2007年04月
2007年04月19日
NLP特別セミナーの詳細
急ですが、5月の初旬にNLPのセミナーを開催します。
このセミナーが、どのようなものであるのか、なぜ今NLPのセミナーを開催するのか、セミナーの狙いは何なのか。そういったことは、ひとつ前の記事に書いてありますので、そちらをご覧下さい。
(http://rikei.livedoor.biz/archives/50121307.html)
ということでセミナーの詳細をお知らせいたします。
■開催日程
初級:5月4日(金)9:30〜16:30頃
中級:5月5日(土)9:30〜16:30頃
※体験型セミナーのため終了時間が前後する場合があります。
■料金
初級:20,000円
中級:40,000円
※4月30日までにお申し込みの方に限り、
早期割引として以下の料金にてご参加いただけます。
初級:20,000円 → 15,000円
中級:40,000円 → 30,000円
※初級コース受講後、続けて中級コースを受講される方には、
初級コースの受講料をセット割引きいたします。
初級(早期割引):15,000円 → 10,000円 [初・中級 合計料金:40,000円]
初級(通常価格):20,000円 → 15,000円 [初・中級 合計料金:55,000円]
中級コースのみのご参加の場合には
割引きはいたしませんのでご了承下さい。
■場所
都内会場(飯田橋近郊)。
お申し込みの方に後日お知らせいたします。
■申し込み方法
お申し込みの方は、こちらからお願いいたします。
(*は必須項目です)
終了しました
追って、料金のお支払い方法や会場などの詳細を、
メールにてご連絡させていただきます。
会場と体験の密度を考慮して、定員を設けていますので、
満席になる前にご決断されることをお勧めいたします。
このセミナーが、どのようなものであるのか、なぜ今NLPのセミナーを開催するのか、セミナーの狙いは何なのか。そういったことは、ひとつ前の記事に書いてありますので、そちらをご覧下さい。
(http://rikei.livedoor.biz/archives/50121307.html)
ということでセミナーの詳細をお知らせいたします。
■開催日程
初級:5月4日(金)9:30〜16:30頃
中級:5月5日(土)9:30〜16:30頃
※体験型セミナーのため終了時間が前後する場合があります。
■料金
初級:20,000円
中級:40,000円
※4月30日までにお申し込みの方に限り、
早期割引として以下の料金にてご参加いただけます。
初級:20,000円 → 15,000円
中級:40,000円 → 30,000円
※初級コース受講後、続けて中級コースを受講される方には、
初級コースの受講料をセット割引きいたします。
初級(早期割引):15,000円 → 10,000円 [初・中級 合計料金:40,000円]
初級(通常価格):20,000円 → 15,000円 [初・中級 合計料金:55,000円]
中級コースのみのご参加の場合には
割引きはいたしませんのでご了承下さい。
■場所
都内会場(飯田橋近郊)。
お申し込みの方に後日お知らせいたします。
■申し込み方法
お申し込みの方は、こちらからお願いいたします。
(*は必須項目です)
終了しました
追って、料金のお支払い方法や会場などの詳細を、
メールにてご連絡させていただきます。
会場と体験の密度を考慮して、定員を設けていますので、
満席になる前にご決断されることをお勧めいたします。
緊急開催!NLP特別セミナー
今、僕が臨床心理のスキルを勉強しに行っているところでは、受講生の半分近くがNLPのトレーナーをしている方です。今日、少しお話してきた方は、ちょうど今年の3月にトレーナーコースを受講するためにアメリカに行ってきたという方でした。お話を聞いていて、僕も自分が受講していたときのことを思い出していました。あれは楽しかったなぁ。
ちなみに、日本からの参加者はトレーナーになるためにセミナーに行くわけですが、実はアメリカでは別に全くNLPを知らない人でも同じセミナーに参加することができるんです。一つのセミナーに対して「Trainer Training」と「Charisma Enhancement」という2つのタイトルがついているということですね。NLPとは関係なく、カリスマ養成講座としても参加できるようです。
さて。
NLPつながりで、今日の話題はNLPのセミナーに関するものです。
すごく急ですが、セミナーを開催します。
NLPのセミナーです。
5月4日
5月5日
です。
これを読んでくださっている方の中には「NLPって何だ?」という方もいらっしゃると思います。名前だけ知っているとか、本だけ読んだとか、セミナーに出たことがあるとか、資格を持っているとか、色々な方がいると思います。
先日、「NLPって聞くけど、どういうことか分からない。教えて」ということで、セミナーの要請を受けたんです。
そこで、今回はNLPに詳しくない方のために、急遽、初級セミナーを1日で開催します。そして、翌日に中級編を行います。
連続して出ていただくと効果が高いと言えますし、日程の都合上どちらかしか参加できないという方でも満足していただける内容にしてあります。もちろん「私はNLP経験者だから初級は出なくても大丈夫」という方は、中級のみのご参加も可能です。
ですが、基本的に今回はNLPの資格コースを修了されていない方を対象に考えています。決してNLP経験者には退屈な内容だということではありません。必ず新たな気づきを得ていただけると確信しています。
ただ今回は、NLPに関心のある方を優先させていただくということです。
それには時期的なものも関わっています。
5月初旬という時期です。
連休中にも関わらず、そこで開催したい理由があるんです。
勘の鋭い方はお気づきかもしれませんね。
それから、NLPを通じて僕のことを知ってくださった方には、別のセミナーを企画していますので、そちらを楽しみにしておいてください。
ここで、少し内容の話もしておきます。
僕がNLPのセミナーをするからには、一味違うものを体験していただきたいんです。
NLPを良くご存じない方には、NLPってどういうものかを感じ取っていただけると思いますし、NLPを既に学ばれた方には新たな体験をしていただけると思います。
具体的な内容に関しては、あえて説明しません。
今回のセミナーにおいて、初級・中級に共通するテーマは「"Be"の向上」ということになります。
ちなみに僕としては"Being"という言葉のほうがシックリきますので、Beingという単語を使って話を進めさせていただきますが、Beingが不足しているとテクニックは上っ面のものになってしまうんです。逆にBeingが十分であれば、Doingは勝手についてくることもあるんです。
少し具体的に説明しましょう。
例えば、人から悩みを相談されたとき。テクニック、つまりDoingのレベルで対応しようとすると、やたらと相手の言葉を繰り返したり、気持ちの入っていない上っ面の質問で相手を不愉快にしてしまう可能性も考えられます。
相手の本当の気持ちが理解できず、言葉尻だけを捉えて、悩みは全く解決しない。そんなことになるかもしれません。
それがBeingとして成熟した人が相談を受けるとどうなるか。
徳の高いお坊さんを想像してください。お坊さんにはテクニックはありません。ただ話を聞いているだけかもしれない。黙って、うなずきながら、ただ静かに、そして優しく聞いているばかり。だけど、相談した人がその態度に心を許し、全てを受け入れてもらえている喜びを感じられたとき、悩みを持っている自分に対してポジティブに捉えられるようになることもあるわけです。悩みが許せるようになることもあるんです。
もしかすると、お坊さんの何気ない一言が、心の深いところに触れて、感動の涙を流すことだってあるでしょう。
それは徳の高いお坊さんのBeingによるものです。
Beingから発したDoingこそが、人の心を打つんです。
そしてBeingは必ずDoingに影響を及ぼすんです。
だからBeingが重要だというわけです。
気持ちがあっても伝わらなければ意味がないじゃないですか。
気持ちとテクニックの両方が大事です。
「根はイイ人なんだけどね・・・」って、根がイイ人だって人を幸せにできなかったら同じじゃないですか。
だから気持ちとテクニックの両面を大切にする。
同時に、少し別の視点から、BeingとDoingの両面を大切にする、ということも非常に重要だと思うんです。
BeingとDoingは相互に影響しあいます。
相乗効果があります。
今までDoingに意識を向けて、自分自身をコントロールしてきた方であれば、より直接的にBeingに向き合っても良いタイミングだと思うんです。
Beingは伝わります。
必ず伝わります。
にじみ出てきます。
Beingを向上させることに興味がある方は、是非セミナーに来ていただきたいと思います。
Beingを磨く方法は色々とあります。それは文章でお伝えしても、なかなか理解していただけない部分かもしれません。ご自分の目で、耳で、体で、感じ取っていただきたいのです。
NLPを利用してBeingを磨く。
このことに関して何か感じるものがあった方は、どうぞ、ご自分の直感を信じて選択してください。
セミナーの詳細に関しては、次の記事で連絡させていただきます。
(http://rikei.livedoor.biz/archives/50121472.html)
ちなみに、日本からの参加者はトレーナーになるためにセミナーに行くわけですが、実はアメリカでは別に全くNLPを知らない人でも同じセミナーに参加することができるんです。一つのセミナーに対して「Trainer Training」と「Charisma Enhancement」という2つのタイトルがついているということですね。NLPとは関係なく、カリスマ養成講座としても参加できるようです。
さて。
NLPつながりで、今日の話題はNLPのセミナーに関するものです。
すごく急ですが、セミナーを開催します。
NLPのセミナーです。
5月4日
5月5日
です。
これを読んでくださっている方の中には「NLPって何だ?」という方もいらっしゃると思います。名前だけ知っているとか、本だけ読んだとか、セミナーに出たことがあるとか、資格を持っているとか、色々な方がいると思います。
先日、「NLPって聞くけど、どういうことか分からない。教えて」ということで、セミナーの要請を受けたんです。
そこで、今回はNLPに詳しくない方のために、急遽、初級セミナーを1日で開催します。そして、翌日に中級編を行います。
連続して出ていただくと効果が高いと言えますし、日程の都合上どちらかしか参加できないという方でも満足していただける内容にしてあります。もちろん「私はNLP経験者だから初級は出なくても大丈夫」という方は、中級のみのご参加も可能です。
ですが、基本的に今回はNLPの資格コースを修了されていない方を対象に考えています。決してNLP経験者には退屈な内容だということではありません。必ず新たな気づきを得ていただけると確信しています。
ただ今回は、NLPに関心のある方を優先させていただくということです。
それには時期的なものも関わっています。
5月初旬という時期です。
連休中にも関わらず、そこで開催したい理由があるんです。
勘の鋭い方はお気づきかもしれませんね。
それから、NLPを通じて僕のことを知ってくださった方には、別のセミナーを企画していますので、そちらを楽しみにしておいてください。
ここで、少し内容の話もしておきます。
僕がNLPのセミナーをするからには、一味違うものを体験していただきたいんです。
NLPを良くご存じない方には、NLPってどういうものかを感じ取っていただけると思いますし、NLPを既に学ばれた方には新たな体験をしていただけると思います。
具体的な内容に関しては、あえて説明しません。
今回のセミナーにおいて、初級・中級に共通するテーマは「"Be"の向上」ということになります。
ちなみに僕としては"Being"という言葉のほうがシックリきますので、Beingという単語を使って話を進めさせていただきますが、Beingが不足しているとテクニックは上っ面のものになってしまうんです。逆にBeingが十分であれば、Doingは勝手についてくることもあるんです。
少し具体的に説明しましょう。
例えば、人から悩みを相談されたとき。テクニック、つまりDoingのレベルで対応しようとすると、やたらと相手の言葉を繰り返したり、気持ちの入っていない上っ面の質問で相手を不愉快にしてしまう可能性も考えられます。
相手の本当の気持ちが理解できず、言葉尻だけを捉えて、悩みは全く解決しない。そんなことになるかもしれません。
それがBeingとして成熟した人が相談を受けるとどうなるか。
徳の高いお坊さんを想像してください。お坊さんにはテクニックはありません。ただ話を聞いているだけかもしれない。黙って、うなずきながら、ただ静かに、そして優しく聞いているばかり。だけど、相談した人がその態度に心を許し、全てを受け入れてもらえている喜びを感じられたとき、悩みを持っている自分に対してポジティブに捉えられるようになることもあるわけです。悩みが許せるようになることもあるんです。
もしかすると、お坊さんの何気ない一言が、心の深いところに触れて、感動の涙を流すことだってあるでしょう。
それは徳の高いお坊さんのBeingによるものです。
Beingから発したDoingこそが、人の心を打つんです。
そしてBeingは必ずDoingに影響を及ぼすんです。
だからBeingが重要だというわけです。
気持ちがあっても伝わらなければ意味がないじゃないですか。
気持ちとテクニックの両方が大事です。
「根はイイ人なんだけどね・・・」って、根がイイ人だって人を幸せにできなかったら同じじゃないですか。
だから気持ちとテクニックの両面を大切にする。
同時に、少し別の視点から、BeingとDoingの両面を大切にする、ということも非常に重要だと思うんです。
BeingとDoingは相互に影響しあいます。
相乗効果があります。
今までDoingに意識を向けて、自分自身をコントロールしてきた方であれば、より直接的にBeingに向き合っても良いタイミングだと思うんです。
Beingは伝わります。
必ず伝わります。
にじみ出てきます。
Beingを向上させることに興味がある方は、是非セミナーに来ていただきたいと思います。
Beingを磨く方法は色々とあります。それは文章でお伝えしても、なかなか理解していただけない部分かもしれません。ご自分の目で、耳で、体で、感じ取っていただきたいのです。
NLPを利用してBeingを磨く。
このことに関して何か感じるものがあった方は、どうぞ、ご自分の直感を信じて選択してください。
セミナーの詳細に関しては、次の記事で連絡させていただきます。
(http://rikei.livedoor.biz/archives/50121472.html)
2007年04月18日
ハズしてナンボ
コールドリーディング・グランプリに関してだけで、随分と続いてきていますね。もしかすると、もうチョット続くかもしれません。
さて。
セミナー終了後、会場で何人の方かに言われた言葉がありました。
それは「最初はハズしていたけど、後半ノッてきましたね」というものです。
僕の中での自己評価と随分違っていました。
僕にとっては最初のほうが頑張っていたんです。自己評価はずっと高い。なぜなら上手く取り繕っていたからです。
確かに後半はハズしていない印象だったと思います。
でも本当にそうだったんでしょうか?
僕がリーディングをしていた感想からすると、最初もそれほどハズしていないんです。
違いは相手の女性の心境です。「占いのようなことをして、色々とあなたのことについてお話させていただきますよ」と言われても、最初はもちろん抵抗があるわけです。特に前の記事でお伝えしたような、大勢の前で自分のことを暴かれる不安を含めて。
その意味で言うと、内面的な部分は誉め言葉でないと受け入れられにくかったのかもしれません。
僕は最初に「物事をテキパキとこなしますね?」というようなことを言いました。それには「Yes」が帰ってきました。
続いて「せっかちなところがありますね?」と言いました。それには「No」が帰ってきました。
ほとんど同じことじゃないですか?よく言えば「テキパキ」、悪く言えば「せっかち」という感じがします。
同じような意味のことを言っても、ネガティブな言葉は否定されていた気がしました。そうなった理由に意味があるのだと思います。
それは、まだ信頼関係が出来ていなかったということじゃないかと思うんです。
後半は逆に信頼関係が出来てきていたから、ある言葉に対して当たっているように解釈してくれていたのではないか、と。
ということは、です。
後半に向けて徐々に信頼関係を築いていった前半部分こそが重要だったと思うんです。
その中には、いかにして安心してもらえるかという工夫を沢山込めていたつもりです。
相手の方が800人のセミナー参加者に対して意識を向ける必要がないように、こちらが率先して気を遣っておくということです。
例えば、僕は今回、筆跡を使ってリーディングをするという体裁でしたから、最初にある程度の字を書いてもらうことをしたわけです。その時に、相手の女性の字を書くスピードが徐々に上がっていったのに気がつきました。それはきっと、会場に対する気遣いだろう、と思ったんです。自分が字を書いている時間、会場の人は退屈なのではないか?というような。
それを僕は言葉にして伝えました。それは直接的に「気にしなくていいんですよ」と言葉で言ったのとは違いますが、「こちらで気にしているから、あなたは会場のことは気にしなくて大丈夫ですよ」というメッセージのつもりでもあったんです。
また、その相手の方は左手の薬指に指輪をしていました。ご結婚されている方でした。僕は指輪に気付いて、そのことからリーディングを展開させたわけですが、その際にも会場の皆さんに向けて「遠くの方は見えないでしょうが、指輪をしています」というようなことを言いました。
それは「こんな小さな指輪、後ろの人に見えるかしら?」というような相手の方の気遣いを許すためのつもりだったんです。
・・・もちろん、その方がそんなことを考えていたかどうかは分かりません。
ですが、そうやって「会場に気を遣わなくても大丈夫ですよ。安心していいんですよ。」というメッセージを暗に込めていたんです。
もしかすると、そういう気持ちこそが大事なのかもしれません。自分に気持ちを向けてくれる人に対して、人は心を開いていくのでしょうか。
それが功を奏したかどうかは分かりませんが、結果的に後半は随分とスムーズに「Yes」の返事を出してくれました。
と同時に「ハズしていた」と評価する方の多かった前半部分で大事な要素があります。
それは「No」への対応です。
「No」の返事が来たときに、それを上手く取り繕うテクニックを駆使していたわけです。ありがちな具体例に落とし込んだり(コールドリーディングで言うズームイン)、拡大解釈をしたり(ズームアウト)。
コールドリーディングのテクニックとしては、そこを見てもらいたかったです。
筆跡には色々と現れていますから、本当に筆跡を使ってリーディングすれば、もっと「当たってる!」って思わせる自信はありますよ。
でも、コールドリーディング・グランプリっていうことだったので、何かしら競う意味では、ハズしたときの対処法も重要だろうと考えたんです。
上手くゴマかした時ほど、頑張っている時なんですね。
良くやるゴマかし方としては、カバンを持つ方なんかがあります。
「カバンはいつも右側ですよね?」
「いえ、左です」
「あぁ、ごめんなさい。こっちから見て」
というようなヤツです。
これはすぐに使えそうじゃないですか?
ちなみにリーディングをしている時というのは、事前に何かを言おうとして考えておくわけではありませんから、見た目の情報や声のトーンを参考にして、その場で判断することが沢山あります。そこから思いついたことを言ってみるわけです。
実はこれはカウンセリングやコーチング、セラピーの場面でも凄く重要な要素で、もちろん日常のコミュニケーションにおいても大事にすべきことだと思うんです。
それは思い込みを排除するということです。
会話をしていて思ったこと。相手の印象。態度。言い回し。・・・
色々なことが気になると思います。
そうすると何が起きるか?
推測です。
この推測がいけないんです。
推測すること自体は構いません。してしまったものは仕方ありません。
しかし、理解したつもりでも推測は入っています。推測は事実ではありません。推測は思い込みを生みます。思い込みは誤解を生みます。
推測を推測のままにしておくのがいけないんです。
だから確認を取るんです。
コールドリーディングであれば「あなたは〜ですよね?」と。
カウンセリングであれば「あなたの言っていることは〜ということですか?」と。
日常のコミュニケーションで、相手の質問がピンと来なかったら「どうしてそんなことを聞いたの?」と。
確認をとって、推測をやめるんです。
推測をしたら、確認を取る。
これは自分が相手のことを理解しているという思い込みを排除する上で、とても重要なことだと思うんです。
思い込みを排除するために確認を取る。
そのためであれば、いくら推測をハズしたって構わないような気がします。
さて。
セミナー終了後、会場で何人の方かに言われた言葉がありました。
それは「最初はハズしていたけど、後半ノッてきましたね」というものです。
僕の中での自己評価と随分違っていました。
僕にとっては最初のほうが頑張っていたんです。自己評価はずっと高い。なぜなら上手く取り繕っていたからです。
確かに後半はハズしていない印象だったと思います。
でも本当にそうだったんでしょうか?
僕がリーディングをしていた感想からすると、最初もそれほどハズしていないんです。
違いは相手の女性の心境です。「占いのようなことをして、色々とあなたのことについてお話させていただきますよ」と言われても、最初はもちろん抵抗があるわけです。特に前の記事でお伝えしたような、大勢の前で自分のことを暴かれる不安を含めて。
その意味で言うと、内面的な部分は誉め言葉でないと受け入れられにくかったのかもしれません。
僕は最初に「物事をテキパキとこなしますね?」というようなことを言いました。それには「Yes」が帰ってきました。
続いて「せっかちなところがありますね?」と言いました。それには「No」が帰ってきました。
ほとんど同じことじゃないですか?よく言えば「テキパキ」、悪く言えば「せっかち」という感じがします。
同じような意味のことを言っても、ネガティブな言葉は否定されていた気がしました。そうなった理由に意味があるのだと思います。
それは、まだ信頼関係が出来ていなかったということじゃないかと思うんです。
後半は逆に信頼関係が出来てきていたから、ある言葉に対して当たっているように解釈してくれていたのではないか、と。
ということは、です。
後半に向けて徐々に信頼関係を築いていった前半部分こそが重要だったと思うんです。
その中には、いかにして安心してもらえるかという工夫を沢山込めていたつもりです。
相手の方が800人のセミナー参加者に対して意識を向ける必要がないように、こちらが率先して気を遣っておくということです。
例えば、僕は今回、筆跡を使ってリーディングをするという体裁でしたから、最初にある程度の字を書いてもらうことをしたわけです。その時に、相手の女性の字を書くスピードが徐々に上がっていったのに気がつきました。それはきっと、会場に対する気遣いだろう、と思ったんです。自分が字を書いている時間、会場の人は退屈なのではないか?というような。
それを僕は言葉にして伝えました。それは直接的に「気にしなくていいんですよ」と言葉で言ったのとは違いますが、「こちらで気にしているから、あなたは会場のことは気にしなくて大丈夫ですよ」というメッセージのつもりでもあったんです。
また、その相手の方は左手の薬指に指輪をしていました。ご結婚されている方でした。僕は指輪に気付いて、そのことからリーディングを展開させたわけですが、その際にも会場の皆さんに向けて「遠くの方は見えないでしょうが、指輪をしています」というようなことを言いました。
それは「こんな小さな指輪、後ろの人に見えるかしら?」というような相手の方の気遣いを許すためのつもりだったんです。
・・・もちろん、その方がそんなことを考えていたかどうかは分かりません。
ですが、そうやって「会場に気を遣わなくても大丈夫ですよ。安心していいんですよ。」というメッセージを暗に込めていたんです。
もしかすると、そういう気持ちこそが大事なのかもしれません。自分に気持ちを向けてくれる人に対して、人は心を開いていくのでしょうか。
それが功を奏したかどうかは分かりませんが、結果的に後半は随分とスムーズに「Yes」の返事を出してくれました。
と同時に「ハズしていた」と評価する方の多かった前半部分で大事な要素があります。
それは「No」への対応です。
「No」の返事が来たときに、それを上手く取り繕うテクニックを駆使していたわけです。ありがちな具体例に落とし込んだり(コールドリーディングで言うズームイン)、拡大解釈をしたり(ズームアウト)。
コールドリーディングのテクニックとしては、そこを見てもらいたかったです。
筆跡には色々と現れていますから、本当に筆跡を使ってリーディングすれば、もっと「当たってる!」って思わせる自信はありますよ。
でも、コールドリーディング・グランプリっていうことだったので、何かしら競う意味では、ハズしたときの対処法も重要だろうと考えたんです。
上手くゴマかした時ほど、頑張っている時なんですね。
良くやるゴマかし方としては、カバンを持つ方なんかがあります。
「カバンはいつも右側ですよね?」
「いえ、左です」
「あぁ、ごめんなさい。こっちから見て」
というようなヤツです。
これはすぐに使えそうじゃないですか?
ちなみにリーディングをしている時というのは、事前に何かを言おうとして考えておくわけではありませんから、見た目の情報や声のトーンを参考にして、その場で判断することが沢山あります。そこから思いついたことを言ってみるわけです。
実はこれはカウンセリングやコーチング、セラピーの場面でも凄く重要な要素で、もちろん日常のコミュニケーションにおいても大事にすべきことだと思うんです。
それは思い込みを排除するということです。
会話をしていて思ったこと。相手の印象。態度。言い回し。・・・
色々なことが気になると思います。
そうすると何が起きるか?
推測です。
この推測がいけないんです。
推測すること自体は構いません。してしまったものは仕方ありません。
しかし、理解したつもりでも推測は入っています。推測は事実ではありません。推測は思い込みを生みます。思い込みは誤解を生みます。
推測を推測のままにしておくのがいけないんです。
だから確認を取るんです。
コールドリーディングであれば「あなたは〜ですよね?」と。
カウンセリングであれば「あなたの言っていることは〜ということですか?」と。
日常のコミュニケーションで、相手の質問がピンと来なかったら「どうしてそんなことを聞いたの?」と。
確認をとって、推測をやめるんです。
推測をしたら、確認を取る。
これは自分が相手のことを理解しているという思い込みを排除する上で、とても重要なことだと思うんです。
思い込みを排除するために確認を取る。
そのためであれば、いくら推測をハズしたって構わないような気がします。
2007年04月17日
コールドリーディング・グランプリでの心がけ
昨日に引き続き、コールドリーディング・グランプリでのことについて、思うことを書いてみます。
コールドリーディングというものに馴染みの薄い方もいらっしゃるかもしれませんから、少し説明させていただきます。
一言でいうと、コールドリーディングとは『相手に「この人は私のことを分かっている」と思わせる話術』です。そうです。話術なんです。
ただ、会話は言葉のみによって伝えられるものではありませんから、単なる言語以上に利用すべきものは沢山あります。
重要なのは「分かっていると思わせる」ということです。
本当に分かっていなくても構わないということです。
そして相手は、分かってくれる人に対して心を開く。心を開いているから、自分から勝手に情報を教えてくれる。そうして、より深い信頼関係を築き、パーソナルな情報を引き出していくわけです。
NLPではミルトンモデルといって、曖昧な表現をすることで相手に解釈をさせて、会話の中で「No」という返事を出させないようにする言語パターンがあります。割と似ているようにも思えますが、決定的な違いは『情報を取ることを目的にしているかどうか』です。
ミルトンモデルでは情報はいらないんです。相手が勝手に解釈すればオシマイ。だから曖昧です。
「〜かもしれません」などといって、「No」を予防するわけです。
でもコールドリーディングでは相手の情報を引き出す方を優先します。だから断定します。
「〜ですね?」と。違っていてもいいんです。自信を持って断定するほど、効果が高いわけです。違っていれば正しい情報を教えてくれますから。
そして世の中には断定されるほうが好きな人も大勢いるんです。
誰もが不安を抱えています。占い師のような自分を超えた存在からは、ハッキリと断定してもらいたい場合もあるんです。
「大丈夫。これからは良くなりますよ」その言葉が欲しくて占い師のところに行く。そんな人だって大勢います。
断定的でありながら、「No」を回避する。それがコールドリーディングの重要なポイントではないでしょうか?
コールドリーディング自体に関する話はまた近いうちにさせていただこうと思いますので、今回はグランプリ決勝での僕のリーディングに関する解説です。
言い訳といってもいいかもしれませんね。
昨日も言いましたが、最優先していたのは相手の女性の不安や心配を取り除くということです。800人の観客の前で自分のパーソナルな部分が明かされるかもしれない不安。それを優先しました。
やろうと思えば、その人の深い悩みやトラウマ的なことまで触れるのも可能です。まぁ、それはコールドリーディングの話術の部分だけではできないことですから、ある程度の心理療法に関する知識なども利用する必要がありますが。
それは一対一の関係で、しかも時間をタップリかけてできる場合に限定されると思います。僕が本当に占い師であれば、そうやってリピーターを作っていけばよいのかもしれません。
でも800人の前ではやってはいけないことなんです。
大勢の前である以上、そこで言っていい内容と、言ってはいけない内容があるはずです。
人の無意識は本当に自分自身を守ってくれます。
自分にとって良くないことはブロックします。例えば、一見すると楽しそうに話しているようでも、絶対に触れさせない領域というのは守っているんです。
むしろ、明るく気さくで笑顔の耐えない人の中には、いつも人に見せてもいい部分をハッキリさせておいて、無意識的にその部分の中だけを使って他人と接するようにする人も沢山いるんです。本当に踏み込まれたくない領域があるから、表面的な明るさで他人とのコミュニケーションを完結させて、余計な干渉から身を守っている場合があるということです。
もしかすると、これを読んでいる方の中にも、心当たりのある方がいらっしゃるのではないでしょうか?
一つの可能性として、グランプリ決勝の舞台に上がってこれるような方ですから、もしかすると人前で見せる自分というのをハッキリさせているケースも考えられました。
見せていい自分以上には踏み込んで欲しくないのではないだろうか?
これは僕を慎重にさせました。
僕がグランプリでリーディングをした相手の方がそういう方だったと言っているのではありませんよ。ただ、そういった可能性まで考慮すべき場だったと思っています。
そして、思いのほか多くの方から評価していただいたポイントについてもお伝えします。
それは「最初はハズしていたけど、後半ノッてきましたね」というものです。
僕の中での自己評価と随分違っていました。
これを話すとまた長くなるので次回にさせて下さい。
人によって見方が違っていて面白いですね。
それではまた。
コールドリーディングというものに馴染みの薄い方もいらっしゃるかもしれませんから、少し説明させていただきます。
一言でいうと、コールドリーディングとは『相手に「この人は私のことを分かっている」と思わせる話術』です。そうです。話術なんです。
ただ、会話は言葉のみによって伝えられるものではありませんから、単なる言語以上に利用すべきものは沢山あります。
重要なのは「分かっていると思わせる」ということです。
本当に分かっていなくても構わないということです。
そして相手は、分かってくれる人に対して心を開く。心を開いているから、自分から勝手に情報を教えてくれる。そうして、より深い信頼関係を築き、パーソナルな情報を引き出していくわけです。
NLPではミルトンモデルといって、曖昧な表現をすることで相手に解釈をさせて、会話の中で「No」という返事を出させないようにする言語パターンがあります。割と似ているようにも思えますが、決定的な違いは『情報を取ることを目的にしているかどうか』です。
ミルトンモデルでは情報はいらないんです。相手が勝手に解釈すればオシマイ。だから曖昧です。
「〜かもしれません」などといって、「No」を予防するわけです。
でもコールドリーディングでは相手の情報を引き出す方を優先します。だから断定します。
「〜ですね?」と。違っていてもいいんです。自信を持って断定するほど、効果が高いわけです。違っていれば正しい情報を教えてくれますから。
そして世の中には断定されるほうが好きな人も大勢いるんです。
誰もが不安を抱えています。占い師のような自分を超えた存在からは、ハッキリと断定してもらいたい場合もあるんです。
「大丈夫。これからは良くなりますよ」その言葉が欲しくて占い師のところに行く。そんな人だって大勢います。
断定的でありながら、「No」を回避する。それがコールドリーディングの重要なポイントではないでしょうか?
コールドリーディング自体に関する話はまた近いうちにさせていただこうと思いますので、今回はグランプリ決勝での僕のリーディングに関する解説です。
言い訳といってもいいかもしれませんね。
昨日も言いましたが、最優先していたのは相手の女性の不安や心配を取り除くということです。800人の観客の前で自分のパーソナルな部分が明かされるかもしれない不安。それを優先しました。
やろうと思えば、その人の深い悩みやトラウマ的なことまで触れるのも可能です。まぁ、それはコールドリーディングの話術の部分だけではできないことですから、ある程度の心理療法に関する知識なども利用する必要がありますが。
それは一対一の関係で、しかも時間をタップリかけてできる場合に限定されると思います。僕が本当に占い師であれば、そうやってリピーターを作っていけばよいのかもしれません。
でも800人の前ではやってはいけないことなんです。
大勢の前である以上、そこで言っていい内容と、言ってはいけない内容があるはずです。
人の無意識は本当に自分自身を守ってくれます。
自分にとって良くないことはブロックします。例えば、一見すると楽しそうに話しているようでも、絶対に触れさせない領域というのは守っているんです。
むしろ、明るく気さくで笑顔の耐えない人の中には、いつも人に見せてもいい部分をハッキリさせておいて、無意識的にその部分の中だけを使って他人と接するようにする人も沢山いるんです。本当に踏み込まれたくない領域があるから、表面的な明るさで他人とのコミュニケーションを完結させて、余計な干渉から身を守っている場合があるということです。
もしかすると、これを読んでいる方の中にも、心当たりのある方がいらっしゃるのではないでしょうか?
一つの可能性として、グランプリ決勝の舞台に上がってこれるような方ですから、もしかすると人前で見せる自分というのをハッキリさせているケースも考えられました。
見せていい自分以上には踏み込んで欲しくないのではないだろうか?
これは僕を慎重にさせました。
僕がグランプリでリーディングをした相手の方がそういう方だったと言っているのではありませんよ。ただ、そういった可能性まで考慮すべき場だったと思っています。
そして、思いのほか多くの方から評価していただいたポイントについてもお伝えします。
それは「最初はハズしていたけど、後半ノッてきましたね」というものです。
僕の中での自己評価と随分違っていました。
これを話すとまた長くなるので次回にさせて下さい。
人によって見方が違っていて面白いですね。
それではまた。
2007年04月16日
CRGP
CRGP。
コールドリーディング・グランプリです。
4月14日に行われました。
4月14日は石井裕之先生のセミナー『史上最強の桜まつり2007「ダイナマイト!」』が開催されたんです。お台場の会場に800人が集いました。800人もの規模でセミナーを開催すれば、当日急に来れなくなる方がある割合でいるのが普通でしょう。でも14日は違いました。文字通り満席。それだけ皆さんが楽しみにしていたんじゃないでしょうか。
セミナーの募集がかかった時も、あっという間に全席完売したそうですが、それ以上にドタキャンがいなかったというのは凄いことだと思うんです。行けなくなった方はキャンセルの連絡をしていたんでしょうね。そしてキャンセル待ちの方も参加を楽しみにしてたのでしょう。キャンセルの連絡を入れた方は、キャンセル待ちの方へ配慮をされたのでしょうし、キャンセル待ちをしていた方も諦めて別の用事をいれてしまうことなく、参加の可能性を待ち続けていたのではないかと思いました。
その参加への想いは確実に会場に表れていました。
開場時間のずっと前から行列ができていたんです。コンサートか?ってぐらいの意気込みでしょう。物販コーナーも凄い人だかりでした。きっとフォレスト出版さんも、書籍販売で来ていた書店さんも、嬉しかったのではないでしょうか?セミナー会場で書籍やDVDなどの教材を販売するのは良く目にする光景ですが、あれほどの人だかりは見たことがありませんでした。学びに来ているという意欲が強い方が多かったのでしょうね。
セミナー中に行われたワークも凄いことでした。僕は立場上の関係で会場を前方から見渡せる位置にいたんですが、皆さんが熱心に取り組んでいたんです。盛り上がりが半端じゃない。ヤル気のない人はいなかったんじゃないかってぐらいでした。
そしてセミナー終了後。爆弾発表として、石井裕之先生の今後の展開と、それに関わるセミナーの募集があったんです。受付ブースの前はメチャクチャな行列ができてました。列の始まりがどこか分からないぐらいに、会場中を縦横無尽に横切る行列ができていたんです。同時並行のサイン会にも驚きました。2時間半に及ぶサイン会でした。石井先生は2時間半、ずっとサインをしていました。600人ぐらいにはサインをされたんじゃないでしょうか?800人の参加者のうち600人がサインを貰っていたんです。きっと、あまりの行列にサインを諦めた方も大勢いたと思います。それはもう凄い熱気でした。
そんな800人の会場のステージ上でCRGPの決勝戦が行われたんです。3部構成のセミナーの第2部。見せ方も凄かったです。予選の模様のビデオも、決勝出場出場者の紹介ビデオも、ステージに登壇する時の二酸化炭素の煙も、ビックリするよな演出でした。
ちなみに二酸化炭素の煙はドライアイスではなくて、普通の二酸化炭素ボンベを開けてガスを噴出するだけのものだそうです。業者の人に聞きましたから。普通のボンベって言われても馴染みが薄い方が多いかもしれませんが、バイオ系の実験では良く使われるものなんですね。高圧に二酸化炭素を封入することで温度が下がった二酸化炭素が噴出されるから、まるでドライアイスの煙のようになるわけです。ボイル・シャルルの法則ですよね。・・・面白くないか、スミマセン。
で、僕はそのCRGP決勝戦の舞台に立っていたんです。3人の決勝進出者のトリでした。
楽しかったですよ!
結果ですか?
それは残念ながら・・・優勝はできませんでした。予選は一位通過だったんですけどね。ファンの方で気を悪くされたら申し訳ありませんが、M−1で言うと「笑い飯」みたいな感じでしょうか。
ですが、盛り上がっていたようでしたので何よりです。
セミナー終了後に多くの方から声をかけていただきました。凄く嬉しいコメントもあれば、僕の意図が伝わっていない部分もあって、色々と考えさせられました。
僕がどういう意図と着眼点でリーディングを行っていたかに関しては次回、改めてお伝えさせていただこうと思います。まぁ言い訳といえば言い訳なんですが。
ただ、せっかくですから次回予告を兼ねて、最後に一つだけ。
色々な方から言っていただいたことに「すばらしいメンタルマッスルですね」というようなのがありました。
もしかするとメンタルマッスルという考え方をご存じない方もいらっしゃるかもしれませんので少しだけ説明しますと、心にも筋肉があって鍛えれば強くなるし、怠けていれば弱くなる、というような考え方のものです。人前に出ると緊張するというのはメンタルマッスルが弱いんだと。スポーツで基礎体力作りをするように、人間関係でもメンタルマッスルを鍛えましょうという考え方です。
で、僕としては別にメンタルマッスルという意味では、それほど必要のない場面だったように思うんです。もちろん、ある程度は鍛えているとは思います。そうでないと出場しようとすら思わないかもしれません。ですが、僕がステージ上でほとんど緊張しなかったのはメンタルマッスルの問題以上のものがあると思うんです。
確かに普段と違う精神状態であったのは事実ですから、完全な一対一の普段のリーディングからすると違和感はありました。その違和感に関しては次回にお話するとして、ここで言いたいのは緊張しないのはメンタルマッスル以上の問題があるということです。
それは「自分に意識が向かない」ということです。相手の女性に意識を向けていたんです。ある程度人前に出ることが慣れている方だとは思いましたが、それでも800人の前にいるんです。何をするかも良く聞かされずに。で、実際にされることと言えば、コールドリーディングです。見ている方からすると、決して相手の女性のことを深く分かって言っている訳ではないのは当然と理解されているでしょうが、コールドリーディングを知らない相手の女性からすると800人の前で自分の内面を暴かれる不安があったと思うんです。
僕が最も注意を払っていたのはその部分です。相手の方が会話に集中して周りへの意識が減っていたとしても、潜在意識は分かっているはずです。そして自分を守ろうとするはずです。話に集中していたら気づかないかもしれませんが、不安はあるはずなんです。そこをいかに和らげるか。言葉で分かりやすく言うこともあれば、さりげなく気づかれないように配慮する必要もある。
僕はそこに集中していました。
石井先生に教えていただきました。とても納得できた話でした。緊張するのは自分に意識が向いているからだ、と。相手に意識が向いていれば絶対に緊張しない、と。
僕はあの800人の前で自己紹介をしろと言われたら、ある程度は緊張します。見せないようにしますが、緊張はするでしょう。それは自己紹介のとき、どうしても自分のほうに意識が向いてしまうからです。自分のことを話そうと思ったとき、少しは自分に意識が向いてしまうんです。だから緊張するんだと思います。
でも800人の前であっても、コールドリーディングをする時には、意識は相手に向かうんです。特に800人の前だからこそ、余計に相手への配慮を意識するんです。自分のことなんて考える余裕はありません。だから緊張しないんです。相手の方に楽しんでもらえるだろうか、という不安から来る緊張感は多少あったかもしれません。でもそれは、800人の前のステージ上ということとは全く関係がないんです。
相手のことを考えようとすれば、800人の前だろうが8000人の前だろうが、メンタルマッスルは関係ないのではないでしょうか?
コールドリーディング・グランプリです。
4月14日に行われました。
4月14日は石井裕之先生のセミナー『史上最強の桜まつり2007「ダイナマイト!」』が開催されたんです。お台場の会場に800人が集いました。800人もの規模でセミナーを開催すれば、当日急に来れなくなる方がある割合でいるのが普通でしょう。でも14日は違いました。文字通り満席。それだけ皆さんが楽しみにしていたんじゃないでしょうか。
セミナーの募集がかかった時も、あっという間に全席完売したそうですが、それ以上にドタキャンがいなかったというのは凄いことだと思うんです。行けなくなった方はキャンセルの連絡をしていたんでしょうね。そしてキャンセル待ちの方も参加を楽しみにしてたのでしょう。キャンセルの連絡を入れた方は、キャンセル待ちの方へ配慮をされたのでしょうし、キャンセル待ちをしていた方も諦めて別の用事をいれてしまうことなく、参加の可能性を待ち続けていたのではないかと思いました。
その参加への想いは確実に会場に表れていました。
開場時間のずっと前から行列ができていたんです。コンサートか?ってぐらいの意気込みでしょう。物販コーナーも凄い人だかりでした。きっとフォレスト出版さんも、書籍販売で来ていた書店さんも、嬉しかったのではないでしょうか?セミナー会場で書籍やDVDなどの教材を販売するのは良く目にする光景ですが、あれほどの人だかりは見たことがありませんでした。学びに来ているという意欲が強い方が多かったのでしょうね。
セミナー中に行われたワークも凄いことでした。僕は立場上の関係で会場を前方から見渡せる位置にいたんですが、皆さんが熱心に取り組んでいたんです。盛り上がりが半端じゃない。ヤル気のない人はいなかったんじゃないかってぐらいでした。
そしてセミナー終了後。爆弾発表として、石井裕之先生の今後の展開と、それに関わるセミナーの募集があったんです。受付ブースの前はメチャクチャな行列ができてました。列の始まりがどこか分からないぐらいに、会場中を縦横無尽に横切る行列ができていたんです。同時並行のサイン会にも驚きました。2時間半に及ぶサイン会でした。石井先生は2時間半、ずっとサインをしていました。600人ぐらいにはサインをされたんじゃないでしょうか?800人の参加者のうち600人がサインを貰っていたんです。きっと、あまりの行列にサインを諦めた方も大勢いたと思います。それはもう凄い熱気でした。
そんな800人の会場のステージ上でCRGPの決勝戦が行われたんです。3部構成のセミナーの第2部。見せ方も凄かったです。予選の模様のビデオも、決勝出場出場者の紹介ビデオも、ステージに登壇する時の二酸化炭素の煙も、ビックリするよな演出でした。
ちなみに二酸化炭素の煙はドライアイスではなくて、普通の二酸化炭素ボンベを開けてガスを噴出するだけのものだそうです。業者の人に聞きましたから。普通のボンベって言われても馴染みが薄い方が多いかもしれませんが、バイオ系の実験では良く使われるものなんですね。高圧に二酸化炭素を封入することで温度が下がった二酸化炭素が噴出されるから、まるでドライアイスの煙のようになるわけです。ボイル・シャルルの法則ですよね。・・・面白くないか、スミマセン。
で、僕はそのCRGP決勝戦の舞台に立っていたんです。3人の決勝進出者のトリでした。
楽しかったですよ!
結果ですか?
それは残念ながら・・・優勝はできませんでした。予選は一位通過だったんですけどね。ファンの方で気を悪くされたら申し訳ありませんが、M−1で言うと「笑い飯」みたいな感じでしょうか。
ですが、盛り上がっていたようでしたので何よりです。
セミナー終了後に多くの方から声をかけていただきました。凄く嬉しいコメントもあれば、僕の意図が伝わっていない部分もあって、色々と考えさせられました。
僕がどういう意図と着眼点でリーディングを行っていたかに関しては次回、改めてお伝えさせていただこうと思います。まぁ言い訳といえば言い訳なんですが。
ただ、せっかくですから次回予告を兼ねて、最後に一つだけ。
色々な方から言っていただいたことに「すばらしいメンタルマッスルですね」というようなのがありました。
もしかするとメンタルマッスルという考え方をご存じない方もいらっしゃるかもしれませんので少しだけ説明しますと、心にも筋肉があって鍛えれば強くなるし、怠けていれば弱くなる、というような考え方のものです。人前に出ると緊張するというのはメンタルマッスルが弱いんだと。スポーツで基礎体力作りをするように、人間関係でもメンタルマッスルを鍛えましょうという考え方です。
で、僕としては別にメンタルマッスルという意味では、それほど必要のない場面だったように思うんです。もちろん、ある程度は鍛えているとは思います。そうでないと出場しようとすら思わないかもしれません。ですが、僕がステージ上でほとんど緊張しなかったのはメンタルマッスルの問題以上のものがあると思うんです。
確かに普段と違う精神状態であったのは事実ですから、完全な一対一の普段のリーディングからすると違和感はありました。その違和感に関しては次回にお話するとして、ここで言いたいのは緊張しないのはメンタルマッスル以上の問題があるということです。
それは「自分に意識が向かない」ということです。相手の女性に意識を向けていたんです。ある程度人前に出ることが慣れている方だとは思いましたが、それでも800人の前にいるんです。何をするかも良く聞かされずに。で、実際にされることと言えば、コールドリーディングです。見ている方からすると、決して相手の女性のことを深く分かって言っている訳ではないのは当然と理解されているでしょうが、コールドリーディングを知らない相手の女性からすると800人の前で自分の内面を暴かれる不安があったと思うんです。
僕が最も注意を払っていたのはその部分です。相手の方が会話に集中して周りへの意識が減っていたとしても、潜在意識は分かっているはずです。そして自分を守ろうとするはずです。話に集中していたら気づかないかもしれませんが、不安はあるはずなんです。そこをいかに和らげるか。言葉で分かりやすく言うこともあれば、さりげなく気づかれないように配慮する必要もある。
僕はそこに集中していました。
石井先生に教えていただきました。とても納得できた話でした。緊張するのは自分に意識が向いているからだ、と。相手に意識が向いていれば絶対に緊張しない、と。
僕はあの800人の前で自己紹介をしろと言われたら、ある程度は緊張します。見せないようにしますが、緊張はするでしょう。それは自己紹介のとき、どうしても自分のほうに意識が向いてしまうからです。自分のことを話そうと思ったとき、少しは自分に意識が向いてしまうんです。だから緊張するんだと思います。
でも800人の前であっても、コールドリーディングをする時には、意識は相手に向かうんです。特に800人の前だからこそ、余計に相手への配慮を意識するんです。自分のことなんて考える余裕はありません。だから緊張しないんです。相手の方に楽しんでもらえるだろうか、という不安から来る緊張感は多少あったかもしれません。でもそれは、800人の前のステージ上ということとは全く関係がないんです。
相手のことを考えようとすれば、800人の前だろうが8000人の前だろうが、メンタルマッスルは関係ないのではないでしょうか?
2007年04月14日
整理されるとき
電車に乗っているとスーツ姿の若者を目にします。どうも馴染んでいない様子を見ると、新入社員か就職活動中の学生なのかもしれません。初々しいですね。僕も自分が新入社員研修を受けていた時のことを思い出します。
そういえば、新入社員研修中が一番、自分が社会人であることを感じていたなぁ・・・。僕は入社後、本配属以来ずっと研究所にいましたから、スーツに身を包み、通勤ラッシュに揉まれながら出勤した経験というのは、最初の研修中が半分以上を占めている気がします。
それはさておき、先日、就職活動真っ最中の知人と会ってきました。NLPのセミナーを通じて知り合った大学生で、来年の就職に向けて色々な会社を回っているそうです。
自分のことを振り返ってみても、学生のときにNLPをやっていたら就職活動は全く違ったものになっていただろうと思います。自分と向き合うことをしてから就職活動をやれるのは素晴らしいことですね。一般的な自己分析では気づけないような深いレベルの価値観まで探ることができるでしょうから。
そういうわけで、彼も自分自身と良く向き合っています。誠実で謙虚な人柄も感じられる素敵な青年です。しっかりと信念を持っていれば、言葉の端々にその信念を反映したメッセージが現れてきますから、彼は面接が得意なようでした。質問されたことに対して正直に答えれば、彼の人柄と深い思い入れが伝わるのでしょうから、面接で評価が高いのは予想通りでした。
それでも彼と会ってきた理由は、やっぱり就職活動の部分だったんです。
彼はプレゼンに不安を持っていたようでした。学生ですからプレゼンに慣れていないというのもあったと思います。それ以上に大きかったのは、整理できていないことに対する不安だったように思うんです。
与えられたある課題に対して自分の考えをまとめる。時間内に。形にもとらわれてしまいやすいわけです。
でも話をしていると随分と明確な考えを持っているように聞こえました。
となると、僕のすることは質問。
彼が一番大切にしている部分から広げていったんです。
まぁ実際には一番最初に、彼が仕事に対して一番大切にしている価値観を聞いていくことからしたわけですが、その価値観が彼にとって人生全般の価値観とも通じている印象を受けたので、そこから具体的な話に展開することができたんですね。
例えば僕は、人が感動する場面を見るのが大好きなんです。だから仕事においても、目の前で人が感動する様子を見られる内容を選んだわけです。で、その人の感動を見るためには何が必要か、ということを考えていけば、具体的に何をするかに辿り着きやすいと思います。
仮に「世界が平和になるためにはどうしたらよいか?」という課題であれば、具体的な「『ありがとう』と言う」とかから考え始めるよりも、「世界が平和であるとはどういう状況か?」というところから考え始めた方が整理しやすいだろうということです。抽象的な考えを具体的に落としていく方が良いわけです。これをNLPではチャンクダウンと呼びます。
一部の本ではチャンクダウンを単純に細かく分割することのように解説していますが、僕はそうではないと思っています。スタートからゴールまでの一本道を分割するのはチャンクダウンではありません。スケジュールを立てただけです。チャンクダウンはゴールからスタートに向けて逆向きに辿っていって、ゴールにたどり着く全てのルートを列挙することだと考えます。樹の枝のように分岐していくはずなんです。
そして彼が考えを整理できたのは、このチャンクダウンだけのおかげではないでしょう。
それは言葉に出したからです。
紙の上で考えるのが好きな人もいます。ですが、紙の上で整理されないときは、言葉として声に出してみるのも有効なんです。なぜなら自分の声を自分で聞くことができるからです。自分の声を通じて話を聞いたとき、また別の考えが浮かんでくることはザラにあります。同時に、自分の声を聞いたとき、自分の意識は自分から少し離れていきます。自分自身を客観的に見られるポジションに立てるんです。自分を遠くから見られたら、整理しやすい気がしませんか?
そして彼は僕との話が終わった後、とてもスッキリとした顔をしていました。僕が取っていたメモを渡した時の彼の笑顔は凄く印象に残っています。つかえが取れたような穏やかでイキイキした表情でした。きっとプレゼンは上手くいくだろうと感じたものです。その表情を見れたので、その日の僕は大満足でした。
今は彼の就職活動の結果を聞くのが楽しみです。
ちなみに。
僕の場合は、パソコンに向かって文章を書いていると、色々な考えが沸いてきます。それは自分で書いた文章を読んでいる、もしくは頭の中で文章を黙読する声を聞いているせいかもしれません。それによって、自分でも良く分からないうちに文章が長くなってしまうんですね。ドンドン続きが出てくる場合があるんです。
だから最初に書こうと思っていた内容と全然違うことを書いてしまったりもします。
ええ、そうです。
今回がそうです。
最初に書こうとした内容と違うことになってしまいました。
最初は短い予定だったんですが・・・。
そんな風に色々な話が自分の中から出てくるのを味わうのも面白いものですね。
次回はきっと、今考えている内容とは違う話になるんでしょう。
そういえば、新入社員研修中が一番、自分が社会人であることを感じていたなぁ・・・。僕は入社後、本配属以来ずっと研究所にいましたから、スーツに身を包み、通勤ラッシュに揉まれながら出勤した経験というのは、最初の研修中が半分以上を占めている気がします。
それはさておき、先日、就職活動真っ最中の知人と会ってきました。NLPのセミナーを通じて知り合った大学生で、来年の就職に向けて色々な会社を回っているそうです。
自分のことを振り返ってみても、学生のときにNLPをやっていたら就職活動は全く違ったものになっていただろうと思います。自分と向き合うことをしてから就職活動をやれるのは素晴らしいことですね。一般的な自己分析では気づけないような深いレベルの価値観まで探ることができるでしょうから。
そういうわけで、彼も自分自身と良く向き合っています。誠実で謙虚な人柄も感じられる素敵な青年です。しっかりと信念を持っていれば、言葉の端々にその信念を反映したメッセージが現れてきますから、彼は面接が得意なようでした。質問されたことに対して正直に答えれば、彼の人柄と深い思い入れが伝わるのでしょうから、面接で評価が高いのは予想通りでした。
それでも彼と会ってきた理由は、やっぱり就職活動の部分だったんです。
彼はプレゼンに不安を持っていたようでした。学生ですからプレゼンに慣れていないというのもあったと思います。それ以上に大きかったのは、整理できていないことに対する不安だったように思うんです。
与えられたある課題に対して自分の考えをまとめる。時間内に。形にもとらわれてしまいやすいわけです。
でも話をしていると随分と明確な考えを持っているように聞こえました。
となると、僕のすることは質問。
彼が一番大切にしている部分から広げていったんです。
まぁ実際には一番最初に、彼が仕事に対して一番大切にしている価値観を聞いていくことからしたわけですが、その価値観が彼にとって人生全般の価値観とも通じている印象を受けたので、そこから具体的な話に展開することができたんですね。
例えば僕は、人が感動する場面を見るのが大好きなんです。だから仕事においても、目の前で人が感動する様子を見られる内容を選んだわけです。で、その人の感動を見るためには何が必要か、ということを考えていけば、具体的に何をするかに辿り着きやすいと思います。
仮に「世界が平和になるためにはどうしたらよいか?」という課題であれば、具体的な「『ありがとう』と言う」とかから考え始めるよりも、「世界が平和であるとはどういう状況か?」というところから考え始めた方が整理しやすいだろうということです。抽象的な考えを具体的に落としていく方が良いわけです。これをNLPではチャンクダウンと呼びます。
一部の本ではチャンクダウンを単純に細かく分割することのように解説していますが、僕はそうではないと思っています。スタートからゴールまでの一本道を分割するのはチャンクダウンではありません。スケジュールを立てただけです。チャンクダウンはゴールからスタートに向けて逆向きに辿っていって、ゴールにたどり着く全てのルートを列挙することだと考えます。樹の枝のように分岐していくはずなんです。
そして彼が考えを整理できたのは、このチャンクダウンだけのおかげではないでしょう。
それは言葉に出したからです。
紙の上で考えるのが好きな人もいます。ですが、紙の上で整理されないときは、言葉として声に出してみるのも有効なんです。なぜなら自分の声を自分で聞くことができるからです。自分の声を通じて話を聞いたとき、また別の考えが浮かんでくることはザラにあります。同時に、自分の声を聞いたとき、自分の意識は自分から少し離れていきます。自分自身を客観的に見られるポジションに立てるんです。自分を遠くから見られたら、整理しやすい気がしませんか?
そして彼は僕との話が終わった後、とてもスッキリとした顔をしていました。僕が取っていたメモを渡した時の彼の笑顔は凄く印象に残っています。つかえが取れたような穏やかでイキイキした表情でした。きっとプレゼンは上手くいくだろうと感じたものです。その表情を見れたので、その日の僕は大満足でした。
今は彼の就職活動の結果を聞くのが楽しみです。
ちなみに。
僕の場合は、パソコンに向かって文章を書いていると、色々な考えが沸いてきます。それは自分で書いた文章を読んでいる、もしくは頭の中で文章を黙読する声を聞いているせいかもしれません。それによって、自分でも良く分からないうちに文章が長くなってしまうんですね。ドンドン続きが出てくる場合があるんです。
だから最初に書こうと思っていた内容と全然違うことを書いてしまったりもします。
ええ、そうです。
今回がそうです。
最初に書こうとした内容と違うことになってしまいました。
最初は短い予定だったんですが・・・。
そんな風に色々な話が自分の中から出てくるのを味わうのも面白いものですね。
次回はきっと、今考えている内容とは違う話になるんでしょう。
2007年04月13日
カウンセリングの王道
古典というのは勉強になりますね。
僕は高校から理系まっしぐらでしたから、古文とか漢文の授業は得意ではありませんでしたが、嫌いでもありませんでした。どちらかというと歴史を感じられて好きな部分もあったのですが、なにせ読みにくい。言葉として慣れないので、意味が自分の中に入ってこない感じがしていたんですね。ただ、今にして、古文とか漢文とかを味わえたらいいだろうなぁ、なんてことを想像したりします。
文学の世界に限らず、古典の名作というのは残ってきている理由があって、いささか使い古された感があったとしても本質は一向に揺るがないような気がします。
心理療法の世界でも古典的な手法もあるでしょうが、それらは一つの手法として今もなお活用されている方法なのです。
人の内面に関わっていくとき、その基本として大切にされていることがあります。
それは「聞く」ことです。
カウンセリングの中心として広まっている「傾聴」というものです。
よくリーダーシップ研修などではLEADERの6文字を分解して
Listen
Explain
Assist
Discuss
Evaluate
Response
などと言いますが、そこでもListen(聞く)が一番に出てきますね。聞くことの大切さは、あなたも良くご存知だと思います。
で、先日、古典的なあるビデオを見たんです。「グロリアと3人のセラピスト」というものです。これが面白い!
かなり古いものです。現在でも使われている心理療法の創始者が実際に心理療法を行っている場面を録画、解説したビデオです。英語での会話に通訳の日本語が重なってますから、声のトーンなどは注目しにくいのですが、その心理療法の流れやセラピスト自身の在り方などは十二分に感じられるものでした。
随分と前置きが長くなってしまいましたが、僕が一番驚いたのはカール・ロジャースに対してだったんです!
周りの人からは僕がカール・ロジャースに似ているっていう話もありましたけど、外見的な話でビックリしたわけじゃないですよ、もちろん。・・・まぁ、確かに首から頭にかけて似ている感じはしましたよ。
僕が驚いたのは、ロジャースの面談のやり方だったんです。
ある程度は見る前から予想をしていました。きっと人間的な魅力でもって、クライアントを解決に導いていた部分が大きかったんだろう、と。同じようなテクニックで面談をしてもロジャース以上に効果をあげた人は少なかったのではないだろうか、と。ロジャースの手法よりも、ロジャースの人間的な本質の部分(Being)が、ロジャースを一流のセラピストにしていたんだろう、と思っていたんです。
ところが予想はくつがえされました。
ロジャースは違ったんです。
カール・ロジャースについて詳しくご存じない方もいらっしゃるでしょうから少し説明をします。ロジャースはアメリカの臨床心理学者で来談者中心療法(クライアント中心療法)の創始者として有名です。全ての人間が本来持っている自己実現の力(NLP的に言えば「リソース」)を信じる考え方だったそうです。人は自然と良くなっていく。そのためのお手伝いをするのがセラピストの役割ということです。そこで彼がやったのが、受容と共感のスタンスで、クライアントの話を積極的に「傾聴」するというもの。
その際の傾聴の仕方において、ただ話を聞く、ということが取り上げられていた場面があったそうです。相手の言ったことを繰り返す、オウム返しが印象的だったようです。
このように、ただクライアントの話を聞くだけ、というやり方はロジャースの初期のものらしいんです。ロジャース自身も色々と柔軟に考えを変えていったそうです。いわゆる来談者中心療法と呼ばれるものは本来、カウンセラー自身の在り方が重要視されていたとのことです。
そして晩年には、オウム返しの印象ばかりが強まってしまった来談者中心療法と一線を画するためか、パーソン・センタード・アプローチ(PCA)と名称を変え、自分の目指す方向を少しずつシフトしていったそうです。
で、この初期ロジャース派のオウム返しを中心とした「傾聴」を体系化して体験学習の時間を多く設けて学んでいくのが、現在の日本のカウンセリングの勉強に近いような気がします。カウンセラーの方がこれを読まれると、否定されたような感じを受けることもあるかしれませんが、決してそんなつもりはありません。とても大切な部分だと思っています。僕が今回ビデオを見て再認識したのも聞くことの重要性でしたから。
僕自身はカウンセラーの養成講座を受けた訳ではありませんから、多くのカウンセラーの実態というのは知りません。ですから僕の誤解も沢山入っているかもしれません。実際に僕が出会ってきたカウンセラーの方から受けた印象と聞いた話だけで推測させていただくと、日本で主流になっているカウンセリングのやり方というのは、この初期のロジャース派に非常に近い印象を受けるんです。
何が言いたかったかというと、僕はロジャース派というものを「積極的に話を聞く人達」と認識していた、ということです。特に日本のカウンセラーの中心になっているのはロジャース派で、その方々は一生懸命に話を聞くと認識していたんです。
だから当然、その創始者であるカール・ロジャース自身は、とにかく話を聞くんだろうと予想していたわけです。
でも、そうじゃなかった。
ロジャースは結構、チャレンジしていくんです。
クライアントの中に介入していくんです。
クライアントの話をさえぎって、話し出したりするんです。
「全然、ロジャース派じゃないじゃん!」
それが僕の一番の驚きだったわけです。
技術的に分析していくと、凄いことをやっていました。クライアントが自分自身で勝手にリフレーミングされるような言葉がけが多々ありました。いつでもクライアントの本当の気持ちを考えようとしているようでした。話している内容以上に、クライアントが発している本当のメッセージを大切にしているようでした。優しいんです。クライアントは、自分が言っていないことを分かってくれるような印象を受けたのではないでしょうか。
非常に勉強になりました。
一流のセラピストだということを強烈に感じました。
きっともう一度見たら、また別の部分に気づけると思います。
見たところ、クライアントにとっては相当厳しいような言葉も言っていましたし、核心に迫るような、もしかすると触れて欲しくないかもしれない言葉も言っていました。クライアントの話にかぶせて話し始めることもあれば、完全に自分の意見を言うこともありました。でも、クライアントとの信頼関係はずっと維持されていたように見えました。
クライアントは最後のほうに「先生がお父さんだったら・・・」みたいなことも言っていたほどです。
その信頼関係を築いたのは、やっぱりクライアントを大切にして、まずは話を聞きましょう、っていう態度だったように思うんです。
クライアントにとって、文字通り「親身」になってくれたからこそ、クライアントは安心して話が出来たんじゃないでしょうか。
短期間でクライアントに変容をもたらすには色々な手法があります。でも初めの一歩はやっぱり、話を聞くことなんだなぁと思った次第です。
古典的名作にはまだまだ学べることが多そうですね。
僕は高校から理系まっしぐらでしたから、古文とか漢文の授業は得意ではありませんでしたが、嫌いでもありませんでした。どちらかというと歴史を感じられて好きな部分もあったのですが、なにせ読みにくい。言葉として慣れないので、意味が自分の中に入ってこない感じがしていたんですね。ただ、今にして、古文とか漢文とかを味わえたらいいだろうなぁ、なんてことを想像したりします。
文学の世界に限らず、古典の名作というのは残ってきている理由があって、いささか使い古された感があったとしても本質は一向に揺るがないような気がします。
心理療法の世界でも古典的な手法もあるでしょうが、それらは一つの手法として今もなお活用されている方法なのです。
人の内面に関わっていくとき、その基本として大切にされていることがあります。
それは「聞く」ことです。
カウンセリングの中心として広まっている「傾聴」というものです。
よくリーダーシップ研修などではLEADERの6文字を分解して
Listen
Explain
Assist
Discuss
Evaluate
Response
などと言いますが、そこでもListen(聞く)が一番に出てきますね。聞くことの大切さは、あなたも良くご存知だと思います。
で、先日、古典的なあるビデオを見たんです。「グロリアと3人のセラピスト」というものです。これが面白い!
かなり古いものです。現在でも使われている心理療法の創始者が実際に心理療法を行っている場面を録画、解説したビデオです。英語での会話に通訳の日本語が重なってますから、声のトーンなどは注目しにくいのですが、その心理療法の流れやセラピスト自身の在り方などは十二分に感じられるものでした。
随分と前置きが長くなってしまいましたが、僕が一番驚いたのはカール・ロジャースに対してだったんです!
周りの人からは僕がカール・ロジャースに似ているっていう話もありましたけど、外見的な話でビックリしたわけじゃないですよ、もちろん。・・・まぁ、確かに首から頭にかけて似ている感じはしましたよ。
僕が驚いたのは、ロジャースの面談のやり方だったんです。
ある程度は見る前から予想をしていました。きっと人間的な魅力でもって、クライアントを解決に導いていた部分が大きかったんだろう、と。同じようなテクニックで面談をしてもロジャース以上に効果をあげた人は少なかったのではないだろうか、と。ロジャースの手法よりも、ロジャースの人間的な本質の部分(Being)が、ロジャースを一流のセラピストにしていたんだろう、と思っていたんです。
ところが予想はくつがえされました。
ロジャースは違ったんです。
カール・ロジャースについて詳しくご存じない方もいらっしゃるでしょうから少し説明をします。ロジャースはアメリカの臨床心理学者で来談者中心療法(クライアント中心療法)の創始者として有名です。全ての人間が本来持っている自己実現の力(NLP的に言えば「リソース」)を信じる考え方だったそうです。人は自然と良くなっていく。そのためのお手伝いをするのがセラピストの役割ということです。そこで彼がやったのが、受容と共感のスタンスで、クライアントの話を積極的に「傾聴」するというもの。
その際の傾聴の仕方において、ただ話を聞く、ということが取り上げられていた場面があったそうです。相手の言ったことを繰り返す、オウム返しが印象的だったようです。
このように、ただクライアントの話を聞くだけ、というやり方はロジャースの初期のものらしいんです。ロジャース自身も色々と柔軟に考えを変えていったそうです。いわゆる来談者中心療法と呼ばれるものは本来、カウンセラー自身の在り方が重要視されていたとのことです。
そして晩年には、オウム返しの印象ばかりが強まってしまった来談者中心療法と一線を画するためか、パーソン・センタード・アプローチ(PCA)と名称を変え、自分の目指す方向を少しずつシフトしていったそうです。
で、この初期ロジャース派のオウム返しを中心とした「傾聴」を体系化して体験学習の時間を多く設けて学んでいくのが、現在の日本のカウンセリングの勉強に近いような気がします。カウンセラーの方がこれを読まれると、否定されたような感じを受けることもあるかしれませんが、決してそんなつもりはありません。とても大切な部分だと思っています。僕が今回ビデオを見て再認識したのも聞くことの重要性でしたから。
僕自身はカウンセラーの養成講座を受けた訳ではありませんから、多くのカウンセラーの実態というのは知りません。ですから僕の誤解も沢山入っているかもしれません。実際に僕が出会ってきたカウンセラーの方から受けた印象と聞いた話だけで推測させていただくと、日本で主流になっているカウンセリングのやり方というのは、この初期のロジャース派に非常に近い印象を受けるんです。
何が言いたかったかというと、僕はロジャース派というものを「積極的に話を聞く人達」と認識していた、ということです。特に日本のカウンセラーの中心になっているのはロジャース派で、その方々は一生懸命に話を聞くと認識していたんです。
だから当然、その創始者であるカール・ロジャース自身は、とにかく話を聞くんだろうと予想していたわけです。
でも、そうじゃなかった。
ロジャースは結構、チャレンジしていくんです。
クライアントの中に介入していくんです。
クライアントの話をさえぎって、話し出したりするんです。
「全然、ロジャース派じゃないじゃん!」
それが僕の一番の驚きだったわけです。
技術的に分析していくと、凄いことをやっていました。クライアントが自分自身で勝手にリフレーミングされるような言葉がけが多々ありました。いつでもクライアントの本当の気持ちを考えようとしているようでした。話している内容以上に、クライアントが発している本当のメッセージを大切にしているようでした。優しいんです。クライアントは、自分が言っていないことを分かってくれるような印象を受けたのではないでしょうか。
非常に勉強になりました。
一流のセラピストだということを強烈に感じました。
きっともう一度見たら、また別の部分に気づけると思います。
見たところ、クライアントにとっては相当厳しいような言葉も言っていましたし、核心に迫るような、もしかすると触れて欲しくないかもしれない言葉も言っていました。クライアントの話にかぶせて話し始めることもあれば、完全に自分の意見を言うこともありました。でも、クライアントとの信頼関係はずっと維持されていたように見えました。
クライアントは最後のほうに「先生がお父さんだったら・・・」みたいなことも言っていたほどです。
その信頼関係を築いたのは、やっぱりクライアントを大切にして、まずは話を聞きましょう、っていう態度だったように思うんです。
クライアントにとって、文字通り「親身」になってくれたからこそ、クライアントは安心して話が出来たんじゃないでしょうか。
短期間でクライアントに変容をもたらすには色々な手法があります。でも初めの一歩はやっぱり、話を聞くことなんだなぁと思った次第です。
古典的名作にはまだまだ学べることが多そうですね。
2007年04月12日
桜
桜、好きですか?
唐突に感じられた方もいらっしゃるかもしれませんね。
今度の14日に、僕が師と仰ぐ石井裕之先生のコールドリーディングセミナー「史上最強の桜まつり2007「ダイナマイト!」が開催されます。今からとても楽しみなんです。
4月といえば桜の時期、ということで「桜まつり」という名称なんだと思うんですが、それぐらいに「春といえば桜」というイメージは日本人に定着しているような気がします。
今年、関東地方では、3月末から4月初頭にかけて桜が見ごろを迎えていたようです。もう今日あたりは、東京ではかなり葉桜になっていました。あなたのお住まいの所ではいかがだったでしょうか?
お花見はもちろん楽しいですが、卒業とか、旅立ちとか、出発とか、そういった区切りの時期に咲く花というのも印象深い要因のように思えます。それは、そのような区切りのイベントの背景に桜の花が咲いているという情況が、卒業や旅立ちといった場面で感じられる感情と密接に結びついてくることと関係すると考えられます。でもまぁ、その話はまた今度ということで今回は桜についてのウンチクを少し。
是非あなたも、来年の桜を見ながらこのウンチクを思い出してみてください。
桜の花の芽(花芽)は、前の年の夏に出来るそうです。しかし、夏から秋にかけてはそれ以上に花芽が成長することはなく、成長は一旦止まってしまいます。この状態を休眠と呼ぶそうです。
そして、この休眠状態から桜が目を覚ますには、一定期間の低温が必要だと言います。低温にさらされることで開花の準備が始まると。これを休眠打破と呼ぶらしいです。秋から冬の寒さが必要なんですね。
そして、春。気温が高くなっていくにつれて花芽は再び成長を始めます。花芽は成長を続け、周りが暖かくなってきた頃、めでたく桜は美しい花を咲かすことができるのです。
花芽が寒さに耐えたからこそ美しい花を咲かせることができる。そう考えると、桜は日本の四季に調和した、実に感慨深い花のように思えませんか?
・・・という話がメタファーです。
メタファーというのは隠喩とか暗喩と呼ばれるもので、例え話をすることによって直接的に伝えることを避け、相手に自分から気づいてもらうための手法ですね。童話とか昔話などは典型的なメタファーと言えると思います。例えば、舌切りスズメの話であれば正直で優しく謙虚であることの大切さが語られていますよね。
で、メタファーで大事なのは「一番言いたい結論を言わない」ということです。
ということは僕はここで、桜の話のメタファーを通じたメッセージを伝えないほうが良いことになるわけですが、今回は一つの例ということで結論を言ってしまいます。
スルドイ方なら既にお気づきかとは思いますが、桜の開花を人生に例えてあるわけです。
この桜の開花に関するウンチクを聞いたときに、気づく時期にあった方であれば、「あぁ、そうか。冬の時期の寒さを乗り越えて花を咲かすことが出来るんだな。人生も同じだよな。ツライ時期があったとしても、それは必要なんだ。ツライ時期を乗り越えるからこそ、成果が花開く時がやってくるんだな。そうか、今は苦しいけど頑張ろう!」なんてことを思うでしょう。
だからと言って、この話を読んだ時に何も思わないのも構わないんです。というよりむしろ、何も気づかないほうが効果は高いかもしれません。意識されていないということは、それだけより深く潜在意識(無意識)にメッセージが届いているからです。
するとどうなるか。
そんな桜のウンチクは忘れてしまっている来年の春、桜を見たときに、ふと思い出すんです。桜の開花に関するウンチクを思い出す。その時に何らかの悩みや苦しみを抱えていたとしたら、きっと気づくのではないでしょうか?「人生も同じだな」って。「今は冬の時期なんだ」って。
同じ桜のウンチクから、さらにメッセージを読み取ることも出来ると思います。
桜の花芽は夏のうちに出来上がっているんです。冬の寒さの時期には既に花芽は出来上がっているんです。「苦しい時期にも、既にその問題を解決できるだけの能力は自分の中に存在している」そんな意味も読み取れるでしょう。
そして冬の時期、桜はただ待っているんです。やがて必ず訪れる春を。「苦しい時期にも必ず終わりはやってくる。もがき苦しまずに、それを受け止め、ただ待つという忍耐力。耐え忍び、休み、待つことも重要だ。やがて必要なタイミングで環境から勝手に導かれて上手くいくようになる」・・・そういうメッセージを受け取る方もいるかもしれません。
受け取り方は人それぞれでしょう。
でもきっと、人それぞれ、その時のタイミングに一番ふさわしいメッセージを感じ取ってくれるんだと思います。
そんなメッセージの込められたウンチクだったら、ちょっと誰かに語ってみたくなりませんか?
唐突に感じられた方もいらっしゃるかもしれませんね。
今度の14日に、僕が師と仰ぐ石井裕之先生のコールドリーディングセミナー「史上最強の桜まつり2007「ダイナマイト!」が開催されます。今からとても楽しみなんです。
4月といえば桜の時期、ということで「桜まつり」という名称なんだと思うんですが、それぐらいに「春といえば桜」というイメージは日本人に定着しているような気がします。
今年、関東地方では、3月末から4月初頭にかけて桜が見ごろを迎えていたようです。もう今日あたりは、東京ではかなり葉桜になっていました。あなたのお住まいの所ではいかがだったでしょうか?
お花見はもちろん楽しいですが、卒業とか、旅立ちとか、出発とか、そういった区切りの時期に咲く花というのも印象深い要因のように思えます。それは、そのような区切りのイベントの背景に桜の花が咲いているという情況が、卒業や旅立ちといった場面で感じられる感情と密接に結びついてくることと関係すると考えられます。でもまぁ、その話はまた今度ということで今回は桜についてのウンチクを少し。
是非あなたも、来年の桜を見ながらこのウンチクを思い出してみてください。
桜の花の芽(花芽)は、前の年の夏に出来るそうです。しかし、夏から秋にかけてはそれ以上に花芽が成長することはなく、成長は一旦止まってしまいます。この状態を休眠と呼ぶそうです。
そして、この休眠状態から桜が目を覚ますには、一定期間の低温が必要だと言います。低温にさらされることで開花の準備が始まると。これを休眠打破と呼ぶらしいです。秋から冬の寒さが必要なんですね。
そして、春。気温が高くなっていくにつれて花芽は再び成長を始めます。花芽は成長を続け、周りが暖かくなってきた頃、めでたく桜は美しい花を咲かすことができるのです。
花芽が寒さに耐えたからこそ美しい花を咲かせることができる。そう考えると、桜は日本の四季に調和した、実に感慨深い花のように思えませんか?
・・・という話がメタファーです。
メタファーというのは隠喩とか暗喩と呼ばれるもので、例え話をすることによって直接的に伝えることを避け、相手に自分から気づいてもらうための手法ですね。童話とか昔話などは典型的なメタファーと言えると思います。例えば、舌切りスズメの話であれば正直で優しく謙虚であることの大切さが語られていますよね。
で、メタファーで大事なのは「一番言いたい結論を言わない」ということです。
ということは僕はここで、桜の話のメタファーを通じたメッセージを伝えないほうが良いことになるわけですが、今回は一つの例ということで結論を言ってしまいます。
スルドイ方なら既にお気づきかとは思いますが、桜の開花を人生に例えてあるわけです。
この桜の開花に関するウンチクを聞いたときに、気づく時期にあった方であれば、「あぁ、そうか。冬の時期の寒さを乗り越えて花を咲かすことが出来るんだな。人生も同じだよな。ツライ時期があったとしても、それは必要なんだ。ツライ時期を乗り越えるからこそ、成果が花開く時がやってくるんだな。そうか、今は苦しいけど頑張ろう!」なんてことを思うでしょう。
だからと言って、この話を読んだ時に何も思わないのも構わないんです。というよりむしろ、何も気づかないほうが効果は高いかもしれません。意識されていないということは、それだけより深く潜在意識(無意識)にメッセージが届いているからです。
するとどうなるか。
そんな桜のウンチクは忘れてしまっている来年の春、桜を見たときに、ふと思い出すんです。桜の開花に関するウンチクを思い出す。その時に何らかの悩みや苦しみを抱えていたとしたら、きっと気づくのではないでしょうか?「人生も同じだな」って。「今は冬の時期なんだ」って。
同じ桜のウンチクから、さらにメッセージを読み取ることも出来ると思います。
桜の花芽は夏のうちに出来上がっているんです。冬の寒さの時期には既に花芽は出来上がっているんです。「苦しい時期にも、既にその問題を解決できるだけの能力は自分の中に存在している」そんな意味も読み取れるでしょう。
そして冬の時期、桜はただ待っているんです。やがて必ず訪れる春を。「苦しい時期にも必ず終わりはやってくる。もがき苦しまずに、それを受け止め、ただ待つという忍耐力。耐え忍び、休み、待つことも重要だ。やがて必要なタイミングで環境から勝手に導かれて上手くいくようになる」・・・そういうメッセージを受け取る方もいるかもしれません。
受け取り方は人それぞれでしょう。
でもきっと、人それぞれ、その時のタイミングに一番ふさわしいメッセージを感じ取ってくれるんだと思います。
そんなメッセージの込められたウンチクだったら、ちょっと誰かに語ってみたくなりませんか?
2007年04月11日
自己紹介
セミナーで知り合う方というのは素敵な方が多いですね。
NLPのトレーナーとしてセミナーに行くと、多くの素敵な出会いに喜びを感じます。
もしかすると「NLPってナンだ!?」という方や「聞いたことはあるけど詳しくは分からない」という方もいらっしゃるかもしれません。その辺りは、追々お伝えさせていただこうと考えていますので、今回は少し違う方向の話にお付き合いください。
セミナーで講師の立場にたっていると、自己紹介をする場面というのが割りと頻繁にあります。NLPの資格取得コースは数ヶ月に及ぶことが大半ですから、決して毎回自己紹介をするわけではありませんが、それでも自分が受講生としてセミナーに参加するよりはずっと多くの自己紹介をしていると思います。
皆さんは自己紹介をする時、どのような事を話しますか?
普通はまず名前を言いますよね。僕は何度か自分の名前を言い忘れて、自己紹介の挨拶の最後に付け足したこともありますが。
とにかく名前を言うのは当然ですよね。その後の呼び名に関わってきますから。その次に何を言うかとなると、随分と意見が分かれるのではないでしょうか?
年齢を言う方、住所を言う方、職業を言う方、趣味を言う方・・・。セミナーなどの場合であれば、自分が参加した理由や、今後どのようなことをしていきたいのか、自分とどのように関わって欲しいのか、といったことを話される方も多いようです。職業や参加の動機、意気込みなどが一般的でしょうか。
自己紹介で何を言うかというのは、自分が他人にどのように見られたいか、という部分を反映しているような気がします。自己認識を伝えていると言っても良いかもしれません。自分とは何者であるか?いささか大げさですが、それにまつわる情報を発信するのが自己紹介ということです。
そして自己紹介をするときに話した内容で、他人はあなたのことを認識しません。間違いじゃありませんよ。内容では認識されないんです。情報自体は記憶に残るでしょうが、重要なのは印象です。外見や話し方、話す内容から想像される印象であなたは認識されます。あなたがもし、自己紹介をする場面にいる理由や、自分の大切にしていることについて話せば、周りの方はそれを元にあなたという人を勝手にイメージするでしょう。あなたが自分の職業を話せば、周りの方はその職業に対するイメージをあなたに当てはめるでしょう。
一つの大事な要素は、あなたが認識している自分自身を伝えるために話した自己紹介によって周りの人がイメージするあなたという人間は、あなたの認識とは違っているほうが普通だということです。
会社組織の中では年齢や入社年度、役職などが重要かもしれません。でも会社の外では一人の社会人として対等に接することが必要になることもあると思います。僕が参加するセミナーでは年齢や立場を超えて、参加者全員が対等な仲間として関わっていたりします。
極端な例ですが、あなたが遭難した場面を想像してください。あなたの乗った飛行機がトラブルで無人島に落下してしまった。事故から生き残ったあなたは他の乗客と力を合わせて生き延びなければなりません。
そんなとき、あなたの職業や地位にどれだけの意味があるでしょうか?例えばお医者さんのように職業的な能力が役立つこともあるでしょう。でもそれは職業としての必要性よりも、個人の能力として必要とされていると考えたほうが良いように思います。
職業を話すことを否定しているわけではありませんよ。仕事は人生で非常に大きな位置を占めると思います。仕事に重要な価値を置くのも当然でしょう。ですが、職業だけを語った場合、それは自分自身を表現しているでしょうか?それはあなたの一部に間違いありません。しかし同時に、その職業をしている方は、あなた以外にも大勢いる場合も多いのではないでしょうか?
極端なことを言えば、名前だってそうです。名前には、その名前をつけてくれた人の想いがつまっているはずです。でも同姓同名の方だっているはずなのです。
誰かが自分自身を説明するとき、職業や出身地、年齢や名前などで分類をしていってもキリがないように思うんです。
大事なのは、あなたが他人からどのように認識されるかということです。
あなた自身が自分のことをどのように認識していたとしても、その場面で周りの人が認識している人物が、そのときのあなたなんです。
あなたが無人島で孤独に生活をしているとしたら、あなたの名前にすら意味がなくなってしまうかもしれません。周りの野生動物からは、単なる別の生き物として見られているのかもしれません。
自分という存在は他人との関係の中で作られている。
他人は、その人が認識した印象に基づいて、あなたを扱います。
「自分とは何者であるか」
それは他人が決めることだと思うのです。
どんなに自分探しをしても、自分の中に自分は見つからないでしょう。
自分の中に向けてすべきことは、自分を愛することではないでしょうか。
自分の存在とは、他人との関係の中に見つけるもののように思います。
自分は他人にとってどのような存在であるのか?
そういった目線で自分を見つめられたとき、自分の命の使い方に気づけるのではないだろうか・・・そんな風に考えています。
えっ?
「じゃあ、自己紹介はどうすればいいのか?」ですか?
それは好きなようにやってください。どんな自己紹介でも、他人は勝手にあなたのイメージを作り上げますから。その大部分は内容じゃないところで。
いやぁ、ブログの出だしだったもので思わず入れ込んじゃいました。次回からは、もう少し気軽な内容も交えてみます。
それでは。
NLPのトレーナーとしてセミナーに行くと、多くの素敵な出会いに喜びを感じます。
もしかすると「NLPってナンだ!?」という方や「聞いたことはあるけど詳しくは分からない」という方もいらっしゃるかもしれません。その辺りは、追々お伝えさせていただこうと考えていますので、今回は少し違う方向の話にお付き合いください。
セミナーで講師の立場にたっていると、自己紹介をする場面というのが割りと頻繁にあります。NLPの資格取得コースは数ヶ月に及ぶことが大半ですから、決して毎回自己紹介をするわけではありませんが、それでも自分が受講生としてセミナーに参加するよりはずっと多くの自己紹介をしていると思います。
皆さんは自己紹介をする時、どのような事を話しますか?
普通はまず名前を言いますよね。僕は何度か自分の名前を言い忘れて、自己紹介の挨拶の最後に付け足したこともありますが。
とにかく名前を言うのは当然ですよね。その後の呼び名に関わってきますから。その次に何を言うかとなると、随分と意見が分かれるのではないでしょうか?
年齢を言う方、住所を言う方、職業を言う方、趣味を言う方・・・。セミナーなどの場合であれば、自分が参加した理由や、今後どのようなことをしていきたいのか、自分とどのように関わって欲しいのか、といったことを話される方も多いようです。職業や参加の動機、意気込みなどが一般的でしょうか。
自己紹介で何を言うかというのは、自分が他人にどのように見られたいか、という部分を反映しているような気がします。自己認識を伝えていると言っても良いかもしれません。自分とは何者であるか?いささか大げさですが、それにまつわる情報を発信するのが自己紹介ということです。
そして自己紹介をするときに話した内容で、他人はあなたのことを認識しません。間違いじゃありませんよ。内容では認識されないんです。情報自体は記憶に残るでしょうが、重要なのは印象です。外見や話し方、話す内容から想像される印象であなたは認識されます。あなたがもし、自己紹介をする場面にいる理由や、自分の大切にしていることについて話せば、周りの方はそれを元にあなたという人を勝手にイメージするでしょう。あなたが自分の職業を話せば、周りの方はその職業に対するイメージをあなたに当てはめるでしょう。
一つの大事な要素は、あなたが認識している自分自身を伝えるために話した自己紹介によって周りの人がイメージするあなたという人間は、あなたの認識とは違っているほうが普通だということです。
会社組織の中では年齢や入社年度、役職などが重要かもしれません。でも会社の外では一人の社会人として対等に接することが必要になることもあると思います。僕が参加するセミナーでは年齢や立場を超えて、参加者全員が対等な仲間として関わっていたりします。
極端な例ですが、あなたが遭難した場面を想像してください。あなたの乗った飛行機がトラブルで無人島に落下してしまった。事故から生き残ったあなたは他の乗客と力を合わせて生き延びなければなりません。
そんなとき、あなたの職業や地位にどれだけの意味があるでしょうか?例えばお医者さんのように職業的な能力が役立つこともあるでしょう。でもそれは職業としての必要性よりも、個人の能力として必要とされていると考えたほうが良いように思います。
職業を話すことを否定しているわけではありませんよ。仕事は人生で非常に大きな位置を占めると思います。仕事に重要な価値を置くのも当然でしょう。ですが、職業だけを語った場合、それは自分自身を表現しているでしょうか?それはあなたの一部に間違いありません。しかし同時に、その職業をしている方は、あなた以外にも大勢いる場合も多いのではないでしょうか?
極端なことを言えば、名前だってそうです。名前には、その名前をつけてくれた人の想いがつまっているはずです。でも同姓同名の方だっているはずなのです。
誰かが自分自身を説明するとき、職業や出身地、年齢や名前などで分類をしていってもキリがないように思うんです。
大事なのは、あなたが他人からどのように認識されるかということです。
あなた自身が自分のことをどのように認識していたとしても、その場面で周りの人が認識している人物が、そのときのあなたなんです。
あなたが無人島で孤独に生活をしているとしたら、あなたの名前にすら意味がなくなってしまうかもしれません。周りの野生動物からは、単なる別の生き物として見られているのかもしれません。
自分という存在は他人との関係の中で作られている。
他人は、その人が認識した印象に基づいて、あなたを扱います。
「自分とは何者であるか」
それは他人が決めることだと思うのです。
どんなに自分探しをしても、自分の中に自分は見つからないでしょう。
自分の中に向けてすべきことは、自分を愛することではないでしょうか。
自分の存在とは、他人との関係の中に見つけるもののように思います。
自分は他人にとってどのような存在であるのか?
そういった目線で自分を見つめられたとき、自分の命の使い方に気づけるのではないだろうか・・・そんな風に考えています。
えっ?
「じゃあ、自己紹介はどうすればいいのか?」ですか?
それは好きなようにやってください。どんな自己紹介でも、他人は勝手にあなたのイメージを作り上げますから。その大部分は内容じゃないところで。
いやぁ、ブログの出だしだったもので思わず入れ込んじゃいました。次回からは、もう少し気軽な内容も交えてみます。
それでは。





