランス語だと喉の奥で摩擦音を出す音になったり、
英語の舌を反らせた音とは異なった音色になるケースと同様です。

これぐらいまでならマイナーな違いです。


厄介なのが、同じ文字を使うけれど読み方が違う文字が多いこと。

同じ文字で読み方が違うのは同じアルファベットの中でも
ラテン語系とかでは起きてくるようですが、頻度が違います。

例えばスペイン語では J がハヒフヘホの子音、
ge と gi もそれぞれ「ヘ」「ヒ」になります。
他には V が「ヴ」ではなく「バビブベボ」の子音になったり
ll (Lが2つ続く)で「ジャジュジョ」の子音になったり。

まぁ、それほど多くありません。

ところがロシア語の文字では、英語と比べてこの違いが多いみたいです。
ロシア語の B は「ヴ」の音、
E は「ィエー」のように「やゐゆゑよ」の「ゑ」みたいな音になる。
H が「エヌ」で英語の N に対応して、
P が「エる」で英語の R に対応するものの巻き舌の音に、
C が「エス」で英語の S に対応します。
X は「ハー」となって「ハヒフヘホ」の子音になります。

y が「ウー」で「ウ」の母音。
英語だと y は子音字ですから母音と子音の関係も変わります。

実際には英語と同じ文字ではないものの、
Nを左右反転した文字「и」が「イ」の母音になるのも混乱を招く。
「ガギグゲゴ」の音、英語の「 G 」に相当する「Γ」も
単語の中に表れると一瞬「r」かと見間違ってしまったり。

こういう文字が一単語の中に沢山登場すると
これまでの記憶が瞬間的に引き出されてしまって
P を見たときには「ああ、『プ』じゃなくて『る』か」
のように文字の識別で時間を取られる感じがあります。

例えば、ポケットを意味する「карман」は
英語の癖で見てしまうと「カプマー」っぽいですが
「カるマーン」のように発音する。

直観的に英語の癖が出てきてしまうのを抑えなくてはならず、
1つの単語を、暗号を解読するような気分で読むことになっています。
変換がややこしいんです。


そのうえ、今まで見たことのない文字も数多く登場します。
「ヨー」だったか「ユー」だったか、
「シャー」だったから「ジェー」だったか、
「チャー」だったか「ツェー」だったか…。

そして単語中の文字の並び方によって、音が変化するルールもあったり。

まず単語を見て発音できるようにするための段階で
文字のところから相当に苦労がある感じを受けています。

しかし、ここを丁寧にやっておくと後で苦労しない予想もしています。
後から「あれ、この単語、何て読むんだっけ?」となりにくいでしょうし、
間違ったまま覚えて、後から修正しなければいけない手間もなくなります。

日本の英語教育だと、この発音ルールを丁寧にやらないんです。
いきなり挨拶や簡単な構文からスタートしてしまう。

結果としてローマ字読みで勘違いしたまま覚えてしまったり、
カタカナ発音のまま勉強を進めてしまって、音の区別がつかず
スピーキングやリスニングで苦労することになったり。

実際、アメリカの母国語としての英語教育でも
最初にやるのは Phonics(フォニックス)という発音ルールだそうです。

これを一通りやっておくと、初見の単語でも発音の見当がつくようになる。
英語には例外の単語も多いですが、それでも75%以上は読めるとか。

例えば「mat(マット)」と「mate(メイト)」の発音の違いは
ルールに則ったものですから、このルールを最初に習えば
ローマ字読みをして「マテ?」なんて勘違いすることは減るはず。

つまり語学の初期段階で発音ルールを勉強しておくのは
母国語学習においても有効とされているようなので、おそらく
外国語学習でも効果的なんじゃないかと想像されます。

幸い、ロシア語は文字も馴染みのないところから始めることもあって
このフォニックスの部分を丁寧に扱うケースが多いようです。

僕の通った超入門コースも、メインはフォニックスでした。

フランス語やスペイン語の講座であれば
初日の1時間程度でサラッと流してしまえそうなところを
10時間かけて丁寧に抑えていく。

文字から異なった言語を始める場合には重要なプロセスだと感じています。


このように講座の中で実際に発音練習をしたり、
発生のポイントを教わったり、練習問題をやったりしながら
地味に覚えていく発音の原則の部分が、
ロシア語の参考書だと、わずか数ページになってしまうんです。

まず、文字の紹介と音のパターンの解説。
それが終わったら、すぐに文法的なルールに進んでいく。

そういうのがフランス語だろうが、スペイン語だろうが
ロシア語だろうが、本として同じように構成されているみたいです。

全て分かっている人からすると、文法項目として分類するため
どの項目も均等な解説の量でまとめられてしまうのでしょう。

しかし学習する側からすると、1つの項目にかけるべき時間は
初期のほうが長くなる傾向があると感じられます。

ゼロから覚えなければいけないこと、
運用できるように練習する必要があることが多いからです。

そのあたりのことを踏まえながら講座の進行を考えてくれるのか
それともカリキュラムを終わらせることを前提に予定を組むのか、
ここで学習効果は変わってくるんじゃないでしょうか。

僕の印象では、最初の段階ほど時間をかけながらのほうが
後々の苦労が少なくなるように思っています。

まぁ、そこは自分で丁寧に復習と暗記を繰り返せば
追い付けない話ではないのでしょうが。

文法が複雑になったり、文章が長くなってきたりするほうが
大変そうに見える一方で、本当に地味な努力を求められるのは
初期段階のほうかもしれません。

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2017年08月11日

ロシア語始めます

8月中は仕事のスケジュール的に時間調整がしやすかったので
少しだけ積極的に語学をやってみたりしています。

先日はロシア語の入門書を購入して
まずはアルファベット(キリル文字)を覚えるとこから始めました。



少し集中して暗記したら覚えられましたが
まだ定着という状態ではない感じはしています。

それでも文字と音のルールが把握できるだけで
ロシア語の単語を読めるようになる。

本を読み進めたり内容を進めていく過程で
読めない単語があって毎回最初のページに戻るっていうのは
どうも効率が良くない気がしていたんです。

日本人が英語を勉強するときも一応、中学一年生の最初の授業で
アルファベットの書き方や読み方をやると思います。

ですがアルファベットそのものは日本の至るところに溢れていますし、
小学校の時にもローマ字を習っているので、全くの初見ではない。

その状態から勉強し直すところも含みつつ、最初の授業を迎える…
これなら心理的なハードルが高くありません。


また、中学校の英語の場合、進みが早くないのも救いの1つでしょう。
3年間じっくりかけて初級文法をカバーする。

一方で、大人になってからの語学だと
初級文法の一通りぐらいは一冊のテキストに含まれてしまいます。

入門書でさえもある程度の範囲はカバーしますし、
語学学校の入門コースの進行予定を見ても
かなりの項目を扱うように設定されています。

確かに内容のレベルとしては入門なんです。
そこをどれぐらいしっかりと覚えて土台を作るか。

初級、中級となると文法にも複雑なものは追加されてきますが
依然としてメインで使われる文法事項は入門レベルのものです。
入門レベルの文法を使いこなすのが先の段階になる、ということ。

言い換えると、入門から初級に進もうが、中級になろうが、
復習の度合いが大きく、さほど新しいことが増えていくわけではない…
ボキャブラリーの数が増えたり、文章の内容が複雑になったり、
意見を聞くような内容が増えたりするのがレベルの高さのようです。

使いこなす必要のある文法事項そのものは、大部分を
入門レベルでカバーしてしまうことも少なくなさそうなんです。

ここまでくると、母国語で文法を理解していれば、
辞書を使いながら文章が読める段階だとはいえるんじゃないでしょうか。

語学学校のペースでいくと、進みの早いところであれば
週一回か二回の授業によって半年で入門コースが終わり
初級文法の大部分が紹介されてしまいます。

少なくとも一年通うと入門の段階が終わって
初級文法の一通りを知ることができる。
そういう設定がスタンダードなように見えます。


これは意外と早いと思うんです。

もちろん本気で勉強していたら全然早くありません。

しかし大人になってからの語学の大半は
仕事の空き時間だったり、趣味の一環としての度合いが大きく
毎回の宿題をハードにこなすような意欲とは違います。

分からない単語ぐらいは辞書で調べたとしても
出てきた単語を全て暗記するようなスタンスではなさそうです。

まして学校のようなテストがあるわけではないですから
なんとなく授業を受けているだけでも先に進んでいってしまう。

ここで初期段階の学習内容をどれだけ記憶できているかが問われます。

「あれ、これってなんだっけ…?」と思っている間にも
授業は新しい項目の紹介を次々に進めていきます。
覚えているか・いないかに関わらず。

しかも語学の初期段階は基本単語が一気に登場しますから
覚えておくべき情報量は多いはずです。

それなのに授業や本の進行は、以前に紹介したものは
当然の前提として次の項目へと進んでいきます。

復習や暗記は本人の努力に委ねられていると思われます。
中学校のときのように大量の練習問題をやって
少しずつ記憶に定着させるようなことはありません。

覚えきっていない状態でも容赦なく先に進みますから
負債が溜まった感じで進んでいくのは苦痛でもあります。

だからこそ初期段階をじっくり時間をかけて繰り返すか
自分で丁寧に暗記して負債を抱えないようにするか、
入門のレベルの時こそ努力するポイントがあるように感じます。

ということで、僕はまずロシア語の入り口を
しっかり固めることにしました。

それから入門レベルの講座に通ってみます。
できれば2回ぐらい、違う場所でやってみようかと考え中。

手を抜かずに単語の暗記もやった方が良いんでしょうが、
それをどれぐらいヤル気になれるか…。

まぁ、言語習得のプロセスについて理解する目的でも
試しながら取り組んでみるつもりです。

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2017年08月08日

だいぶ良くなってきました

捻挫もだいぶ良くなってきました。
施術をしてもらって大いに回復した感じです。

まだチョットあぐらをかくと痛いですが
そこまで大きく足首を伸ばさない限り、痛みは出ません。

むしろ過剰にかばってしまわないように
気をつけて動いておきたいものです。


施術を受けて驚いたのが、左右バランスの偏りの酷さでした。

ある程度は偏るだろうとは想像していましたし、
まっすぐに立てない度合いが大きくなって
歪んだ姿勢も自覚していました。

それでも実際に施術を受けてみると、
自覚しないままでも右足をかばうように動いていたらしく
左足側が相当に固まっていました。

ここまで大きな影響が出るのかと痛感した次第です。

たった3週間でこれですから、もしこのまま
こういった調整を受けないで過ごしていたら
一年もする頃には歪みも激しくなっていただろうと想像します。

自宅近所には高齢者が大勢いますが、
かなりの人が体の一部の痛みをかばうようにして
大きく歪んだ姿勢で歩いているのを見かけます。

どの部分の痛みがキッカケだったのかは定かではないですが
一部の痛みが歪みを引き起こし、かばう動作が歪みを強め
さらにあちこちに痛みを生み出している…
といった悪循環がありそうです。

プロスポーツ選手でも一度ケガをした後には
何度もケガをして苦労するケースが多いように見受けられますが、
ケガからくる体の歪みが新たなケガを生むのかもしれません。


同時に、心理的な影響も実感できました。

右足首をかばう動作が無自覚だっただけでなく
右足首に体重をかけるような動作に対して
小さな恐怖感があるのにも気づきました。

「恐れ」があったんです。
文字通り、おそるおそる動く感じ。

実際に起きる痛みの程度はもう大したことがないのに
痛みが出そうな体重のかけ方は避ける。
そういう癖がついてしまっていたようです。

このまま放置しておくと右足の動作だけ少し遠慮する感じの
微妙な動作が習慣化しそうな気がしました。

こういう小さな恐れの感覚も、きっと
繊細な運動調整を行うスポーツ選手であれば
大きな影響を及ぼす要因になるんだろうと感じます。

今までよりも関節を伸ばしきれないというか
縮こまった動作になりがちなんじゃないでしょうか。

ケガがキッカケでイップスになる、なんていう話も
捻挫をしてみて納得できるところです。


心理的に見て興味深かったのは、
全身の中から右足首だけが切り離されたような印象です。

かばっているんだから当然かもしれませんが、
気持ちのレベルでいうと仲間外れになっているような
ちょっとした寂しさもあるように感じられました。

全身の残りの部分でカバーしようとしていたわけですが
右足首だけが全身の連動から切り離される感じは、
「除け者」扱いにも近いところがあるのかもしれません。

皆からかばってもらう、特別扱いされる、腫物扱いされる…
そんな種類の体験は、優しさや遠慮から生まれるものだったとしても
孤立感・孤独感を生み出しやすいものなんでしょうか。

右足首に意識を集中したときに感じられた寂しさは
どことなく仲間外れになっているような気分に思えました。

過剰な恐れを取り除くための「恐怖症ケア」のワークや
全身から切り離された部分を全体に再統合するためのワークなど、
心理的な面からもアプローチをしておくと良さそうです。


一口にケガといっても、
外科的に治療するだけが全てではないのかもしれません。

身体のバランスや心理面の影響なども含めて
幅広くケアして初めて「回復」と呼べそうな気もしました。

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2017年07月29日

人というサービス

これまで札幌出張の時には、飛行機とホテルを別々で予約していました。

今回はツアーでセットの予約をしてみたんです。

そうしたら繁忙期にもかかわらず(繁忙期だから?)
別々に予約するよりも安価に収まる結果となりました。

普段だったら予算に収まらないようなクラスのホテルが
ツアーでセットになったときには、
むしろ普段よく使うホテルよりも低い値段で宿泊できたんです。

かなりお得な感じ。


しかもツアーにした場合、なぜかホテルごとの差額が小さくなるようで
普段利用のビジネスホテルとさほど変わらない価格で
大型の有名どころにも宿泊できるみたいです。

早めの時期に埋まってしまうのと、数が多くないのと、
キャンセルが効かないのと、先払いなのと、
飛行機の変更もできなくなってしまうぐらいが制約でしょうか。

ちゃんと予定が確定できて、不安定な要素を省くことができれば
問題なくお得な形の利用ができそうです。


今回のホテルは築年数の古い伝統的な有名どころのようですが
リフォームがされていたり綺麗に管理されていたりする印象で快適です。

部屋の広さやアメニティなどの点では標準的。
バスルームは広めで使いやすいものの、
これぐらいの規模は札幌ならビジネスホテルでも見受けられます。

収容人数が多いためレストランは広い。
とはいえ、朝食が豪華というほどでもない感じです。
もっと豪華な朝食のホテルに泊まったこともあります。

そのあたりに力を注いでいるわけではないんでしょう。

そう考えると、特筆すべきは人の部分。
働いている人たちのサービスが丁寧です。

アメリカだったら毎回チップを渡さなければいけないような
丁寧な対応を色々な人がしてくれます。

部屋数から考えれば従業員数も増えて当然かもしれませんが、
それ以上に人員に余裕があるように見えます。

話しかける候補が大勢いるんです。
そして手がふさがっていない。

接客のトレーニングも行き届いているようですし、もしかしたら
採用の時点からコミュニケーションを重視している可能性もありそうです。

とにかく人の対応が丁寧で、こちらが恐縮してしまいそうなほど。

人によるサービスに力を入れているんだと思われます。
こういうのをホスピタリティと呼ぶんでしょうか。

物や利便性とは別のところで、
「どのように人から接してもらうか」
というのも印象に強く残るものだと実感します。

思い出に残りやすそうです。
また来たいと思わせる要因として、人のサービスは大きいものかもしれません。

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2017年07月26日

無意識について考える難しさ

捻挫は思いのほかシッカリとやっていたようです。
まだ痛みがあります。

というよりも日によって強まったりもする感じ。

特に気にすることなく歩いてはいますが
痛みはずっと続いているような状態です。

ジムの運動をどうしようか迷い中。


さて、最近は今週末の札幌での講座に向けて
資料の準備で慌ただしくしていました。

無意識とのコミュニケーションがテーマで
トランスを扱いはするものの、メインは催眠ではない
という構成です。

催眠だけだったら催眠用語だけで伝統に従って進められますが、
「無意識とのコミュニケーション」というテーマとなると
催眠を利用せずに無意識レベルに働きかける部分が入ってくるので
もっと厳密に心の仕組みを理解する必要が出てきます。

ですから「そもそも意識・無意識とは何なのか?」を
理解するところから扱う必要がありそうなんです。

そのための資料がなかなか重厚な感じになってしまいました。

まぁ、2日間で扱う内容なので何とか収まりはすると予想していますが。
技術的な習得には時間がかかる分野だと思いますから
種植えが主目的のトレーニングになりそうです。


それにしても意識というのは本当にややこしい分野です。

哲学でも脳科学でも医学でも心理学でも、
同じ学問の中でも定義がバラバラだったり
違う概念について研究しながら議論が進んでいたりもします。

そこには主観的な体験としての意識を
客観的に議論する難しさがあるとは思われます。

が、それ以上に、意識についての考えを深めていくと
「そもそも自分とは何なんだ?」という不確定さが高まり、
これまで自分として当たり前にしてきたことが崩れそうな、
自分”の存在が脅かされる感じの印象が出てくる。

それがハッキリと自覚されなくても
なんとなく「この先は踏み込みたくない感じ」になったり
感情的な反発をして論理から外れしまったりして
純粋に客観的な議論が行えないこともあるように見受けられます。

意識ということが人にとって、あまりにも当たり前で
「意識」の感じが社会的に共有までされているからこそ
わざわざ理解しようとしなくなっているのでしょう。

そして馴染みのある意識のほうが当然のことだと考えるため、
意識の範囲外の「無意識」のほうを特別視して
無意識を何とかしようとしたり、理解しようとしたりする方向になる。

おそらく実態は、無意識のほうが当たり前なんです。
無意識こそがベース。
世の中のすべては無意識を土台にして進んでいる。

そこに意識という特殊な活動が加わって、
人の内面の活動を複雑なものにしている。

「意識」というものが苦悩を生み出し
人間を他とは違った特殊な存在にしているのかもしれません。

その辺を土台にすると、自然な無意識の状態に戻る時間、
つまり催眠やトランスそのものが
苦悩から離れ、心を楽にするということにも頷けます。

エリクソンが「無意識を信頼する」と言っていたもの
自然に委ねる感じを意味していたような気がします。

ちなみに、以前の僕は「無意識を信頼する!」と意気込んで
実際のところ「無意識に期待をする」ことをしていましたが…。

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2017年07月22日

捻挫しました

ふとしたことで足首を捻挫しました。

階段を降りるときに数段分を勘違いして降りてしまって
足首を伸ばす形で着地してしまったようです。

で、右足首にグニッと体重がかかる。

とはいえ、痛みを感知した瞬間に体重を左足へ移し替え、
左前方に片足でジャンプするように移動したらしく、
そのまま右足首に体重をかけつつ転ぶまではいきませんでした。

そこはギリギリ堪えたところのようです。


しかし足首は腫れ、いわゆる捻挫の状態になった様子。

捻挫をしたのは小学校以来じゃないかと思います。

関節を捻ってしまうことぐらいはあっても
腫れるぐらいになったのは久しぶりです。

時間経過とともに回復はしてきている印象ですが
まだ多少の痛みはあります。

運悪く、捻挫の翌日から出張でセミナーの予定で
移動やら講座やらで負荷はかかったのかもしれません。

ひねってしまった当日は、体重をかけるのも怖い感じで
なんとなく足首が脆くなったような感じがしていました。

ちょっとでも横に重心が移るとピリッと鋭い痛みが出る感じ。

時間が経ったら痛みの程度が下がり、ジワジワと鈍い違和感、
ちょっと熱を帯びたような感じが続くようになりました。

足首の安定感は戻ってきているので快方かとは思われますが、
単純に一日のセミナーで負荷がかかった可能性もありそうです。

やはり安静にしておくのが大事なんでしょう。


以前、座禅会に参加したとき、準備体操で足首を回していて
自分の足首の動きが悪いことは自覚していました。

固さがあって、均一な動きにならない。
どこかで引っかかる感じがありました。

関節の固さ、支える筋肉・筋膜の固まり、
何よりも、足首を回す動作に対して意識が向いていないこと。

手首や指の動きと比較して、圧倒的に不器用な状態だったんです。

「これは日々のケアと運動で、
 足首を意識内に取り戻す必要がありそうだ」
と思っていたところでした。

そうは思いながら、取り立てて何もすることなく
(まぁ、ジムでエアロバイクぐらいは乗っていましたが)
相変わらずの生活を続けていたんです。

そんな矢先での足首の捻挫。
やっぱり未熟さの表れかと反省しました。

もっと足元も上手く操れるようになりたいものです。

痛みがなくなったら、リハビリと練習が大事になりそうなところ。

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2017年07月17日

ちょっとした縁

5月にアメリカでサイレントリトリートと呼ばれるものに参加して
ただ静かに座るというのをやってきました。

その先生は禅の流れをくむ人で、
そのまた師匠が日本人の禅僧だったそうです。


それとは別に僕は一年前、イギリスで
ホールネスプロセスという手法のワークショップに参加してきました。

開発者のコニリー・アンドレアスはNLPの開発に大きく関わった人で
コア・トランスフォーメーションを開発した人でもあります。

ワークショップ以降、ときどき連絡を取ったりしていたんですが、
つい先日に判明したんです。

僕が参加してきた座禅会のようなものの先生を
コニリーが良く知っている、と。


ホールネスプロセスと座禅の相性みたいな話の中で
そんな繋がりが見えてきました。

偶然と捉えるのか、狭い世界だと捉えるのか、
いずれにしても面白いものだと感じます。

長くやっていると同じような方向性に辿り着いていくのかもしれません。

またコニリーのワークショップにも行きたい気持ちになりました。

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2017年07月14日

ヘレンケラーのスピーチ

ヘレンケラーは視覚と聴覚の両方に障害があった人ですが、
手触りを通じてコミュニケーションをしていたそうです。

しかも、人の口と喉に手を当てることで言葉の発し方を勉強して
ある程度は自分でも話せるようにトレーニングしたんだとか。

その模様がこちらの動画で見られます。



だいぶ年齢を重ねた後、実際に話している様子も
動画として記録されています。
それがこちら。



1分50秒あたりぐらいからヘレンケラー本人の話声が聴けます。

僕には非常に難解です。
ときどき聞き取れる単語があるぐらい。

横にいる女性はサポートをしていた人なんでしょうか。
ヘレンが言葉にしたものを聞き取って、
より一般に聞きやすい言葉に言い直しています。

特徴を掴むと、言語として聞けるのでしょう。

ヘレンケラー自身も、そのサポートをしていた人たちも、
いったいどれだけの努力をしたのかと想像すると
驚きを隠せません。

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2017年07月08日

速く読む練習

いつの頃からか、本を読む量が減りました。
読みたいと思う本が減ったというのが実情でしょうか。

以前は心理系や自己啓発系のものであれば
片っ端から手に取って目を通して、気に入れば購入したり、
ビジネス書も役に立ちそうであれば後先考えずに買ったり、
語学の本も身につけられるスピード以上の量を買ったり、
とにかく本を買い込むことが多かったものです。

実際のところ、心理系の読み物や自己啓発系、ビジネス書などは
似たような内容のものが多いように感じていましたから、
斬新な考えを学習するというよりは、どちらかというと
繰り返し同じことを勉強することで記憶を定着させていた
というほうが適切かもしれません。

もしかしたら一冊を繰り返し読んで実践しても
同じぐらいのものが得られた可能性はあります。

それでも、似た内容を違う角度からの説明で理解していくと、
1つのことを色々な方法で説明する感じが掴めた気はします。

セミナー講師として様々な相手に合わせて説明の仕方を変える上で
こうした読書が役に立っていたとも言えそうです。

また、似たような本を何冊も読むことで、
同じ内容について別の事例を追加していくこともできました。

抽象概念は具体例と結びついて記憶されるようですから、
事例は多い方が記憶に残りやすいですし、
多くの事例に共通するパターンとして本質の部分を見出すのにも
料に触れておくのは大事だったと思われます。


それら以上に僕にとって本を沢山買っていたのが役立ったのは
単純に「読書」の量が増えたことです。

文字を読む量が増えた。

文章を読んで理解する。
そのプロセスそのものに慣れることができたと感じています。

読むスピードが上がり、読解力も上がった、ということです。

これはただの反復練習でしょう。
内容は重要ではなく、量が重要だったと思われます。

同じ本を繰り返し読んでいた場合には
ある程度の段階から覚えてしまうところも増えてきますから、
初見でスピードを上げて理解できるようにするトレーニングとしては
手あたり次第に色々な本を読んでいくのが効果的だったんでしょう。


そもそも僕が本を読み始めたのは大学生の頃だったと思います。
大学の一般教養の授業で「精神分析」を取って、
その教授・”加藤諦三”先生の本を読むようになりました。

それ以前はマンガばかりでしたから
決して活字が好きなほうではありませんでした。

その後、たまに心理読み物を読むようになったんです。
今ではかなり有名な”内藤誼人”氏も、第一作を出したころ。
ちょこちょこと興味本位で読んでいたものです。

それから会社に入って山口県に住んでいた間、
同僚が釣りやらキャンプやらパチンコやらやっているのの代わりに
僕は本を読みふけるようになっていきました。

このころから読書量は増えていきましたが
それでも読むスピードは決して速くなかったと思います。

そして東京に転勤になって、
当時はまだ研究職を続けるつもりでしたから
論文を早く読めるようになりたいと思って
速読教室に通い始めたんです。

これが僕にとって、お金を払って何かを勉強する第一歩でした。

で、速読のトレーニングの趣旨もあって
ビジネス書や自己啓発系、心理系などの本を
スピードを上げながら読む練習をしていったんです。

それから読書量とスピードが上がっていった気がします。

特別なトレーニング効果があったかというと
必ずしもそうではなかったのかもしれません。

本質的には、それ以前の僕が
 実際に読めるスピードよりも遅く読んでいた
というのが実態でしょう。

一瞥して意味を認識できる文字量を
どれぐらい広げていけるか。

そのために視野を広げたり、目の動かし方を訓練したり…
いわゆる速読のトレーニングが役に立ったんだと思います。

言い換えると、それ以前の僕にとっての本を読むプログラムが
 狭い範囲の文字に注意を集中して
 単語を心の中で読み上げてから次の単語に目を移す
という非効率的なものだったのを、
 目を先に進めてから、
 その前に見ていた範囲のフレーズを心の中で読み上げる
というプログラムに変えた形です。

目の動かし方と注意の範囲、認識のプロセスを
効率的なものに変換できたんだと思います。


ところが今、英語の本を読んでいて
自分の読み方が日本語の時と違うのを実感しています。

以前のゆっくりだったときの本の読み方そのもの。

英語でも速読のトレーニングが必要な気がしてきました。
視野を広げ、限界のスピードを心がける。

そのためには量のトレーニングが欠かせないんでしょう。

読みたい本があるわけではないですが、
トレーニング目的で読書量を増やしてみようかと思っています。

何より、僕が日本語を読んできた文字量と比べると
英語を読んできた量は圧倒的に少なすぎますから。

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2017年07月05日

文字から新しい

ロシア語に興味が出てきたので
この本を買ってみました。




このシリーズは概要をつかむのに読みやすくて良いんですが、
「スペイン語のしくみ」と比べると少し大変な部分がありました。

それは文字に関してです。

スペイン語はアルファベットなので
英語と同じ文字を使います。

さらにスペイン語の母音の発音はローマ字とほぼ同じです。
(厳密には音の違いがありそうに感じますが
 発音表記上は同じとして扱われるみたいです)

子音は英語と近く、r や c など英語と違ったパターンや
rr のように巻き舌の音があったりするものの、
それほど注意点が沢山ある感じはしません。

ですから簡単にまとめられた本の中で紹介される例文でも
とりあえず音としてイメージしながら読むことができるわけです。

一方、ロシア語ではキリル文字というのを使います。

これがもう大変です。
33の文字を新たに覚える必要があります。
そして対応する基本の音も覚えないといけない。

この本は超入門的な位置づけで、新書のような読み物扱いですから
あまり語学の基本として「文字を覚えるところから」
といったスタンスでは書かれていないんです。

「こんな文字を使うんですよ。面白いですね。」ぐらいの雰囲気で
少しずつ例文とともに紹介されていくスタイル。

なので一覧で文字と音の対応を把握できる本ではないようです。
それはむしろ一般的によくあるロシア語の入門書のほうが
奇麗にまとまっているみたいです。

ともあれ、日本語でロシア語の文法を概要として紹介している中で
例文の音をイメージしようと思ったとき、文字に馴染みがなさ過ぎて
「あれ、この単語は何ていう発音だったっけ?」と
立ち止まってしまうことがあるんです。

そういうときは最初に登場したページに戻ればいいんですが、
一覧ではなく例文の解説として順次に紹介される形式上、
どこに、その文字の読み方の解説があったかを探すのも一苦労。

やはり文字と音の対応ぐらいは最初に固めるほうが良いんでしょう。

日本人は英語に触れるキッカケとして、かなり早い時期から
アルファベットに親しんで生活をしています。

初めて英語を習うときでさえ、そこそこ知っているでしょう。
ローマ字としてアルファベットを使うときもありますし。

その後、ヨーロッパ言語に触れたときにも
アルファベットを使っている限り、
文字に馴染みがないという事態には遭遇しません。

ですが、外国語の中には文字体系が全く違うものも沢山あります。
ロシア語はそのうちの1つ。

新たに勉強しようとすると、まず出だしでハードルが高めに感じます。

言語としての全体像をつかむより先に、
文字そのものを覚える段階が求められるのかもしれません。

そういう意味では、超入門の本で勉強するのが良さそうです。

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《コミュニケーション講座》
〜受け取ってもらう伝え方〜


【日時】 2017年8月20日(日)
     10:00〜16:30


【場所】 滝野川会館
    304集会室

    JR上中里駅より7分
    JR駒込駅より10分
    南北線西ヶ原駅より7分


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次回開催は9/10 & 9/24の予定


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《新カウンセリング講座》
 〜まとめと実践〜


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《勉強会》 

【テーマ】 変化の流れを考える

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次回は未定



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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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