コミュニケーション

2018年07月10日

直近の講座案内(9月予定)

この頃はほとんどの土日にセミナーが入っていて
なかなかこちらでの講座を開催できないでいました。

ときどき講座開催についてのお問い合わせなどもいただき
恐縮するところもあったんですが…。

諸事情で予定が変更になりまして
9月の土日が1つ空きました。

なので9月9日(日)に久しぶりの講座をやる予定です。
時間帯は10:00〜16:30ぐらい。

内容は検討中です。

今の僕の状態からすると、最低でもチョットは
瞑想の時間が含まれるのではないかと想像しています。

正式なご案内は一か月前ぐらいになるかと思いますが
とりあえず日程のお知らせまで。

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2018年07月09日

よくもわるくも

どうも最近、他人からの影響を受けやすくなっているようで
人が増えるほど負荷がかかっていく印象があります。

混雑した電車に対しての苦手意識も高まっていますし、
ジムも人が増えると居心地の悪さを感じます。

逆にジムに関しては、ここ二回ぐらいですが
以前と同じぐらいの時間帯に行ったにもかかわらず
人が少ない中で運動することができて、なかなか快適でした。

一か月前ぐらいは深夜なのに僕の他に5,6人いるような状態で
マシンが気軽に使えないどころか、湿度や体温、
ダラダラした雰囲気が充満していて耐えられないぐらいだったんです。

それが少し減ってきたのか、たまたま続けて人が少なかったのか、
判断はし難いところですが、とにかく人が少ない方が
自分のペースで運動ができて快適です。

先日は運動している間に他の人が帰っていって
最終的に一人きりで過ごすことができたので、これはもう
なんだか凄く贅沢な時間を過ごした気分でした。

乱されるものがないという快適さを強く実感した時間です。

運動のパフォーマンスも上がる気がしましたし、
一つ一つの動作を丁寧に心がけながらのトレーニングもできました。
普段より長めに滞在していたんじゃないかと思います。


また影響の受けやすさという点で自分でも驚いたのは
先日、有名な先生を呼んでセミナーをやって頂いたとき。

僕は会場設営とチョットしたお手伝いぐらいをしただけで、
基本的には受講生として講座の内容を楽しんでいました。

長さにしても午後の時間帯ぐらいだけですから
会場準備から含めても6時間ぐらいだったはずです。

にもかかわらず、なんだかよく分からないけれど
ヘロヘロになるような疲労感がありました。

セミナーの受講生側を体験するのは今年も別の機会でありましたし、
担当講座の引継ぎのために他トレーナーの講座を見学したことも
今年の前半に何度か体験しています。

つまり自分がトレーナー・講師をやるのではなく、
別の立場でセミナー会場という場に身を置くこと時間。

これだったら以前は、自分が講師をする立場と比べて
もう圧倒的に違うぐらい疲労感が小さかったんです。

受講生として勉強しているときでも、見学のときでも
丸一日終わった時点から更にもう一回やっても大丈夫そうなほど。

「勉強は疲れない」というわけではありませんが、
講師やトレーナーをするのとは消費するエネルギーが別物というか、
終わった後の消耗具合が劇的に違う感じ。

少なくともこれまでは違っていました。

ところが先日、有名な先生の講座に身を置いたときは
自分が講師をしているわけでもないのに、
まるで自分が丸一日のセミナーをやったかのような消耗だったんです。

有名な先生だから緊張したのかというと、そうではないと思います。

昨年に海外の講師のお手伝いをしたときも、スライドの管理とか
その場での資料の翻訳とか、受講生のサポートとか、
かなり気配りをしながら緊張感をもって慌ただしく過ごしましたが、
先日のような消耗はありませんでした。

どうも作業量とか気配りの量とか、そういったこととは違う
単純に人が多いことによる負荷がかかっていそうな気がします。


とはいえ、デメリットばかりではありません。

NLP的な説明をすればペーシングが上達したともいえそうです。
他人と同調しやすくなったというか。

非言語レベルでキャッチできる情報量は増えていそうですし、
感情として捉えられるものの感度も上がっている気がします。

当然、それに合わせた対応もしやすくなっていると思います。

語学をやっていても内容が記憶に残りやすくなっているというか
耳からだけでも単語やフレーズを覚えやすくなった気がしますし、
聴き取りや発話に関してもスムーズになった印象を受けます。

今なら海外の語学学校に通うタイプの短期留学でも
結構な効果が出るんじゃないかとも思うぐらい。

量的に集中したトレーニングと、現地の雰囲気からの影響とで
自然に入ってくるものが増えるんじゃないか、と。

消耗の激しさに関しては対処法が見つかっていませんが
今のところ回復もできているように感じます。

消耗する→回復する→消耗する→回復する→…というサイクルが
今までよりも早まっているだけかもしれません。

そう考えればペーシングの効果が上がっていることと
一長一短といったところでしょうか。

スムーズな生活パターンを見つけたいものです。

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2018年07月05日

トレーニング課題をシフトする時期

最近、フランス語の音読を始めました。
トレーニングとしてです。

もちろん発話の練習にもなりますし、
何度も触れる単語やフレーズは覚えやすくもなります。

さらに、音の連続のパターンを捉える訓練として
聴き取りにも効果があると思われます。

やってみると実感としてなかなか意味がありそうな印象。


また先日、マンツーマンのフランス語の体験レッスンに行ってみて
ゆっくりとした丁寧な会話をやってみて感じたのは、
意外と簡単なようでもトレーニング効果が実感できるということでした。

ハードルを上げて負荷をかけることだけがトレーニングではなく、
簡単に感じられることを繰り返すことでも
しっかりと必要な力がついてくる場合があるようです。

これは公文式なんかでも見受けられる方法です。
簡単なことを繰り返しやる。

いずれはレベルも上がっていきますが、
ともすると単調とも思える簡単な繰り返し訓練も
欠かさずにこなすようにするみたいです。

当然、簡単なことが本当に簡単になって、
まったく負荷のないものになったら、そのときには
もうトレーニングとしての効果を失っているでしょう。

その一方、軽い負荷で丁寧にやるというのも
意味のある練習になることが多々あります。

身体のトレーニングをする人たちも、
限界ギリギリの重さで負荷をかけると、フォームが崩れて
雑なやり方になることがあるように見受けられます。

しっかりとやっている人は身体の動かし方を意識しながら
軽めの負荷で丁寧に動かすこともしているようです。


語学では、
・Complexity (複雑さ)
・Accuracy (正確さ)
・Fluency (流暢さ)
の3要素を、技能の高さとして評価することがあります。
頭文字をとってCAFなんて呼ばれることも。

トレーニング段階から、この3つのバランスを意識するのも
大事なんだろうと感じています。

僕がフランス語の勉強を始めたときは
(学生時代にやっていたのを再開したときは)
大学の公開講座で「正確さ」を重視した内容でした。

文法を丁寧に扱いながら、少しずつ高度な内容に進んでいく感じ。
教科書には読解の文章や文法の練習問題もありましたが、
いずれも難しい単語が膨大に入っている感じではありませんでした。

その後しばらく通っていた日本人の先生のところも
やはり「正確さ」を重視した感じだったと思います。

文法をしっかりと抑えつつ、聴き取りを中心にやりました。
ここでも複雑すぎる単語はそれほど多くなく、
知っている単語や表現を正確に聴き取れるかが課題だった印象です。

それからフランス人の経営するスクールに行ってみました。
こちらは「複雑さ」を重視しているように感じます。

ある程度、僕が「正確さ」をトレーニングしてきたのが
先生の側にも見てとれたからだと思います。

文法的なトレーニングをやればミスが少なく、
発音も修正箇所が少ないそうです。

そういう文法的な基礎知識と
英語学習の経験を通じたヨーロッパ言語の文章構造への慣れとが
吸収の速さを生んでいると判断したらしく、
ちょっと早めに高いレベルの授業で負荷をかけているみたいです。

効果は実感できるものですが、一方で僕の実感としては
基本的なところから気軽な会話をする量が少ないとも感じます。

難しい意見を言葉にしなければならず
ボキャブラリーが足りなくて困ってしまったり、
その結果、きちんとした文章で説明をせずに
ごまかしたような表現で伝わってしまうことが多いんです。

もっと基本的なレベルで文章をスピーディーに組み立てるためには
簡単な内容で量を多く話すことが重要な気がしています。

つまり、これまで「流暢さ」に焦点を当てたトレーニングは
十分にしてきていないのではないか、ということです。


なので今後は、音読やライティング、
簡単なテーマでのフリートークなどを通して
単語を組み合わせて文章を組み立てる運用力をトレーニングし、
「流暢さ」の面に焦点を当ててみたいと思っているところです。

その面を鍛えると、全体も底上げされるんじゃないか、
と期待もしています。

語学に限ったことではありませんが、このように
1つの技術には様々な側面で求められる能力があります。

その全てを常にバランスよく向上させていくのか、
それとも一側面を強調してトレーニングをして
タイミングを見計らって別の側面を鍛えていく流れにするのか、
どちらが良いのかはハッキリとは言えません。

ですが個人的には、到達点が遠く感じられる技術、
自分にとって馴染みの薄い技術ほど、
必要とされる側面をそれぞれ別々にトレーニングして
しっかりとした土台を作るのが良さそうに考えています。

そのためには、必要なタイミングで、
必要な種類のトレーニングにシフトするような
技能レベルと課題の見極めが求められるはずです。

残念ながら、これができる先生やトレーナーは多くないみたいです。

僕のフランス語学習は結局、自分の判断でタイミングに応じて
集中してトレーニングする要素を変えてきています。

見極めのできる指導者に巡り合えるか、あるいは
トレーニング方針の話し合いをしてくれる指導者に巡り合えるか…。
ここは大きな違いを生みそうです。

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2018年07月02日

カウンセリングの本質

カウンセリングの技術とか、コミュニケーションのやり方とか
「どうすれば相手の気持ちが分かるか」とか、
そういう質問を受けることがよくあります。

端的にいえば、一番効果的で本質的なのは
『自分の問題をコツコツと解決していくこと』です。

経験的にそれが一番大事だったと強く実感します。


1つのポイントは、
自分の問題を解決するには、まず自分の問題に気づく必要がある
ということです。

自分の問題に気づくためには、
自分の内面を意識に上げられることが欠かせません。

そして自分の中に起きる心の動きの癖を捉え、
それがどのように他者との関係で厄介なことを生んでいるのか、と
しっかりと理解することが求められます。

「あまり困っていない」とか「これは仕方ない」とか
そういう風に気に留めないのも楽に生きるコツでしょうが、
だとしても自分の心の癖を変えることで
不快なこと、厄介なことが減る可能性があるなら
あまり困っていないとしても自分事として取り組んでみる。

そういう作業を続けていくと、心の癖の仕組みも分かってきますし、
他人の心の癖も自然と目につくようになっていきます。

そして些細な不快感であっても、自分の心の動きを捉えられれば
小さな心の動きをキャッチする能力が磨かれます。

これが相手の小さな心の動きを捉えるのに役立ってくるんです。

感情レベルの変化を捉える感度を上げるにしても、
心の癖をピンポイントで捉えられるようになるにしても、
自分の問題をコツコツと解決していく作業が糧になります。

さらに自分の心の中の些細な不快感も無視せずに、
仮に困っていないとしても問題として解決しようとしていくと、
問題を「大したことがない」などと低く見積もらなくなります。

他人の悩み相談を聞いているときも、
「それが問題なの?」「そんなことで困っているの?」
「それぐらい誰でも我慢しているでしょ?」
などのように、評価的になることが減っていきます。

相手本人の主観的な苦しさの度合いは抜きにして
「不快感を生む心の癖」というニュートラルな見方ができるからです。

そして自分で問題を解決することを続けていくと
大したことがないと考えていた心の癖が、実は意外と
心の奥底で大きな苦しさと繋がっていた…なんていう体験も
起こってくるものなんです。

それを体験的に知っていれば、他人の問題を
「大きなテーマ」だとか「大したことがない」とかと
評価することはなくなっていくはずです。


自分の問題に取り組むのが大事な理由は
もっと沢山あるような気がするので続きはまた書くかと思いますが、
まずは「問題に気づくことの大切さ」を強調しておきました。

それがないと、そもそも他人の問題に気づけませんし、
心の動きに対しても鈍感になってしまいます。
知識的・分析的な評価に偏ってしまうこともあります。

自分の問題にコツコツ取り組む謙虚さを持つことで
些細な心の動きや、小さな嫌な気持ちを軽んじなくなれます。

これが1つのポイントです。

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2018年06月29日

体験レッスン

フランス人とマンツーマンで会話ができるところへ
体験レッスンに行ってみました。

どうやら多くの受講生は初心者に近い状態で来るようで、
担当してくれた先生は、かなりゆっくり話して
フレーズの理解の確認も丁寧に進めてくれました。

もっと早い会話でも問題はなさそうでしたが、
早くなってしまうと理解度が下がっていても
全体の流れで補ってしまうところがあります。

その点、ゆっくり進めてもらうことで
ほぼ100%の理解を保ちながら会話が進む印象でした。

こちらの発話についても丁寧にチェックしてもらえたので
「会話」という内容重視の時間ではなく
トレーニングという形態として有効だったと感じます。

ゆっくりやる分、記憶に残りやすいといったところでしょうか。


話の内容は決して難しいものではありませんでしたが
内容について考える負荷をかけずに、
とにかく言葉をつなげていくことに集中できます。

こういうトレーニングは、ある時期に必要な気がしました。

あとは自分にとって馴染みのある分野から
発話のトレーニングを始めるのが有効そうです。

自分がよく使うボキャブラリーを把握して、
それをまず覚えて使えるようにしておく。

骨組みを作ってしまうイメージです。

詳しい分野、好きなトピックで自分の考えを述べられるように
前もって文章を書いておいたりするのも良さそうです。

1つの方法は、自分の好きな分野で
「こうするのが良い」「こうするのが大事」
といった意見をまとめてみること。

もう1つは、身の回りの印象的な出来事をエピソードにする。

まずは日本語で書いてみて、それから外国語にするのでも、
最初から外国語で書いてみるのでも構いませんが、
とにかく詳しく意見を書こうとするプロセスが重要なはずです。

そうすると言いたいことの中に、自分が言えない部分が見つかります。
そこを丁寧に調べながら取り組めるのが
書くトレーニングのメリットだと思います。

そして書いてまとめたものを覚える。

実際、こういう英語のトレーニングをするスクールもあります。
多くの場合は、自己紹介とか仕事の話とかを文章にして
それを丸覚えするような形のようですが。

個人的には丸覚えの必要はないと思うんです。
むしろ似たような話で数をこなすほうが役に立つと思います。

似たような作業を繰り返すと、一般化された部分が記憶に残り
応用できる形で「自分の発話パターン」が作られるはずですから。


今回僕が体験にいってきたスクールでは教科書もありましたが、
フリートークでやらせてもらえると安価になる仕組みがありました。

教科書を使わずにやるには、トピックを用意してきて
それについて話し合うという感じになるようです。

そのためには自分で事前に題材を決めておく必要があります。

ネット上からニュース記事なんかを探してもいいとのことでしたが
むしろ自分で意見やエピソードなどを書いて、それを持参して
会話をしてからライティングのチェックをしてもらう
なんていうのも良さそうに感じます。

まずは書いた内容を覚えている範囲で、読まずに話してみて、
それから話を広げて、で書いたものを最後にチェックしてもらう。

そんな流れでやってみようかと考え中です。

ちょっと大変ですが、それぐらい負荷をかけた方が
むしろトレーニング効果が出る時期ではないかと思っていますので
一定期間だけでも、まずは試してみるつもりです。


いずれは「効率的な外国語習得の方法」という形に
まとめられたらいいんですが。

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2018年06月25日

中級の壁

先日、ふと思い立ってフランス語のスクールを探しました。

別に今のところに不満があるわけではありませんし、
今通っているところでもトレーニング効果は実感できています。

が、もっと自発的な発話の練習をしたい気がしてきたんです。

とりあえず他は置いておいて、まず
現状の僕の中にあるボキャブラリーをアクティブにしたい。

「アクティブ」というのは「すぐアウトプットに使える」
という意味です。

一方、「受動的(パッシブ)なボキャブラリー」というと
「聴いて分かる、読んで意味が分かる」種類のもので
インプットのときに問題なく使えることを言います。

語学をやっていれば、インプットのときには分かるけれど、
自分が発話したり書こうとしたりしたときには出てこない、
つまりパッシブなだけでアクティブになっていないボキャブラリーが
ある程度多いのは自然なようです。

特に日本人が外国語を勉強するときは文法から学びがちですし、
文章を解読するようなインプット主体の勉強になりやすいようです。

最近、僕は実感として聞いているときには分かるのに
自分からは出てこない単語が多いことを強く自覚し始めました。

だからアウトプットのトレーニングをすべき時期だろう、と。

それでスピーキング中心のトレーニングをしたくなったと思われます。


とりわけ僕の場合、フランス語を書くときには出てくるのに
会話の中では出てこない単語や表現などもあったりします。

あるいは頭の中でフランス語で考えたりするときには思いつくのに
発話の段階になると詰まってしまうこともあるようです。

ですから、頭の中で自動的に組みあがったフランス語の表現を
口から出して話す段階に、まず大きな障壁があると考えられます。

ここは単純に反復トレーニングというか、量の問題でしょう。
発話の量を増やして、自然と口から言葉が出やすい状態を作れば
このステップで起きる問題は解消されると想像しています。

そのためには、ある程度の時期を集中的に
発話の練習だけに充てた方がいいだろうと考えたんです。

ですが今通っているスクールは、そういうスタンスではない。
もっと全体的にバランスよく練習するスタイルになっています。

話せる言葉は聴き取りも理解もスムーズになるものですから
会話のトレーニングを集中的にやってしまった方が
全体の底上げにもなるはずだと考えています。

なので、あまりカリキュラムがはっきりしておらず、
ただフリートークのような形で発話の量を増やしてもらえる形で、
しかもマンツーマンでやれるところを探しました。

できれば、その日に話した内容についてのライティングを宿題にして
正確さとボキャブラリーの充実を図れれば、
効果はより高まるだろうと思います。


あとはスピーキングとライティングの両面から
頭の中にある知識や理解、考えなどを
フランス語の単語や言い回しと結びつけるのも目的です。

一度、土台となるフランス語ネットワークを頭の中に作りたい。

今の段階では語彙力も不足していますが、
とりあえず現時点でもベースを作っておければ
その上に新たな語彙や表現を乗せていけると思うんです。

英語を勉強していたときのことを思い出すと、
集中的にトレーニングし始めた当初は
圧倒的にインプット用の勉強をしたものです。

単語もひたすら覚えました。

知っている単語は聴き取りもスムーズになりますし、
読解の際にも単語の意味で詰まることなく、
全体の理解に情報処理能力を使えるようになります。

なので最初に一気に単語を覚えるのは役立った記憶があります。

今の僕のフランス語の語彙量は、そのころの英語ほどはありません。

それでも文法事項への慣れや、文章構造への慣れという意味で
それなりの段階には来ている実感はあります。

当時の英語の感じと近いぐらいか、あるいは
英語で身につけたベースがある分だけ
フランス語の文章構造への馴染みは先に行っているかもしれません。

聴き取りに関しても音への慣れは、それなりになっていそうです。
少なくとも英語を勉強した当時と同程度にはなっている印象。

実際、英語を勉強していたとき、僕はこれぐらいのタイミングで
(語彙力だけは先に強化していましたが)
スピーキングに集中したトレーニングを始めていたんです。

とにかく自分の考えを英語に置き換えて
頭の中にある情報のネットワークを英語の表現と結びつける。
英語ネットワークを作るトレーニングをしていました。

ここは少し負荷をかけて短期集中でやったんです。

ある程度スムーズに発話できる感じが出てきたあたりからは
地味に英語を使い続けているうちにスムーズさが上がった気がします。


会話そのものの練習というよりも、あくまで
アウトプット用に文章を組み立てるトレーニングが必要で、
それによって頭の中に「フランス語ネットワーク」の基礎を作りたい
ということなんです。

言い換えると、
フランス語についての知識や理解がバラバラな状態なのを
一気に結びつけてしまいたいわけです。

単語の意味を知っている、
文法のルールを覚えている、
フランス語の音声を認識できる、
フランス語特有のリズムを掴んでいる、
典型的な表現や言い回しのパターンを把握している…、
など、勉強して覚えてきたものを、
もっと積極的に繋げる作業をしよう、と。

それをやれる時期が来たような印象を受け始めたんです。

ここを過ぎると、それなりに実用的なレベルになると予想します。

あとは高度な表現や使えるようにしたかったり、
正確性を上げたかったりしたときに、
本腰を入れた勉強をする必要は出てくるかもしれません。

それでも土台ができてしまえば、
沢山のフランス語に触れるだけでも
徐々に進歩はしていくと思うんですが。

語学の中でも重要な壁の一つがやってきたようです。

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2018年06月22日

感情表出のパターン

心理学の用語で「Display Rules」というのがあります。
感情の表し方について文化的に共有されているルールのことです。

日本の心理学では「表示規則」とかと訳されるようですが、
直観的にイメージしやすい訳ではなさそうに感じます。

「感情表出ルール」ぐらいに捉えると良いんじゃないでしょうか。


心理学の分野でも、感情表出のパターンが
文化によって異なるということを認めているわけです。

とはいえ、大雑把に「西洋と東洋では違う」といった感じですが。

もしかすると個別の詳細な研究として、同じ西洋文化圏や
東洋文化圏の中でも違いを見ている研究もあるかもしれません。

それでも心理学の中心はアメリカといえるでしょうから
アメリカ人から見た観点に寄ってしまうのは仕方がないんでしょう。

日本人からすると、日本と韓国と中国は全く別物に思えたとしても
西洋の人からすると区別がつかないことが多いらしいです。

フランス人もそう言っていました。
日本に来る前は区別がつかなかった、と。
見慣れてきたら見た目で判別できるようになったとのことです。

さらにアジアには東南アジア、南アジアなど多くの国が含まれます。
そちらにもやはり違いはあるでしょう。

もちろん「西洋」という範囲でも、違いはあるはずです。

アメリカとイギリスを同じ範疇に入れるのは僕には違和感がありますし、
ヨーロッパの中でも地中海系の暖かい地域と
東欧寄りの寒い地域でも、コミュニケーションのパターンには
大きな違いが見てとれるように思います。

アメリカの大学が中心となって論文を発表している状況では
東洋、西洋の内側にある細かな違いまでは
それほど重視されなくなってしまうのかもしれません。

ざっくり言ってしまえば、
 アメリカ人からすると、高頻度で出会う東アジア系の人たちは
 感情の表し方が、アメリカのものとは違って見える
という話です。


具体的には、その違いを一言で表すなら
「アジア人は感情を抑えてコントロールする傾向がある」
といった感じです。

アメリカ人のほうが抑え込まずに、ストレートに表現する、と。

表現するといえば聞こえが良いですが、
コントロールせずに「そのまま出てしまう」
とも言い換えられそうです。

僕は日本以外のアジア文化を詳しく知らないので、
街中で見かける中国人観光客や日本在住のアジア人しか
判断材料となるものがありません。

その範囲からすると、中国人は日本人よりもずっと
感情が大きく表れたコミュニケーションをしているように見えます。
声のトーンにも、表情にも、しぐさにも、大きく感情が反映されます。

が、心理学の知見として言われている「Display Rules」は
文化的に決まっている感情表現のルールのことなので、
ポイントは「どんな状況で、どのように表すべきか」になります。

なので「感情が出たときに大きく表れるかどうか」よりも
「いつ、どこで、感情を出してもいいのか」
「どういう場面では感情を出さないようにコントロールするのか」
が重視されると考えられます。

その意味で観察すると、確かに街中の移動中や買い物の最中に
家族や友人と感情を大きく表しながら過ごしている中国人も、
コンビニの店員をやっているときは無表情に近くは見えます。

僕の目からすると声のトーンや動作、些細な表情の変化に
面倒臭そうな気持ちや、楽しくない感情が見てとれますが、
それらの表し方は決してストレートではありません。

一応、職業人として我慢してコントロールしようとはしています。

あくまで日本人よりも非言語メッセージに感情が出やすいだけで
出ないように心がけている様子そのものはあるといえます。

まぁ、心理学で感情を捉えるときには、
微妙な非言語メッセージの「変化量」ではなく、
大きく変わった典型的な特徴をもとにしていますから、
日本人店員よりもヤル気がなさそうに見える中国人店員も
心理学の範疇ではあまり区別しないのかもしれません。

とにかく感情を「大きく」出さないように心掛けること、
そのコントロールがなされるかどうかが重要な違いだ、ということです。

日本人が感情をコントロールする場面と
他のアジア各国の人たちがコントロールする場面では、
おそらく文化的に違いがあるんでしょう。

そのため日本文化しか知らない僕からすると
「(日本では)こういう場面では感情をコントロールするのが標準」
と判断する状況でも、他のアジア人は
感情をコントロールしているように見えないんだと思われます。

裏を返すと、僕が気づいていない状況で
感情をコントロールしている場面がある可能性もある、と。

「いつ、どこで、どのぐらいコントロールすべき」とされているかは
各文化によって決まった『ルール』だと言えるでしょうが、
アジア圏にはそれぞれのルールで「コントロールすべき状況」が
かなり多く見てとれる、という話なんでしょう。

その点、西洋文化のほうが、東洋文化にありがちな
「皆と同じように感情を抑えるべき場面」というルールが少ない。

ゼロではないはずですが、西洋には少ない。
東洋よりも少ない。

そんな結論なんだろうと思います。


感情表出のルールがハッキリしない場面は
日本文化の中でもあると考えられます。

例えば、家族の中。
あるいは恋愛関係。
赤の他人でも揉め事が起こったとき。

こういうときは感情が強く生まれがちです。

感情を駆り立てられる出来事があったとき、
それをどうやって扱うかが人それぞれ違います。

大声で怒りを出す人もいれば、
泣いて場を収めようとする人も、
すねながら相手を攻撃する人も、
グッと我慢して耐える人も、
八つ当たりして不満を撒き散らす人もいます。

言い換えると、ハッキリしたルールがないわけです。

逆に、例えばデパートの店員だったりすると(日本では)
理不尽なクレームを言われたとしても
冷静で丁寧な対応をする必要があります。

内心ではハラワタが煮えくり返っていたり、
クレーマーに対して軽蔑心が生まれていたり、
恐怖心に激しく取り乱していたりしたとしても、
表面上は冷静を繕って、丁寧な対応をすることが求められる。

こういう場面はルールがハッキリしているといえます。

電車の中で隣の人のイヤホンの音が気になっても、
ガムをかむ音が気になっても、匂いが嫌だったとしても、
あまり思いっきり不満を表現することはないでしょう。

我慢するほうが基本で、精一杯の抵抗として
不満を少し態度に表すぐらいなものだと思われます。

公共の場でもやはり、感情を抑えるルールがあるわけです。

感情表出についてのルールも、
暗黙のルールとして共有されている以上は
自覚されやすい、気づきやすいものです。

一方、ルールがない場面のほうでは
ルールが存在していないことには気づきにくい。

自分の文化ではルールがない状況に遭遇したとき、
ルールを意識しようとする発想そのものが出てきにくいんです。

だから知らないルールがあったとしても見つけることが難しい。

外国からの観光客が日本のルールに気づけないとしても
それはある程度、当然のことだと言えるのかもしれません。
本人たちの文化ではルールが存在しない状況だったとしたら
ルールを探そうとさえできないわけですから。

同じことは僕にも起きている可能性があります。

外国で知らないうちにやってはいけないことをしているかも…。

知らないルールを教えてもらえれば手っ取り早いですが、
そうでないとしたら
「今、何かルールは存在していないだろうか?
 あるとしたら、どんなルールだろうか?」
と気をつけるぐらいしかできないような気がします。

他者を尊重するのだとしたら、その人の文化のルールを
知らないうちに踏みにじらないように心掛けたいものだと感じています。

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2018年06月17日

混雑が苦手です

いまだ体調管理に戸惑っていますが、その理由の1つに
ジムへ行きにくくなっていることもありそうです。

僕の通っているジムはトレーニングマシンだけを置いてある
24時間営業のところです。

なるべく人がいない時間帯が良いのと、
運動した後はすぐに入浴して寝てしまいたいのとで、
だいたい深夜1時ごろに行くようにしてきました。

この時間帯でしたらセミナーから帰ってきた日も
頑張ればジムに行くことができますので。


ところが最近、この時間帯が混んでいるんです。

混んでいるといっても10人はいませんが、
元々が狭いジムなので5人もいたら大混雑の印象になります。

トレッドミルが5台、エアロバイクが2台、
あとのマシンは各1台しかありませんから。

以前はその時間帯だと、他にいても1人か、多くても2人ぐらい。
長時間滞在することも少なかったので
僕が帰る頃には誰もいないのが当たり前の状況でした。

近頃は、僕以外に最低でも2人は確実にいますし、
3,4人いることもザラになってきています。

そうなると使いたいタイミングでマシンが使えませんし、
この時期は室内の温度や湿度も上がってしまいます。

何より、深夜の時間帯にジムに来る人は
あまり健康的な感じの人ではありません。

やっている様子を見ても、子供の頃から運動が苦手だった印象。
体型的にもスポーツとは離れている様子が見てとれます。

もちろん運動不足の解消のために来ているのですから
そういう人こそ価値があるとはいえるでしょうが、
僕の目からすると、その人たちは運動そのものに対しても
随分とルーズな態度でやっているように見えます。

普段の生活習慣も、日頃の身体の使い方も、
自分の動作や感覚への意識の度合いも、ルーズな雰囲気なんです。

ですから当然、ジムで運動をしても1つ1つの動作がいい加減で、
マシンに座ったままスマホをいじっている時間が長い。
それで長時間の滞在になっているようです。

そうやって使ってもいないマシンの上に居座られると
僕が使いたいときにも遠慮してしまいます。

まったく使う気がないんなら声をかけることもできますが
しばらくスマホを触っていたかと思うと、
ときどきチョットだけ運動します。
だから使っていないわけではない。

動作に対しての意識が低く、運動のフォームとかを気にしないとなると
トレッドミルで走るときには、ドタドタと騒音と振動を生み出します。

ビルの作りからしても元々スポーツジム用の想定ではないでしょうから
フロア全体に大きな揺れが起こります。
この不規則なリズムと振動が僕のリズムに合いません。

人数が増えてくるほど、このドタドタうるさくてルーズで
ノソノソとむさくるしい雰囲気が強まります。


完全に僕の好みに合わないだけで、僕がワガママなんですが、
こちらの目的は、体に溜まったストレスを吐き出すところにあるので
その目的には完全にそぐわなくなってきてしまったわけです。

むしろジムに行くと別のストレスがかかる。
僕は何も筋トレをしたいわけじゃないんです。

先日はついに、ジムに入って、人の多さと雰囲気に耐え切れず
何もせずに立ち去ってきてしまいました。

もっと空いている時間帯を探すことになりそうです。

まずは3時ぐらいに行ってみようかと思います。

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2018年06月06日

落差が大きい

瞑想づけの日々から戻ってきて、最初のセミナーを担当しました。

たった一日でこんなに体力的なキツさが出るとは…。

身体の痛みに対しての感度が上がっているために
講座をしている最中から負荷を自覚していたのも
シンドさを感じた理由の1つだとは考えられます。

今までは講座が終わってから肉体的な負荷を意識することが多く
やっている最中は周りに集中していて
自分の身体の具合に気づいていないフシがありましたから。


ですが、それ以上に
人の影響を受けやすくなっているのが大きいように感じます。

昼休みぐらいの段階で体中の痛みと重たさが大きくなっていて、
これまででいうと、土日2日間を終えた次の日ぐらいの印象。

呼吸もおぼつかなくなってきていた自覚があったので
昼休みの間にストレッチを少しして、トイレで一人になって瞑想をし、
呼吸と体の強張りを緩めたりもしてみました。

それでも正直なところ、一日もたなかった。
終盤には文字通りの息切れがして、
力を振り絞りながら乗り切った感じ。


セミナーが終わって一人になって、最寄りのコンビニに行って
今までだったら買わなかったような飲食物…
なんとなく体が求めていそうなものを少し購入して、
小雨に打たれながらそれを口に入れて。

そのころから徐々に重苦しさが減ってきて呼吸が楽になり
段々と回復が始まっていったようでした。

自分のための時間を取るのが回復に効果的だと感じます。

雨水も負荷を洗い流してくれるようで好印象でした。
シャワーで気分転換になるのも納得ですし、もしかしたら
滝に打たれるなんてのも同じ方向性だったのかもしれません。

とはいえ、帰宅のために電車に乗ったら、再び苦しさが逆戻り。

駅を出て自宅に近づき、人が減ってくるあたりから楽になってきて
自分の部屋に戻ったら一気に落ち着きました。

よほど一人でいることが大事みたいです。


シンドくなるのも早かったですが、楽になるのも早いのが
今までとは違った傾向に感じられます。

早めに気づくようになっただけだったら良いなぁと思いますが…。

しかし体の強張りは、一人になっても残っていました。
何かしらの対処が必要なのは痛感します。

一日のセミナーでこの状態だと、連続してきたときに
どうやって乗り越えたらいいのか、チョット先が思いやられます。

とりあえず、軽く運動をして強張った部分を動かし、
その部分の血流を上げて酸欠を回復させることにしました。

それからストレッチをして強張りを緩めて。

雨水が良い気分だったのを思い出して
シャワーを長めに浴びてみました。

湯船で温まるのとは違った意味で、少し楽になる感じがしました。

そして睡魔に抗うこともできずに仮眠をとって
目が覚めたら体中がカチコチな状態。

もう一度ストレッチをして、それから瞑想をして
心身をリラックスさせることにしました。

これでようやく次の日に動けるようになったというところです。


少し前までは、ここまで回復のための取り組みはしていなかったんですが。

体調的には万全に近い状態から、一気に限界まできてしまうのは
どうやって対処したらいいものか、まだ分かっていません。

試行錯誤を繰り返しながら良い方法を見つけたいものです。

cozyharada at 23:26|Permalinkclip!

2018年06月03日

サンディエゴ動物園

今回のアメリカでは、予定を少し延長して
サンディエゴまで訪れてきました。

きっかけは昨年にお手伝いした催眠の講座。

その先生がサンディエゴ近郊に住んでいて、
以前にサンディエゴ動物園のサファリパークで働いていた
ということで「来る機会があったら訪れてみては?」と
なんとなく勧められていたんです。

なんでも象の飼育員をトレーニングする必要があって、
全飼育員の中に一人だけいる達人をモデリングして
皆が同じくクオリティで世話ができるようにしてほしい、
という依頼だったそうです。

動物は見て学べることが多いですし、
その先生も再来日を検討しているとのことなので
話のネタ作りという意味でも行ってみることにしたわけです。


僕が瞑想のために滞在していた街からは
ロスアンゼルス経由で行くことになってしまいましたが、
同じ西海岸ですし、ロスからも近いところのようです。

カリフォルニア州の中でも最南端に近い場所で
メキシコまですぐといった土地。

サンディエゴも国際空港ながら、ずっと小さな空港で
全体的に落ち着いて、のんびりした雰囲気がありました。

セキュリティチェックの人なんかも、温厚で親切。
ロスアンゼルス空港の職員の傍若無人っぷりと比べると
同じ国とは思えないぐらいでした。

人の動きもゆっくりしていて、
地元の人は話し方も少しルーズな感じがありました。

気候や生活リズムなどが関係しているのかもしれません。

空港の建物からそうでしたが、街並みも美しく
古い建物と最先端の高層ビルが入り混じっていて、
観光地と行政・ビジネス地域が組み合わさったような印象。

乾燥していて空気もキレイなようで、空は真っ青。
ゴミゴミしていない街並みと合わさって、
気分もゆったりしてくる感じがしました。

日差しの強さと感想で肌がやられることを除けば
住むのにも快適なんじゃないかという考えが浮かびます。

一方、その次の瞬間には
「こんなのんびりしたところにいたら
 仕事をする気にもならないかもしれない」
という考えも浮かんできました。

色々な人から「美しい街だ」と聞いていた理由が
行ってみて強く実感できた気がします。


空港からホテルのある市街地までもタクシーで10分弱ぐらい。
色々なものがコンパクトにまとまった感じでした。

やはりサンディエゴは動物園を推しているのか
ホテルの部屋にもバスタオルで作った象がお出迎え。

SD2


























僕はそれほど観光好きではないので、目的地だった動物園へ直行しました。

交通手段は初めて使ってみたUberという民間タクシーのようなシステム。
日本でもUberの食べ物配送サービスがあるようですが、
アメリカはいわゆる「白タク」が違法ではないのか
かなり幅広く使われているようです。

スマホアプリでGPSの現在地情報を利用しながら
近くにいる車を回してくれて、支払いもアプリ上でカード決済。
数分待てば車も来ますし、価格も日本のタクシー以下じゃないでしょうか。

サンディエゴ動物園は市街地の外れに位置した
バルボアパークという公園のようなものの中にあります。

公園とか博物館とか動物園とかが集合しているということから
上野動物園がある「上野恩賜公園」と似た感じかもしれません。

動物園は歩いて回れるサイズで、僕は3時間弱で全部を見て回りました。
それでも敷地面積は上野動物園の3倍ぐらいあるようです。

空が高いせいか、都心にないせいか、あるいは気候のせいか、
とにかく飼育されている動物がリラックスした雰囲気でした。

1つの檻が大きいのとか、地面が土で舗装されいないのとかも
動物にとっては影響しているのかもしれません。

様々な動物の体の使い方を勉強させてもらえました。


そして翌日はサンディエゴ動物園の経営母体が運営している
サファリパークのほうに行きました。

こっちが本当の目的地。
象の飼育がなされているところです。

サンディエゴから車で45分ぐらいだったので今回もUberを利用。

こちらも途中までは歩いて回れるサイズで、
動物園と同じような作りになっています。

で、一番奥のあたりから路面電車やカートが走っていて
奥にある広大な敷地で放し飼いにされている草食動物のゾーンを
見学できるようになっている仕組みでした。

動物の種類に合わせて、生息地に似たような環境を作りながら
かつ見学者から見やすいところに動物が集まってくる工夫があったりして
動物にも人間にも多くの配慮がなされている印象をうけました。

カートに乗って見学したゾーンは、
写真で見たアフリカのサバンナのような感じ。
そこに牛とかヤギとか馬とかが群れで生活していました。

こういう広大な土地を活かしたものは、
いかにもアメリカならではかもしれません。

お目当ての象のエリアは、放し飼いゾーンほどは広くなく、
普通に動物園的な一区画になっていました。

とはいえ、12頭の象にしてみたら十分な広さには見えましたが。

SD1


























なんでもアフリカから繁殖のために連れてきたり、
繁殖した象を世界中の動物園へ出したりと、
ちょっとした保護地域になっているそうです。

先生が話していた飼育システムなんかも見ることができて
十分に話のネタは確保できた気がします。

そしてそれ以上に、象の雰囲気が記憶に残りました。

ゆったりと大きく、遊び心があって、頭がいい。
それぞれの性格にも個体差があるようにも見えます。

親子はすぐに分かって、ケアする母親側と
甘える子供側とが、なんとも穏やかな関係を見せてくれました。

かなりの時間、象を眺めて過ごしてきました。


野生とは言えないとは思いますが、
自然に近いものに触れるのは気分が休まる感じがします。

十分に堪能させてもらいました。

…ちなみに、アメリカの動物園、博物館は高いです。

動物園、サファリパーク共に入場料で6000円ぐらい。
サファリパークはそれに加えて、中でカートに乗って
広い放し飼いゾーンを見に行くと、また6000円かかりました。

あの敷地で動物の管理をしようとすれば安くないのは当然でしょうが、
おそらく税金の支援が出ていないんではないかと想像しています。

博物館も小さなものなのに、1つごとに2000〜3000円かかるようでしたし。
海辺にあった古い船の展示物も、それ単体で見学料が数千円。

文化・教育的なものに対するお金の価値が違うのかもしれません。
ディズニーランドとかと同じような捉え方なんでしょうか。

日本が安いという見方もあるでしょうけれど。

税金の使い道も含めて、文化の違いが表れているのを感じます。

cozyharada at 23:25|Permalinkclip!
おしらせ
 ◆ セミナー情報 

終了しました

《コミュニケーション講座》
〜幅を広げるリフレーミング〜


【日時】 
  2018年4月22日(日)
  10:00〜16:30


【場所】 
  滝野川会館
  304集会室

   JR上中里駅より7分
   JR駒込駅より10分
   南北線西ヶ原駅より7分

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次回は2018年9月9日(日)


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《新カウンセリング講座》
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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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