心理学

2017年08月15日

修行・実践の場

9月から修行の場を始めます。

勉強会や講座という位置づけではなく
ひたすら自分のために時間を取るもの。

「修行」というとトレーニング的なニュアンスが一般的かもしれませんが、
ここでは『実践』の意味で使っています。

ただ内面を調える。
そのための時間です。


瞑想をしたり、
体の感覚に注意を向ける時間をとったり、
個人的な心のテーマに取り組んだり。

質疑応答や、質問をもとにディスカッションする時間も取ります。
質問をもとに内面の取り組みに進んだりする可能性もあります。

心理的なワークの場合、お互いに練習をしてもらうことで
人と接するうえでの着眼点を育むことも想定されます。


いずれにしても修行・実践というスタンスですから
一回で望ましい結果を出して完結…という話ではなく、
都合のつくときに繰り返し参加してもらって
そのたびに内面を調えていくのが意図です。

本当は一緒に瞑想するだけの会でも良いんですが
『心が楽になる』『苦しみが減る』『喜びが増える』
という意味において、できることは瞑想以外にも色々あります。

色々やるほうが好みにも合わせやすいともいえますし、
逆に好みと違う側面からのほうが
感受性や”しなやかさ”を育みやすいともいえます。
(そのほうが満足していただきやすい気もしますし)


日常生活を普通に送っているだけで負荷がかかるんです。
大変なんです。

人生がすべて思い通りになることはないでしょうから
何かしらの期待外れからくる不満と遭遇します。

まして人間関係においては
思い通りにならないほうが普通でしょう。

他人は自分を満足させるために存在しているわけではありませんから。

日々を過ごしているだけでかかっている負荷を軽くする。

そのために内面に溜まった負荷を減らしていったり、
負荷がかかりにくい心持ちに整えていったり、
というプロセスが有効だろう、と。

簡単にいえば、心のメンテナンスです。

車のメンテナンスを想像するとイメージしやすいと思いますが、
メンテナンスをしないと、どこかに歪みが出てきます。

そして、その歪みによって別の場所にまた負荷がかかる。
悪循環が起きていきやすい、ということです。

身体だってそうです。
どこか一部を痛めて、かばって生活しているうちに
全体が歪んできて全身のあちらこちらに痛みが出てくる。

心でもメンテナンスをしておく意義はありそうです。

ただし車と人間は違います。
車についた傷は治りませんが、人間は治ります。

自然治癒力をどう活性化するか。

身体の面でいうと、適切な運動と休息が回復効果を高めるように
心の面でも適切な取り組みと休息の両方が回復を促すようです。

そういう意味で、いろいろな取り組みをしたり
心を休めたりする場があると良いのではないか、という趣旨です。


頻度は分かりませんが、できるときにやりますので
都合があったら来てください。

社会生活でかかる負荷から回復するための場は
少し社会と切り離れたところである必要がありそうですから。

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2017年08月08日

だいぶ良くなってきました

捻挫もだいぶ良くなってきました。
施術をしてもらって大いに回復した感じです。

まだチョットあぐらをかくと痛いですが
そこまで大きく足首を伸ばさない限り、痛みは出ません。

むしろ過剰にかばってしまわないように
気をつけて動いておきたいものです。


施術を受けて驚いたのが、左右バランスの偏りの酷さでした。

ある程度は偏るだろうとは想像していましたし、
まっすぐに立てない度合いが大きくなって
歪んだ姿勢も自覚していました。

それでも実際に施術を受けてみると、
自覚しないままでも右足をかばうように動いていたらしく
左足側が相当に固まっていました。

ここまで大きな影響が出るのかと痛感した次第です。

たった3週間でこれですから、もしこのまま
こういった調整を受けないで過ごしていたら
一年もする頃には歪みも激しくなっていただろうと想像します。

自宅近所には高齢者が大勢いますが、
かなりの人が体の一部の痛みをかばうようにして
大きく歪んだ姿勢で歩いているのを見かけます。

どの部分の痛みがキッカケだったのかは定かではないですが
一部の痛みが歪みを引き起こし、かばう動作が歪みを強め
さらにあちこちに痛みを生み出している…
といった悪循環がありそうです。

プロスポーツ選手でも一度ケガをした後には
何度もケガをして苦労するケースが多いように見受けられますが、
ケガからくる体の歪みが新たなケガを生むのかもしれません。


同時に、心理的な影響も実感できました。

右足首をかばう動作が無自覚だっただけでなく
右足首に体重をかけるような動作に対して
小さな恐怖感があるのにも気づきました。

「恐れ」があったんです。
文字通り、おそるおそる動く感じ。

実際に起きる痛みの程度はもう大したことがないのに
痛みが出そうな体重のかけ方は避ける。
そういう癖がついてしまっていたようです。

このまま放置しておくと右足の動作だけ少し遠慮する感じの
微妙な動作が習慣化しそうな気がしました。

こういう小さな恐れの感覚も、きっと
繊細な運動調整を行うスポーツ選手であれば
大きな影響を及ぼす要因になるんだろうと感じます。

今までよりも関節を伸ばしきれないというか
縮こまった動作になりがちなんじゃないでしょうか。

ケガがキッカケでイップスになる、なんていう話も
捻挫をしてみて納得できるところです。


心理的に見て興味深かったのは、
全身の中から右足首だけが切り離されたような印象です。

かばっているんだから当然かもしれませんが、
気持ちのレベルでいうと仲間外れになっているような
ちょっとした寂しさもあるように感じられました。

全身の残りの部分でカバーしようとしていたわけですが
右足首だけが全身の連動から切り離される感じは、
「除け者」扱いにも近いところがあるのかもしれません。

皆からかばってもらう、特別扱いされる、腫物扱いされる…
そんな種類の体験は、優しさや遠慮から生まれるものだったとしても
孤立感・孤独感を生み出しやすいものなんでしょうか。

右足首に意識を集中したときに感じられた寂しさは
どことなく仲間外れになっているような気分に思えました。

過剰な恐れを取り除くための「恐怖症ケア」のワークや
全身から切り離された部分を全体に再統合するためのワークなど、
心理的な面からもアプローチをしておくと良さそうです。


一口にケガといっても、
外科的に治療するだけが全てではないのかもしれません。

身体のバランスや心理面の影響なども含めて
幅広くケアして初めて「回復」と呼べそうな気もしました。

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2017年07月26日

無意識について考える難しさ

捻挫は思いのほかシッカリとやっていたようです。
まだ痛みがあります。

というよりも日によって強まったりもする感じ。

特に気にすることなく歩いてはいますが
痛みはずっと続いているような状態です。

ジムの運動をどうしようか迷い中。


さて、最近は今週末の札幌での講座に向けて
資料の準備で慌ただしくしていました。

無意識とのコミュニケーションがテーマで
トランスを扱いはするものの、メインは催眠ではない
という構成です。

催眠だけだったら催眠用語だけで伝統に従って進められますが、
「無意識とのコミュニケーション」というテーマとなると
催眠を利用せずに無意識レベルに働きかける部分が入ってくるので
もっと厳密に心の仕組みを理解する必要が出てきます。

ですから「そもそも意識・無意識とは何なのか?」を
理解するところから扱う必要がありそうなんです。

そのための資料がなかなか重厚な感じになってしまいました。

まぁ、2日間で扱う内容なので何とか収まりはすると予想していますが。
技術的な習得には時間がかかる分野だと思いますから
種植えが主目的のトレーニングになりそうです。


それにしても意識というのは本当にややこしい分野です。

哲学でも脳科学でも医学でも心理学でも、
同じ学問の中でも定義がバラバラだったり
違う概念について研究しながら議論が進んでいたりもします。

そこには主観的な体験としての意識を
客観的に議論する難しさがあるとは思われます。

が、それ以上に、意識についての考えを深めていくと
「そもそも自分とは何なんだ?」という不確定さが高まり、
これまで自分として当たり前にしてきたことが崩れそうな、
自分”の存在が脅かされる感じの印象が出てくる。

それがハッキリと自覚されなくても
なんとなく「この先は踏み込みたくない感じ」になったり
感情的な反発をして論理から外れしまったりして
純粋に客観的な議論が行えないこともあるように見受けられます。

意識ということが人にとって、あまりにも当たり前で
「意識」の感じが社会的に共有までされているからこそ
わざわざ理解しようとしなくなっているのでしょう。

そして馴染みのある意識のほうが当然のことだと考えるため、
意識の範囲外の「無意識」のほうを特別視して
無意識を何とかしようとしたり、理解しようとしたりする方向になる。

おそらく実態は、無意識のほうが当たり前なんです。
無意識こそがベース。
世の中のすべては無意識を土台にして進んでいる。

そこに意識という特殊な活動が加わって、
人の内面の活動を複雑なものにしている。

「意識」というものが苦悩を生み出し
人間を他とは違った特殊な存在にしているのかもしれません。

その辺を土台にすると、自然な無意識の状態に戻る時間、
つまり催眠やトランスそのものが
苦悩から離れ、心を楽にするということにも頷けます。

エリクソンが「無意識を信頼する」と言っていたもの
自然に委ねる感じを意味していたような気がします。

ちなみに、以前の僕は「無意識を信頼する!」と意気込んで
実際のところ「無意識に期待をする」ことをしていましたが…。

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2017年07月20日

枕探し

枕を買おうかと検討中です。

施術を受けたり、体のメンテナンスをしたりするようになって
姿勢が良くなってきた自覚はあるんですが、反面
枕が合わない印象が強まってきました。

もともと合っていなかったのに気づけなかったのか、
以前は合っていたのに姿勢の変化に伴って合わなくなったのか…。
とにかく枕への不満が高まってきました。

寝て起きると首が痛いんです。

身体の状態が良いと感じながら寝た日でも
次の日に起きるとやはり首が痛い。
これは勿体ない、と。


今の枕は柔らかすぎる気がしているんです。

その前に使っていたのも残っていますが、
こちらは固いもののチョット高すぎるんです。

姿勢の変化に伴って高すぎるのが負担になって
低い枕に変えたところ、柔らかさが合わない気がしてきた次第。

固めで低めの枕が欲しいと思っています。

低反発は沈み込んでしまって好きじゃないので
チップか高反発か、そのあたりが良い気がしています。

近々、デパートや東急ハンズなどに足を運んで触ってみるつもりです。

マニフレックスとかエアウィーヴとかでしょうか。
ちょっと高級ですが、毎日長時間使うものですので
費用対効果は大きいんじゃないかという期待。

もしかしたら意外と好みのものが見つかる可能性もありますし。

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2017年07月11日

外国語学習サイト

東京外国語大学がインターネット上に
無料の自習教材を用意してくれています。

こちらのサイトです。

ざっとラインナップだけを見ても、
日本語を入れて合計で27言語が扱われています。

かなり詳細な発音の話や、文法の解説、
それからスクリプトつきの動画による会話例など
各言語に対して内容も充実しているようです。

アラビア語のようなアルファベットではない文字も解説されています。

英語1つとっても、
アメリカ英語、イギリス英語、オーストラリア英語、カナダ英語、
ニュージーランド英語、シンガポール英語、アイルランド英語
と細かな違いを扱っています。

初学者として勉強できる内容から、
聞き取りのトレーニングとして利用できる教材、
相当にマニアックなバリエーションの違いまで、
レベルも多岐にわたっている印象です。

個人的には大いに楽しめます。

興味本位で遊んでみるだけでも面白いんじゃないでしょうか。

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2017年07月08日

速く読む練習

いつの頃からか、本を読む量が減りました。
読みたいと思う本が減ったというのが実情でしょうか。

以前は心理系や自己啓発系のものであれば
片っ端から手に取って目を通して、気に入れば購入したり、
ビジネス書も役に立ちそうであれば後先考えずに買ったり、
語学の本も身につけられるスピード以上の量を買ったり、
とにかく本を買い込むことが多かったものです。

実際のところ、心理系の読み物や自己啓発系、ビジネス書などは
似たような内容のものが多いように感じていましたから、
斬新な考えを学習するというよりは、どちらかというと
繰り返し同じことを勉強することで記憶を定着させていた
というほうが適切かもしれません。

もしかしたら一冊を繰り返し読んで実践しても
同じぐらいのものが得られた可能性はあります。

それでも、似た内容を違う角度からの説明で理解していくと、
1つのことを色々な方法で説明する感じが掴めた気はします。

セミナー講師として様々な相手に合わせて説明の仕方を変える上で
こうした読書が役に立っていたとも言えそうです。

また、似たような本を何冊も読むことで、
同じ内容について別の事例を追加していくこともできました。

抽象概念は具体例と結びついて記憶されるようですから、
事例は多い方が記憶に残りやすいですし、
多くの事例に共通するパターンとして本質の部分を見出すのにも
料に触れておくのは大事だったと思われます。


それら以上に僕にとって本を沢山買っていたのが役立ったのは
単純に「読書」の量が増えたことです。

文字を読む量が増えた。

文章を読んで理解する。
そのプロセスそのものに慣れることができたと感じています。

読むスピードが上がり、読解力も上がった、ということです。

これはただの反復練習でしょう。
内容は重要ではなく、量が重要だったと思われます。

同じ本を繰り返し読んでいた場合には
ある程度の段階から覚えてしまうところも増えてきますから、
初見でスピードを上げて理解できるようにするトレーニングとしては
手あたり次第に色々な本を読んでいくのが効果的だったんでしょう。


そもそも僕が本を読み始めたのは大学生の頃だったと思います。
大学の一般教養の授業で「精神分析」を取って、
その教授・”加藤諦三”先生の本を読むようになりました。

それ以前はマンガばかりでしたから
決して活字が好きなほうではありませんでした。

その後、たまに心理読み物を読むようになったんです。
今ではかなり有名な”内藤誼人”氏も、第一作を出したころ。
ちょこちょこと興味本位で読んでいたものです。

それから会社に入って山口県に住んでいた間、
同僚が釣りやらキャンプやらパチンコやらやっているのの代わりに
僕は本を読みふけるようになっていきました。

このころから読書量は増えていきましたが
それでも読むスピードは決して速くなかったと思います。

そして東京に転勤になって、
当時はまだ研究職を続けるつもりでしたから
論文を早く読めるようになりたいと思って
速読教室に通い始めたんです。

これが僕にとって、お金を払って何かを勉強する第一歩でした。

で、速読のトレーニングの趣旨もあって
ビジネス書や自己啓発系、心理系などの本を
スピードを上げながら読む練習をしていったんです。

それから読書量とスピードが上がっていった気がします。

特別なトレーニング効果があったかというと
必ずしもそうではなかったのかもしれません。

本質的には、それ以前の僕が
 実際に読めるスピードよりも遅く読んでいた
というのが実態でしょう。

一瞥して意味を認識できる文字量を
どれぐらい広げていけるか。

そのために視野を広げたり、目の動かし方を訓練したり…
いわゆる速読のトレーニングが役に立ったんだと思います。

言い換えると、それ以前の僕にとっての本を読むプログラムが
 狭い範囲の文字に注意を集中して
 単語を心の中で読み上げてから次の単語に目を移す
という非効率的なものだったのを、
 目を先に進めてから、
 その前に見ていた範囲のフレーズを心の中で読み上げる
というプログラムに変えた形です。

目の動かし方と注意の範囲、認識のプロセスを
効率的なものに変換できたんだと思います。


ところが今、英語の本を読んでいて
自分の読み方が日本語の時と違うのを実感しています。

以前のゆっくりだったときの本の読み方そのもの。

英語でも速読のトレーニングが必要な気がしてきました。
視野を広げ、限界のスピードを心がける。

そのためには量のトレーニングが欠かせないんでしょう。

読みたい本があるわけではないですが、
トレーニング目的で読書量を増やしてみようかと思っています。

何より、僕が日本語を読んできた文字量と比べると
英語を読んできた量は圧倒的に少なすぎますから。

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2017年07月03日

次の段階に

フランス語の勉強を始めて2年以上経ちました。

実際には高校の第二外国語で3年間やっていて
大学一年の時にも第二外国語で取っていましたから、
4年やった後の再開ということにはなります。

が、期間がかなり空いていたことと
それほど集中的にやっていた勉強ではないことからして、
2年半前に再開してからのほうがメインになっている気はします。

高校〜大学1年までの経験はバックグラウンドというか
基礎の部分を覚えるのに役立っていた感じでしょうか。

ようやく高校英語ぐらいのレベルにはなってきたかもしれません。


必須の文法事項を一通りやって、
ボキャブラリーは圧倒的に足りないまでも辞書があれば
読解や作文はできるような状態だと思います。

まだまだ聞き取りと会話の難は大きいです。
単語が分かっていても聞き取れないことがありますから。

となるとトレーニングとして主な課題は
聞き取りの練習と、単語を覚えること、
それから発話の練習といったあたりでしょう。

単語を覚えることを考えると、読解とセットにしたいところです。

その意味では、英語になぞらえると、ちょうど
英検準一級を目指して勉強するような段階と考えられます。


もちろん、英検などの語学の資格試験は
テストの種類によって重視している部分が違います。

個人的には英語を勉強するうえでTOEFLの対策が役立ちました。
ボキャブラリーも一気に求められましたし、
リーディングの長さと難度のバランスから
速く正確に理解しながら読むトレーニングにもなったと感じます。

そしてリーディングのレベルに対応したリスニングも、
日常会話よりも講義形式が中心になっていることで
文章を正確に捉えながら理解していく力を養えました。

音が崩れて早くなったり、口語表現が増えたりする日常会話は
映画なんかで頻繁に登場しますが、こっちは
知識として覚えていくことが必要な気がします。
「知っているから何を言っているかが分かる」というのがゴール。

つまり、日常会話を理解するには、文法や単語の運用というよりも
慣れと暗記の要素が大きそうに思えます。

一方、学習した文法と単語をもとに
内容を頭の中で組み立てながら理解を進めていく
という形は、講義や講演のような内容に登場しがちです。

こちらは、知らないことを理解しながら聞き進めていく流れ。

幼いころの言語習得は慣れをベースに
数多く触れた会話表現から自然とパターンを抽出して
少しずつ表現を増やしていくのが中心だといえますが、
大人になってからの語学では、文法理解力と運用能力を使って
知的に文章を組み立ててみるスタイルをとることができます。

TOEFLの問題は、講義内容をもとにしたものが多いので
リスニングのトレーニングをすると、音と文章を関係を丁寧に踏まえつつ
論理的に内容を理解する力も育めるように感じられます。

大人だから可能な言語学習を効率的にするトレーニング材料として
TOEFLの問題は良くできているんでしょう。

登場する単語を覚えながらリーディングとリスニングの練習をすると
それだけでかなり英語力の土台が鍛えられる。
TOEFLの問題には、そういう特徴がある気がするんです。

スピーキングとライティングについては
別途、慣れるための量のトレーニングが必要かもしれません。

僕はアウトプットのトレーニング用に、
いくつかの英会話教室でフリートークの時間を意図的に取りました。

ライティングとスピーキングは、リーディング・リスニングより
常にレベルが低くて、後を追いかけるような印象がありましたが、
だからこそ、ある程度アカデミックな議論ができるところまで
アウトプット力を上げていきやすかったようにも思えます。

全体の流れとしては、
(庫,魄貭未蠅さえる
▲椒ャブラリーを増やす
リーディングとリスニングのトレーニングで量をこなす
ぅ好圈璽ング、ライティングでアウトプットに慣れる
といった感じ。

中学・高校と学校教育で英語をやってきたベースがあるため、
大人の英語学習としては割とスムーズな進め方のように思っています。


こうした英語学習の経験を踏まえると
フランス語学習でも同じようなプロセスを取りたくなります。

TOEFLに対応したようなフランス語の試験があれば
そちらの勉強を進めるのが良さそうなんですが…。

チョットそうもいかなそうな雰囲気です。

仏検は文法とボキャブラリーへの偏りが強く、
リスニング、リーディングのベースは決して高くない印象。
(TOEFLのバランスを参照した場合ですが)

逆に、フランスで作られたフランス語学習者用の教科書では
もっと聞き取り練習の音声スピードが速く、
読解用の文章も長めに書かれています。

やはり仏検は日本人が作った検定試験だということでしょう。

フランス公式のDELF/DALFというテストもあるようなので
こっちの対策をやってみても良いかもしれません。

ただ、英語と違ってフランス語のスクールは数が多くありません。

英語では留学に向けてTOEFL対策に特化した講座も多々ありますが、
フランス語においてそういうテスト対策の塾は見かけません。

おそらく僕に必要なのは、ある程度時間を集中して
量のトレーニングを積み重ねることだと思うんです。
少なくとも英語学習の経験から言えば、それが必要な時期でしょう。

自力でコツコツやれば良いんでしょうけれど、
トレーニングには気合を入れられる環境も重要なようです。

ただスケジュール的にそうもいかなそうなところ。
そこまでの強いモチベーションがないのも問題です。

別に必要性が高いわけではありませんから。

勉強には環境も大事だなぁと実感します。
僕がTOEFL対策で通っていたところは
先生としても生徒としてもヤル気を高めてくれていたものです。

どうも工夫が要りそうです。

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2017年06月29日

内省の時間

アメリカに行って座禅をしてきてから
心身ともにリラックスしていられる時間が増えた気がします。

一方で、他人からの影響を受けやすくなったというか
自分の内面を調える時間も必要になってきた印象です。

英語やフランス語のレッスンを受けている間も
先生の苛立ちや不満が強く感じられて面倒くさい。

レッスンの進め方の効果や時間の使い方といった
プロとしての要素については、そもそもの期待が減ったのか
そのことで自分の感情が動くことはなくなったようなんですが、
単純に先生が感情を表出するときが厄介です。

習っていることや会話そのものに集中できなくなります。

そうなると自分の体への意識も下がってしまって
姿勢が悪くなっているに気づきにくくもなるようです。

結果的に終わってから体の強張りを自覚する。


身体のレベルでリラックスさせるのももちろんですが
それとは別のところでケアが必要な感じがします。

今までは「心の癖を修正しておけば日々が楽になる」
というスタンスで内面と向き合う作業をしていたのに対して、
もっとシンプルに、ただの調整目的で内面と向き合うのが
大事になってきたように思えるんです。

いや、実際は元々、日々の調整そのものも
常日頃から重要なものなんでしょう。

ただあまり、これまではそちらに注意が向いていなかっただけ。

リラックスできてきたからこそ、対比として
際立って自覚されているのかもしれません。


身体のストレッチをしたり、お風呂に入って力を抜くように
内面の歪を調整するような時間も大事なように思い始めました。

心の力を抜く。
偏った集中(=緊張)を分散させる。
そんな作業も日々の中で少しずつやってみようかと思います。

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2017年06月10日

朗唱トレーニング

スピーチの暗唱をするトレーニングの講座に行ってきました。

丸一日かけて、有名なスピーチの一部分を覚え、
言えるようにする内容です。

事前準備なしでも一日かけて少しずつ繰り返しながら覚えていけば
ある程度まとまりのある内容の範囲は覚えられるもののようです。

決して文面さえ覚えればいいというわけではなく
発音やイントネーション、リズムも含め
スピーチとして形になるようにするのが趣旨。

すると発音やリズム、抑揚など
英語のスピーキングに重要な要素を鍛えられるはずだ、と。

また、ある程度の長さのあるフレーズ単位や文章として覚えることで
スピーキングでもライティングでも、アウトプットの際に
自然と思い浮かぶストックとして蓄積していくこともできる。

そういうのが暗唱(朗唱)トレーニングの効果みたいです。

また、ネイティブがスピーチをしているときの発音を真似しますから
音の省略や弱化など、ネイティブが話すときの癖ごとインプットできて
「この単語の並びは、こういう音に聞こえる」というパターンが
自然と頭の中に残っていくことにもなります。

自分でも発音できるレベルで捉えた音の組み合わせなら
聞いた時にも認識がしやすくなって、
ネイティブの話も聞き取りやすくなると考えられます。

少なくとも、一度暗唱できるようにしたスピーチそのものなら
聞いたときに何を言っているかは文章として理解できるでしょう。

もちろん、そのスピーチ原稿を読むときには
暗唱しているときの声が頭に浮かぶのが一般的ですから、
一生懸命に単語を1つずつ追いかけなくても黙読できるはずです。

そうやって考えると、「話す、書く、聴く、読む」の4技能すべてに
効果がありそうなトレーニングだと考えられます。

真似できるように丁寧に取り組んでいる限り、
やったことが無駄になることはないんじゃないでしょうか。

あとはトレーニングの効率の問題。

やっただけ効果があるという意味では素晴らしいでしょうが、
他のトレーニングと比べたときに
かけた時間に対する効果の比率としてベストかは分かりません。

ただ、ネイティブの中でも英語力には差があるわけですから、
名演説と呼ばれるものを真似できるようにするのは
ほぼ上限なく英語をトレーニングできる素材だとは言えそうです。

やってみた印象としては、
おそらくかなり地味な効果が蓄積されるタイプのもので、
長く続けたあと、それもかなりの英語力がついてきた頃に
暗唱トレーニングした意味がジワジワと出始めるんじゃないか、
と感じています。


講座としては、その暗唱を使いながら
人前でスピーチをするトレーニングも一緒にやってしまおう
というコンセプトになっているようでした。

そうすると人前での度胸もつくし、
色々と自信を高めたり、仲間意識が生まれたり、と
大勢で取り組むメリットが出てくるんでしょう。

ただ個人的には、暗唱を人前でやっても
スピーチそのもののトレーニングにはなりにくそうに感じました。

一般的なスピーチやプレゼンと比べると
あまりにも頭の中で行われる作業が違うんです。

スピーチやプレゼンは自分で考えた内容を話します。
覚えたものを言うにせよ、その場で考えながら話すにせよ、
自分の中から自分の言葉として出てくる印象がある。

一方、暗唱の場合、自分の中を通っている感じがしないんです。

もちろん、素晴らしく感動的な内容の部分は
暗唱しながらでも感情レベルで動かされるものはあります。

ただしそれは、どちらかというと聞きながら感動するのに近い。
歌を聞いて感動する感じです。

もっと正確に言うと、口に出しながら感動するわけですから
心に響く歌を歌っているときに、
歌いながら感極まってくるような状態に近いはずです。

カラオケで歌詞を見ながら歌うのが朗読、
歌詞を覚えて歌うのが暗唱。
そういう関係じゃないでしょうか。

まさに僕が体験してみたときの印象は
歌っているときに近かったんです。

内容が理解できないわけじゃないし、
その内容に心が動かされないわけでもない。
でも自分が話すときとはプロセスが違い過ぎます。

プレゼンのように人前で話すトレーニングをするなら、
暗唱するよりも自分の言葉でやったほうが
効果がありそうに感じました。


繰り返しになりますが、暗唱そのものは
英語力を鍛えるトレーニングとして非常に有効だと思います。

全部を完全に再現できるところまでやらないにしても
文章単位で覚えて言えるようにするだけで
ボキャブラリーや表現の幅を広げていけそうです。

その目的では僕もやってみようかと思っています。

まぁ、フレーズのストックを増やしたり、
英語のリズムを覚えたりする目的であれば
洋楽を覚えても同じだろうとは思われますが。

違いは歌の場合、文法よりも意味が優先されるため
書き言葉や会話とは違った表現になってしまうケースがあったり、
スラングだらけで基礎的な表現を身につけにくかったり、
どの歌を利用するかの差が大きそうだ、ということろでしょうか。

逆に歌になっているとメロディーのおかげで
内容を覚えやすかったり、リズムが掴みやすかったりするのは
メリットになるほうでしょう。


ちなみに歌を覚えて歌うときと近いように感じたのは
講座中にステージの上で発表する場面で、でした。

小学校のときに通っていたピアノ教室の発表会や
中学校の時の全校での合唱コンクールのとき、
ステージの上で覚えたものを披露する場面がありました。

ピアノであれば曲を忘れてしまう状態、
合唱コンクールであれば歌詞を忘れてしまう状態。
いわゆる「飛ぶ」というヤツです。

ああいう感じと良く似ていました。

だからこそ、覚えたものを再現しているだけで
自分の中から出てきていない印象をハッキリ自覚したんです。

実際、かなり短い文章3つぐらいの担当だったのに
僕は見事に「飛んで」しまいました。

覚えたものをキッチリとやらなければいけない…
と考えていた分、緊張も感じていました。
緊張に関しては他の人の影響もあったでしょうが。

普段のセミナーでは緊張しません。
やらなければいけない正しい内容があるわけではないので
上手くやろうという発想が無いのが大きそうです。

また、その場その場で話すことが変わりますから
「飛んで」しまうといった失敗の種類もありません。

ですから、物凄く久しぶりに”失敗”を体験したわけです。

なかなか楽しいものですね。
新鮮な体験ができました。

僕が普段のセミナーでやっているのは対話であって
プレゼンではないと感じていますが、
プレゼンだったら緊張はしても「飛ぶ」ことはありません。

「これじゃないといけない」という正しい内容がないからです。

予定と違うことになっても、その場に応じて
自分の言葉で内容を組み立てる機会が多々あります。

「飛ぶ」経験をしたのは、そこでやっていたのが
対話でもプレゼンでもなく、
『パフォーマンス』だったからでしょう。

暗唱は、歌や楽器演奏、演劇のような
パフォーマンスの部類だと感じられた、という話です。

そう考えると、歌手とかミュージシャンとか舞台役者とか
よくも覚えたものをやり続けられるなぁ、と感心します。

僕はパフォーマンス好きではないようなので、
パフォーマンスとして人前で暗唱したいわけではないみたいです。

あくまで英語力を鍛えるトレーニングとして
取り組んでみようかとは思っているところですが。

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2017年06月07日

体力の変化

振り返ってみると、セミナーのスケジュール的に
最も忙しかったのは8年前ぐらいだった気がします。

週に4日、終日のワークショップが入っていて
東京、名古屋、大阪を行ったり来たり。
平日にも出張があったものです。

そのうえで、週に一度ぐらい3時間程度のセミナーもありました。
10時から18時までやった後、19時から22時までとか
あるいは夕方からだけの日とか。

会社員の時は週5日が当然でしたし、
実験の都合で週末に出勤することも当然。
朝も夜も関係なく実験のスケジュールを組んでいたものです。

にもかかわらず疲労度でいえばセミナーのほうが負担は大きい。
8年前ぐらいは腰痛ベルトを巻きながらセミナーをしていました。


それでも、そのスケジュールで何とかこなせていたんです。

今と比べるとパフォーマンスは低かったかもしれませんが…。

乗り切っていた1つの理由として、
ときどき休憩をしていた部分はあると思います。

休憩時間はちゃんと休憩していました。
昼休みもあえて食事に出ていかず、休養を優先したことも。

実習の時間に気を抜いていたこともあったはずです。

今は休憩時間も質問に答えたりしますし、
実習中も意識を配り続けていますから
休憩という自覚はなくなっています。

そしておそらく、以前のほうが鈍感だったというのはありそうです。
自覚できていなかったから騙し騙し続けられた、と。

最近は身体のケアをするようになったことと
意識に上がる範囲が広がってきたこととで
身体への負担に気づきやすくなっていると感じられます。

仮に8年まえのスケジュールのままだったとしたら
どこかで無理が来ていた可能性も否定できなそうです。


そしてもう1つ。
あまり気にしていなかったことですが、
単純に加齢に伴う体力低下があるんじゃないかと思えてきました。

8年まえのほうが体力があった、と。
筋力にしても持久力にしても、心肺機能にしても代謝の効率にしても
年齢を重ねるうちに衰えてきていたような気がします。

いつの頃からか駅の階段を駆け上がった後の息切れが
気になるようになってきていました。

当然、疲労回復のスピードも違ったことでしょう。

普段から全く運動をしないままに過ごしてきていましたから
知らず知らずのうちに体力が全般に衰えていっていたようです。

これを実感したのは最近のこと。
ジムに通うようになって1月ほどですが、
セミナー後の疲労感や回復速度に違いが出てきている印象なんです。

セミナーから帰ってきてから運動をするのも効果を感じますが、
それとは別に、セミナー終了直後での疲労度合いに違いがある。

少し身体への負担が減っているような感じというか、
多少の体力が残っている感じというか。

体力がついてきたことで楽に感じられているようにも思えるんです。

裏を返すと、以前のほうが体力があった可能性がある
ということにもなります。
それが年を重ねるにつれて落ちていっていた。

8年前に今よりもハードなスケジュールをこなせていた理由の1つに
 そもそも体力があったから
という部分もあるような気がしてきたわけです。

セミナーの仕事は肉体労働の側面があるように感じます。
プロ野球のピッチャーみたいなイメージです。
「中4日の休養でローテーション」といったような。

実働の日数だけでいえば少なくても
完全休養日がないと成立しない点では
体を休めたりケアしたりするのも重要な要素かもしれません。

そこにもう1つ、体力強化の要素が加わると
今までよりもスムーズに進められそうに思えてきました。

シーズンオフにキャンプをするまではしなくても
体力をつけておくことで乗り切れるものがありそうです。

やっと運動の重要性を実感できてきたみたいです。

cozyharada at 23:17|Permalinkclip!
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【日時】 2017年8月20日(日)
     10:00〜16:30


【場所】 滝野川会館
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    JR上中里駅より7分
    JR駒込駅より10分
    南北線西ヶ原駅より7分


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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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