コミュニケーション

2017年06月16日

5つの声質

ちょっと面白い動画を教えてもらいました。
声のトーンと、その影響・効果を説明しているものです。

プレゼンターはミュージシャンのようなので
声のトーンにはコダワリがあるんでしょう。

主観的な見解であって、学術的な背景があるわけではなさそうですが
直感的に多くの人が納得できそうな区別になっている気がします。

木・火・土・金・水の五行に対応させているのかと思いきや
木の代わりに空気(air)を使っています。

もうちょっと個人的な発想がベースなのかもしれませんし、
ネット情報によると「木の代わりに空気を使う場合もある」らしいので
それがベースなのかもしれません。

西洋の場合は、ギリシャの哲学で 4 elements(四元素)として
火・空気・水・土で考えた歴史があることを踏まえると
五行と四元素をミックスして、木の代わりに空気が入るのも
分からなくはないような気もします。


ともかく声質を、土、火、水、金、空気の5種類に分けて
それぞれの特徴を実演しながら説明しているわけです。

デモは動画の7分過ぎぐらいから始まります。
声のトーンだけでも聞いてみると面白いと思います。

彼女の説明を簡単にまとめると…、

土(地面・地球=earth)は、地に足がついた感じや権威的な雰囲気。

火(= fire)は、情熱やエネルギー。

水(= water)は、心と繋がったもの。
思いやりとか、主張とか、謝罪とか。

金(= metal)は、強調とか増幅。
聞き取りにくい状況で声を届かせるような効果。

空気(= air)は、インスピレーションを与えたり
物語を話したりするのに効果的。

ということだそうです。

確かに声を聴いてみると、納得できる印象を受けます。


もっと重要なのは、おそらく個人によって使う声質が定まっていて
こういう発想で使い分けることが少ないだろう
という部分かと感じました。

自分がどういう声を普段使っているのか、
それが状況や効果とマッチしているのか。

そのあたりのことを自覚して調整するには
こういう基準を想定しておくのも効果がありそうです。



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2017年06月13日

イングリッシュオンリー

先日参加してきた暗唱の講座では、そのスクールの流儀として
常に英語を使わなければならない決まりがありました。

一般的な英会話のスクールであれば
レベルに応じてクラス分けがあったりしますが、
暗唱をする上では大きな違いがないのか
英語力をベースにしたグループ分けなどはありませんでした。

内容としても、主に課題となるスピーチの決められた部分を
インストラクターからフィードバックを受けつつ
繰り返し練習するだけですから、
それほど「英語しか使えない」ことは問題になりません。

時折、練習の進め方やお互いのフィードバックなどの際に
英語でやり取りをする必要が出てくるぐらい。

あとは休憩中の会話程度でしょうか。


そのスクールも普段の授業では、レベルに応じて
内容を変えたものを扱う機会があるようですが、
メインとなる授業ではレベル分けがないみたいです。

そういう状況での「日本語禁止、英語のみで過ごす」ルールですから
人によっては英語だけでやり取りするのが大変な場合もあるようです。

もちろん、そうして英語漬けにすることで
英語力の向上を早めようという趣旨なんだろうとは思います。
留学していれば当然、英語のみになるわけですから
集中して学習時間を確保するには効率的かもしれません。

英語力にかかわらず英語でコミュニケーションしようとすれば
必要な情報のやり取りのために、必死で話すようになります。

そして伝わるのに必要なパターンを早く習得できるでしょう。

もどかしい思いをしながら辛うじて伝わった表現があれば
それを覚えて次回はスムーズに伝えられるようになる。

あるいは、他の人の表現を聞いて、
それを採用できることもあるはずです。

現状の英語力の範囲内で、アウトプットするスムーズさは
英語のみの環境に身を置くことで上がっていくと考えられます。


一方で、日本人ばかりの環境での「英語のみ」ルールには
デメリットもあるように感じられてしまいました。

それは、ほぼ全ての人が英語学習者だということに起因しそうです。

当たり前の話かもしれませんが、英語関連の試験で
高得点を取ったり、上の級に合格したりする人の割合は
点数が高くなるほど少なくなってくると思われます。

上達してきた後にいつまでも通い続けないかもしれませんし、
英語力が上がってきたからこそ
留学など次の環境を目指す人もいるかもしれません。

元々、単純な統計として日本人の平均的な英語力は
それほど高くないとされている上に、
上達してきた人がスクールから去る可能性を考慮すると、
スクール内の英語力の分布を見ても
いわゆる”上級者”の割合は小さいだろうと推測されます。

大部分の人たちは聞いて理解する力においても
自分の考えを言葉にする力においても
もどかしさを感じている可能性が高そうなんです。

その中で英語のみのコミュニケーションをする。
それもレベル分けをせずに皆で協力して取り組むような授業となれば
”上級者”の人たちも簡単な話し方になるよう工夫することでしょう。

結果として、共通言語としてやりとりされる英語のレベルが
かなり簡単なものに収まりやすいようです。

ときに文法的に成立していなくても、意味が伝わればOK。
発音にしたって何を言いたいかが分かれば問題視されません。

特に日本人は「相手の意見を汲み取る」ことに慣れています。
誰かが上手く英語で言い表せないときには、
聞いている方が理解しようとして汲み取ってくれます。

カタカナ発音だったとしても、日本語のカタカナを知っていれば
日本人特有の発音の癖に合わせて単語を変換して聞き取れる。

すると、文章が多少おかしくても、発音が英語のものでなくても
意思疎通の手段としては成立してきてしまうわけです。

厳密な意味でネイティブが話す「英語」とは全く異質であっても、
日本語以外のコミュニケーション言語として
独自のルールをもったものに性質を変えていく可能性があります。

方言のようなものに近いでしょうか。

ラテン語のように同じルーツを持ちながらも
地域によって別の言語が生まれてきたのと似ていそうです。

元々英語が母国語ではなかった人たちが英語だけの会話を強制されると
独自の表現や発音をもった方言に変化していくのと同様に、
英語ネイティブがいない環境で英語学習者同士が
日本語禁止で会話を続けていくと独自のパターンができてくる。

それがネイティブに通じるのかどうか?という視点がないままに。

ここが厄介そうに感じたんです。


つまり結構な割合の人が、文法を気にせずに話してしまったり、
しっかりと話を組み立てて言葉にする前に
お互いの汲み取りで会話が成立してしまったりする。

暗唱の時には発音やリズムに気をつける人でさえ、
日本人同士の英会話となると急にカタカナ発音に戻ったりするんです。

それで通っていってしまうのは、
いずれ厄介なハードルになりそうな気がしました。

まぁ、英語学習だけが目的のスクールではなさそうでしたし、
その問題に直面した人は別の学習手段や環境を
探し始めるかもしれないので、構わないとも言えそうですが。

語学のトレーニング環境として色々と考えさせられる機会でした。

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2017年06月04日

疲労回復効果

札幌出張に行ってきました。

気温が随分と違います。
東京と比べると10度ぐらい低そうな感じです。

たまたま今週末は特に気温が低かったそうで
札幌在住の方も寒がっていましたから
気温の変化に体が追い付かないような印象でした。

まぁ僕は、それでも暑いより快適に感じるんですが。


今回は、アメリカで座禅をしてきてから初めての2日間のセミナー。
今までに何度もやってきた内容ではあります。

ただ自分の意識の範囲が大きく変わっていたようで
様々な違いを感じていました。

中でも大きいのは自分の体への意識が高まったことでしょうか。

今までは受講生に対する意識が非常に高く
自分の体のほうは意識から外れるようなところがあった気がします。

身体を放ったらかしにするわけではなかったものの
気を配る優先度を受講生寄りに大きく傾けていた感じです。

そのため体の疲労を意識するのは少なかったんです。
終わってからドッと痛みを感じ始めるような流れでした。

それが今回は講座の最中から体の具合にも気づくようになっていました。

その分、痛みが意識に上がる度合いが大きくなった反面、
こまめに姿勢を整えたり、ストレッチしたりしていた気がします。

講座中にやることが何か変わったわけではないので
もちろん肉体への影響の度合いそのものは相変わらずです。

視覚と聴覚を最大限に使おうとする感じから
三叉神経まわりに負担がかかっているのが実感されますし、
肩と首の固まりも強くなります。

しかし、回復は早かったような気もします。
飛行機に乗っている間には痛みで唸るようなときがあっても
降りてからはそれなりに楽に戻っていた感じでしょうか。

こまめに調整していた効果もあるかもしれません。


それ以上に大きそうなのは、
ジムに通い始めた効果のようにも思えます。

今までは呼吸がしずらくなって
口呼吸でハァハァ言いながら帰ってきていたものでした。

それが減っていました。
運動の効果で、呼吸に使う肋間筋や背中回りが
動きやすくなっていたんじゃないかと思います。


そして帰ってからジムに行きました。

肩と背中回りの運動をすると固まっていたのがほぐれて
姿勢が良くなるのが感じられました。

それからエアロバイクで有酸素運動。
やり始めは足が重くて少し普段より大変でした。

ところが10分もしないうちに足が軽くなってきて
あとはスムーズに運動を続けられたんです。

この足の重さこそが体にかかっていた負荷の部分なのかもしれません。
全身が酸欠に近い感じになっていて重苦しい状態。

以前までは、それが翌日に痛みや重さとして表れていたのでしょう。

それが有酸素運動をしてしまうと全身がスッキリしてきて
身体にエネルギーが戻ってくるような印象がありました。

セミナーのない日に運動をした後と同じような状態になりました。
ほとんどセミナーの影響を感じないぐらいだったわけです。

この疲労回復効果は非常に大きそうです。
とても重要な生活サイクルになる予感。

あとは動かしきれていない首回りについて
ストレッチの必要性はありそうなんですが。

上手く体をケアしながらやっていきたいものだと思います。


ちなみに、こちらの写真は
今回札幌で宿泊したホテルの部屋。

家族用の広い部屋をあてがってもらえました。

安いホテルが見つからず、直前に見つかったプランだったので
おそらく予約が埋まらなかった空き部屋を
ギリギリのタイミングで安く提供してくれたんでしょう。

ちょっとだけラグジュアリーな気分を堪能できました。

Sapporo1706

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2017年05月31日

仕事の生産性を上げる

先日、ロッシェル・カップ(Rochelle Kopp)という
異文化コミュニケーションと人事管理を専門にするコンサルタントの
講演を聞く機会がありました。

アメリカ人ですが日本に住んでいたことがあって
大手の銀行だったかに勤めていた経歴があるそうです。

アメリカに戻ってからも企業の日本進出のサポートをしたり
異文化間の交流についての本を書いたりしているんだとか。

日本向けに書かれた本も多数あるようです。


で、その講演のテーマが「生産性を上げる8つの習慣」でした。

細かい話はしませんが、「習慣」ということですから
具体的に心がけられる行動規範のようなものを提案していました。
そしてその多くが日本文化と根深く関わる要素を止める内容だったんです。

つまり日本人が過剰にやってしまって生産性を落としている部分。
他の国の人はそこをやらないから効率的に仕事ができる、
という要素がいくつか見えてくるようでした。

確かに日本を見てきたアメリカ人だからこそ指摘するポイントで、
日本人が日本文化の発想で考えていては出てこない気がします。

例えば中核の1つになりそうだったのが
「怠け者(いい加減)でいること」。

裏を返すと、
日本人は必要以上にキッチリと仕事をしようとする傾向がある
という指摘です。

完璧主義に近いというか、コダワリをもって仕事をするというか
「そこまで丁寧にやらなくても大丈夫」なレベルまで
キッチリした仕事をしようとする、と。

典型的な例としては書類のフォーマットがやたらと定まっているとか
大企業だと承認が得られるまでに書類が何度もチェックされるとか、
形式化された報告書や会議などが多いとか。

個人のレベルでも、ミスなく仕上げるために時間をかけるとか
必要以上の情報収集をしてからデータをまとめるとか
プレゼン資料や書類の体裁・見た目を必要以上に奇麗にするとか
メールの文面で相手を気遣うために本題以外のところで時間をかけるとか
紙媒体の資料を作るのに仕上がりの奇麗さにコダワルとか
掃除や片付けを徹底的にやるとか…様々なところで丁寧なようです。

アメリカ人の発想からすると、過剰に丁寧だということなんでしょう。
「そこまでやる必要はない、無駄だ」というわけです。

ハッキリとは口にしていませんでしたが、日本にも住んでいた人ですから
そういう「仕事の丁寧さ」を否定しているわけではないとは思います。

ただ、そこをやりすぎて生産性を落としている部分があるので
もっといい加減にやるつもりで丁度いいんじゃないか?
といった程度の話だろうとは汲み取りました。
(汲み取ってしまうのが日本人的な聞き方ではあるんですが…)

あくまで、
 必要なレベルの仕事を達成するために
 最低限の作業量でこなすように工夫しよう
という提案のようです。

仮に95点を求められているとして、それに3時間かかるとします。
でも日本人の多くは、自分の基準で99点まで目指そうとして
5時間かけてしまうようなことをしがちだ、ということでしょう。

99点と95点の4点分の差に2時間かけるとしたら、
95点に3時間をかけるのと比べると、大きな生産性の低下がある。

完璧に近づけようとするほど、努力あたりの効果が落ちてくる…
確かにこれは一般的に言えることのような気もします。

だからここを過剰にコダワリ過ぎないようにすれば
かなり無駄を省いて生産性を上げられるという話のようです。


一方で、この完璧へのコダワリ、キッチリした仕事への価値観は
かなり日本文化に深く根付いたもののようにも思えるんです。

伝統工芸や、寺社仏閣などの建築技術、芸術作品においても
細部へのコダワリと技術の高さが可能にした精度や質が見られます。

農業や水産、畜産においても、ひたすら美味しくする追及があり、
重工業が発展してきた近代以降でも工業製品の精度や安全性は
日本製品が世界に誇る特徴の1つだったはずです。

細かいところにまで気を配って作り込むことで生まれた
精度の高さと洗練された品質は、日本人にとって
非常に重要度の高い価値観として表れていると考えられます。

果たして、ここを手放すことができるでしょうか?
手放したいと思えるでしょうか?

先日、アメリカに行って感じたのは
一言でいうと「大雑把」な印象でした。

空港から違います。
日本の空港は奇麗です。

内装の奇麗さも違いますし、仕上がりの奇麗さも違います。
掃除の行き届き方にも大きな差があります。

アメリカの空港の待合スペースのイスはプラスチックむき出し。
日本のようにクッションの入った布張りではありません。

しかも汚い。
椅子の上に食べ物のカスが落ちているなんて当たり前です。

「真っすぐ」のはずのものが少し歪んでいるのも当然。
フェンスが歪んでいたって気にしませんし、
コンテナなんて凸凹で汚れまくり。

道路だって凸凹でもそのままですし、
エレベーターも心配なぐらい音と振動がするし、
商品の包装も簡素なものだし、
ドアに隙間があるのも普通なようだし…。

日本人の基準からすると雑に思えてしまいます。
大雑把で不十分に感じられる。

しかしアメリカ人の発想からするとそれが当然で、
それぐらいで基準に達しているのでしょう。
最低限の求められる機能を果たしていれば十分なようです。

この基準の差は大きい気がします。
日本人が最低限の質で良しとできるか?

逆に、この圧倒的な文化の根深さがあるからこそ、
ちょっとぐらい怠けて、適当にやるぐらいでも、それでも
十分な質を保ったまま生産性だけを上げられる可能性はありそうです。

だから心がけレベルの提案としては効果的だと思われます。

あとはそれがどこまで根づいていくのかどうか。
根づいてほしいと思えるかどうか。

僕は個人的に、丁寧で洗練されたものが好きです。
そっちに慣れているし、そこに美を感じるみたいです。

となると、おそらく日本人は作業の生産性が低いのではなく
サービスの質に対して価格が安すぎるのかもしません。

利益に対する生産性が低いんじゃないでしょうか。

アメリカでも高級なホテルに行くと奇麗ですし、
ドアにも隙間がありません。

ヨーロッパの高級ブランドは高品質で作り込まれていて
細部にまで目が行き届いた仕上がりがあります。

そういう細部のコダワリは高品質として高い価値を生んでいます。
それは高額になるのが世界では一般的なのかもしれません。

一方、日本はその高品質を低価格で提供している。
人気も出るでしょうが、その分、労働の対価は下がります。
結果、生産性が低いことになる。

もしかすると日本人が重視すべきポイントは
その質の高さをもっと積極的にアピールして
価値を高く評価してもらうところのような気もしました。

文化の違いを思うと、なかなか考えさせられるところです。

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2017年05月28日

【セミナー】言葉の表現力を向上させる

ご案内: 6月25日(日)開催

   コミュニケーション講座 〜言語表現力トレーニング〜


「話のポイントは分かった。
 この発想の癖が問題の中核になっていそうだ。
 こっちの方向の考えを提案できれば解決するんじゃないか。
 
 …でも、これを何て言えばいいんだろう?」

そんな風に、
 伝えたいメッセージの中身は浮かんでいるのに
 それを上手く言葉にできない
といった”もどかしさ”を感じることがある。

あるいは、質問に対して自分なりに説明しているんだけれど
今一つ相手に伝わりきらない。

色々と言葉を変えたり補足したりしてみても
空回りするばかりで上手く言葉が届かない。

そのように気持ちを言葉にする段階でスムーズにいかず
モヤモヤした時間が続いてしまう。

…いずれも、コミュニケーションのトレーニングを積むほどに
よく聞かれるようになる”もどかしい”瞬間のようです。

日常会話であればさほど問題にならないことかもしれません。
特に日本語のコミュニケーションでは
お互いに相手の気持ちを汲み取ろうとしますから
言葉を増やしていくうちに自然と相手が理解してくれることもあります。

ですがカウンセリングやコーチング、セラピーなど
コミュニケーション技術を学んでいくと、
話の流れの中で鍵になるようなポイントが出てくるものです。
この瞬間が重要!というときが。

そこでどんなメッセージを届けるかによって
展開が大きく変わるようなタイミングです。

相手とペースを合わせる能力が高まって、さらに
相手の非言語メッセージを捉える観察力が身についてくると、
「今、相手は大事なことを表現している!」というのが
自然と掴めるようになってきます。

そのタイミングの一言で相手が楽になり、
前に進むためのキッカケが生まれるようなポイント。

それが分かってくるからこそ、余計にもどかしくなってくるようなんです。
そのタイミングで『的確な言葉』を選べないことが”もどかしい”、と。


コミュニケーションの講座などでは、よく耳にする感想です。
「えーっと、こういうのは何て言うんだろう…」
「あー、ボキャブラリーが足りない」

言葉を続けながら時間をかけてシックリくるものを探す人もいますし、
的確な言葉が見つかるまで黙り込む人もいます。

探し方は人それぞれですが、共通して言えるのは
「言いたいことが言葉にならない」という実感があることです。

この「上手く言えていない」実感が重要です。
それが基準になるから言葉を探せますし、
言葉が見つかった時には「やっと言えた」と納得できます。

ですから、「上手く言えていない」”もどかしさ”こそが
的確な言葉で表現できるようになるための重要なステップだといえます。

そしてそこに気づけているのであれば、あとはトレーニング次第で
的確な言葉を見つけやすくなっていきます。

この講座のテーマは、まさにこの部分です。
 言いたいことを的確に言葉にする。

それがスムーズになると大事なタイミングを逃しにくくなりますし、
相手の心が動いたタイミングに言葉を出せるからこそ
スッと心の奥深くにまで届きやすくなります。

仮に時間をかけて同じ内容の言葉が見つかったとしても、
ここぞというポイントでスムーズに発せられた場合と比べると
どうしても効果には違いが出てしまうことがあります。

ですから『言いたいことを的確に言葉にする』能力が上がると、
自分自身がもどかしい気分を味わうことが減るだけでなく
必要なタイミングで応答できるために効果も高まるわけです。

また、自分の言葉の選び方に対して感度が上がっていきますから
言葉の使い分けがハッキリする分だけ、誤解を与えることが減りますし、
説明を受ける側も分かりやすくなるようです。

例えば「感覚」のように、
・身体の感覚体験の内容のことなのか
・五感でインプットすることなのか
・上手くできるかどうかの”センス”や感受性の高さのことなのか
・論理的に説明はできないけれど直感で、という意味なのか
・最適な言葉が見つかっていないけれど”大体こんな感じ”という意味なのか
などと様々な使われた方をする定義の曖昧な単語がありますが、
そういう曖昧な単語も自然と使い分けをハッキリさせたくなるはずです。

そして言葉の持つ意味に敏感になりますから、
他人が同じ単語を自分とは別の意味合いで使っている場合にも
「あぁ、この人はこの言葉を〇〇の意味で使っているんだな」と
変換させながら理解できるようにもなります。

つまり他人の話を聞いて理解する能力も上がる、ということです。


基本的に人が言葉にするものは、言葉になる前の段階で
頭の中に『内的表象』として浮かんでいると考えられます。
(内的表象=視覚・聴覚・体感覚を組み合わせたイメージのようなもの)

ある内的表象のパターンに対して、特定の呼び名として単語が存在する。
イメージを言い表した言葉を選び、それを文章や発話で届け、
受け取る側はその単語をもとに頭の中でイメージを再構築する…、
そうやって言語コミュニケーションが成立しているといえます。

頭の中のイメージを直接共有できないから、
一度言葉に翻訳するステップが追加されているんです。

「伝えたい内容が頭に浮かぶ」という段階は
この内的表象が発生したときです。

「上手く言葉にならず”もどかしい”」ときには、
内的表象が自覚されているのに、対応する言葉が見つかっていないわけです。

この内的表象(イメージ)と言葉の対応を明確であれば
言葉がスムーズに見つかるようになりますし、使い分けもハッキリします。

しかし多くの人は、母国語の場合とくに、あまりにも慣れすぎてしまって
内的表象と単語を対応させる段階がショートカットされ、
自覚しにくい状態になってしまっています。

ですからトレーニングとして、内的表象を丁寧に自覚して
それに相応しい単語を見つける練習をしていくのが効果的です。

つまり、
  話し手の内的表象(イメージ)→ 言葉 →
    →【伝達:話し手から聞き手へ】→
  → 言葉 → 聞き手の内的表象(イメージ)
という翻訳の過程を丁寧に自覚する練習が大切だ、と。

講座では、この翻訳過程を様々な角度からトレーニングするつもりです。

具体的には
・言葉の定義をイメージに対応させるトレーニング
・言葉の抽象度を調節するトレーニング
・内的表象への感度を上げるためのメタファーの練習
・言いたいことを文章にするための要素を整理するトレーニング
・論理構造を意識しながら説明/理解する練習
などを考えています。

母国語である日本語を客観的に見つめなおし、
自覚しながら日本語を使い分けられるようにしよう
というトレーニングだともいえるかもしれません。


どちらかといえば地道なトレーニングの部類です。
雰囲気としてはリラックスしながら楽しいものにしたいですが、
いわゆる”意識”と”無意識”の両面を使いますから
楽な作業ではないように感じます。

しかしながら多くの人は母国語だからこそ「いい加減」なんです。
それを「的確」なほうにシフトさせる努力をするかどうか。

ほとんどの場合、的確にしなくても何とかなってしまいます。
だから的確に表現しようとする努力のほうに向かいません。

逆に言うと、
「上手く言葉にできなくて”もどかしい”」と感じるときぐらいしか
的確なほうにシフトさせるチャンスは無いような気もします。

文章を書くにしても、想いを言葉で伝えるにしても、
自分から発信するにしても、相手のための言葉を返すにしても、
「言いたいことを的確に表現できるかどうか」
で、伝わりやすさ・届きやすさが大きく変わります。

そのための努力に興味が湧いたようでしたら
トレーニングをやってみる価値は大いにあると思います。

一日で劇的に変わるものではないでしょうが、
トレーニングの成果を発揮している人は何人も見ています。
心がければ「的確さ」は、いくらでも上がっていくようです。

地道なトレーニングも、誰かと一緒なら
気軽に取り組めるのもメリットでしょう。

関心とご都合が合いましたら、どうぞお越しください。


※国語辞典までは必要ではありませんが、
 言葉の意味を調べたくなるときが出てくるかもしれません。
 スマートフォンや携帯電話など、情報端末をご持参いただくのはお勧めです。




◆録音/録画、再生機材に関しまして
講座全体の内容は、ICレコーダーやビデオなどで
記録いただいても構いませんが、あくまで
個人的なご利用の範囲でお願いいたします。

※ただし、プライベートな内容の扱いに関しましては
 十分にご配慮ください。



※内容の密度の関係で定員を設けています。
もしかすると逆に、最少決行人数へ届かない場合もあるかもしれません。
いずれの際も改めてお知らせいたしますので、なにとぞ御了承ください。





【セミナーの詳細】

≪コミュニケーション講座 〜言語表現力トレーニング〜≫

【日時】  2017年 6月25日(日)
       10:00〜16:30


       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。


【場所】 滝野川会館 304集会室
    (JR京浜東北線・上中里駅 東口より徒歩7分)
    (東京メトロ南北線・西ヶ原駅より徒歩7分)
    (JR山手線・駒込駅 北口より徒歩10分)


【参加費】 ・・・15,000円

       当日、会場にてお支払いください。


    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。








世間で言われるように、
コミュニケーションにおいて言葉の占める割合は
それほど高くないのかもしれません。

非言語メッセージをキャッチできる能力が高い方が
相手の感情をとらえやすくなりますし、
数多くのメッセージの中から大事な部分を見つけやすくもなります。

詩のように美しい言葉よりも、
たどたどしくても感情が乗った一言のほうが
心に深く響くときもあります。

聞き手側・受け取る側の感受性が高ければ高いほど
非言語メッセージの重要性も高まっていくのかもしれません。

ですからコミュニケーション技術を磨こうという立場からしたら
非言語メッセージを心がけるのは重要なんです。

大人になってからのコミュニケーションが
言葉に頼りすぎなことを踏まえても、
非言語を強調するぐらいで丁度いいとも言えます。


一方で、話し手側・伝える側としての立場になったときには
言葉のメッセージもかなり重要です。

相手が非言語メッセージの感受性を上げるトレーニングをしていなければ
言葉の内容のほうを重視する可能性もありますから。

また、非言語メッセージを受け取るのが得意な相手に対しても、
的確な言葉を見つけるスムーズさは重要です。

言葉を探している感じのときには、
「言葉が上手く定まらない”もどかしさ”」も
非言語メッセージに乗ってしまいます。

すごく親身になった大切な想いを乗せた言葉であっても、
そこに”もどかしさ”が混ざりこんでしまうわけです。

気持ちの乗った言葉として、
その気持ちの乗り具合が下がってしまう。

それがスムーズに言葉として言い表せたときには
その言葉に想いが100%乗っかります。
非言語メッセージと言葉がマッチするんです。

こうなったときに相手の心の奥深くまで届くメッセージとなります。


やはり言葉も大切なんです。
言葉で会話をしているのですから。

どちらが重要かという比率は状況によって変動しますが
メッセージの両輪であることには違いないでしょう。

非言語メッセージの重要性を実感してきた頃、
改めて言葉の重要性も感じられるような気がします。

だからといって、小説家や詩人のように
芸術的な描写ができることを目指そうというのではありません。
誰かの名言を引用しようというのでもありません。

あくまで自分の言葉として、自分の想いや考えを
「的確な」言葉に変換できるようにする。

自分が的確に表しきれない部分を相手に汲み取ってもらう代わりに、
相手に届きやすい形に表現するところまで
自分ができるだけの最善を尽くしておく、ということです。

的確な言葉を選ぶところにも、
相手のために最善を尽くそうと努力できる範囲があるんです。

コミュニケーションの能力として磨ける余地があるんです。

コミュニケーションを大事にしたいのであれば
「的確な言葉を選ぶ」努力によっても
もっとコミュニケーションを大事にすることができるんです。

相手のために、自分のために、お互いのために
工夫できる部分がある。

何も完璧なコミュニケーションを目指そうというのではないですが、
最善を尽くそうとできるかどうかは意味のあることのように思います。

最善を尽くしていれば、少なくとも後悔はしませんから。

そして、相手のために最善を尽くそうとする姿勢こそが
その相手にとって最大の支えになるような気もするんです。

だから自分の選ぶ言葉にも最善を尽くそう、と。
そういう趣旨です。


お越しをお待ちしております。

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2017年05月24日

札幌で講座をします

7月29日(土)、30日(日)に
札幌で講座を開催することになりました。

珍しく2日間の講座です。

「無意識」をテーマとして扱いますが
メインの内容はコミュニケーション寄りです。

そもそも無意識とは何か?
もっというと意識とは何か?
人の心はどのようなメカニズムになっているのか?

…実は「意識」というものは
心理学でも哲学でも非常に定義が曖昧なんです。

学者によって定義が違うから議論が成立しないことさえあります。

そのあたりを踏まえ、概念として区別をしながら
人の心と接するうえでの中核の部分をトレーニングする予定です。

表面的な社交としてのコミュニケーションではなく
心の奥底で繋がり、本質的な安定感をもたらすような関わり方。

催眠療法家ミルトン・エリクソンは、その技術の非常識さから
「どんな技法を使っていたか」の側面が強調されやすいようですが、
エリクソンの関わった人たちには、ある安定感が共通して見受けられます。

催眠を通して人々の中に無意識的な安定感を育んでいたのではないか、と。

催眠によって導かれるトランスの性質を考えても
このあたりは納得のいくところだと思います。

講座中では、技術的な側面としてトランス誘導のトレーニングもします。
手法のバリエーションを増やすことが狙いではありません。
トランス誘導の”本質的な目的”を明確にして、
その効果を高める方向で練習します。

イメージとしては、
 相手の無意識の領域と繋がり、その中の乱れを調える
といった感じでしょうか。

相手が本来持っているリソースを活性化させるわけです。

トランスの持つその性質に注目しながら
無意識と交流するトレーニングを重ねるつもりです。

露骨なトランス誘導の技法は、催眠療法の場面以外では使いにくいですが、
無意識と交流するという意味では、トランスの深さを調節すれば
日常的なコミュニケーションにも応用可能になってきます。

普段の会話の中でも、相手の無意識に注目しながら、そちらと交流をして
安定感を育みつつ持ち味を活性化させやすくなります。

催眠療法や催眠術の講座ではありません。
もう少し日常的な場面で、人の無意識の側面へ
効果的に対応できるようにする力をトレーニングする講座です。

すぐに使えるテクニックを学ぶというよりは
人との深い関わりの土台を養うためのトレーニングだと言えそうです。


詳細やお申込みはこちらのリンク先をご覧ください。

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2017年05月10日

不在のご連絡(〜5/22)

5月11日から21日まで
アメリカに行ってきます。

飛行機に乗っている間と
現地で座禅会に参加している間は
メールの確認などができなくなってしまいます。

帰ってくるのは22日(月)の夕方の予定ですので、
お問い合わせやご連絡にお返事できるのは
23日(火)頃になるかと思われます。

申し訳ございませんが、ご了承ください。

cozyharada at 23:43|Permalinkclip!

2017年05月07日

世間の荒波

近所のジム通いも多少は慣れてきた気がします。

慣れてくると逆に新鮮さがなくなって
すぐにノルマの発想が出てきそうなのは怖い気がします。

ルーチンや義務にならないよう
心地よさや楽しさを感じるようにしたいものです。

それから思いのほか人が多くて、それもチョット引っかかります。
深夜だったら静かに集中できるかと期待していたんですが。

ゴールデンウィークが終わったら、多少は減るんでしょうか。

オープンから二か月ぐらいのジムですし
連休中に加入した人もいたでしょうから、
今はまだ、僕のように新鮮な気持ちで来ている人も多いんだと思います。

はたして半年後にどうなっているか?

僕は少なくとも、頻度に差はあっても
疲労回復のために行く機会はあるような気はしています。


さて、ジムの中にいるときも連休の雰囲気を感じていましたが
もっとゴールデンウィークを意識したのは街中に出たときでした。

連休期間中に何度か買い物に行ったんです。

僕が買い物に行くときは基本的に必要性があるときです。
今回の必要性は海外渡航。


10日ほどアメリカに行ってきます。
山の中の湖のほとりで座禅をするだけですが。

山の中ということで細々と揃える必要のあるものがありました。
懐中電灯とか虫よけとか。
気温差も大きいので衣類も必要でした。

で、店に足を運んでみると、まぁ人が多いこと。

連休前に目についていた商品もかなり売り切れていたり、
買い物客の多さを実感しました。

買い物にはタイミングを見計らう賢明さも大事みたいです。
普段あまり買い物をしないだけに反省するところが多かったです。


土日にセミナーをして平日が休みとなることが多いため
ゴールデンウィークに街へ出ると
世間一般とのズレが大きいんだなぁと実感します。

僕が関わる可能性のある人の中にも
ちゃんと平均的な生活パターンをしている人が大勢いるわけですから、
僕も多少は標準を知っておく必要がありそうです。

山に籠っていたら、世間のストレスはなかなか理解しがたいでしょう。

もう何日かしたら山に行くので
余計に街を意識しておくのは意味がありそうな気もします。

ほどよく関わっていたいものだと思います。

cozyharada at 23:16|Permalinkclip!

2017年05月01日

コンディショニングのために

重い腰を上げて、ついにジムに通い始めました。

ウェイトのコーナーもありますが、
マシンをメインとした24時間営業のジム。

体を鍛えようという発想は特にあるわけではなく、
ただ体のコンディションを整えるのが目的です。


そのジムに来ている多くの人は、
・大人になってからランニングを始めた感じの人(若め)
・健康のために義務感として運動をしている人(年齢層高め)
・ボディビル系の見せる筋肉を作ろうとしている人(若め)
に分けられそうです。

いずれにしても体の内側に意識が向いている度合いが低く、
知識としての運動の必要性という外的要因や
自分がどのようにみられるかという外側からの評価
に意識が集まっているようでした。

言い換えると、体の中を感じていないように見えるんです。
回数とか時間とか、課題をこなすのが目的の感じ。

まれに
 子供のころから運動が好きで、体を動かすのが楽しい
という様子の人もいます。

この人は体の内側を感じている度合いが高いので
見るからに本格的な様子で、異彩を放ちます。

が、本当に運動の好きな人は24時間営業のジムよりも
もっと好きな運動を楽しみやすいところに行くのかもしれません。
だから稀にしか見かけないんでしょう。


僕の目的は体の内面、自分のコンディションのほうにありますから
これもまたチョット例外的な用途のようです。

血行や可動域として体の軽さを求めて
体を動かしてみました。

動かした部分から軽くなっていくのは心地いいですね。
すっきりします。

特に背中側を動かすと自然と姿勢も良くなりますし
普段意識が向かないところに意識が拡がるので、これも快適です。

そしてメインは有酸素運動です。
走るのは好きじゃないのでエアロバイク。

実際の自転車のほうが全身運動のような気はしますが
まぁ、全身に血液を循環させ、酸素を取り込むという目的では
十分に効果が感じられます。

終わった後も体の中にエネルギー残っているような印象を受けます。

スポーツ選手がウォームアップをする理由が分かるような気がします。
以前は、「無駄に疲れてどうするんだ?」と思っていましたが。

エアロバイクが単調な動作の繰り返しなせいもあるのか、
終わってからも体感覚として、
胴体の中をグルグルと回っている感覚が残っていました。

こういうのを早くから知っていたら、
もっとスポーツを楽しんでやれていたかもしれません。


どれぐらいの頻度で行くことになるのかは定かではないですが
少なくともセミナーの後、ガチガチに固まった身体をほぐすには
多少頑張ってでもジムに立ち寄ったほうが良さそうな気はしています。

セミナーは意外と肉体労働だと実感する今日この頃、
プロスポーツ選手のように体を整える必要もあるのかもしれません。

cozyharada at 23:35|Permalinkclip!

2017年04月24日

ストレスチェックの義務化

2015年12月から義務化されたストレスチェック。
労働者が50人以上の事業所では年に一回の検査が必要になっています。

僕自身はフリーランスですし、主に関わっている人たちも
そこまでの人数の組織ではなさそうですから、
直接的にストレスチェックを気にする立場ではないと言えそうです。

しかし、受講生としてお越し下さる方々の中には
もちろんストレスチェックを受けている人も、さらには
人事としてストレスチェックを使う側の立場の人もいる可能性があります。

ということで先日、ストレスチェックについての講座を受けてきました。


講師はアメリカでカウンセラーをやっていた人で、
日本でも心理臨床の立場として病院に入ったり
企業と契約して従業員のカウンセリングを受けたりしていたそうです。

実際に本人がどれぐらいストレスチェックと関わっていたのかは分かりませんが
人事としてストレスチェックを「やらなければならない」人たちとは
接点があるようで、実情も交えた講義を聞けました。

多くの人事担当者は、このシステムを運用する義務に対して
新たなストレスを感じているという話でした、皮肉なことに。

どうやら原則的には、従業員個人のためのシステムという想定みたいです。
自分で自分のストレスに気づき対処する、と。

相談窓口を告知したり、ストレスを自覚した人たちが
気軽に社内で相談できるような環境を整えたりするのが
人事側としてできることではないか、という説明でした。

しっかりと個人を把握している人事であれば
誰にストレスがかかっているかは、本人の非言語メッセージや
周りからの評判などから想像がつくだろうから、
人事側から個別に「働きかける」には良く知っている必要がある…。

そんな話もしていましたが、そうなったらストレスチェックは関係ない気もします。

組織としてストレスチェックをどう活かすかを良く話し合うと良いと言われても、
そこに一生懸命になるマネジメント層がいれば、そもそも
従業員全体としてのストレスレベルが過剰に高いことも少なそうです。

僕としては、せっかくのチェック内容なので
組織全体として活かす方向性はないものかとも考えてしまいますが、
情報は従業員本人のみに知らされる前提ですから
上司として何をするかとか、人員配置に活かすとか、
マネジメント側として組織を変えていくとか、
そういう方向には繋げようという趣旨ではないようです。


そのため、講座の内容も個人対応のものが中心でした。

「(現状としてかかっている)ストレスにどう対処していくか?」
を解説してもらったり、話し合ったりしました。

講師がカウンセラーだということも関係しているかもしれません。
 目の前の一人が苦しんでいる。
 その苦しさをどう楽にするか。
そういう発想があると、
「現状でかかっているストレスにどう対処するか?」
の部分に関心が向きやすいんでしょう。

そこの手伝いをするのが本人の専門分野でもあるようでしたし。

一方、僕は「ストレスがかからないようにするには、どうしたらいいか?」
のほうにも関心が出てきます。

家族療法的な視点からすると、ストレスを抱える人は
たまたまそこに症状として表れているだけで、
グループ全体に歪みができていると考えられます。

従業員のストレスチェックをやって、仮に
ストレスを抱えていた従業員全員が上手くストレスに対処できるようになって、
過剰に仕事を抱え込まなくなったり、長時間労働を断れるようになったり、
有給休暇もしっかりと取れるようになったりしたとします。

従業員全員が自分のストレスを自覚して、自分に無理をかけなくなる。
翌年のストレスチェックでは、皆がストレスを報告しなくなった、と。

カウンセリングを受けにくる人もいなくなって、
サポートする側としては大成功に思えるかもしれません。

しかし、おそらくそのとき、仕事は以前のような形では回っていません。
全員の労働時間が減っているのですから、こなせる業務の量も減るでしょう。
よほど仕事の効率化を図れていなければ業務のほうに皺寄せが来る。

結果として、部署単位・事業所単位での責任を果たそうとして
「従業員」ではない「管理職」側に負担が出ているかもしれません。

従業員のストレスを下げようとした分、業績が下がり
その責任を管理職が問われるようになる…。
そうなれば次にストレスが表面化するのは管理職のほうです。

ここで管理職のほうが自分のマネジメント能力をトレーニングしたり
仕事の成果を上げるべく学んだり工夫したりするようになれば
それもまた1つの成果と呼べるのかもしれません。

逆にただ管理職層のストレスだけが過剰になってきて
マネジメント層を中心に離職者が増えてきたりすれば、
組織全体として大きなダメージでしょう。

組織自体が破たんしてしまうか、
その前に経営者が異常事態だと気づき、経営を何とかしようとするか。

つまるところ、従業員にストレスが強く出ているということは
組織全体の運営がスムーズではない、ということかもしれません。

人員が従業員→管理職と、順にストレスを減らすようにスタンスを変えたら
最終的な歪みはトップのところに表れてくるはずです。

だったら最初から組織全体として向き合っても良さそうな気もします。


表面上はストレスチェックというシステムの話ですが
関わっているのは経営の問題とか、経済や文化のところにも及びそうです。

とてもアンケートだけやって済む話ではなさそうに感じました。
あまりにも事態が複雑過ぎる。

ジレンマの部分を強く意識させられた講座でした。

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 ◆ セミナー情報 

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《コミュニケーション講座》
〜言語表現力トレーニング〜


【日時】 2017年6月25日(日)
     10:00〜16:30


【場所】 滝野川会館
    304集会室

    JR上中里駅より7分
    JR駒込駅より10分
    南北線西ヶ原駅より7分


概要はこちら>>
次回開催は8月の予定


 ◆ 過去の講座 

《新カウンセリング講座》
 〜まとめと実践〜


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《勉強会》 

【テーマ】 変化の流れを考える

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次回は未定



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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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