セミナー情報

2017年09月11日

修行の場を用意しようと思った理由

なぜ僕がわざわざ「修行」という言葉を使いながら
ワークショップを定期開催しようと思ったかというと、1つは
 本質的な取り組みだけをずっと続けていれば
 様々な面で効果が出てくる
実感があるからです。

書道の場合でいえば、ひたすら古典の臨書(真似て書く)をする。
座禅でいえば、ひたすら、きちんとした型で座る。

そこに全ての要素が含まれているから。

そういう発想です。

修行型のワークショップでは、そのように
似たような取り組みを繰り返しつつ、
さまざまな面で効果が出るようにトレーニングをします。

実際、僕がテーマを設定して講座をやっても、結局は
切り取る角度を変えて同じ原則を扱っている印象は常にあったんです。

「ここに集約される」という本質的なものがある。
だったら、それをメインにしながら、
そのときどきの参加メンバーに合わせて原則を適用して
表面上は違うけれど中核は同じになるよう取り組むのでも
同じようなものではないか、ということです。

そしてそのほうが一人一人のニーズに合わせやすいだろう、と。


もう1つの理由は、本質的なところに行き過ぎると
既存の枠組みの中では扱いきれないからです。

たとえば僕はNLPの講座も担当していたりしますが、
NLPの範囲には収まらない体験もあるようなんです。

それは他の心理学では別の言葉で説明されていたりもしますから
折衷案的に組み合わせてもいいのかもしれません。
ただ、組み合わせだと今度は矛盾が出てくる場合がある。

なので1つの原則的な仕組みに基づいて説明してしまおう、という話。

かといって、そこを詳しく掘り下げて
流れのある複数日のコースとして紹介する…
というのもチョット違う。

別に順番はどうでもいいんです。
何をやっても本質は含まれますから。

重要なのは原則が腑に落ちるために必要な実体験の量です。
抽象的な原則を事例と結びつけて理解していく。
それによって定着を図ります。


そして定着するまでの過程で、コミュニケーション技術だけでなく
内面的な課題を調えるように取り組みます。

そもそもの取り組みの方向性は「楽になる」ところ。
自然に還る方向性です。

誰もが特徴のある歩き方をしています。
そのほとんどが体の仕組みからは歪んでいる。

慣れて「いつも通り」にはなっているけれど
「自然」からは歪んでしまっている。

それによって体に痛みが出たり、不具合が出たり。

同様に人の心も、経験してきたことによって「自然」から歪みます。
そして歪み同士の相性が悪ければ人間関係のトラブルが起きたり、
本人の内面に葛藤や苦しみが現れたりします。

そこを調えるように取り組んで、楽にしていく。


ところが心の仕組みを踏まえながら本質に沿って取り組んでいくと
楽になっていくことが多い反面、一般常識とは離れていき
実存的なテーマにぶつかる場合があります。

丁寧に自分と向き合うからこそ、多くの人が気づきもしない
本質的な課題が浮き彫りになってくるときがある。

自分が当たり前だと信じていたものが崩れてきて
得も言われぬ怖さを感じたりする場合がある。

それは自然に還っていくプロセスの中で避けられないようです。

個人的には、あえて自然な方向に強制しようとは思いませんが
自分で向き合っていると勝手に自然な方向に進み始め、
自然の働きに導かれるように見せつけられてしまうものがあるようなんです。

自分に向き合い続けることで見つかってしまう
自分という存在の不確かさ。

数えきれない体験を通じ、
社会に適応するために自我を作り上げて、
ヤル気を高めて頑張って生きてきた。

その作り上げてきたものゆえの不確実さを
見つけてしまう人がいるんです。

実際には自分という認識が自分らしさを設定して
自分の範囲に制約をかけますから、
自我の不確かさに気づくのは制約から離れ
自由になっていく過程だともいえます。

元の自由な状態に戻ろうとする自然な方向性でもある、と。

しかし主観的な体験として、その過程は心地良くないんです。
培ってきたものが崩れる印象になりますから。

僕自身もそういう過程が苦しかった記憶があります。
同じような道筋の人からも似た苦しみを聞きました。

そして自然の流れだからこそ、
この過程で起きることには共通するものがあるようです。

どうせ自然な導かれるなら何も必要ないかもしれませんが
ある程度の先行き、道しるべがあると気が楽になるのも実情。

残念ながら日本で僕はその道しるべを見つけられませんでした。

だからアメリカ人の先生を見つけて、随分と助かったんです。

その意味でも日本で、そういう方向の内容を扱う場があると
それなりに役立つところがあるかもしれない。

自然に還る修正の場には、そういう側面もあります。
これが場を設けたもう一つの理由です。


以上のようなことに響くものがあったら日程を検討してみてください。

誰も来なければ一人で修行してますので。

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2017年08月24日

【ワークショップ】心を調える実践会

ご案内: 9月10日&24日(日)開催

   心を調える実践ワークショップ


先にご案内していた内容になりますが(概要はこちら)、
実践・修行という観点から心と向き合う時間を取ります。

セミナー形式でテーマに沿った内容を紹介・練習するものではなく、
トレーニング、イメージワーク、瞑想、質疑応答、ディスカッションなど
様々な形でそれぞれの心を調える時間とします。

ここで「整える」の文字を使っていないのは
「意図的にコントロールする」という趣旨とは異なるためです。

むしろ自然な状態、無理のない状態、自然や場と『協調』した状態…
の方向に戻っていく趣旨です。


人は経験から様々なことを学習して、
その学習したパターンを自動的に使い続けます。
プログラムされたものが動いていると言ってもいいでしょう。

それは効率的だからです。
特に幼少期は新しい体験が多く、社会に適応する準備として
非常にたくさんのことを身につけていかなければなりません。

毎回、その場その場で判断していたら処理しきれない。

その点、過去にあったものと同じような場面を
以前に上手くいった(ベストではなくても何とか乗り切れた)方法で、
あれこれと検討することなく自動的に対処できれば、
新しいことへの対処を検討・学習するほうに力を注げます。

膨大な量の対処法を一気に身につけなければならない時期には
過去にうまくいったやり方をとりあえず再利用する方法は効率的なんです。

そして、そのやり方を再検討することは少なく、
多くの場合、一度自動化された方法が使い続けられます。

使い続ければさらに学習は定着してワンパターン化が進む、と。

上手くいっているうちはいいんです。
いわゆる「強み」、「得意な能力」は
初期の学習が上手くいったケースともいえるかもしれません。

それでもワンパターンが通じなくなる時期が訪れる場合があります。
今までのやり方が通用しなくなる。

やり方を変えればいいだけの話に思えるかもしれませんが、
学習が定着し過ぎていると、慣れ親しんだ方法を変えるのに抵抗が出ます。

頑張って変えようと踏み出しても、今までやったことがないので
どういう風にやればいいのかが掴めていないこともあります。
結果として、挑戦してみたのに上手くいかない。

また、自動的なパターンになってしまっていると
頭で分かっていても「つい、今までのやり方をしてしまう」ことも多い。

なかなか変えようと踏み切れなかったり、
やってみたつもりなのに上手くいかなかったり、
やろうと考えてはいるのに、つい以前の癖が出てしまったり。

「なんだか上手くいかない」と悩みを感じるようになれば
こうした自動化されたパターンを問題として気づけるようになりますが、
「上手くいかない」ことが起きるまでの時期には
そうしたパターンに気づくことさえ大変なんです。

だから多くの人はワンパターンに近い
自動化された対応(ほぼ自動的な反応)を繰り返すんです。


単純に言えば、心の中にできた癖ですから
この心の癖を修正していけばいいわけです。

もちろん、困ったことが起こるまでは
過去に学習したパターンが上手くいっているので
問題とも自覚されませんし、変える必要もないのかもしれません。

一方で、人は常に心の癖を使っているだけでもないようなんです。
(もし心の癖を使い続けるだけだったら、修正さえも難しいはずです)

リラックスしてクリエイティブで柔軟な状態になれると
以前に学習したパターン以外に新しいものが生まれることがあります。

新しいアイデアが出てくる。
気づき・閃きが起こる。
新しい回路が繋がる。
今までやったことのないことをやる。
…そんな風に創発的な瞬間もあるんです。

そして、そういうことが起こりやすい内面の状態があります。

瞑想は、その状態を直接的に体験する手段の1つですが、
これを人間関係の中でも維持できるかどうかも重要になります。

それには実際に人と交流する場に身を置くのが効果的。
安心して、リラックスして、クリエイティブで、柔軟な状態になりながら
人と接する体験をするということです。

他者を部外者として捉えるとストレス反応的な対応がでやすくなります。
人間関係で学習されてきたやり方の多く、とりわけ
空回りしやすいパターンはストレス反応と結びついているものです。

だからこそ人と接する場の中で、ストレス反応とは違った
自然体の状態を育んでいくのが有効だといえます。

つまり、過去の学習によって作られた自動的なパターンから離れ
その場に適した対応が自然と生み出されてくる状態になるために、
大きく分けると
・過去に学習されたパターンを修正する
・自然体の状態を体験する
という2つの方向性で取り組んでいく方針です。

過去に身につけたパターンについては、イメージワークや
心理療法・NLPなどの手法を通じて再学習したり、
効果的な対応法を新しく身につけるために
コミュニケーション技術のトレーニングをしたりする予定です。

自然体の状態を体験するほうに関しては、
瞑想を中心にした体験そのもの、
イメージワークや、想像力を使った着眼点のトレーニング、
ワークショップ全体における人との交流などを通じて
直接的にその状態を調えていきます。


学習されたパターンを緩めていければ、
それだけでも柔軟性が上がります。

そもそも柔軟性が発揮されやすい状態の体験を重ねていくと
その状態に慣れてきて、日頃からそうした対応をしやすくなります。

この両方へ継続的に取り組んでいこうというのが
「修行・実践」といった言葉を選んでいる理由です。

自動化されたパターンを再学習するのは地道な作業です。
一人でもできますが、学習してきたものの量を踏まえると
コツコツと継続していくのは欠かせないでしょう。

自宅で一人でもできる方法も紹介していくつもりですから
気が向いたときに取り組んでいただければ楽になっていくはずです。

一方、一人ではヤル気が出ない場合や、
集中が続かない場合もあるものですし、
他の人にサポートしてもらうと体験が深まることもあるものです。

その意味で、ワークショップの最中に扱うのは効果的だと思われます。

そして瞑想やイメージワークを通じて体験する自然体の状態は
慣れの側面が大きいようですから、メンテナンス的な側面でも
定期的に状態を調える場が大事になると考えられます。

あんなにも自然体だった子供が、年齢を重ねるにつれて
ドンドンと自然から離れ、心の中に歪みを増やしていくんです。
そして歪みの多い状態に慣れてしまって、そちらを普通としてしまう。

特に社会生活をしていると他者の影響は大きいように見えます。
ストレスにおいても、考え方においても、行動や感情のパターンでも
知らず知らずのうちに関わる人から影響を受けて
自分にとっての「普通」が変わっていきます。

身体に起きていることと同じです。
姿勢が歪み、体が固まり、痛みを抱え、動きが悪くなっていく。
そして歪んだ状態が「普通」になってしまいます。

ですが身体を調整して、日頃から運動するようにしたら
体力も健康度も上がるようでもあるんです。

同様に心についても、ワンパターンに凝り固まってしまった状態から
自然体の状態に戻っていくための調整が大事だろう、ということです。


このとき「自然体に調える」ことを強調しているのは、
それ抜きで「過去のパターンを再学習する」だけをやっていると
「今の自分にとって望ましくないパターンを修正する」だけになって
偏った方向に進みかねないからです。

「今の自分にとって望ましいかどうか」の判断を下しているのが
結局、過去の学習の結果なんです。
過去の学習の制約を受けてしまうわけです。

それとは異なり、自然体と呼んでいる状態では
そもそも過去の学習の制約を受けません。

もちろん、過去に学習したものを捨てるという話ではなく、
ワンパターンの対応や決まりきった考え方から離れるだけのことです。
「Aのときは、Bだ」というパターンだけがなくなる。

むしろ柔軟性が上がる結果、これまでに身につけたものの全てが
常に選択肢の中に入っているような自由度の高さがあります。

これまでに身につけたものを組み合わせられる創造性があります。
AのときにBでも、CでもDでもEでも…何でも選ばれるようになる、と。

可能性を広げ、制約から離れ、しなやかに、自由でいる。
すると楽になります。

悩み、苦しみから楽になります。

そして自然体でいるとき、その人らしさが最大限に発揮されます。
世の中と最も調和した状態になり、スムーズに機能する。

自分を生きていると言ってもいいかもしれません。

ところが前述のように、社会生活をしていると
周りからの影響が大きいために自然体からズレていきます。
歪みが蓄積してしまうこともあります。

だからこそ調えます。

修行といってもトレーニングではないんです。
ひたすら実践です。

自分に戻る実践。
自分を生きる修行。

「自分を生きる”ための”トレーニング」ではなく、
「自分を生きる」という修行。
「できるだけ本来の自分らしさでいる」という実践です。


それを一緒にやりませんかというお誘いです。

継続的に開催していきたいと考えています。

コミュニケーションの技術的なこと、知識レベルのこと、
哲学的な問いについてのこと、心の苦しみについてのこと…。
心と関することであれば取り組めます。

そのときどきで、ご参加の方に応じて、内容は変わるはずです。

同じ内容を何度もやる場合もあれば、
毎回違ったことをやる場合もあるかもしれません。

人によって体験することも違うでしょう。

体系化されたプログラムではなく
そのときどきの実践を重ねていきます。

大事だと感じたらお越しください。



◆録音に関しまして
ワークショップ中の内容は、ICレコーダーや
スマートフォンなどで記録いただいても構いませんが、
あくまで個人的なご利用の範囲でお願いいたします。

※ただし、プライベートな内容の扱いに関しましては
 十分にご配慮ください。



※内容の密度の関係で定員を設けています。
もしかすると逆に、最少決行人数へ届かない場合もあるかもしれません。
いずれの際も改めてお知らせいたしますので、なにとぞ御了承ください。





【ワークショップの詳細】

≪心を調える実践会、

【日時】  2017年 9月10日(日)
       10:00〜16:30


       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。


【場所】 滝野川会館 304集会室
    (JR京浜東北線・上中里駅 東口より徒歩7分)
    (東京メトロ南北線・西ヶ原駅より徒歩7分)
    (JR山手線・駒込駅 北口より徒歩10分)


【参加費】 ・・・15,000円

       当日、会場にてお支払いください。


≪心を調える実践会□

【日時】  2017年 9月24日(日)
       10:00〜16:30


       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。


【場所】 北とぴあ 801会議室
    (JR京浜東北線・王子駅 北口より徒歩2分)
    (東京メトロ南北線・王子駅5番出口直結)


【参加費】 ・・・15,000円

       当日、会場にてお支払いください。


    ★お申し込みフォームにご希望日をご記入ください。

    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。








般若心経の最後に
 羯諦、羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶
 (Gate, Gate, Paragate, Para Sam gate Bodhi svaha)
というフレーズがあります。

Gate, Gate, Paragate, Para Sam gate の部分を英訳すると
(いろいろな訳が見つかりますが)
Gone, Gone, Gone beyond, Gone utterly beyond
のようなものが多いようです。

日本語にするのは難しいですが、Gone なので
「進んで到達して」という感じでしょうか。

そしてGone beyond, Gone utterly beyond ですから、
「進んで、到達して、さらにそこを越えて、どこまでも越えて…」
といったニュアンスがありそうです。

つまり、
 どこまでも、いつまでも進み続ける
ということかと思われます。

修行に終わりはない、と。

此岸(こちら)から、彼岸(あちら)に辿り着いたとしても
さらに彼岸を進み続けるんでしょう。

何か目標とするものになるためのトレーニングではなく、
本来の自然な本質(true nature)を発揮し続けるための実践。
それを修行と呼ぶようです。

そしてその修行を人と分かち合う。

そんなスタンスです。

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2017年08月15日

修行・実践の場

9月から修行の場を始めます。

勉強会や講座という位置づけではなく
ひたすら自分のために時間を取るもの。

「修行」というとトレーニング的なニュアンスが一般的かもしれませんが、
ここでは『実践』の意味で使っています。

ただ内面を調える。
そのための時間です。


瞑想をしたり、
体の感覚に注意を向ける時間をとったり、
個人的な心のテーマに取り組んだり。

質疑応答や、質問をもとにディスカッションする時間も取ります。
質問をもとに内面の取り組みに進んだりする可能性もあります。

心理的なワークの場合、お互いに練習をしてもらうことで
人と接するうえでの着眼点を育むことも想定されます。


いずれにしても修行・実践というスタンスですから
一回で望ましい結果を出して完結…という話ではなく、
都合のつくときに繰り返し参加してもらって
そのたびに内面を調えていくのが意図です。

本当は一緒に瞑想するだけの会でも良いんですが
『心が楽になる』『苦しみが減る』『喜びが増える』
という意味において、できることは瞑想以外にも色々あります。

色々やるほうが好みにも合わせやすいともいえますし、
逆に好みと違う側面からのほうが
感受性や”しなやかさ”を育みやすいともいえます。
(そのほうが満足していただきやすい気もしますし)


日常生活を普通に送っているだけで負荷がかかるんです。
大変なんです。

人生がすべて思い通りになることはないでしょうから
何かしらの期待外れからくる不満と遭遇します。

まして人間関係においては
思い通りにならないほうが普通でしょう。

他人は自分を満足させるために存在しているわけではありませんから。

日々を過ごしているだけでかかっている負荷を軽くする。

そのために内面に溜まった負荷を減らしていったり、
負荷がかかりにくい心持ちに整えていったり、
というプロセスが有効だろう、と。

簡単にいえば、心のメンテナンスです。

車のメンテナンスを想像するとイメージしやすいと思いますが、
メンテナンスをしないと、どこかに歪みが出てきます。

そして、その歪みによって別の場所にまた負荷がかかる。
悪循環が起きていきやすい、ということです。

身体だってそうです。
どこか一部を痛めて、かばって生活しているうちに
全体が歪んできて全身のあちらこちらに痛みが出てくる。

心でもメンテナンスをしておく意義はありそうです。

ただし車と人間は違います。
車についた傷は治りませんが、人間は治ります。

自然治癒力をどう活性化するか。

身体の面でいうと、適切な運動と休息が回復効果を高めるように
心の面でも適切な取り組みと休息の両方が回復を促すようです。

そういう意味で、いろいろな取り組みをしたり
心を休めたりする場があると良いのではないか、という趣旨です。


頻度は分かりませんが、できるときにやりますので
都合があったら来てください。

社会生活でかかる負荷から回復するための場は
少し社会と切り離れたところである必要がありそうですから。

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2017年08月01日

【セミナー】メッセージを受け取ってもらう技術

ご案内: 8月20日(日)開催

   コミュニケーション講座 〜受け取ってもらいやすいメッセージ〜


もう8月に入ってしまいました。

6月は「自分の気持ちをいかに言葉にするか」をポイントとしましたが、
8月は「どうすれば相手に受け取ってもらえるか」をテーマにします。

一般的に表現すると言葉を発するときには…

  気持ちを自覚する
 →それを適切な言葉に変換する
 →その言葉を伝えるかどうか判断する
 (→言葉が相手の耳に入って内容として届く)
 →相手が言葉の意味を解釈する
 →相手が内容に納得する
 →相手が意見に賛同して行動を起こす

といった流れが起こります。

相手の耳に言葉が入ってから後は
すべて相手の頭の中でプロセスが進みますから、
そのあとは話し手側にはコントロールができません。

相手が自分と違った言葉の定義をしていれば
同じ単語を使って説明しても誤解が起こります。

言葉の定義として正確に内容が伝わったとしても
文章の作り方として相手が納得できるだけの説得材料がなければ
話は理解してもらっても納得はしてもらえません。

そして内容が伝わって「理にかなっている」と納得してもらっても
相手の価値観に響かなければ動を起こすだけの動機づけには至りません。

教育であれ、指示であれ、依頼であれ、勧誘であれ、説得であれ、
形は違えど『聞き手に行動を起こしてもらう』ことが狙いになるケースは多く、
しかもそこが非常に難しいことは多くの人が体験済みのことでしょう。

どんなに自分の気持ちを的確に表現できても
相手が納得できなければ、相手の行動には繋がりません。

相手が「分かりやすかった!」と納得してくれても
そこから一歩を踏み出すかどうかは別問題です。

どれだけ素晴らしい提案でも、どれだけそれが分かりやすく届いても、
その提案を受け入れるかどうかは相手次第だといえます。

しかしそこを「じゃあ何をやっても仕方ない」と諦めたら
工夫の余地はなにもなくなってしまいます。
かといって無理強いをして空回りしたり、
関係性が悪くなったりしても困りものです。

だからこそ、ただ分かりやすく適切に表現するだけでなく、
相手を動機づけやすい伝え方を工夫する価値があるわけです。

言葉を聞いて「なるほど、確かにそうだな」と受け取ってもらう。
そして「それは良さそうだ、”ちょっと”やってみようかな」と
一歩を踏み出してみやすくなる。

この”ちょっと”がポイントです。
必ずしも最終的に期待したところまで進むかは分かりませんが
少なくとも一歩を踏み出さなければ何も始まりませんから。

提案に対して「ちょっとだけ試してみよう」と思ってもらう。
そこぐらいまでの工夫であれば、結構できることがあるようです。


こうした工夫が役に立つのは、
指導、指示、依頼、勧誘、説得などが活用される
教育の場面、上司部下の人間関係、親しい間柄でのお願いごと、
親しい関係づくりに向けたお誘い、ビジネス上の交渉や営業…
などだけではありません。

言葉を受け取ってもらうかどうか、という観点でいえば
こちらの意図が相手の奥底にまで届いてもらいたいコミュニケーション、
つまりカウンセリングやセラピー、コーチングなどでも効果的です。

クライアントの苦しみを和らげるための「ねぎらい」、
クライアントに新しい物の見方を提示する「リフレーミング」、
クライアントの自信を高めるための「称賛」や「フィードバック」、
クライアントの内面に深く入り込むような「質問」。

こうしたカウンセリング技術でも、
こちら側の意図が空回りしてしまわないようにする工夫、
意図したとおりに反応してもらいやすくする工夫が可能です。

もっと身近なところでいえば、感謝の言葉1つとっても
相手の心への響きやすさが変わるはずです。

かなり幅広い範囲で工夫できる内容だろうと思います。


コミュニケーション技術というと、
傾聴や質問などに代表される「聞き役」としての技術か
話し方教室やボイストレーニングなどの「表現者」としての技術、
あるいは言語パターンなどの個別のテクニックが多いようです。

相手の解釈の仕方に合わせて
受け取ってもらいやすい伝え方を調整する
という発想に基づいた技術はマイナーかもしれません。

ですが、だからこそ工夫の余地が残っているとも言えそうです。

どういうメッセージにしたら受け取ってもらいやすいか。
どういう伝え方だったら気持ちを動かしてもらえるか。
どういう視点を追加したら一歩を踏み出してもらいやすいか。

そのあたりを
・相手を動機づけるのに必要な内容のレベル
・相手に合わせた些細な言い回しのレベル
・拒絶しにくい内容の組み合わせ方のレベル
・相手の心理的距離に入り込む非言語メッセージのレベル
などで工夫するトレーニングを予定しています。

一日で技術をマスターする趣旨ではありませんが、
工夫するためのポイントと手順を練習しますので
日常で心がけることで効果は出やすいものと期待しています。

心理的距離を心がけた非言語メッセージについては
講座中にコツを掴めば即効性もあるように思っています。

派手さのある技法ではありませんが
コミュニケーションに最善を尽くしたい方にはオススメです。

関心とご都合が合いましたら、どうぞお越しください。



◆録音/録画、再生機材に関しまして
講座全体の内容は、ICレコーダーやビデオなどで
記録いただいても構いませんが、あくまで
個人的なご利用の範囲でお願いいたします。

※ただし、プライベートな内容の扱いに関しましては
 十分にご配慮ください。



※内容の密度の関係で定員を設けています。
もしかすると逆に、最少決行人数へ届かない場合もあるかもしれません。
いずれの際も改めてお知らせいたしますので、なにとぞ御了承ください。





【セミナーの詳細】

≪コミュニケーション講座 〜受け取ってもらいやすいメッセージ〜≫

【日時】  2017年 8月20日(日)
       10:00〜16:30


       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。


【場所】 滝野川会館 304集会室
    (JR京浜東北線・上中里駅 東口より徒歩7分)
    (東京メトロ南北線・西ヶ原駅より徒歩7分)
    (JR山手線・駒込駅 北口より徒歩10分)


【参加費】 ・・・15,000円

       当日、会場にてお支払いください。


    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。




終了しました

コミュニケーションやNLPのトレーニングを積んでから
他者の発言の意図を汲み取ることには慣れてきた気がします。

その視点でトレーナーをしていると、
セミナールームで起こっている会話の大部分から
発言の意図を推測することは可能だと感じます。

裏を返すと受講生同士の会話や
サポートメンバーからのコメントなど、
「意図を汲み取れはするものの、もったいない」形で
表現されたメッセージがあるようです。

せっかくの意図が空回りして伝わっていないケース、
言い回しの問題で相手から反発が出てしまっているケース、
表現された内容に誤解があって、すれ違いが生じるケース…。

相手のためを思っての発言が
意図した通りには相手に届かない。

メッセージを発した側も、受け取った側も
どちらも残念な状態かもしれません。

そういう場面でできる工夫があるんです。
それをやろうということです。

コミュニケーションの講座なのだから
そのあたりの技術も触れられたら良いのかもしれませんが…。
内容と時間には制約があるのも実情。

せめてこういう機会にやってみようかという話です。

人をサポートする立場の人、
何かを伝える場面のある人、
他者への影響力を高めたい人などはご検討ください。

本当は心がけてもらいたい気持ちもあるんです。
居心地の良さと関係する技術だと思いますから。

cozyharada at 23:44|Permalinkclip!

2017年06月26日

次回の講座は8月20日

内容はまだハッキリとは決めていませんが、
次回の講座は8月20日(日)を予定しています。

今のところ、カウンセリングにも日常にも役立つような
コミュニケーションの技術でも扱ってみようか考えているところです。

相手の自信を高めながら提案をするとか、
課題を示唆しながら”ねぎらう”とか。

そういう複合技のような着眼点と技術なんかは
ちょっとした工夫で効果が変わる部分じゃないかと思います。

詳細は後日に公表します。

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2017年05月28日

【セミナー】言葉の表現力を向上させる

ご案内: 6月25日(日)開催

   コミュニケーション講座 〜言語表現力トレーニング〜


「話のポイントは分かった。
 この発想の癖が問題の中核になっていそうだ。
 こっちの方向の考えを提案できれば解決するんじゃないか。
 
 …でも、これを何て言えばいいんだろう?」

そんな風に、
 伝えたいメッセージの中身は浮かんでいるのに
 それを上手く言葉にできない
といった”もどかしさ”を感じることがある。

あるいは、質問に対して自分なりに説明しているんだけれど
今一つ相手に伝わりきらない。

色々と言葉を変えたり補足したりしてみても
空回りするばかりで上手く言葉が届かない。

そのように気持ちを言葉にする段階でスムーズにいかず
モヤモヤした時間が続いてしまう。

…いずれも、コミュニケーションのトレーニングを積むほどに
よく聞かれるようになる”もどかしい”瞬間のようです。

日常会話であればさほど問題にならないことかもしれません。
特に日本語のコミュニケーションでは
お互いに相手の気持ちを汲み取ろうとしますから
言葉を増やしていくうちに自然と相手が理解してくれることもあります。

ですがカウンセリングやコーチング、セラピーなど
コミュニケーション技術を学んでいくと、
話の流れの中で鍵になるようなポイントが出てくるものです。
この瞬間が重要!というときが。

そこでどんなメッセージを届けるかによって
展開が大きく変わるようなタイミングです。

相手とペースを合わせる能力が高まって、さらに
相手の非言語メッセージを捉える観察力が身についてくると、
「今、相手は大事なことを表現している!」というのが
自然と掴めるようになってきます。

そのタイミングの一言で相手が楽になり、
前に進むためのキッカケが生まれるようなポイント。

それが分かってくるからこそ、余計にもどかしくなってくるようなんです。
そのタイミングで『的確な言葉』を選べないことが”もどかしい”、と。


コミュニケーションの講座などでは、よく耳にする感想です。
「えーっと、こういうのは何て言うんだろう…」
「あー、ボキャブラリーが足りない」

言葉を続けながら時間をかけてシックリくるものを探す人もいますし、
的確な言葉が見つかるまで黙り込む人もいます。

探し方は人それぞれですが、共通して言えるのは
「言いたいことが言葉にならない」という実感があることです。

この「上手く言えていない」実感が重要です。
それが基準になるから言葉を探せますし、
言葉が見つかった時には「やっと言えた」と納得できます。

ですから、「上手く言えていない」”もどかしさ”こそが
的確な言葉で表現できるようになるための重要なステップだといえます。

そしてそこに気づけているのであれば、あとはトレーニング次第で
的確な言葉を見つけやすくなっていきます。

この講座のテーマは、まさにこの部分です。
 言いたいことを的確に言葉にする。

それがスムーズになると大事なタイミングを逃しにくくなりますし、
相手の心が動いたタイミングに言葉を出せるからこそ
スッと心の奥深くにまで届きやすくなります。

仮に時間をかけて同じ内容の言葉が見つかったとしても、
ここぞというポイントでスムーズに発せられた場合と比べると
どうしても効果には違いが出てしまうことがあります。

ですから『言いたいことを的確に言葉にする』能力が上がると、
自分自身がもどかしい気分を味わうことが減るだけでなく
必要なタイミングで応答できるために効果も高まるわけです。

また、自分の言葉の選び方に対して感度が上がっていきますから
言葉の使い分けがハッキリする分だけ、誤解を与えることが減りますし、
説明を受ける側も分かりやすくなるようです。

例えば「感覚」のように、
・身体の感覚体験の内容のことなのか
・五感でインプットすることなのか
・上手くできるかどうかの”センス”や感受性の高さのことなのか
・論理的に説明はできないけれど直感で、という意味なのか
・最適な言葉が見つかっていないけれど”大体こんな感じ”という意味なのか
などと様々な使われた方をする定義の曖昧な単語がありますが、
そういう曖昧な単語も自然と使い分けをハッキリさせたくなるはずです。

そして言葉の持つ意味に敏感になりますから、
他人が同じ単語を自分とは別の意味合いで使っている場合にも
「あぁ、この人はこの言葉を〇〇の意味で使っているんだな」と
変換させながら理解できるようにもなります。

つまり他人の話を聞いて理解する能力も上がる、ということです。


基本的に人が言葉にするものは、言葉になる前の段階で
頭の中に『内的表象』として浮かんでいると考えられます。
(内的表象=視覚・聴覚・体感覚を組み合わせたイメージのようなもの)

ある内的表象のパターンに対して、特定の呼び名として単語が存在する。
イメージを言い表した言葉を選び、それを文章や発話で届け、
受け取る側はその単語をもとに頭の中でイメージを再構築する…、
そうやって言語コミュニケーションが成立しているといえます。

頭の中のイメージを直接共有できないから、
一度言葉に翻訳するステップが追加されているんです。

「伝えたい内容が頭に浮かぶ」という段階は
この内的表象が発生したときです。

「上手く言葉にならず”もどかしい”」ときには、
内的表象が自覚されているのに、対応する言葉が見つかっていないわけです。

この内的表象(イメージ)と言葉の対応を明確であれば
言葉がスムーズに見つかるようになりますし、使い分けもハッキリします。

しかし多くの人は、母国語の場合とくに、あまりにも慣れすぎてしまって
内的表象と単語を対応させる段階がショートカットされ、
自覚しにくい状態になってしまっています。

ですからトレーニングとして、内的表象を丁寧に自覚して
それに相応しい単語を見つける練習をしていくのが効果的です。

つまり、
  話し手の内的表象(イメージ)→ 言葉 →
    →【伝達:話し手から聞き手へ】→
  → 言葉 → 聞き手の内的表象(イメージ)
という翻訳の過程を丁寧に自覚する練習が大切だ、と。

講座では、この翻訳過程を様々な角度からトレーニングするつもりです。

具体的には
・言葉の定義をイメージに対応させるトレーニング
・言葉の抽象度を調節するトレーニング
・内的表象への感度を上げるためのメタファーの練習
・言いたいことを文章にするための要素を整理するトレーニング
・論理構造を意識しながら説明/理解する練習
などを考えています。

母国語である日本語を客観的に見つめなおし、
自覚しながら日本語を使い分けられるようにしよう
というトレーニングだともいえるかもしれません。


どちらかといえば地道なトレーニングの部類です。
雰囲気としてはリラックスしながら楽しいものにしたいですが、
いわゆる”意識”と”無意識”の両面を使いますから
楽な作業ではないように感じます。

しかしながら多くの人は母国語だからこそ「いい加減」なんです。
それを「的確」なほうにシフトさせる努力をするかどうか。

ほとんどの場合、的確にしなくても何とかなってしまいます。
だから的確に表現しようとする努力のほうに向かいません。

逆に言うと、
「上手く言葉にできなくて”もどかしい”」と感じるときぐらいしか
的確なほうにシフトさせるチャンスは無いような気もします。

文章を書くにしても、想いを言葉で伝えるにしても、
自分から発信するにしても、相手のための言葉を返すにしても、
「言いたいことを的確に表現できるかどうか」
で、伝わりやすさ・届きやすさが大きく変わります。

そのための努力に興味が湧いたようでしたら
トレーニングをやってみる価値は大いにあると思います。

一日で劇的に変わるものではないでしょうが、
トレーニングの成果を発揮している人は何人も見ています。
心がければ「的確さ」は、いくらでも上がっていくようです。

地道なトレーニングも、誰かと一緒なら
気軽に取り組めるのもメリットでしょう。

関心とご都合が合いましたら、どうぞお越しください。


※国語辞典までは必要ではありませんが、
 言葉の意味を調べたくなるときが出てくるかもしれません。
 スマートフォンや携帯電話など、情報端末をご持参いただくのはお勧めです。




◆録音/録画、再生機材に関しまして
講座全体の内容は、ICレコーダーやビデオなどで
記録いただいても構いませんが、あくまで
個人的なご利用の範囲でお願いいたします。

※ただし、プライベートな内容の扱いに関しましては
 十分にご配慮ください。



※内容の密度の関係で定員を設けています。
もしかすると逆に、最少決行人数へ届かない場合もあるかもしれません。
いずれの際も改めてお知らせいたしますので、なにとぞ御了承ください。





【セミナーの詳細】

≪コミュニケーション講座 〜言語表現力トレーニング〜≫

【日時】  2017年 6月25日(日)
       10:00〜16:30


       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。


【場所】 滝野川会館 304集会室
    (JR京浜東北線・上中里駅 東口より徒歩7分)
    (東京メトロ南北線・西ヶ原駅より徒歩7分)
    (JR山手線・駒込駅 北口より徒歩10分)


【参加費】 ・・・15,000円

       当日、会場にてお支払いください。


    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。




終了しました

世間で言われるように、
コミュニケーションにおいて言葉の占める割合は
それほど高くないのかもしれません。

非言語メッセージをキャッチできる能力が高い方が
相手の感情をとらえやすくなりますし、
数多くのメッセージの中から大事な部分を見つけやすくもなります。

詩のように美しい言葉よりも、
たどたどしくても感情が乗った一言のほうが
心に深く響くときもあります。

聞き手側・受け取る側の感受性が高ければ高いほど
非言語メッセージの重要性も高まっていくのかもしれません。

ですからコミュニケーション技術を磨こうという立場からしたら
非言語メッセージを心がけるのは重要なんです。

大人になってからのコミュニケーションが
言葉に頼りすぎなことを踏まえても、
非言語を強調するぐらいで丁度いいとも言えます。


一方で、話し手側・伝える側としての立場になったときには
言葉のメッセージもかなり重要です。

相手が非言語メッセージの感受性を上げるトレーニングをしていなければ
言葉の内容のほうを重視する可能性もありますから。

また、非言語メッセージを受け取るのが得意な相手に対しても、
的確な言葉を見つけるスムーズさは重要です。

言葉を探している感じのときには、
「言葉が上手く定まらない”もどかしさ”」も
非言語メッセージに乗ってしまいます。

すごく親身になった大切な想いを乗せた言葉であっても、
そこに”もどかしさ”が混ざりこんでしまうわけです。

気持ちの乗った言葉として、
その気持ちの乗り具合が下がってしまう。

それがスムーズに言葉として言い表せたときには
その言葉に想いが100%乗っかります。
非言語メッセージと言葉がマッチするんです。

こうなったときに相手の心の奥深くまで届くメッセージとなります。


やはり言葉も大切なんです。
言葉で会話をしているのですから。

どちらが重要かという比率は状況によって変動しますが
メッセージの両輪であることには違いないでしょう。

非言語メッセージの重要性を実感してきた頃、
改めて言葉の重要性も感じられるような気がします。

だからといって、小説家や詩人のように
芸術的な描写ができることを目指そうというのではありません。
誰かの名言を引用しようというのでもありません。

あくまで自分の言葉として、自分の想いや考えを
「的確な」言葉に変換できるようにする。

自分が的確に表しきれない部分を相手に汲み取ってもらう代わりに、
相手に届きやすい形に表現するところまで
自分ができるだけの最善を尽くしておく、ということです。

的確な言葉を選ぶところにも、
相手のために最善を尽くそうと努力できる範囲があるんです。

コミュニケーションの能力として磨ける余地があるんです。

コミュニケーションを大事にしたいのであれば
「的確な言葉を選ぶ」努力によっても
もっとコミュニケーションを大事にすることができるんです。

相手のために、自分のために、お互いのために
工夫できる部分がある。

何も完璧なコミュニケーションを目指そうというのではないですが、
最善を尽くそうとできるかどうかは意味のあることのように思います。

最善を尽くしていれば、少なくとも後悔はしませんから。

そして、相手のために最善を尽くそうとする姿勢こそが
その相手にとって最大の支えになるような気もするんです。

だから自分の選ぶ言葉にも最善を尽くそう、と。
そういう趣旨です。


お越しをお待ちしております。

cozyharada at 23:28|Permalinkclip!

2017年05月24日

札幌で講座をします

7月29日(土)、30日(日)に
札幌で講座を開催することになりました。

珍しく2日間の講座です。

「無意識」をテーマとして扱いますが
メインの内容はコミュニケーション寄りです。

そもそも無意識とは何か?
もっというと意識とは何か?
人の心はどのようなメカニズムになっているのか?

…実は「意識」というものは
心理学でも哲学でも非常に定義が曖昧なんです。

学者によって定義が違うから議論が成立しないことさえあります。

そのあたりを踏まえ、概念として区別をしながら
人の心と接するうえでの中核の部分をトレーニングする予定です。

表面的な社交としてのコミュニケーションではなく
心の奥底で繋がり、本質的な安定感をもたらすような関わり方。

催眠療法家ミルトン・エリクソンは、その技術の非常識さから
「どんな技法を使っていたか」の側面が強調されやすいようですが、
エリクソンの関わった人たちには、ある安定感が共通して見受けられます。

催眠を通して人々の中に無意識的な安定感を育んでいたのではないか、と。

催眠によって導かれるトランスの性質を考えても
このあたりは納得のいくところだと思います。

講座中では、技術的な側面としてトランス誘導のトレーニングもします。
手法のバリエーションを増やすことが狙いではありません。
トランス誘導の”本質的な目的”を明確にして、
その効果を高める方向で練習します。

イメージとしては、
 相手の無意識の領域と繋がり、その中の乱れを調える
といった感じでしょうか。

相手が本来持っているリソースを活性化させるわけです。

トランスの持つその性質に注目しながら
無意識と交流するトレーニングを重ねるつもりです。

露骨なトランス誘導の技法は、催眠療法の場面以外では使いにくいですが、
無意識と交流するという意味では、トランスの深さを調節すれば
日常的なコミュニケーションにも応用可能になってきます。

普段の会話の中でも、相手の無意識に注目しながら、そちらと交流をして
安定感を育みつつ持ち味を活性化させやすくなります。

催眠療法や催眠術の講座ではありません。
もう少し日常的な場面で、人の無意識の側面へ
効果的に対応できるようにする力をトレーニングする講座です。

すぐに使えるテクニックを学ぶというよりは
人との深い関わりの土台を養うためのトレーニングだと言えそうです。


詳細やお申込みはこちらのリンク先をご覧ください。

cozyharada at 23:11|Permalinkclip!

2017年04月19日

次回の講座は6月25日の予定

次回の講座は
 6/25 (日)
を予定しています。

内容はコミュニケーション技術寄りのものです。

具体的なテーマとしては
 『言語表現を向上させる』
ことを扱う予定です。


結構、リクエストというか
「どうしたら言葉を上手く使えるようになりますか?」
といった趣旨の質問をもらったり、
「もっと上手く伝えられるようになりたい」
といった願望を聞いたりすることがあります。

こういう「伝え方」や「表現の仕方」について問題意識が出る場合、
実際のところは非常に多くの要素が混ざり込んでいます。

例えば、「伝え方」を気にしているようでいて
実のところ「部下に言うことを聞かせられるような伝え方を知りたい」
などと、「他人を思い通りに動かしたい」願望がメインのこともあります。

他者に動いてもらうのは、依頼や商談、教育・指導など
多くの場面で求められるコミュニケーションの要素ですが、
技術としての重要度は必ずしも「言葉の使い方」が高いわけではありません。

相手のニーズを把握していなければ動機づけはできませんし、
相手と価値観が根本的に異なっていたら動いてもらうのは難しいでしょう。

最終的な決断は相手に委ねられますから、
全ての結果をコントロールするのは不可能かと思います。

結果を良くしたいのであれば、「自分が何を言うか」の前に
むしろ「相手は何を望んでいるのか」を理解できるようになるほうが
ずっと効果的かもしれません。

ニーズ把握のプロセスを技術として身につけておくと
相手のニーズに合わせた対応をしやすくなるので
商品やサービスの提供でも、指導やアドバイスでも
満足してもらいやすくなるはずです。


この「ニーズ把握」の重要性を分かった上で、相手に合わせて
新しい考え方や行動案、商品などを提案する。

その段階で初めて「言葉の選び方」そのものに意義が出てきます。

相手のニーズは分かった。
相手に満足してもらえそうな提案内容がある。
ポイントは分かっている。
なんとなく言いたい趣旨は決まっている…。

そこから自分の想い・アイデアを言葉として表現する。

この段階で困難を感じる人がいるようなんです。

今回のポイントは、ここです。

会話の途中で、的確なポイントが掴めたとき、
「伝えたいこと、趣旨は決まっている。
 こういう観点で、こういう方向性で、
 こんな感じのことを言えれば上手くいきそうだ。
…でも、これを何て言葉にすればいいんだ?
 表現力が足りないから上手く言えない。」
とか。

あるいは相手の気持ちを理解して、分かったことを伝え返そうとしたとき
「なるほど、そういうことですか!
 はあはあ。ええ、おっしゃることは多分、伝わっています。
 なんていうんでしょう、あの、あれですよね?
 結局、ホラ、なんか、こういう感じですよね。
 ちょっと上手く言えないんですけど、納得しています。」
のように、
なかなか適切な言葉が見つからないとか。

もしくは、
相手の悩みの元になる考え方の癖が分かって、
こういう物の見方をすれば悩みから解決されそうだと見立てがある。
でも上手いリフレーミングの言葉が出てこない、とか。

頭の中には良いアイデアやイメージ、大事なポイントが出来上がっているけれど
それが言葉として表現しきれていない段階です。

少し専門的に言うと、
「内的表象を的確な言葉に置き換える」プロセス。

ここをトレーニングします。


そういう意味では、「言葉による表現力を磨く」とも言い換えられそうです。

自分の気持ちを上手く表した言葉に置き換える能力。
ここを磨こうという趣旨です。

コミュニケーションのトレーニングをしていると、この段階で
もどかしさを感じる人がいるようなんです。

最初のステップとして「何をすればいいのか?」が分かって、
次の段階で「どのような言葉に表したらいいのか?」が課題となる。

もちろん母国語として日本語を使えれば
ある程度の表現は可能です。

相手が汲み取れるだけの言語表現になっていれば
相手との信頼関係が築かれている限り、
相手のほうから理解しようとしてもくれます。

そこそこの表現になっていれば伝わるんです。

まして伝える側に想いの強さがあれば、非言語メッセージのほうから
大切な想いの部分だけは伝わることもあります。

言葉の表現は、その意味で、決して高いとは言えません。

それでも上手く言い表せていなかっただけの理由で
今一歩のところで伝わらない場合もあるわけです。


あくまで伝わりやすくするため、伝わる確率を上げるため、
せっかくのアイデアや想いが空回りする勿体なさを減らすため、
言葉の表現の段階でもできることがあります。

日本語力として伝えたいことを的確な言葉にする趣旨で
コミュニケーションのトレーニングをやってみようという話です。


詳しい案内は一か月前ぐらいに出すと思いますが
興味があれば予定を検討してみてください。

cozyharada at 12:13|Permalinkclip!

2017年03月23日

【セミナー】セルフイメージの整え方

ご案内: 4月23日(日)開催

   カウンセリング講座 〜セルフイメージの整え方〜



4月の講座のご案内です。
テーマは『セルフイメージ』。

扱いとしてはカウンセリング寄りで想定していますが
自らのセルフイメージを実際に調整する作業を通じて
体験的な側面を優先します。

自分自身で変えたいセルフイメージがある場合はもちろん、
カウンセリングやセラピー、コーチングなど
他者援助の技術的な側面としても取り組んでいただけると思います。


ただし、「新しいセルフイメージを作り出す」ようなものではありません。

新しいセルフイメージを作る作業は、大部分
目標設定と重なるところがありますし、
体験したことのない自分をイメージとしてリアルに作り上げるのは
なかなか現実的に難しい印象を受けます。

作業として困難なわけではなく、
 本人の中に経験がないためイメージを作るための材料がない
というのが実情でしょう。

例えば、世界トップクラスのお金持ちのような生活をしたいと思っても
あまりにも本人の現状と離れていると実態の想像がつきません。
 
ドバイのホテルのプールでくつろいでいる一場面ならイメージできても
他の生活の場面まで思い浮かべることはできなかったり、
どんな仕組みでお金が入ってくるのかも想像さえできなかったり。

そこまで極端に現状と離れていない目標でも、
経験したことのないゴールだと想像できない側面が多いんです。

仮に「会社を辞めて起業する」ような目標だとしたら
仕事が回っていくような流れを自分で作り出す必要があるかもしれません。

そこには「従業員としてのセルフイメージ」ではなく、
「経営者」「マーケティング」「営業」…など
様々なセルフイメージが求められる可能性があります。

もちろん体験してみるまでは分からないことだらけですから
起業以前に様々な側面をイメージできることは稀でしょう。

ある程度は知り合いの話や起業家の本などから情報を得て
自分の中でイメージを作り上げつつ、あとは実際に進めていく過程で
「経営者としてのセルフイメージ」
「マーケティング担当としてのセルフイメージ」などが
自然と出来上がっていくのだろうと考えられます。

出世して管理職になって部下ができるといったケースでも
「上司としてのセルフイメージ」は、その立場についてから
徐々に出来上がっていくのが一般的な流れでしょう。

つまり
〇前に持っていた「多分こんな感じだろう」という想像
⊆尊櫃砲修領場をやりながら徐々に追加されていく体験
の両方が組み合わさってセルフイメージが作られていく
ということです。

現状とかけ離れた目標だと、
 ,痢崑進こんな感じだろう」というイメージが不正確で
 どのように進んでいけばいいのか分からない
事態になりやすいようです。

現状の延長線上のような場合だと
,痢崑進こんな感じだろう」が比較的イメージしやすいため
実際にそのような場面に進んだとしても、手探りで
想像していたものと実情とのギャップを埋めつつ
△亮分なりの体験を追加して、自分なりのセルフイメージを作れます。


しかし、いずれにしても問題となるのは
新しいセルフイメージのほうではないんです。

今までに持っていたセルフイメージが問題となります。

上司ではなく「部下としてのセルフイメージ」、
起業家としてではなく「従業員としてのセルフイメージ」、
大金持ちではなく「一般人としてのセルフイメージ」…。

今までのセルフイメージが自分の振る舞いに影響を落とし続けます。
古い習慣が抜けず、新しいセルフイメージに移り切れないんです。

例えばダイエットの場合、痩せていた時期がある人であれば、
「痩せている自分のセルフイメージ」が残っていますから
現状は「一時的に太っている自分」として捉えやすい。

そのため「痩せている自分」に戻る方向としてダイエットができます。

一方、人生で一度も痩せていた時期を経験していないと
「痩せている自分のセルフイメージ」は新しく作る必要が出てきます。
むしろ「太っている自分」のほうがセルフイメージとして残りやすい。

結果としてダイエットで体重が減っていった場合にも、
「ダイエットに成功している自分」「体重が減った自分」にはなれても
「太っている自分」のセルフイメージが残るため
痩せていることが当たり前とまでは捉えにくいんです。

むしろ、「太っている自分」がセルフイメージとして残っているから
「体重が減った」「ダイエットが成功した」ことに達成感を味わえます。

「痩せている」範囲まで目指す必要もなくなってしまいますし、
全く馴染みのない「痩せている自分」にまでなるのには
知らず知らずのうちに怖さを感じてしまうこともあるかもしれません。

「太ってはいない」ところまでで「ダイエット成功」となるのは
こういうセルフイメージが関わっている可能性が高そうです。

つまり、新しいセルフイメージを作るかどうかの前に
 これまでのセルフイメージを手放せるか
が重要になる、ということです。

 ※ちなみに「太っている自分」というセルフイメージに嫌気がさすと、
  そのセルフイメージを破壊して新しい自分を目指す場合もあります。

  こちらのケースでは「太っている」と認識される範囲にはいたくないので
  かなり劇的に「痩せている」ところまで変わることもあり得ます。

  「体重が減った」ことへの達成感を求めるよりも
  「太っている」ことを回避しようとする気持ちに動機づけられます。

  痩せた後には「以前は太って『いた』けれど痩せるのに成功した自分」
  という新たなセルフイメージが作られ、そちらが定着しやすいようです。

  ただこの場合、そもそもそこまで強烈に現状のセルフイメージを否定して
  新しい自分になる必要があるかどうかがポイントになります。
  それだけ動機づけられる理由があるか?

  その意味で動機づけの原因となる外的要因に左右されやすく
  本人がコントロールできるものとしては扱いにくいといえます。



一度、古いセルフイメージを手放すことができると
今までの自分へのコダワリがなくなります。

そうでない自分になっても、あとは経験を通じて自然と慣れていけます。
結果として新しい自分、新しいセルフイメージが作られていく。

これはちょうど、学生から社会人になるときのようなシフトに近いでしょう。

学生というセルフイメージから社会人というセルフイメージに変わる。
一般的に、学生のセルフイメージに執拗にこだわるところはありません。
「もう学生は終わり、これからは社会人」と自然に受け止められます。

学生というセルフイメージが強くないんです。

子供のころから、小学生、小学校高学年、中学生、高校生…と
3年ぐらいの単位で新しいセルフイメージに修正する時期を通っているので、
学生から社会人というシフトも延長線上で捉えやすいのかもしれません。

しかし大人になるほど、こういう定期的な転換点は減っていきます。
長年積み重ねてきた「自分らしさ」というセルフイメージは
あまりに馴染みすぎてきて、なかなか手放しにくいようです。

そしてもし、こういう長年のセルフイメージが
自分を不自由にしているのであれば、
それを修正しておいたほうが、物事がスムーズに進みやすい。

それが土台の発想です。


用語として「セルフイメージ」という単語を使っていますが、
曖昧な使われ方をすることもあるので
そのあたりの区別から説明する予定です。

そしてセルフイメージを調べる過程を経て、
実際にセルフイメージを調整する実習へと進みます。

セルフイメージの調整はバリエーションをいくつか紹介するつもりです。
手法の好みも別れるかもしれませんから、複数の対応を知っておくと
役に立てやすいのではないかと思います。

効果としては、古いセルフイメージに縛られて
現状維持に戻ってしまうことを避けられます。
物事が無理なくスムーズに進むようになる感じでしょう。

目標達成しやすくなるともいえそうですが、より正確には
 「目標」というものを遠い行き先ではなくもっと身近なものとして捉え、
 「頑張り」という意識をあまり持たずに望ましいところへ近づいていく
といったところでしょうか。

目標とする自分像を作り上げて何が何でも達成する…
というようなものではありません。

とりわけ「変わっていく」ことへの怖さがなくなる効果は大きそうです。

これまでの自分、古いセルフイメージから離れるのには
少なからず怖さを伴うものです。

これは「どんなことになるかが分からない」という不安とは違います。

セルフイメージを修正した後でも不安は残るかもしれません。
それは学生から社会人になるときの不安、
初めて部下ができるときの不安に近いものです。

変化に伴って予測できないことが起きるかもしれない不安です。
こちらは実際のところ、徐々に変化しながら慣れていきますから
大きな問題にはなりません。

それに対して古いセルフイメージから離れるとなると
「今までの自分がなくなってしまう」という予測から怖さが生まれます。
恐れです。

この恐れが、いわゆるリバウンドや現状維持に繋がる。
無理をしている感じや、古い行動パターンを引きずってしまう理由の1つです。

セルフいエージの修正を行うと、この恐れがなくなります。
それで自然と楽な感じに進みやすくなるというわけです。

手法として知っておくと、ご自分の転機に使えるようにもなるでしょうし、
コーチング・カウンセリング的な観点として他者のサポートにも使えるでしょう。

もちろん、講座中に取り組んでいただいたテーマが
スムーズに進むようになる効果も期待されます。

コミュニケーション技術や言葉のアプローチのトレーニングではなく、
イメージワークや内面を探る実習が多くなります。

慣れていないと戸惑う作業もあるかもしれません。
ご心配なところがありましたら下記のフォームの「備考」欄にご記入ください。

それぞれの方が違った印象の体験をなさることが予想されますので
他の方と感想をシェアする時間も大きな収穫かと思います。

気軽に新鮮な体験を楽しんで頂けたら幸いです。



◆録音/録画、再生機材に関しまして
講座全体の内容は、ICレコーダーやビデオなどで
記録いただいても構いませんが、あくまで
個人的なご利用の範囲でお願いいたします。

※ただし、プライベートな内容の扱いに関しましては
 十分にご配慮ください。



※内容の密度の関係で定員を設けています。
もしかすると逆に、最少決行人数へ届かない場合もあるかもしれません。
いずれの際も改めてお知らせいたしますので、なにとぞ御了承ください。





【セミナーの詳細】

≪カウンセリング講座 〜セルフイメージの整え方〜≫

【日時】  2017年 4月23日(日)
       10:00〜16:30


       ※終了時間は30分程度まで前後する場合があります。


【場所】 滝野川会館 303集会室
    (JR京浜東北線・上中里駅 東口より徒歩7分)
    (東京メトロ南北線・西ヶ原駅より徒歩7分)
    (JR山手線・駒込駅 北口より徒歩10分)


【参加費】 ・・・15,000円

       当日、会場にてお支払いください。


    ★定員に達した場合、キャンセル待ちとして受付させていただくことになります。
     ご了承ください。




終了しました

「自由」という言葉は2つの意味合いで使われることがあるようです。

「〜する自由」と「〜から自由になる」。

「〜する自由」とは「好きなことをしていい」という
複数の選択肢から、どれでも選べる状態のことだといえます。

人は過去に学習したやり方でワンパターンの対応をしてしまいがちです。
そこで新たな選択肢を増やし、選べるようにしていく。
ここに自由度が生まれてくるわけです。

一方、「〜からの自由」とは「制約が取り除かれる」意味です。
これまで縛られていたものから解放される。

具体的な選択肢はまだ見えていないかもしれませんが
今までのような制約はもう無くなった、という状態です。

喩えるなら、
複数の部屋の中から好きなものを選んでいいのが「〜する自由」、
今まで閉じ込められていた部屋から出してもらえるのが「〜からの自由」
といったところでしょうか。

今回の講座で扱うセルフイメージの調整は
「〜からの自由」のほうに近いはずです。

今までのセルフイメージに束縛されていたところから自由になる。

「なりたい自分になる」ような取り組みは
 現状の自分と、目標とする自分という2つの選択肢から
 好きなほう(おそらく目標のほう)を選んでいい
という「〜する自由」のほうだといえそうです。

今回は古いセルフイメージから自由になるのがテーマです。

もしかすると「なりたい自分」になれたほうが良さそうに感じるかもしれませんが、
現状で想定できる「なりたい自分」は、今の自分で考えつく範囲の
制約のかかった目標になっていることが多いとも言えるんです。

もっと望ましいところに辿りつく可能性があっても
そちらの目標が浮かんでこない場合もある、と。

その意味では、古いセルフイメージから自由になれば
現状では想像もしていないような素晴らしいところに到着する可能性があります。

もちろん、そうではない可能性も出てはくるのですが…。

必ずしも目標達成を応援する内容ではないものの、
古いしがらみから自由になることに興味があれば
何かしらの役には立つのではないかと思います。

関心とお時間が合いましたら、どうぞお越しください。

cozyharada at 23:53|Permalinkclip!

2017年02月02日

4/23(日)講座の内容

次回の講座は 4月23日(日) を予定しています。

内容は『セルフ・イメージ』について。
セルフイメージを調整する方法を扱います。

とはいえ、
 理想の自分のセルフイメージを作り上げて
 そこに向かって環境を望ましく変えていく
という種類のものではないつもりです。

また
 理想のセルフイメージを目標として設定して
 それに相応しい行動を続けることで理想に近づく
といった行動変容的なアプローチでもありません。

むしろ、
 今の自分には適切ではない昔のセルフイメージの名残りに気づき
 それを現状にマッチした形に調整する
というスタンス。


セルフイメージは意外と後を引くようなんです。

例えば、僕の知り合いでも
小学校低学年の頃にダントツで背が高かったから
「自分は背が高い」というセルフイメージを持っている人がいます。

ところが今、その人の身長は平均ぐらい。
もっと背の高い人なんていくらでもいます。

自分よりも背が高い人と並ぶと、今でもビックリすると言っていました。

能力的なこと、性格的なこと、身体的特徴について…
随分と昔に「自分ってこういうものだ」と捉えたイメージが
今になっても残り続けていることが結構あるわけです。

「セルフイメージ」という単語の定義が不明確ですから何とも言えませんが
ここで扱うのは「自分についての思い込み(ビリーフ)」といった感じでしょうか。

「私は〜である」という認識。

これが現状とマッチしていないと思いのほか
自分を制限してしまう場合があります。

例えば僕の場合、小学校の頃から背が低く、走るのが遅かったため
「運動が苦手」というセルフイメージを持っていた記憶があります。

実際には、逆立ちとかバランス系の運動はクラスでも上手いほうだったり
野球でもゴルフでもスイングのフォームが綺麗だと言われたり
運動全般としていえばポジティブな評価を受けることもありましたが、
幼少期の「運動が苦手」のイメージは今も少し残っている気がします。

色々と内面を見たり、いくらかはスポーツを遊びとしてやった経験から
「運動が苦手」というセルフイメージは薄れ、今はどちらかというと
「走るのが苦手」というセルフイメージだけが強く残る感じかもしれません。

子供の頃でいえば背が低ければ足も短く、
身体の発育が他の子供よりも遅いわけなので筋力も低くなる。
走るのが遅かったり、持久力が無かったりするのは、ある程度
自然な範囲だったとも思われます。

しかしそこで生まれたセルフイメージはずっと後を引き
走ることに関しては嫌な印象ばかりが続きました。

今、健康のために少し身体を動かそうかと思っても
走る方面ではヤル気が出ないことに気づきます。

もしかしたら、今の体力でいえば、同年代なら同じぐらいかもしれない。
コツコツ続けたら走る楽しさに気づける可能性もあります。

でもやらない。
ヤル気にならない。
苦手意識があるから。

当然、走ることが含まれるスポーツには手を出しません。

それどころか、どんなスポーツをやるにしても心肺能力を高めるために
有酸素運動を続けるトレーニングが含まれるかと思うと、
それに対しても拒否感が出てきてしまいます。

そういう制限ができているケースが多いんです。


ポイントは
 必ずしもそれが問題になっていない
ということ。

これが仮に、何らかの事情でマラソン大会に強制出場させられるとかになれば
僕は「走るのが苦手なのに、走らなければならない」という思いから
悩みを持ち始めるでしょう。

それと比べると現状の僕は困ってはいません。
走るのが苦手でも日常生活には何ら支障がない。
今のところは。

一般的には悩みが出てから修正しようとするんです。
自分の思い込みや心の癖が、現状と合わなくなってきた。
環境を変えるか、自分を変えるかして適応する必要がある。
それが悩み・問題ができるときです。

ですが現状で支障がなければ悩みは出ませんし、
自分に不自由な部分があるとも気づきません。

その一方で、支障をきたしてはいないものの
自分の人生に制約をかけている可能性は否定できないわけです。

もしかしたら、もっと好きになれること、もっと楽しめること、
もっと喜びを感じられることがあるかもしれない。

そういう制約をかけているのが「古いセルフイメージ」なんです。

もうそんな自分ではなくなっているのに
まだ古い自分のままだと思いこんでいる。

それを解消しておこうという発想です。
そのための作業をやるような講座を考えています。

イメージワークをやるような種類の内容です。
コミュニケーション技術というよりは
自分の内面を扱うような、セラピー的な内容といえます。

詳細は日程が近づいたらご案内します。

cozyharada at 23:53|Permalinkclip!
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 ◆ セミナー情報 

New!

《心を調える実践会》

【日時】 2017年9月10日(日)
     10:00〜16:30


【場所】 滝野川会館
    304集会室

    JR上中里駅より7分
    JR駒込駅より10分
    南北線西ヶ原駅より7分


【日時】 2017年9月24日(日)
     10:00〜16:30


【場所】 北とぴあ
    801会議室

    JR王子駅より2分
    南北線王子駅直結

詳細はこちら>>
次回開催は10/15の予定


 ◆ 過去の講座 

《新カウンセリング講座》
 〜まとめと実践〜


当時の内容はこちら>>


《勉強会》 

【テーマ】 変化の流れを考える

当時の内容はこちら>>
次回は未定



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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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