心理学

2019年07月18日

どう見られるか

セミナーが重なるとブログも書けなくなりがちですが、
ジムに行くタイミングも見失いがちです。

僕は深夜の空いている時間を狙って通っていますので、
翌日が朝からセミナーだと、睡眠を優先して行きません。

出張のときにも行けないので、
タイミングを合わせてるのが難しくなりやすいんです。


そうすると、行ける日にジムに行く形になりやすく、
余裕のあるスケジュールのときとは違う曜日にも足を運ぶことに。

多くの利用者が、時間帯だけでなく
曜日も固定になりやすいのかもしれません。

普段と違う曜日に行くと、初めて見る人にも出会います。

先日も初めての人がいました。
アラブ系の外国人。

しきりに鏡を見ていましたから
筋肉をつけたいんでしょう。

結構、細かく場所を分けながら運動していました。
負荷も強めにしていたんだと想像できます。

声を出しながらのトレーニングでしたし。

呻き声みたいのもありますが、
耳に入ってくることが多かったのは数を数えるとき。

何語だか分からない単語でした。
おそらく母国語なんでしょう。

一般的に、語学をやっていて慣れにくいのが数字です。
ちょっと理解に時間がかかりがちだと言われます。

数字は概念として抽象的に理解していても
その数字の大きさの「感じ」は経験に基づきますから、
数字は母国語で扱うのが一番楽なはずです。

1から20ぐらいまでなら覚えさえすれば数えられますが
ハードな筋トレをしながらカウントするなら
母国語が自然に出てくるものでしょう。

実際、最初はその人も、自分の言語で数えていたようでした。


ところが、僕が近くに行って別の器械を使っていると、
その人がなぜか、英語で数を数え出したんです。

ワン、ツー、スリーと。

発音からすると、あきらかに英語ネイティブではありません。
なのに英語でカウントする。

英語ネイティブでないのがうかがえるのは、
10を超えると、また1に戻るからです。

ワン、ツー、スリー…といって、「テン」までくると
次は再びワン、ツー、スリーに戻る。

10回を2セットやっているのではありません。
10回目の次、そのままのテンポで11回目に進む。
で、合計15回ぐらい、つまり二回目のファイブかシックスで止まりました。

英語ネイティブだったら普通にフィフティーンじゃないでしょうか?
少なくとも僕だったらそうなります。
わざと英語で数えてもカウント程度ならできますし。

ただ、15まで英語で数えられても、
筋トレの最中にわざわざ英語にする気はおきません。
アメリカでやっていたとしても、日本語に戻りそうなぐらい。

にもかかわらず、そのアラブ系の人は
なぜか英語で数えていたんです。

それも僕が近くにいるときだけ。

離れているときには違う言語に戻っていました。


いったい、どういう心情が働いたのでしょうか…?

英語は国際的に受け入れやすいということなのか、
母国語で話をしていて嫌な思いでもしたことがあるのか?

日本に来ているんですから、そんな気を使うなら
日本語で数を数えたら良さそうにも思うんですが…。

母国ではない国で生活をするというのは
思いもよらない経験をするものなのかもしれません。


そういえば、かなり前のことですが
近所のリンガーハットで、ちゃんぽんを食べていたとき
外国人店員に露骨に悪態をついていた老人がいました。

「ねぇ?ちゃんと分かってんの?
 え?今、なんて言った?」
という具合。

夫婦で来ていたので、注文の後、奥様のほうに向かって
「なんでここは外人ばっかりなんだ?
 ちゃんと通じてんのか?
 日本なんだから日本人にやらせろよ。」
なんて話してもいました。

明らかに全員に聞こえるような大声でアピール。

その値段で、そのサービスを安定供給して
ビジネスを維持するためには、賃金が低くなるんでしょう。

その賃金で働きたがる日本人が少ない。
だから自動的に外国人が増える、と。

さらにはビザの関係で、飲食店かコンビニぐらいでしか
働く許可が下りない人たちもいると聞きます。

外国からやってきて日本で生活をする本人たちにとっても
一定の品質のサービスを安く提供しなくてはいけない外食チェーンにとっても
外国人が働くのは理に適っているのかもしれません。

しかし、そういう状況に対して反感を示す人もいます。
それを直接ぶつけるような形で表す人も。

日本に限ったことではないんじゃないでしょうか。

過去にどこかで、何か嫌な経験をしていれば
何かを取り繕うような振る舞いをしたくもなるような気もします。

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2019年07月08日

続かない人たち

ジム通いも気づいたら2年を過ぎていました。

僕が入会したのはジムがオープンして2か月目ぐらいのとき。
オープン記念のキャンペーンをやっていて最初の2,3か月は
割引をしてくれていたのを覚えています。

その後も様々なキャンペーンを繰り返し、
新規の入会特典は名目を変えながら何度も行われるようです。

知人を紹介して入会してもらうと、紹介者も新規入会者も
どちらも一定期間の割引が受けられるようなものもありました。

そして2年以上が経った今、先日から
「義理友割」とかいうキャンペーンが始まりました。

「一人じゃ続かないから、一緒に入って!お願い」
という心情を代弁する形のポスターが貼られています。

二人同時入会だと割引になる、ということなんですが
始める前から「続くかどうか心配だなぁ…」
と心配する人もいるものなんでしょうか?

むしろ、入会を検討する人は最初のうちぐらいは
それなりにヤル気を持ってジムを比較検討しそうな気がします。

どちらかというと、そうやって誘われた人のほう、つまり
自主的にヤル気を出していたわけではない人のほうが
「うーん、健康には良いんだろうけど、続くかなぁ…」
みたいな心配を抱きそうな気がします。

もしくは、既に入会していて、最近サボり気味になっている人が
「あー、最近ジムに行っていないなぁ。
 誰か一緒に行ってくれたら、もうちょっと通えるかもなぁ。」
なんて思うことはあるかもしれません。

ただ、この場合、ジムに来ていないのでポスターを見ることはなく
キャンペーンの存在に気づかないと思いますが。


ということで、個人的な印象としては
 ジム経営者側の勝手な推測で利用者の心境のイメージを作って
 それに基づいたキャンペーンを打った
ような感じに見えてしまうところがあります。

こちらの本心としては、ジムが混むのは嫌なので
そんなに入会を増やしてくれる必要もない、というのが正直なところ。

一方、そうしたキャンペーンを打ちたくなる理由も想像できます。

それは実際、続かない人が多いみたいだから、です。

入会直後によく見た人も、最近は見かけないことが増えてきました。
長続きしている人は、僕と同じ利用時間帯だと数人じゃないかと思います。

僕自身は週に1,2回、だいたい決まった時間帯に行きます。

以前は、その時間帯にいつも来る人が何人かいました。
運動が苦手そうな人も、筋トレマニアみたいな人も、どちらも。

それなりに長い間、頻繁に見かけていた人もいました。
彼らも今では見かけません。

時間帯を変えたのか、曜日のサイクルを変えたのか、
あるいは引っ越しでもしたのか…。


そのうちの一人は、先日たまたま見かける機会がありました。
この人は筋トレ好きというより、ランナーのような印象です。
トレッドミルのフォームがスムーズですし、下半身も鍛えています。

久しぶりに見かけたわけですが、あいかわらず異臭を放っていました。

また、一時期は毎回のようにタイミングが重なっていたインド人も
最近では全く見かけなくなりました。

彼の熱は半年ぐらいで冷めてしまったのかもしれません。

数か月ぐらいは頻繁に見かけるのに、その後は見なくなる…
そんな人は大勢いたような気がします。

ブームが過ぎ去ってしまうんでしょうか。

筋トレ好きの側の人たちも、見かける頻度には波がある気がします。
最近は、器具を占有する人も減ってきたようです。

こちらとしては使いやすくて良いんですけれど。

筋トレマニアの多くは若い世代のようなので、
転勤だとか就職だとか、会社内の部署の変化とか
環境として変化が起きやすい傾向はあるかもしれません。

同じ生活スタイルが続きにくい世代といいますか。
夜の時間帯に通うのが難しくなっただけの人もいるようには思えます。

あとは、近所の別のジムに移ったか。

二年前は24時間営業のジムも、近所ではその一店舗だけでした。
それが次々に別系列の店舗がオープンして、
近郊に数軒はある状態になってきたみたいです。

住まいからの距離とか、通勤の通り道とか、
もしかすると価格とか、設備の充実度とか、
そういう理由でジムを変えた人もいるのではないかと想像します。

筋トレ好きの人の場合、設備の充実度なんかで
場所を変えることはありそうにも思いますが、どうなんでしょうか。


そんな中、1年半前ぐらいから、
コンスタントに見かけ続けている人が一人だけいます。

利用時間帯が同じぐらいのタイミングの人。
おそらくスペイン人です。
50歳ぐらいでしょうか。

決してトレーニングマニアという感じではなく、
本格的なトレーニングをしているようではなさそうですが
マシンの設定としては、かなり強い負荷で頑張っています。

脂肪もタップリつきながら、体を大きくしたいみたいです。

見た目から地中海系の人だろうと想像できます。
歩き方もアメリカ大陸の人とは違いますし。

イタリア人とは動作のリズムが違うのと、表情なんかも違います。
まぁ、スペインだろう、と。

先日、その人がトレーニング中に自分のスマホで音楽をかけていました。
(本当はイヤホンの使用が義務づけられていますが)

その音楽が全てスペイン語だったので、
ほぼ間違いはないと思います。

わざわざ話しかけて尋ねるほどでもないですし。

ということで、夜の時間帯にコンスタントに通い続けられるのは
どうやら一般的な日本人には少ないようです。

僕の生活は一般的な日本人とはズレてしまっていますし。

しかしながら、そういう生活スタイルだからこそ
24時間営業のジムが助かるんです。

あまり利用者が多くて使いにくいのも嫌ですが、
かといって利用者が減ってしまって潰れてしまうのも困ります。

僕だけでなく、少なくともそのスペイン人男性も
細々と長続きしてくれることを願っていることでしょう。

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2019年07月03日

あやういところでした

少し前のことですが、打ち合わせで出かけていて
岐路に着こうと、先方の最寄り駅を歩いている途中、
駅構内で気を失って転倒しました。

少し雨が降っていて、足元が滑りやすい状態で
改札に向かう途中の階段で最後の一段を踏み外してしまったんです。

それで軽く転んで膝を打ちました。

このときはまだ何ともありません。
ただ「イタタ…」という感じ。

しかし滑って転んだ際に、身体的には緊張が走ったようです。
いわゆる交感神経優位の状態という感じでしょうか。

アドレナリンなんかも出ていたと思います。

そのまま改札を通り、エスカレーターに乗って
反対側のホームへと移動しようとしていたとき、です。

徐々に意識状態がおかしくなってきているのに気づきました。


過去にも気を失ったことは何回かありましたから
「これは少しマズイな」と考えて
急いで帰るのを止める決断をしたんです。

「とりあえず反対のホームに移って、あそこのベンチで休もう」と。

ところが状態は悪化する一方。
「これはチョット、呼吸を整えて落ち着かせる必要がありそうだ」
と思って、まずはとにかく立ち止まって休むことにしました。

それでエスカレーターを上り終えたコンコースの通路端、
壁際の柱に寄りかかって落ち着きを取り戻そうとしたんです。

が、結局、その瞬間が最後の記憶でした。

次に気づいたときは、なぜか地面に突っ伏していて
よく分からないけれど通りすがりの人から
「大丈夫ですか?」と声をかけられていたんです。

とはいえ、こちらはまだ朦朧とした状態です。
なんのことやら分からずに突っ伏したままでした。

それでも最初に意識が戻ったキッカケは、
一人のおばあさんの声だったと思います。


たまたまその人が看護師だったので、親切にも駅員を呼びに行ってくれて
念のためということで救急車の手配まで協力してくれました。

救急車が来るまで10分ぐらいあったらしいですが、
その間に朦朧とした感じが少しずつ治ってきて
救急車に運ばれるときには立って歩けるぐらいの感じでした。

そして病院に着くころには、ほぼ普通に戻っている。
若干のダルさがあるぐらいなものでした。

なので検査をしても何も異常は現れず、
問診をしても医師からは「おかしい、分からない…」の繰り返し。

まぁ、医療的には問題が見つからないということなので
あまり気にしなくて良さそうな話にはなりました。

ただ、これまでに気を失った経験を振り返ると
やはり共通点があります。

何かしらのショックがあって、交感神経が急に活発になるような感じ。

貧血とか立ち眩みなどのように、クラっとする体験ではないんです。
何か普段と違う機能が働いて異常が起きるような印象を受けます。

駅の改札あたりから自分が考えていたことを覚えていますし、
その判断に基づいて行動をしたところもあったと思います。

が、これは「考えて判断した」というよりも、
思考や判断を司る脳の部位は普段通りの機能を保っていて
その部分が普段と変わらずに状況分析をした内容を
言語的に表現していただけに過ぎないのかもしれません。

それとは全く別の部分、体の機能や意識状態と関係するような部位では
思考の内容とは無関係に異常が進行していたと想像できます。

なので自分としては冷静に状況をモニターして判断したつもりでも、
実際には、意識的な自覚とは離れたところで
気を失う方向の異常事態が進んでいたんじゃないかと思われます。


この手の体験、つまり交感神経系が過剰になってバランスを失い
意識状態がおかしくなって気が遠のいていく感じの状態は、
数か月前に、MRIを取っていた最中にも起こっています。

そのときは程度がさほど強くなかったのと
そもそもが寝たままの状態だったのと、
その日の体調なんかも関係しているのかもしれませんが、
うまく呼吸を整えて対処することができました。

MRIのときも妙な緊張状態があって、
交感神経が過剰な感じだったように思います。

そして、つい先日も危ういタイミングがありました。


夜中にジムに行ってきた帰り道です。

若干暗い道を歩いていると、一軒の建物の駐車場に看板を見かけました。
選挙事務所の看板のようで、候補者の顔写真が載っていました。

奇妙なことに、その看板が目に入った瞬間
僕の頭の中には「あぁ、看板か」という認識があったんです。

にもかからず、その一瞬後に、
暗い駐車場の中に浮かぶオジサンの顔だけを捉えて
暗闇から急に顔が表れてくるような捉え方をしてしまいました。

物凄くビックリしました。
むしろ恐怖のほうが近いでしょう。
オバケを見たかのような体験です。

看板を認識してから後、1秒以下の話ですが、
暗闇から表れる顔に対して、別の反応が起こったようです。

順番としては、看板を認識して、その後に
顔に対して恐怖を感じた、という形。

頭のどこかでは「看板だ」と分かっているのに
それとは無関係に、あるいは並行した体験として
暗闇に表れる顔に恐怖を感じたわけです。

このときの生理反応も、一気に交感神経優位になる感じ。
心拍数の増加、呼吸の変化、血流の変化を捉えながら、
意識状態も少し歪んでいくのが分かりました。

程度は小さかったので気を失うところまではいきませんでしたが
同様の兆候の状態だったとは思います。


なんとも理解ができない状態が続いています。

いろいろと関係しそうな要素を探して
自分なりにリスク要因を避けるよう工夫することになりそうです。

夜道の看板の顔写真でビックリするのは
予防のしようもなさそうに思えますから。

他の要因をチェックしてみるつもりです。

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2019年06月22日

【セミナー】怒りの取り合いマニュアル

心に関することでいうと、
様々な分野に共通して重要なポイントがあります。

それは
注意の対象ではなく、注意の元に意識を集める
ということです。

先端ではなくて、根元を見る。

これが本当に大事です。
これだけで本質的な問題さえも終わります。


ただし、この表現は本質的過ぎて
シンプルにまとまり過ぎてしまうので、
これだけではピンとこないことが多いと思います。

例えば「怒り」を題材とすると、
多くの人は、怒りを向ける対象に意識が集まるんです。

なぜ腹を立てているか?と。
「こういうことがあった。酷い!ムカつく!!」
という感じ。

それでは怒りは解消されません。

1つの効果的な対処法は「怒りを発散する」ことです。
出し切る。

そうすると
対象に向かって流れていたエネルギーが消えたようになり、
注意の方向が怒りの対象から離れ始めます。

そして自分の内側に向き始める。
なぜなら、そこに別の感情が起きているからです。
そこに気づけるようになるんです。

悲しみです。

怒りが通り過ぎると悲しくなってくる、というのは
怒りが発散された後、自然と意識の向きが変わって
そもそも自分の内側にあった悲しみに気づき始める、
というプロセスそのものだと言えます。

言い換えると、怒りは対象のほうに向いて
矢印のようにエネルギーを出し続けていますが、
その矢印の根元には悲しみがある、ということ。

だったら先に根元へ意識を向けてしまおう、と。

そうすることで怒りに振り回されなくなります。

もっというと、怒りを生んだ原因、怒りの対象にも
自分の感情を振り回されなくなるんです。

怒りが沸いてしまうというのは、
その対象・原因にコントロールされている
ということでもありますから。

他人や出来事にコントロールされて
怒りを持たされる必要がなくなるんです。


そういう話。
これが怒りだけでなく、ほとんど全てのことに当てはまる。

とはいえ、怒りに関していうと
だからといって怒りを我慢して
泣き続ければ良いということではありません。

もうちょっと丁寧な対処が必要になります。

そのあたりの「怒りの対処法」を
近々、講座で紹介します。

7月7日ー8日の土日。
基本は2日間の設定ながら、一日の受講も可能となっています。

詳しくは、こちらのリンク先をご覧ください。

https://hsmana.com/sapporokenshu-kai2”>https://hsmana.com/sapporokenshu-kai2

札幌開催のものも案内されていますが、今回は都内です。

ご検討ください。

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2019年06月19日

味に飽きるかどうか

脂ものを控えるようになって約2か月。
そんな食生活にも慣れてきました。

内容はいたって単調です。

以前だったら同じような食事は飽きてしまっていたでしょうが、
なぜか最近は毎日同じでも大丈夫になったようで。

キムチは唐辛子の負担が大きいことが感じられて
少し控えるようにしました。

千切りキャベツは僕の場合、あまり食物繊維としての効果が高くなく
サラダをたっぷり食べたつもりでもイマイチ状態が良くなかったので、
固形分の要素が大きい乱切りのキャベツやモヤシの量を増やしています。

カット野菜を買って、レンジで簡単に火を入れて
スープや味噌汁じたてにすれば時間も手間もかかりませんし、
キムチ以外で固形の野菜を多めにとることができます。

こちらもシンプルな味のものを日々リピートする状態。

何か違う味のものを求めるときがあれば
シリアルを食べて気分転換といったところで、
我慢している気分も感じません。

ただし、シリアルを豆乳で食べるのは馴染めなかったので
脂肪分ゼロをミルクプロテイン飲料で誤魔化しています。


思い返せば、僕の生まれ育った実家は
食事を重視する家庭だったんでしょう。

当時はそれが当たり前で何とも思っていませんでしたが。

毎日違うメニューなのは当然でしたし、品数も多かったようです。
家計のうち食費にかける比重は高かったはずです。

そのせいか、色々と違う味のものを口にするのに慣れていて
同じものをずっと食べ続けるというのは好きではありませんでした。

今でもハッキリと覚えているのは、
 土曜日、学校から帰ってきて食べる昼ご飯が
 ミートソースのスパゲティや焼きそば、素麺だったりすると
 なぜか一食分食べきれない
ということ。

量を調整してもらっても、途中で飽きてしまうのか
常に残してしまっていたものです。

夕飯のことを考えると、土曜日の昼に
子供の昼ご飯を工夫するのは負担だったんだろうと思います。

逆に言えば、母は平日に子供がいないときには
昼ご飯の品数を増やしていなかったのでしょう。

朝や夜には、かなり労力をかけて
品数を多くしてくれていたことがうかがえます。

祖父母同居の家で、専業主婦だった母は
かなりの時間を料理に費やしていたんじゃないでしょうか。

祖母が固いご飯が好きで、父が柔らかいご飯を好んでいたので
僕が子供の頃、自宅には炊飯器が2つありました。
固いご飯用と柔らかいご飯用の2台。

祖母は肉を食べない人だったので
夕飯のときも祖母のために別メニューが追加されていたのも日常。

当時は比較対象が無かったので、それが当たり前になっていましたが
大人になってみると随分と無理をして頑張っていたのだろうと思えます。

おかげで僕の脳は、味覚の刺激に対して
いわゆる馴化が起こりやすくなったようです。

同じ味が続くと、味覚の刺激に対しての反応性が落ちてきて
感度が落ちていく。

味を変えながらでないと飽きてしまう、というのは
そのあたりに理由があったんじゃないかと思われます。


それが今では飽きることが減ってきました。

ポジティブに解釈すれば
 目の前の体験を毎回、新鮮な状態でインプットしている
ということかもしれません。

同じだと捉えなくなっている、と。

「さっき食べた味」という記憶を参照する度合いが減って
口に入るごとに味覚の刺激を新しいものとして捉えている。
…そんなことが起きやすくなったようにも想像できます。

実際、僕は最近、味の体験を
見た目に左右されにくくなっているみたいです。

以前、4,5人で打ち合わせをしていた場に
知人がお土産としてケーキを買ってきてくれたことがありました。

といっても普通のケーキではなく、
お寿司の見た目をしたケーキ。

パッケージからスーパーの寿司のパックみたいな形でしたから
見た目だけでいうと、一瞬、お寿司をお土産に持ってきたのか
と思うほどでした。

なかなかよくできた見た目でした。
色を付けた桃の薄切りで作ったガリなんかも入っていて。

皆で1つずつ食べて味の感想なんかを話していたんですが、
多くの人は「混乱する」と言っていたんです。

頭がお寿司のつもりになっていて、
でも味はケーキなので、予想と違って変な感じがする、と。

おそらく止まっているエスカレーターを歩くときのように、
頭が予想する体感覚と実際の体験が異なっている
という話でしょう。

でも僕は、味に関してそういう違和感は全くありませんでした。
お寿司の味を見た目から予想することがないんでしょう。

純粋に味と匂いとして、マンゴー風味を体験していました。

僕は見た目情報から味を予測しなくなっているようです。


馴化には予測の要素が関わっているんじゃないでしょうか。
知っている体験として予測をするから、
刺激に対しての準備ができている状態。

有名な話としては、
 自分で「くすぐる」ことはできない
というのとも関係するはずです。

自分で「くすぐる」ことをしようとしても
その体験を予測してしまっているから
刺激を抑制してしまう、と。

子供の頃、同じ味だと飽きてしまってスパゲティが食べきれなかったのも
 見た目情報から味を予測して、味覚刺激への反応性を抑制する
ということが起きていたのかもしれません。

そう考えると、最近は体験の仕方が変わってきている、ともいえそうです。

記憶を頼りにして予測しながら食べる、という度合いが下がり
毎回の味を別物として体験している。

それは、NLPなどを通じて心や体験というものの実態を
深く掘り下げてきた影響のような気がします。

良いか悪いかは何とも言えませんが、少なくとも
食べて良いものを選ぶ必要が出てきた現状では
飽きずに同じものを食べられるようになったのはメリットのようです。

以前のように飽きっぽい味覚を保ったままだったら
今みたいな単調な食生活は無理でしょうから。

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2019年05月30日

時差ボケでしょうか

日本に戻ってきて数日が経ちました。
なんだか奇妙な感じが残っています。

瞑想を集中的にやったことで認知が今までと変わっているのか
単純に環境変化への適応に時間がかかっているのか、
その辺は分かりませんが、頭がボーっとしたり、クラクラしたりします。

時差ボケとも考えられますが、時差のタイミングを考慮すると
決してアメリカの夜の時間帯に眠くなるわけではありません。

そういえば、アメリカ国内で少し移動して
美術館を訪れていたときにも、
時差や睡眠不足とは関係が無さそうなタイミングで
頭がボーっとすることがありました。

日中にボーッとしてきてホテルに戻って仮眠しようとしても
一人に戻ると今度は別に眠いわけではない。

人が多いところだと奇妙な感じになっていた気がします。

とはいえ、ここ数日に体験する眠気や頭のボーっとする感じは
決まって夕方の6時、7時ぐらいから始まりますから
何かしらの生活リズムの適応が問題になっているんでしょう。

調べると時差ボケが治るには一か月ぐらいかかるらしいので
まぁ、そこは仕方がないものとして過ごすしかなさそうです。


ちなみにアメリカではシカゴにまで行っていました。

アメリカ国内でも大きな街だという話でしたが、
なんというか古いというか、ちょっと汚い印象を受けました。

もしかすると日本が奇麗すぎるのかもしれません。

高層ビルが多く、繁華街ということはうかがえます。
東京でいうと銀座のようなブランド店が立ち並ぶ地域もあれば、
皇居前のように大通りに面して高層ビルが並ぶところもありました。

シカゴ美術館のあるあたりは、芝生の多い公園のようなエリアの中に
石造りの建物が点在する形でしたから、上野みたいな印象でしょうか。

大通りを外れるとアパートとかホテルとか飲食店が増えてきて、
郊外に離れていくにつれて住宅地になっていくような作りは
どこでも都市計画として似たようなものになるのかと感じました。

ただ東京と比べると、こじんまりしているようにも思えます。
東京という街の発展の仕方は特殊なんでしょうか。

その地域にどれだけの人口が集まるか、というのと
街の規模は関係するのかもしれません。

chicago01



























ちなみに、お目当てのシカゴ美術館は素晴らしかったです。

印象派の絵画が沢山そろっていて
特にモネの作品は一気にシリーズとして見られます。

週末のタイミングに当たってしまったので当然、来館者は多かったですが
それでも日本ほど行列ができるわけではありません。

入館のときに行列ができるだけで、館内のそもそもの広さもあってか
作品を鑑賞するには十分に楽しめました。

海外の美術館は写真撮影ができるのもいいですね。

chicago02



























たまたま特別展示でマネの企画をやっていて
モネだけでなく、マネも一緒に多くの作品を堪能させてもらえました。

大部分の来館者は観光客で、ミーハーな人たちばかりですから
絵を見るよりも説明を読む時間のほうが長いのは
世界共通なのかもしれません。

僕が見方を解説してあげたいぐらいの気分でした。

chicago03



























観光地でもあるようですから、アメリカ国内からも
世界各国からも、多くの人たちが集まっていたようです。

とはいえ、やはり街特有の雰囲気というのはあるみたいに感じます。

そんなに多くの街を訪れたことがあるわけではないんですが
人の雰囲気や交流の仕方、生活のリズムなど
自然と特有のものが作られていくのかもしれません。

こういうのを比較できるのも面白いところの1つです。

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2019年05月25日

街に戻ってきました

久しぶりにインターネットに繋がりました。

たった一週間なのに、メールの受信ボックスが凄いことになりますね。
まぁ、大部分は広告のメルマガとか別アプリの通知システムでしたけど。


それにしても街中に戻ってくると
音の量や空気の質が随分と違うことに気づきます。

僕は子供のころから慢性の鼻炎があるんですが、
瞑想をしていた施設のあたり、山の中にいると
不思議と鼻の通りが劇的に回復していました。

むしろ通りが良すぎて空気が痛いほど。

周りは針葉樹の林に囲まれています。
山の中というよりは、林の中というほうが近いイメージでしょうか。

スキーリゾートでは有名なところらしいです。

世界で3位の透明度(だった)湖を囲むように山林があって
その一角に施設があるという立地。

標高は2000mぐらい。

日本でいうと長野みたいな感じかもしれません。

小学校のとき、軽井沢に修学旅行で行って、
近くの白樺湖を訪れた記憶があります。

白樺湖の標高は1500mぐらいで、水の綺麗さも異なりますが
山の中腹の林に囲まれた湖という点では想像しやすいかと。

Tahoe2019



























ちょっとした小川の水も、雪解け水だからか綺麗です。
到着時点でも雪が残っていました。


そしてこの針葉樹、メインは2種類のようです。
枝が上向きのやつと、下向きのやつ。

たしか上向きのほうは松だったと思います。
松の種類なのに、やたらと背が高い。
松ぼっくりも巨大です。

で、もう一方が杉。

まだ雪が残る時期だからスギ花粉は少ないんでしょうか?
花粉症の症状は全く表れません。

それどころか林に囲まれて過ごしていると
鼻詰まりの感じが一切なくなっていきました。

それが飛行機に乗って街中に出てくると途端に鼻詰まり。

ひょっとしたら僕の慢性鼻炎は
なんらかの汚れに対してのアレルギーなんじゃないか?
という気がしてきます。


ちなみにネット接続はできませんでしたが、
写真撮影だけは許可されていたので
途中の日に一度だけ写真を撮りました。

降雪です。
5月末に。

Granlibakken2019




















一週間の滞在中、数日は雪だったんです。
比較的すぐに溶けてしまうものの、
夜の時間帯に積もることは結構ありました。

吹雪いているときもあったほど。

どうやら僕は、こういう雪に覆われた針葉樹林が好きみたいです。
子供のころから憧れていた記憶があります。

そして刺激から離れることで自然と心に触れられた気がします。


あまりにも静かなところにいたので、一日だけ
リハビリがてらアメリカの街中に出て
それから日本に戻る予定です。

ホテル暮らしですが、ネット接続は大丈夫。
準備していた海外用スマホも順調です。

去年は役に立たなかったソフトバンクの「アメリカ放題」も
なぜか今回は順調なので、あまり二台目は要らなかった気もしてきました。

都会の刺激は厳しいですが、とりあえず美術館だけ見てくるつもりです。

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2019年05月18日

瞑想してきます(5/18-25)

不在のお知らせ】
5/17〜5/25 の期間、海外出張にともない
お返事ができなくなります。

当該期間中にメールや
問い合わせフォームからご連絡くださった場合には
お返事が26日以降になってしまう見込みです。

ご了承ください。


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アメリカにやってきました。
昨日、ロス・アンゼルスに到着して
数時間の空港待機のあと乗り換え。

ロス・アンゼルス国際空港を出発した直後の空です。

今年は気温が低い。
去年、一昨年と30℃ぐらいだった気がするんですが。

それでも乾燥して砂ぼこりっぽい印象は変わりません。
飛行機から見ても空のかすんだ感じは相変わらずです。

だだっ広い地平線を見ると、アメリカ大陸の広大さを感じると同時に
日本が島国で、いかに平野が少ないかを思い返します。

LAX02


























LAX01



























そしてこちらはロス・アンゼルスから飛行機で一時間ちょっと離れただけの
ネバダ州の空港近くの景色。

空も緑もクッキリと色鮮やかな感じです。

空港から歩いて数分のところに最寄りのホテルがあります。
ここは日本の相場よりも安いぐらい。

木曜日の夜というのもあるかもしれませんが、
日本国内で出張の時には、この価格は見つかりません。

同系列を札幌で探すと、2倍ぐらいの値段。
ちょっとした田舎町なのかもしれません。

古い木造のホテルですが、広さも清潔感も十分です。
というより、広さに関していえば相当なもの。

中庭を取り囲むように3階建ての建物があるだけですが
十分な部屋数があるようです。

1フロア90部屋ぐらいでしょうか。

ベッド1つのいわゆるシングルルームが
30〜40平米ぐらいの広さです。

無駄にでかいキングベッド。
クイーンベッドが2つの部屋もあるようですが
部屋の敷地面積は変わらないようでした。

まぁ、十分でしょう。

国内出張でホテルを選ぶときは
11平米か13平米かで、随分な違いを感じます。

15平米だったらビジネスホテルとしては十分だと僕は受け取りますが
アメリカで大都市ではないところだと、3倍ぐらいの広さでも
かなりリーズナブルな値段になるようです。

そもそもホテルを高層化する必要がないぐらい土地があるわけですから
広さに関しては当然だと言えるのかもしれません。

RNO01


























で、ホテルで一泊して空港の前に戻り、
そこからバスで目的地に移動します。

その先は日常社会から離れることになりますので
インターネットやパソコンなどのIT機器は電源を切った状態。

本やテレビなどの娯楽も禁止されています。
他人とのコミュニケーションも無し。

せっかくアメリカに来ても、英語を使う機会は少ないんです。

瞑想して、少し講義を聞く。
講義中のメモもダメなので、あとで思い返してノートを整理する。

なので瞑想や講義以外の時間は、自分でノートを書くぐらいなものです。
あとは食事とシャワーと睡眠。

他の流派と比べると全体にゆるゆるなスタイルではありますが
いわゆる「リトリート」のカテゴリーのようです。

リトリート(retreat)という単語の一般的な意味は
「避難」や「退却」のはずです。

そこから「避難所」「静養所」のような意味合いが生まれ、
集中的に瞑想に取り組むような活動も「リトリート」と呼ばれます。

日常の喧騒から離れ、静かに過ごす…といったニュアンスなんでしょう。

しかしそこには本来の意味として「避難する」「退く」雰囲気が含まれます。

ですから、実社会のしがらみや、仕事に追われる状態、
複雑な人間関係のストレスや、ネット社会による拘束…
そういったものを断つという趣旨は、まさに
「避難」や「一時撤退」の感じにも通じるんだろうと思われます。

つまり実社会や日常生活を、ある種の困難と捉え
その「難」から「退避」するような意味合いが
リトリートという言葉にあるようだ、ということです。


一方、禅の伝統からすると、一年のうち数カ月の間だけ
日々の暮らしを成り立たせる仕事を一休みして
徹底的に修行だけに集中する期間があるんだそうです。

こちらの意味だと、「避難」とか「退避」とかよりも
もっと積極的に「修行に専念する」スタンスだといえるでしょう。

そしてこの修行を100%にする取り組みそのものが
仏性を顕現させる時間として重視される、と。

その意味では、別の僕はリフレッシュのために来ているわけではなく
むしろ日常よりももっと本気に時間を過ごすため、
わざわざアメリカの山の中に来ているつもりなんです。


ということで、これから修行をしてきます。

トレーニングではなく「修」を行う時間です。

cozyharada at 02:17|Permalinkclip!

2019年04月27日

連休の流れ

大型連休に入って世間の様子も普段と違って見えます。

僕はそもそも、いわゆる休日・平日というのとは
あまり関係のない生活をしていますから、
むしろ会話の中で「連休はどうするの?」みたいな質問が増える
こういう時期のほうが少し戸惑うことも多い気がします。

メリットは『通勤ラッシュがなくなる』ことでしょうか。
電車でギュウギュウ詰めになるのは心地よくはありません。


しかしながら、ここまでの大型連休となると事情は甘くないようです。

通勤ラッシュとは性質が違うとはいえ混雑具合は相当なもの。
それも時間帯に関わらず、ずっと人が多いような印象を受けます。

普段の日曜日よりも人が多く出てきている感じ。

外に出てくる人が増えるのか、移動に伴って駅近辺の人が増えるのか。
あるいは住宅地から市街地に出てくる人が増えるのか。

定かではありませんが、近所の様子も、電車の中も
普段の平日とも休日とも違った人ごみ具合です。

おそらく通勤ラッシュのときのほうが人数は多いはずです。
それでも通勤ラッシュのときは人の流れが定まっているんです。

駅に向かう流れ、乗り換える流れ、駅から出る流れ…と。
ランダムな動きは少ないですし、立ち止まる人も滅多にいません。

それと比べると連休中は、特に行動が決まっていない人も増えるんでしょう。
立ち止まったり、キョロキョロしたり、ランダムに向きを変えたり、
歩くスピードも人によってバラバラだったりします。

仕事で出かけるときには、このあたりの条件は少し不向きです。
世の中全体の流れと違ったことをしているんだなぁと感じる瞬間です。

通勤ラッシュの時間帯に立ち止まってキョロキョロしている人でもいれば
周囲はその人に冷たい視線を投げかけることが多いようですが、
連休の最中であれば、そうはならない。

むしろ大勢が、いつもよりゆっくりと雑踏に滞在している感じです。
そっちが標準として見なされているのだろうと思われます。


やはり社会は決まりごとの中で、多くの人の行動が定まっているほうが
スムーズに機能しやすいんでしょう。

ビジネスをやる人たちも、この連休に合わせた動きが見受けられます。
セールをやったり、キャンペーンをやったり、
観光客を想定した土産物を展開したり。

最寄り駅でも新しく駅近くのビルに
いくつか新しい店がオープンがしました。

ゴールデンウィークに向けて新規オープン、リニューアルできるように
計画を進めていたんでしょう。

案の定、新しく開店したところは特別セールをやっています。

連休中は安い。
しかもこの時期だけ。
新しいところだから見てみたい。
駅前でチラシをもらった。

そんな考えからか、新しい店にも人がごった返していました。
僕は他の店で買うものがあって通りかかったんですが。

レジ待ちの行列もすごいことになっていましたし、
新しくできたGUというUNIQLOの系列店では
試着待ちの整理券番号がアナウンスされているのを聞きました。

僕が買い物したかった店も、普段はガラガラなのに
レジ待ちの行列ができてしまっていましたから、
安売りや新規オープンに集まってきた人たちが
他の店舗にも流れて行っていたということなんでしょう。

ビジネスというのは、こうやって
人の動きに合わせて工夫するものなのかもしれません。


心理やコミュニケーションに関わる分野に携わっていると
「自分のやりたいことを見つける」とか
「自分軸で生きる」とか
周りに流されないような話が多い気がします。

ですが世の中の大部分は同じような動きをしているというのが現状。
本人が周りに合わせている意識があるかどうかは別にして
周りと同じような考え、行動パターンで生きているわけです。

経済もそれに応じて回っている。

そういうことを考えると、
 周りのことを気にせずに自分の気持ちだけを重視する
というやり方が、どれぐらい効果的なのかは分かりません。

「自分が好きなことをやりたい」という気持ちは
言葉にされ切れていませんが、その前提として
「自分が好きなことをして、やりがいとしても経済的にも人間関係でも
 あらゆる面で臨む結果が出て欲しい」
という考えが含まれていると思われます。

「好きなことをやって、誰から見向きもされなくても
 日常がどんなに苦しくても、それでも構わないから
 自分軸で生きるんだ」
という話ではないでしょう。

その意味では、世の中の動きに合わせるというのも
自分のやりたいことの1つに含まれる必要があるのかもしれません。

少なくとも望む結果を出すために必要な範囲では。

cozyharada at 23:11|Permalinkclip!

2019年04月23日

久しぶりのMRI

久しぶりにMRIをやってもらいました。

瞑想に慣れてきているつもりだったので
30分ぐらいジッとしているのなんて大したことないだろう、と
高をくくっていたというのが正直なところ。

実際は瞑想とは大違いでした。

一番の印象は、MRIでかける磁場そのものが
脳の機能に影響しているのではないか?ということです。


姿勢の影響もあるとは思います。
横になる姿勢は、枕の高さが合わないと呼吸しにくくなりますので。

座禅なら自分でベストな姿勢を調えられるのに
MRIは機会の都合に合わせなければならず、
かつ外部から動作を固定されてしまいます。

座禅の最中の姿勢は主に「運動」としてキープされます。
”動かない”というのは全身の筋肉の自然な動きを微調整する動作を続けて
結果的に”動いていない”状態が作られ続けるわけなので、
その意味で「姿勢を保持する運動」をしているといえます。

これは外から動きを止められるのとは違います。
外から止められると自然な筋肉の動きは、むしろ妨げになってしまう。

特に最近は、なんとなくの息苦しさとか喉の詰まりの感じもあって
横になった状態で固定されているのはチョット大変でした。


あとは音も関係しそうです。
全体に機械音が大音量で鳴り響きます。

放射線技師からは「寝られたら寝てください」と言われますが
あの騒音で寝られたら大したものでしょう。

僕が最初にMRIを受けたのは研究職時代。
転倒してCTを撮って、「血管の細さが気がかり」ということで
大学病院に行ってMRIを取ることになりました。

そのときに「椎骨動脈が機能していないかも」と言われ
「脳幹への血流が少ない可能性があるから注意して」と指示されたんですが、
その当時は一日3、4時間の睡眠で毎日寝不足の感じでした。

昼休みのような小休憩でも、すぐに仮眠が取れるぐらい
いつも寝不足だったわけです。

それでもMRIの騒音では寝られませんでした。

ちなみに、装置が測定を始める前にも
装置そのものの運転音はずっと鳴っていました。

この音が一定のテンポで「ズンチャカ、ズンチャカ」鳴っていて
結構ノリノリのリズムだったんです。

それが妙に可笑しくて、落ち着く心境ではなかった気もします。


にもかかわらず、MRI撮影が始まって少ししたら
急に心拍数が上がって、息苦しくなり、過呼吸気味になってきました。
このままいくとパニックになりそうな感じ。

僕は別に閉所恐怖症ではないので、
空間的な狭さは引き金ではないはずです。

姿勢の苦しさで呼吸がしにくかったのはありますが
測定が始まってから苦しくなってきたことを考えると、
測定のときに追加された要因が関係していると想定できます。

測定開始から加わったことの1つは騒音。
もう1つは磁場です。

騒音は確かに耳元でガンガン鳴りますから
けたたましさだけでも心理的な影響はあるかもしれません。

ですが、音が鳴っていても苦しくない時もあるんです。
むしろ音の大きさや質に関わらず、ときどき苦しくなるときがある。

ということを考慮すると、磁場そのものが
脳の特定の部位の機能に影響するんじゃないか?と。

その程度や範囲は定かではありません。

一方で、TMSという装置は、磁場を脳の局所に当てることで
脳神経に電流を作り出し、脳の機能を一時的に変化させられます。

こちらも厳密な仕組みは不明らしいですし、
MRIの磁場が脳の機能に影響しても不思議ではないでしょう。

個人的な見解としては、「心」というものは
そもそも磁場によって動かされているような印象さえ持っています。

ラポールによる同調の仕組みは不明ですが、
僕はこれも磁場が関係するのではないかと想像しています。

犬がウンチをするときは南北方向に向くことが多いとか、
パワースポットと呼ばれるところも「ゼロ磁場」と呼ばれたりとか、
通常は南北方向に向きやすいウシやシカの群れも
磁場が発生する送電線の近くでは身体の向きがバラバラになるとか…。

とにかく心の中に起こるものは、
そもそも磁場から影響されている可能性があるのではないか?と。

そう考えるとMRIの磁場が心理的に影響しても妥当でしょう。


実際、僕の場合、測定からしばらくして息苦しくなって
途中から落ち着きを取り戻し、そこからは瞑想的に
意識を広げることができるようになりました。

それでも時折、また少し苦しくなることがあったんです。

おそらく最初の頃の苦しかった時、
唾液を飲み込むような動きを何度もしてしまったことで
きちんと撮影できていなかったんでしょう。

最後のところで撮り直しを指示されました。

今度はかなり落ち着いた状態だったので
瞑想の感じを維持しながらスムーズに受けられるだろう、と
思ったんですが、そうはいきませんでした。

やっぱり呼吸と心拍数が上がって、苦しくなる。

今度は僕の生理状態の土台が安定していたので
動かずに撮影できただろうと思いますが、
それでもやっぱり苦しくはなりました。

脳幹あたりに影響が出るのかもしれません。


MRIの磁場がむしろパニックの原因になっていたりすると
「MRIを受けたのがキッカケで閉所恐怖症になった」
という人も多いのではないかと想像してしまいます。

とはいえ、この検証は非常に難しいでしょう。

”MRIによる脳機能への影響を調べるためにfMRIを使う”
なんてことは無理な話ですし、
他の装置で測定しようとしても、MRIの磁場で壊れてしまいます。

主観的に報告してもらう以外にデータは取れなそうです。

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 ◆ セミナー情報 

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《コミュニケーション講座》
 〜人を育てる指導力〜

【日時】 
  2019年6月16日(日)
   10:00〜16:30


【場所】 
  北とぴあ 601会議室

   JR王子駅より2分
   南北線王子駅直結

詳細はこちら>>


《瞑想講座》

【日時】 
  2019年6月22日(土)

  午後の部 13:30〜16:30
  夜間の部 18:00〜21:00

【場所】 
  北とぴあ 第2和室

   JR王子駅より2分
   南北線王子駅直結

詳細はこちら>>


《怒りの取り扱いマニュアル》
 〜期待の手放し方と
  ゆるしの技法〜


【日時】 
  2019年7月6日(土)
     7月7日(日)
   10:00〜18:30


【場所】 
  滝野川会館

   JR上中里駅より7分
   JR駒込駅より10分
   南北線西ヶ原駅より7分

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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